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「んー、…海。江戸湾13号地の砂浜」 新八の行き先を聞かれて銀時はダルそうに答える。 「お通の楽屋。コンビニの溜まり場。電気街。あとは恒道館とかぶき町だな」 「広い範囲を回ることになりそうだな。…乗れや」 土方は一台のパトカーの助手席を開けて銀時に促す。 銀時は土方の顔を見る。 「なに。コレに乗るの?」 「嫌か」 「目立ちすぎんだろーが」 「人探しにゃ便利だぜ。追跡にもな」 「まさか、オメーがコレ運転すんの?」 「せっかくのドライブだ。運転手は要らねぇだろ。二人っきりでデートと洒落(しゃれ)こもうや」 「…マジかよ」 銀時のやる気のない瞳がウンザリしてパトカーを眺める。 土方はドアを開けたまま銀時の腕を掴む。 うざったそうに土方の手をほどこうとして、さりげなく手首を掴みなおされる。 「ウソでも笑いやがれ。隊士どもの前だ。ちったァ喜んで見せねぇか」 甘やかな表情で銀時の耳に囁く。 「……う、ぁ…!」 慌てて銀時は土方に向き直る。 土方の咎めるような瞳を見て思い出す。 「う…、うん。嬉しい。嬉しいよ、たぶん!」 そういえば熱愛カップルを演じなければならないのだった。 「でもさぁ、…ちょっと落ち着かなくね? デートってより連行されてるみてーじゃね? こんな物騒なモンより普通の車に乗りてーなぁ、ウン、乗りてぇ!」 「あいにくウチにゃこんな無粋なツートンしかねぇんだよ。乗りな」 「ちょ、初デートがパトカーとかふざけんな。トラウマ植えつける気かよ」 銀時は土方に平坦な瞳を向ける。 「だったら歩きで行こうぜ。新八だって公共交通機関しか使ってねーんだからよ」 「なんだ。そんなに車ん中でイチャイチャしたかったのか?」 銀時の首をラリアット気味に引き寄せる。 「公用車だろうが気兼ねするこたァねぇよ。屯所より景色のいい場所で初手合わせといくか?」 「そんじゃ竹刀でも持ってくぅ? お稽古好きだねぇ土方くん。銀さんがコテンパンにノシてあげるぅ~」 「竹刀はいらねぇだろ。自前の道具で事足りらァ」 こめかみに怒りを溜めた笑いを銀時に向けてくる。 「それより他の道具準備しねーと。人気のねぇところじゃ店もねぇし」 「やだぁ、土方くんのエッチ~…ふぐっ!」 のらりくらり返答していた銀時は至近からいきなり唇を塞がれた。 唇が押しつぶされる感触。 驚いて相手を見れば目の前に土方の切れ長の瞳があって睨みつけてくる。 「あ、…ぁむ、…っは、」 触れるだけのキスだと思ったら、しっかり舌を差し込まれた。 屯所の正面門の内側、外の道に面した半分公共の広い場所。 隊士たちの視線は自分たちに注がれている。 「…んぐっ、ぁっ、…らめらって、」 土方の首に手を這わすフリをしてグググっと後ろ髪をつかみ、徐々にキスを引き剥がす。 銀時のキツイ瞳が、離せや、と警告する。 「恥ずかしいのか?見かけによらずウブだな」 ニヤッと瞳が笑い、土方は唇をつけたままそんなことを周りに聞こえるように言う。 「ててて、てめぇっ! ちょ、どこ触って、いっ、…いいかげん、やめろって、…ぉ、願いしますぅぅう…!」 両手を相手の肩に突っ張って後ずさる。 土方は銀時の耳たぶにキスを押しつけ、ギュッと抱き締めてから恋人を離す。 「仕方ねぇな、続きは海に着いてからにしようや。…あと、これ持っとけ」 土方はポケットから取り出したものを銀時に握らせる。 「…携帯電話?」 見ればそれは黒塗りの、使いこまれた携帯電話。 銀時は、あぁ、と思う。 自分の居所の確認だ。 彼らは銀時の首に鈴をつけるつもりなのだ。 「屯所の連絡用だ。どのキーでも長押しすりゃ屯所に繋がる。サイドキーでもな。つながったらバイブで震えるからよ、いちいち取り出さなくても使えるって寸法だ」 「へぇ。…間違えて押しちゃったらどうすんの?」 「そのつど確認が入る。誤報はよくあることだ。気にすんな」 命の危険に晒される彼らはこんなものまで装備しているらしい。 銀時は手の中の物体を眺め、そのまま懐の合わせへ突っ込んだ。 「副長、いってらっしゃい」 隊士たちが敬礼する。 物言いたげな視線があちこちから飛んでくる。 「指示は出しといた。てめぇらキッチリ仕事しろ」 土方は銀時を車に押しこめて運転席に座る。 なかなか副長職というのは忙しいらしい。 急に銀時と出かけることになったため、こまごまとした指示を部下たちに残していた。
銀時は土方と反対側の窓に肘をついて窓の外を見る。 『よく戦況にらんじゃ、噛んで含めるように現場に指示してたっけ』 滅多に声を荒げることはなかった。 いつも余裕の笑みを浮かべて自分の身を顧みない方法ばかり取っていた。 余裕がなくなったのは自分と二人きりのとき。 すべての感情をぶつけるように銀時の生身には容赦がなく、銀時の体内では暴君を極めていた。 ─── 高杉…… 考えると、他のことが耳に入らなくなって、高杉のことばかり考えてしまう。 高杉とは、単なる旧友の間柄。 戦況の悪化とともに自分たちの接触は薄れ、戦の終結とともに情交する関係は自然に消滅した。 そのあとは交わした約束があるわけでもない。 昔寝てた相手、それだけだ。 会えば口くらいは利く。 迷惑をかけられれば文句を言う。 その程度。 ただ、このごろ夜中に出会うようになった。 犬の散歩に途中から加わってしばらく歩く。 なにということもなく喋る。 大通りに出る前にアイツは身を翻して去っていく。 ─── べつに誰かと籍入れたってアイツには関係ねーんだよな 銀時は空を見たまま目を眇める。 車の中、土方と二人きりの空間。 銀時は口を噤み、土方を見ない。 土方も考えごとにまでは干渉してこない。 こうしていると大抵、なにボンヤリしてるんだ?と、いろんな人間に問われる。 自分はそんな顔つきをしているらしい。 しかし土方は銀時が何を考えているのか、おおかた察しているのだろう。
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頑張れば、かぶき町から歩いていける庶民の憩いの海岸エリアである。 「…いねーな」 大江戸テレビ局の特徴的な建物を背景に、海辺からすぐの陸地側には新開発された街並みが広がっている。 道沿いに車を停めると銀時と土方は連れ立って道路から浜辺を見渡した。 幼児を連れた家族や散策のお年寄りが居るほかは、ランニングの若者が砂を蹴り上げて走ってるだけだ。 銀時は目に映る限り、すみから隅まで砂浜を探す。 いつもはバカやってる知り合いの一人くらい居るのだが、こんな日に限って声をかけて挨拶できそうな相手も見つからない。 「…メガネはオメーに恋慕してんだよな」 眼下の海辺を見たまま土方が尋ねる。 「婚儀を認めねぇつもりらしいが、なにかしでかすと思うか?」 「アイツは見かけによらず行動派なんだよ」 銀時は苦笑とも自慢ともつかない笑みを口元に浮かべる。 「考えがあるつって走ってったんだ。やるときゃやるだろーな。けどアイツに他人を傷つけるような真似はできねェ。そこは信用していいぜ」 「…わかんねぇモンだな」 「あ? なにが」 「まさかメガネが長いことオメェの元で想いを募らせていたとはな」 「俺だって初めて聞いたっつーの」 銀時が心外とでもいうように鼻を鳴らす。 「ぱっつぁんのことは嫌いじゃねーよ。けどま、弟みたいなもんだし。考えたことねーし。今も考えらんねーな」 だよな、と土方は思う。 銀時に絡みつく影はいくつか感知してきたが、新八が銀時を恋い慕っているとはカケラも予想していなかった。 ─── では、俺は? 銀時は少しは俺のことを性愛の相手に連想したことがあるんだろうか 「…次、探すか」 土方は浮かんだ疑問を飲みこんで銀時を促す。 新八を心配する銀時に余計な質問はNGだ。 「メガネがどんな手に出るか解れば場所も割りやすいんだがな」 「…あのさぁ」 踵を返そうとする土方。 その横で銀時は髪も、着物の袖も、裾も、風に浮かされて、美しくなびかせていた。 「ちょっと寄ってかない? 海」 「構わねぇが。なんか思い当たることでもあったのか?」 「そうじゃねーよ。今、二人きりだろ。…デートくれぇしようや」 銀時は自然体で誘う。 「俺たち籍入れるんだぜ。