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銀髪に顔を埋めて口付ける。 「屯所の中…、間取りや隠し通路も。お前に教えておきてぇ。オメーにはもうその権利がある」 「ん……いいけど」 銀時は包帯の上から眼を押さえる。 「俺、見えないし。たぶんなんにも覚えらんねーかも」 「武士は一回通った場所は体で覚えてんだろ?」 「う…、あ、あれは…、」 銀時は頬を赤くする。 「人に運ばれるなんて御免こうむりたかったし…、」 「みたいだな」 「なんで知ってんだよ」 「運ばれてる最中、そう叫んでた」 「…う~、いろいろとあんだよ」 銀時は横を向く。 笑って土方は銀時を抱く腕をゆるめると、銀時を連れて座敷を出ていく。 当日式場となる広い座敷や、続き部屋、控え室、あらゆる通路などの確認をしながら、ゆっくりした足取りで銀時を案内していく。 「この場所は、初めてじゃね?」 ふと銀時が顔をあげる。 母屋から庭へ降りたときだった。 「こんなとこ、あったっけ?」 「ああ。こりゃ非公開の中庭だな」 土方は銀時に草履を履かせる。 「当日は茶席を設けて客人に散策してもらう予定だ。庭師を入れて整えてる近藤さん自慢の庭で、通常は隊士も立入禁止だ。お偉いさんの接待に使ってるんでね、踏み荒らされるわけにゃいかないんだよ」 「いい匂いがする」 くんくん、鼻を効かせる。 「なんか花咲いてるよな?」 「あぁ、…白い花が咲いてる。匂うか?」 「葉っぱとか樹のニオイもする。池もあんの?」 「あるぜ」 「音がする。池の周りに樹が配置されてんだろ。見えたら見事だろうな」 「見えねェのに樹の配置まで分かるのかよ」 「んー、半分は勘だけど」 銀時は見えない眼で庭を見回す。 「なんつーの? 肌に感じんだよ。風が流れてくる間隔とか。湿った空気の方向とか。コウモリの出す超音波みたいな理屈じゃね?」 「オメーは眼が見えなくても他の感覚で補えるんだな」 土方は苦笑する。 「場数が違う…、か」 「そんなことねーよ。オメーらとたいして変わらねーって」 「そりゃどうも」 母屋と池、そして高い塀に囲まれた広い庭。 塀を越えて届く風にそよぐ銀時の髪に土方は目を細める。 「…オメーに聞きてぇことがある」 「ん。…なに?」 「まだ入院してたとき、病室でオメーが布団から手を出したんだけどよ」 こちらを見もせず風に吹かれてる銀時に、覚えてるか?と尋ねる。 銀時は解らない顔をする。 「そんなことしたっけ?」 「したよ。オメーは手ぇ振ってきた」 「…んー、覚えてねェな。それがどうかした?」 「ああいうとき、オメーはその手をどうされたいのか、聞きてぇと…思ってな」 「どうって…」 銀時は面倒臭そうに顔を背ける。 「そんなん、オメーの好きにすりゃいいんじゃね?」 「俺は、オメーの望むことをしてやりてぇ」 「だったら俺のして欲しいことすりゃいいじゃん。イチゴ牛乳掴ませるとか。チョコレート握らせるとか。パフェのひんやり感で驚かすとか。いろいろあんだろが」 「オメーは…」 つまらなさそうに土方は嘆息する。 「甘いモンのことしか無ぇのかよ」 「じゃあオメーはそういうとき、どうされてーの?」 むこうを向いたまま銀時が問う。 「俺に向かって手ぇ出して、俺になにしてほしい?」 「あ、…」 土方は状況を想像して絶句する。 もし、これが逆だったら。 自分が銀時に手を差し伸べたなら。 ─── …手を、握ってほしい お前の手を、能うかぎり強く触れて感じて安心してぇ 伸ばした手を、いつでも聞かなくても握り返してくれ 「ほれみろ」 銀時が黙りこんだ土方を笑う。 「別にこれといってやってほしいことなんて無ぇだろ?マヨネーズ握らせるくれーしか」 「高杉だったら」 思うより先に口に出していた。 「傍に高杉がいたら、オメーはどうされたかった?」 「なんで高杉」 銀時は憤慨したように口調を乱す。 「それがこれから祝言あげようって相手に聞くことかよ」 「いいから答えろや」 「なんでだよ」 「たんなる興味だ」 「そんなのに答えたくねーし」 「拒否権は無ぇつっただろ」 「えー、なんで拒否権?」 「言えよ」 語気を強める。 「それとも、俺に言えないようなことすんのか」 「しねーよ! たぶん…、」 「それとも、オメーも解らないんじゃねぇのか。高杉の考えなんざ」 「…んだよ、うっとーしい」 銀時は不快を露わにする。 と、同時に根負けする。 「ああもう、言うけどよ…、言った方がめんどくさくねーんだろ?」 ぶつぶつ言いながら口を尖らせ、それでも告げるのを迷った末。
銀時の唇が開いてそれを告げる。 「アイツ自身の手を」
銀時は風を向いたまま口を噤んでいる。 知らず見開いていた目を、土方は伏せる。 その口元は苦しく歪んだ笑みを乗せていた。 ─── そうか オメーは高杉を 高杉はオメーを互いに知ってんだな 互いがなにを望むか それが疑いなく差し出されることも
銀時が手を動かす。 「そんなのどうでもよくね? オメー、俺を娶るんだろ。これから時間いっぱいあるし…好きな菓子のこととか…その、煙草やマヨネーズの銘柄もよ、少しずつ教えてくれりゃ…、」 見えない銀時の手が土方の在り処を探す。 その手を取ろうと土方が踏み出そうとしたとき。
中庭に撮影クルーを引き連れた花野アナが駆け込んできた。 PR |
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カウンターに酒を抱えこむようにして源外が潰れている。 「世の中どんどん物騒になってきてやがる…俺りゃ息子みてぇな連中に、こんな馬鹿げた体制の中で、あたら若ぇ命を散らしてほしくねぇんだ」 「まったくしょうがないね、この酔っぱらいは」 お登勢はカウンターの向こうで煙草片手に腕組みしている。 「お尋ね者のくせにさんざん飲み散らかして。若いモンの前に自分の腰が立つか心配しな。警察が踏み込んできたら自分が命散らしちまうよ」 「心配いらねェよ、その警察から貰ったのが今日の飲み代だ」 がはは…、と自棄な笑いを吐き出す。 「銀の字がよぅ、結婚だと! 幕府おかかえの公務員サマとよぅ。俺りゃアイツにはテメーの息子の分も幸せになってほしくてよぅ…」 「ホントなのかね、あの話」 お登勢は、ふーっと煙を上に向ける。 「アイツがなんの一言もなく出ていってそのまま結婚だなんて。あたしにゃ信じられないよ」 「本当に決まってるデショウ、ワイドショーはその話で持ちきりデスヨ」 キャサリンが横から口を挟む。 「好きな男と結婚するためにオンナになるなんて並みの覚悟ではできまセンヨ、いくらあのアホが甲斐性のないゴクツブシでも今度ばかりは本気なんじゃないデスカ?」 「上は空き家になっちまったのか。あの嬢ちゃんはどうした?」 「そのままさね」 お登勢が嘆息する。 「荷物も子供もそのまま。家賃は払うから引き続き貸してくれって真選組から連絡があったよ」 「どういうこった?」 「ワケありみたいだね。こっちもすぐ借り手がつくわけじゃなし、話を呑んだけど。子供に良い状況じゃないことは確かだよ」 以前、銀時が記憶を亡くして不在だったときの万事屋を思い出す。 「様子を見て、目に余るようならキッチリ話をつけにいくさ。…もっとも、いま上には神楽も新八も居ないんだ。新八は行方不明、神楽は真選組に保護されてる。犬も寂しいだろうよ」 「犬は元気でしタヨ」 キャサリンがぼんやり告げる。 「様子を見に行ったら水もエサも換えてあって、一人でクウクウ寝てましたカラネ」 「真選組の連中が世話に来てるんじゃないかい」 お登勢は渋い顔で上を窺う。 「来てるなら顔を出して事情のひとつも説明していきゃいいのに。こっちはまるっきり蚊帳の外だよ。お役所仕事っていうのかねぇ」 「なんだ、オメーに正式な話も無ぇのか?」 「ただの大家と店子にそんなものあるわけないだろ、よしとくれ」 気がかりそうに顔を顰める。 「ただ…あの子が女になんか成りたがるかね。電話に出せって言っても出さなかったし、組があの子を抱えこんで無茶なことやらせてるんじゃないかって疑っちゃいるのさ。あの子も…いろいろあるからね」 「ははっ、ありゃ攘夷派でもっとも過激な大将の恋の片割れだからなぁ」 源外の口は酒でよく回る。 「幕府に目をつけられて真選組に鎖で繋がれちまうのも道理だろよ。だがなぁ、俺りゃそれを逆手にとって安楽な暮らしを手に入れるのも悪かないと思うぜ」 くい、と盃を干す。 「アイツはもう十分戦ってきた。ここらで羽を休めさせてやりてぇ。ましてや目があんなことになっちまったんだ、今度はアイツが誰かに護ってもらう番だ。大将は反体制、銀の字はそれに組みしねぇとなりゃ、真選組の懐に入っちまうのが一番安全だろ」 「アンタねぇ…寝ぼけたこと言ってんじゃないよ」 お登勢は呆れたように眺める。 「若いモンがそんな年寄りの繰り言みたいな勧めを聞くわけないだろ。だいたいアンタ、若いころ他人の忠告になんか耳を貸したのかい」 「…聞くわけねーだろ、そんなカビの生えたもん」 「だったらアンタの役割は若いモンに保身を図らせることじゃないだろ。なにが正しいかなんて誰にも言えやしないけど、少なくとも…」
つけっぱなしのテレビが知った顔を大写しにしてきた。 『特集です!真選組副長の土方十四郎さんが今週、めでたく意中の人とゴールイン!』 リポーターの後ろに土方、そして銀時の顔写真が並んでいる。 『ということでワタクシ、真選組屯所に突撃リポートしてきましたぁ!今夜はそちらを御覧いただきましょう!』 源外もお登勢もなんとなく視線をテレビに向ける。他に客はなく、時間も過ぎたためキャサリンが暖簾(のれん)を仕舞いに立ち上がる。 『喧嘩するほど仲がいいと言いますが、お二人は会うと喧嘩するような間柄ということで、なんと御相手も男性の方なんです』 いまさらの情報を真面目な顔で説明する。 『男性同士の成婚はときどき見かけますが、今回特別なのは御相手の方が副長さんと結婚するために性転換、つまり女性になってしまおうという熱愛ぶりなんです!』 画面が録画映像に切り替わる。真選組屯所の正門が映り、ついで丁寧に手入れされた風情の良い庭へとリポーターが進んでいく。 『こんにちはー!』 花野アナが庭にいる二人に駆け寄っていく。 『すみませーん、大江戸テレビの者ですが!土方副長さんと婚約者の方ですよね!?お話伺えますかぁ?』 『なっ、んなっ!』 銀時は腕で顔を隠すと身を翻して背を向ける。 そのままカメラから逃げるようにヨロヨロ歩いていく。 『その反射板をどかせッ』 土方が撮影スタッフに手を翳す。 『眩しいんだよ、こいつは眼が悪ぃんだ、ギラギラしたもん向けるんじゃねぇ!』 『えっ、どこかお悪いんですか!?』 『だから眼が悪いつってんだろがァ!』 『…ぐぎゃっ!』 銀時が画面奥でコケる。庭石と立木の間につんのめって倒れこむ。 『ぎ、…万事屋っ!?』 土方が走り寄って倒れた相手の傍らに膝をつく。 迷いもなく抱き起こすとカメラから庇うように銀時の頭を自分の胸に抱きこんだ。 『婚約者の方は目をお怪我されたようですね。なにかあったんですか?!』 『先ごろ怪人に襲われてな。目を傷めた。安静にしなきゃならねぇ。悪いが撮影は向こうで、俺一人でやってもらえねぇか』 『あ、これ包帯だったんですね? 黒いからなんだろうと思ったんですが』 回りこんで銀時の顔を映し出す。 『じゃあ性転換は?まだされてないようですが、もしかして中止なんてことは無いですよね?』 『ちゅ、中止にできるもんなら中止して…』 『予定通り式当日に施行する』 銀時の呟きを遮って土方が告げる。 『遅発性の副作用で寝込むことがあるんだとよ。薬を使った初日なら、まだ副作用は出ないだろうから式当日にしろって医者には言われてる』 『わぁ、そうですかあ、楽しみですね~!』 花野アナは銀時にマイクを向ける。 『黒い包帯って珍しいですよね。もう屯所の中の新居にお二人で住んでらっしゃるそうですが、もしかして副長さんとそういうプレイで遊んでたりするんですか?』 『んっ、んなわけっ…』 『プライベートについて話すことは何も無ぇ』 土方は身体で銀時を隠す。 『こいつの準備があるんで当日は遅めの開始になる。中継は昼すぎになるぜ』 『その前に性転換の実況がありますんで私たち朝から入りますよ?』 『ふざけんな。そんなモン許可した覚えは無ぇ』 土方が花野アナと撮影クルーを睨む。 『大体、ここは立入禁止だぜ。誰に断って入ってきた?』 『広報の方です。屯所内どこでも撮影していいって言われてますよ。お二人の新居にもお邪魔していいですかぁ?』 『警備上の問題がある。そいつぁお断りだな』 眼光鋭く言い放ちながら、銀時の身体を支えて立たせる。 『大丈夫か?』 『あ…うん、』 銀時は土方に向かって俯いている。 『俺がぶつかったの、なに?』 『松の木の根本のデケェ石だ。その先に灯籠があったんだぜ、危なかったな』 『なんか…よく見えなくてよ…』 『気にすんな。きっとそのうち見えるようにならァ』 小声で言い交わす二人を見守る花野アナ、でVTRは終了となる。 画面変わってスタジオ、笑顔で祝福ムードのコメンテーターたち。
