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【2025/06/07 08:02 】 |
第60話 ご祝儀は社会人のたしなみ 9





「『爆牙党』首魁、天堂藤達。顔色が悪いのは貴様の方だろうが」

土方が、部下から銃器を受け取り、ゆっくり藤達の方へ歩いていく。

「御禁制品の所持改造、闇ルートでの販売、一般人への不正使用。『ネオ紅桜』事件の首謀者として貴様とその一味を逮捕する。神妙にお縄につけ」


「『その一味』? それが次の覇者に対する認識? にわか侍らしい言い草だよな」

藤達は肩を竦める。

「白夜叉はお前らみたいな町民あがりの手には負えないよ。武勲の刻まれた神々しいその身をすみからすみまで愛でるのは真の武士にこそ許された栄冠」

声を張り上げる。

「真選組を皆殺しにしてその血を白夜叉に捧げろッ、岡田似蔵の執念が生み出した化け物ども、せっかく飼ってやってんだ、最高に面白い見世物を見せなッ」


「ちょ、なにアレ。キモチ悪い」

銀時が不快そうに口を押さえる。

「厨二病こじらせてるみたいなんだけど」

「仕方あるまい。ヤツには戦争の体験などない。年長者から聞いて特殊な夢を描いているだけだ」

「んだよ、あれ実はガキなの? オッサンなのは見かけだけ?」

「見かけだけじゃなく俺たちより年上だ。大事にされすぎて戦争に参加できなかった劣等感があるらしい。戦場を馳せた白夜叉という英雄像で自分のふがいない履歴をすりかえたいのだろう」


「誰かと思えば狂乱の貴公子、桂小太郎殿じゃないの」

藤達は桂へと視線を下げる。

「貴公も真選組から白夜叉を奪還しに来たんだな。攘夷党と共闘できるなんて皆から羨ましがられるだろうさ」


「遺憾だ。俺は貴様と組むつもりはない」

桂が告げる。

「銀時…いや白夜叉、…いやアレをおかしな男と添わせる気はないのでな。真選組に渡す気もないが、貴様がふさわしいとも思えん」

「オイなんだそれ。お前は俺のお父さんか」

「今すぐ手を引けば今回のことは目を瞑ろう。だがこれ以上、悪さするつもりなら貴様は攘夷党を敵に回すことになる」


「どの状況を見てそう言ってんだろ? 往年の英雄も戦況が読めない? それとも…貴公が仕留めたはずの獲物『紅桜』を俺が横取りしたから怒ってる? フハッ! 時代は変わってくんだよ? より強力な武器を手に入れた者が正義を継承できる」

藤達が意気揚々と宣言する。

「貴公が切り捨てた『紅桜』がどんなに有意義であるか、その特等席で御覧になるといい。ついでに貴公の窮地もお救い申し上げるよ、そのあかつきには攘夷党ごと我が傘下に降(くだ)っていただこう」


「死んでも御免こうむる」

桂は真選組と対峙している部下たちに言い放つ。

「藤達の蛮行を許すな。攘夷の徒といえど、俺たちと志を異にする者たちだ。今は真選組にかかずらってる場合ではない。市民の敵、攘夷の敵を一人残らず撃退しろ」


「驚いた、敵に回るというの?」

藤達は目を剥く。

「ならば捻りつぶすまでだ。攘夷党を殲滅し、爆牙党の実力を世間に知らしめてやる。皆、松陽の弟子は強力な旗印だ、白夜叉と貴公子だけ生け捕りにして。あとは、…ヤッちまいな!」


おう、と獰猛な応(いら)えをして爆牙党の荒くれたちが前に出る。

攘夷党、そして真選組を威圧しながら仕掛ける隙を狙う。

「ぎ、銀さんっ…!」

新八は銀時を後ろに置いて構える。

「そのまま真っ直ぐ下がれば傘ですからッ」

「了解~」

「メガネ、お前も傘に入れ」

土方が煙草を取り出す。

ライターで火をつけると深く一服する。

「テメーら。チャイナを先に溶かしな」

捕縛剤の一塊に溶剤をかけている隊士たちに命じる。

「早いとこ傘ん中へ放り込め」

「土方さん…!」

「できりゃテメーらの友人も…って言いてぇとこだが、そんくらいで定員オーバーだからな」

「僕らだけ逃げるなんて、そんなことできませんよ!」

「標的が居なくなりゃ敵さんも退くしかねぇ。そのほうが俺たちも助かんだよ」

「だったら銀さんだけ隠せばいいでしょう!?」

「なにかあったときはオメーらが最後の守りだ」

土方は銃器を担ぐ。

「銀時を頼んだぜ」

「なにアルカー?」

神楽は目をきょろつかせる。

「オマエらなんの話してんだヨ、傘ってなにヨ?」


「来るぞ!」

近藤が下半身の捕縛剤を溶かしながら叫ぶ。

「対器物衝撃砲、発砲許可ァー! お妙さんッ下がって! かぶき町の皆さん、全員池から離れろォ!」


グォォ…と唸りをあげて『岡田』の一体が跳躍する。

屯所の屋根を遥かに超える高さから銀時めざして降下してくる。

「一番隊、前へーッ」

土方が号令する。

神山ほか特殊な銃器を構えた隊士たちがバラバラと集まってくる。

銃器の後ろからは太いコードが伸びて母屋に繋がっている。

そのコードを絡ませないよう苦心して場所取りすると片膝ついて銃器を担ぐ。

「構えーッ」

土方は立ったまま照準を合わせる。

飛び込んでくる『岡田』は一体だけ。

そのことに眉を顰める。

「やれやれ…こいつァ本当は総悟の仕事だったんだがな」

息を止めフィルターを噛んで銃器を構える。

「撃てーッ」


ダゥンッ…と空気の塊のようなものが放たれる。

屯所の庭のいたるところ、居合わせた人間たちの肌身に小波のように圧迫が押し寄せる。

狙いの中心にいた『岡田』は見えない力に押し戻され、空中で姿勢を崩す。

『グハァ…!』

そのまま見えない銃弾で押され、『岡田』は着地点に届かず池の中央に飛沫をあげて落下した。

「よしゃーッ!」

近藤が拳を握る。

「その調子だッ、お前ら上手だな!」

『グハ…ゴホッ…ガァァァァ…!』

ざんぶりと池に浸かった『岡田』は立つこともできずに暴れている。


「な…なんだよ?」

藤達は気がかりそうに池に落ちた『岡田』の様子を窺っている。

「なんの武器だか知らないが、たかが水の中に落ちだだけだろ。そのネオは無傷さ、戦いにもなっちゃいない。なのになんでバカみたいに喜んでんだよ?」


「なんでだろうな」

不敵に睨みをきかせて笑う土方。

「こいよ。次はどいつだ?」


「これは、どうしたことでしょう?」

花野アナが密やかに実況する。

「池に落ちた怪人があがってきません。苦しそうにバタバタと手足を動かしています。真選組は怪人の無力化に成功したんでしょうか? でもまた4体の怪人と爆牙党襲撃の脅威が続いています!」

 

「…クハッ!そんなのコケ威しに決まってるだろ、ちゃんと戦えよ、この役立たず!」

藤達は池の中の『岡田』に怒鳴る。

『岡田』は突いた手をブルブル震わせては何度も水の中へ倒れこんでいる。

「水に濡れたくらいで使えなくなるようなヤワなはずがないんだよ、甘えんなダメ野郎! オレに恥かかせたらどうなるか解ってるな?」

「やめろ、天堂!」

近藤が真顔で制止する。

「あの池は生き物の動きを止める仕掛けがしてあるんだ。アイツは甘えてるわけじゃない、動きたくても動けないんだ!」

「なんだって?」

藤達は身構える。

土方は額を押さえる。

「なんでわざわざ教えんだよ、近藤さん」

「いや、あんまりアイツが理不尽なこと言うからさぁ、」

「もう遅いでさァ」

沖田があさっての方を見る。

「池を改造して有害電波で満たし、一度浸かった者は自力じゃ上がれねェ。そんな仕組みだってこと、敵に気づかれちまいやしたぜ」

「解説すんなァ!」

「有害電波?そんなものでネオを止められると思ったの?」

藤達は無理にせせら笑う。

「鬼兵隊が開発した『紅桜』はあらゆる障害をはねのけて作動するし、とりわけ電磁波なんて無効中の無効だよ」

「『紅桜』は関係ないでさァ。あの有害電波は生きてる部分に効くんで」

顎で池の方をしゃくる。

「見なせェ、長谷川さんを。まだプカプカ浮いてるでしょ」

「あっ!」

近藤が焦る。

「助けてなかったの!?」

「山崎にスイッチ切りに行かせたが、敵襲で電源切れなかったんだろ」

土方は煙草を噛む。

「んで山崎は戻ってねぇのか。あいつまたミントンかよ」


「いくらカラクリで強化しようと本体である生身の部分が封じられてしまえば動けんというわけか」

桂が解釈する。

「つまり、あの池の水は『ネオ紅桜』だけではなく普通の人間にも危険な罠だな。ハマったら最後だ」

「殺すほどの威力はねぇんで、最後ってほどじゃねぇぜ」

「捕らわれれば最後だろう」

「それを言うなら、始まりでさァ。楽しい時間のな」


池を凝視したあと、藤達は笑みを広げる。

「なら、池に注意すればいいわけだな。解ってしまえば恐るるに足らず」

屋根や電柱にいる怪人たちに檄を飛ばす。

「行け、お前ら! 真選組を殺せ、あの二人を奪え!」


二体が同時に襲ってくる。

衝撃銃の狙いを向けるが素早い動きで隊士を撹乱する。

「クッ、散開!」

土方が砲手を散らし、多方向からの砲撃を指示する。

見えない衝撃波を掻い潜って二体の『岡田』が隊士たちに襲いかかる。


「援護しろッ」

近藤が屋根の上の白い隊服の男たちに怒鳴る。

「味方ごとで構わん、捕獲銃で止めろ!」


「衝撃銃の射程範囲では使用できません」

主だった男が応えてくる。

「そちらの砲撃を止めていただかないと」


「なんで両方使えないの!?コッチ止められるわけないでしょおぉ!丸腰になっちゃうもの!」


「うわっ、き、来たッ!」

新八が悲鳴のように叫ぶ。

「来ましたよ、銀さん! もう傘で逃げてください、アンタだけでも!」

「んあ? なにが来たの?」

「『岡田』の変身体ですよ、皆、手が塞がってるんで、僕らだけガラ空きだから…!」

様子を窺っていた五体目の『岡田』が銀時と新八のもとへやってくる。

遮るものもなく二人は『岡田』の目の前に立たされる。

「危ない銀ちゃん!」

「銀時!」

「なにやってんだぃ、土方コノヤローッ」

一番近い三人が捕獲剤の中で騒ぐ。

溶剤をかける隊士たちも身を低くして逃げていく。

「あわ、あわわわ…!」

新八は手持ちの捕獲銃を構える。

正面に来た敵に必死で引き金を引くが、カシャカシャと虚しい音が響くのみ。

「なんで出ないんだよ!?」

「どけ。新八」

銀時が後ろから新八をよけさせる。

「木刀よこせ」

「ありません、刀ならここに…! でもっ、」

「貸しな。オメーが抜くよりマシだろ」

「どっ、どういう意味ですかそれ!?」

「お前が目になれ」

新八から隊士用の刀を手渡されると銀時はスラリとそれを抜く。

「ヤツの攻撃の左右を教えろ」

「銀さん!」

『グォォォォォッ…サカタッ…サカタサカタサカタァァァァァ!』

両腕が上から覆いかぶさってくる。

新八は震える口でなんとか声を出す。

「上から二本、腕がきますッ!」

「あ、そう」

銀時は刀を構えたまま微動だにしない。

触手と刀の生えた腕が銀時に掴みかかる。

と見えた瞬間、銀時の身体が『岡田』の腕を駆け上がり、怪異の頭髪を握ってその肩に立っていた。

「銀さん!?」

怪異が大きくのけぞる。

銀時の刀の柄が『岡田』のこめかみを殴打する。

『アガァ!』

一声叫んで『岡田』は頭を抱える。

どう身体を使ったのか新八には見えなかった。

しかし銀時は既に『岡田』の腰を蹴って地面に着地している。

その姿は掛下の着物に帯を締めただけの身軽なもので。

「動きずれーな、これ」

綿帽子を掴んで脱ぎ捨てる。

崩れた『岡田』がドサリと膝を突く。

白い化粧に赤い唇、印象的な双の瞳。

新八が思わず見とれていると、真っ白な打ち掛けが袖を広げて玉砂利の上に舞い降りてきた。

「ぎ、ぎ、銀さん、これ…?」

「んだよ」

露わになった少し長めの銀髪が陽の光を煌めかせている。

新八は気恥ずかしさに目を逸らし、うずくまる怪異に銃口を向ける。

「これは『岡田』の変身体じゃなかったんですか?なんでこんな呆気ないんでしょう?」

「そりゃオメー、あれだよ。コイツがド素人だからだよ」

銀時はこともなく答える。

「いくらカラクリを装備しようと、それを使うのは中身の野郎だからね」

「あっ…『ネオ紅桜』の中枢幹を使ってる人!」

「動いてねーし分かってねーし、コイツ実戦どころか普段あんま身体動かしてねぇんじゃね?」

「そ…、そうなんですか?」

「トドメは刺してねーからよ、早いとこ池ん中ブチこめや。でないと止まんねーぞ」

「エッ?」

 

『グガッ!』

『岡田』の眼球の色が変わっている。

新八にも憤慨が見てとれる。

この中身は、武道にも縁がない一般の人間なんだろうか。

「危ないッ」

立ち上がりざま伸ばしてきた触手を。

あでやかに薙ぎ払ったのは駆け込んできた狂死郎と妙だった。

「大丈夫ですか、銀さん。新八君」

「きょ、狂死郎さん…!」

「ここまで弱体化していれば我々の手にも負えます。目の見えない銀さんがここまでやってくれたんだ、あとは私たちに任せてください」

「そうよ。近藤さんたちも白い液まみれでよくやってるじゃないの。ここは花嫁のためにも、私たちが踏ん張らなきゃね」

「姉上っ…!」

「これ、全国中継なんでしょう? 恒道館道場の名を知らしめる絶好のチャンスよ」

妙が新八に耳打ちする。

「銀時ちゃんの神技にあこがれて入門したがる女の子がいるかもしれないわ。ブライダル護身術として売りだせばアッという間に希望者が集まって道場を再建できるわよ」

「そんな再建でいいんですか…?」


「さあ、かかってらっしゃい」

キリ、とハチマキを締めたキャバ嬢の集団が槍や薙刀を構えて弱った『岡田』を取り囲んでいく。

「袋叩きにしちゃおうよ」

仕切りなおしたホストたちが進み出てくる。

狂四郎が言い渡す。

「池へ落とせ。命まで取る必要はない、動きを止めればあとは真選組が引き受けてくれる」


「オイ、危ねー真似すんな」

「大丈夫です。つついて水へ追い込むだけですから」

「オメーらが危ないつってんだよ」

「その心配はないでしょう」

狂四郎が銀時に応える。

「アナタの一撃が効いて、あの男はロクに動けませんよ」


弱った『岡田』は反撃してくることはなかった。

ワァワァと追い立てる威勢のいい男女に行き場をなくして池へ転げこむ。

大江戸テレビはその様子を華々しく写しだした。


「集まった人々の手で、怪人がついに戦闘不能です! 連続辻斬り犯、爆牙党の怪人は一般市民の手で警察に突き出される形となりました!」

花野アナが興奮気味に解説する。

「池の仕掛けといい、セメント作戦といい、真選組、よく持ちこたえています! しかも信じがたいことですが、あの怪人を相手に見事な立ち回りをみせた花嫁は、実は目が治っていなくて見えていないという情報が入ってます! 真選組一丸となって敵を迎え撃っております!」

 

「ンハッ、このまま済むわけないのにな」

藤達が焦れた形相で背後の『岡田』に命じる。

「あいつら、てんで期待外れだ。次はお前が行け。うまくやれよ、これ以上爆牙党の名を汚すことは許さないからな」

並ならぬ力量を匂わせる最後の一体。

それが藤達の前から飛び去ると、近藤に挑みかかる。

「うおぉッ!?」

近藤は手にした刀で受け止めるのが精一杯だった。

しかもまだ足は地面に固めこまれている。

『やべえな、コイツ…』

近藤が顔つきを変える。

次の一撃に備えて構えると、しかし『岡田』はクルリと背を向けて別方向をめざす。

「あっ、オイ!」

拍子抜けした近藤は、しかし目を見開く。

「トシィィィィィ!」

『岡田』は土方を狙っている。

土方は先の二体に翻弄され、隊士を率いて戦っている。

ガシィ…と怪腕が土方を斬る。

「うぐッ、」

土方は担いでいた銃器で『岡田』の剣を止める。

『岡田』は薄笑いを浮かべて嬲る。

二撃、三撃あたりで銃器は盾にもならなくなる。

投げ捨てて土方は刀を抜く。

「副長ォォォ!」

「…い、いいから撃てッ」

片腕を不利な体勢で受け止める。

「かまわず池へブチこめッ!」

「イエッサー、副長!」

グリグリ眼鏡の神山が敬礼すると、おもむろに鍔迫り合う二人に衝撃砲を向ける。

「隊長からの教えでは、撃つときはためらわずに撃てと!それがたとえ副長でも、むしろ副長と一緒に敵を葬り去れと!」

「御託はいいからとっとと撃てやァ!」

「イエッサー副長!」

神山が生真面目に引き金を引く。

サッと身を躱して『岡田』は土方に背を向ける。

「待ちやがれ、オイ!」

売られた喧嘩。

土方は気を立てたままその背中を追う。

衝撃砲は誰にも当たらず空へ吸いこまれていく。


「下手クソ」

見ていた沖田が呟く。

「やっぱりアイツは狙いが悪ぃぜ」

 

「あれ、新ぱ……、ッ!?」

なにもない空間を手探りしていた銀時の身体が、咄嗟に反応した。

迫る敵に身構える。

しかしどこに飛びのくこともできず、背後に飛び降りてきた『岡田』に振り向きざま抜刀して振り抜く。

『グギギギギギ…』

怪人は笑ったようだった。

少し顎をそらし見下すように。

「…くッ、」

大刀を握った手首が掴まれ、捻じあげられる。

銀時の顔が苦痛に歪む。

このまま捻じられれば手首が砕ける。

「銀時ィィィ!」

近藤、桂、そして神楽と新八。

「銀ちゃぁん!」

「銀さんっ」

「テメェッ、」

土方が走ってくる。

「そいつを離せェェェーッ!」


「んぁッ…ッっ、」

銀時の指から柄が離れる。

ガシャ、と大刀が落ちる。

すかさず『岡田』は銀時の両手を上でひとつかみに纏める。

背中から片腕を回して帯ごと抱きとると、斬りつける土方を躱して跳躍した。

 

騒ぐ者、走る者、武器を取る者が数人いたが、主には茫然と見ているしかなかった。

隊士も、ホストも、キャバ嬢も。

白い隊服の男たちも。

神楽や新八まで、非情な光景に動けないでいる。

花野アナのせわしない声が非常事態を告げている。

どこかで銀時は守りきれると思っていた。

安全圏にいるような気がした。

 

「クハハハハハッ! ほらね、俺の勝ちだろ?」

銀時を捕らえて戻ってきた『岡田』に、してやったりと藤達は目を細める。

「他のコピー品はともかく、この子のは回収した本物の『紅桜』をベースに使ってるんだ。白夜叉だろうが真選組だろうが赤子の手をひねるようなものさ」

 

「テメェ、藤達ゥゥゥッ!」

爆牙党のたむろする塀の下へ土方は走っていく。

「銀時を返せッ返しやがれッ!」


「イヤだね。これは俺のものだ」

銀時の白い頬を指の背で撫でる。

「聞けば女になったとか。ますます愛でる価値があるというもの。たっぷり可愛がらせてもらうよ、すぐに俺の子を孕むだろう」


「ちょ、触んないでくんない」

銀時は顔をそむける。

「生きてることが嫌になるから」


「白夜叉を手に入れれば目的は果たしたも同然。真選組の皆殺しと、狂乱の貴公子は残念だけど諦めるかな」

藤達は池に落ちた二体と地面に縫い止められた一体を一瞥すると、真選組と組み合っている二体の『岡田』を呼び寄せる。

「お前たちも引き上げるよ。こんなところ長居は無用」

口の両側をつりあげて土方を見下ろす。

「バイバイ、真選組さん。せいぜい花嫁を寝取られたマヌケ面でも世間に晒せばいい」

 


「どこへ引き上げるって?」

よく通る低い声が藤達の動きを止める。

「こんなところまでノコノコやってきたお前たちに帰る途なんか無いぜ」

「誰!?」

藤達は声のする方を振り向く。

屯所の母屋の正面、一番高い屋根。

さきほどまで誰も居なかったそこに。

「罠にかかったとも知らずに素で花嫁強奪を決行するたァ」

ククッ…と笑って隻眼が見下ろす。

「テメェはとんだ三文役者だよ」


僧服姿に手甲、脚絆。わらじ履き。

被っていた笠を取ると左目の包帯が誰の目にも見える。

背後には武市変平太、来島また子、その他の鬼兵隊隊士が控えている。


「たっ、高杉ッ!」

藤達の足元がよろめいて蹈鞴(たたら)を踏む。

「鬼兵隊の、高杉晋助…!」

 

庭に居た者たち、大江戸テレビのカメラも屋根の上を注視する。

奇妙な静けさがあたりを支配した。

 

 


続く


 

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【2012/11/22 22:20 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第61話 決戦ではなるべく空気を読もう 1