祝言あげる前に恋人みてーなことしとかねーと、あとで後悔してもアレだし?」 「…願ってもねぇな」 土方は予想外の申し出に素直に応じた。 銀時はフイと前を歩き、砂浜への階段を降りていく。 照れたように見えるが、銀時は照れるようなタマではない。 コイツ、なにか企んでる。 土方は感づいたが気づかないフリをして銀時のあとに続く。 「お。でけぇ貝殻」 細かい砂を踏んでいくと足元には陸地では見ない珍しいものが散らばっている。 それを覗きこみながら銀時は指を差して土方に見ろと言わんばかりだ。 打ち上げられた海の生き物や異国からの漂流物は、ただの残骸にすぎないのだが、砂浜の上に銀時と一緒に見つけながら歩くと、ただのゴミを見る作業が楽しい発見の歓びに変わるから不思議だ。 「ガラスみっけ」 どんな意図があろうと銀時とのデートを棒に振る手はないだろう。 波に揉まれて角がとれた丸い物体を、銀時は拾って手の中に転がしている。 見ていると銀時は土方の興味を確認し、ハイ、とそれを土方に手渡した。 「…ありがとよ」 そのとき少し銀時が笑った気がして、土方はやけに心が燥(はしゃ)ぐ。 どうってことないガラスのカケラ。 不透明な濃い緑のそれを掌の中に囲う。 「こういうの見つけんのウマいんだよ。海辺はお宝がいっぱいだかんな」 銀時が得意そうにに注釈する。 「ソレ、売れるんだぜ。金に困ったら俺たちゃここに来て集めんだ」 「こんな…ガラクタが売れんのか?」 「アクセサリーとか、壁に埋め込んで装飾にとか、需要あんだよ」 物知らずに呆れたように言ってから海を振り返る。 「もうここへ来て拾うこともなくなんのかな…」 それは万事屋三人の思い出なのだろう。 感傷に浸るような銀時の様子に思わず土方は否定する。 「別に終わりじゃねぇよ。また来りゃいいだろが、メガネとチャイナ連れて」 「…え?」 「ガキとの外出くれぇ、止めねぇよ。いくらでもここへ来て拾やいい」 「……なに?オメーは俺に海でガキと一緒にガラクタ拾えってか?小遣いくんねーの?」 「エ?」 「拾いたくないんですけど、別に」 「………」 「………」 銀時は軽く怒りを浮かべ、いっそ蔑んだ目をしている。 土方は気遣いが裏目に出てバツが悪いことこの上ない。 刺さる銀時の視線が痛くて握った拳を震わせる。 「…ま、」 「『ま』?」 「紛らわしい真似すんなァァァ!テメェが寂しそうにしてっから情けをかけてやりゃァ…!」 「アレ?寂しそうに見えた?」 銀時は、へらっと笑う。 「それは土方君の罪悪感だよ。人は負い目があるとき、周りの人間の行動に意味を付け加えます」 「うるっせーッ!」 銀時の胸ぐらを掴みあげようと腕を伸ばす。 ひらりと躱して銀時は2、3歩うしろへ飛び退く。 「図星ィ? 大丈夫だって、銀さんどんな環境にも慣れんの早いから。それより腹さぐりあって、いつまでも暗い顔つきあわせて罪悪感おしつけられてんのキツいから。だからさァ」 からかうように、本気ともとれる言葉を投げて銀時は身をひるがえす。 「追いかけて捕まえてみろや。捕まったら本気でセックスしてやっから」 はればれと宣言する。 「けど捕まんなかったら初夜はナシな? 欲しいモンは自分で確保しろよな」 「ぬかしやがって。上等じゃねーか」 土方はムキになって怒鳴る。 「言ったかんな、忘れんなよテメェ!」 「オメー警察官だろ、一応? アハハハハ、捕まえてごらんなさぁい!」 ひらひら袖をひるがえして逃げていく。 すぐに追いついてその袖を掴むことはたやすく思えた。 しかし銀時はすんでのところで土方の手を擦り抜ける。 「待て、テメェ」 銀時が加減して走っているのだと、本気を出せばすぐに差が開いて銀時がつまらないのだと、ものの数秒で分かったが、悔しさより銀時の油断を見すまして捕まえる方が先だ。 「こちとら伊達に砂浜でメシのタネ拾ってるわけじゃねーんだよ。アスファルトが恋しい? それとも車の座席ィ?」 土方の手を躱しながら銀時も笑顔で息を荒らげていく。 その顔が自分に向けられている限り、翻弄されてることなど甘い甘いもどかしさでしかない。 「なめんなコラァ!」 土方がジャンプ一番、銀時の着流しに飛びかかろうと砂を踏み切ったとき。
マイクを持ったテレビでおなじみの女性レポーターが、カメラマンや音声、撮影スタッフを引き連れて海岸道路の方から砂浜めがけて走ってきた。 「……え?」 ぎくりと二人はそちらを見る。 あきらかに撮影が始まっている。 カメラの横には大江戸テレビのマーク。 そうか、この海岸は大江戸テレビから丸見えだ。 というより、いつから自分たちは撮影されていたんだ?
ものすごい勢いで喋り迫ってくる花野アナ。
全国のお茶の間へ通じる穴のような黒いレンズを凝視して、ひくりと二人は頬を引きつらせた。 |
「…まだしてねぇよ」 「婚約者の坂田さんはすでに真選組屯所で副長さんの身の回りのお世話をしているんですよね。周囲からは人も羨むアツアツぶりとお聞きしていますが?」 「まわりがそう言うなら、そうなんじゃねぇか」 「電撃入籍ということですが、実は交際は長く続いていたとか。お二人の出会いはどこですか?」 「ホテルだな。池田屋ホテルで、ばったり」 土方が銀時の顔を見ながら答える。 「そのときテロリストの検挙中で、万事…、坂田君は爆弾処理に奔走してくれました」 「なるほど、それをきっかけに交際が始まったわけですね。デートの誘いはどちらから?」 「デートっつうか、俺がコイツを探して町ん中で偶然見つけて。……あとは花見とか映画とか」 「意外にも一般的な手順を踏んでますね。どうやら副長さんの方が坂田さんを気に入ってしまったみたいですが、告白はどんなタイミングで?」 「……んなもん、ねぇ。なんだかんだで顔合わせて、だいたいコイツは真選組の扱う事件現場に居合わせて突拍子も無ぇことやってるから、俺は…ハラハラして見てたけどよ」 「告白は今日でぇす」 うっすら顔を赤らめている土方の横で銀時が言い放つ。 「生活の面倒は見る、入籍してくれ、一緒に祝言あげてくれって言われてOKしましたァ」 「それはプロポーズですよね? 即答ですか!」 花野アナが食いついてくる。 「もともと坂田さんも副長さんに好意があったんですね!? プロポーズされてどんなお気持ちでしたか?」 「マジかよ?って思いましたが、まあ仕方ねーかなって」 「『仕方ない』とは?」 「あ、なんかすごく愛されちゃってるみたいなんで。断ったらエライことになりそうなんで」 「それだけ本気の副長さんに応えたわけですね。最終的に結婚を決意した理由は? 副長さんのどんなところがお好きですか?」 「…ええと、どんなって、…性格? バカで物騒で刀振りまわしてるところとかね」 「それは副長さんにベタ惚れってことですね? さっそくお惚気ですか?」 「そうです。惚気けてます」 「なんでだァ!?」 「噂どおり目も当てられない熱愛カップルですね」 銀時はカメラに向かってダルそうにVサインしている。 花野アナはクルッとテレビカメラに向き直る。 「今後、坂田さんは性転換して完全に女性になり、真選組屯所で土方副長と幸せな家庭を築かれるそうです。お二人のお子さんの誕生が楽しみですね。大江戸テレビ独占スクープ、江戸湾13号地から花野がお伝えしました」 んあ!?と血相を変える銀時をよそに、テレビクルーは放映を終え、録画を終了して撤収にかかる。 「ちょっと待て、俺がいつ女になるつったよ!?」 「いつって、そう聞いてますけど。真選組広報担当の方から」 花野アナはなんの疑問もなく答える。 「真選組ではそういうお薬があるそうなので、現実にはなかなか表に出てこない性転換の密着取材を大江戸テレビが独占取材させてもらうことになってるんですよ。結婚式の中継もしますから」 「なにそれ。俺は性転換なんかしねーから」 「ちょくちょくお邪魔しますんで楽しみにしててくださいよ?」 「オイちょっと待てェェェ!!」 銀時が叫ぶも彼らは砂浜から引き上げていってしまう。 呆然と見送る銀時を土方は気の毒そうに見やる。 話の出どころは真選組の広報。 テレビ局とのタイアップも想定通り。 高杉は、そして岡田似蔵は銀時のこの映像を見るだろう。