『あの包帯は本当に副長さんの趣味じゃないのかな?』 『新居にはカメラは入れたんですか?』 『実際にああいう包帯が眼科で使われてるそうなんです。眩しいときに目元を安静にするのに効果があるらしいんですね。けして怪しいグッズとかではありません(笑)』 『怪しいな~!』 スタジオに笑いが起こる。
源外とお登勢は画面から目を離して向き直る。 「暗闇と怒号の戦場」 源外は口の中で独りごちる。 「恐怖と疲労にずっしり重てぇ視界の中に、そこだけ重力から解き放たれて翻る白装束…それがテメーらの希望だと。テメーらの大将の拠りどころだと…お前は言ってたんだってなぁ、…三郎よォ…」 「アンタの息子さん、…良い働きをしたそうだね」 お登勢はカウンターにうなだれる源外を見つめる。 「銀時とよしみを結んだ男のもとに居たんだって? アンタがその男と銀時を気に掛けてるのは分かるけどね。惚れた腫れたの世界に他人が首つっこめるもんじゃないよ。せめてあの子が自分で人生の選択ができるよう、見守ってやるのが年寄りにできる精一杯の役目さね」 そのときだった。 ガラリと店の引き戸が開かれる。 「お、お登勢サン…!」 押されるようにキャサリンが暖簾を持ったまま店の中へ舞い戻ってくる。 お登勢、源外も顔を向けて戸口を見る。 そこに数人の人影、先頭にいるのは派手な着物を纏った隻眼の男。 「もう店は仕舞いかぃ?」 薄い笑いを浮かべて二人に尋ねる。 「なかなか良い店じゃねェか。よかったら俺にも一杯飲ませちゃくれねーか?」 「あんた…、」 源外が気圧されたように身を引く。 「なんでここに…!?」 キャサリンはカウンターの中へ逃げこんでくる。 お登勢は高杉とその後ろの男たちを、目を細めて見据える。
テレビ画面が繰り返し銀時の結婚を伝え、出演者たちは便乗ネタを連発して騒いでいた。 |
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ばらばらばら…とヘリコプターのプロペラ音をバックに花野アナが叫ぶ。 「今日は、真選組副長さんと婚約者の方の結婚式が執り行われます。いま私たちは真選組屯所の上空に来ていますっ!」 中継映像が空から真選組の拠点を映し出す。 「この結婚式では婚約者の方の性転換が話題になっているんですが、私たちはその現場に空からお邪魔しようと思いますっ! ……あっ、なにか屯所内で動きがあったようです!」 真選組の敷地内で黒い隊服の男たちが慌ただしい動きを見せている。 一斉に動き出した大勢の隊士に花野アナが声を弾ませる。 「練習のようですね。挙式のとき副長さんに内緒の演出でもあるんでしょうか!?隊士の方々によるサプライズな趣向が用意されてる模様です!」 映像が隊士たちを大写しにする。 なかには黒い隊服に混じって白い隊服を着た男たちが見慣れぬ機器を取り出して作業している。 花野アナは感心したように彼らをリポートする。 「真選組の方たちも、結婚式には白い隊服があるんですねっ!初めて知りました。着てる人と着てない人がいるようですが、式に参列する人だけが白隊服を着用なんでしょうか。デザインは一緒のようですが、白だと式典にピッタリな気品がありますね……えっ?なに、なんですかあれっ」 花野アナたち撮影の一行は、自分たちに向けられた砲口に気がつく。 グリグリ眼鏡の隊士が担いだバズーカが、撮影隊のヘリコプターに照準を合わせている。 「なんのお茶目でしょう、こちらを狙って…ウソですよね、……きゃあああああっ!!」 ドンッ!という発射音とともに空気が振動する。 すぐ近くでの炸裂と爆風。 ヘリコプターは衝撃に煽られ急激に傾く。 「う、うわああああああッ!!」
「チッ、外しやがったか」 グリグリ眼鏡の隊士、神山から沖田がバズーカを引ったくる。 「よく見ときなァ。バズーカってのはこうやって撃つんでィ」 銃器を肩に乗せ、スコープを覗いて標的を捕らえる沖田のさまは獲物を外さない不動の構え。 神山の砲撃を免れたヘリコプターも一瞬後には沖田のバズーカが命中し撃ち落とされるだろう。 「やめて、やめてぇ!」 「撃たないでくれ、頼む!」 大江戸テレビの中継ヘリがへろへろと体勢を立て直そうと必死で飛んでいる横を、沖田のバズーカの砲弾が通過する。 「墜ちる、だめだぁ!」 「当たったんですか、墜ちるんですかこれ!?」 「許可取ったんだぞ、なんで…!」 スタッフが頭を押さえ身を竦ませる中、ヘリの操縦士だけは懸命に操縦桿を操っている。 そのままヘリコプターは浮力を取り戻し、屯所から逃げるように高度をあげていく。 「まだ飛んでるんですか?」 「当たってない!?」 スタッフと花野アナが遠ざかる屯所に目を凝らしたとき。 離れた場所で、どーん!とぶつかったような音がして、近くの空を飛んでいた別のヘリコプターが撃ち落とされた。 「今日は招かれざる客、万来ですねィ」 沖田はまた次の方角へバズーカを構える。 「すいやせんが、空から来んのはやめてくだせェ。間違って撃ち落としちゃうんで」 花野アナのインカムに沖田からの音声が入る。 沖田もインカムをしている。 彼らは隊服に身を包み、警護に当たり、どう見ても婚礼に臨む支度ではない。 ふと付近の空を見渡すと、報道関係では見かけないヘリコプターが一定間隔おきにあちらにもこちらにもプロペラ音を轟かせて屯所上空を旋回している。 時折、その乗員が銃器を構え、屯所や隊士を銃撃している。 柄の悪そうな浪人たちや、統率の取れた若者集団、タスキを掛けた年かさの者たちなど、年齢も格好もヘリコプターごとにさまざまだ。 彼らはそれぞれ別口に屯所を襲撃しているようだった。 「なんで武力闘争になってるの!?」 花野アナは顰蹙する。 「今日は晴れの結婚式ですよ、今日ぐらい攘夷テロはやめてほしいですよねっ!」 大江戸テレビからそのとき彼らに指示が入る。 上空からの取材は中止し、屯所の正面から中継に入るように、とのことだった。 「そんな…!?いまからヘリポートに戻ってたら時間がない!」 花野アナは屯所の方向を振り返る。 「性転換薬を使うドキュメントを生中継する予定なんですよ、なんとかならないの!?」 しかし対空砲で迎撃しまくる屯所に戻るわけにもいかず、付近にヘリコプターが降りられる場所もなく、彼らは一旦大江戸テレビ局へ引き返すことにする。 「急いで、間に合わない! どこか降りられそうなところはありませんかっ?!」 花野アナは未練がましく地上を見つめる。 降りたところで車がなければ屯所へ行けないことは解っている。 走ってでも中継を間に合わせたいところだが、ヘリはどんどん遠ざかって走れる距離ではなくなっていく。 時計を見ながら我慢している花野アナはそのときふと街に人が見当たらないことに気がついた。 「…あら?」 屯所一帯、かなり広い範囲にわたってその周辺には歩いている者も車で移動している者もいなかった。 活動している人の姿が見られない。 しかもその区域への道路を真選組が封鎖しているさまが一部だけだが上空から確認できた。 「なんでだろう、なにかあるのかな? まさか結婚式に厳戒態勢ってわけでもないですよね?」 花野アナは首をかしげる。 自分たちが屯所へ向かう車まで真選組の規制を受けて通行許可が下りないとは、まさかこのときは思ってもいなかった。
続く
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「………なに、これ?」 手を出せ、と言われて掌を掴まれ、その上に軽い物質を乗せられた。 両眼に包帯をしたまま銀時はそれをゆるゆる握る。 丸くてデコボコしてほんのり冷たい。 長さのある数珠つなぎになったもの。 「オメーのクスリだ」 言って土方は水の入ったコップを渡そうとする。 「とっとと飲んじまえ」 二人きりで過ごす挙式前の時間。 誰も立ち入らせないまま新居の居間で膝を突き合わせていた。 「ちょっ、…ちょっと待てェェェ!」 ひとまとめにしてもブレスレットよろしく手の上でとぐろを巻いている。 とても飲み下せるような形状ではない。 「なんなのコレ違うよね?薬じゃないよね?!」 銀時は『物体』を握った手をなるべく前へ突き出しながらコップを押し返す。 「少なくても口に入れて飲みこむような代物じゃねェだろーが!?」 「クスリじゃないなら、なんだっつうんだ」 「いやいやいや違うだろ、だってこれ繋がってるもの!ころころした丸いのがいっぱい連結してるもの!ケツに押しこむビーズとかパールの類(たぐい)だよね?そんなもん誰が口から飲むか、騙そうったってそうはいかねーよ!」 「なんでそれがケツビーズだ。そりゃそういう形のクスリなんだよ。粒ごとに種類の違うホルモン剤とか、骨格を変える薬とか、細胞を変える薬とか、違った成分のものを一緒に飲ませるために繋がってんだ。水を含むと柔らかくなって簡単に飲み込めるんだとよ」 「か、簡単だとォ?ふざけんな、こんなもん飲めるわけねーだろ!」 ことさら手の中の感触を確かめる。 「半分だけ喉から出てきたらどうすんだコラ!お前だってモズク噛みきれなくてヤッたことあんだろ!?飲めない吐けない苦し紛れに口から引っ張ったら一人SM状態で涙出たろーがァ!」 「誰がそんな真似するか。モズク酢だろうが糸コンだろうがマヨネーズかけて食や…、」 土方は気がついたように顔を上げる。 「…あ。クスリにマヨネーズかけろってか。悪かったな、気がつかなくて」 「ま、まて、待て待て待てェ!さらに飲みにくくすんじゃねーよ!てか完全に飲めなくなるからヤメろぉ!」 ポケットからマヨネーズを取り出す気配に悲鳴を上げる。 土方は意外そうに銀時を見る。 「飲む気はあんだな」 投げ捨てずにクスリを持ったままの銀時の掌。 うぐ、と銀時は詰まる。 難癖をつけながらもマヨネーズから死守してるのはクスリを飲むつもりであることに他ならない。 土方の瞳が和らいで銀時を見る。 「なんならイチゴ味の牛乳でも用意してやろうか」 「………いらねェ」 首を振った銀時の口から溜息が零れる。 「コレ飲んだら…俺は俺でなくなっちまうんだろ。心の準備なんかできねーよ。