「高杉…テメェ、なにしにきやがった…」

土方が高杉を振り向く。

藤達への構えは揺るがない、なのに高杉を見る眼には失意が浮かぶ。

「テメェらに立ち入りを許可した覚えは無ぇんだがな…」

「なァに、ちとそこの御仁に用があったモンでね」

高杉の視線は土方を通り過ぎる。

たどり着いたのは天堂藤達。

ネオ紅桜を駆使していまだ長塀の上に陣取る爆牙党の首魁だった。

「天堂。俺たちが流しちまったスクラップを糸目をつけず買い回ったんだって? ずいぶんと派手な手間をかけさせちまったようだな」

「クハッ…、それほどでもないさ」

「おまけにソイツを弄って『ネオ紅桜』なるものを売り出したとか。さぞ何も知らない連中が、こぞって金を出したことだろうよ」

「アンタに話を通そうにもツテがなかった。こんなところなのが残念だけど話ができただけでも幸運、ってな。鬼兵隊の高杉とお近づきになれて恐悦至極だよ」

藤達は上目遣いに笑う。

「今度、席を設けさせるから話しをしよう。売り上げ金や配当の。俺はアンタを敵に回す気はない。アンタに喜んでもらいたいし、爆牙党を盟友としてほしいからな」

「フン…、その話の前に片付けなきゃならねェ案件があるだろ?」

高杉の目つきが変わる。

「ソイツを離しな。二度とふざけた真似するんじゃねェ。そうすりゃ今回のおイタは不問に付してやる」

「エッ…?」

藤達は高杉を見て、キョロキョロする。

突然の風向きの変化。

目の前の『岡田』に捕らわれている銀時を見て、ようやく息を呑む。

「そういえば白夜叉はアンタと恋仲だったって…? でも確か自然消滅したんだよな。そんな今更な話、持ち出されても……フハッ、それは本気なの?」

藤達は油断なく高杉を探る。

「アンタがネオを快く思ってないのは解ったさ。俺が出過ぎた真似したのをこの白夜叉と引き換えにチャラにするって意向だね。だがその価値があるのかな?」

勢いよく銀時を指差す。

「白夜叉は真選組の土方に惚れたんだ、女になって嫁ごうとしてるものを俺がどうしようとアンタには関係ないよな? ただ単に俺に嫌がらせしたいだけじゃないか?」

にんまりと口角を釣り上げる。

「アンタは自分が紅桜に失敗したからネオで名を上げようとする俺が気に食わないんだ。それとも俺にも渡したくないほど、まだ白夜叉に未練があるっての? 鬼兵隊の高杉晋助さん?」

「て、テメッ! 高杉にヘンなこと訊いてんじゃねーよ! 殺すぞこの富士ビタイぃぃ!」

『岡田』の腕に捕らわれ、両手を捻じあげられたまま銀時がジタバタする。

「アイツが俺なんか、未練なわけねーだろ! とっくに終わってんの! てか、手軽にデキて面倒がなかっただけだから俺はアイツにとって! アイツが一番大事なのは、もうこの世にいねー人だし、そのために戦ってんの! 俺はアイツ以外ヤダったけどね!」

「可哀想に、白夜叉の片想い?」

余裕に体を揺らして藤達が笑う。

「もとはといえばネオが白夜叉を付け狙うのも部下の岡田似蔵の遺留情念で極めて危険な状態なのに、なに手を打つわけでもなく放置だろ? 白夜叉が大切なら真っ先に安全策を講じると思うけどな」

「うるせーよバカ。そんなの解ってんだよ!」

「似蔵は白夜叉を愛していた、と同時に自分の主人との一体化を望んでいた。主人に同化し白夜叉を獲得するために夜な夜な坂田銀時を求めてネオは彷徨ったのさ。苦労したんだけど、あの回路だけはどうやっても中枢幹から外せなくてな」

「あのなァ、花粉症野郎が惚れてたのは高杉だっつってんだろ。アレのどこが色恋? データになってまで俺を殺そうとしやがって、見当違いの嫉妬向けんじゃねーよ! 俺と高杉はなんもないっつーの!」

「見当違いじゃねェよ」

高杉の視線が銀時に向いてくる。

「俺がすべて投げ打ち、この身を捧げて乞うのはお前の存在だけだ。銀時」

「…あぇ?」

「お前を愛してる」

「ん…ぇえっ!?」

「愛してる」

「う…ウソ、もういっぺん言って…?」

「お前を愛してる」

「…ぅ、…も、もういっぺん…」

「愛してるぜ」

「……もういっぺん」

「愛してる、銀時ィ…」

「たっ…高杉ぃ、」

「愛してる」

「…んぁ、…も、もういっぺ…」

「いい加減にせんかァ!」

捕獲剤で地面に固めこまれた桂が遮る。

「そんなの十年前から分かりきったことだ、貴様らの茶番には付き合いきれん。さっさと銀時…いやアレを連れていけ。だいたい貴様がまごまごしてるからこんなことになったのだ」

「ご挨拶だな、ヅラ」

高杉がムッとする。

「俺りゃ機が熟すのを待ってただけだ。出際は心得てるつもりだぜ?」

「そうじゃない。貴様は手配中の身でありながら銀時と逢引していたな。なぜそのとき今のやりとりをしなかった。銀時に幕府の手が伸びると思わなんだか?」

「……」

「俺は貴様がキライだ。銀時を踏みにじるような貴様のやり方は断じて許せん。銀時の平穏を脅やかすことしかできんのなら、いつでも俺が銀時を貰いうける」

「ちょ、ヅラ。なに言ってんの」

「だが残念なことに銀時はお前を好いている。肉欲の捌け口として無体の限りを尽くし、愛情をそそぐことも省みることもない身勝手なお前を、なんの見返りも求めることなく銀時は昔から…そして今もだ」

キッと高杉を睨む。

「貴様は銀時になにをしてもいいと思っているだろう? 銀時が痛みを感じないと、傷つかないとでも思ってるのか? もし今回も口先だけで銀時を弄するつもりなら腹を切れ。介錯は俺が努めてやる」

「…余計な気を回すんじゃねェよ」

高杉は俯き、そして顔をあげる。

「こんな場所で言う気もなかったが、ちょうどいい機会かもしれねェな。…オイ、銀時。俺がお前を敵陣に置き去りにしたのを覚えてるかァ?」

「…覚えてるけど。それが…なに?」 

「一度や二度じゃねェ。お前を庇うのは白夜叉の名を汚す冒涜だと思ってた。俺が武神であるお前におこがましい真似なんざできるか、ってな」

「……」

「あんとき俺の目は他を向いていた。護るべき連中もいたし、奪還すべき人もいた。ひたすら進むべき一本の道を邁進して、行き詰まるとあたりまえのようにお前に感情をぶつけ、気が晴れるまで当たり散らしちゃお前に不安と欲求を処理させていたんだ。まるで大いなる者に甘える駄々っ子のようにな」

険しく眉を寄せる。

「お前は強いから、なにをしても許されると思っていた。許される、許されないの次元であるかどうかすら考えなかった。お前が俺を支えるのは当然のことだった」

「……ん、」

「お前にも人としての処理できない感情があると、自分こそお前を支えなければならないことをてんで解っちゃいなかった。今も俺は十分に解っちゃいねェだろうが、ちったァ解ったことがある」

高杉の表情が和らいで銀時を見る。

「死んだ人間への感傷より、生きてるヤツを失わないために、あらゆる努力をすべきだってな」

「あ…、なんっ…?」

「死んでしまった人の無念を晴らすのは大事だ。しかし無念が晴れたかどうか知足するのはテメェの自己満足に過ぎねェ」

視線があがって空を向く。

「故人は俺を抱きしめちゃくれねェ。あんなにも自分を投げ打って情熱を傾けたところで、あの人と話すことも触れることもできやしねェ。そうこうしてるうちに俺はまだ生きて触れるヤツを失って、また触れることもできなくなったと悔やむんじゃねェか。そう思ったら銀時…テメェの生きて在ることが法外な衝撃すぎて寒気がした」

ふと銀時に笑いかける。

「お前がいなくなったら俺りゃ死ぬ。お前なしじゃ生きていけねェ。どんなにお前が最愛のものか、消息が知れなくなって初めて知れた。同時に問うた。俺がお前に何をしてきたか、お前を大切にしないで何を成すのか、とな」

「じゃっ…じゃあなんで、腑抜けだのナマクラだの言ったんだよ!?」

銀時の怒りが解けて出る。

「幕府と契って野垂れ死ねつっただろうが! それってこないだだよな? 一週間も経ってないんだけど、お前は最愛のヤツにバカだのツラ見せたら斬るだの誰と寝ようが勝手にしろだの言うわけェ!」

「そりゃテメェが土方を選ぶっつったからだ」

唇を引き結ぶ。

「あんとき、俺をきっぱり拒んだろうが」

「どんとき? いつ? それなに!?」

銀時は羽交い締めのまま身を乗り出す。

「俺、お前に誰を選ぶだの拒むだの言ってねーよな!?」

「『鬼籍に入る覚悟はあるか』って聞いたぜ。そうしたらお前は『ねェ』って答えた。てことは俺と死線をくぐる気なんざねェってことだろうが」

「は……、はぁ!?」

「『心穏やかに暮らしてェ』ってのは真選組との安穏とした生き方をするって意思表示でしかあるめーよ」

「な、なに言ってんのォ!? お、俺はだな…、う……っ、うぎゃっ、」

銀時は一旦絶句して顔を赤く染めていく。

「俺は、『幕府側にまわって殺される覚悟はあんのか?』って聞かれたと思って、お、おま、おまえの敵になんかならねーって…、できりゃお前と二人、のんびり暮らしてーよって、俺にとっては精一杯のお誘いだったんだけどォォォ!」

頬をふくらませ気味に騒ぐ。

「だからそれ蹴られたと思うだろ!?勝手にしろ、幕府にでもしがみついてろっつわれたんだからさァ! あんときだってなんで急にテメェが現れたんだか解らねーよ、いきなり乗っかってきやがって、待てつってんのに出し入れして、テメェは昔っからなんにも変わってませんんん!」

「黙れ。テメェを攫ってった野郎は真選組の手にゃ負えねェ。アレを止められるのは俺だけだ。テメェを助けられるのが俺だけなら、行かないわけにゃいくめーよ」

高杉も心外、とばかりに目を怒らせる。

「なのになんだテメェは。俺だと十分解っちゃいながら騙されねェとか、俺と思わせてるだけで俺じゃねェとか散々ほざきやがって…そんなに俺が嫌だったってのか」

「あああ、あれはっ…、」

銀時はピタっと動きを止める。

ぐっと詰まり、視線を逸らしてさらに顔を赤くする。

「こ、こんなトコで言えるかァァ! あんな醜態さらしてんのをテメェに見られてどんだけ肩身狭くて死にそうだったかテメェに解るかァ! 解んねーだろうボケがァ!」

「…アァ?」

「ただでさえテメーにはのうのうと暮らしてるとか蔑まれてんのに、カラクリ装着してるとはいえちょっと剣術噛ったくらいの鈍臭い素人に、あんなとこまで持ちこまれて、まるで俺が股関節ゆるいみたいじゃねーかァ!」

「……」

「だから俺は思いついたね。あ。そうだ。コイツ高杉じゃねーよ。だから高杉に見られたことにはならねェから大丈夫。って必死でテメェじゃねェって思いこもうとしてたんだぞ、ゴラァ!」

「なんのために?」

「んあ?」

「なんのために俺じゃねェって思いこもうとしてたんだ?」

「そりゃお前、助けにくるはずない高杉が助けにきて、躯も間違いなく高杉でキモチいのに、でもやっぱり違ってましたァ別人でしたァっつわれたら、崩れちまうんだよ。俺の心が」

銀時は薄く笑みを浮かべる。

「あの状況で崩れたら立ち上がれねェ。助かる保証はなかったし、まだ自力で脱出する気でいたからな」

「…ククッ。あいかわらず助けをアテにしねぇ野郎だな」

高杉が呆れたように見下ろす。

「だがテメェにそういうクセをつけさせたのは俺だ。テメェをさんざんな目に遭わせた。嫉妬し、蹂躙し、束縛して放置する。毎日がそんなだった」

「いや、そこまでひどくは…」

「テメェに犯しちまった悪行を謝りてぇ」

切ない瞳で問いかける。

「すまなかった。銀時」

「…ぇ、…なんでお前が謝んの?」

「できりゃ、償いてェ。今日は、テメェの気持ちを確かめに来た」

「ま、…マジで?」

「紛らわしい聞き方はすれ違いの元だ、単刀直入に訊くぜ」

「ん、お、…おぅ、」

「俺はお前と共に生きたい。離したくねェ、愛してる。お前も俺と一緒にいたいと思っちゃくれねェか?」

「そっ…そりゃもちろ」


「言わせるわけにはいかないな、君は俺の花嫁だ」

藤達が銀時の口元を手で遮る。

「伝説の恋の成就を目の当たりにできるのは胸踊るけど、白夜叉を手に入れるのを俺はずっと夢見てきたんだ」

「あぇ…?」

銀時は藤達の声を聞いてボンヤリする。

まるで他の世界から戻ってきたように。

「なにお前。アレ?なんだっけお前」

「クハ、可愛いことを…すぐに俺しか見えなくなるのにな」

 

「アイツ、めげねーな」

沖田が囁く。

「見なせェ、土方さんなんか圧倒的な勢いで観客を黙らせての告白合戦に、みごとに肩おとしてぼっきり心折れてまさァ。ありゃしばらく立ち直れねーな」

「あの程度でめげてどうする」

桂が鼻を鳴らす。

「攘夷者など、昔から自分の主張をするだけの集団だ。言ったもん勝ちだからな、藤達は引かんぞ」

「アイツ邪魔アル」

神楽が憤慨する。

「銀ちゃん、あの高杉のヤバイ匂いにめろめろしてるのに、なんで銀ちゃん離さないアルカ?」

「戦力に自信があるのだ」

桂が言う。

「ヤツはまだ『ネオ紅桜』を3体、保有している。高杉の兵力が未知数とはいえ強気に出るには十分な手駒だろう」

 

「銀さん…!」

新八は捕獲銃の点検をしてもらいながら長塀を見上げている。

妙、そして狂四郎たちも高杉と銀時、藤達を不安そうに見やる。

花野アナは鬼兵隊や爆牙党、隊士たちの動きを見てはいるが一言もない。

近藤は複雑な表情で銀時と土方を見ていた。

 


「もう一度言うぜ。銀時を離せ」

高杉の声がものものしい響きを帯びる。

「さもなきゃテメェはここで終わりだ。無様を晒したくなきゃ消えろ」

「クハッ、吠えるのは結構だけどな」

藤達は笑いながら試すように高杉に挑む。

「それだけのコトを俺に指図する武力を今ここに鬼兵隊は持ってるの?」




続く


 

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【2012/11/22 22:15 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第62話 決戦ではなるべく空気を読もう 2




「俺にテメェを阻む力がねェと思うなら仕掛けてきな。結果の見えきった勝負は、ちと気が引けるがな」

高杉の表情に、いつもの余裕ぶった笑みはない。

抑えきれない怒りに顔つきが変わっている。

藤達は抜け目なく見比べる。

鬼兵隊の兵たちと爆牙党の手勢、そして3体のネオ紅桜。

「アンタとの勝負に引けを取るとは思えないけどな」

藤達は困ったものだ、といいたげに肩を竦める。

「でもやめとくよ、危ない橋は渡らないことにしてるんだ。今日のところは退いとくさ」

チラッと高杉を探り見る。

「アンタの愛しい白夜叉をもらっていけば十分だからな」

「……なに言ってんの、コイツ」

銀時が冷めた顔を向ける。

「死にたいわけ?」

「クハッ! いいね、その言いっぷり」

藤達は銀時を惚れぼれと観賞する。

「鬼兵隊の高杉が本気で惚れてる恋しい人を、この手で組み敷いてモノにするんだ。考えるだけでゾクゾクするな。人のものを盗って性を営むのは最高のエクスタシーだよ」

「テメーのチンポ並みに粗末な願望なんざ、どーでもいいからわざわざ人に聞かせんな。ガキ共に悪い影響出たらあの世で反省させっかんな」

「君を躾けるのは楽しそうだな。知ってる、白夜叉?」

藤達は焦点のない銀時の瞳を眺める。

「真選組の目の前で君を拉致し、陵辱して思いを遂げたのは…今、君を捕らえてるその子だよ?」

「…んぇ?」

「その子はウチの門下生でな。なかなかに剣の腕が立つんだけど、みごとにネオに適合したんだ。だからそのへんのボンクラとは動きが違う。君も敵わなかったろう? 手も足も出ず、犯されて視力を奪われた」

「……」

「その子の毒液で君は全身の痛みに苦しみながら俺に抱かれることになる。当然さ、この子は紛(まが)い物じゃない。鬼兵隊の高杉が造ったオリジナルの『紅桜』の性能を、ほぼ完全に活かしたネオを装着してるんだからな」

「コイツが…あのときの、アレ?」

「そうさ。どこもかしこも可愛がってもらったろう?」

ねっとりと欲に塗れた視線を走らせる。

「この子も情念の成就に正気を失ったらしくてね。連絡が取れなくてヤキモキしたけど、今日ようやく帰ってきた。白夜叉が他の男のモノになるのを嗅ぎつけたんだろ、戦闘体勢でネオを装着したまま、ついさっき俺の元へ現れたんだからな」

「いやあの…」

「君は逃げられない。おとなしく俺のものになりな。帰ったら俺との婚礼式…そのまま床入り式だ」

「すいません、イヤです。きっぱりお断りなんで」

「そういうわけだから高杉、これで失礼するよ」

屋根の上を仰ぐ。

「貴公と物別れに終わるのは残念だけど。俺と白夜叉の子を見れば貴公も認めざるを得ないだろう。そのときは友好な関係を結べるよう期待してるさ。また、いずれ」

「あっ!」

藤達は部下たちに撤収を目配せする。

同時に『ネオ紅桜』2体へ手振りで塀の外を指す。

「あいつ逃げる気アル!」

神楽が声を立てる。

「なにやってるネ、銀ちゃん連れてかれちゃうヨ!」

「落ち着けリーダー、陰険で姑息な高杉のことだ、なにか策を講じてるハズ」

「これで無策だったら敵ながら笑えまさァ」

沖田が屋根の上を見る。

「オイ高杉ィ!真選組に隠し玉はもう無ぇぜ、テメーがなんとかしなきゃ旦那は爆牙党に持ってかれちまう、なんとかしやがれィ!」

「黙るっス、幕府のチワワがァ!」

来島また子が沖田を睨みつける。

「晋助様に気安く話しかけるんじゃないッスよ。アンタたちとは敵同士なんスからね」

「なんだとこのパンツ丸見え女。ナメた口効いてるとテメーのパンツ、シミだらけにしてやるぜ」

「フン、ガキの考えることは似たり寄ったりッスね」

「そのパンツ、シミだらけになったら脱がしてテメーの大将に拝ませてやら。せいぜい期待してなァ」

「ちょ、なんなんスか、そのドSっぷりィィ!」


「…行きましょう」

妙が薙刀を構える。

「あの男が口ほどにもなかったら、銀時ちゃんの貞操の危機よ」

「待ってください、お妙さん」

狂死郎が止める。

「商売柄、私はあの高杉という人物を聞き知ってます。むざむざ恋人が目の前で連れ去られるのを許すような男ではない。銀さんの恋人にふさわしいほどに腕が立ち、頭の切れる、奇抜で柔軟な策士とか。今この目で見ても噂が誇張でないと分かる。あの男が動かないなら、我々も動くべきではない」

「そういうことだ」

近藤が不本意そうに笑い、号令する。

「真選組隊士に告ぐ! 花嫁を取り返すぞ! 爆牙党に狙いを絞れ! 狙いは塀の上の浪士だ、一人ずつ確実に捕らえろ、怪人に構うな!」

「怪人に構うなって…銀時ちゃんはどうする気ですか」

妙が咎める。

「あの毛皮なんか肩につけたビジュアル系気取りの頭領にくれてやるおつもり?」

「銀時は大丈夫だ!」

近藤が言い放つ。

「アイツは…アイツには愛情の双璧がついてるからな!」


「これだけ盛り上がっておいて藤達を逃がしました。では話にならんぞ、高杉」

桂も部下を動かす。

「真選組に構うな、鬼兵隊と動きを合わせろ。エリザベス、皆を率いて藤達と銀時を囲め!」


「させるかァ!」

爆牙党の男たちが吠えて抜刀する。

「我らが道を塞ごうとする貴様らこそ敵だ!死ね、攘夷党ども!」

うおおおお、と書かれたプラカードを掲げてエリザベスが爆牙党に突っこむ。

塀の上で、攘夷党と爆牙党の斬り合いが始まる。


それを横目に見ながら藤達は屯所に背を向ける。

「あとは頼んだよ。適当に散って戻ってきな。帰ったら祝宴だ」

屯所の外の道路には真選組の戦車が一定間隔おきに配備され、砲口を藤達に向けている。

その一番近い戦車の砲塔から山崎がマイクで呼びかける。

「襲撃犯どもに告ぐ!君たちは包囲されている!おとなしく武器を捨てて投降しなさい!さもないと撃つぞ!」

「白夜叉もいるのに?」

藤達はせせら笑う。

「お前ら江戸のゴミは地面に這いつくばってドブさらいでもしてな。その120mm砲じゃネオの足は止められない」

道路には戦車がポツンポツンと置かれているだけで、あとは隊士の一人、パトカーの一台も見当たらない。

朝からの規制で屯所の周囲はすっかり無人となり、この騒ぎに集まる見物人も、おしかける公的機関の役人もいない。

「この調子なら戦車だけ壊せば追っ手はなさそうだ。お前ら、致命的にオツムが足りないんだよな」

藤達が唯一、姿を見せている山崎に言う。

「戦車なんか持ち出せば周囲数十メートルは発射危険エリアで生身の兵なんか置いちゃおけない。お前らは俺と花嫁の門出を黙って見ているしかないのさ。…ネオちゃん、いいから行って戦車を斬り裂いてきて?」