そこにポツポツと戦艦が停泊している。 表向きは商艦だが、中には攘夷派の持ち物もあるだろう。 公安の捜査が及ばないよう巧みに手を回してカムフラージュしているテロリストの中に、あの男もいるはずだ。
銀時が青ざめた顔で笑いかける。 「近藤が、性別は俺の意志を尊重するっつってたよな?」 「言ったけど。お前は俺の求めを拒めねぇ、禁じ手は無しってことになった」 「ちょ、待て! おまえ本気で俺を女にする気かよ!?」 「…それもいいかもしれねぇな」 笑って追い詰める。 余裕のない銀時は悪趣味と言われようが愛おしい。 「そのままのオメェもいいが、女になったらなったで都合いいこともあるんじゃねぇか」 「……オメェさ、なんで俺が海に降りようつったか分かってる?」 銀時がやる気のない死んだ魚のような目を土方を向ける。 「ここ二人っきりだし。俺のがオメーより速いし。逃げて行方をくらますことだってできるんだぜ?」 「そうしたら、向こう岸からこっちを見てるテロリストどもがオメェを拾いに来るだろうな」 土方は静かに笑う。 「逃げるなら海は基本だ。なにか企んでるのは知ってた。けど、オメェは行かねぇよ。行くときゃわざわざ俺に宣言してかねぇだろう」 「…わからねーぞ、そんなの。逃げないと見せかけて逃げるかもしれねーし。俺、裏かくの得意だから。心理戦とかしつこくやる方だからね」 「逃げる逃げる言ってるうちゃ逃げねぇよ。大抵のヤツがそうだ」 「じゃ逃げない」 「助かる」 土方は銀時に手を差し出す。 「もうここはいいだろ? メガネ探しに行こうや。オメェは今は逃げるより、俺たち真選組の手の内で動いていた方が有利なはずだ。メガネのことにしても、それ以外にしても」 行動をともにしようと、差し出された土方の手は銀時が誘われるのを待っている。 「オメェが逃げるときは、俺が逃がしてやらァ」 「………言っとくけど」 銀時は土方の方へ足を踏み出す。 「俺はテメーに借りなんか作らねーよ。……たぶん」
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団子屋の店主が銀時を見て言葉に詰まる。 「女になって男前の兄ちゃんと結婚するんだって? そういうのはよォ、早めに言えよなァ…言ってくれりゃ俺だって…」 店主は銀時の顔から体つき、腰つきを眺める。 ひととおり見終えると、また銀時の顔をボンヤリ見つめる。 「お前さぁ、銀時、絶対、俺の店に来て団子食ってった方がいい。結婚しても来いよ?」 「オイ。なに人の顔じろじろ見てんだ。俺は女になんざならねぇ」 銀時は声を低くする。 団子屋の店主の頭の中で銀時がどんな風に変換されているか想像がつく。 「今日は人探ししてんだよ。人つってもウチの眼鏡だけどな。オメー、新八見なかったか?」 「見ねぇ。通ったかもしれないけど見てねぇ。テレビ見てた」 店主は銀時の横にいる黒ずくめの真選組隊士に目を走らせる。 「どうも、…見回りごくろうさんです、銀さん…いや銀時…いや銀時さんにはウチを贔屓にしてもらってます。どうぞ御贔屓に…」 「テメェ、態度違うじゃねーか。俺の顔見るたびツケ払えっつってたのにコイツには御挨拶かよ」 「ツケがあんのか?」 イラッと目を眇めた銀時の横で土方が財布を取り出す。 「俺が払う。いくらだ?」 「…いいんで? 3700円になってますけど、…気持ちオマケして3000円で」 「ちょ、なんでオメーが払うんだよ! いんだよ俺が払うから! オメーもなに値下げしてんだよ、俺んときはビタ一文まけないくせによ!」 「俺は女には値下げするんだよ。銀時、おまえ女になるって考えるとすごい美人だな。また来いよ、いくらでもツケにするからよ」 店主は銀時に言い、土方に頭をさげる。 「言ってくれればよォ、俺だってよォ…」 ぶつぶつ言っている店主に背を向け団子屋を離れる。 銀時の横を歩く土方は通りに目を配りながら、なにも言わない。
「この人…ですか」 狂死郎は目を見張った。 「銀さんに女性になるとまで決意させた相手は、貴男だったんですね。土方さん」 「その話はいいじゃねーの。俺は新八の行方を探しててだな、」 「そうはいきません。かぶき町はこの噂でもちきりですよ。なんたって銀さんの祝言ですから。当日は皆、式場へ詰めかけるって張り切ってます」 「とと当日って、祝言の?」 「もちろん。銀さんの晴れ姿を一目見ようとね」 「俺たちの式は屯所でささやかに挙げる。警備の関係上、招待客以外、ご遠慮願ってる。門外も外周すべて立ち入り禁止になるからよ。どっかのテレビ局が来るみてぇだから、放映されるのを茶の間で見てくれや」 「…そうですか」 狂死郎は目を伏せて嘆息する。 「しかし意外でしたね。あなたと銀さんは水と油のようなものだ。銀さんがあなたを選ぶとは。少々、妬けますよ」 「なに言ってんだ、オメーが妬けるわけねーだろ、俺たち何もないんだし」 「銀さんが女性になるとなれば話は別です。私はすべての女性を笑顔にしたい。銀さんも大切に持て成させていただきますよ。この高天ヶ原で」 クスっと笑う。 「火遊びしたくなったら、いつでもいらしてください。ヤケドを覚悟の上でね」
「オメェはホストまでたらしこんでんのか」 「たらしこんでねぇ」 「ホストクラブなんざ許さねぇ」 「許さねーとか、オメーに許されなきゃならない覚えはありませんー」 「ホストばかりじゃねぇな、…かぶき町…、いや江戸中どこへ行っても知り合いの男ばっかじゃねぇか。外はダメだ。やっぱ外出禁止だな」 「お前なに考えてるの。頭の中で俺を女にしてるだろ。俺は女になんかならねぇ。男と会ったってなんの問題もねぇんだよ」
そろそろ夕方になろうかとしていた。 新八を訪ね歩くも手がかりはなく、銀時の提案で恒道館へ向かう、その途中。 「…ア?」 最初に気がついたのは銀時だった。 そのあまりの信じられなさに前方を凝視し、その気配に土方が反応してそちらを見る。 ふたつ先の細い曲がり角に、派手な着流しの男が、こちらに背を向けて立っている。 「ありゃ…誰だ?」 土方は、いぶかしんで目を凝らす。 高杉の手配書は回っていても、普段、高杉がどんな風体で、どんな場所に出没しているか、土方は知らないに違いない。 間違いない、あれは高杉の着物。 しかし、どう振舞えばいいのか銀時は迷う。 彼は自分たちの行手にいる。 まさか土方と歩いているときに向こうから出向いてくるなんて。 土方との婚礼をテレビ放映で知ったのだろうか。 用件は。 嫌味でも言いに来たのか。 それとも問答無用で叩っ斬りに来たのか。 自分はこのまま彼に近づいていっていいのか。 適当に理由をつけて土方もろとも引き返し、遭遇を避けるべきなのか。 「オイ、なに固まってやがる。オメェの知り合いか?」 土方が尋ねてくる。 銀時は返事ができない。 ただ、用心深く一歩一歩、いつもと変わらぬ足取りで彼の佇む背中へ近づいていく。
数歩のところで、独特の笑い混じりの声が掛けられる。 「お前を待っていたんだ。どうしてもお前を外せない話があるんだよ。俺たちと一緒に来てもらいたい」 言い終わると同時に路地から、橋から、道の前後から攘夷志士が飛び出してきて二人を囲む。 見覚えがある。高杉配下の鬼兵隊の面々だ。 「てめぇ…、」 銀時が身構える。 木刀には手をかけぬまま、派手な着流しを睨みつける。 「どういうつもりだ?」 「友好的にしようぜ。手荒な真似は嫌いでね。だが暴れるならこっちも腕づくで連れていくことになる」 銀時は、告げた男を見つめる。 横で土方が刀の柄に手をかけている。 大量の攘夷志士に囲まれている以上、土方の所作は当然のものだ。
派手な着流しが、ゆっくりとこちらを振り返る。
銀時は、そして土方も思わず息を飲んだ。 |