いくら準備したってやれるもんじゃねぇ」 「解らなくもねぇが」 水のコップを傍らの座卓へ置く。 「俺と祝言を挙げるためにはコイツが要る。変わっちまったお前を何があっても護ってやる。お前は俺の信条を頼みにするしかねぇんだろ?上等だ。俺はお前を裏切らねェ」 「土方くん…」 熱を含んだ土方の言葉に銀時は切なく告げる。 「女になったらさァ、俺、毎朝オメーに稽古つけてやる。だって死んじまったら護れねーもの。一瞬で未亡人とか泣けるもの」 「どんだけ弱いの俺!?オメーん中で!」 「布団の中では強いと思うけどね。最強クラスだけどね」 「………知るか、そんなモンんん!」 土方は言葉に詰まったあとグッと奥歯を噛み締めて横を向く。 その素振りに銀時は大きく息を吐いて肩を落とす。 「飲むわ。んでオメーと祝言挙げる」 空いてる方の手を差し出す。 「これ以上ガタガタ言ったところで俺はオメーを信じるしかねェ。女になったら確実に動きが取れなくなる。オメーの庇護を受けながらガキでもこさえて真選組の屋台骨を強化する気の長い労働に取りかかるとするか」 「……ぬかせッ」 嘯(うそぶ)く銀時に土方は吐き捨てる。 「ケツからビーズ突っ込まれねぇうちに、とっとと口から飲みやがれ!」 「それが覚悟を決めた相手に言う台詞ぅ?」 銀時は唇を尖らせる。 「まあいいけどね。とっとと水よこしやがれ」 「……、」 銀時の手に土方は水のコップを持たせる。 大きめのそれに十分な量の水が注がれている。 銀時は片手に持ったクスリをもう一度握ると、まとめて口の中へ放りこむ。 追うようにコップを口に運び水とともにクスリを喉へ流しこむ。 ゼッタイ飲みきれなくて悲惨なことになると覚悟した物体は、なんの抵抗もなく一塊となって無事に胃の腑へ落ちていった。 「ふぅ…」 ほっとしたように息をついたのも束の間。 「んぐッ!ののの、飲んじまったァ!」 サーッと顔がこわばる。 焦って口を開け、喉を押さえて舌を出す。 「やべ、やべぇって! これ俺、女になっちまわね!? ちょ、カンベン! ちゃんと飲んだんだからさァ、もう良いよね、吐いていい? てか吐くわ、マジで女になるとかありえねーし!」 「吐けるわけねぇだろ。一瞬で溶けて吸収される即効性だ」 土方が冷酷な笑いを浮かべる。 「舌を噛まねぇよう、口を閉じといた方がいいぜ? 身体の骨組みから造りが再構成されるんだ、どこもかしこも軋みをあげてバラバラになって別物に組み上がる。窒息しねぇよう、しっかり息してろや」 「んなっ、そっ!」 銀時は恨みがましく土方の方を向く。 「そんな危険なクスリなのかよ、あぶねーなんて…、聞いてねっ…!」 非難をあげる声は次第に喘ぎ混じりになり、苦し気に上下しはじめた肩はガクガクと揺れ、あるときを境に銀時は喉が塞がったように崩折(くずお)れる。 「…んッ、…っく…!」 畳を掻きむしる腕の筋肉がデタラメに収縮し、見る間に小刻みに震える波が全身へ伝わっていく。 土方は目を見張り、危険な徴候が無いかどうか目を走らせて確認する。 差し出した腕を、懸命に銀時に触れないよう空中にとどめて気遣う。 敏感な変異の瞬間を迎えている銀時の身体は、やがて常とは違うものに向かって仕上がっていく。 畳表を掴みあぐねた手も、腹部を押さえて突っ伏した躯幹も、畳に曲げ潰れた脚も。 ふんわりした光を放つ銀髪のなめらかな質感さえ。 音を立てて組み変わるように土方の目の前で、脆(もろ)く柔らかな構造へと姿を作り変えていった。 「大丈夫か?万事屋」 ゆっくりと背中が上下して息が通るのが見える。 着ていた単衣はもはや身体に合わず、不格好に布地が余っている。 変わりきった朧気な身体が力なく変異を終える。 「……ァ、はぁ…」 銀時の口から呻きが漏れる。 土方が聞いたことのない高さの銀時の声。 堪えきれず土方は銀時の背を抱き起こし、腕に抱いてその顔を覗きこむ。 「オイ、どんな具合だ?苦しいとこはねぇか?」 「んぁ…なにこれ……サイアク…」 銀時の手が動いて顔にまといつく包帯を剥がそうとする。 吸いつくような肌、しっとり水気を含んだ艶やかな唇。 細い肩は抱きしめても腕が余る。 「よォ、俺の…」 笑いかけて土方は銀時の眼から包帯を外す。 「花嫁さん?」
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花野アナは息を切らして走っている。 「なんとか挙式の取材に間に合いそうです!」 大江戸テレビ局に引き返した撮影クルーは中継車で屯所に向かった。 目的地一帯の道路は真選組に封鎖されていた。 歩行者は立ち入りを制限されていなかったため、彼らは撮影機材を担ぐと自分たちの足で走り始めた。 「このっ…右手に続いている塀が、もう屯所の塀なんです、結婚式はまさにこの向こうで執り行われるわけですっ! …あっ、あれはなんでしょう!?」 花野アナは行く手に群がる人垣を指す。 カメラがその光景を写しだす。 真選組屯所の正門には数十人の男女が押しかけて門衛と向かい合っていた。 「お連れできないって、どういうことかしら?」 にこにこと笑みを浮かべた人物が中心にいる。 ハチマキを締め、タスキ袴で薙刀を携え、すっかり戦闘態勢を整えた志村妙。 「新ちゃんのことで銀さんに聞きたいことがあるの。さっさと銀さんを呼んできてくださいな。今日は土方さんとの結婚式なんでしょう?新ちゃんを凶悪テロリスト集団に追いやったまま自分だけ幸せになろうなんて許せないわ」 ずい、と一歩、門へ踏み出す。 「銀さんが出てこないならこちらから行きます。どいてちょうだい」 「こっ、困ります、姐さん」 真選組の門衛たちが弱りはてる。 「誰も入れるなって命令なんで…!」 「あら。そんな命令、誰が出しているのかしら?近藤さん?」 妙は笑んだまま首をかしげる。 「だったらあのゴリラも潰す。まとめて潰すわ。よくも新ちゃんを犯罪者ふぜいの仲間入りさせてくれたわね。新ちゃんの口から聞くまでは信じませんよ。あのダメ侍に失恋して世をはかなんでテロに走ったなんて」 ブンっ、と薙刀が空を切る。 とっさに隊士たちは腰の刀を掴む。 妙の眼の色が変わる。 「やんのかコラ?」 「い…いえっ、滅相もありませんッ!」 隊士たちが平伏せんばかりに頭を下げる。
「大変なことが発覚しました、どうやら三角関係のようですっ」 花野アナがカメラを振り向く。
「婚約者の方に恋人がいたということでしょうか、結婚式当日に波乱含みの展開です! 引き続き我々は真相を確かめるため、この場に留まりたいと思いますっ!」 「なにをやってんだ、お前ら」 そのとき。 騒ぎを嗅ぎつけたのか、どこからともなく一人の男がやってきた。 「もうそろそろ時間だぞ、悪いが地域住民の方々にはお引き取り願わんと…、あっ、お妙さんッ!」 紋付袴に帯刀した正装の近藤は嬉しそうに眼を輝かせる。 「まさか貴女が俺を訪ねてくれるなんて、今日はなんて良い日だ!俺は幸せな男です…!」 眼を潤ませて敬礼する。 「お妙さん、まぶしいほど美しいですねッ!その薙刀、本当にお似合いですッ! で、どうしたんですか?こんなに大勢引き連れて。もしかしてトシと銀時の祝言に合わせて俺とダブル挙式をやっちゃおうとか!? ぐふっ!」 「誰がゴリラの世話係に就任するって言いました?」 薙刀の柄の先を近藤の腹に突きこむ。 大柄な男が腹から二つ折りになる。 「私の用件はただひとつ。新ちゃんを取り戻したいの。それにはあのダメ侍と話をつけなきゃならないわ。新ちゃんをフッて土方さんに愛を囁かれようだなんて。覚悟はできてるんでしょうね、あの天パ」 にっこり笑いながら指の骨をバキバキ鳴らす。 「今すぐここへ連れてきてくださる?」 妙の後ろには彼女に加勢する数十人のキャバ嬢が立ち並んでいる。 近藤は腹を押さえながら汗を浮かべる。 「いや、銀時は…今日は、表に出すわけにはいかなくてな、」 「そうなんですか。ならこちらから行くわ。お構いなく」 「ちょ、ちょちょちょ、待っ…!」 すれ違って門に踏み入れた妙を押しとどめる。 「挙式は幕府の重鎮たちの名代が居並ぶ予定でして、一般の方はお妙さんのお知り合いといえど、お招きするわけには…!」 「それは無いんじゃないの、近藤っち~」 横からザラついた男の声が軽く挟んでくる。 「俺たちさ、ずっと銀さんに会わせてくれって毎日ここへ来てたよね? おたくら、まったく会わせてくれなかったじゃん。そのまま結婚式を敢行しようなんて、そんなのおとなしくハイそうですかって引き下がれると思う?」 いつもの短い上着と膝までのズボン。 グラサンの鼻あてをずり上げながら長谷川泰三がキャバ嬢の後ろから歩き出てくる。 「どうも臭いんだよね、陰謀のニオイがぷんぷんする」 キャバ嬢たちが長谷川の異臭を追いやろうと顔を顰めて手を振る。 少し泣きそうになりながら彼は袴を押さえる。 「俺はアンタらのこともキライじゃないし。できれば波風立てたくないんだけどさ」 気を取り直して門の背後に広がる青空を見上げる。 「ダチが困ってるなら話は別だ。アイツが女になってまで野郎との結婚を望んでるなんて到底思えねェ。本人から直接事情を聞くまでは引き下がらないよ。腕づくでもここを通らせてもらう」 屯所の空は、今は機影ひとつない。 招かれざる者たちが一掃されたそこには晴れやかな静けさが広がっている。 「長谷川さん…、」 近藤は苦し気な顔をする。 「だったら俺たちは、アンタを逮捕しなきゃならなくなる」 「では我々も参戦しましょう」 逆方向からザッと、華美な装飾を身につけた男たちの一団が進み出る。 「私も納得のいかない者の一人です。なぜ友人である我々が銀さんと会って真意を聞くことができないのか。いやがる銀さんを女性として妻に娶るなど許されるはずがない」 フワフワの襟も美々しいナンバーワンホスト、本城狂死郎。 後ろにはアフロ頭の八郎も控えている。 「女性のために犯罪者の汚名を着るのはホストにとって栄誉ある勲章です。手加減なくいかせてもらいますよ、近藤さん」 「ちょっ店長、銀さんは女性じゃないからね。れっきとした野郎だからね」 「もう性転換させられてるでしょう。この人たちの手によってね」 「なんかテンションあがってない? まあ、中身が銀さんであれだけの美形だからね。気だるい瞳でつまんなそうに赤い唇とがらせてシッシッて追い払われたらオレ速攻で猛獣になれるわ、解るよ」 「いや解らないです。貴方とは違うんで」 「正直、銀さんが他の野郎に処女散らされるとこ考えると興奮して夜も…いや、俺が言いたいのはね、本人が嫌がってる結婚なんか認めないって、ホントそれだけだよ」 「もういいわ。男の妄想という汚物を垂れ流さないでくださいな」 妙が長谷川に肘鉄をくれる。 「それよりどうするつもりですか、近藤さん。これだけの人数を相手に、これから結婚式という場所で一戦交える騒動をお望みかしら?幕府の偉い人たちも居るんでしょう、真選組の不始末になりますよ」 「できれば皆さんには、お妙さんだけ残して穏便に引き上げてもらいたいんですが!」 「そうはいきません。ここまで気合い入れて準備して手ぶらで帰るなんて冗談じゃないわ」 「いやだから、お妙さんだけは残ってくださって結構です! 式が終わったあと銀時にでもなんでも会わせますから!」 「式が終わった後じゃ意味がない」 狂死郎が実戦の気合いを露わにする。 「私たちの目的は銀さんの救出です。意にそまない結婚なんてさせません」 「銀さんを取り返しにきた。ぶっちゃけ、そういうことだから」 長谷川も武器を取り出す。 モップのようなデッキブラシのような掃除道具を構え持つ。 「頼むから穏当に銀さんに会わせてくれよ。事情があるのは解ってるし事と次第によっちゃオレは引き下がるつもりだからさ」