空身の『ネオ紅桜』2体を差し向ける。

2体は唸りをあげて外の道路へ飛び降りる。

彼らが地面に着地する、寸前に激しい電撃音がして、怪人たちの体は勢いよく弾き返された。

「なにィ!?」

1体は屯所の塀に叩きつけられ、もう1体は屯所内の庭まで飛ばされている。

藤達は怪人たちを見て、彼らが弾き返されたと思しき何もない空間に目を凝らす。

「一体、これは…?」


「がはははは! 『ネオ紅桜』なんてェふざけたモンにコイツが突破できるかよぅ!」

ガシャン、と砲塔上部の扉を開けて白ひげゴーグルの平賀源外が顔を出す。

「突貫で仕立てた戦車砲搭載型電磁波包囲装置、名づけて嫁さん奪還電磁檻作戦、俺の気分と一緒に電圧は上がりっぱなしだ、あと半日はいけるぜ、大将!」

「き、貴様…カラクリ技師!?」

藤達は度を失う。

「その戦車が、ネオを吹っ飛ばしたっていうの!?」

「難しいこと言っても素人にゃ解るめェ。加速粒子を叩き出して対象物の表面にマイナス電子を引っ張りだし瞬間的に固定してエンハンス、同時に同力価のマイナス電子をぶつけて爆発的に反発させる。まあ一言でいやぁ、人もカラクリもこの見えないエレキの檻から出られねェってこった」

「そ、そんな…!」


「ごくろうだったな、源外さんよ」

高杉が身をかがめて礼を尽くす。

「時間の無ぇ中、仕上げてくれて感謝するぜ。オメェの働き、カラクリの威力。まさに俺の想像以上だ」


「アンタに頼まれちゃ、できない、は言えめェ。三郎のヤツにどやされちまう」

源外は照れくさそうに紅潮する。

「あんとき、ババアの店で銀の字を取り返す算段を授けてもらってよかったよ。さもなきゃ俺りゃぁ、真選組に見当違いの特攻をかけてたとこだ」


「さすがアイツの親父殿だな」

高杉は感じ入ったように顔を伏せて笑う。

「その気性、技量…アイツに似てる。いやそりゃ、三郎がアンタから授かったものか」


「言いすぎだぜ、大将。年寄りおだてるとハナミズ出すからよぅ」

堪えたように笑うと、握った手の親指を突き出す。

「この周囲四方、各戦車に搭載した電磁波同士の作用を繋ぎ合わせることで屯所は猫一匹這い出る隙間もなく反発檻で囲われた状態だ。触れる物は屯所へ向けて弾き飛ばされる。ケガしたくなきゃ檻に触れないよう気をつけな、兄ちゃんたち!」


「それはいいことを聞いた。エリザベス!」

桂が笑顔を見せる。

「爆牙党の心得違いどもを源外どのの檻へ投げつけろ。さすれば自動的に真選組どもの庭へ落ちよう。あとは奴等にどんな楽しい時間が始まろうと俺たちの知ったことではない」



「ま、まずい、退却…」

にじり寄る攘夷党の志士、そして塀の下で待ち構える真選組隊士に藤達は顔を引きつらせる。

「このままじゃ捕まっちまう!」

「でもどこへ?」

爆牙党の荒くれたちも浮き足立つ。

「どうやって逃げりゃいいんですか、お頭ァ!」

「クハ、こうなりゃ白夜叉を盾にするしかない」

藤達が向き直る。

「こんな手は使いたくなかったけど仕方ない。高杉! あのジジイに言って戦車砲を止めさせろ! さもなきゃ大事な白夜叉に傷がつくよ?」


「やめてください!」

高杉が応える前に、新八が駆け出る。

「なにをしたって無意味です、貴方が高杉さんに敵うハズがない!」

「黙れ、ガキ!」

藤達は隊服を来た、眼鏡のない新八に怒りを募らせる。

「大人の話に首つっこむな! どんな躾してんだか、ろくな親じゃないだろう!」


「アラ。それは私への悪口かしら」

妙が笑顔を一転させる。

「ろくな親じゃないのはテメェの方だろうが、このくされビジュアル崩れがァ!」


「銀さん、聞いてください」

藤達も爆牙党の浪人たちもビビる妙の恫喝に動じることなく新八が続ける。

「僕がどうしてここにいるのか、なにもかもお話しします」

「し、新八…」

首を回して銀時は声のほうを向く。

「なにもかもって、オメー、あ、あああれだ、あんま、こっ恥ずかしい部分はナシな!」

「こっ恥ずかしい部分なんてありませんよ!」

新八は眉を立てて怒鳴る。

「アンタが定春の散歩行くとき、夜中に高杉さんと会ってるのを僕は偶然見たんです。それで確信した。銀さんが心許してくつろげるのは高杉さんの元しかない。銀さんは誰よりも高杉さんが好きなんだってね!」

「しょっぱなから、こっ恥ずかしいだろーがァ!」

「黙って聞けよ天パァ!」

「聞いてられっかァ!」

「土方さんの部屋でアンタの結婚に反対したのは、そういうわけです。アンタが高杉さん以外の人と結ばれるなんてありえない。僕は…ひそかに、二人が仲良くつきあってくれるんじゃないかって、このあいだ衝突したけど、幼馴染みなんだし、銀さんが安らげる場所を失くしてほしくない、この人のもとで安心して笑う銀さんが見たいって、そう思ってたから」

「じゃ、じゃあオメー…銀さんは俺のもの、とかなんとか言ってたのは…」

「高杉さんのものです、とは言えないでしょう。真選組の人の前で」

ジロっと睨む。

「アンタは高杉さんと結ばれる。失うことばかり多かった銀さんが大切な人と幸せになる。いつかそうなると思ってたのに、結婚なんて言い出すから、僕はあの場で決心したんです。このことを高杉さんに知らせに行こうって。銀さんに後悔しないでくださいよって言ったのは、高杉さんに顔向けできないことしないでくださいよって意味ですよ。あのあと僕は鬼兵隊の人に高杉さんに会わせてくれって頼みに行ったんです」

「なっ…そんな危ねェ真似したのかよ!?」

「危なくないですよ。埠頭に行って探しまわったらその日のうちに会えました。銀さんが連れ去られたからヘリで追う、お前も来るかって。高杉さんから声を掛けてくれて。すぐさま僕もお願いして乗せてもらいました」

「埠頭かよ。そんなとこ思いつきもしなかった」

「ヘリの中で高杉さんは僕の話を聞いてくれて…、僕の気持ちも解ってくれて。銀さんは必ず助け出すって言ってくれて…でもその前に生みだされてしまった『ネオ紅桜』を回収しなきゃならないし、真選組と結婚するって言ってる銀さんを攫うわけにもいかないから、こらえろって」

新八が意外そうに付け加える。

「高杉さんってなんでもお見通しなんですよ。真選組が銀さんに近づいたのは、おそらく見廻組とか幕府の手から銀さんを守るためだろう、そういう魂胆だろうって」

「んー…まあね、そうかもね。高杉は昔から妙にアタマが回ったからね」

「山について、危険だから高杉さんたちだけ山小屋に向かって、僕はヘリで待機してたんです。しばらくして帰ってきた高杉さんが、あそこに銀さんがいるけど連れて来なかったって言うから。どうなってるか心配になって様子を見に行こうとして…」

チラと塀の間際にいる土方を見る。

「山小屋に真選組の人たちが一杯いるのを見て、捕まると思って引き返したんです。土方さんには、鬼兵隊の人たちと行動してて悪いことしてるなって思ったんですけど…、岡田似蔵の念波が宿ってる『ネオ紅桜』の変身体をなんとかする方が先だと思って、それで鬼兵隊の皆さんのところへ連れてってもらって」

新八は詳細を明かさないよう喋る。

「そこでまたいろんな話をしたんですけど、高杉さんがどんな些細なことでもいいから銀さんの様子を全部喋れって」

「……ぁ」

「思いつく限りお話ししたら、急に高杉さんが銀さんの入院してる病院へ行くって言い出して。銀さんと直(じか)に話したかったってことですが、結局会えなかったらしくて」

「だってアイツ部屋間違えるんだもん」

「うるせぇ」

高杉が愉しげに笑う。

「そこの副長サンに一杯食わされたのさ。完敗だったぜ」

「これはもう結婚式当日に的を絞るって高杉さんが、…その、いろいろ手配して」

新八の視線が屋根の上の白い隊服の男たちを掠める。

「さっき、その人が『銀さんが大事なら狙われてるのを放置しないで手を打つはずだ』って言ってましたけど、高杉さんはいろんなところに手を回して、自分も出かけていって…僕と一緒に定春の散歩までしてくれたんですよ? ゴハンやったり毛を梳いたり…行けないときは人をやって水とエサを換えてくれて。あと、その…お登勢さんに挨拶してました」

「挨拶!? エッ? ババアに挨拶ってナニ!」

「言わなくても解るでしょう、銀さんをくださいみたいなことですよ!」

「ななな、なんだとォ、なにしてくれてんの高杉テメェ! そんなの、そんなんアリかよォォ!」

ジタバタ暴れたあと、高杉に尋ねる。

「それで…、ババアなんつってた?」

「二人、元気に生きろとよ」

高杉が薄笑いを浮かべる。

「祝福してくれたぜ?」

「…そう、……そうか。…ちょ、やべ。しばらく顔合わせらんねェ…」

「それで僕は」

コホン、と新八が咳払いして続ける。

「鬼兵隊の声明文をもって真選組に来たんです。『婚礼当日に推参する。当方の不手際により野放図に跋扈するに至ったネオ紅桜なるカラクリ兵器をこの手で一掃いたしたし。ついてはこの者を守り手として加えていただければ幸い、叶わねば恩情をもって斟酌されたし』ってね」

「お、恩情をもってシンシャク…?」

「鬼兵隊と一緒にいた僕を、事情を汲んでお咎めなしに放免してくださいってことですよ、恥ずかしいな、もう!」

新八は汗ばんだ自分の額を擦る。

「あとは見ての通りです。近藤さんは僕を隊士として処遇してくれて、この数日は隊士の皆さんの部屋に寝泊まりして号令の訓練したり、道場稽古したり。あと今日の作戦について詳しいところまで教えてもらいました」

「あ。だからヘンテコな銃もってたわけか。お前のコンタクトも眼球カバーなの?」

「いや普通のコンタクトですけど」

新八は低く答え、藤達を見上げる。

「とにかく!僕が見てきた限り、高杉さんは銀さんのために考えつく限りのことをしてきました。『ネオ紅桜』で銀さんを危険な目に遭わせ、いきなり来て銀さんを無理やり連れて行こうとする天堂さん、貴方は武士として御自分が不甲斐ないと思いませんか!?」

「なんなんだ、このガキ!」

イラッと藤達は新八を見下げる。

「お前なんかお呼びじゃないんだ、すっこんでな!」

「貴方なんかに銀さんは渡しません、なにがあっても貴方の恋人にはなりません! すみやかにおひきとりください!」

「こわっぱが、調子に乗りやがって!」

藤達は眼の色を変えて激高する。

「だったら証明してやろうじゃないか、白夜叉は俺のモノだってね。ネオの薬液には催淫剤もあるんだ、お前らの可憐な英雄がどうされるか解るだろ?」

思わせぶりに高杉を見る。

「俺の愛撫にあられもない姿を晒して初めての部分を貫通されるんだ。結婚式の初夜に男に捧げるはずの処女を今ここで俺に差し出すんだよ、お前ら全員で白夜叉の破瓜を見届けるがいい!」

「ちょ、やめて」

銀時は身を捩ろうとする。

「立ったままとか駅弁とか、オレ無理だから。こんな塀の上で富士ビタイ相手にできるほど器用じゃないからね!」

「ネオちゃん、触手から白夜叉を気持ちヨクさせるお薬を注いであげて?」

藤達が己の股間をまさぐる。

「そしたら腰をこちらへあげさせて。着物の裾を開けるように…クハッ、心配しなくても極上の快楽で男を教えてあげるよ」

「ちょ、やだって、やめてください、」

触手が伸びて銀時の身体に巻きつこうとする。

「本気でやめろっつってんだよ、後悔するよ、オメーッ!」


「………銀時ィ!」

高杉が叫ぶ。

形相が変わっている。

 


高杉にとって距離も高さも障害ではないだろう。

屋根を蹴り、庭を数歩で跳んで塀に駆けあがり、一瞬で斬りつけることができるはず。

なのに高杉は動かない。

堪えるように拳を握って塀の上を睨みつけている。

「高杉さん、なぜ…!?」

新八は焦燥を浮かべて高杉を見る。

鬼兵隊、そして真選組隊士までもが高杉を窺う。

それでも高杉は部下を従えたまま屋根に立ち尽くしていた。





続く

 

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【2012/11/22 22:10 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第63話 決戦ではなるべく空気を読もう 3




「良いね、その顔。美人だ」

藤達は息を荒げていく。

「女になっただけじゃなく年齢もずいぶん戻ったんだな、そしてその白装束…、俺は在りし日の姿のままの君を手に入れた…ッ!」

「キモチ悪りィこと言いながら近づいてくんな、」

銀時は懸命に藻掻(もが)く。

立ったまま瓦の取っ掛かりを探して両足で塀を踏みつかむ。

綿帽子も打ち掛けもなく、真っ白い着物と帯だけの衣装。

腕は頭上で絡めとられ、腰は『岡田』に抱き留められている。

相手がその気になれば衣装をたやすく剥がれ、また藤達が『岡田』に命じれば銀時は操り人形のようにどんな体勢でも取らされるだろう。

「…ッ、テメーの計略は見えてんだよ、こんな敵だらけのとこで急所晒して無防備な体勢取るわきゃねーんだ」

紅く艶やかに塗られた唇が言い放つ。

「イッパツやってんのを敵が面白がって見物に回った途端、根こそぎ狩る気だろーがァ!そんなんバレバレなんだよ、テメーがこんな状況で勃つわけねーのもお見通しだァ!」

「根本まで納めてあげれば解るかな?」

藤達は着物の裾を開いて己の怒張したイチモツを取り出すと銀時に向かって片手で扱いてみせる。

「そんなに可愛がる時間は取れないけど、君の恋人の敗北に失望する顔は見れるだろ。クハッ、いいよ…君…、陵辱される花嫁…、その白の純潔を汚して初めてのところから男を知った証を…処女の血を流させ、その血と俺のたっぷりの精液で純白を染めあげてやるさ」

「…息荒いんだけど。なんか小汚いモンいじってね?」

銀時は引きつり、笑いが消える。

「イヤァァァ! こいつガチでブチ込もうとしてるぅぅ! こんな敵陣で格好の標的じゃねーか、自殺する気ィ!?」

「可愛いなァ、白夜叉…なにもかも俺好みだ」

藤達は銀時ににじり寄っていく。

「女になって良かったな。これから君は女の歓びを知る。きっと気に入るさ、俺が初めての男なんだから…クハッ! 初めての血を俺に捧げる白夜叉ちゃん…、俺は君が今まで戦場で遭った誰よりも強く、手ごわい男ってことになる」

「つ、つまんねー冗談…っ、んァッ!?」

上品な化粧に彩られた目元が歪む。

触手が上向けさせた顎から、口を開かせようと唇をなめるように這いまわってくる。

「やっ、…ァ、て、テメーは空気を読め、読んで俺を離しやがれェ!」

背後の『岡田』を窺うように怒鳴る。

『岡田』は銀時の両腕を高々と引き上げて捕らえ、花嫁が自分の身体にピッタリつくよう引き寄せて抱いている。

「ヤッ…、なっ、…ぁ、…はぁ、ぁうッ…!」

触手が耳もとを愛撫するような巧妙な動きで首すじを降りていく。

ゾクっと銀時は竦みあがる。

触手から催淫液を入れられたわけでもない。

なのに、やんわり肌を掠めていく触手の動きは繊細な指先の愛撫そのもので。

後ろから熱烈に愛を囁かれているようで震えがくる。

「感じてるね、白夜叉?」

藤達が短い息を詰める。

「さあ、そろそろ甘やかな処女の匂いを嗅がせてもらおうか。直接、ソコを舌で開かせながらな。クハッ、突っ張っても無駄だよ。男に見られ、舐められたら、すぐに力が抜けてくる」


「うぬ、もう我慢できぬ!」

同じ塀にいた攘夷党の志士たちが激高する。

「あんな輩に白夜叉を渡してなるかッ」

銀時に向けられた藤達の欲望を前にして志士たちは血肉に怒りを滾らせる。

「それは武神、白夜叉であるとはいえ今は年端もいかぬ乙女ではないか! それを公衆の面前で辱めようとは天堂、貴様、畜生道に身を落としたかッ」

俄然、勢いを増した志士の打ち込みに爆牙党の侍たちは虚を突かれる。

互角であった均衡は破られ、呑まれるように押されていく。

「ギャアッ!」

ついに爆牙党の男がエリザベスに捕まり、屯所の外の道路へ向かって投げつけられる。

戦車上の源外が歯を見せて笑う中、男は何もない空間でバチィッと激しい音を立てて跳ね返される。

その身体は塀を飛び越え、真選組隊士が待ち構える庭へドサリと落ちた。

「それッ!」

隊士たちが手際よく取り押さえる。

恐ろしい悲鳴をあげて男は真選組に捕縛され、罪人となる。

それを見て怯んだ者たちを攘夷党が追撃し、一人また一人と塀から突き落とされる。

中にはエリザベス並みに豪快に電磁波の檻へ投げつける腕力の持ち主もいたが、たいていは相手を屯所内へ落としあう攻防になる。

攘夷党の者が落ちることもあったが真選組隊士たちは故意に無視して爆牙党浪士へ縄を掛けていく。

藤達の手勢は戦意を喪失し、中には自分から飛び降りる者もあって総崩れの体をなす。

塀の上に残っているのは、藤達と二、三人のお付きだけという有り様だった。


「おっ…おのれェ!」

藤達は眉を吊り上げて歯噛みする。

「なんで捕まってんだよ、真選組ごときに! お前ら武士としての誇りはないの?!」


「武士だか露出狂だか知らねぇが、どっちにしろテメェの悪趣味劇場もそろそろ終幕だぜ」

塀の下で佇んでいた土方が顔をあげる。

その顔は不敵に笑っている。

「テメェは銀時に触れられねぇし、逃げる道もねェ。今日ここに来た時点でテメェは詰んでるんだ。これ以上の恥を晒したくなかったら得物を捨てて投降しろ。そうすりゃ今ここで首は落とさねぇでやる」


「誰に物を言ってんの? 下等な幕府の飼い犬が」

藤達は手早く下半身をしまい、土方を、近藤を、そして捕まった味方を睥睨する。

「逃げ道がない? そんな言葉遊びに引っかかるほど間抜けじゃないさ。電磁派の檻は四面を囲っている、そう言ったな?」

挑戦的に高杉を見上げる。

「だったら天井はガラ空きだ。檻の届かない上まで跳んで逃げれば脱出可能、そして俺にはネオちゃんがいる」

庭に落ちた怪人たちへ笑みを浮かべる。

「ためしに跳ばせてみようか。跳ね返って落ちてくるか、飛び越えて逃げるか。どっちに賭ける、高杉?」

「……フッ」

高杉は目を伏せ、片手を懐へ入れる。

「ネオってのはテメェの手足となる木偶人形のことか。だがそんなもの、どこにいる? どこにもいやしねェだろ?」

「電磁波の檻にぶつかったくらいじゃ壊れやしないのに。もしかして故障でもしたと思った?」

藤達はニィ…と笑って高らかに命じる。

「さあ、お前らの創造主からの御命令だ! 俺と白夜叉を連れて脱出しろ、この役立たずども!」


藤達の叱咤に2体の『岡田』が立ち上がる。

まだ電磁波の衝撃が残るのか足元がフラついている。

命令を着実に理解し、彼らが空を見上げた途端。

『………ウガッ!』

そのカラクリの管を生やした腕で顔を押さえ、前かがみになって身体を揺らし始める。

藤達が、そして観衆が驚いたように注目する中、怪異は変貌を遂げた。

カラクリの管や機械仕掛けの表層が身体へ吸いこまれるように消えていき、身長が縮み、体躯が変わり、『岡田』とは似ても似つかぬ男たちが二人、もとの人間の姿となってその場へしゃがみこんでいた。

「バ、馬鹿どもがッ!」

藤達は慌てて二人を罵倒する。

「誤操作しやがった、この大事な場面で!ウスノロッ、今すぐ装備しなおせ!」


生身の二人は消耗しきったように身動きが取れない。

怪異が人間に戻ったのは本人たちの意志によるものでないことは明らかだ。

「押さえろ!」

近藤の指示で隊士たちは無抵抗の二人を地面に俯せにさせて確保する。

「………ウソだ!」

捕り手たちの外側で神山が叫ぶ。

「途中で『ネオ紅桜』の変身が解けるなんてありえないッ!あってはならないッ!」

「『紅桜』はどんな衝撃にも耐える脅威のバッテリーじゃなかったんですか?」

隈無清蔵が、負傷した足に手当を受けながら振り仰ぐ。

「病室でカラクリ技師が外部からの変異の解除は不可能と言っていましたが…あの男には無意味な話だったのかもしれませんね」

視線の先には高杉がいる。

「あの男こそ『紅桜』のシステムを造りだした張本人なのですから」


「ネオがッ!『ネオ紅桜』がぁぁ!」

藤達は取り乱して頭を掻きむしる。

「どんな方法でも攻略不可能な俺の最終兵器がぁぁ!」


「嘆くこたねーだろ? そいつらはテメーの優秀な手駒だ。最後までテメーのために身体張ってんだ。褒めてやんな」

高杉はペン型の機器を庭に向けてスイッチを操作している。

「もっとも、そいつらはもう変身なんて奇特な真似はできねェがな」

高杉の視線が池に向かう。

池にハマって動けずにいた2体の変身も解けている。

捕獲剤で地面に固めこまれた最初の1体も普通の人間に戻っていた。

高杉の仕掛けた強制解除信号は屯所の庭全体に及んでいる。

しかし何故か銀時を捕らえている『岡田』だけはなんの影響もない。

怪異の姿のまま動じる様子もなく銀時をその身体に抱えこんでいる。


「…どうやったんだ?」

藤達が弱く問う。

「俺の『ネオ紅桜』に…いつのまに、どんな仕掛けをしたんだ?」


「『紅桜』は宿主の精神を荒らす。使用中の暴走は容易く予想された。緊急停止回路は『紅桜』の根幹に最初からプログラミングされている。テメェはそれごとコピーしたに過ぎねェ」