顔の左側ではなく、おでこに巻かれた包帯。 大作りな顎の輪郭と、手にした奇妙な形の変声器。 その男はニコリともせず銀時に語りかけた。 「近ごろ巷(ちまた)を騒がす輩には我々も手を焼いていましてね。このまま放置するわけにはいかないんです」 高杉の着物を羽織った大柄な男が変声器ごしに叫ぶ。 「さあ坂田さん、悪法の芽を潰しましょう『大江戸青少年健全育成条例改正案』反対ィィィィィィ!」 「……知るかァァァ!」 キレイに揃った銀時の両足が武市の胸ぐらを突き飛ばす。 「ぐふうっ」 平坦な表情のまま武市は蹴り飛ばされていく。 「ちょっと待ってください。貴方に本気でこられたら死にます」 「死ねや」 倒れ伏した相手の上に銀時は仁王立ちする。 「その声で喋んな。軽くトラウマ入るだろーが。なんでテメーはそんな格好でウロついてんだ。新たなテロか?」 「貴方と穏便にお話しするための方策です。いろいろ考えましたが足止めにはこれが一番でしょう?」 「…だってさ、土方くん」 くるりと土方を振り向く。 「なんか変質者に声かけられちゃってー、ヒドい目に遭ってるんでー、パフェとかアイスとか食って忘れたいんですけどー、この先にちょうど『でにぃ~ず』あるんですけどー」 「お前、ソレ…」 土方はひきつりながら指を差す。 「そいつと知り合いなんだろ? つか、そいつ高杉配下の…」 「知りませんー。誰これ?」 肩越しに武市を見る。 「話したことないしィ。遠目に見たかもしれないけどォ、江戸にゃそんなヤツばっかりだしぃ」 「それは無いでしょう、坂田さん。私ですよ、高杉さんの外部頭脳と言われた鬼兵隊の……ぐふっ」 立ち上がりかけた武市の腹に銀時のブーツの底がめりこむ。 「知らねーつったら知らないんだよ。ちったァ俺の立場を考えろ。警察の目の前で知り合い顔で話しかけてこられたら俺までロリコンの同類だと思われんだろーが。二度と妙なコスプレして俺に近づいてくんな」 「ロリコンじゃない、フェミニストです。ちなみにこれはコスプレじゃなくて高杉さんの着物ですよ。嗅ぎます? 脱ぎたてですからあの人のニオイが……ガフッ」 「なんでテメーが脱ぎたて着てんだァ!? アイツか、アイツがよこしたのか!? テメーらどういう関係だァァァ!」 武市の胸ぐらを掴んで頭がもげそうに振りまわす。 ガクガク揺れる武市の口が切れ切れに告げる。 「包み隠さず、お話しします。我々の、潜伏しているアジトまで、御同行ください、坂田さん」 「テメ俺を陥れる気だろ、俺が邪魔だから警察の前でアジトとか同行とかイチゴパフェ食い放題とか言ってんだろォォォ!?」 「いちごパフェはありませんね。いちごワインならなんとか」 「パフェ無しィ? 見くびんな、俺がパフェ以外のモンに釣られると思ってんのか?」 「釣られたでしょ、高杉さんの着物に」 「お前なぁ…、」 笑顔が震える。 「言っとくけど、知ってたからね。知ってたよ? 高杉にしちゃテメェはデカすぎ。縦にも横にも間延びして、頭もデカイわ足も太いわ、高杉騙るにはテメェは別人すぎだァ!」 ペしっと武市の頭に乗っている変装用のカツラを叩き落とす。 「どーすんだコレェ、俺がテメェの格好に反応したとか、それが高杉の格好だったとか、もろに警察にバレちまっただろーがァ! もうダメだ、監獄行きだよ? 打首獄門だよ? テメェどうしてくれんだコレェ!」 「待ってください。我々と話したら獄門だなんて、そんなことないでしょう、ねぇアナタ、そこの人?」 「そこの人じゃねぇ。真選組副長、土方十四郎だ」 土方は刀から手を離す。 武市にも、まわりの浪士たちにも殺気がないのは土方にも分かっている。 「そいつァ高杉の格好なのか。手配書きの寸法と背格好が違うから高杉たァ思わなかったが。テメェは武市変平太だな。変人謀略家と名高い、高杉配下の鬼兵隊四天王のひとり」 「真選組にまで私の名が知られてるとは光栄ですね。で、土方さん。ちょっと外してもらえませんか。今ここで事を荒立てたくはないんですよ。我々が用があるのは坂田さんだけですから」 「断る。コイツは俺の許婚(いいなずけ)だ」 土方は眼光鋭く言い放つ。 「来週、屯所で祝言を挙げるんでね。コイツは渡せねぇ。テメェら、誰のお使いだ? 高杉か? コイツに何の用だ?」 「祝言? それはまた唐突ですね」 武市はカツラの下の自前の髷(まげ)を念入りに直し始める。 「やめてくれませんか。そんなことになったら、またあの人がピリピリして我々も非常に気を使うんですよ。ご存知ですよね? 坂田さんは攘夷戦争に行ったとき高杉さんとは攘夷軍に知れ渡った仲で……はがぐっ」 「お前さァ、なに言ってんの!? なに言ってるわけェ!? なんのことだかさっぱり分かんねーんだけどォ!!」 汗まみれの引き攣った笑顔で、銀時は手にしたカツラを武市の顔面に押しつける。 「オレ分かんなくなって混乱してるからさァ、もういいよね? いいよねコレ斬っちゃっても? 警察の人いるし、怖い浪人に囲まれて因縁つけられて正当防衛だよね?」 「待っとけ。まだ聞きたいことがある」 土方は武市、そして周囲をかこむ鬼兵隊士たちを見渡す。 「こんな風にこいつらと話せる機会は少ないんでね。核心にせまるこたァ口を割らねぇだろうが、用向きくれぇは聞いてもいいだろう。テメェらの万事…坂田銀時への用事は、ズバリ『岡田』か?」 「そうっスよ」 別方向から女の声がした。 「アイツには私たちも迷惑してるっス」 浪士たちの間から進みでてきたのは鬼兵隊の紅一点、来島また子。 「ちょっとアンタ、真選組ならアイツ早く捕まえてくれないっスかね。あんなの、ただのアイツの変態趣味じゃないっスか。あんな奇行で晋助様の顔に泥を塗るなんて、アイツ絶対許さないっス!」 腕組みして土方の前に立つ。 「ちょうどいいからアンタに言っとくっスけど、似蔵の起こしてる事件、鬼兵隊とはなんの関わりもないっスからね。似蔵がなんのために坂田銀時を探してるのか、私たちにはサッパリっス。この間のドンパチで行方知れずになったと思ったら私たちになんの断りもなく辻斬り…じゃないっスね、辻強姦っスね、それを繰り返してるんで、鬼兵隊も対応に苦慮してるっスよ」 「つ、辻ゴーカンんん!?」 銀時が振り返る。 「なにアイツ、俺の名前呼んで探しながら男をゴーカンして回ってんのォ!?」 「違うんスか? 我々の情報ではそうなってんスけど」 また子が銀時を見る。 「アンタ真選組と結婚するんスね。なに晋助様を刺激してくれてんスか。早く死んでくれっス。それか似蔵の生贄になってあのホモを鎮めてほしいっス」 「ホモじゃありません、また子さん。衆道です」 「どっちでもいいっスよ、先輩。ちゃっちゃと坂田銀時を連れていかないと晋助様に知られたら事っスからね」 「あー、オレ行かねーから」 銀時が手を振る。 「パフェも無ぇようなとこ行きたくねーし」 「そんなこと言わないでください。貴方を腕づくで連れていくとなったら何人の死傷者が出ることやら」 武市がカツラを片手に耳打ちする。 「なんなら、バケツでもタライでも用意しますよ、パフェ」 「…いいのか?」 「ええ。負傷者の治療費を思えば安いもの」 「でもなァ、お前らと行ったら確実に獄門だものなァ。で、俺を連れてってどうする気?」 「それはまあ色々と」 「そんなあやふやな事でプレゼンが通ると思ってんのか。なめんな」 「この人の前では言えないことです」 「警察の前だろうが上司の誕生日前だろうが言わなきゃならないときがあんだろが。そんな怪しさ満点のミステリーツアーになんか誰も御招待されねーよ」 銀時は武市から身を離す。 「言えねェなら行かねーぜ。高杉の思惑が入ってねェなら気兼ねもねーし。どうせテメーらも人を囮にするとか、その程度だろ。もういい帰れ。モタモタしてっとお巡りさん2号をけしかけてお前らをしょっぴかせるかんな」 「誰がお巡りさん2号だァ!」 「え? だってお前、真選組のナンバー2じゃないの?」 「よーし、じゃコイツらの前に、まずテメェをしょっぴくか」 「連行される前にパフェ食いてーな」 「あとでたらふく食わせてやる。こっからは警察の仕事だ。さがって見てろ」 「やですぅ。見てたら流れ弾に当たりそうだもの」 腰に差したままの木刀を左手で押さえながら、銀時は土方の傍らに立ち戻る。 銀色の武神を横に置いて土方は鬼兵隊士へ向き直る。 二人の構えに浪士たちの気配がザッと変わる。 「仕方ないっスね」 また子が拳銃を取り出す。 「こっちもパッパと済ませたいんで腕づくしかないっス。悪いけど当たっても勘弁っスよ」 「また子さん、ここは平和的に」 「そんなこと言ってる場合っスか。いつ真選組の応援が来るか分からないんスよ?」 「この人を相手に、この人数で足りると思ってるんですか、猪頭」 「この人数を揃えたのはアンタっスよね、武市変態」 「私は穏便に話をするための人数を揃えたんです。とてもこの兵力では」 「じゃあ引き上げるって言うんスか! なんのために危険を犯してこんな町中で布陣を敷いたんスか!?」 