「お聞きになりましたでしょうか?ここへ集まった人々は結婚式の中止を求めていますっ!」 花野アナが声を潜める。 「婚約者の方を強奪しに来たと公言してはばかりません!現場は緊迫しています!」
「う~む…」 腕組みして近藤は考えを巡らせる。 その体躯に皆の視線が集まる。 局長の号令と同時に行動を起こせるよう隊士たちは戦闘体勢を取る。 対するホストやキャバ嬢も各々の得物を握りこむ。 「よし、わかった!」 皆が固唾を飲んで近藤の顔を見つめる。 「今から30分だけ屯所への立ち入りを許可します! だが式が始まる前に御退出いただくぞ! そこはこちらも譲れない一線だ、なんとしても厳守でお願いしたいッ!」 ワッと歓声があがる。 「人数を確認させてください、ズルはしないように! こちらも逮捕者を出したくは、…ちょ、聞いてる!?」 正門に一気に押し寄せる人の勢いに押されて近藤が後退る。 「待って、まだだって、そんなに押したら…危ねーっ!」 気勢を上げて正門を突破するキャバ嬢たち、それに続く勇み足のホストたちに押し切られ、近藤と門衛たちは敷地の内側へ流されていく。 車寄せの広いスペースと、正面のいかつい建物、立ち並ぶ植木。 一般市民とはいえ武装した彼らが屯所内へなだれこみ、各自の直感を働かせてあちこち散らばっていこうとしたとき。 「待ちなせえ」 ヒュウゥゥ…と飛来音。続いて腹にズシンと響く振動、同時に足元の地面が炸裂する。 「そんな格好でウロチョロされちゃかなわねーや」 土煙、耳閉感、げほげほしながら悲鳴をあげて逃げ出す人々を一箇所に集めるよう第二弾、第三弾が浴びせられる。 「どこ行くつもりでィ。屯所内を勝手に歩くのは禁止ですぜ。一匹たりとも逃さないんで、ついてきなせェ」 煙の薄れた向こうにバズーカ砲を担いで立つ一人の青年。 「狙いは土方さんの首でしょ。解ってまさァ、案内するぜぃ」 青年の周りには十数人の武装隊士が控えている。
屯所の護りを担う真選組の一番隊だった。 |
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「ごほっごほっ…ひどっ…、も~荒っぽいのなんとかなりません!?一般市民を撃つなんてひどすぎますっ!」 花野アナはマイクを握ったまま最前列に混じっていた。 「え~、真選組は人々を受け入れ、事態の収拾に当たる模様です! 我々は彼らに同行し、その様子をしっかりと伝えたいと思います!」 妙、長谷川、狂死郎を先頭とする一団が撮影クルーと共に一番隊に率いられていく。 彼らが誘導するのは屋外だ。 建物には入らず、ちょっとした隙間を抜けながら土の地面をそのまま歩いて裏へ裏へと回りこんでいく。
「ずいぶん歩くのね」 妙は付かず離れず当然のように妙のそばを同行している近藤に笑顔で尋ねる。 「道順を解らなくしてケムにまこうったってそうはいきませんよ」 「いや、そんなことはありませんよ!ちょっと入り組んでますけど、これは警備上の問題でね!ガッハッハッハ!」 「同じようなとこ何回も通ってる気がするけど、違うのかな?」 長谷川は来た方を振り返る。 「皆ちゃんと付いてきてる?通路が狭くて一人二人ずつしか通れないから最後尾が見えなくなっちゃった」 「大勢を一気に攻めこませないための造りですね。ここが砦となる真選組の本陣であれば当然の備えでしょう」 狂死郎が前後を見回す。 「それにしても長い。まるで迷路だ。味方はすっかり縦長一列に引き伸ばされてしまったが…」 「真選組の屯所ってさ、そんなに広大無辺じゃないよね。普通の武家屋敷くらいの規模だよね?これじゃまるでターミナルの地下動力部くらいの勢いなんだけど。なんでこんな広いわけ?オレたち異次元に迷いこんだ?」 「ちっぽけな孤島に大渓谷が横たわり、空を圧する絶壁が押し続き、果ても知らぬ大森林が打ち続く…」 前を歩いていた沖田がバズーカごと振り返って長谷川の呟きに応える。 「『パノラマ島奇談』て大作がありやしてね、それに出てくるのと同じ仕掛けでさァ。俺たちは屯所を堅固な要塞に造り替え、ついにパノラマ島にすることに成功したんで」 「パノラマ島?じゃ、じゃあ俺たち、全裸で鬼ごっこのアダムとイブにされちゃうわけェ!?」 「そんなワイセツ物の陳列はしてねーです」 沖田は、両側の建物が迫った細い通路から、やっとひらけた場所へ一同を連れて踏み出していく。 「ここに陳列されるのはもっと卑猥なもんでさァ。花婿の土方さんと、すっかり変わっちまった万事屋の旦那」 若いながらも風情よく整えられた立ち木、適所に配された庭石。 ちょっとした岩山から流れこむ滝を受けて水音と波紋を広げる涼やかな池。 艶やかな曲線を形づくる鮮やかな緑の濃淡に陽光が降り注いでいる。 「ここは…、」 池の手前に大きな日よけの和傘がひとつ、立てられている。 ゴミひとつなく掃き清められた玉砂利に赤い毛氈が敷かれ、漆塗りの腰掛けが設置され、そこに立つ主役を待ち構えている。 「結婚式場!?」 通路から出てきた者たちは目を瞬かせる。 あとからあとからやってきて、通路付近にキャバ嬢とホストが溜まっていく。 玉砂利の緋毛氈の周りには真選組の隊士が紋付を着けてたむろし、手持ち無沙汰に、しかしソワソワと談笑している。 彼らが気にしているのは庭に面した家屋の廊下。 視線はその一方向へチラチラと向けられている。 「どうしたんですか局長、沖田隊長」 大切な瞬間を見逃すまいと待ち構えながらも、彼らの上司の到来には気づいていて隊士たちは次々にペコリと会釈する。 彼らが連れてきた派手かつ武装した民間人にはどうしたものかと顔を見合わせていたが、その中から抜け出てきたのは監察役の山崎退だった。 「どうしたもこうしたも、お妙さんが話があるって訪ねてきてくれたんだ。お通ししないわけにいかないだろう?」 近藤はキリッと締まった表情で山崎に説明する。 「いっそ挙式に参列してもらえば夫婦みたいで格好がつくしな!」 「誰が夫婦?」 後ろから妙に薙刀の柄で尻を突かれる。 「聞こえなかったのかしら。私は新ちゃんの手がかりが欲しいの。銀さんに新ちゃんのことを聞こうと思って」 「でも局長、もうすぐ副長たちが出て来る時間ですし」 山崎は遠慮がちに引きつり笑う。 「一般人がいたら、マズイのでは?」 「挙式の前に、銀さんと我々で話をさせてください」 狂死郎が近藤、山崎のやりとりに割って入る。 「30分の立ち入りを許可されています。その間の我々の行動は容認されますよね?」 「あ~、局長が許可したんですか…」 山崎は頭を掻く。彼も正装だ。 「まいったな、これから写真撮影なんですよ」 「写真撮影?挙式は…!?」 「ええ、午後からの挙式ですけど、そのときはお偉いさんが一杯ですからね。幕閣のお歴々を待たせて俺たちだけでワイワイ内輪の記念撮影なんてできないでしょ?」 池を背景にしたセッティングを振り返る。 役番のない隊士たちが慣れぬ正装にかしこまって陽気につどっている。 「だからお客さんが来る前にここで好きなだけ写そうと思いまして。副長も万事屋の旦那もすっかり準備を整えて式に出る格好ですし、式の前のリハーサルにはちょうどいいかなって」 「そう。それならこちらも都合がいいわ」 妙が笑顔のまま薙刀を斜めに持って進み出る。 「写真撮影の前にあのダメ侍を討つ。新ちゃんの仇、足腰立たなくなるまで叩き潰してあげなくちゃね」 「その前に銀さんの気持ちを確かめましょう」 狂死郎が念を押す。 「どういうつもりで性転換や結婚を承諾したのか。不本意ななりゆきではないのか。もしそうだとしたら、お妙さん。貴女の仇討ちを看過するわけにはいかない」 「そういや銀さん、もう性転換したの?」 長谷川がキョロキョロし、皆の見ている建物の縁側廊下へグラサンを向ける。 「銀さんがバイトでオカマバーの女装してたの見たけどさぁ、あんな感じかね。タッパがあって肩幅広くてドスドス歩く感じの…」
「やっと追いつきました、…あっ!ここはあの、秘密の中庭ですね!」 キャバ嬢やホストをこまめに取材してコメントを取っていた花野アナが、ようやく撮影クルーとともにやってきた。 「通常は隊士の方々も立入禁止という特別な場所だそうですが、今日は皆さん、特別におめかしして揃ってらっしゃいます。一般隊士の皆さんに副長さんの結婚式をどのような思いで迎えているのか、少しお話を伺ってみましょう!」 「ちょ、困るよ! この通路、全部撮ったんじゃないだろうね!? ここ、企業秘密だからね!」 「来るときはカメラ回しっぱなしだと思いますけど」 慌てる近藤に花野アナが答える。 「でも我々は抗議者の声をお聞きしていたので、人物以外の写しちゃ悪いものは撮ってませんよ?」 「カットしといてくれよなっ!」 近藤が撮影クルーに言い放つ。 「編集とか、お茶の間に流す前にやるよね!?そんとき背景をモザイク処理できるんだよね!?」 「これ、生中継です」 カメラ脇のAD(アシスタントディレクター)がダメ、の手を振る。 近藤は衝撃を受けて強張った表情のまま立ち尽くす。 「そんなことより、いつになったら来るんですか」 妙が焦れる。 「支度の場へ乗りこんでいってもいいのだけど」 「まさか体調を崩したとか」 狂死郎が案じる。 「邪道なクスリで意識を失うこともあると聞きます」 「お化粧に手間取ってるんじゃないの~?」 長谷川はニヤニヤ笑いで廊下を眺めている。 「女はさァ、出掛けに突拍子もないところで引っかかって嘘だろ?ってほど時間かかるからさ」
そのとき。 家屋の一番近いところで、庭と建物を仕切る柵に身を乗り出していた隊士が叫んだ。 「き、きた! きたきた、きたぁ~っ!!」 「え?来た?来たんですか?」 花野アナが隊士たちの中で振り返る。 「どこですか、どんな…? きゃ、きゃああああ!」 うぉおおおおーッ という地面から響くような雄叫びとともに、隊士たちが仕切りの柵めざして殺到する。 花野アナと撮影クルーは隊士の勢いにもみくちゃにされて踏鞴(たたら)を踏む。 妙、狂死郎、彼らの加勢の者たちと長谷川も、つられて隊士たちの後ろへ踏み出し、しまいに駆け足になる。 近藤は誇らしげにそちらを見守り、頭の後ろに両腕を組んだ沖田は無関心を装って横を向いている。
先導は長身の隊士、護衛の隈無清蔵。 後ろに雄々しい花婿、勇壮ですらある黒の紋付を着けた土方が続いている。 その横に、白く可憐な存在。 綿帽子をすっぽりかぶって顔は見えない。 うつむいた銀色の前髪だけが見え隠れする。 小柄な肩に真っ白な打ち掛けを羽織り、背は花婿の肩ほどまでしかなく、華奢な身体は掛下の着物も帯も足袋も、帯に挟んだ懐剣の柄飾りまで全て白一色に包まれ統一されている。 花婿に寄り添われ、手を引かれ、一歩一歩慎重に歩くさまは、とても武人の銀時と同じ人物とは思えない。 なにより背格好が違う。 線の細い少女のような。 「ぎ、ぎ、ぎ………銀さん、…?」 一同、目を疑う。 気遣われ、いたわられながら踏み石を降り、段差に戸惑いながら花婿に支えられて白い草履をはき、袖から覗いた白い手で着物の裾を持ち上げて庭へやってきた清楚な花嫁。 呼びかけに、ぴくっと足を止める。 中庭に出る柵の手前。 皆が柵にすずなりになって凝視する。 「おまえら…」 そろそろと綿帽子の頭があがる。 「なんでこんなとこに居んの?」 高い鳥のさえずりのような微かな声。 友人たちを見る、綿帽子の下に現れたしっかりと見据える両の瞳。 世人の視線を惹きつけてやまない整った顔立ち、危ういほどに細い首すじ。 化粧を施されたその肌はみずみずしい透明感に光を放つ。 ほんのり彩りを加えられた目元と頬、ぷっくりした紅い唇は扇情的ですらあって。 あどけない子供のような柔らかな輪郭、丸っこい目尻のラインは人懐っこさを滲ませる。