ペン型の機器の操作を終えて懐へしまう。

「とはいえ、そいつらに使ったのは『停止』じゃなく『自己消去』だがな。江戸で適合した『ネオ紅桜』は6体。これですべてケリが着いた。礼を言うぜ、銀時」

「んが、あがっ…、」

銀時は未だ『岡田』に捕らわれている。

太い触手の先を唇に咥えさせられ、高杉の方を向くことも返事することもできない。

ムッとしたように高杉の隻眼がその様子を見咎める。


「フハ、クハハハッ! 計算ができなくなっちゃったの? 勝ったと思って得意になりすぎた?」

藤達はヤケクソのように高笑いする。

「貴公が解除したのは5体だろ、よく数えてみて? 池に2人、金縛りが1人、そこに2人。そしてあと1人は俺と共に健在だ」

最後の『岡田』を指す。

「全然ッ、終わりじゃないのさ! この最強のネオちゃんが残ってるかぎり誰も俺を止められない。ぬかったな、高杉!」


「6人目? これのことか?」

高杉が後ろへ合図する。

鬼兵隊の志士がすぐに縄で縛って猿轡した男を引きずり出してくる。

「コイツなら信州で最初に起動停止させたぜ。たしかお前の門下だったな。この場を借りてお返しすらァ」

その言葉と共に、鬼兵隊は捕らわれの男を屋根から放り投げる。

丁寧に投げられたそれは見事に弧を描いて池の中へ落ちる。

高杉の逆鱗に触れ、必死に助けを乞う目をした男は水中でバタついたあと、力なく痙攣を始めて動けなくなった。

「お返しするには届かなかったな」

高杉が笑う。

「真選組に頼みこんで返してもらっちゃどうだ?」


「そ、壮太!?」

藤達は目を丸くする。

「ならここにいるネオは、…お前は、」

幽霊でも見たような顔で首をもたげ、『岡田』をこわごわ見上げる。

「だっ………誰?」


「誰でもいーだろ」

ヌッと藤達の視界に、なめらかな太腿が迫ってくる。

襦袢を纏いつかせる生々しい内股に見とれる間もなくガッチリ首の関節をキメられる。

「…い、痛い…痛いっ、折れる折れるぅぅ!」

「テメーがバカ面下げて寄ってくんのを待ってたんだよ」

銀時は触手を吐き出す。

「あのバカチンが俺を襲ったのは元をただせばテメーの仕業なんだろ?」

強靱な足腰でギリギリと藤達の首を締め上げる。

『岡田』は銀時の狼藉を阻むこともない。

「せっかく始末した紅桜から余計なモン作りやがって、おかげで俺がどんだけ迷惑かけられたと思ってんだ?」

「ギャッ…、ギャアアーッ!」

「真選組に捕まるわ、ヘンな薬飲まされるわ、目ぇ潰されるわ、テメーら呼び寄せるエサにされるわ、強姦未遂のあとも身体中痛くて毒にのたうち回ったんだかんな」

銀時は『岡田』に捕まっている上半身を支えにして腰から両足を高く浮かし、そのすんなりした太ももと両膝で藤達の首をロックしている。

どちらかの膝をもう少し曲げれば首の骨が外れるだろう。

そんな危険な技に太ももの内側の感触を愉しむ暇もなく、外す剛力も抜ける体術も持ち合わせず、抗う気配を見せれば首がゴリゴリ捩じれていく恐怖に動転し。

藤達は声をあげて命乞いする。

「悪かった! 助けて、もうしない、誓う!」

「信じられねーよ。もっとペコペコ謝れ。じゃないと首、折っちまおっかなー?」

「ネ、ネオちゃん何やってんだ、白夜叉をッ…ギャアアッ、」

「そうだ。ひとおもいに折っちまおう」

「やめなさい、何を考えてッ……あっ、謝る、謝りますッ、だから離しなさいって、」

「『ネオ紅桜』とか半端なモン作ってハシャいでんじゃねーよ。俺に小汚いモン向けてくんのもヤメてくれる?」

「わ、わかった、もうネオは作らない、保存してある紅桜は処分する、」

「あたりめーだっつの」

「グハッ!」

「厨二病も治せよな。あ、治らないか。戦争がどうとか妄想酷いもんな。首折ったら治るかもよ。治してみる?」

「な、なんでもするから止めてくれェーッ!」

藤達が太腿をパンパン叩く。

「アンタにはもう二度と関わらない、本当だ、ぜんぶ謝る、謝りますッ……いろいろ、すまなかった、すみませんでした…ッ!」

「ちったァ反省したみたいだな。なら誠意みせてもらおうじゃねーの」

「ウグ、ググググゥ…」

「慰謝料って知ってるよな? 新八を危険な目に遭わせた分、俺が失明した分、神楽の食費と、定春のエサ代……アレ?」

銀時は膝をゆるめる。

「テメ、勝手に落ちてんじゃねーよッ! 話はこれからだろーがァ!」

首を挟んだまま揺らしても藤達は白眼を剥いている。

人事不省に陥った藤達を、不服そうに銀時は太腿から放免し、そのまま塀の下へ向けて足先で押し出す。

グラリと傾(かし)いで藤達の身体は庭へ落下する。

待ち構えていた土方が、すぐに藤達を確保した。


「テメェのケリは着いたか」

土方が銀時に問う。

「あんだけ手ぇ出すなって俺たちに牽制してたんだ、コイツはテメェで仕留めたかったんだろ?」

「バレてたの」

銀時は足を下ろして裾を直そうとモゾモゾしている。

「俺がこんな目に遭ってる原因はコイツだからよ、きっちりシメてやろーと思ってさ。もしかして心配した?」

「したよ」

土方は吐き捨てる。

「だがな、ヘタに動いたらこっちがオメーに仕留められかねねぇ殺気を感じたからよ」

「オメーの自制心に感謝するわ、今も…それから、あんときも」

銀時が声を落とす。

「取引は、これで終わりだよな? 辻斬り事件は解決したし、俺の行く場所は俺が決めていいんだろ?」

「…行くのかよ」

「なんつー声だしてんだよ。この世の終わり、みてーな?」

銀時は嘆息する。

「最初に言ったはずだぜ。俺なんかに本気になるなって。オメーに恋情を抱くことはねぇからって」

「銀時…」

「いまさら延長も変更もしないからね。取引が終わったらスッパリ切れるつもりでオメーの要求、ぜんぶ飲んだんだ。『禁じ手はナシ』ってな」

沖田を証人としたあの取り交わし。

「他の役人から守ってくれようとしたのは、ありがてーと思ってる。けどよ、やっぱり自分の居場所は自分で決めてー」

「…祝言は?」

土方が尋ねる。

「先刻は出るみてぇなこと聞いたが」

「えーと、ここメチャクチャじゃね? こんな場所で偉いさんなんか呼べんの?」

「もともと式場は母屋だ。ここが荒れてても問題ねぇ」

「…ま、祝言くらいなら。メシも食わせてもらったしな」

銀時が仕方なさそうに返答し、背後の『岡田』へ顔を向ける。

「オイ、そろそろ離せ。もう俺に用なんかねーだろ? いつまでもそんな格好してないでテメーの主のもとへ帰れや」

『ググッ…』

背後の怪人は口の端をあげて笑った。

見下すような笑い。

そして次の瞬間、

「あ……がふッ!」

銀時を捕らえたまま跳躍する。

高く高く。

電磁波の檻の届かない空まで。


いきなりのことで土方は動けず。

動いたとしてもまったく対処のしようがなく。


突然、跳び上がった怪異に、そしてその腕に抱かれた銀時に。

屯所の庭にいた者たちの顔が驚愕のまま空を向いた。




続く

 

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【2012/11/22 22:05 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第64話 決戦ではなるべく空気を読もう 4





「銀さんッ!」

新八が空を仰いだまま庭へ駆け出す。

狂死郎、妙たちも目で行方を追いながら歩き出てくる。

「銀ちゃぁ~ん!」

焦って呼ぶ神楽の声。

沖田は目を見開いている。

「たぁかすぎぃ~! なにをやってるんだキサマぁ!」

桂が叫ぶ。

一呼吸おいて近藤が屋根の上の白い隊服の男たちに合図する。

予期していなかった白隊服たちは捕獲銃の準備をしていなかった。

手をこまねいて目標を見上げる中、

「どこ行く気っスかァ!」

来島また子の二丁拳銃が火を吹く。

「晋助様の許可がない限り、『上』はこの鬼兵隊が通さないッス!」

「みなさん、お願いしますよ」

武市が、高杉を伺いつつ部下たちに狙撃の指示を出す。

「けして白夜叉に当たらないようにしてください」

一斉に放たれる鬼兵隊の発砲が『岡田』の行く手を遮る。

彼らは最初から電磁波の及ばない筒抜けの上部を警戒していた。

そのために高い位置に陣を敷いていたのだ。

屋根からの牽制射撃が『岡田』の脱出を食い止める。

『岡田』は煩わしそうに跳躍をゆるめると、銀時を抱えたまま屯所の庭に降下してくる。

『ググゥ…』

電磁波を越えられなかったのか、それとも故意に戻ってきたのか。

どちらとも取れる状態で『岡田』は池に滝を流すために積まれた岩場の頂上へ、足を揃えて着地する。

それほど高いものではない、しかし下から見上げる形になるそこは庭の中央に位置する目立つ場所。

賊は池を背にし、母屋に正面を向け、観衆を嘲笑うよう、銀時を見せつけるよう悠々と立ち臨んだ。

「クソッ、ふざけやがって…!」

土方は藤達を部下に押しつけて池のほとりへ駆け戻ってくる。

鬼兵隊がいなければ逃げられていた。

いやそもそも電磁波の仕掛け自体、高杉の手配だ。

恋敵の視点の高さ、備えの周到さに歯噛みせずにいられない。

岩場は写真撮影に使った和傘の近く、その大半は池に接していて背後を突くことはできない。

動かせる隊士は少なく、たとえ揃っていてもこの『岡田』を前にどれだけのことができるのか。

「なにしてるんスか!」

また子が本気で銃弾を撃ちこむ。

「勝手な真似は許さないッスよ!」

「やめなさい、白夜叉に当たるでしょう」

武市が止める。

「顔に傷でもついたらどうするんです」

「なんスか、それ!?」

また子が苛立つ。

「アンタまさかあの白夜叉まで狙ってるんスか!」

「狙うとかそういう次元じゃありません。年齢といい、見目麗しさといい、誰が見ても白夜叉は素晴らしい美少女ですよ。私が言っているのはね、もし白夜叉に傷でもつけたら高杉さんが怒るということです」

「アンタのその邪(よこしま)な見方の方が晋助様を怒らせるッスよ!」

その間も撃ちこまれる銃弾を『岡田』はすべて触手で弾きとばす。

準備ができた捕獲銃が屋根の上から掃射される。

『岡田』に届く前に叩き落とされる。

弾丸ではない、白い不定形の一塊となったものを。

『岡田』は数本の触手で受け止めると手当たり次第に庭の観衆へ投げつける。

「きゃああああッ!」

花野アナと撮影クルーが浴びそうになって逃げ惑う。

「撃ち方やめ!」

近藤が止める。

静まった刹那、一番隊の衝撃銃が『岡田』を狙う。

「今度は返しようがねェだろィ」

沖田が地面にカチコチに固まったまま指示を出す。

「絶好のマトだ、テメーら外すんじゃねーぞ。旦那ごとで構わねェ、ヤツを池の中へ叩っ込んじまいなァ」

「銀ちゃんごとなんて駄目アル!」

神楽が足をバタバタする。

「池に落ちたら銀ちゃん、マヒして動けなくなっちゃうヨ!ただでさえオマエらに薬使われてあんな身体になっちゃったのに、死んじゃったらどうするアルカ!」

「おち、落ち着け、リーダー…ぐふっ」

神楽の足が桂をボコボコ連打する。

岩場の頂めざして構えられた衝撃銃は、しかし発射する前に銃身を跳ね上げられて封じられる。

「ぐわっ」「がはっ!」

一番隊の射手は耳や鼻を打たれて顔を押さえる。

ヒュンヒュンとムチのように撓(しな)る触手に死角はなく。

長さも太さも自在に繰り出せるカラクリの管は一切の攻撃を寄せつけない。

その間に『岡田』は片腕に抱いている銀時に口づける。

後ろから耳を咥え、髪、首すじへ顔を埋める。

刹那、感じ入ったように息を吸いこんで何度も花嫁の匂いを貪る。

「や、やめっ…!」

銀時は身もがく。

腕は掴まれ、背中から抱かれ、絡みつく触手と豪腕に抜けることもできない。

『ング…グフゥ…フゥ…』

『岡田』は笑いともとれる呻きをあげて襟元に吸いつく。

「なっ、なにしてんのテメェ!?なにするつもり!?」

銀時の声が焦りを帯びる。

厚い舌べらが胸の素肌をもとめて襟を乱し、その下へ潜りこんでいく。

「はぁ、…あぅっ…!」

嫌がっていた銀時がビクッと首を反らせ、身体を固く震わせる。

純白の着物の中へ入りこんだ『岡田』が花嫁の敏感なところを舐め苛んでいるのは傍目にも明らかだ。

「ぃやぁ…あっ…、ぁあッ、」

こらえきれない切ない吐息が鼻にかかったようにくぐもる。

銀時が本気で蜿(もが)いているのも、本気で逃げられないのも見てとれる。

「やめてくださいっ!」

新八が岩山に取りすがり、手をついて登っていく。

「銀さんを、銀さんを離せぇッ!」

すかさず伸びてきた触手がパシッと新八の顔を下から弾く。

顔を跳ねあげられながら、新八は岩にしがみつき、賊を睨んでその足元を目指す。

「新八に…なにすんだッ、…コラ、」

銀時が顔を歪める。

「あいつには、手ぇ出すな…っ、」

新八の頬が打ち身で赤くなっている。

なおも触手が、いたぶるように新八に襲いかかる。

「やめな」

騒然とする庭に一言。

命令することに慣れた、人を従わせずにおかない声が響きわたる。

「時間の無駄だ。さっさと戻ってこい」

隊士たちや志士たち、キャバ嬢やホスト、撮影クルーも振り返って屋根を仰ぐ。

僧服姿の高杉が池の岩場を見据えている。

静かに言い渡しているだけなのに誰の耳も確実にその声を拾いあげる。

『岡田』の両肩がビクリと竦む。

触手が新八を逸れていく。

「!今だ、包囲しろッ」

隙を窺っていた土方が岩場に突入する。

動ける隊士たちを率いて賊の足元を駆け上がる。

制御不能に思えた賊が鬼兵隊の首領に恭順を示したことなど驚愕には当たらない。

この間になんとしても銀時を取り戻す。

土方にはそれだけだ。

「ソイツを離せ」

刀を抜き放って肉薄する。

「飼い主が呼んでるじゃねぇか。行かなくていいのか?」

『グッ……ググッ…』

賊はなにごとか考えるように間を置く。

こちらを注視する鬼兵隊の、そして高杉の視線を感じる。

高杉は爆牙党の天堂藤達を諌め、『ネオ紅桜』を始末しようとやってきただけだ。

挙式は気に食わないだろうが真選組をここで潰そうとは思っていないはず。

ぶつかる気であれば真選組の戦車にカラクリ技師を乗せたりはしないだろう。

いわば源外は人質だ。

目的を果たした今、高杉は『岡田』を連れて引き上げる以外にない。

そして真選組には鬼兵隊を追撃する戦力はない。

その予定調和。

見廻組の『援軍』たちは見たままを彼らの局長に報告するだろう。

いかに真選組が攘夷浪士集団を相手どって奮戦したか。

『白夜叉』と呼ばれたかつての英雄がなんの脅威にもならない身体になって、視力も奪われたまま真選組の田舎侍のもとに、いかに慎ましく嫁入りしたか。

高杉だって銀時が幕府の追求を逃れ、安全圏に入ることに異存はないはず。

ようするに『岡田』がここで粘る理由はない。

『岡田』が狂いでもしないかぎり。

そして高杉がそんな失態を『岡田』に許すわけがない。

『ガアッ…!』

土方の思惑を破って突如、賊は新たに頑丈な触手を生やして振り回す。

正確な攻撃ではないが激しい威嚇に攻める隙がない。

捕り手を退けておいて『岡田』はおもむろに銀時の身体に触手を這わせる。

その蚯蚓(みみず)のような先端をクチクチと開いて着物の下へ入りこみ、花嫁の白い襦袢に包まれた無垢な肌を細かく噛んで刺激していく。

「ぁんっ…ん、…んむっ…」

土方の目の前で、銀時は口を開かされる。

極太の触手がその中へ無理やり押し入っていく。

銀時は首を振り、噛み砕こうとするが、『岡田』は苦もなく顎を上げさせると喉の狭まりを突破し、その太い先端を擦りつける。

「んぐッ、…ぅぐッ、ぁが、…ぅぐッ…!」

苦しそうに眉を寄せ、もがいて肩を揺らす銀時の姿を『岡田』は土方に、そして庭にいる者たちに嘲笑うように突きつける。

「ぎ、銀時…!」

土方は怒りに視界が眩む。

銀時の口から触手が滴らせた透明な液体があふれてくる。

しゃぶらされたものが形よく塗られた紅い唇から無遠慮に出し入れされている。

刀に掛けた土方の手に無類の力が籠もったとき。

「ンッ! ンぅ…ッ、…んんーっ!」

銀時が慌てたような呻きを漏らして身を捩った。

『岡田』を蹴ろうと両足を振り上げてバタバタしている。

見れば触手が着物の裾を割って足を這いのぼっていく。

膝、太もも、そしてその奥の敏感な部分を求めて無数の触手が先端をクネらせていた。

「ハっ…、ぁぐっ…ふ…っ、」

目尻に涙が湧く。

ビクン、ビクンと不規則に撥ねる身体は着物の下に入りこんだ触手を払うすべもなく、あらぬところへ這い寄るそれに一方的な愛撫を施されていく。

銀時の焦点のない瞳がうつろになる。

助けを乞うわけでもないその目の縁から、はらりと雫がこぼれる。

「…やめろ」

ブチっとなにかが切れる。

「やめやがれぇッ!」

土方は刀の柄をきつく握る。

頭の中が敵を斬り殺すこと、ただそれだけになる。

「副長ォ!」

飛んでくる触手を避けながら必殺の一撃を見舞う。

殺気立っていながら計算されつくした土方の剣戟、相手の軸足を狙って銀時にはどうあっても当たらない一点を見切っての得意の突き。

─── 獲った

確実な手応えを予感した瞬間、予測しうるすべての動きを無視して目の前に銀時がいた。

『なにっ!?』

勢いは止まらない。

このままいったら銀時を刺し貫く。

土方は不自然に手首を返して切っ先を逸らす。

ぐき、と靭帯が外れて手首がおかしな方向へ曲がる。

『グフ…』

賊が笑う。

人間の動きでは起こり得ない角度で銀時の立ち位置をずらして盾にした。

躊躇なく銀時を危険に晒し、土方の動揺を楽しんでいる。

土方は無理な体勢から刀を地面へ放り投げる。

「クッ…、」

バランスを崩した身体は岩を踏み損ねる。

なんとか足がかりを捕らえて勢いを殺した土方は受け身を取って岩場の下の地面に転がる。

「副長ッ」

隊士たちが駆け寄ってきて引き起こされる。

手首に激痛が走り、指は思うように曲がらず、刀が掴めそうにない。

土方は岩山へ向き直って仰ぎ見る。

頂きに、ただ一人君臨する狼藉者がその長身を聳(そび)やかしている。

花嫁はグッタリと力をなくし、『岡田』に凭れかかるよう背を反らして抱かれている。

─── ああ、もう…

自分には銀時を護る力はないのか。

土方の頭に凍るような絶望が掠めたとき。

ものすごい質量の、熱気をまとったモノが土方の脇の地面を大きく跳ね上げて疾風のように駆け抜けていった。

「!?」

その姿は岩場を蹴り、次の瞬間には『岡田』の上から一刀両断に振り下ろしている。

高々と『岡田』の頭上まで両足を曲げたまま跳躍する身のこなしは、しかし重い一撃を芯から砕くような鋭さで打ち下ろし、心臓を刺し貫く勢いの冷酷さは銀時の戦闘ぶりを見るようだ。

『岡田』は、あわやのところで高杉の強襲を受け止める。

右腕に幅広の刀身を生やし、それだけでは足りず左腕も刀に変化させて両腕がかりで高杉を止め、満身の力で踏ん張って、どうにか頭を割られずに食い止める。

「銀さぁんッ!」

その腕から解放された銀時は、岩場からなんの支えもなく転落する。

絡みついていた触手は、高杉の殺気に触れて萎縮したように銀時の身体から離れていく。

伸ばした新八の手は届かず。

受け止めようとする隊士たちも間に合わず。

手首を傷めたまま土方は落ちてくる銀時の下へ飛びこむ。

「ぐッ、」

白無垢に包まれた小柄な身体。

普段の銀時とは違う軽さが幸いし、からくも両腕で抱きとめる。

勢いのまま尻もちをつくと、膝に乗せた銀時の顔を覗きこんだ。

「大丈夫か?」

「…ん、」

銀時は肩をさすっている。

「それをいうならオメーこそ。手首潰しちゃっただろ。グキって変な音したし」

「なんともねぇ。お前が無事なら、それで十分だ」

 