また子と武市のやりとりの間も浪士たちの剣気は高まってくる。 きっかけがあれば抜刀して乱戦にもつれこみそうな形相だ。 「…ったく、無駄に仕掛けを潰させやがって。こっちのターゲットはテメェらじゃねぇんだがな」 土方は懐から携帯電話を取り出す。 銀時を後ろに守ったまま通話ボタンを押す。 「…俺だ、配備はいいか? 不本意だが、こいつら……、ッ!?」 そのとき。 あたり一帯に奇妙な静けさが流れた。 殺気とは違う。 しかし危険な。 甘美な音楽のように強烈な。 気配、人の放つ空気としか言いようのないものが満ちて空間を支配していく。 鬼兵隊士が息を呑んでざわめく。 彼らのひと隅(すみ)が自然と分かれて道をつくる。 その只中から、人影。 編笠をかぶり墨染の僧服姿で錫杖を手にした一人の男。 「ずいぶんと面白そうな余興じゃねぇか。猛った血のニオイがプンプンすらァ」 ワラジを履いた白い足袋の足が、踏み出すごとに威圧感。 「江戸の町並みを血の色に染める。けっこうな見世物だ。テメェも見てみてーだろ?」 あげた編笠の下に見える、左目に包帯を巻いている。 右目はぎらりと活きている。 あたりを睥睨しながら銀時ただ一人に、その隻眼に湛えた強烈な光を注いでくる。 「腐った国には血が似合う。こんな血の祭りに招かれねーたァ、ちと寂しい気もするなァ」
携帯を懐へ突っ込んで刀に手をかける。 一部の隙もない相手に土方が抜刀をこらえる横で、フッと銀時の構えが解ける。 両腕が力なくダラリと下がる。
ぽつりと。
銀時の唇が呟いた。 |
距離は縮まらなかった。 手を伸ばしても届かない間をおいて高杉は彼の配下の鬼兵隊士に囲まれていた。 その両脇には武市とまた子が並び立っていた。
銀時は重たそうなまぶたを半眼にして高杉を見ていた。 その唇は色をなくして噤(つぐ)まれていた。 いつもの口から先に生まれてきたような銀時の軽口は聞かれなかった。 相手をイラつかせるような表情も、からかう素振りもなく、ただその瞳を高杉に向けている。 人が違ったようだ、と土方は思った。 交戦の緊張に押し黙っているのとも違う。 弱点を突かれた無力な生き物のように銀時は身を硬め、相手の裁定を待っているように見える。 こんな銀時を見るのは初めてだ。 土方の気分はささくれ立った。 沈黙は銀時と高杉の、二人だけの親密な関係を裏打ちしているようなものだったからだ。
高杉が笑ったまま顎をあげて銀時を差す。 「実に意味のねぇことだ。あんな腑抜けにテメェらなんの用がある?」 「高杉さん、しかし…」 「兵を引きな。ぶつかる必要のねぇとこで消耗するこたあるめぇよ」 「は…、はい…」 「銀時ィ」 よく通る声で、高杉は艶っぽい視線を銀時にくれる。 「ひとつ聞くぜ。テメェ、鬼籍に入る覚悟はあるか?」 「……ねェよ」 銀時の声は掠れていた。 「もう若くねェんだし。心穏やかに暮らしてーな」 「せんだっては若くもねぇヤツが対戦艦用兵器を捩じ伏せてくれたもんだ」 にやにやしながら銀時を眺める。 「傷ァ治ってねェんだろ? あんまりドタバタすんじゃねぇよ。夜中にそいつの腹の上に腹の中身ぶちまけちまうぜ?」 「お前さァ…、それってコイツと寝んなつってんの?」 銀時の頬に穏やかに笑みが浮かぶ。 「それとも御丁寧に腹の傷を抉ってくれてるわけ?」 「テメェが誰と寝ようが俺に関係あるか。テメェの勝手にすればいいことだ」 軽い調子で答えようとしながら高杉の声はムッとするのを抑えきれず低くなる。 「せいぜい幕府が取り繕った脆(もろ)い寧静にでもしがみついているんだな。それにゃ、その幕府の犬のお膳立てが重宝するだろうよ」 「………わざわざソレ言いに来たのかよ」 銀時の表情が閉ざされていく。 「もういいわ。わかった、わかった。俺は平和に穏やかに生きたいんだからさ。死ぬ気もねぇし、テメーの嫌味聞いてる気力もねぇ。用が済んだんならどこにでも行っちまえよ。子分つれてアジトでも墓参りでも行きゃいいだろ」 「もともと俺りゃテメェに用なんか無ェよ」 高杉は視界から銀時を外す。 「オイ」 不機嫌な隻眼が土方を見る。 「銀時はケガしてんだ。連れまわすんじゃねェ、傷つけたら殺す」 ひとすじも余裕のない必死な声が告げる。 「夜は腹に乗っけろ。コイツを組み敷いたら赦さねェ」 「…バッ、バカかテメーわァ!!」 銀時が怒鳴る。 「なに言ってんの? テメッ、こんな大勢の前でなに生々しい宣言してくれてんだァァ!」 「ククッ、テメェらの魂胆は分かってる。だがよ、コイツは昔こそ戦場で名を馳せたが、今じゃただのボンクラだ。コイツを絞り上げても何も出てこねーよ。見ての通り、俺たちとも道を違(たが)った身の上だ」 騒ぐ銀時を無視して土方に伝える。 「今日のところは銀時に免じて退いてやる。テメェらも退くんだな。そいつァ俺たちへの布陣じゃねーだろう? それとも最後の一兵が尽きるまで、この川をテメェらの血で染め上げるか?」
「聞かねぇバカだな。計算もできやしねーのか」 高杉は目を細める。 「あいにくとこっちはテメェら潰してもなんの旨味もねぇんだ。俺達に刀を交えるべき対等な敵と見做されるようになってから出直してくるんだな」 「あのぅ、高杉さん」 武市が口を挟む。 「この人の布陣というのは、やはり真選組の捕り手ですか? もしかしたら私、策を返されました?」 「気がつかねーのか。このあたり一帯、真選組で埋まってるぜ。住民もとっくに避難済みだ」 「そういえば、さっきからやけに静かっスね」 また子があたりを窺う。 「真選組の罠っスか。狙ってるつもりで私たちが誘き出されたんスか、…坂田銀時!」 銀時を振り返って睨みつける。 「アンタ、あたしらをハメたんスね!? いくら腐ってもアンタが幕府に肩入れするなんて思わなかったっス! なんスか、その男とデレデレ歩いて見せつけて、目論見どおり私らが現れたときにはアンタほくそ笑んでたんスね!」 「アホか。いつ俺がほくそ笑みましたか。そしていつ俺がコイツとデレデレ歩きましたか」 「そうだよ。バレちゃ仕方ねぇ」 土方がほくそ笑む。 「俺とコイツが歩いてりゃ、それが気に食わない野郎が引っ掛かってくると思っちゃいたが。まさかこんな大物釣り上げるたァな」 再び携帯を取り出して通話ボタンを押す。 「テメェら、獲物は高杉だ。ここを先途(せんど)と暴れやがれ、真選組の大舞台だぜ! 全隊士、すみやかに突入準備……!」
ワッ…と人声があがる。 川端から路地を入った向こうに騒ぎが起こる。 敵の声か、味方の応戦か、状況が見えないまま鬼兵隊士たちはそちらへ向き直って低く構える。 「なに…? 気の早いヤツがチャンバラ始めちゃった?」 銀時にも事態が掴めない。 高杉も編笠をあげてそちらを見ている。 「ちょっとアンタ! 幕府の指揮系統は脆弱っスね!? ちゃんと命令を聞かせるよう下っ端に徹底しろっスよ!」 「いや、また子さん。少しおかしいですね」 武市がそちらへ向かって歩を踏み出す。 「交戦というより家が壊されるような音です。真選組が我々との戦いに、わざわざ家屋を狙って壊したりはしないでしょう?」 「いや、…保証の限りじゃねぇ」 土方は額に汗を浮かべる。 「若干一名、ウチには問題児が……うぉをっ!?」 同じ方向を見ていた土方が、突如、路地から現れたものに視線をあげて目を剥く。 銀時、そして高杉も言葉を失う。 また子は思わず拳銃を持った手の甲で口を押さえる。 「なっ、なんで、こんなとこに……!?」 身の丈、3メートルにも及ぶだろうか。 鬼兵隊の男たちを蹴散らし、狭い路地の建造物を薙ぎ払い、雄叫びとともに彼らの前に躍り出てきたのは。 「………似蔵さん…?」 武市が呼びかける。
それは体中が変形し、巨大化し、カラクリめいた管や人工構造物やあらゆる凶器のたぐいを全身から生やした異形のもの ─── 紅桜の宿主だった。 |