まちがいない。
続く |
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柵から乗り出した隊士たちが絶句し、目をギョロつかせて白い花嫁姿を眺めている。 息をするのを拒むようにムッと口を引き結び、決死の形相で視線を銀時のあちこちに這わせている。 その数瞬のち、呼吸が崩れるように思い思いの動きを展開させる。 「姐さん…っ!」 「貴方の為なら死ねるっ、いや死にますマジで!」 「俺が護るんだァ!!」 「いやオレだァ!」 「これからは毎日屯所に居るなんて…死ぬ、死ねるぅーッ!」 銀時に向かって騒ぐ者もいれば、携帯画面を見つめてシャッターを切ったり、一心不乱にメールを打ったり、どこかへ走っていく者もある。 「副長死ねーッ!」 「そうだ死ねぇ~!!」 「押すなーっ、柵が、壊れる、保たねぇーっ!」 「メキメキいってるぞ、押すなって!」 「触ったら斬首、覗いたら切腹ってマジすか、アンタぁ!」 柵が撓(たわ)む。 隊士の重みを支えきれずに壊れ始める。 先導の隈無清蔵は後ろへ片手を差し伸べて花婿たちの足を止めている。 苦々しい顔で隊士たちを睨んでいる土方と、立ち止まったまま俯いている白無垢の銀時。 庭と屋敷を隔てる唯一の柵が倒れれば勢いのまま隊士たちが花嫁の銀時に殺到するのは分かりきっている。 いやな音を立てて柵が倒されていく。 「う、おぉォー!」 傾いた柵を乗り越えて隊士たちがついに屋敷の域に踏み込んでくる。 思わず土方は銀時の前に立ち、その身を抱いて自分の後ろへ隠す。 隊士たちに悪気が無いのは解っている。 しかし彼らの形相に土方は緊張を漲らせる。 「感心しませんな」 闇雲に馳せる隊士たちの前に立ちはだかったのは、穏やかな、しかし有無を言わせぬ物腰の護衛、隈無清蔵だった。 「その勢いで詰めかけては花嫁の衣装に泥が飛びます。屯所で執りおこなう栄えある第一回目の祝言に、そんな汚点を許せますか?よごれた衣装のままこの人を幕閣たちの笑いものにしたいという人が、この中に居るのでしょうか?」 高らかに呼びかける隈無の声に隊士たちの足が鈍る。 「それでも己の欲望のまま花嫁に接近したいという者は来るといいでしょう。その不届き者には、もれなく…」 バシュッ、バシュッと隊士たちの足元に何かが撃ちこまれる。 声をあげてそれを避けようと飛び跳ねる。 被弾した地面には毒々しい紫の塗料が弾けている。 撃ちこまれたのはペイント弾、撃ったのは頭上の屋根にいた白い隊服の一団だった。 「この『今月の給料から不届き料さっぴき弾』をお見舞いします。一ヶ月ほど着色は取れませんので、各自どんな目に遭うかはご想像ください」 少し。 いやかなり隊士たちは正気に返る。 目の前には彼らの愛おしい憧れの人、しかしその隣りで怒りの眼を吊り上げているのは。 「や…やべ…!」 「いや、オレたちは何も…、……すいませんした、」 それが隊士たち一流の祝福であることも。 銀時の清淑な花嫁姿に血迷っての悪乗りとも、土方は解っているだろう。 しかしその紫の塗料がこびりついた一ヶ月は会うたび殴られること必至。 バツが悪そうに、未練タラタラ、けれども最終的に隊士たちは乗り越えてきた柵の向こうへ、てんでに引き上げていった。 「やっと道が開けました」 見届けて隈無は二人に前を指し示す。 「どうぞ、お進みください」 地面に炸裂した塗料を避けて、何事もなかったように隈無が先導を再開する。 土方が気がかりそうに銀時を見る。 「歩けるか?」 「ん…、」 小さく頷いて銀時は土方の袖に手をかける。 その指先を掬い取るように腕に引き受けて土方は自分の花嫁とともに前へ踏み出す。 飛び石をひとつひとつ確かめるように銀時は草履で踏んで越えていく。 銀時は俯き、土方も花嫁の足元に注意を払っている。 「銀さん」 隊士たちが歪めた柵から庭へ出ようとしたとき。 「…おめでとう。とってもキレイだよ…!」 グスッと鼻を啜る長谷川の声。 「なんてお似合いなんだ…!こんな良い野郎に想われて、銀さんもそいつを信頼してんだな。見てりゃ解るよ…」 「長谷川さん…」 銀時はそちらを見る。 しっとりと嫋(たお)やかな花嫁の面差しが長谷川に向けられる。 「なんでこんなとこ来たの?」 「なんで、って…た、助けに? ってか、アレ?なんでだろ?」 「俺、長谷川さんに助けに来てって言ったっけ?」 「い、いやぁ…、」 「まあいいや。祝儀もってきたよな?」 「え、祝儀って?」 「式に祝いに来るなら用意してくんだろ?社会人なんだからよ」 「す、すいません」 咲き誇ろうとほころびかけた純真な花、なのに唇が開いて可憐な声で告げるのは長谷川がよく知る銀髪の友人が述べる口上そのもので。 長谷川の鼻のグズつきが止まる。 「あの…銀さん、目、良くなったの?」 「あ。すっごい良くなった」 こともなく銀時は潤んだ瞳を瞬(またた)かせる。 「それより祝儀。ツケにしといてやるからあとでちゃんと持ってこいよな」 「は、ハイ…」 「俺、長谷川さんに書いたよね。祝儀よこせって。なんで祝儀も無しに来てんだよ」 「なんでじゃありませんよ。それが苦労して乗りこんできた人間に言う台詞ですか」 妙が銀時の前に立ちはだかる。 「自分こそ、私たちにこんな手間を掛けさせておいて、なんでそんな格好になってるんです?」 きつく見下げる際どい笑顔で言い渡す。 「だいたい天パのくせに私より可愛いなんて許せない。殺しますよ?」 「ちょっ…!」 土方が焦って妙を遮ろうとしたとき。 銀時が両手でそれをとどめさせる。 「オメーもなにしに来たの?俺のツラ見にきたってわけじゃねーだろ。ぞろぞろ大勢いるとこ見ると、さしずめ暴れに来たのか」 「新ちゃんのことを聞きに来たの。銀さん、新ちゃんをフッたんですって?」
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「新八なんかフッてませんー」 銀時は気怠く言い返す。 「正確に言うと、フってる暇なんかありませんでしたァ。銀さんは僕のもの宣言したあと後悔すんなつって走り去ってっちまったんだからよ」 「なんですって。それじゃまるで新ちゃんが勝手に告白して玉砕したみたいじゃないの」 「その通りだけど」 「ますます認められないわ。新ちゃんの片想いの挙句、勘違いからのストーキング宣言だなんて。銀さん、新ちゃんのどこがダメだったんです?」 「どこがって。新八は弟みてーなモンだ。そういう関係にゃなれねーよ」 「新ちゃんはダメで、土方さんは良かったわけ?」 「…お前なァ。俺と新八が結ばれても良かったの?」 「あらいやだ。もォ、そんなの絶対ダメに決まってるでしょう」 ホホっと妙は口を押さえる。 「あんな目と眉の離れた稼ぎの悪いダメ侍なんてお断りよ。でも銀さんが女の子になってまで他の人とくっついて新ちゃんをフるなんて、そっちのがダメに決まってんだろーが」 妙の機嫌の悪い目つきが殺気走る。 土方と隈無が身構える。 得物をブン回すべく妙が握り手を変えたとき。 「アネゴー!!」 母屋の縁側から身軽い人影が飛び跳ねてきた。 「いらっしゃいマセヨ~!来てくれて嬉しいアル!」 「まああ、神楽ちゃん!」 妙は走りこんできた少女に声を弾ませる。 「おめかししたのね。とっても似合ってるわ、素敵よ」 「えへへ~!」 神楽は妙の腕にぶら下がってご満悦の体になる。 金銀の縫い取りをした薄桃色のチャイナ服に髪飾り。
神楽も祝いの席に加わる絢爛な身支度をしていた。 「おぅ、チャイナ。化けたじゃねーかィ」 沖田がわざわざ歩み寄ってきて声を掛ける。 「めでてェときの菓子みてーなナリしやがって。うまそうなんで食っていいですかィ」 「オマエに食わせるもんなんかひとつもないアル」 「なんでぃケチ」 カシャ、と音がして沖田が差し出した携帯カメラに神楽の姿が収まる。 「まあいいや、これでメシ3杯はいける。タダでいいオカズが手に入ったぜぃ」 「ちょっと、タダってなにアルカ。ワタシにもゴハンとタクアン回せヨ!」 「あらあら神楽ちゃん、タダでセクハラされてるの? ダメよ、男子は振り回すくらいでないと」 「お妙さん!俺はいつでも貴女に振り回されてますっ!」 「半径2メートル以内に入ってきたら振り回しますよ?」 「うごおおおッ!」 歩き出しながらお妙は薙刀を振り回す。 足取り軽く神楽がそれに続き、沖田も歩調を合わせる。 彼らが場所を空けたことで、ようやく本日の主役の進路が確保される。 銀時は土方に伴われ、隈無に先導されてゆったり柵から中庭へ進み出てくる。 隊士たちは彼らを押し包むように写真撮影の池の前へ移動していく。 「銀さん」 その目前を遮ったのは本城狂死郎と八郎率いるホストたちだった。 「それがアナタの覚悟なんですね」 「…店長」 「しかと見届けました。アナタの愛の作法を。そうまでして貫こうとしているものを私には止めることなどできない」 「いや止めらんないとかじゃなくて。ソコは止めようよ。止めてください」 「アナタにこんな格好をさせているのはこの人なんですね」 狂死郎は隣りに立つ土方へ視線を移す。 「なんて罪作りな男なんだ。貴男には一生、敵いそうにない」 「そいつァどーも」 土方は軽く鼻で笑う。 「どんな形であれ祝いに来てくれたのは有り難てぇ。当分コイツはオメーらの顔見にいくことは無ぇからよ」 「それはどうでしょう?」 「ホストクラブでくだらねぇ火遊びなんざさせねぇつってんだ。コイツの幸せを守んのは俺だからな」 聞いて狂死郎の後ろのホストたちが色めき立つ。 土方の挑発に拳を握りガンを飛ばす者もある。 「…まあまあ」 含み笑いで両者を抑えたのは当の狂死郎だった。 「それは銀さん次第でしょうから。とりあえず貴男の銀さんへの愛は重々承知しました。我々が余計な手出しをするのは野暮というもの」 「おめーらホント何しに来たの?」 銀時は不満を露わにする。 「祝言ぶち壊しに来たとかじゃねーの?暴れるんならさァ、さっさとやれってんだよ。やらないんなら帰ってくんない?」 「カンベンしてくださいよ旦那ァ…、いや姐さん」 山崎が走りこんでくる。 「これから写真撮って、ウチウチの挨拶して、軽く乾杯するんですから。この人たちはブチ壊すより一緒に写真に入ってもらったらどうですか?」 「入んのかよ、こんな大人数」 「なんとかなります」 「典型的な迷路写真じゃねーか。自分の顔探すのが嫌んなるから却下」 「旦那は探さないでしょ? 真ん中なんですから」
「はい、こちらリポーターの花野です!」 中庭でカメラに向かって解説する。 「これから写真撮影が行われる模様です。ですが人が多くて花嫁花婿にまったく近づけません!」 庭の中でも人が立ち入れるスペースは限られている。 花野アナの背後には参拝を待つ初詣客のような喧騒が映しだされている。 「さきほどから、なんとかお二人の姿を捉えようとしているのですが…御覧いただけますでしょうか? 婚約者の方は無事に性転換を終え、本当に可愛らしい花嫁となって副長さんの隣りに寄り添っています! まさにお似合いの二人ですっ!」
