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くん、と匂いを嗅ぐ。 古びた木造の家屋と草木の瑞々しく澄んだ香が漂っている。 「ここってビシッと庭師が手入れしてそうな家があるとこじゃねーの?塀が高くて木しか見えない屋敷だろ。ここってお前ん家だったの!?」 「高杉の名は出てねェし、知らなかったろうな」 高杉が身をかがめて潜り戸を抜ける。 木戸が閉め立てられると外界から隔てられた閑静な世界に身を置く。 「人を寄せるための来客用だ。家の者は住んでねェ」 敷石を踏んで玄関に入る。 「親父が面倒くせェ男でな。金や人脈を握ってるせいか幕府は手が出せねェ。おかげで実家は治外法権、いると解ってても踏み込んじゃこられねーのさ」 「わかった! オメーらここに潜伏してんだろ?」 「アァ?」 「オメーの兵隊だよ。ここをアジトにしてるから捕まらないんじゃないの?」 「鬼兵隊は俺の配下だ。こんなとこ使うわけあるめェよ」 「なんでだよ」 「俺がやってるのは高杉家とは一切関わりのねェことだ。家に寄りかかるような真似はしちゃいねェ。俺が死のうが親父は知ったこっちゃねぇってな」 「そんなわけあるかよ」 「そうじゃなきゃ困るのさ。まあ近年、封建制度の解体が進んで家長の監督責任なんてのを問われる時代じゃなくなってきた。家が取り潰されることもねーからな、おかげで好き勝手できらァ」 玄関から数段あがり、廊下と思しき通路を進む。 ひんやりとした空気に清涼な香が漂う。 「どうせ実家にしこたま迷惑かけてんだろ。勝手に屋敷、あがりこんじゃっていいの?」 板張りの廊下が微かに鳴る。 「お前、勘当とかされてねーのかよ?」 「放蕩息子ってのは溺愛されるモンらしい」 慣れた様子で奥へ向かう。 「使う旨は伝えてある。常駐の連中も承知している。食いたいモンあったら言いな。適当に調達してくるぜ」 「え、お前が?」 「俺じゃねェ。ここを任された従僕が適当に揃えらァ」 「じゅ、じゅうぼく、?」 「下働きを呼んだらしいからな」 「ええと、それは…お手伝いさん、みたいな?」 「『手伝い』? ああ、まあ召使いだな」 「あの…俺、こんなとこに入り込んでいいわけ?」 銀時は急に気後れする。 「お前んち凄ぇよね、格式とか高そうだし、バレたら叩き出されそうじゃね?」 「銀時。テメェに言っとくぜ」 高杉は銀時を覗きこむ。 「テメェは俺の伴侶だ。本来ならこんな離れじゃなく本家に匿うのがスジだ。だが煩ぇ連中がいちいち挨拶に来たら邪魔だろう。ゆっくり朝寝もできやしねェ。そう考えて人の居ねェところにした。お前が望むなら今すぐでも一門に引きあわせてやらァ」 「いや。結構です」 素で答える。 「俺みたいなのがお前んちに受け入れられるわけないもん」 「なんでだ」 「どこの馬の骨とも分からねーだろ。釣り合いが取れねーんだよ、家柄とかなんとか。格が違うの」 「なんだそんなことか」 高杉は面白がって笑う。 「古臭ぇな、銀時ィ。この天人の宙船が飛び交うご時世に、時代錯誤もいいとこだぜ」 「ふざけんな。目がらビーム出るほど見られてコソコソ陰口叩かれんのは俺なんだよ」 「かもなァ。やっかむ野郎は手に負えねェからよ」 「すり替えんな。やっかむヤツなんかいねーよ。むしろお前を説得しに来るね」 「強奪しに来るの間違いだろ。好みが似ているヤツは多い。油断してると口説かれるぜ?」 「こんな素性の分かんない貧乏人なんか誰も口説ねーよ!」 「貧乏人?」 高杉が眉をひそめる。 「解ってねーなァ。テメェはその存在自体が価値ある宝なんだよ。強いて例えりゃ勝ち馬みてェなモンだ、テメェに乗っかった野郎が勝つ」 「なにそれ」 「財だの素性だのより、そいつの持っている人間としての地力が重要なのさ。お前は良い運気をありったけ引き寄せる。事業をする者、人の上に立とうとする者にゃ涎が出るほど欲しい宝珠だよ」 「適当なこと言うんじゃねーよ。負けたからね、敗戦しただろ? 俺がいたって関係ねぇんだ、俺がついた方が勝つってんなら将棋の対局とかに呼んでもらって大金稼ぐつーの。っとに、人の傷えぐるんじゃねーよ」 「戦(いくさ)は条件が悪すぎたろ」 高杉は静かに言う。 「だったら欠けていた条件をひとつずつ満たしていけばいい。次は幕府抜きで天人と喧嘩だ。二度と遅れは取らねーよ」 横抱きのまま、ぶつからないよう向きを変えられる。 襖をくぐる気配、畳を踏む音。 客間らしき座敷に入ったのが分かる。 「なぁ…親父サン、オメーのこと心配してんじゃねーの?」 「そんなタマじゃねーな」 「攘夷やめたら?」 