巨体をズシズシと前進させてくる。 岡田似蔵としての面影はあるが、意味の解らない言葉を発する口は歯を剥き出しにしてヨダレを垂らし、どこを見ているのか眼球から焦点は失せている。 「おいでなすったか、…ずいぶんデケェな」 土方は値踏みしながら笑う。 見かけより動きは軽い。 本気になったら一飛びで馳せて一振りで捕り手を薙ぎ倒すだろう。 『副長、どうします?』 呑気に携帯が訊いてくる。 『高杉囲みますか、それとも予定通り岡田?』 「アホか、両方捕れ。両方ともウチのターゲットだろうが」 『無茶いわんでください、どっちも取り逃がします』 「弱音吐いてんじゃねぇよ! …なんだって一緒に湧きやがる」 土方はグッと握った携帯に叫ぶ。 「岡田だ。岡田に狙いを絞れ、そっちが先決だ!」 高杉はここで取り逃がしても即座に具体的な脅威にはならない。 しかし岡田は夜毎に犠牲者が出る。 隊士の配置も装備も岡田を想定している。 確実に岡田を捕ることが至上命令だ。 「逃げ道を想定して装甲車で押さえろ。一番隊二番隊、前へ出て岡田を囲め」 『相当人数の攘夷浪士が道を塞いでいますが、これは?』 「放っとけ、掻き分けてこい。手向かうようなら五番隊六番隊でお相手しろ」
武市が声を掛けてくる。 「あの人を貴方たちに渡すわけにいかないんですよ。ここは退いてくれませんか。我々が捕まえて連れ帰りますので」 「そういうわけにゃいかねぇよ」 土方は異形の相手を見上げる。 「アレを捕まえて事件を終わらせるのは真選組の急務だ。テメェら、万事屋と話しにきただけだろ。そっちこそ退きな。見逃すのも癪だが、邪魔がいなくなってくれる方がありがてぇ」 「私たちとしても内部抗争の残務処理を幕府の役人に委ねるわけにはまいりません。…どうです? あの人を取り押さえるために、ここは協力するというのは?」 「本気で言ってんのか」 「ええ、あの人の身柄は譲りましょう。その代わり、あの人の一部分だけは我々に渡していただきたい」 「ククッ…やめときな、武市」 不愉快な冷笑とともに高杉が告げる。 「こいつらにアレの捕獲は無理だ。そして、俺たちはアレに用が無ぇ。こいつらが手を焼いてアレ相手に死闘を演じるのを楽しく見物しない手はあるめぇよ」 「テメェ、それで俺たちをバカにしたつもりか?」 土方は高杉を笑いながら見返す。 「すました顔して大口叩いてやがるが、テメェ、ここに何しにやって来た? 俺と万事屋が祝言あげるって聞いて、居ても立ってもいられなかったんだろうが」 いっときの、ささやかな意趣返しにすぎなくても土方の吐き捨ては止まらない。 「どうだ、俺とコイツが仲良く歩いてるのを見て羨ましかったか? 素通りしようと思えばできただろう。なんでわざわざ声かけてきやがった。部下の作戦に口挟みに来たのか? 違うだろ?」 ボーッと立っている銀時を視線で指す。 「アイツは俺と一緒になることを承知した。テメェらに何があったか知らねぇが、アイツは俺のもんだ。俺は過去にはこだわらねぇ。尻尾を巻いて、とっとと帰りな、高杉。真選組は忙しいんだ。テメェなんぞに関わってる暇はねぇんだよ」
高杉は目を伏せて笑う。 「銀時ィ、テメェの牙は完全に腐れ落ちたようだな。もうそれ以上、凋落することもあるめぇよ。勝手に幕府と契(ちぎり)を結んで野垂れ死ね」 ふと顔をあげて銀時を見る。 「二度とそのツラ見せるんじゃねぇ。……斬るぜ」 その顔は激しい殺意に歪んでいた。 銀時は呆気に取られてそれを見つめる。 なにか言おうと銀時が口を開いた途端、高杉は身を翻した。 「武市。もう一度言う。兵を下げろ」 鬼兵隊の隊士が道を分ける中、騒ぎを外れてどことも知れない路地へ歩いていく。 「その野郎と関わったって時間の無駄だ。それだけ肝に命じたら、あとはてめぇらの裁量でカタァつけな」
武市は頭目の後ろ姿に声を掛ける。 「アレは回収しなくていいんですか!?」 答えは返らない。 代わりに武市の横から鋭い一声があがる。 「撤収するっス! 全員退くっスよ! 晋助様の命令っス!」 また子の指示で、鬼兵隊はザッと体勢を変える。 高杉が歩き去ったことは志士たちも承知している。 武市の顔を窺っていたが、また子の号令で志士たちの腹は決まった。 「また子さん、」 「なにしてるんスか、先輩。似蔵の亡霊より晋助様の意向が優先っスよ」 「しかし、……仕方がありませんね」 武市は銀時を振り返る。 「坂田さん。今日はこれで引きます。またいずれ」 「てめーら何しに出てきたんだ、ホント」 銀時は、バラバラと走りさっていく鬼兵隊の男たちを眺める。 もうとっくに見えない高杉の消えた後を、つい銀時は目で追ってしまう。 怒っていた。すごい顔で。あのまま食い殺されるかと思った。 意外だった。ちょっと笑ってしまう。そうか、アイツ怒ってんのか。 「万事屋ァ!」 「危ない、旦那ァ!」 土方と、真選組隊士たちの声が耳に入ったのは、そのときだった。 ブン、となにかが顔の前に飛来する。 「はぅ、ぐあ…っ!」 太い金属の管のようなものが数本、耳と首に巻き付く。 片手でそれを掴んで木刀を探る。 回避が遅れる。 胸や背中に衝撃がきて金属管が身体に絡みつく。 首が締まり、息が詰まる。 腰に差した木刀は抜けない。 腕が締め付けられ、上から力がかかって立ったまま地面に縫いとめられる。 背後から寄ってくる、重量のあるもの。 ズシ…、と地面が振動する。 人間のものとは思えない掠れて嗄(しゃが)れた声が、銀時の頭の後ろから降ってきた。
『坂田銀時は…どこだィ?』 |
銀時の胸や腰に触手が絡みつく。 地面へ向かって上から強力に押しつぶされる。 肺が潰されて咳を吐く。 「………ッ、」 足を踏ん張り、圧力を背骨で支え、反撃の足場を固めようとしたとき。 触手を押し返す銀時の力を利用して巨腕が地面から銀時を浚い、足が浮くまで持ち上げて銀時を宙吊りにしてしまった。 「ッ、!? 撃つな! 万事屋に当たる」 真選組は岡田を包囲し、槍や刺股で押さえようと一番隊が肉薄していた。 岡田はその頭上を飛び越え、他は目に入らないとでも言うように銀時の背後に降り立ち、銀時に捕獲の触手を放ったのだ。
反撃をしようにも地に足がつかず、足がかりを求めて触手を踏もうとする足は、ますます触手に絡みつかれて身動きが取れなくなる。 腕はもとより肩や腰ごと締め付けられて銀時の自在の動きは封じられている。 あとからあとから滑り出てくる触手、それらが巻きつく厚みで銀時の姿が見えないほどだ。
土方は銀時への奇襲を防げなかった。賊の体つきから予測される動きを遙かに超えていたのだ。 バズーカより砲身の太い中筒を担いだ隊士たちが前列の者と入れ替わる。 岡田が高く掲げた左腕、カラクリ触手が増殖した塊と化したものの中から吊り下げられた銀時の足がギリギリともがいている。 「射てーッ!」 筒口が爆音を立てて黒い塊を噴射する。 その塊が空中で異形の岡田を捕らえるべく散開してその網を広げる。 銃に連結したままの網はフチに分銅がついていて、目標を捉えると茶巾のように収束して生け捕りにする。
第二弾が放たれる前に網を打ち払って跳躍し、その巨体をしならせて店並みの一階から二階、見る間に触手を伸ばして屋根の上へ駆け上がる。 触手を巻きつけた銀時を懐に抱きこむと、そのまま川沿いから逸れて屋根づたいに瓦の上を走りだした。
土方は携帯を持ち直し装甲車とパトカーに叫ぶ。 「岡田が逃げた。万事屋を連れてる。てめぇらルートを先回りして塞げッ」 家屋を踏みしだく衝撃音を放ちながら巨体は軽々と屋根から屋根へ跳んでいく。 「動きが速い、大外から回り込めッ」 『しかし副長、目標を捕捉できません!』 「万事屋がGPS受信機を持ってる、携帯5番だ。屯所の基地局に補正データを要請しろ」 川辺にパトカーが何台も走りこんでくる。 隊士を次々と乗せて発車する。 そのうちの一台に土方も乗りこみ無線で檄を飛ばす。 「飛行を許可する。こっちからも追い立てろ、どんどん情報流せ!」
『アレ…? 目の前がまっくらだ』 銀時は全身の痛みに意識を焼かれる疼きで覚醒した。 筋肉という筋肉が、ちぎられて溶かされたように発熱している。 どうやら身体は横たえられている。 雑巾のように締め付けられていた手足には、まばらに触手の感触が絡んでいた。
気を失っていたことも知らなかった。 両眼から後頭部への圧迫感で、柔らかい金属質のものがピッタリと視界を塞いで張り付いているらしいことに思い至る。
感覚を研ぎ澄ませばそこが生活臭のない屋内で、天井はさほど高くはなく、自分が寝ているのは木製の床板の上であろうことが感じ取れる。
探ってみたが知り得なかった。 触手が身体に絡んでいる以上、あの怪異が遠からぬ場所に居ることだけは確かだった。