「…ずいぶん好き勝手やってくれたじゃねぇか」

低く問う。

「どういう了見だ?」

高杉は刀を引き、鞘に収めて岩場の頂上に立つ。

戦意を失った『岡田』は刃向かう気力もなく膝をつき、高杉のもとに蹲っている。

「……晋助の恋慕する白夜叉」

『岡田』はその輪郭を失い、人間相応の精悍な武人の体格へ成り変わっていく。

「アレがどれほどのものか知りたかったでござる」

「…で。どうだった」

高杉は口調は軽いが、目は笑っていない。

「満足のいく確認はできたのかぃ?」

「晋助が」

サングラスを押さえて立ち上がる。

「白夜叉を他の誰にも触らせる気がないということだけは」

「……」

「だがあの感じやすい甘やかな鼓動は、なかなか。もう一度かき鳴らしてみたいものよ」

「フッ…テメェも酔狂だな」

高杉の隻眼が部下を見下ろす。

「次は無ぇぜ、万斉」

向けられた威圧を不服としながらもサングラスの男、河上万斉は一振りの刀を手に岩場を蹴る。

桂は眉を潜める。

その刀には見覚えがある。

妖刀『紅桜』。

すべて殲滅したはずが他にデータを写し取ったものがあったのだろうか。

ということは万斉が変身していたのは『ネオ紅桜』ではなく本家本元の『紅桜』を用いてのことか。

万斉は岩場を降り、軽々と屯所の屋根に駆け上がって鬼兵隊と合流する。


岩場の頂上に残った高杉は、そして土方を視界に入れた。

土方は身構える。

銀時を抱き、地面に低い姿勢で膝をついたまま高杉を窺う。

高杉の視線は土方を通り過ぎ、銀時に注がれている。

尋常ではない要求が突きつけられるのを感じ取る。

無言で拒否する土方に、高杉は片手を差し出す。

「銀時を渡せ。それは俺が連れていく」

案の定。

高杉の宣言は土方にとって最悪だった。

「誰の目にも触れない、手の届かない場所へな」

「断る」

土方は銀時を隠すように抱きしめる。

「なんでテメェなんぞに渡さなきゃならねぇんだ」

そんなことをすれば銀時は、鬼兵隊に拉致された一般人としては扱われまい。

高杉と相愛のお尋ね者だ。

平穏な暮らしとは一生かけ離れた境遇に身を落とすことなる。

「テメーに銀時を隠しおおせるか?」

高杉が抑揚なく尋ねる。

蔑むでも窘めるでもない、ただ淡々と土方に語る。

「幕府にしろ、オメーらの敵にしろ、これからも銀時を巡って面倒事を起こすだろう。以前の銀時ならともかく、テメェらに女にされ、目も見えねぇ状態の白夜叉が自分の身ひとつ護れねェのはテメェらも重々解ったはずだ」

顔をあげる。

「それとも、ソイツを男に戻す方法でもあるってのか?」

「………いや」

土方は高杉を睨みつける。

「一度、女になっちまったら元には戻らねぇ。完全な女になる。そういう薬だ」

「つまり。かつての戦争でめざましい働きをし、攘夷志士の信望も厚い英雄、白夜叉はすべての戦う力を取り上げられて女にされ、二度と男に戻ることはねぇ。そういう筋書きか」

軽く嘆息する。

「そんな弱った白夜叉が平穏無事に生きていける場所なんざ、あると思うのか。その気になりゃ誰だって幕府の武装警察に踏み込むこたァ難しくねェ。いずれ奪われて略奪者の思惑に好きに翻弄されるだけだ。テメェらがそれを良しとするなら話は別だがな」

「だからってテメェに渡す謂われは無ぇぜ」

高杉は絶対の強者だ。

本来の銀時と遜色ない戦闘力を持ち、謀略に長け、人を動かす力を持つ。

だが銀時を離すことなど土方にはできない。

「まるでテメェなら護りとおせるみてぇな言い方だが。テメェと行ったって修羅の道だ。それこそコイツが安らぐ場所なんかこの世に無ぇ」

「だから連れていくのさ。そいつが逃げ隠れせずに済む時代。攘夷戦争のさなか、この国の過去の世界へな」

「……なんだと」

土方は意味が解らず聞き返す。

「なに言ってんだ。そんなことできるわけねぇだろうが」

「男を女にするくれぇだ。天人の技術力をもってすれば難しいことでもあるめェよ」

高杉は僧服の袂(たもと)から一塊の器具を取り出す。

いびつな突起を備えたそれは見たことのない形状をしている。

「時を超える装置だとよ。年月をさかのぼって過去の時代へ赴くことができる。白夜叉はそこへ送り返す。この時代に居たってテメェらに食い物にされるだけだからな」

ククッと笑って高杉は銀時を見下ろす。

「そんだけ若けりゃ白夜叉に瓜二つの妹とでも通用するだろう。嬉しいか?あの場所へ還れるんだぜ。俺がキッチリ送り届けてやらァ」

暗い笑みを浮かべながら、そうして再び銀時に片手を差し出して誘う。

「来いよ、銀時。お前をあそこへ解き放ってやる。先生が生きていた頃。ともに肩を並べて戦ったあのとき。誰もお前に仇をなすことのない侍の世界にゃ、今のお前だって受け入れる度量があらァ」





続く


 

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【2012/11/22 22:00 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第65話 決戦ではなるべく空気を読もう 5




「やれやれ。だから高杉さんには内密に事を運ぼうと思ったんですよ」

武市が嘆く。

「坂田さんを誘って私たちだけでネオ紅桜を誘き寄せ、回収する。そうすれば高杉さんが過去へ行くなんて言い出すこともなかったのに。これで鬼兵隊は主を失うことになりますね」

「晋助さまが行くなら私も付いていくッス。そこが過去だろうが宇宙だろうが同じことッスよ」

また子が声を張る。

「白夜叉ァ、それは晋助さま流のプロポーズっス! 晋助さまがそういうおつもりなら私たちはアンタを晋助さまの一部として鬼兵隊に迎えるッスよ! 心置きなく受けると良いッス!」


「いや違ぇだろ。高杉は過去には行かねーだろ」

銀時は無表情に言い返す。

「だって送り届けるとか言ってるもん。これ俺だけ過去に持ってかれるんだよね? 高杉はこの時代で普通に生きてくんだよね?」


「はぁ? あんた、恋愛不感症っスか?」

また子が呆れたように腰に手を当てる。

「さっき晋助さまがアホほど愛を告げていたの、もう忘れちゃったんスか? あんだけ盛り上がっといてアンタと離れるわけないッス!」


「俺りゃ過去には行かねェ」

「そうッスよねぇ」

「この時代でやらなきゃならねーことがある。鬼兵隊を残していくワケにはいかなくてね」

「そうそう、鬼兵隊を…え? し、晋助さま!?」

「悪いが付いてってやることはできねェ。銀時、お前とはこれで永劫の別れだ」

高杉の隻眼が苦し気に眇められる。

「もともとオメーは過去にしか生きられない攘夷の申し子だ。この場違いな時代に存在すりゃ血を流して傷つくだけ傷つくだろう。前ならともかく今は身を護る術もねェ。俺は、そんなお前を見ちゃいられねェ」

「……ウン」

銀時が諦めたように笑う。

「わかってたよ。俺とお前じゃ感覚が違うって」

「…」

「戦争でどんなに力を尽くしても失ったものを取り戻す役には立たねーって悟っちまったし。お前がその感覚を共有できないのも無理ないしな」

「銀時ィ…」

「お前が山小屋に現れたのは『ネオ紅桜』の回収のためだし、川辺で会ったのだって鬼兵隊のヤツラを無駄死にさせないため。それでいいし。不満に思うこともねェ。でも俺はオメーにだけは操を立ててたんだよ。オメーにだけは他の誰かと懇(ねんご)ろになったと思われたくなかったんだ」

笑みを浮かべたまま銀時は宙空へ顔を向ける。

「あんときだって俺は。先生がいて高杉がいて…な日常を取り戻せればそれで良かった」

「……」

「オメーがあそこへ帰してくれるってんなら、それも良いかもな」


「ちょ待ってくださいよ! そんなのってありますか!?」

新八がたまらず声をあげる。

「僕は銀さんに高杉さんと気兼ねなく付き合ってもらえる日が来ると思ってたんです、なのに銀さんだけ過去へ行くんですかッ?なんなんですかそれ、アンタら別れる気ですかッ!」

声が震える。

「ていうかアンタ、僕たち置いて過去へ行っちゃうつもりなんですかッ!?」


「ワタシも行くアル」

神楽が力強く言う。

「目の見えない銀ちゃんはワタシが守るネ!」


「バカ言うなィ。テメーは俺の嫁だ。そんなとこ行かせられるか」

沖田が挟む。

「きっと旦那は大丈夫だろ。むこうで昔の高杉とくっついて、たくさん子供こさえて、その子孫がこの時代にワサワサ蔓延(はびこ)ることになりまさァ」


「いやだ銀時の子は見たいが高杉との子なぞ願い下げだ」

桂が真顔で言う。

「銀時、考え直せ! お前なら俺が護るし嫁にももらうぞ! 高杉の甘言に惑わされるな!」


「どこが甘言んん!? どー考えても苦言だろーがァ!」

銀時が桂の方へ怒鳴る。

「もーいい、ゼッタイ過去行くッ! テメーともこれっきりな!」


「過去へ行くなんて止めとけ、目の前の困難から逃げてどうする!?」

近藤が溶解剤を掛けられながら言う。

「そんなことしたら巡り巡ってもっと面倒くさい事にぶつかるんだぞ!お前はトシと結婚して真選組に紛れこむのが一番良いんだって!」


「そうよ、銀時ちゃん」

妙が胸のあたりで両手を握る。

「一緒にいてくれる人が一番じゃないの。どう考えても銀時ちゃんの婿には新ちゃんが適任よ。皆で『花嫁に簡単エクササイズ入門!初心者を募集!恒道館ブライダル護身術』を広めましょう?」


横で大江戸テレビの撮影カメラが回っている。

狂死郎は引きつり笑いで妙のカメラ目線を窺っている。


「銀さん」

気を取り直して狂死郎が告げる。

「アナタが決めたことなら反対はしません。二人の間のことは二人にしか分かりませんし、第三者を気にする必要はないでしょう」

くすっと笑う。

「アナタの愛の作法…そんな格好をしてまで守ろうとしたものは確かに見届けました。あの男なら仕方ありません。これでお別れでしょうが、どうか祝福させてください」


「旦那ァ…」

長塀の外で山崎が耳に当てたインカムを押さえて内部の様子に聞き入っている。

「行っちゃうんですか…」

見えない電磁波の檻が阻んで塀に登ることもできず、手近に屯所内を覗けるような高台もない。

山崎の横で源外が一緒にインカムに耳を近づけて聞いている。


「過去へ行っても帰ってこれるんですかね」

隈無清蔵が呟く。

「まあ、そんなことをしたら歴史に影響を残しそうですが」

「ううう…」

神山は項垂れている。

そうしながら岩場の上の高杉を睨もうと、努めて顔をあげて見上げている。

隊士たちは爆牙党の者たちに縄を打ち、溶解剤を運び込み、負傷者の手当をしながら様子を見守っている。

池には変身を解かれた男たちに混じって長谷川が仰向けに浮いている。

ホストやキャバ嬢も小さくざわめきながら、どうなることかと見入っている。

 

「こちら、花野です」

ひそひそと実況を再開する。

「結婚式直前、屯所の写真撮影会場では大変なことが起きています」

小さな声でも十分聞こえるほど、あたりは静まっている。

「花嫁の坂田銀時さんはかつて攘夷戦争に参加しており、現在でも攘夷活動に多大な影響を与えるということで、かよわい女性の身になった今、この坂田さんを比較的安全な過去へ送り返そうという流れになっています、ライブ中継でお伝えしています!」


「……過去が安全なんてわけがあるか」

土方が、声を絞り出す。

「行っちまったらお前のまま、この魂のまま帰ってこれる保証はあんのか?」

「土方くん」

「俺はお前を失っちまう! 坂田銀時を失っちまう…!」

「あー…大丈夫だって。たぶん。最後まで無事だったとこに居りゃ危なくねーし、それが大体どのへんだか戦争の終わりまで一回経験してるから判ってるしな」

「二度目は違うかもしれねーだろ」

土方は銀時を抱き締める。

「お前はどうなるんだ?この時代の、ここにいるお前は?ほとぼりが冷めたら、また戻ってこれんのか?」

「そんなの俺が知りてー…」

「戻ってはこられねェ」

高杉が告げる。

「人が時間を超えるのは一度きりだ。銀時はあの時代で死ぬまで生をまっとうするのさ」

「じゃあ、この、目の前の銀時は…」

「消えるんだよ」

高杉が吐き捨てる。

「幕府の玩具みてーに女にされた白夜叉は、二度とテメーらの見世物にはさせねェ。過去の俺と俺の仲間たちがコイツの生きたいように自由にさせる」

「だったら俺も行かせろッ」

高杉を睨みあげる。

「銀時が過去へ行くってんなら、その運命を変えられねぇってんなら俺も行く。俺はコイツを離さねぇ」

「無理な注文だな」

高杉が鼻を鳴らす。

「この装置は容量が限られている。俺と銀時以上の人数は運べねェ」


「なんだ。じゃ、本当にお別れか」

銀時がうつむいて笑う。

「俺、この世界から消えちまうんだなァ…」


「銀時、お前は過去なんかに行きてぇのか!?」

土方が腕を掴む。

「一言、イヤだって言いやがれ。そしたら高杉なんかに渡さねぇ!」

「…でもなァ」

「過去に行ってなにか良いことあんのか?こことどう違うんだよ!?オメーに得なことなんか何もねぇ、ガキどもや、お前を大切に思ってるヤツラを置き去りにするだけじゃねぇか!」

「俺、オンナになっちゃったしィ」

銀時が自分の帯に手を置く。

「こんな目じゃ、ろくに俺の剣は届かねー。護るどころか大切な奴等を危険に晒すだけだ。厄介な連中、銀河系最大の犯罪シンジケート?とかに恨みも買っちまってる。高杉はそれを知ってるから過去に逃げ場を用意したんだろ」

「う、」

宇宙海賊、春雨。

先だっての攘夷派内部抗争の折、春雨の戦艦が江戸上空に飛来したのは周知のこと。

銀時は春雨ともコトを構えているのか。

春雨を相手取るとなると真選組全員の命を並べても足りない。


「俺はいいんだよ、俺は。どうなろうと自業自得だし」

銀時が言う。

「でもよ、あいつらやお前らが酷い目に遭うのは我慢できねーよ。俺が原因なのに、俺が何もできないなんて生き地獄はカンベンしてくれや」

「ぎ、銀時…!」

「ありがとうな、土方くん。オメーには感謝してんだ、俺なりに」

手をあげて土方の在り処を探す。

「あいつらのこと頼んだぜ。俺がいなきゃ春雨に襲われることもねーと思うけどよ、あいつら無茶すっから」

「ダメだ、…めろ、」

「これでお別れな。行かせてくれんだろ?」

銀時の手のぬくもりが頬に触れる。

「オメーにはずっと素直になれなかったけど今なら言える。オメーのこと、最初に見たときから楽しい野郎だなって…」

「…やめろ、やめねぇか!」

土方は自分に触れた手を掴んでそのまま頬に押しつける。

「そんなもん聞きたくねぇんだよ!二度と会えねぇなんてやってられっか、お前が誰を向いてても構わねぇ、好きだ、お前が好きなんだ…!」

「土方くん…」

ほろっと熱い雫が銀時の頬に落ちる。

くぐもった声とともに土方の背中が震える。

「お前を離したくねぇ、離せねぇよ、ダメだ、行くな!行かせねぇ!」

「ちょ、オメー…、」

「離さねぇ、高杉に渡すくらいなら、オメーを失うくらいなら、オメーに一生恨まれてやる、上等だ…!」

土方は銀時を腕の中に閉じ込める。

見て、高杉は鼻白む。

「よぅし、トシ、こっちだ!」

近藤が声をかける。

「そのまま銀時を連れて下がってこい!」

隊士たちがぬかりなく岩場のまわりを固める。

銀時を抱いたまま玉砂利に座り込んだ土方を高杉の視界から遮っていく。

「高杉! お前が銀時を思う気持ちは俺たちと同じだろう。だがお前は指名手配犯だ。見逃すことはできん!」

「たかすぎっ!」

後ろへ引いて連れていかれそうになりながら、銀時は土方の腕から身を乗り出す。

その手に届かない高杉を求めるように岩場へむかって手を伸ばす。

「もう腹は決まってんだ、お前と行く!」

きれいな指先だった。

その手は宙をつかんでいた。

「連れてけ、迷ってなんかねぇから!」

白無垢の袖がなびいている。

銀時の巻き毛が柔らかそうで愛おしい。

なあ、銀時。お前は病院のベッドから手を出して振ったよな。

そういうとき、お前はその手をどうされてぇんだ?

知りたがった俺にお前は答えたっけ。

『お前の好きにすればいい』。

俺はお前の望むことをしてやりてぇ。

『だったら俺のして欲しいことすりゃいいじゃん。イチゴ牛乳掴ませるとか、いろいろ』

ああ、そうか。

お前のして欲しいことをすればいいのか。

それなら俺はお前を離してやろう。

お前の望みを叶えるために。

「…あ、?」

最初から。

「ひじかた…くん?」

お前を逃がすのは俺だと。

決めていた。

「行け」

土方の腕がゆるむ。

銀髪に名残惜しそうに唇が当てられる。

「言ったろ? お前が逃げるときは俺が逃がしてやるって」

「え…マジで、いいの?」

「元気でな。たまには、…いや、なんでもねぇ」

忘れないでほしいと。思い出してほしいと願うのは傲慢だろう。

「死ぬな。そんだけだ」

「あぁ、そんなら自信ある」

銀時は腕をすり抜け、立ち上がる。

「達者でな、土方くん」

その言葉を残し、銀時は土方を残して玉砂利を踏む。


「あ、なにやってんだィ土方さん!」

沖田が慌てて叫ぶ。

「アンタまで高杉に乗せられるたぁマヌケすぎだぜ副長俺に代われ土方ァ!」

「なんで離しちゃうのトシィィ!」

近藤が頭を抱える。

「これじゃ高杉の思うツボだってばぁ!」


「ワーイワーイ、ざまーみろ」

神楽が嬉しそうに笑う。

「誰も銀ちゃんの邪魔はできないアル!行け、行け銀ちゃん!ヤバ男とよろしく高飛びするヨロシ!」


「そんなぁ…」

新八は立ち尽くし、そして膝を折る。

「過去で危ない目に遭ったらどうするんですか…!?」

 

白い衣裳が、ひるがえる。

銀時は勘だけで隊士を躱す。

「たかすぎっ!」

岩場に手を触れて確かめながら、それでも軽々と踏んで登っていき。

頂上から腕を掴んで引き上げる男のもとへ、その胸めがけて飛び込んでいく。

「たかすぎ、たかすぎぃ…!」

「銀時…!」

小柄な白無垢姿が高杉の両腕に抱き締められる。

「お前、いいのか?もう戻って来られねェんだぜ」

「うん。お前にこうされたぬくもりだけで生きてける」

高杉の首に両手を回して抱きすがる。

「1分でも。1秒でも。むこうに着くまでのあいだ、こうしてて良い?」

「銀時…、」

隙間なく銀時の背を抱いて引き寄せる。

「オメーと離れるなんざ、身を切られるようだ」

「ん。わかってるって」

銀時は幸せそうに笑う。

「俺のためにしてくれるんだ、お前にも辛い…、選択させちまってすまねー」

「長居は無用だ、行くぜ?」

「っ、…そうだな。長引くとみっともねーとこ見せそうだし」

銀時は庭をキョロキョロ見下ろす。

新八、そして神楽の気配を探し、なにごとか考えていたが結局、言葉にならず。

「じゃ、オメーら元気でやれよ」

無気力な顔で、努めて素っ気なく言い渡す。

「世話した分も、してもらった分も、チャラってことで。そんじゃ、さいなら~」


「銀さん!」

「銀ちゃぁんんん!」


「さがってな、メガネ。時空の歪みに巻きこまれたら危ないぜ?」

高杉が装置のスイッチを片手で細かく押していく。

「しっかり掴まってろ銀時、次に吸いこむのは戦場(いくさば)の風だ!」


「高杉さん、ちゃんと戻ってきてくださいよ?」

「し…晋助さまぁ!」


「待て、高杉!」

近藤が身構える。

高杉の装置から重い空気の塊が吹き出してくる。

「お前は間違ってる、銀時を…、過去に連れてったってなんにもならねェだろぉぉ!」


高杉は答えず。

銀時は楽しげに笑んでいる。

吹き出す圧に押され、皆、頭をかばい身を低くしてそれに耐える。

まるで先のない道行きだというのに。

その不吉を寄せつけないかに二人は愛おしげに互いの身に触れ合い。

そして。

「銀時ぃぃぃぃ!」

轟音とともに岩場の上の空気が炸裂する。

耳に刺さる重音、波のように押し寄せる爆圧。

空に舞い上がる砂埃で二人は視界から消え失せる。

耐え切れず瓦解した岩場の岩や生えていた草が土煙と一緒に飛散する。

「ゲホ、ゴホ!」

近藤が、そして隊士たち、志士たち、客人たちも。

目を押さえ口を押さえて異常な爆砕をやりすごす。


「行っちまった…!」

熱風が収まり、ようやく視界が効くようになったとき。

岩場は消失し、そこにいたはずの二人の姿はどこにもなかった。

 