「そんな大層なものはしちゃいねェ」 高杉はサラッと告げる。 「この腐った世の中、壊してやりてェだけだ」 「壊されると困んだけど」 「テメーには解らねェかもしれねーな。安穏とした暮らしに浸かった身には、この国の危うさはよォ」 「俺にはお前が危うく見えるよ」 高杉の首に縋る。 「一人でトンがったって時代は動かねェ。国は変わらねェ。それはあの戦争で解ったじゃねーか。あのやり方じゃ欲しいものに手は届かねェ。武力でぶつかって殺して力づくで…ってのは、いまどき流行らねーだろ」 「表向きはな。時代が動くにはそれなりに手を汚さなきゃならねぇ役回りの人間が要るもんだ」 「それお前じゃなくたっていーだろ」 「俺ほどの適役は居ねェのさ」 「死んじまったらどうすんだよ、ったく」 「そんときゃ、オメーの懐ん中に抱かれて逝きてェな」 「なにその弱気」 銀時は唇を尖らせる。 「死ぬ予定なんか考えてんじゃねーよ。俺、その場に居ないからね。自分で生きて還って来ねーと抱いてやんないから」 「じゃあよォ、銀時」 柔らかいものの上に降ろされる。 「意識が飛んでも戻ってこれるように、この身体にテメェのぬくもり覚えこませちゃくれねーか」 客間の奥の寝室。 伸べられた布団の上に。 「この手が、肉体が、お前の肌身を探り当てられるように」 降ろされた姿勢から、ゆっくり高杉の身体で押されて背が布団につくよう倒されていく。 「猛り狂う血肉の行き着く先を、この熱をお前の中に埋めてひとつになる高揚を…魂が溶けるまで教えてくれ」 「知ってんだろ」 銀時は俯いて顔を伏せる。 「さんざヤッたんだから」 「昔の話だ」 前髪ごしに額に口づける。 「それに、あんときゃテメー相手に一人で暴れてただけだ。ちっともヨクなかったろ?」 「い、いやあの、いいとか悪いとか…、べつにそーゆうカンジじゃねぇし、」 「じゃあどーいうカンジだ」 「そ、そりゃその…、オ、オメーが…す…すきでたまんなかったから!」 「銀時」 「んぇ…?」 「お前は可愛い野郎だなァ。こんなにテメーが愛おしいなんざ知らなかったぜ」 「そ…、そう?」 「すきだぜ、銀時…」 「ん。俺も」 「この格好も悪くねェな」 襟元に指を入れて首すじを辿る。 「花嫁衣裳か。いったい誰に嫁ぐつもりだったんだ?」 「だ、だから嫁がねーよ!」 高杉の指が肌に触れる。 着物を脱がされる覚悟はしている。 なのに、高杉の手で肌を暴かれると思うと気恥ずかしくて。 力を抜いて横たわっていないと突き飛ばしてしまいそうだ。 「似合ってるぜ。白装束は久しぶりじゃねェか」 「うぐ、…さっさとやれって」 「しかも10歳は若返ってやがる。戦場で馳せていた白夜叉の面影があらァ」 「知らねーよ、中身は今の俺のままだから…、若い頃のバカで唐突で無鉄砲なところとかないから!」 「それでも身体は10代の頃に戻ってるよ。肌はなめらかで身体は柔らけぇ。背も縮んで花嫁衣裳を着るにはもってこいだ」 「は、…ぁっ、」 「すさまじい血飛沫の世界でしか見られねェ武神を。この白夜叉の生き姿を、なにも知らねェ呑気な連中が見たかと思うと業腹だぜ」 「やっ…」 「そこへもってきてこの化粧はよォ」 唇で頬からまぶたをなぞる。 「目が呪術にかかちまったのかってくらい吸い寄せられる」 「…んっ」 「見まいと思っても抵抗できねェ。テメェは化粧するとどんな美貌の持ち主か、はっきり際立つなァ銀時ィ」 「み、…見んな、こんなの…!」 「なんでだ? 見ない手はあるめーよ。こんな綺麗な花嫁をよォ」 「テ、テメ、俺をおちょくってんだろォ!」 「まさか。俺りゃそんな命知らずじゃねェ」 「だったら…!」 「俺に嫁げ」 銀時の背を掬って抱き締める。 「生涯、俺の半身として共に生きる誓いを立てろ。そのための真っ白な装束だ。オメーは俺が娶る」 「え……ええ!? んー、あー、…ええーと…、………うん」 身体に食いこんでくる高杉の思い。 痛いほどのそれに銀時は応えて腕を回す。 「いいぜ、高杉。お前とケッコンする。添い遂げてやるよ」 「その答え以外、俺りゃ聞かねェとこだった」 「婚姻届は心ん中で提出な。俺、この時代に居ない人だし」 「そんな紙切れ一枚、問題じゃねェ。大切なのはテメェの心だ」 抱擁に力が籠もる。 高杉の身体が燃えるように熱くなっていく。 「テメェは俺のもんだ。俺はそのテメェの魂と結びつきてェんだ」 「もう結びついてるっての」 銀時は、はふ、と息を逃がす。 「俺はお前のもんで、お前は俺のもんだろ?」 「……その言葉、忘れんな?」
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