池の前にしつらえた和傘の元に新郎新婦が佇んでいる。 その両側にズラリと紋付や隊服の男たちが並ぶ。 局長、各隊の隊長たち、役付きの者、監察方、伝令方、技術班、平隊士…と真選組の序列はこの上なく明確だ。 花嫁の綿帽子は彼らの肩より下にあるものの、姿勢のいいガッチリした男たちの真ん中にあって白い姿は強靱な輝かしい存在感を放ち、少しも見劣りすることはない。 「それじゃ撮りますよ~」 山崎は撮影会の世話役らしい。 三脚を立てた本格的な写真機を手慣れたしぐさで操作している。 「まずは俺たちだけで何枚か撮ります。そのあと御友人たちに入ってもらいますんで」 おのおの隊士たちはグッと顎を引き、胸を張ってカメラレンズを睨めつける。 銀時は袖から覗く指先を着物の前で揃え、うつむきがちに口を噤んで視線を落としている。 土方は片手に扇子を握りこみ、もう片手は皆から見えないよう、そっと銀時を支えるように添えている。 「こっち見てくださ~い、笑って笑って~」 山崎がケーブル状のシャッターボタンのスイッチを手の中で押しこむ。 「はい、チーズ!」 カシャと慎ましい音がして、この瞬間が平面に記録される。 「まだもう一枚いきます。今度は俺も入るんで」 皆が姿勢を崩さないでいると山崎はカメラを覗きこんでタイマーを仕掛けている。
「いつもは強面(こわもて)な隊士の方々が、まるで七五三のようですね!」 キャバ嬢やホストが撮影の様子を眺めている。 その間を縫って花野アナがようやく見物人たちの最前列に至る。 「このあと我々のカメラがお二人に密着し、至高の花嫁となった坂田銀時さんの変身を上から下まで詳しくお伝えしていきま~す!」
「あれ、誰アルか?」 撮影を見守っていた人々に混じって神楽が屯所の屋根の陰を指す。 「あんなところから見下ろすなんてお行儀が悪いネ。しかもあの仮装。いやな気分アル」 「えっ、仮装?」 近くにいた長谷川が首を曲げてそちらを見上げる。 屯所の切妻屋根の合間に居たのは。
「ワハハハハハ!真選組諸君、この程度でこの桂の足を止められると思ったら大間違いだ!」 まったく瞬間を同じくして。 庭の正面、一般道路に面した長塀の上に。 長谷川が食い入るように見ているモノとは真逆の方向から、高らかな笑いと共に腕組みした桂、お供のエリザベスが現れ、決起した攘夷党の武装志士たちがワラワラと梯子を掛けて登ってくる。 「貴様らのような幕府の犬が、白夜叉と呼ばれ夷狄に立ち向かった最後の攘夷志士(もののふ)、我らの最強の武神を捕らえ娶ろうなどとは笑止千万。こんな縁組は絶対に認めん。よって桂小太郎、ならびに我と志を同じくする攘夷党有志はこの祝言を問答無用で阻止し、貴様ら真選組に天誅をくだす!」 ビシッと近藤に人差し指を向けて宣言する。 そのまま身を乗り出してキョロキョロする。 「銀時!迎えにきたぞ。どこにいる?」 「ここだ、ここ」 真選組の黒ずくめの中央で銀時が応える。 「お前、目ェ悪いの?真ん中でこんな格好してんのに見えないわけ?」 「おおそこに居たのか。ちんまいので気がつかなかった。…ん? き、貴様、なんという格好だっ」 桂は顔を赤らめて片手で目を覆いながら銀時を睨む。 「おなごのような格好で副長土方と並び立つとは、まるで心身ともにその男のものになろうと宣言してるようではないか、破廉恥なッ!」 「だからそうなの」 銀時は半眼を桂に向ける。 「これはそういう宣言のセレモニーなの。結婚式なんだからよ」 「なんだと?考えなおせ。貴様は若いんだ、十分やりなおせる」 桂は覆いを外して正視する。 「というか本当に縮んでないか? ははァん、さては若返ったな? 道理で見たことあると思った」 我が意を得たりと笑みを浮かべる。
「貴様はアレだ、俺と一緒にヤンチャ坊主に就任してた往年の白夜叉そのものだ」 「白夜叉…あなたを幕府には渡すまい!」 腹にたまった怒りが彼らの腕をブルリと震わせる。 対する真選組も満を持して応戦する。 着物の者は襷をかけて用意の愛刀を携える。 「二人とも下がってろ。トシ、銀時を頼むぞ」
「アァ。解ってる」 長谷川は慌てふためいて言葉が出てこない。 意味不明な単語を発しながら辺りを見回して伝えるべき相手を探す。 周りは攘夷党の襲撃に気を取られている。 「し、…新八君…!」 長谷川は小声で叫ぶ。 「ダメだよ、来ちゃ…!」 「新ちゃん?」 妙が長谷川を振り見る。 「今、長谷川さん、新ちゃんって…」 長谷川の視線を辿ってそちらを見る。 『それ』が目に入る。 短く息を飲む。 「あれが!? う、嘘よ!あれが新ちゃんのわけ…!」 「新八…?」 神楽は首を傾げる。 だらりと垂れた腕、3メートルにも及ぶ巨体、崩れかけたリーゼント。 ヨダレを垂らし、焦点をなくし、カラクリめいた管を全身に生やした異形の者。 真選組屯所の屋根の陰から庭を見下ろしていたのは。
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花野アナが桂たちのいる塀めがけて移動する。 「あのうざったい長髪…桂です! 幕府から指名手配されている桂小太郎が、いったいなんのためにこの結婚式に現れたのでしょうか!?」 大江戸テレビの番組取材で真選組もろとも爆弾に巻き込まれた花野アナは桂たちに肉薄し、怒りの声を震わせる。 「ちょっと桂さん!非常識じゃありませんッ?敵とはいえ神聖な結婚式の最中ですよ、ここには一般市民の方たちだってたくさんいらっしゃるんです、弱きを助け強きを挫くラストサムライとして無関係な方たちを危険に曝すテロ行為に正当性があるとお考えですか!?」 「ラストサムライじゃない桂だ」 桂は塀の下へやってきた花野アナを見る。 「花野アナ殿ではないか。先だっては俺のせいでおぬしたちジャーナリストにまで怪我を負わせ、すまなんだな。テレビを見て猛省したぞ」 「本当に反省したんですか!?」 「うむ。ゆえに今日は炸薬は持ち合わせん」 「炸薬…えっ、それって爆弾持ってこなかったってことですよね?」 「そうだ。飛び道具は思わぬ者たちまで傷つける。その点を踏まえ、本日はこうして武士の魂のみ携えてきた」 腰の刀の柄に左手を乗せる。 「というか。このあたりは道路がすべて封鎖されてしまってな。車載するような重火器は運びこめなかったのだ。人力で検問をすりぬけ朝早くからこの地区へ侵入して今まで外でスタンバッていた。思ったより早く始まってくれて助かったぞ」 「いえ、まだ始まったわけでは…」 「おお、あのときのキャメラマンも居るのか。ならば覚えていよう、俺たち攘夷志士になくてはならん男…共に戦う運命をもった重要人物のことを」 「重要人物って、アンタが玄関に頭つっこんで、んまい棒チョコバー強奪されてた万事屋さんのことですか?」 「そうだ。坂田銀時こそ俺たちの命運を握る男。その銀時を真選組は…」 首を捻って近藤たちを見る。 「キャメラが来ているなら丁度いい、貴様ら真選組の卑劣なやり方を全国に向けて暴いてやる」 「おい桂…、やめろ」 近藤が顔色を変える。 「そんなことしたらアイツが…!」 「聞いて驚け! 恥知らずな真選組は純情な銀時をたぶらかして恋をしかけ、武士にあるまじき方法で俺たちを出し抜いて距離を縮め求婚したあげく銀時に『ウン』と言わせたのだァ!」 桂が大声で告発する。 「副長土方、ヤツが銀時と婚姻関係を結ぶにあたり銀時を攘夷党に迎える機会は永遠に失われた。銀時という貴重な人材を真選組に奪われたのだ。この落胆が解るか?」 花野アナを見る。 「なんとしても銀時を取り戻さねばならん。それが俺たち志士の悲願であり、本日の襲撃に俺たちを突き動かす原動力なのだ」 「そうなんですか!? あっ、もしかして…」 花野アナが声を上げる。 「朝から複数の攘夷グループが真選組に戦闘を仕掛けていたのはそういうことだったんでしょうか? 花嫁である坂田銀時さんを連れ去ろうとしていた、そう考えていいんですねっ!?」 「他の連中も来ていたのか。…ま、目的はひとつだろうな」 「そんな…彼らの目的が坂田さんだったなんて!」 花野アナの目が真剣になる。 「真選組と攘夷集団が坂田さんを巡って争っていたというのが事実なら、この結婚はなんらかの意図をもって仕組まれたものと考えることもできるわけですよねっ!?」 「もちろんだ」 桂が断言する。 「奴等が意図的に銀時を俺たちから取り上げたのは火を見るより明らかだからな」 「坂田さんは攘夷活動になくてはならない人物ということですが、いったい坂田さんとは攘夷浪士たちにとってどんな存在なんでしょう?」 「そうだな。銀時は頼りになるが暴れると怖くて逆らえない…ま、オカンだな」 「オカン!?お母さんっ!?」 「そのとおり。あれほど兵の士気を高められる人物を他に知らん」 「兵の士気を…!? 一体、坂田さんはどうやって…!?」 「フッ…知りたいか」 桂は得意気に笑う。 「これは知る人ぞ知る裏事情だから公言したくはないが。銀時は…いいか、これは秘密だぞ?かつて戦場で名を馳せた地球ルールUNOの名手なのだ。戦闘前は通常の3倍速でUNOを行う。冷静と情熱の間で兵の士気はどこまでも高まり、命知らずの働きにその身を投じて戦える、まさに攘夷の武神というわけだ」 「う…UNOですか?」 「うむ。血気にはやる武士(もののふ)たち相手に、勝利に必要な物はなにか、己を妨げるものはなにかといった思考を徹底的に引き出していく。あんなUNOが打てるのは銀時しかいない」 「…はぁ」 「銀時を獲得した真選組は出撃前のUNOで大変な戦果をあげることになる。俺たちは大切なUNO名人を奪われたのだ、これが幕府の陰謀でなくてなんだ!?」 「桂さん、それ陰謀でもなんでもないんじゃ…?」 花野アナは嫌そうに詰まる。 「たしかに士気を高めるのかもしれませんけど、攘夷活動になくてはならないというほどでは…」 「副長土方は真選組の頭脳と謳われる男。俺たちの戦力を削ぐため、あえて銀時に近づいたのだ。俺が銀時の説得にじっくり時間をかけてる隙に…許せん!」 「桂さんのあれは説得というより眼中になかった気もしますけど。坂田さんはUNOとか攘夷とか関係なく副長さんと結ばれた、そう考えることはできないでしょうか?」 「そこを突かれると痛い」 腕組みして目を伏せる。 「銀時が真選組なぞと結婚するハズがない。となるとアレは銀時ではないのかもしれない。アレは俺の知ってる銀時と見た目からして別人だからな」 桂は白い花嫁姿を眺める。 「たぶんアレ=伝説の白夜叉=銀時だと思うのだが…ちょっと自信ない。もしかして銀時じゃないかも」 「そんな良い加減なことで乗りこんできたんかい!?」 「真選組が往年のUNO名人、白夜叉を娶ると情報があったものでな。デマだったかな~?」 「てめ帰れ!」 向こうから銀時がドヤしつける。 「なにしに来てんの?邪魔と妨害ばっかしてんじゃねーよ!」 「結婚式に誰も乗りこまんのでは寂しいだろ?」 桂が笑みを含む。 「せめて俺だけでも祝儀をと思ってな。襲撃は俺からの心尽くしだ」
いつの間にか沖田が隊士を率いて桂と同じ長塀の上にあがっている。 「テレビ局もたまには使えるじゃねーか。時間稼ぎ、感謝しやす。民間人を安全な場所に誘導してコッチの体勢も整えたぜィ」 「沖田さん!」 花野アナが朗らかに振り向く。 庭にいたキャバ嬢やホストは建物や通路の陰に誘導され、そこかしこに武装した隊士が迎撃態勢をとっている。 樹木や岩陰に捕具を手にして待機する者、庭に面した建物の屋根から銃火器を構える者、塀の外の道路には装甲戦車まで押し寄せてくる。 真っ先に建物内へ立ち去ってしかるべき白無垢の花嫁は、しかし何故か花婿とともにその場にとどまり、池の端の和傘のもとで隈無をはじめとする護衛隊に手厚く守られている。 妙と神楽、長谷川は母屋に入るよう指示されながらも柵から身を乗り出して近藤の背中に押しとどめられている。 指差し叫ぼうとする彼らの声は近藤の必死の制止によって黙殺されていた。 「アンタも撮影隊も避難してくだせェ。こっから先は危険だ」 「あっ…はい!」 思わず飛び出した自分たちのジャーナリスト魂が功を奏したらしい。 しかしこれ以上の取材は生命にも関わる。 桂と沖田、両方を複雑な表情で見上げながら花野アナは撮影クルーとともに両者の激突を取材できる一番良い場所へと退いていく。