「さて」

武市が半歩さがる。

「高杉さんは無事行ったようですし、我々はこれにて退かせてもらいますよ」

「晋助さまの帰りを待たなきゃならないっスからね」

「なかなか楽しい余興でござったな」

また子、万斉も言い残して鬼兵隊隊士たちは撤収を計る。

その動きは素早い。

あっというまに大勢いた男たちが屋根の向こうへ見えなくなる。

「源外さん、電磁波を止めてもらえませんか?」

武市が塀の外へ呼びかける。

「それがあると私たちも出られないものですから」

「あぁ、なんだってぇ?」

源外がこちらに耳を向けて怒鳴る。

「今の空気が裂けたような爆発はなんだったんだ。オメーらみんな無事なのかよぉ!」

「問題ありません。それより電磁波の檻を消してください、お願いします」

「止めろってか?おおよ、任せときな!」

源外が戦車の中へ潜りこんでいく。

「少し時間がかかるがよぉ、年寄り急かすんじゃねぇぞ。がははは!」

「なるべく早くお願いします」

武市は、そして近藤を見る。

「志村新八君を快く受け入れてくれて感謝しますよ。あの状況では身柄を拘束されてもおかしくなかった。ひとえに貴方の懐の深さと解しておきましょう」

「銀時と約束したからな」

近藤が苦笑する。

「鬼兵隊に合流しちまった新八君を俺たちは全力で連れ戻す努力をするってよ。俺は約束を果たしただけだ。お前たちの都合を汲んだわけじゃねぇ」


「そうですか。それならそれで結構です」

武市は淡々と告げる。

「次にお会いするときはその首、いただきますよ。局長さん」

「それはこっちのセリフだ。全員、逃がさねーからフンドシの垢ァ落としとけよ!」


武市と、数人が屋根の向こうに消える。

電磁波の檻は解除されたのか、鬼兵隊は音もなく屯所から去っていった。


「フフフ…近藤。ぬかったな」

神楽と沖田の下で、桂が笑う。

「攘夷党の同志たちがエリザベスはじめ全員逃走したのにお前は気づかなかったろう?」

「エッ、いつのまに!?」

「我が攘夷党は常に安全な逃走路を確保している。いまごろ塀の外に待機して源外どののカラクリが消えるのを待っていよう」

「なんだとっ、むざむざ逃がしてなるか! 今すぐ取っ捕まえに行ってやる、と言いたいところだが」

近藤が表情を変えて力なく嘆息する。

「今日だけは見逃してやる。爆牙党の浪士たちを大量検挙できた。申し開きはできるさ」

「そうか。なら俺も見逃してくれ」

「お前はダメ。桂だから」

「なんだと、キサマそれでも武士か!」

「武士だからこうすんの!」

「考え直せ。武士とは臨機応変なものだ」

「ダメダメ諦めろ。高杉を逃した上、お前まで逃せねェ」

「……おのれ、高杉ぃぃぃ!」



「私たちもおいとましましょう」

狂死郎が皆を率いる。

「もうここに銀さんはいません。私たちの用事もなくなってしまった」

「本城さん…」

「私たちの立ち入りを許可してくださって感謝しています」

近藤に頭を下げる。

「もし天使を追いかけるのに疲れたら私たちの休息所へおいでください。お待ちしていますよ」


「皆、先に帰ってて頂戴」

ホストたちがパノラマ迷路へ向かうのに合わせて妙がキャバ嬢たちに伝える。

「私は神楽ちゃんを助けなくちゃ。新ちゃんのこともあるし長谷川さんも放置していけないわ」

「お妙、一人で大丈夫?」「あたしたちも手伝うよ」

「いいのよ。皆、お店があるでしょう?」

妙はにっこり笑う。

「私は今日は休むわ。こんな日に出勤なんてムリだから」


かくしてキャバ嬢もホストたちに続いて屯所の正面門へ向かい、外来者のいなくなった中庭は屯所本来の静けさを取り戻していく。

隊士たちが池の有害電波の電源を切って長谷川を助け出す。

『岡田』の変身が解けた2名も水から引き上げられて捕縛された。

捕獲剤まみれの『岡田』を地面から引き剥がすには、まだ時間が掛かりそうだ。

藤達はじめ検挙された爆牙党の浪士たちは留置のために別棟へ引き立てられていく。

 

新八は座り込んだまま地面を掴んでいる。

その様子を後ろから妙が見守っている。

神楽たち捕獲剤の餌食となった数名は、ようやく溶解剤が功を奏して身体の一部を動かせるようになった。

崩壊した岩場を前に、池のかなたを眺めやって座っていた土方は、ようやく袴の裾を払いながら立ち上がる。

誰にも顔を見せたくないように背けている土方のもとへ、


「こんにちは。見廻組の佐々木異三郎です」

白い隊服に身を固めた長身の男が庭へ踏み入れてきた。

「このたびは援護要請いただきまして光栄ですよ。まるで真選組と仲良く連携がとれているみたいじゃないですか。我がエリートのエリートによるエリートのための部下たちはお役に立ちましたかな?」

「佐々木…!?」

土方が固い表情のまま、それでも顔をあげて佐々木を見る。

「なにしに来やがった、『白夜叉』の監視か!?」

「まあ、そんなところです」

佐々木は悪びれない。

「少々、気になる情報が入ってきたものですから」





続く


 

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【2012/11/22 21:50 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第66話 終章1





「気になる情報?」

土方は言葉を拾う。

「なんだそりゃ」

「なァに、たいしたことじゃありません」

佐々木は表情も変えずに言う。

「白夜叉を逃したそうですね。鬼兵隊の高杉によって過去へ連れ去られたとか」

「……ッ、」

「報告は逐次、部下から送信されているものでね。連れ戻す手段もないとのことですが、この不始末。どう責任を取るおつもりです?」

手には携帯があり、視線はその画面を追っている。

「本日、挙式に参列される幕府の招待客は、力を封じられた白夜叉が精神的に真選組隊士に手篭めにされる儀式の場をサディスティックに楽しむつもりだったのですよ。逃したのであれば挙式は中止。真選組の立場が危うくなることは必至ですが」

つかみどころのない目つきで土方を見る。

「なんのために幕府が坂田銀時を婚姻相手として絶対に離すなと厳命したか、ご理解いただけてなかったのでしょうか?」

解っていないはずがない。

配偶者候補として銀時を申請したときの幕府の反応。

高杉と密会している白夜叉を、どのように引っ張ってきて詮議しようか見廻組が検討していた矢先だった。

幕府は真選組に幽閉となる白夜叉の悲運を面白がって見廻組の捜査を打ち切らせた。

いわば見廻組は獲物を横取りされたも同然で。

銀時が縁組みを拒んで真選組を飛び出せば、その場で見廻組は銀時の逮捕劇に全力を注ぐだろうことも見えていて。

なのに挙式当日、土方は銀時を自分の手で逃してしまった。

佐々木にしてみれば突っ込みどころ満載に違いない。

「フッ…」

土方はふてぶてしく佐々木を見る。

「なにか問題でもありますか?」

もともと決めていたのだ。

辻斬り事件が解決したら、折を見て銀時の望むところへ返そうと。

上がなにを言ってきても『離婚した』と突っぱねるつもりだった。

「白夜叉はこの世から消えたんですよ。しかも自らの希望で。幕府は英雄殺しの恨みを買うことなく要注意人物を始末することができた。おあつらえ向きじゃないですか」

銀時、お前は俺が逃がしてやる。

だからその間、お前と婚姻を交わす狂言を愉しませてくれ。

本人にはついぞ言わなかったが、自分は終始その腹だった。

「これで白夜叉が攘夷浪士どもに担がれる危険はゼロに等しくなりました。へたに真選組で抱え込むより過去へ行ってもらった方が反逆者たちとの接触が困難になり、我々の当初の目的に適う。そう判断したから行かせたんですよ」

口の端で笑う。

「嘘か誠か、時間を超えるなどと豪語していましたが。屯所周囲に万物を遮断する檻を仕掛けていたにも関わらず姿が見当たらないということは本当に過去へ行ったのでしょう。このまま高杉もなんらかのトラブルに巻きこまれて消えてくれれば一石二鳥というわけです」

「詭弁を弄しますね」

佐々木が平坦に見下ろす。

「たしかにその論でいけば貴方は忠実に任務を果たしたと言えます。しかし列席者は支度をされこちらへ向かっている。今から中止を告げるのは非礼に過ぎますよ。祝言を予定通り執り行えなかった真選組の問責は免れません」

「あれぇ、いつのまに中止って話になったんですか!」

近藤が進み出る。

「挙式は予定通り、これから執り行うつもりでおるんですが」

「おや。そうでしたか」

佐々木は近藤に向き直る。

捕獲剤の付着した着物をジロジロ見る。

ようやく地面から解放されたばかりの近藤は白い粘着片をこびりつかせていた。

「他に式を挙げるカップルがいらっしゃったとは知りませんでした。白夜叉以外、眼中になかったものですから」

わざとらしく首を傾げる。

「しかし、それで幕府の重鎮方が満足されますかな。我が見廻組としても警備の一端を担った手前、彼らの不興を買うような真似は歓迎しません。近藤さん、貴方が見廻組所有の最新銃を借りたいとおっしゃったから馳せ参じたんですよ。まさかこのような結末になろうとは」

「これは異なことを」

近藤は正面から佐々木を見る。

「俺の覚えてる限り、白夜叉の嫁入りを見届けるために屯所に隊士を配置したいとおっしゃったのは佐々木殿の方でしたな。屯所への立ち入りを渋る俺に、最新兵器の貸し出しを持ちかけて是非にと言われた。こちらから出動をお願いした事実はなかったように思いますね」

「そうでしたっけ?」

佐々木は肩を竦める。

「まあどちらでも良いでしょう。結果は同じことです。ですが白夜叉が絡まないのであれば我々がここに居残る旨味はない。エリート一同、機材ともども引き上げさせていただきますよ」

「引き止める理由はありません」

近藤が堂々と渡り合う。

「幕府の方々の警備は俺たちだけで十分です。なんだかんだ言って白夜叉がいなければ攘夷浪士の襲撃は半減するでしょうからな。佐々木殿も白夜叉の逮捕は断念していただきたい」

「そうするしかなさそうですな」

佐々木はクルリと背を向ける。

「白夜叉が坂田銀時であると特定したときは胸が踊りましたが。もうどこにも存在しない人間です。伝説の英雄は過去へ還ってしまった。浪士どもの『巨大な餌(え)』とする計画は諦めます。エリートは暇じゃありませんから」

 

「銀ちゃんがどこにも存在しないってどういうことアルカ」

神楽は、ようやくカチコチの地面から外れてタタッと駆け出す。

「ヤバ男と一緒に結婚式から逃げただけで、すぐ帰ってこれるんでショ?」

「神楽ちゃん…」

新八は神楽に覗きこまれて座ったまま半笑いに見上げる。

「銀さんはね、過去へ旅立ったんだよ。もう僕ら…一生、銀さんに会えないんだ…!」

「そんなのイヤヨ」

神楽の頬がプッと膨れる。

「だったら銀ちゃんを行かせなかったアル。新八ィ、なに泣いてるネ。オマエ本当に銀ちゃんがワタシたち置いて過去に行っちゃったと思ってるカ?そんなんだからオマエは新八アル。銀ちゃんに関しても修行が足りないんだヨ!」

「そう…かな?」

新八は目を逸らす。

「そう、だと良いんだけど…な」

神楽の銀時への無邪気な信頼に一層、胸を締めつけられる。

なにを言っても、口を開けば繰り言しか吐けなさそうな新八は懸命に涙を堪える。

自分がしたことは正しかったのか。

もっと違うやり方があったのではないか。

「新ちゃん」

妙がゆっくり近づいていく。

「その真選組の制服、似合ってるわ。私は心配ばかりしていたけど。新ちゃんは、よく頑張ったのね」

「姉上…」

「私は新ちゃんの成長が嬉しい。きっと銀さんもそう思ってるんじゃないかしら?」

新八と並び立って妙はにっこり笑う。

「驚くことはないでしょう。銀さんはもともとチャランポランで軽率でいい加減な人よ。とくにあの銀時ちゃんは好きになった相手には股もゆるそうだったし」

「なんてこと言うんですか姉上ェェェ!」

「過去だろうと未来だろうと、ためらいもなく行くでしょうね。でもね」

まなざしを新八に向ける。

「新ちゃんや神楽ちゃん、自分の大切な人たちを悲しませるような人ではないわ。もし二度と会えないんだとしても、銀さんは貴方たちに笑ってもらえる自信があるんだと思うの」

「……本当に? それは…そ、そうかもしれませんけど、でも…」

「だから新ちゃんは銀さんにいつどこから見られてもいいように笑ってなさい。それが侍の矜持ですよ」

「は、はい。……はい、姉上…!」

新八は涙を飲み込む。

頭では解っていても、もう二度と銀時に会えない悲しさは消せない。

それでも笑うのが侍ならば。

笑って前を向こう。

「連絡入れなくてごめんなさい。これから気をつけます」

銀時の幸せをこんなにも純粋に願ったことがあるだろうか。

いさぎよく新八は空を仰いで立ち上がる。

 

「皆さま、ごらんになりましたでしょうか」

花野アナが人もまばらになった庭で中継を続けている。

「花嫁である坂田銀時さんは目の前で消えてしまいました。これは御自分の意志で過去へ遡っていった、つまり行方不明ということになるでしょうか。花婿である副長さんのお気持ちはいかばかりでしょう。こんな状況ですが、少しお話をうかがってみたいと思います」

「どうでもいいですが、アンタ」

土方へ近づこうとする撮影クルーの前を沖田が遮る。

「屯所から実況電波なんか飛ばせると思ってんですかィ」

「え…?」

「かりにも幕府の機密機関ですぜ。有線で中継車へ流してるならともかく、局の車両も来てねぇし、見たとこコードは繋がってねーな」

沖田も捕獲剤の名残を身体中に纏っている。

「アンタらが屯所内の撮影映像を無線で中継してるつもりなら、それぜんぶ撹乱されてどこにも届いちゃいませんぜ」

「え…ェェエーッ!?」

「外からの電波もキャッチして吟味してから通しまさァ。ここは見た目よりハイテクなんで。幕府のエリートの通信を妨害するなんてマネはできやせんが。民間のテレビ局の中継電波なんざ通しやせん。さっき近藤さんの許可をもらって屯所の門を入ったところからアンタたちの中継はとっくに途絶えてら」

「じゃ、じゃあスタジオからの応答がなかったのは…」

「向こうも連絡のつけようがなかったろーな。電波は遮断されてるし、道は検問で塞がれてるし。生中継でまったく繋がらなくて視聴者にどんな言い訳したのか興味あるぜィ」

「う、ウソ! えっ…どーしよう!?」

「カメラに記憶媒体仕込んであるなら映像は残ってるだろ。それ消すまでの技術は今んところないんで。確かめたらどうですかィ?」

「メモリー運ぼう!」

スタッフの一人が提案する。

「検問の外まで走ってけば渡せるはずだ、事情を説明して、これまでの映像を編集して流してもらえば、」

「こっちはどうする!?」

「とりあえず結婚式の絵がいる、花野ちゃんとカメラ、音声は残って。ライブは無理だから編集しやすいカットで撮って!」

「大目玉ですね、不味いでしょ」

「あとで花嫁のドキュメントで流せば数字取れるよ、こんだけ茶の間の興味煽ってんだ、おつりが来る。ここは俺たちは副長さん撮っとこう!」

アシスタントディレクターが土方を指す。

土方はなにも耳に入らない様子で佇んでいる。

「あの…いまのお気持ちはいかがですか?」

花野アナがマイクを向ける。

「花嫁の坂田さんは時間の向こうへ行ってしまわれたわけですが」

「………放っといてくれねぇか」

土方は沈痛な面持ちで煙草を取り出し、咥えて火をつける。

「なにも話すことはねぇ」

 

「平賀源外は?」

「無事、送り出しました」

山崎が近藤に耳打ちする。

「電磁波装置は危険だからって取り外していきましたよ。置いていくから自由に使ってくれって」

「そうか、タダで強力な装置が手に入ったな!」

「言っときますけど、あんなの俺らが再装着させるの無理ですよ。カラクリ技師じゃなきゃ手に負えませんし、タダはタダでもタダのゴミですから」

「え~、ウチにもカラクリ得意なヤツいるだろ。そいつらに頼もうよォ」

「マニュアルもないし装置に印がついてるわけでもない。ぜんぶ源外さんの頭の中なんです。ゴミにしたくなけりゃ、使いたいとき源外さんを連れてくるしかありませんね」

「うーむ…」


「おい近藤」

後ろから桂が声を掛ける。

捕縛剤から剥がされ、手錠をかけられた姿で隊士たちに両側から引き立てられている。

「俺になにを吐かせようというのだ。見てのとおり、今日のことに関して俺はお前たちと同じものを見ていた。高杉の動向も知らん。情報を取ろうとしても無駄だぞ」

「お前から尋問で役に立つ情報を引っ張れるとは思ってねぇさ」

近藤が桂を見て表情を和らげる。

「もっと違うことに役立ってもらおう」

「囮か。無駄だ。捕虜は見捨てるのが俺たちの掟。俺を気にかける者などおらん」

「それはどうかな。…山崎!」

「はい、局長」

「桂を連れていけ。念入りにやるんだぞ!」

「わかりました」

山崎は引きつり気味に敬礼し、気の毒そうに桂を見る。

桂は訝しげに見つめ返す。

 


「…で。銀さんは好きな男と過去へ行っちゃったわけか」

助けだされた長谷川は下着姿になり一張羅を枝に掛けて乾かしている。

「結局さ、政略結婚の前に銀さんが噂になってた意中の彼氏ってのが、あの鬼兵隊の人だったわけだよね?」

「よもやそんな噂があったとは!」

神山がグリグリ眼鏡を長谷川に向ける。

「人の口に戸は立てられぬというのは本当ですな!」

「まあ高杉も過去へは同行しないみたいだけどね。あんだけの別嬪をよく手放せるよね。さぞ不自由してないんだろうけどさ、ちょっと生意気っていうか? 俺なら銀さんを離さないけどな」

「しょせん高杉は幕府に楯突く犯罪者。なにを考えているか計り知れない、攘夷浪士はただ憎み検挙するべし! それに付いていった白夜叉も同罪!」

神山は言葉を切って考えこむ。

「しかし、あの高杉と白夜叉の関係は。互いを信頼し、求め合う姿は、自分と沖田隊長の結びつきを見ているようで! 敵でなくば喝采を送りたいところでありました!」

「あんなハクいんだもんな、反則だよな。中身は銀さんなんだからさ、お願いすれば一回くらいヤラせてもらえたんじゃないかなァ」

「自分もいつか、一回くらい沖田隊長と! 絆を確かめあうように互いの身体にガッツリと!」

「なに大声で縁起でもねェこと口走ってんでぃ」

「はぶぶっ!」

「さっき狙いを外した罰だ。一番隊の使ったバズーカ、ぜんぶ手入れして磨きあげときなァ」

「ババ、バズーカををっ!?」

はたかれた頭を神山は最敬礼で沖田に下げる。

「おまかせください隊長! 隊長のバズーカは、特に入念に、わたくしが責任をもって注意深く、優しく、それでいて大胆な指使いで…!」

「そんな責任感はいらねェからバズーカに詰まって打ち上げられちまえ。今日、一番隊は屯所の上の制空権を握っておく必要があった。その理由が解らねぇからテメーはヘリひとつ落とせねェんでぃ」

沖田は言い置いて立ち去る。

「午後は本番だ。うるさいハエを近寄らせんな。今度外したらテメーをヘリに括りつけて標的にするぜ」

「イ…イエッサー!!」

涙目で敬礼する神山。

見ていた長谷川は複雑な顔で言葉を失う。

 

 


「あのさ、高杉ィ…」

「なんだ。銀時」

「さっきから平らなところを走ったり曲がったりしてんだけど」

銀時は高杉の首にすがったまま抱きかかえられて運ばれている。

「これ、どう考えても現在の江戸の町ん中だよね!?過去ってのは町ん中走ってると着くわけ!?」

「気にするな」

高杉は可笑しそうに応える。

「そのうち着くからよ」

「気にするわぁ!どうやって着くんだよ!?」

銀時が叫ぶ。

「あそこでバーンてなったと思ったら、お前ものすごい勢いで俺抱えて走り出すんだもの、俺たちいつ時間を超えましたかァ!?そして車の音や商店街のスピーカーが聞こえてくるここは何時代ですかァ!」

「そんな簡単に時間を逆行できるわけねェだろ」

見下ろして高杉が笑う。

「まさか信じて俺に付いてきたってのかよ? ククッ…可愛いじゃねェか、銀時ぃ。テメェのそういう一途なとこ、嫌いじゃないぜ?」

「やっぱりフェイクかよ」

銀時が口を尖らせる。

「時間を超えるとかじゃなくて、ただデカい音と目眩ましであそこから脱出したってわけか。お前、いつからイリュージョンやるようになったの。いや解ってたよ、解ってたからね、時間なんか戻ることはできないって!」

「過去に行けるなら地球に降りた最初の天人から順に叩っ斬ってやらァ」

高杉が覗きこむ。

「どれ、見せてみろ。仲間と今生の別れのつもりで俺に付いてきたテメェのツラぁ」

「んぎゃあぁ、見るな!」

銀時は顔を隠すべく、もっと強く高杉にしがみつく。

「だから解ってたって言ってんだろ、テメェのハッタリかもしれねーし、本当に過去に行くかもしれねーから五分五分だって!」

「なら半分は奴等を捨てて行くくれェの覚悟をしたんだな?」

高杉の冷やかしは止まらない。

「そして俺とも別れる心づもりでいた。ずいぶん悲壮な決意をしたもんだぜ」

「う…うるせーつうの!その気にさせたのオメーじゃねぇか!」

銀時は白い頬を紅潮させる。

「まあ、ありえねーと思ってたよ! お前みてぇに一度気に入ったら魂の果てまで寄り添わねぇと気がすまない野郎が、俺だけ過去に送りつけて自分はもとの時代に帰るなんてよ」