窮地に変わりはない。 だらん、と力を抜いたまま銀時は秘かに確かめる。 動かそうとしても指は動かない。首の向きを変えられない。 力は入るのにグンニャリと重い手足は自分のものではない物体のようだ。 そして四肢からたちのぼる熱い痛み。 雑巾のように絞られまくって全身の筋肉がズタズタにされたのだろうか。
木刀は腰から抜かれている。 おさまりの悪いスカスカした脇腹の軽さが自分が丸腰であることを告げている。
銀時はジッとしたまま考えを巡らせる。 『…走れねーな。膝が立たねェ。肩は…動くか。腹這ってでも、芋虫みてぇに転がってでも……ていうか、ここ、どこ?』 自分はどこまで逃げれば逃げおおせるのだろう。 風が枝葉を揺らす音は、ここが船舶の中でも宇宙空間でもないことを示している。 公園か、庭のある屋敷。その物置小屋とでもいったところか。
鬼兵隊が紅桜の宿主に用があるのは確かだろうが。 『あの意地っ張り。怒って帰っちまうし。幕府と契れだ? ふざけんなコラ』 頬が怒りにピクつく。 『テメーがそんな態度ならこっちにも考えがあんだよ。救出されちゃうよ俺は土方君に。はっきり言って靡(なび)くよ、土方君に』 心の中の仮想の高杉に毒づく。 高杉は偉そうに笑ったまま顔色ひとつ変えずにこちらを見ている。
一度や二度じゃない。 恨みでもあんのかってくらい戦場で高杉は銀時を邪険にあつかった。 身体の営みを差し引いても、なんだか辛く当たられた気がする。
直面する捕食者に意識を向ける。
また子の表現を思い出す。
しかも筋肉痛で身体がろくに動かないのだ。
そのとき不意に床の振動が鳴り渡った。 気配に銀時は総毛立つ。 ソレは銀時の目の前に立っている。 肉を、喰らおうと飢えているのが分かる。
『欲しィよぉ…欲しィんだよぉ、眩しいよぉ…!』
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身をかがめて迫ってくる気配に銀時は必死で叫ぶ。 「てっ、テメーが何しようが俺は言いなりになるしかねェ、だから焦んな、逃げねーからッ、」 実は猛然と床を蹴って後ろへ逃げようとしているのだが、足も身体もまったく動かず、幸か不幸か相手には静止しているようにしか映らない。 だらだら汗を垂らしながら銀時は詭弁を弄し、得意の口先で活路を見いだそうとする。 「ホ、ホラ…あれだよ? オメーずいぶんムチャしたみてーじゃねぇの。なんか事情あんだろ? どうしちゃったかなァ、って気にしてたからさ、オメーの話が聞きてぇなって、思ってんだよ。よ、よよよかったらさァ、オメーの話、聞かせてくんねぇ?」 『………ギィ…』 「さ、最近どうしてたの。体とか壊してね? あんまり酷使すんなよ、生身がイカレちまったら元も子もねーんだから。 …ぶっちゃけ具合どうなの。体とかアタマとか痛いんじゃね?」 接近の動きが止まった。有効と見て銀時は捲(まく)したてる。 「お、俺はね、オレはだよ、オメーのことが心配なんだよ。オメーはさ、本心じゃねーんだろ、こんなの? やりたくねぇけど無理矢理、突き動かされてるってーか…、ホントは嫌なんだろ、こんなの?」 指先も身体も動かない。 動くのは口だけだ。 でなければとっくにここから激走している。 「本当のお前と話してェんだよ、俺は…だからさ、いろんな面倒なモンとっぱらって、オメーの顔が見てぇ、ってーか…、っア、気にすんな、べつにオメーに何かさせようとかじゃなくてだな、純粋にオメーの顔が見たいと思っただけだから、嫌ならこのままで…」 『ギ、…ギントキ、……』 歯車めいたぎこちなさで、その口が言う。 『サカタ…、ギントキ……』 「………う、うぁあ、そ、そうだよ。俺だよ、なに…?」 相手の反応が読み取れない。呻きと荒い息遣いしか聞こえない。 『欲しィ…欲しィィ…』 「も、ももも、もう貰ったろ? 手に入ったじゃねーか、よかったな、あとはオメーがなんでここまでやったか、だろ?」 笑顔を作ったつもりだが顔まで強張ってるせいか笑みが引きつる。 「いわゆる告白タイムってヤツ? オメー、俺のことなんだと思ってんの?雑巾?」 『グガ…、ググ…』 「いや、だからね、オメーは俺を探してたんだろ? ってことは何か言いたいことでもあるんじゃねーの、って思ったわけだ。俺でよかったら聞くから。なんでも聞くから言ってみ、ホラッ!」 銀時の胸がドクドク鳴る。 本能的に危険を察知する。 もたない、コイツはもう。 ─── ヤる気だ。 『眩しィ…悔しィ…光を追うダケ…お前にナレない…』 声帯から軋み出すような音。 『欲しィ…お前を得られナイ…コロせ…俺だけのモノ…』 カラクリが立てる音のように抑揚がない。 『犯セェ…食ゥ…あの人は俺のモノ…あの人のモノは俺の…俺はあの人のモノ…』 「あの人って…高杉?」 銀時は肩をあげて身構える。 「お前、高杉に恋慕してんのかよ」 軽く塞ぎこむ。 とんだお門違いだ。 コイツは高杉に執着してるだけなのだ。 「内輪揉めなら高杉んとこ行けよな。俺は関係ねーよ」 『サカタ…ギントキ…に、ありつけば…俺はオレは、あの人にアノ人に…なれ、なれ、なれ、ナレるゥ…成れるゥ…ゥゥゥゥゥゥゥ…ウウウウッ!』 「───ッア、!?」 銀時の全身にゆるく巻きついていた触手が、急に膨れた。 長さを変え、太さを変えながら目覚めたように動きだす。 「なっ、…ななッ…、?」 無機質なカラクリの紐にすぎなかったものが一本一本、意志を持ったように銀時の肌を探り、刺激し、ミミズのようにうねり始める。 「や、やめっ…、ちょッ!」 首に絡んでいた触手が顔や耳へ這い上がってくる。 膨れた先端には割れ目があって、それが銀時の肌を噛んで引っ張る。 痛みか、くすぐったさか、その両方がないまぜになって銀時の露出した肌を刺激する。 「痛ッ、てか、気持ちワルッ…、!」 視界を塞がれたまま自在に動く蛇とも百足ともつかないようなものが思いもかけない方向から肌を這う感触に銀時は顔色をなくす。 それはカラクリの触手というより、血が通い、熱を持ち、個々に神経が通った生き物のようだ。 「あ、…や、ヤダ…、なに? どうなってんの?」 自分では動けない銀時も表面を刺激されると肌が震えたり、その部分を熱くしたり細かな反応を返す。 それを感知した触手が鎌首をもたげ、歓喜したようにドクっと膨れて先端の割れ目から粘液質の汁を垂らす。 「え? ぁう、……うぅ…っ、!」 ヌチャ…としたなんともいえない、ぬるい感触が腕に、首に、胸元に粘りながらベットリと纏いつく。 「…これ、アレだよ…、最悪だよ? …情けなくて泣けるレベル」 もともと筋肉が摩滅したように銀時の全身は痛みを孕んでいた。 その肌を不特定数の吸い口が無頓着に啄(ついば)む刺激は、深部の肉を直接食むように鈍い痛みをもたらし、痛みと快楽ないまぜの熱となって身体の奥にくすぶる。 「───う、…ァ、…んあっ、…?」 その忌むべき状況に、ただ身体を投げ出しているしかなかった銀時の意識に予想しなかった感触が掠めた。 「あ? ちょ、なにッ…!?」 ない、と思ってた部分に触手が触れた。 外から隠れた衣服の中。 着物の下、上着の下、ズボンの中。 まったくのプライベートな素肌にソレが蠕いている。 外気に触れないところを、くねりながら奥へ進もうとしている。 そんなことは思ってもいなかったが。 考えれば至極当然のことだ。 触手が服の中へ潜りこんできたのだ。 「ひっ、ぅわァアアアッ…アッ、アーッ…、あッ、!」 事態を察して、すくみあがったまま叫ぶ。 「やめっ、ダッ…、」 触手は銀時の腰から臀丘へ、少しずつのたくっていく。 より体温の高い部分、湿った体内へと侵入できる場所へ着実に近づいていく。 「や、…やめろ、来んな…、」 払いのけようにも身体は意のままにならず、体内に力をこめて侵入を防ごうにも、ぎゅっと引き締まる感覚はなく。 太股や尻の張り切った曲線を撫でながら、先端が銀時の深部をもとめ、あらゆる方向へ頭を突っこみ、くぼみを辿っては潜りこもうとする。 「ハッ、ァッ…、ぁう…!」 うっそりと、触手がその部分に到達する。 鎌首をもたげ、先端を擦りつける。 抵抗を突破しようと、太い部分で圧迫したり、くねらせたりして穴をあやすように蠢く。 ぬるい粘液が吐き出され、それが潤滑油のように部分の摩擦をなくし、侵入をたやすくするためのように穴の中へ塗りこまれる。 身体中が緊張する。 先端が何度もその部分をつついて試している。 「ヤっ、…ヤダ、やめっ、───うあッ、……ぁぁあーッ!」 ズルッと。 抵抗を突破して触手の先端が体内へ押し入ってきた。 銀時は息を詰める。 触手がドクドクと膨れながら中へ中へと進んでくる。 「あっ、…あ、……あぅ、ぅっ…、」 それの他にも体内へ侵入しようとする触手が次々と入りこみ、競うように最奥をめざして狭い場所を占拠し、中でこすれて腸壁を一杯に拡張させていく。 甘い痛みが、そのとき胸の中ほどから走った。 上着の襟の隙間から肌を求めていた何本かが乳首に齧りつき、強く吸いつき、液を吐いて濡らしては丁寧に細かく噛んでいる。 「は、…はぁ、……ァ、…ぁん、…ぅ、」