「貴様は」 桂が向き直る。 「真選組の…えーと誰だろう?どこかで見た覚えがあるのだが。まあいいや、わざわざこんなところまで倒されに来るとは殊勝なことだ」 「そいつはこっちの台詞でィ。まさかホントに此処から攻めてくるなんて、オメーらの脳味噌は土方さん以下でさァ」 「なんだと?しまった謀られたか! いや違うぞ、せっかく襲撃しやすい場所を用意してくれたのだ、誘いに乗ってやるのが情けというもの」 「負け惜しみは捕まってから好きなだけ吐きな」 「フン。減らず口は首が繋がっているうちに叩いておけ。勝負はなんにする?んまい棒早食いか?屯所猫の肉球ハントか?それともUNOを打つか?俺はUNO強いぞ~?」 「ずいぶんと舐められたもんですねィ。屯所の猫はオメーらなんかにハントされねェし、こんだけの人数でUNOなんか…たるくてやってらんねーやッ!」
桂も腰の刀に手を掛ける。 同じタイミングで二人の身体は宙に跳ぶ。 振り下ろし、薙ぎ払うその刀が撃ち込んだのは、互いの骨肉でも刀身でもなく、
庭の死角の屋根から銀時めがけて飛びこんできた異形の巨体、そのカラクリ仕掛けの両腕に桂と沖田の剣がめりこんだ。 『グォォォォォォォッ…サカタ………ギントキ…ィィィィ……!!』
退避させられたキャバ嬢がどこからか舞い降りた怪異に耳を押さえて叫びまくる。 ホストたちも硬直したまま腰が引けている。 花野アナはリポートを忘れて目の前の光景に見入り、スタッフは夢中でカメラを回している。 対照的に隊士たちは心得たように怪異を包囲し、ぬかりなく捕具を侵入者に向ける。 侵入者は一跳びで銀時まであと数メートルのところに迫っている。 近くにいる隊士たちが走りこんできて銀時の守りを厚くし、その最前で桂と沖田が敵の進攻を阻んでいた。
沖田が怪異の腕を受け止めた刀身をググ…と押し返す。 「こんな大仕掛けな舞台こさえてテメーが来なかったらどうしようと思ってやしたぜっ」
桂は怪異の腕に生えた刃の付け根を狙って押していく。 「それもこれも何もかもすべて高杉が悪い」
咆哮をあげて怪異は銀時のもとへ突き進もうとする。 させず桂と沖田が怪腕を封じて押しとどめる。 巨体が払いのけようと身をよじる。 銀時は和傘のもと、土方に抱きしめられたまま怪異に虚ろな眼を向けている。
近藤の号令が響き渡る。 その後ろで長谷川が声を張る。 「ヅラッち、それ新八君だから!電脳中枢幹で変身してるだけだから腕とか切らないでやって!」 「やめて、やめてぇぇぇ!」 妙が怪異に駆け寄っていこうとして近藤にとどめられている。 「新ちゃんを助けて、酷いことしないで!」 「お妙さん、落ち着いてください、ここは俺たちに任せて!」 「どうしちゃったの、何があったの新ちゃん!?そんな格好になっちゃって…なんで帰ってこないのよォ!」 「アネゴ、ワタシが行くヨ」 神楽が近藤の制止をすり抜ける。 「強いショックを与えれば新八きっと元に戻るネ。あのデカブツになって新八きっと苦しんでるアル。男は誰でもタマ蹴り上げれば変身なんか解けるって銀ちゃんが言ってたヨ」 「神楽ちゃん…!」 「やめろチャイナ娘!」 近藤は飛び出していく神楽と怪異、押さえて踏みとどまる沖田たちを一瞥する。 「捕獲銃、発射許可だッ!撃てーッ!」
いやに白い濃いペンキのような塊が怪異を狙い撃つ。 粘調性のゲル状物質はベチャリとへばりつくとそのまま固化して標的の動きをとめる。 沖田は銃の性質を前もって知っている。 桂は一瞬遅れて理解する。 ぎりぎりまで獲物を足止めして狙撃とともに飛び退く。 怪異は捕獲銃の弾道に残る。 命中、と思いきや両腕の邪魔が外れた怪異は超人的な脚力で銀時の頭上へ跳躍する。 「ほぁちゃーーーーーッ!」 銀時の目前へと跳び移ろうとした『岡田』に、しかし神楽の跳び蹴りが飛んだ。 「ぶふっ…!!」 「ぐはっ、リーダーっ!」 避けた桂と沖田めがけて巨体が跳ね飛ぶ。 その上に捕獲銃の粘調弾が降ってくる。 「新八ィ!正気に返るネ!」 委細かまわず神楽は『岡田』に馬乗りになって殴りかかろうとする。 『岡田』は驚異の腹筋で跳ね起きると、神楽をかわして銃弾を擦り抜ける。 「なっ…、」 長谷川、狂死郎、そして花野アナらは呆気にとられる。 見ていた誰もが愕然とする。 沖田、桂、そして神楽が捕獲弾の粘りに捕らわれて転がり、一塊となっていた。 「ちょ、お前ら邪魔ネ!」 神楽がもがく。 もがけばもがくほど自由がきかなくなっていく。 「こっち寄んな、早くこれ外してヨ!」 「やったぜ桂捕まえたぜ」 沖田は足をバタつかせる。 「このネバネバはそう簡単に取れやしねェ、桂ァ神妙にしなァ。ちょ、チャイナも動かないで」 「最新技術を妄信したか」 桂は二人の下敷きになっている。 「それを使うのは人間だということを失念しおって。……っ銀時!」 ハッと顔を起こす。 怪異は和傘のもとにいる銀時に迫っている。 隊士たちを薙ぎ払い、邪魔者をどかして笑いながら銀時に腕を伸ばす。 再び周り中から悲鳴が起こる。 捕獲銃は味方の巻きこみを危惧して撃ちあぐねている。 「お妙さん、ここにいてくださいッ」 近藤が羽織を脱いで妙に渡す。 「新八くんは絶対に大丈夫ですから!」 「で、でも…どうする気なんです?」 妙は羽織を受け取り、銀時を襲う怪人を見てうろたえる。 腰に刀を差して近藤は走っていく。 「体を張ってでも、アイツは俺が止めます!」
最後の護りの隈無も弾きとばされたとき。 「オイ。あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ」 ガキィ…と金属が金属を打ちつける音がして『岡田』の前に新郎が立ちはだかった。 銀時を後ろに置いて抜刀した土方が『岡田』の腕刀を阻んでいる。 「テメェは銀時に近づくな。指一本触らせねぇ。テメェが銀時を見ることも許さねぇ」 土方の低い声は感情がこもらない。 それだけに彼の激怒が伝わる。 「こいつはテメェの手の届く奴じゃねぇんだよ。連続辻斬り暴行犯、御禁制の闇商品保持および使用のかどで逮捕する。手向かえばこの場でテメェの命、もらいうける」 『グガ……ググ…』 「トシィィィィ!」 近藤が走りこんでくる。 振り上げられたもう片方の腕が土方に掴みかかる前に、近藤の剣がその腕を叩き伏せる。 『グギャァァァァァ…!』 再び両腕を押さえられた巨体が焦れてのけぞる。 その眼が届く距離の銀時を見下ろす。 『グゥ…、』 シュルシュルっと首の後ろから触手が滑り出る。 それが一斉に銀時に向かって伸びていく。
「無理だ近藤さん、銀時は…」 土方が叫ぶ。 銀時の周りにまともに立っている隊士はいない。 「銀時の眼は何も見えちゃいねぇんだ、遮光コンタクトでどうにか目ぇ開けてるだけなんだよ!」 「なんだと!?」 近藤が首を回して銀時をうかがう。 「クスリつかって治ったんじゃなかったのか!?」 「そこまで都合よくいかなかった、コンタクトは装着すると透明になって瞳が見える優れモンだ、見えるフリして眼ぇ動かしてただけだ!」 「そんな…、おまっ、じゃこの状況は」 近藤が引きつる。 「非常にまずくねーか…?」 「…クソがァ!」 土方は腕を弾きあげようとする。 『岡田』の腕は鉄の塊のようだ。 「ちょ…、傘ってドコ?」 銀時が周りの空間を手探る。 「なにも触んないんだけど!」 シュルル…と触手が迫る。 銀時は後ろへ下がろうとして漆塗りの椅子に蹴つまずく。 「んぁぁぁぁっ…!」 足をとられて後ろ向きによろめく。 宙に浮いた手首に触手が巻きつく。 「銀さん!」 銀時の身体を抱き取り、触手を素手で打ち払った者がいた。 横手から馳せ参じた黒い隊服の隊士。 自分の身体で銀時を庇い、触手を避けながら傘の下へと運びこむ。 「大丈夫ですか、銀さん?」 銀時の耳に、よく知る声が流れこんでくる。 「もう二度とあんなヤツにアンタを渡したりしませんからね!」 「し…新八!?」 銀時は声の方を振り見る。 それは息切れして上擦った新八の声だった。
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「本物の新八かよ、確かめさせろ…アレっ?眼鏡してなくね?」 銀時は真近な少年の顔面を掴む。 「本体どこだ、新八の本体!?」 「この忙しいのに、そのボケやらないと気が済まないんですかっ!?」 「だって大事なところだろ?新八かどうか。もしかしたら別人かもしれねーし」 「僕ですよ。コンタクトレンズで変装してたんです。近藤さんに頼んで、ここに潜り込むためにね」 「コンタクトレンズぅ? そんなの眼鏡掛け器ですらねぇじゃねーか! 認めないよ、俺はお前が新八だなんて!」 「すいません、今そのボケにかまってるヒマないんで」 「お前、どこにいたの? 何してたの? んでどっから出てきたんだよ!?」 「詳しい話はあとにしましょう」 「あとにしましょう、じゃねーよ! 勝手なことして行方不明になっちまうからどんだけの人間が心配したと思ってんだ!」 「もとはといえば銀さんが悪いんでしょう、こんな結婚するなんて言い出すから!」 「おまっ、ふざけんな! お前をアレにさせたのは俺なんじゃねーかってさんざん思いつめたんだからな、今ここでハッキリ聞かせてもらいますぅ!」 「そんなこと言ってる場合ですか、目の前に『岡田似蔵』の変身体がいるんですよ!?」 「この期に及んでウヤムヤにする気は無ぇ! 新八、お前、俺の結婚話を潰すためにアレに変身したのか? すべては俺にそういう欲求をぶつけるためだったのかよ!?」 「違いますよ! たしかに結婚には反対しましたけど、なんで僕がアンタにそういう欲求ぶつけなきゃならないんですか!」 「え、だってお前…俺に惚れてるんじゃないの?」 「僕のはそういうんじゃありません! 『ネオ紅桜』の中枢幹は弄ってましたけど、それは鍛錬に使えないかと思っただけで、変身なんかするわけないでしょう!」 「鍛錬? んじゃあ、あれ、お前じゃねーの!? 俺にいろいろしてきたのって…ま、まさか…」 「僕が変身してやったと思ったんですか。目の前で『紅桜』の最期を見届けた僕が『ネオ紅桜』なんかに手を出しませんよ!」 新八が言い切る。 「僕は『ネオ紅桜』で変身したことはありません。だいたい、専門家でもない限り普通の人間に変身なんて無理ですよ」 「そう…か。アレ、お前じゃなかったんだ」 銀時は深く息を吐く。 「んじゃ、後悔させてやるとか、道具を用意してたとか言ってたのは?」 「オモリとか竿とか、家で自主トレする道具です。こないだ銀さんが『紅桜』に本気になってたの見て、あのレベルで特訓すればアンタに本気になってもらえるかなって『ネオ紅桜』も手に入れましたけど、結局なんにも使えなかった」 新八は照れた声で告げる。 「僕はアンタに剣の稽古をつけてほしかったんです。身の程知らずなのは解ってるけど、一度くらい…パワー全開の銀さんと戦ってみたかったから」 「そっ…、」 銀時は瞑った目に力を入れる。 「それでこの騒ぎィ!? ちょ、おま。そーいうのはクチで言やいいだろーがぁ!」 「クチで言ったってアンタ特訓とか絶対してくれなかったじゃないかぁ!」 「とにもかくにも、あの泣けるインポ野郎はオメーじゃなかったんだな!?」 「なんですかその不名誉な称号ォ!」 新八が目を吊り上げる。