「訂正しろ。気に入ったくらいでそこまでならねェ」

高杉はムッとして物言いをつける。

「惚れこんだ相手だ。俺が魂のすべてを捧げるのはお前くらいのもんだ。誰にでも執着するわけじゃねェよ」

「んな…、なにさりげなく恥ずかしいこと言ってんだよ、本人の前で」

「何度でも言ってやらァ。テメェは俺の最愛の人間だ」

「あ、…そ、それはどうも…」

銀時はモゴモゴする。

「俺も…俺もね、お前のこと…」

「…」

「い、いやその。察してください」

銀時は赤くなった頬を高杉の襟に押しつける。

「なにもかも振り切って、お前の判断に身ひとつで付いてきたってのが何よりの証拠だろ!」

「…そうだな」

高杉は満更でもなさそうに口の端をあげる。

「愛してるぜ、銀時」

「たかすぎ…」

「俺はお前を愛してる」

「ん…、俺も」

言葉をためらう銀時が、つられたように愛を口にする。

「お前を愛してる。高杉ぃ…」

「テメェが好きだ。もう離さねェ」

「マジかよ…信じちまうよ?」

「真実ほど信じにくいもんだ」

「信じて、やっぱり違ってたら…俺、死ぬ」

「そうしろ」

「そんときは、お前も殺す」

「望むところだ」

「テメー、抵抗すんなよ? お前に手向かわれると面倒だからな」

「しねェよ。この首、お前にやらァ」

「やだ。首だけじゃ動かねェ。身体ごとがいい。生きて動いて話せねェなら意味ねぇもの」

「首が却下なら生きたままテメーと居るしかあるめェよ」

「うん、そうしとけ」

高杉に顔を押しつけ、秘かに微笑む。

「んで…ここ、どこなの? どこあたりだか、さっぱり解らねーんだけど」

「薬のせいか? その身体になったせいで勘が鈍ったか、銀時ィ」

高杉の足が速度を落とす。

「まだ真選組の検問ラインの内側だぜ。ここに実家の別宅がある。身を隠すなら敵の近く、ってな」

「屯所の近く?」

銀時は少しの間、考える。

「じゃあ、あのう…俺を過去に捨ててかないってことは…オメーは、これからどうすんの?」

「しばらく潜伏してお前と二人で過ごす」

抱き締める腕が熱い。

「それには普段使わねぇ屋敷にもぐりこむのが至当だ。敵も味方も誰の邪魔も入らねェ。しばらくここは俺とお前の城だ」

 


続く

 

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【2012/11/17 15:58 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第67話 終章2





「あれ?」

くん、と匂いを嗅ぐ。

古びた木造の家屋と草木の瑞々しく澄んだ香が漂っている。

「ここってビシッと庭師が手入れしてそうな家があるとこじゃねーの?塀が高くて木しか見えない屋敷だろ。ここってお前ん家だったの!?」

「高杉の名は出てねェし、知らなかったろうな」

高杉が身をかがめて潜り戸を抜ける。

木戸が閉め立てられると外界から隔てられた閑静な世界に身を置く。

「人を寄せるための来客用だ。家の者は住んでねェ」

敷石を踏んで玄関に入る。

「親父が面倒くせェ男でな。金や人脈を握ってるせいか幕府は手が出せねェ。おかげで実家は治外法権、いると解ってても踏み込んじゃこられねーのさ」

「わかった! オメーらここに潜伏してんだろ?」

「アァ?」

「オメーの兵隊だよ。ここをアジトにしてるから捕まらないんじゃないの?」

「鬼兵隊は俺の配下だ。こんなとこ使うわけあるめェよ」

「なんでだよ」

「俺がやってるのは高杉家とは一切関わりのねェことだ。家に寄りかかるような真似はしちゃいねェ。俺が死のうが親父は知ったこっちゃねぇってな」

「そんなわけあるかよ」

「そうじゃなきゃ困るのさ。まあ近年、封建制度の解体が進んで家長の監督責任なんてのを問われる時代じゃなくなってきた。家が取り潰されることもねーからな、おかげで好き勝手できらァ」

玄関から数段あがり、廊下と思しき通路を進む。

ひんやりとした空気に清涼な香が漂う。

「どうせ実家にしこたま迷惑かけてんだろ。勝手に屋敷、あがりこんじゃっていいの?」

板張りの廊下が微かに鳴る。

「お前、勘当とかされてねーのかよ?」

「放蕩息子ってのは溺愛されるモンらしい」

慣れた様子で奥へ向かう。

「使う旨は伝えてある。常駐の連中も承知している。食いたいモンあったら言いな。適当に調達してくるぜ」

「え、お前が?」

「俺じゃねェ。ここを任された従僕が適当に揃えらァ」

「じゅ、じゅうぼく、?」

「下働きを呼んだらしいからな」

「ええと、それは…お手伝いさん、みたいな?」

「『手伝い』? ああ、まあ召使いだな」

「あの…俺、こんなとこに入り込んでいいわけ?」

銀時は急に気後れする。

「お前んち凄ぇよね、格式とか高そうだし、バレたら叩き出されそうじゃね?」

「銀時。テメェに言っとくぜ」

高杉は銀時を覗きこむ。

「テメェは俺の伴侶だ。本来ならこんな離れじゃなく本家に匿うのがスジだ。だが煩ぇ連中がいちいち挨拶に来たら邪魔だろう。ゆっくり朝寝もできやしねェ。そう考えて人の居ねェところにした。お前が望むなら今すぐでも一門に引きあわせてやらァ」

「いや。結構です」

素で答える。

「俺みたいなのがお前んちに受け入れられるわけないもん」

「なんでだ」

「どこの馬の骨とも分からねーだろ。釣り合いが取れねーんだよ、家柄とかなんとか。格が違うの」

「なんだそんなことか」

高杉は面白がって笑う。

「古臭ぇな、銀時ィ。この天人の宙船が飛び交うご時世に、時代錯誤もいいとこだぜ」

「ふざけんな。目がらビーム出るほど見られてコソコソ陰口叩かれんのは俺なんだよ」

「かもなァ。やっかむ野郎は手に負えねェからよ」

「すり替えんな。やっかむヤツなんかいねーよ。むしろお前を説得しに来るね」

「強奪しに来るの間違いだろ。好みが似ているヤツは多い。油断してると口説かれるぜ?」

「こんな素性の分かんない貧乏人なんか誰も口説ねーよ!」

「貧乏人?」

高杉が眉をひそめる。

「解ってねーなァ。テメェはその存在自体が価値ある宝なんだよ。強いて例えりゃ勝ち馬みてェなモンだ、テメェに乗っかった野郎が勝つ」

「なにそれ」

「財だの素性だのより、そいつの持っている人間としての地力が重要なのさ。お前は良い運気をありったけ引き寄せる。事業をする者、人の上に立とうとする者にゃ涎が出るほど欲しい宝珠だよ」

「適当なこと言うんじゃねーよ。負けたからね、敗戦しただろ? 俺がいたって関係ねぇんだ、俺がついた方が勝つってんなら将棋の対局とかに呼んでもらって大金稼ぐつーの。っとに、人の傷えぐるんじゃねーよ」

「戦(いくさ)は条件が悪すぎたろ」

高杉は静かに言う。

「だったら欠けていた条件をひとつずつ満たしていけばいい。次は幕府抜きで天人と喧嘩だ。二度と遅れは取らねーよ」

横抱きのまま、ぶつからないよう向きを変えられる。

襖をくぐる気配、畳を踏む音。

客間らしき座敷に入ったのが分かる。

「なぁ…親父サン、オメーのこと心配してんじゃねーの?」

「そんなタマじゃねーな」

「攘夷やめたら?」

「そんな大層なものはしちゃいねェ」

高杉はサラッと告げる。

「この腐った世の中、壊してやりてェだけだ」

「壊されると困んだけど」

「テメーには解らねェかもしれねーな。安穏とした暮らしに浸かった身には、この国の危うさはよォ」

「俺にはお前が危うく見えるよ」

高杉の首に縋る。

「一人でトンがったって時代は動かねェ。国は変わらねェ。それはあの戦争で解ったじゃねーか。あのやり方じゃ欲しいものに手は届かねェ。武力でぶつかって殺して力づくで…ってのは、いまどき流行らねーだろ」

「表向きはな。時代が動くにはそれなりに手を汚さなきゃならねぇ役回りの人間が要るもんだ」

「それお前じゃなくたっていーだろ」

「俺ほどの適役は居ねェのさ」

「死んじまったらどうすんだよ、ったく」

「そんときゃ、オメーの懐ん中に抱かれて逝きてェな」

「なにその弱気」

銀時は唇を尖らせる。

「死ぬ予定なんか考えてんじゃねーよ。俺、その場に居ないからね。自分で生きて還って来ねーと抱いてやんないから」

「じゃあよォ、銀時」

柔らかいものの上に降ろされる。

「意識が飛んでも戻ってこれるように、この身体にテメェのぬくもり覚えこませちゃくれねーか」

客間の奥の寝室。

伸べられた布団の上に。

「この手が、肉体が、お前の肌身を探り当てられるように」

降ろされた姿勢から、ゆっくり高杉の身体で押されて背が布団につくよう倒されていく。

「猛り狂う血肉の行き着く先を、この熱をお前の中に埋めてひとつになる高揚を…魂が溶けるまで教えてくれ」

「知ってんだろ」

銀時は俯いて顔を伏せる。

「さんざヤッたんだから」

「昔の話だ」

前髪ごしに額に口づける。

「それに、あんときゃテメー相手に一人で暴れてただけだ。ちっともヨクなかったろ?」

「い、いやあの、いいとか悪いとか…、べつにそーゆうカンジじゃねぇし、」

「じゃあどーいうカンジだ」

「そ、そりゃその…、オ、オメーが…す…すきでたまんなかったから!」

「銀時」

「んぇ…?」

「お前は可愛い野郎だなァ。こんなにテメーが愛おしいなんざ知らなかったぜ」

「そ…、そう?」

「すきだぜ、銀時…」

「ん。俺も」

「この格好も悪くねェな」

襟元に指を入れて首すじを辿る。

「花嫁衣裳か。いったい誰に嫁ぐつもりだったんだ?」

「だ、だから嫁がねーよ!」

高杉の指が肌に触れる。

着物を脱がされる覚悟はしている。

なのに、高杉の手で肌を暴かれると思うと気恥ずかしくて。

力を抜いて横たわっていないと突き飛ばしてしまいそうだ。

「似合ってるぜ。白装束は久しぶりじゃねェか」

「うぐ、…さっさとやれって」

「しかも10歳は若返ってやがる。戦場で馳せていた白夜叉の面影があらァ」

「知らねーよ、中身は今の俺のままだから…、若い頃のバカで唐突で無鉄砲なところとかないから!」

「それでも身体は10代の頃に戻ってるよ。肌はなめらかで身体は柔らけぇ。背も縮んで花嫁衣裳を着るにはもってこいだ」

「は、…ぁっ、」

「すさまじい血飛沫の世界でしか見られねェ武神を。この白夜叉の生き姿を、なにも知らねェ呑気な連中が見たかと思うと業腹だぜ」

「やっ…」

「そこへもってきてこの化粧はよォ」

唇で頬からまぶたをなぞる。

「目が呪術にかかちまったのかってくらい吸い寄せられる」

「…んっ」

「見まいと思っても抵抗できねェ。テメェは化粧するとどんな美貌の持ち主か、はっきり際立つなァ銀時ィ」

「み、…見んな、こんなの…!」

「なんでだ? 見ない手はあるめーよ。こんな綺麗な花嫁をよォ」

「テ、テメ、俺をおちょくってんだろォ!」

「まさか。俺りゃそんな命知らずじゃねェ」

「だったら…!」

「俺に嫁げ」

銀時の背を掬って抱き締める。

「生涯、俺の半身として共に生きる誓いを立てろ。そのための真っ白な装束だ。オメーは俺が娶る」

「え……ええ!? んー、あー、…ええーと…、………うん」

身体に食いこんでくる高杉の思い。

痛いほどのそれに銀時は応えて腕を回す。

「いいぜ、高杉。お前とケッコンする。添い遂げてやるよ」

「その答え以外、俺りゃ聞かねェとこだった」

「婚姻届は心ん中で提出な。俺、この時代に居ない人だし」

「そんな紙切れ一枚、問題じゃねェ。大切なのはテメェの心だ」

抱擁に力が籠もる。

高杉の身体が燃えるように熱くなっていく。

「テメェは俺のもんだ。俺はそのテメェの魂と結びつきてェんだ」

「もう結びついてるっての」

銀時は、はふ、と息を逃がす。

「俺はお前のもんで、お前は俺のもんだろ?」

「……その言葉、忘れんな?」

 


続く


 

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【2012/11/17 15:44 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第68話 終章3





「忘れないけどよ。あのさぁ、高杉」

相手を逃がさないよう銀時は高杉の両肩を手で掴む。

「なんで今日、鬼兵隊は真選組に乗りこんできたの?」

「……」

「手下ども動かす理由が解んないんだけど」

心持ち離れた肩が銀時の手に阻まれ、そのまま固まる。

高杉は饒舌を収めてピタリと黙っている。

「あんだけの人数を動員する正当な理由があったわけ?」

解ってて責める銀時の意地悪が炸裂する。

「実家には厄介にならないようにしてんのに、手下はたいした戦果もねーコトに動かしていいのかよ」

「……行きがかり上だ」

「へえ。そーなの」

笑い混じりに感心する。

「わざわざ敵地の屋根に兵隊登らせたのって、とくに大義もないことだったわけ。あ、もしかして頭(かしら)のイリュージョンの見物?」

「…」

「私情で兵隊動かしてんじゃねーよ」

銀時から笑いが消える。

「死人ケガ人出たら取り返しつかねぇとこだろ」

「…」

「オメーが過去なんか行かずココに潜りこむだけだってのは、あいつら知ってんのか?」

「一部の連中は承知だ」

高杉は息を吐く。

「鬼兵隊はネオ紅桜殲滅に動いていた。武市が町中でオメーを呼び止めたのもネオ紅桜寄生体を呼びこむ協力を願うためだ。こっちも寄生体の正体を掴んでいたわけじゃねェし、アレが行方知れずの身内かもしれねェ、そうなりゃ野放しにはできねェ。この手でカタつけなきゃならねーからな」

岡田似蔵。

生死不明の彼が未だに紅桜に捕らわれて暴れている、高杉はそう案じたのか。

「だがアレは俺たちの知己(ちき)じゃなかった。だからひとまずアレに用は無ぇ、真選組への置き土産にして俺たちは退いたのさ」

川辺で遭遇したとき、高杉は部下を退かせた。

その不機嫌な様子を見送っていて銀時は『岡田』の手に落ちたのだ。

「オメーを連れて歩く野郎のツラを見たとき、野郎がオメーを幕府から身を挺して護るつもりなのは一目で解った。そしてテメーも」

言いにくそうに言葉が切れる。

飲みこもうとするそれを銀時は問いただす。

「俺が、なに?」

高杉の襟を掴んでギュッと力をこめる。

「最後まで言えや、気になんだろーが」

「オメーと野郎には距離の無ぇ一体感があった」

一言ずつ絞るように押し出す。

「あの野郎がオメーの肌に触れたのは確かだ。言い訳は聞かねェ、俺にゃ分かる。オメーをモノにしてどんな敵軍だろうと一撃で仕留められるってツラしてる野郎を見りゃ、オメーが野郎に心傾けてるってのは容易に見てとれた」

「は?」

銀時は急いで記憶を辿る。

川辺で高杉と遭ったとき?

なに言ってんのコイツ。

いやそりゃ確かに疚(やま)しいことは皆無じゃねーけど。

「なっ…、なんか勘違いしてね? オレ土方君とは何もないからね?」

手を緩めて無意識に高杉の胸板を押しやる。

確かに迫られたことはある。

どっちか選べと言われ、乗りかかられて。

「その様子じゃ、あったんだろーが」

高杉の銀時を布団に押しつける力が強くなる。

隻眼が、責めるようにきつく睨んでいるのが思い浮かんで焦る。

「一度だけ聞かせろ。ヤツと何回くらい寝た?」

「………へっ?」

「ヤツとはどんな風にヤッた?満足したのか?」

「ンぁ?」

「真選組に肩入れしたくなるほどヤツぁ良かったのかよ?」

「なんで俺がヤッたことになってんだよ」

「とぼけんな。偽り吐かれんのが一番辛ぇ」

高杉が唇を触れさせてくる。

唇が熱い。

怒ってる気配、これは物騒な徴候。

「一度きりで忘れる。だから正直に明かせ」

「だからヤッてな…、ふぐっ!」

いきなり唇を塞がれた。

振り切ろうとしても逃がさない強さで思いのこもったキスをされる。

痛みを、激しさを覚悟していた唇に、しかしゆるやかな動きで求めるように触れてきて。

その切なさに銀時は力が抜ける。

「…ヤッてねェなら、あんな一線超えたような睦まじさで歩いてるわけねーだろが」

キスが頬に移る。

「野郎は完全にテメーのこと自分の所有物として見せびらかしてたぜ。テメーの肌も温(ぬく)もりも知ってるってツラしてよォ」

「温(ぬく)もり…? あぁ、そーいや!」

銀時は心の中でポンと手を打つ。

「膝枕したっけ」

「…ヒザマクラだァ?」

「つっても俺マガジン読んでたけどね。あ、思い出したわ。俺とアイツって婚前あつあつカップルに見えるように演技しろって言われてたんだ、ゴリラに」

言いながら銀時はひたすら動揺を押し隠す。

土方とは何回かキスを交わした。

ぽわんとして流されそうになったし。

高杉のことがなかったら関係を持っていたろう。

……いや、違うから。

これ浮気とかじゃないから。

「俺も人前ではアツアツに見えるよう努力してたし、アイツもしてた。だからじゃね?」

出るな、嫌な汗ェ!

「ソレもコレもいろんなヤツをおびき寄せるためだったんだよ、よかったなお前もコロッと騙されて。見え透いた芝居だったけど役に立ったんならヤッた甲斐があったわ」

「…テメー俺を舐めてんのか」

高杉の声が怒りを潜ませる。

「それだけで野郎があんな自信を漲らせるかよ」

「てっ、………テメーもいい加減にしろ」

銀時は声を落とす。

「俺はテメーに操を立ててたっつっただろーが。誰にもヤラせちゃいねーよ。土方君は無理矢理ヤるよーな人間じゃねェ。しまいにゃ怒るぜ」

「……抱けば判ることだからよォ」

高杉は唇の先端を軽く吸う。

「その前にテメーの口から聞いときたかっただけだ」

「んじゃ抱いてもらおうじゃねーの」

自分に触れる高杉の顔を手で探して触れる。

「テメーの身体で俺の無罪を確定して吠え面かけ」

多少、言ってないことはあるけども。

高杉が争点にしてるのはヤッたかヤラないかだし。

その点では潔白だし。

ペッティングだけならいいんじゃない?

銀時は余裕で高杉のヤキモチを包みこむ。

「まあオマエが心配すんのは分かるよ。そんだけ俺の演技が完璧だったってことだよな、ウン」

「……戦(いくさ)のあとオメーの行方が知れなくなって、初めてテメーが大切だと。自分のことを差し置いてもお前のために動くと決めた」

「それが愛だろが」

シャラッと返す。

流れでツッコんでしまってから自分のセリフに固まる。

「んな、なに言ってんのオレ!? んでなに言ってんのオマエーッ!!」

「解らねェ。こいつを愛って言っていいのかも解らねェ」

ついばんだまま唇の尖りを舌でなぞってくる。

「俺りゃ不慣れでな」

「んっ…、はぅ…っ」

高杉の口調は真摯だ。

本心から言っている言葉だろう。

しかし接吻は不慣れなんてもんじゃない。

確実に銀時が感じるやり方でキス責めにしてくる。

身体は早くも高杉を欲しがって腰がくねってしまう。

それを隠すような、隠しきらないような、どっちでもいいような動きで高杉に縋る。

高杉の身体だってとっくに反応している。

前だったらこの段階で着物を剥がれて押しこまれていた。

薬で変化した身体には、成人した高杉の堅くて重い骨格は圧迫感があって。

正直押さえこまれたら強姦される。

この柔い身体でうまく躱せる自信がない。

その微かな恐怖が高杉への募る恋心をますます煽り立てて。

無条件に高杉が欲しいと思った。

「ハァ、たかすぎ……もぅ…、」

「俺は…俺なりにテメーを大切にしてたんだよ、お前がその気になるまで…手ぇ出すまいってな」

言いながら白い襟を引き開けようとする。

なのにさきほどから帯に阻まれて花嫁衣裳は鎖骨の半分くらいしか開かない。

「テメーはいくら粉かけてもはぐらかすばかり。その気が無ぇと思うじゃねーか。そこへきて真選組の副長とはあの見せつけっぷり。俺を拒んで土方に靡(なび)いたと思うだろが」

「コナ…かけたって、…いつだよ…?」

高杉の手は帯をまさぐっている。

「口説かれた覚え無いんですけど」

「テメーにとっちゃその程度ってこった。俺りゃな、自信なんかねェのさ。いつテメーに見限られるか気が気じゃなかった」

「そんな自信たっぷりに言われても」

「土方といるテメーを見て、所詮オレの芸当は付け焼刃にすぎねぇってオメーに言われた気がした。いくらオメーを大切にしたいと思っても、俺がそんな気障な真似するのはちゃんちゃらおかしいってな」

「いや『気障(キザ)』の定義がおかしいんだけど」

「お前はあんな、味方のために命張るような、…銀時、テメーのためなら面目を潰しても甘んじて泥をかぶるような優しい野郎が好きなんだろう?」

「そりゃなぁ…、でもその表現で俺が思い浮かべるのは別の野郎だけどね」

「だからあのネオの寄生体はあの場に放置した。真選組にゃ止められねェのを承知の上でだ。どうなろうと構わねェ、止めてやる義理はねェ。むしろ野郎が潰されちまえばいいとな」

「ああ…そうなんだ」

『岡田』は高杉の持っていた装置でしか制止できなかった。

しかしやたら怒りまくっていた高杉は銀時に罵声を浴びせて帰っていった。

なにあれ。嫉妬だったわけ?

こいつバカ?