姿は見えない。 触手の目隠しはピッタリ視界を覆っている。 『…血も、肉も、精液も……オレのモノにナる……俺のモノにスル…』 巻きついた触手が足を強引に開かせる。 「ひッ、! …ぁう、ぅッ…、」 銀時の股間、ゆるく勃ち上がった男性器めがけて幾筋もの触手が這い寄ってくる。 それらはそうすることを熟知していたようにペニスの根元に絡みつき、双珠をつついて捏ねあげ、血管が浮き上がるほどがんじがらめに巻きつく。 荒い呼吸に胸を上下させる銀時の熱くなった頬にカラクリじみた手が触れる。 それは笑っている。 上から声が降ってくる。 岡田似蔵の独特の言い回し。
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浅い呼吸を繰りかえしながら銀時は切羽詰まった笑顔で尋ねる。 「こんな…カラクリで弄り回しといて…、ひとつもクソもねーだろ?」
岡田も声を歪めて笑っている。 『アンタのここも、ここも…俺の手の中にアる』
ペニスの根元に絡んでいた触手が固くそこを締め上げる。 同時にカリ首に絡んだ触手がスルッスルッ…と緩やかに回転する。 なかば固定された先端を別の触手が包みこみ、カリ首と亀頭を両方一緒に捏ねるように何度も何度も擦り潰す。 「うぁぁッ! アッ、! ぁ、あぅぅうっ、!」 強烈な刺激を亀頭に摺りこまれ、猛烈な射精感がこみあげる。 寸時の間断もなく触手の責めに晒される尿道口から、とろっ…と透明な液がこぼれかかる。 ぐぐっ…と精嚢が体液を押し出そうとセリあがる。 しかし、そこまでだった。 亀頭とカリ首だけを執拗に扱きながらペニスの根元をきつく戒めて精液の放出を堰き止める。 出したいのに出せない。 射精は完全にコントロールされている。
動かぬ手足に力をこめる。 身体を、性器をいくら弄られようが、こんなのは快楽でもなんでもない。 金属質のものが強制的に局部を押したり擦ったりしているだけだ。 マッサージチェアに背中をゴリゴリされているのと変わらない、…はず。
足は開き気味に引かれ、ペニスと双玉を緊縛され、尻の穴から体内を満たされ、亀頭を柔らかく擦られながら左右の乳首を細かく噛まれている。 「いっ…、言っとくけどなァ、こんなのセックスじゃねーんだよ! 一方的な按摩だよ!」 触手がこぞってズボンと下着を膝まで引きおろし、上着を鎖骨の上まで捲りあげ、銀時は着衣のまま相手が意図した部分だけ露出させられている。 「押されてっ、キモチいとこも…あるけどなァ、た、…ただの条件反射にすぎねェ…、っあ…、」 高杉の瞳に射竦められ。 抱擁し、重みを密着させ、汗と欲に浮かされた肌を擦りつけあい、身体の最奥でひとつに溶ける。 そんな高揚はここには無い。 「俺はっ、…オメーのもん、にはならねぇし、…っく、オメーとひとつになることも…ねぇんだよ!」
銀時が言い放つと一瞬、岡田の動きが止まった。 グシュ、グシュ、と鼻を鳴らしているような音がする。 『オヤオヤ…おかしィねぇ…』 岡田の変容が銀時にも分かる。 目隠しに視界を遮られた向こうでドクドクと押し出すような機械の鼓動が起こる。 鬱屈が吐き出す先を求めるような慙愧の念。 まれに剣の手練れが銀時に抱く殺意とそれ以上の淫欲、岡田はそれを醸している。 『…セックスじゃナイと言いながラ…アンタ…』 「…っ、!?」 『こんなにシたがってるじゃないカ…』 「ふ、っう…、ぅあ……、あふッ、…!」 固定され開かされた尿道口へ、触手が一本すりつけられる。 透明の液が滲んだそこへ、くぷんと触手が挿入される。 銀時の動かないはずの身体が撥ねる。 射精を堰き止められ、さんざ弄られて敏感になったそこへ柔らかいとはいえ金属の硬さと冷たさをもった長い管が体内のもっとも弱い部分へグイグイとめりこんでくる。 「は、っ…ァ、ぁあっ、……ァァアッ、!」 『痛イかぃ…? そんなハズないだろ…?』 慎重な愉悦の声。 『アンタをこうシテ可愛がってやりタイと…ずっと思っテたのサ…』 「アッ、ぁああ、ふあッぁああッ、ッ!」 触手は尿道の中をたどってある場所に行き着き、ゆっくり回転をはじめる。 尿道に接する男性器の要である前立腺。 外部からの圧迫でも十分快感を得られる性感帯に、触手は尿道からの直接的な刺激をゆるゆると送りこむ。 「ヤッ、…や、無理ッ…、ムリだからぁあッ、はぁうぅ、ぅぐぅ! ぁぐッ、ぅ!」 悲鳴をあげる銀時の喉を太い触手が塞ぐ 「ぅぐ、…んぅぅ、んぅ…!」 口の中へ、喉奥めがけて太い硬いものが入りこみ、嫌でも口を開けさせて抽送する。 「ふ、…んぅ、…ぅぅ、…っ、んぐ、ふぐ…っ、」 喉がこじあげられる痛み、息が吸えない苦しみに嗚咽をもらし目尻から生理的な涙があふれる。 その間も亀頭をしごかれ、尿道の中でゆるく弱く前立腺を刺激され、ときおり刺すような電撃が胸の乳首から伝わって撥ねあがる。 「うぅぐ、…んッ、…ヤ、ぁッ! はぁあっ、うぅっ…!」 双丘を開かせ、尻から侵入している触手も中で膨れて腸壁をこすりあげている。 ときおり腸壁ごしに前立腺に触手の先が当たると、そのまま突きあげられて銀時は声もなく悶絶する。
可笑しそうな声がいたぶる。 『すっかりオレに犯されテルよ?…とはいえお愉しみはこれカラだね…』 「……ッ、…ゥッ…、」 『この味を…アンタが気に入ってくれルと嬉しいんだガねェ…』 「……、!?」 びくんと銀時は察知する。 身体中へ、じわじわとそれが染みてくる。 亀頭や双珠に絡む触手から。 尿道の中をこする管から。 尻の中で膨れる物から。 喉の奥を塞ぐものの真ん中から。 「…あ…っ、 ぐ…、?」 触手がドクドクと膨れて先端の割れ目から汁が滲む。 銀時が十分に注入液を受け止めるよう狙いすますと、一斉にそれらが収縮する。 「ひっ、ぁ…!」 ぴちゃ、ぴちゃ、と吐き出された液体は銀時の粘膜に速やかに溶け入り、それを受けた局所を甘い焦燥に駆り立てる。 ドクン、と心臓が鳴る。 ペニスに力が集まる。 「はっ、ぁっ、…ぁぐっ、…う、」 身体が高まっていく。 呼吸が短く、早くなる。 肉の変化についていけない。 頭ではひとつのことしか考えていない。
ナカまで硬てぇの欲しぃ…
手荒く愛撫され、痛みが孕む快楽に溺れ、いつだって涼しげに人を見透かす野郎が必死になって男根押しこんで腰ふってるのが死ぬほど楽しくて有頂天で。 どんなときも生きてる実感と魂もってかれそうな昇天をないまぜに絶頂へ追いつめあって一緒に飛んだ。 その源が高杉の反り返ったアレで。 アレ嵌めればキモチよく逝けて。 欲しいのは、自分がヤリたいのはアレだけで。 あ…。 「……欲しッ……、欲しい、欲しいッ、…ぁ、ハッ…ぁあっ…!」 ぎゅううと尻肉が締めつける。 そのまま中に入ったものの感触で快楽を高めようとする。 こぽ、と触手を受け入れたままのペニスから液がこぼれる。 口の前にあった太い触手の先端を舐めてしゃぶる。 自ら乳首の愛撫をねだって胸を突き出す。 「は…ぁ、…たかすぎ、……たかすぎぃ…、」 『欲しいのかィ…?』 「…ん、…ぁ、欲しい…」 『オレは誰だぃ…?』 「ぁ……、たかすぎ…、もっと…ッ…、」 『そうダよ、…オレはアンタを得て、あの人にナる…』 人間の両の腕が銀時を抱きしめる。 快楽に溶けた銀時はほどよい熱を帯びて息をあげている。
『気にいったかぃ…? オレとアンタの…愛欲の味は…まるで伝説のようじゃ…ないかぃ…?』 |