「なんのことか知らないけどッ、アンタのただれた交友関係を僕に当てはめないでくださいよ!」 妙が柵のもとから呼びかけてくる。 「自分の弟とはいえ眼鏡がないとイマイチ誰だか解らないわ。いつのまに真選組に居たの? 近藤さんも御承知だったんなら、志村家に連絡のひとつもないってどういうことかしら?」 「すみません、姉上」 新八が声を張り上げる。 「僕から近藤さんに頼みこんだんです、姉上にも内緒にして欲しいって」 「あら。それなら私がこんなところに乗りこんでくる必要は無かったってこと?」 ころころと妙は笑う。 「そんな勘違いをした覚えはありませんよ。かくなる上は新ちゃんが嘘を本当にしてしまえばいいのよ」 「あ、姉上!?」 「新ちゃん、銀時ちゃんを志村家の嫁として連れてきなさい。それなら家の敷居をまたがせてあげても良いわ」 「そんなの無理に決まってんでしょう! 銀さんはね、…うわあっと!」 怪異が近藤と土方を掻い潜って触手を突き刺してくる。
間一髪、新八は銀時もろともそれを避ける。 花野アナがマイクに叫ぶ。
「狙いは花嫁のようです! あの禍々しいカラクリまみれの巨大な男が、花嫁をどうしようというのでしょうか!? 真選組との戦闘が続いていますっ!」 『岡田』の動きを押さえている近藤が振り返る。 「俺ごとで構わん、こいつを撃て!」 「近藤さん!」 「トシは最後まで銀時を守れ、いいな!?」 「しかし…!」 「コイツを足止めせんことには、どうにもならないんだ! こいっ、新八君!」 「………わかりました!」 新八が意気込みを見せる。 背中に担いでいた銃器を下ろして構える。 気配に、銀時は新八から距離をとって下がる。 「あ。…なぁ新八…、手が空いてたらでいいんだけど…オマエやっぱ…、アイツんとこ居たの?」 「アイツって誰のことですか?」 「…うぐ、」 「ウソですよ」 「て、てて、てめっ!」 「『岡田似蔵』の変身体を仕留めたら全部お話しします」 「今話せ。どうせクチは空いてんだろ」 「銀さん、緊張感なさすぎですよ」 「だってなんにも見えないんだもの」 「見えなくたって、アンタ狙って触手向かってきてんですよ?!」 「なんで俺なんか狙ってんだよ。やっぱ生きてたのか、生きてたんだな、あの花粉症リーゼント野郎」 「岡田似蔵…のことですよね?」 「ああ。アレがトチ狂った新八じゃねーなら、ピンポイントで俺を標的にしてくんのは野郎しか居ねーだろ」 「いやそれは…、危ない近藤さんっ!」 業を煮やした怪人が近藤に触手を向ける。 構えた銃の狙いを迷っていた新八は、迷う猶予もなく援護の引き金を引く。 ボシュッ…と低い音がして粘調性の白い捕獲弾が発射される。 『グワハァァァァァ…!』 狙い損じることなく捕獲弾は怪人の片足に絡みつく。 「っ、撃てーっ!たたみかけろ、動きをとめろォ!」 近藤が屋根の上の狙撃手たちに命令する。 怪人の上半身がグラリと揺らぐ。 怪人めがけて飛び交う捕獲弾、被弾を避けろと近藤に押しのけられる土方、怪人を足止めしてもろともに捕獲弾をかぶる近藤、銃を降ろし傘の元で銀時を護ったまま身震いする新八。 『グォ…グハァァァ…、』 白い弾が撃ちこまれる。 怪人は着弾ごとに身動きが取れなくなっていく。 キャバ嬢もホストも長谷川も、まだ逃げずにいる者たちが物陰から捕縛劇に息を呑んでいる。 観衆の言葉にならない声援が結実したように『岡田』は蜘蛛の巣に絡めとられた昆虫さながら地面に手を突き、ついに四つん這いの格好でその場に固めこまれた。 「やったァ!」 沖田らと地面に固まっている神楽が勝ちどきをあげる。 「銀ちゃんに酷いコトした犯人を捕まえたアル!」
銀時は新八の腕から踏み出す。 「んじゃもう俺はお役御免てこと?」 「え?どういうことですか、銀さん」 「どうもこうも、俺りゃ最初っから辻斬り捕まえるまで協力…いや、そんなことよりどうなんのコレ? まだやんの、結婚式?」 「できりゃ続けてぇな」 銀時の傍らに、どうやら無傷の土方が歩んでくる。 「オメーの心がどっち向いてるにしろ、俺りゃ何度でも求婚すっからよ」 「…祝言には出るわ。オメーらの体面もあるだろーから」 「そいつァありがてぇ」 「でもさ…これって、ものすごい惨状なんじゃね? 見えなくても解るんだけど」 銀時が中庭全体へ顔を巡らせる。 ベチャベチャの地面、縫いとめられた怪人、負傷した身動きとれない隊士たちに、一塊となった神楽、沖田、桂。 屯所の長塀にはエリザベス率いる攘夷党の志士が桂を救出しようと真選組の隊士に小競り合いをしかけている。 「ぐお、ちょ、くっついちゃった!くっついちゃったよォ!」 近藤の下半身が粘着弾に巻きこまれている。 「まあカワイイ。庭にゴリラ型の灯籠を置くなんて、現代式庭園の最先端ね」 妙が、にこやかに笑う。 「もう一生ここに置いといてくださいね。剥がす必要ありませんから」
「お…お妙さァーんっ!」 桂が嘆息する。 「まあいい。これを早くなんとかしてくれ。ネバネバを取る方法があるのだろう?」 「あるにはあるが、こんな大量の捕獲剤を溶かすほど解除液があったような無かったような」 「なんだと?パクられるのはともかく、貴様とリーダーを背中に乗せて暮らすのはいくら俺だとて御免被るぞ」 「俺もケツの下にテメーがいちゃ落ち着かねーや。オイ早くなんとかしてくれィ」 「ワタシ平気アル」 神楽が唯一動く足先をバタバタさせる。
「お腹すいたヨ、とりあえずメシもってくるヨロシ!」 長谷川が和傘のもとへ駆け寄ってくる。 「真選組に居たの!?まー、ヤバいことになってなくて良かったけどね」 「長谷川さん」 新八はその長身を見上げる。 「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」 「いや、いいよ。俺なにもしてないし。君の活躍で事件も解決したみたいだしね」 安堵して長谷川は土方の傍らの銀時に向く。 「銀さん、見えてなかったの?」 「そうだよ。見えてるカンジでいこうと思ったんだよ」 「また無茶して~…てか、オマエ…」 長谷川が綿帽子の中へグラサン面を寄せる。 「思ったとおりオンナになったら可愛いね。男のときより桁違いにハクいわ。これ嫁にするなんて副長さんが羨まし…ばふっ!」 「テメエッ!人をコケにしやがって、許さねーぞコラァ!」 白無垢の袖から手が出たと思ったら長谷川の両襟を掴み、肘と腰を使って長谷川の体を跳ね上げ、きれいに長谷川を放り投げる。 銀時の拗ねたような表情、赤い唇、こちらを睨む目つきが色っぽい、なんて喜んでいたら長谷川は頭から池に突っこんでいた。 「ぶは、ボシャァーッ!」 水の中で長谷川が手足を、大袈裟なほどバタつかせる。 「誰がハクいスケだ。バックシャンだ。オレは前も可愛いですぅー!」 「あ、あぶっ…! テメ、やりすぎだろ銀時!」 土方が不自然に慌てて長谷川の救出を部下に命じる。 「オイ、4~5人でかかれ。スイッチを切ってからな」 「はっ!」 部下が頭を下げる。 山崎がどこかへ走っていく。 それほど深い池でもないのに長谷川は足がかりを探せないのか全身が水に浸かったまま、もがいている。 新八は恐れをなして銀時に耳打ちする。 「ホントに見えてないんですか、銀さん…?」 「見えてねーよ。なんで?」 「いえ。見事な投げ技だったんで」 「そんくれー、お前だって目ぇ瞑ってできるだろ?」
「無理です」 花野アナが晴れやかに叫ぶ。 キャバ嬢やホストの喝采も響いている。 「花嫁は無事ですっ! 最後まで花婿が護りきりました! しかし大勢の隊士の方が負傷しておられます! 局長さんと何人かの方がセメントのようなもので固まってしまいましたが、あっ…いま隊士の方たちが局長さんをセメントの中から救出しようとしていますっ」 庭の様子を中継していく。 撒き散らされた捕縛弾、くっついて動けない近藤や桂たち、打撲や骨折に座りこむ隊士たち。 写真撮影するはずだった池のほとりは乱雑に踏み荒らされている。 「晴れの日に、こんな強烈な出来事を体験して花嫁はどのようなお気持ちでしょうか。恐ろしい事件でしたが、お二人の絆はますます深まったのではないかと思います。花嫁にとって一生忘れられない結婚式になりそうです!」 カメラが人物を写しながらスパンしていく。 攘夷党の志士たちと真選組の小競り合いへレンズが向いたとき。 『それ』が写った。 「エッ?」 カメラマンが最初に見つける。 ADも気づいて声をあげる。 「あれッ!?」 「見てください、あっち!」 集音係が、また別の方を指差す。 きゃああああッ…と金切り声があがる。 妙が不安そうに見上げる。 「あれは…!?」 狂死郎が庭を囲む屯所の塀や建物を見回す。 屋根の上、塀の上、屯所の外の電柱など、この場所を見下ろすことのできる場所に『それ』たちは凝然と立っていた。 多少の背格好の違いはあるものの、刀とカラクリを腕に生やしたサングラスにリーゼント、皆一様に鼻を鳴らして屯所の匂いを嗅いでいる。 四体いた。 『ネオ紅桜』で変身した『岡田』たち。 それが今まさに触手を生やして庭へ飛びこんでこようとしている。
新八が銀時を後ろにして八方へ構える。 土方は唇を噛む。 戦力となる隊士はほとんどいない。 民間人を逃がすのが精一杯だ。
「クハッ!…ずいぶん顔色が悪いじゃないの、真選組さんよ」 そのとき、長塀から新たな攘夷志士たちの集団が現れた。 頭目は長い総髪を後ろに流した機敏な身ごなしの男。 ガラの悪い荒くれ者の中で、ひときわ洒落た着物で毛皮をアクセントに肩から掛けている。 「こんにちは、白夜叉。迎えに来たよ?」 男ながらに手入れされた眉毛、生え際に入ったソリコミ、爬虫類系の目鼻を歪ませて銀時に笑いかける。 「真選組と結婚なんて許さないさ。貴方にはそれなりの相応しい男が必要だ。そう、例えば俺のような?」
「むむっ、貴様ら」 同じ塀にいた攘夷党の志士たちが現れた者たちを敵視する。 「『爆牙党』一派かっ!?」
「…ヅラ、あれダレ?」 銀時が尋ねる。 「『ばくがとう』ってなに?俺をディスってんの?『糖分』への挑戦?」 「過激派攘夷集団『爆牙(ばくが)党』、彼らは義のない戦いぶりに眉を顰められる新興の一派だ」 桂が地面にくっついたまま答える。 「大声で貴様に恥ずかしい告白をしてるのが天堂藤達(てんどうとうたつ)。六角事件で死んだ創界党の天堂紅達(てんどうこうたつ)の従兄弟だ」 「藤達?六角?知らねーよ、そんなん」 「だろうな。ヤツは昔日(せきじつ)の白夜叉を崇拝していてな。過激な白夜叉ファンクラブの会長といったところか」 「で。あいつなにしに来たわけ?」 「お前の略奪だろう。なんせ、あの藤達はな…、」
桂が言い終わらないうち藤達の背後からヌッと『岡田』が進み出る。他の4体と比べても充実して馬力のある警戒すべき個体。 「『ネオ紅桜』って知ってるかな? そうそう、オリジナルの岡田似蔵の情念が強すぎて皆、白夜叉を犯しに行っちまうヤツラのこと。今日は白夜叉の白装束を嗅ぎつけたのか全員集合してるな」 藤達は屯所を見渡す。 合計5体の『岡田』がヨダレを垂らして狂気を宿している。
「適合したのが意外にもこれだけだったけどな、江戸を手に入れるには十分さ。あとは白夜叉、貴方が俺の手に堕ちてくればいい。松陽の弟子、攘夷の鬼神が我が手にあれば皆、さすがに解るだろ。俺に逆らう大義なんか無いってな」 桂が付け足す。 「アイツが辻斬り暴行事件の黒幕だ」 「………」
銀時は藤達の居る方向をむいている。 藤達が冷淡な笑いで命令する。
「さあ、皆。俺の愛しい白夜叉サマをここまで連れてきて?」 |
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