「あー…考えたら腹立ってきた」

「腹立たしいのはこっちだ」

高杉は銀時の背中に腕を回して帯を解く。

「土方が潰れるどころか銀時、テメーが拉致られやがって。指咥えて奪られちまう真選組もアレだが捕まるテメーもテメーだ。もういっそ見捨てようかと思ったがよ」

シュ、シュと帯を引き抜き、まとめて放る。

「しがない寄生体がテメーに何するか分かりきっていたからな。テメーを助けられるのは俺だけ、そう考えたらもう一度テメーの気の抜けたツラぁ見たくなってなァ」

「それで…、んぁ、ッ…ヘリで信州まで助けにきたわけ?」

「動かしたのはほんの数名、ネオ紅桜回収は鬼兵隊の急務。寄生体ひとつを回収にあの動員なら私用で組織を振り回したことにはならねェ」

「はっ…ぁ、たかすぎっ、あの…、念のため聞くけど…」

腰紐をほどかれ、引き抜かれると銀時は唇を噛む。

「おれ、……オレの体って、そのォ…、」

「承知してるぜ?」

乗りかかったまま、銀時の上で高杉が笑う。

「薬で変わっちまったんだろ?」

「そ、それがですね、オメーの思ってるのと違うってーか…」

「安心しろ、分かってる。違うことなんざ無ぇよ」

帯をなくし緩みきった着物の襟を高杉が丁寧に掴む。

素肌の胸が高杉の目に露わになるのも時間の問題。

「なにを分かってるってんだよ、つか、あんまビックリされるとこっちもバツ悪いってーか…」

「この身体のどこに驚くとこがあるってんだ?」

白い打掛の襟をつかんで遠慮なく花嫁衣裳を襦袢ごと開かせる。

「!!」

銀時は観念して目を瞑る。

そういやここって明るいの?暗いの?

高杉の目に、どれだけ見えるんだろう…?

ぽと、ぽと、と柔らかいものが襦袢の合間から落ちて転がる。

胸のふくらみを演出するための柔らかな詰め物。

身体の線をごまかすために丸めて細工した手拭い。

そして高杉の視界に晒されたのは、銀時の育ち盛りの頃そのままの柔軟でしっとりした少年らしい体つき。

のびきらない肢体に、それでも手応えのある筋肉がうっすらと乗り。

なめらかな肌は弾力があって、むしゃぶりつきたくなるほど肉感的な光沢をたたえ。

下半身は覆われていたが、その体型だけで一目瞭然。

女性ではありえない形と、堅い骨組みは、高杉の知っていた若い雄 ─── 在りし日の白夜叉の体躯そのものだった。


「ええーと、つまり…!」

絶句している高杉の下から逃げようと銀時は、おもむろにもがき始める。

「ぜんぜんオンナじゃねーんだよ、花嫁のカッコして化けてただけで! 騙すつもりじゃねーッてか、騙される方が悪ぃだろ、どっからどう見てもオトコなんだからよ!」

もう胸を隠すしぐさもなしに足をあげて逃走を図る。

「俺も知らなかったんだよ、てっきりアレだと思ってたのに、俺が飲まされたのはオンナになる薬じゃなくて…、」

「若返りの妙薬だ」

高杉が言葉を掬う。

「なにをバタバタしてんだ? 委細存じあげてるって言ってんだろうが。俺りゃァ…」

銀時の腕を掴んで引き戻し、その乳白色の胸に手掌を当てる。

「この綺麗な身体に見惚れてただけだ」

「んぇ…!?」

銀時は動きを止めて高杉を窺う。

「驚いて声も出なかったんじゃねーの?」

「バカか。お前が昔の体形に戻っただけってのはパッと見で分かる。ヅラも承知してたぜ、お前が花嫁衣裳をかぶってるだけだってのはよォ」

「……マジでか。けっこうオンナになりきってたのに」

「オンナになりきってるヤツは野郎の首に股ひろげて絡みついたりしねェな」

「手が使えなかったんだよ。てか、なんなのアイツ!」

「藤達か?」

「違う、オマエの部下!」

銀時は本気で機嫌を悪くする。

「ムネとか足とかガチで触手入れてきたんだけどッ!まったく空気読まずにベロベロしやがってよォ!」

声が完全に怒っている。

「アイツといい花粉症野郎といい、テメーの部下ってどうなってんの? テメーの大ファン? 揃いも揃って俺が気に食わねーってか? ざけんな、テメーらごときが俺の恋路を邪魔できっかよ。ああいう野郎には身の程を教えてやらなきゃな、ああでも俺いま目が見えないから、ついうっかり手がすべって刃物が飛んでって偶然クビ落としちゃうかもしれねーわ」

「堪忍してくれ」

高杉が居心地悪そうに告げる。

「そりゃァ俺の咎(とが)だ」

「…は?」

「オメーの言うとおりなのさ。今日の出動に際して奴等に責められた。私用で兵を動かすつもりかとな。だから俺りゃ…こりゃ私情は挟んでねェ、ネオ紅桜を殲滅する鬼兵隊の仕事の一貫だと。奴等にはそう説明した」

「ふーん。そーなの」

「鬼兵隊の存在意義は腐った世を破砕すること。それ以外は兵を動かすことまかりならねェ、奴等はそう言った。ネオ紅桜寄生体を解除するだけなら俺抜きの数人で足りるとな。だが今日は藤達に仕置きしながら真選組を牽制するもってこいの舞台、それなりの人数が要る。俺も出る。そう言うと鼻で笑いやがった」

高杉はいまいましそうに言葉を続ける。

「俺の目的は寄生体でも藤達でも真選組でもない。ただ白夜叉を奪られたくない一心であろう、私情以外の何物でもなかろうとな」

「ぶぶっ!」

思わず吹き出す。

「分かってんじゃねーの!」

「だから俺りゃ突っ撥ねた。俺はただ鬼兵隊の仕事を淡々とこなすだけだ。銀時に気を取られたりしねェからそのつもりでやれと。そうしたら」

高杉は苦り切った声で告げる。

「俺に当てつけてきやがった。見えるようにお前の身体を弄って俺を挑発したのよ。取り繕ってねェで本心を見せろとな。俺りゃ堪えてたんだが…」

「つい、飛びこんできて本心を丸出しにしちまった?」

「……フッ」

楽しげに笑う。

「報復はしたぜ。少しは慌てたろうよ。俺がお前と消えちまうなんてェ行き当たりばったりな展開は予想もしてなかっただろうからな」

「え。あれアドリブだったの」

「まァな。本当は万斉がお前を抱えたまま過去へ吹き飛ばされるって方向で狂言を締める予定だった。その方が無理ねェだろ、俺が時間を行き来するより」

「そりゃそうだけど」

「源外のじいさんとも打ち合わせてあった。俺が『戦場(いくさば)の風』という言葉を使ったら電磁波を止めろとな」

「あ、そっか。俺連れてたら電磁波の檻を超えられないから」

銀時が気づく。

「なに? ジジイも仕掛け人として一枚噛んでるわけ? オイオイ、大丈夫かよ。バレたらジイさん真選組に捕まっちまわね?」

「その心配は無ぇな。今回、真選組には手を打ってある」

見廻組局長が。

近藤の望ましくない動きは封じ込めてくれるはず。

佐々木異三郎はよく動いてくれた。

高杉の注文に応えて真選組をサポートし、ネオ紅桜殲滅と銀時奪還を滞りなく遂げさせてくれた。

この密約は口外できない。

たとえ銀時が相手であっても。

「そういうわけで銀時。万斉がテメーにやったのは俺への嫌がらせだ。俺が頭下げてすまねェなら万斉を呼んで謝罪させる」

「今はいーわ、そのうちテメーでシメとくから」

銀時は小さく笑う。

「だいたいよォ、大将がじきじきに謝ってんなら話は終(しま)いだろーが」

「…すまねェ」

「ん。好きだぜ、たかすぎ…」

「ありがとよ、銀時…」

「…で」

銀時は高杉の下腹をなぞる。

「さっきから全然萎(しぼ)まねぇコイツは、俺がオトコだろーが、ガキだろーが、女装してよーが、どうでもいいわけ?」

 


続く


 

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【2012/11/17 15:31 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
第69話 終章4





「どうでもいいってわけにゃいかねーな、テメーがそんなナリしてちゃ俺りゃ勃たねェ。…って言やァ気が済むのか?」

「んー…、全然説得力ねェからいいわ」

銀時の手に触れた物は熱く脈打っている。

「ここまで脆(もろ)い体に縮んじまったら相手にされねーかと思ってた」

「姿形はずいぶん若くなっちまったがよ、中身はオメーのまんまだろうが」

高杉の声が近く、覗きこんでくる。

「そのオメーが俺をこうして恋しがってくれてんだ、なに遠慮することもあるめーよ」

「うれしいこと言ってくれんじゃねーの」

ほろ、と笑みがこぼれる。

「高杉ってさぁ…そんときの関心ってか、ソノ気がもろに硬さに出るよね」

「あたりめーだろうが」

銀髪を手櫛で梳いて頬を撫でる。

「男なら誰だってそうならァ」

「ちょっと違うんだよなぁ、硬さっていうか…フィット感?」

見えもしないのに上を見ながら首を傾げる。

「ノリノリのときはツルっとしてすんなり入るのに、どこに当たってもキモチいってか…逆にあんまりどーでもいいときはゴツゴツしててさぁ、なじまねェってーの?トゲトゲしいんだよね、さきっぽ尖ってるだけに」

「ほォ。そんなに違うかよ」

高杉は笑いを堪える。

「けどそりゃオメーが乗り気がそうじゃないかで感度が違うってェ大層な暴露じゃねーかァ?」

「んなっ…!ち、ちちちちげーよッ、」

頬がカーッと熱くなる。

「あああアレだ、あんときッオメーが山小屋にきてヤッたとき、つっけんどんに掻き回されて、その、なじむヒマもなく駆け抜けてったっつーか…!!」

「ありゃオメーが俺を認めようとしなかったからだろうが」

高杉が咎める。

「慣れねェ手つきで精一杯、テメーが感じるよう相務めたってのによォ…テメーが本物だったらもっと凶暴でヘタクソな筈だって決めつけられちゃ立つ瀬がねェ」

「だだ、だって高杉、優しくすんだもの」

銀時は俯いて顔を隠す。

「俺がキモチ良くなるよーに、なんてされたことなかったからさぁ、……ヤッててお前が面倒臭いとか、つまんなかったらどーしようって、気が気じゃなかったんだよ」

「昔は手荒にしようがどうしようが、オメーの身体が応えてたから満足してると思ってた」

悔恨を滲ませる。

「けど痛ぇのが好きならともかく、俺のやり方は乱暴すぎたって気がついてよォ」

「オンナでも買ったの?」

険悪に笑む。

「それとも他の野郎を抱いて指摘されちゃった?」

「否定はしねェ。離れてる時間、いろんな人間と関わった」

「あ。そーなんだ。高杉くんってモテるもんね」

声がムッとしている。

「そいつらに優しく抱くやり方、したんだ。なにそれ。そいつらと仲良くしてりゃいいじゃねーか。ちょ、どいてくんない?断りもなく乗っかってんじゃねーよ、人になれなれしく触んなボケ」

「埒もねーこと抜かすな。そいつらとは情を交わしちゃいねェ。酒飲みながら下世話な話をしただけだ」

「ふぅ~ん。…で」

銀時の声はトゲだらけだ。

「どうやって俺にそれを信じろって?」

「俺たちゃ似たもの同士だ」

高杉が銀時の呼吸まで窺っている。

「オメーが土方との間に何もなかったってんなら、俺だってその程度だ。オメーが潔白なら俺を疑う愚は犯すまいよ」

「えー、そんなのアリかよ」

銀時は頬をふくらませる。

「俺が潔白ならオマエも潔白ってソレずるくね?」

「ならテメーの身体で確かめるんだな。俺が手馴れてるかどうか」

高杉の言葉は揺るぎがない。

「そもそもブランクがなきゃ、あんなおっかなびっくりテメーに触れたりしねェ。アッというまにテメーを酔わせてた自信があるぜ?」

「そ、そんな無駄な自信はいらねーッ、じゅ、じゅーぶん感じてたっての!」

「けどオメーにゃ違和感だったんだろ?オメーの中に入れたモンが馴染まなくてよそよそしいってよォ」

「そっ……そりゃ、まあ…」

「あんときゃオメーが土方と相思の仲だと覚悟していたからな。ひさしぶりだってのにコイツは他の野郎を想ってるとくれば、よそよそしくもなろうよ」

「お前、俺が土方くんと愛しあってるかもしれねーのに乗っかってきたわけ?」

銀時は今更のように非難する。

「それって人としてどうよ?」

「まあ、褒められたもんじゃねーな」

高杉は言いにくそうに笑う。

「オメーが媚薬ですっかり準備万端になってたもんだからよォ、土方のモンかもしれねぇオメーが身体開いて蕩けてるの見て興奮した」

「こ、ここ、コウフンした、じゃねーだろぉッ!」

銀時は言葉にならない文句を並べる。

「なっ、なに見てっ…ひ、ひとのカラダっ…ぁいう、んぐぁああ!!」

「ぐっ…、なんだ?」

高杉は顎にいきなり掌底を食らって仰け反る。

「テメ、なにしやがる」

「なっ、なにもクソもねぇぇええーッ!」

容赦なく高杉を押しのける勢いで身を返し、布団から逃げ出す。

「見んなバカ! ふ、ふふふ、風呂ッ、それかせめて洗面所ォォォ!!」

四つ這いで畳を掴んで褥から去っていく。

「触んな、コッチ来んな! ちょ、冗談じゃねェ、誰かいませんかァーッ!」

わたわたと戸口めがけて這う銀時を高杉は黙って眺める。

手さぐりでぶつからずに進んでいけるところは流石、銀時というべきか。

「銀時」

小さく嘆息して声を掛ける。

「なにやってんだ?」

「う、ううう、うるせェ!構うな!まだ来んじゃねーよ、…あたっ!」

銀時は廊下に出ようとして狙いを外し、柱に頭をぶつけている。

「いまの無し、ナシ! いいから忘れとけ、アレだ、ちゃんとしてくっから!」

「なにをちゃんとしてくるって?」

「だから身ぎれいにしてくんだよ、やべェ、うっかりしてた!」

「そのまんまでいいだろうが」

呆れて焦れた声。

「テメーに顎打たれた方がよっぽど興が醒めるぜ」

「なに言ってんの、お前?」

銀時は憤慨する。

「高杉はなぁ、きれい好きなんだよ? なに不自由ないボンボン育ちで、汚ぇもんなんか晒せねーの! 汗くせー身体なんかもってのほか! 風呂、どっち?」

「風呂なんてあとでいい」

布団から立ち上がって銀時のもとへ歩いていく。

「汗だろうが血だろうが、そんなモン嫌った覚えはねェ。勝手に決めつけてんじゃねーよ、ホラ戻ってこい」

「お断りします」

なるべく高杉の視界に入らないよう、白い襦袢を腰にまといつかせた姿が廊下へ這い出していく。

「厠借りるから。たぶんこっちだろ」

「…ったく」

むず、と腰紐をつかんで引き戻す。

「そのままでいいって言ってんだ、もういいからヤろうぜ?」

「ぎゃあっ!」

腰を浮かされてジタバタもがく。

「いやだ、こんなみっともないカッコでヤリたくねェーッ!」

「ああ、わかった。テメーは好きなだけ嫌がってろ」

上から胴を横抱きにして部屋へ連れ帰ろうとする。

「俺も好きなようにヤるからよォ」

「ちょ、やだって、ダメだって!」

銀時は廊下の板敷きに爪を立てて抵抗する。

「きたないカッコしてたら感じるどころか引け目しか感じねェ!」

「うるせぇ、これ以上は我慢できねェ」

「お前、アレだよ? こんなんじゃ入るもんも入んねーよ!?強姦だよ!?」

「…なにが強姦だ、俺りゃテメーと気持ちよくなるためにここまでこうしてやってきたんだろうが」

「だったらあと10分くれェ待ったっていーだろうが!」

「だいたい、どこがどう汚れてるってんだ?」

高杉は鼻白む。

「俺だって汗くれーかいてる。そんなの問題にゃならねーぜ」

「いいですか、まず俺を下ろしなさい。そしてちょっとここに座れって」

銀時は自分の傍らを指す。

「今日の朝、クスリ飲まされて身体が縮んで、シャワー浴びたけど乾くひまもなくコンタクト入れて化粧して首から下まで白粉ぬりたくって花嫁衣裳着せられた。歩き方とか特訓して汗だく、のち庭へ出てってあの騒ぎ。オメーの手下に触手絡まされたり、なめまくられたりしてドロドロ。のち、フジびたいに泡ふかれて足ベタベタ。まあその間、いろんなヤツに助けられたりキャッチされたりして、いちいち汗かいて、極めつけはテメーの狂言爆弾な。砂とケムリを頭からカブりましたァ」

いうとおり、銀時を離して傍らへしゃがんだ高杉に言い聞かせる。

「ありとあらゆるヨゴレに塗(まみ)れてんだよ。汗とドロと化粧と、いろんな人間の手脂とかね、ヨダレとかね。わかる?その上からオメーに触られても、オメーと肌の間になにか膜が張ってるような気がしてキモチよく酔えないんだよ」

「……」

「だからさ、心置きなくオメーと愉しめるよう洗い流させてくんない?」

「…わかった。テメーの言うのは尤もだ」

高杉は深く頷く。

「風呂は使え。気が済むまで洗やァいい」

「やった!」

銀時は嬉しそうにキョロキョロする。

「じゃ、さっそく…風呂場ってどっち?」

「だがその前に、俺りゃもう我慢できねェ。だから、ようは手早く済ませりゃいいって話だろ?」

「へ? なにを?」

「洗う前に触られたくねェなら、そっちはあとでじっくり愛してやらァ」

「ちょ、…ちょ、ちょ、ちょ、なに? なにーッ!?」

廊下で銀時を四つ這いにして白襦袢をめくる。

襦袢の裾を頭の方へかぶせて下半身を露出させると、おもむろに双丘を開いて剛直をあてがう。

「んぁッ、はぁうぅぅ!」

直前まで高杉と縺れあって、そこそこ態勢ができていたのもあって。

やわらかく押されれば銀時の意志と関係なく、後ろは高杉を受け入れはじめる。

「む、ムリだって!慣らしもしてねー…ぁぐっ…!」

銀時は目を見開く。

ズブズブと埋めこまれてくる硬いペニスを、身体は奥深くまで欲しがって誘いこもうとしている。

「い…ぃやぁぁぁ! どーなってんの、オレのケツぅぅぅ!」

のたうって、前へ逃れようとする。

「まるでゆるゆるみてーじゃねェか、どんだけ高杉ならオッケーなんだよ、どうかしてんじゃねェ!?」

「クッ…どんどん引きこまれるぜ、」

逃げる腰を引き寄せると背中を抱きこんでかぶさり、深々と体内へ差しこんでいく。

「たしかに…、テメーは昔、ろくに…慣らさねーでも入ったっけな…、若返った身体のせいか?」

「ウソッ、たかすぎ、デカくねッ…!?」

銀時は喘いで苦しがる。

「こ、…んな大きかったっけ…? はぐッ…、あ、ぁあっ、長っ…、」

受け入れる苦痛はあるが嫌がってはいない。

火照ったように熱い銀時の身体は鼓動を高めていく。

それを胸腹でじかに感じながら小柄な銀時の身体を押さえこみ、2~3度腰をつかって己の雄を根本まで差しこむ。

「ぁッ…ぁぁあっ、…んぁあーッ!」

首を振って銀時は腰を小刻みに揺らす。

のけぞった背が緊張し、尻がきゅっとあがって高杉のペニスを強く締めつける。

まさにあの頃の銀時の幼い柔らかさ、そのまま。

知らず高杉は興奮して衝動的に抽送する。

ますます高い声が銀時の喉から漏れて、しっとりうごめく腸襞が高杉自身に絡みついてくる。

「ぎんとき…、スゲェ、イイぜ? オメーん中ァ…格別だよ」

「ぁんっ、んっ、……んんんーッ!」

耳に後ろから囁くと、腸壁のじれったい動きが高杉の根本から先端まで大切そうに締めつけてくる。

「…すきだ、銀時、愛してる」

「たかすぎっ……、たかすぎぃ…!」

手を突いたまま花嫁衣裳の残骸を纏いつかせ、不本意な成り行きだろうに、それでも銀時は気持ちよさそうに背を反らして高杉を受け止めている。

体内では高杉を離したくないかのように熱烈に締めては引っ張りこまれ、まるで銀時が口の中でアメの棒を味わっているように下のそこで熱心にしゃぶりつかれ饗(もてな)される。

心の底から銀時が愛しいと思う。

この愛おしい者を大切にしていかなければと。

離したくない、誰にも渡したくないと。

衝動を突きこみながら銀時に縋り、快楽と情熱を熱い身体の奥へ押しこみながら、銀時が歓ぶところを念入りに擦りあげては体内に己の証を刻んでいく。

「はぁ…、ん…、ゃ…もぅ…イく…ぅ…」

揺さぶられながら銀時は弱々しく許しを乞う。

耳たぶを噛み、銀髪を唇でまさぐりながら高杉は銀時自身をするりと手中に収める。

「オイオイ、先にイッちまうのかァ?」

「ハ…ァっ、あぐぅ、んぅぅっ…!」

「こらえろ、イクのは一緒だ」

「ゃッ、あぁっ…」

反応がいい若い身体にこの注文はきつかろう。

無視して達したところでどうということもない。

しかし銀時は手を突っ張って、けなげに快感に抗っている。

独占欲と支配欲が同時に満足するのはこんなときだ。

銀時が、誰よりも強い男が自分の与える雄の刺激にのたうち、その扱いに甘んじている。

吸いつくような肌、白く均整のとれた肢体。

これが自分のものなのだと実感する言いようのない享楽。

「ぁ、たかすぎ…、もぅ…」

送りこまれる快楽に音を上げて銀時が懇願する。

手の中の銀時自身は先走りをこぼして脈打っている。

高杉はグッと腰を引くと、名残り惜しげに絡んでくる銀時の腸壁を突き通すように根本まで埋めこむ。

「いいぜ」

そうして許可を告げる。

「見せてくれるんだよなァ、尻ン中が良すぎてイッちまうとこをよォ?」

「は、ぁっ…んっ、……ぁんん…っ…!」

びくびくと銀時の身体が突っ張る。

かすかな呻きとともに、高杉の手に精が放たれ。

そして力のはいった身体が、ゆるやかに弛緩していった。




続く


 

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【2012/11/17 14:59 】 | 高銀小説・1話~完結・通し読み | 有り難いご意見(0)
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