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顔の左側ではなく、おでこに巻かれた包帯。 大作りな顎の輪郭と、手にした奇妙な形の変声器。 その男はニコリともせず銀時に語りかけた。 「近ごろ巷(ちまた)を騒がす輩には我々も手を焼いていましてね。このまま放置するわけにはいかないんです」 高杉の着物を羽織った大柄な男が変声器ごしに叫ぶ。 「さあ坂田さん、悪法の芽を潰しましょう『大江戸青少年健全育成条例改正案』反対ィィィィィィ!」 「……知るかァァァ!」 キレイに揃った銀時の両足が武市の胸ぐらを突き飛ばす。 「ぐふうっ」 平坦な表情のまま武市は蹴り飛ばされていく。 「ちょっと待ってください。貴方に本気でこられたら死にます」 「死ねや」 倒れ伏した相手の上に銀時は仁王立ちする。 「その声で喋んな。軽くトラウマ入るだろーが。なんでテメーはそんな格好でウロついてんだ。新たなテロか?」 「貴方と穏便にお話しするための方策です。いろいろ考えましたが足止めにはこれが一番でしょう?」 「…だってさ、土方くん」 くるりと土方を振り向く。 「なんか変質者に声かけられちゃってー、ヒドい目に遭ってるんでー、パフェとかアイスとか食って忘れたいんですけどー、この先にちょうど『でにぃ~ず』あるんですけどー」 「お前、ソレ…」 土方はひきつりながら指を差す。 「そいつと知り合いなんだろ? つか、そいつ高杉配下の…」 「知りませんー。誰これ?」 肩越しに武市を見る。 「話したことないしィ。遠目に見たかもしれないけどォ、江戸にゃそんなヤツばっかりだしぃ」 「それは無いでしょう、坂田さん。私ですよ、高杉さんの外部頭脳と言われた鬼兵隊の……ぐふっ」 立ち上がりかけた武市の腹に銀時のブーツの底がめりこむ。 「知らねーつったら知らないんだよ。ちったァ俺の立場を考えろ。警察の目の前で知り合い顔で話しかけてこられたら俺までロリコンの同類だと思われんだろーが。二度と妙なコスプレして俺に近づいてくんな」 「ロリコンじゃない、フェミニストです。ちなみにこれはコスプレじゃなくて高杉さんの着物ですよ。嗅ぎます? 脱ぎたてですからあの人のニオイが……ガフッ」 「なんでテメーが脱ぎたて着てんだァ!? アイツか、アイツがよこしたのか!? テメーらどういう関係だァァァ!」 武市の胸ぐらを掴んで頭がもげそうに振りまわす。 ガクガク揺れる武市の口が切れ切れに告げる。 「包み隠さず、お話しします。我々の、潜伏しているアジトまで、御同行ください、坂田さん」 「テメ俺を陥れる気だろ、俺が邪魔だから警察の前でアジトとか同行とかイチゴパフェ食い放題とか言ってんだろォォォ!?」 「いちごパフェはありませんね。いちごワインならなんとか」 「パフェ無しィ? 見くびんな、俺がパフェ以外のモンに釣られると思ってんのか?」 「釣られたでしょ、高杉さんの着物に」 「お前なぁ…、」 笑顔が震える。 「言っとくけど、知ってたからね。知ってたよ? 高杉にしちゃテメェはデカすぎ。縦にも横にも間延びして、頭もデカイわ足も太いわ、高杉騙るにはテメェは別人すぎだァ!」 ペしっと武市の頭に乗っている変装用のカツラを叩き落とす。 「どーすんだコレェ、俺がテメェの格好に反応したとか、それが高杉の格好だったとか、もろに警察にバレちまっただろーがァ! もうダメだ、監獄行きだよ? 打首獄門だよ? テメェどうしてくれんだコレェ!」 「待ってください。我々と話したら獄門だなんて、そんなことないでしょう、ねぇアナタ、そこの人?」 「そこの人じゃねぇ。真選組副長、土方十四郎だ」 土方は刀から手を離す。 武市にも、まわりの浪士たちにも殺気がないのは土方にも分かっている。 「そいつァ高杉の格好なのか。手配書きの寸法と背格好が違うから高杉たァ思わなかったが。テメェは武市変平太だな。変人謀略家と名高い、高杉配下の鬼兵隊四天王のひとり」 「真選組にまで私の名が知られてるとは光栄ですね。で、土方さん。ちょっと外してもらえませんか。今ここで事を荒立てたくはないんですよ。我々が用があるのは坂田さんだけですから」 「断る。コイツは俺の許婚(いいなずけ)だ」 土方は眼光鋭く言い放つ。 「来週、屯所で祝言を挙げるんでね。コイツは渡せねぇ。テメェら、誰のお使いだ? 高杉か? コイツに何の用だ?」 「祝言? それはまた唐突ですね」 武市はカツラの下の自前の髷(まげ)を念入りに直し始める。 「やめてくれませんか。そんなことになったら、またあの人がピリピリして我々も非常に気を使うんですよ。ご存知ですよね? 坂田さんは攘夷戦争に行ったとき高杉さんとは攘夷軍に知れ渡った仲で……はがぐっ」 「お前さァ、なに言ってんの!? なに言ってるわけェ!? なんのことだかさっぱり分かんねーんだけどォ!!」 汗まみれの引き攣った笑顔で、銀時は手にしたカツラを武市の顔面に押しつける。 「オレ分かんなくなって混乱してるからさァ、もういいよね? いいよねコレ斬っちゃっても? 警察の人いるし、怖い浪人に囲まれて因縁つけられて正当防衛だよね?」 「待っとけ。まだ聞きたいことがある」 土方は武市、そして周囲をかこむ鬼兵隊士たちを見渡す。 「こんな風にこいつらと話せる機会は少ないんでね。核心にせまるこたァ口を割らねぇだろうが、用向きくれぇは聞いてもいいだろう。テメェらの万事…坂田銀時への用事は、ズバリ『岡田』か?」 「そうっスよ」 別方向から女の声がした。 「アイツには私たちも迷惑してるっス」 浪士たちの間から進みでてきたのは鬼兵隊の紅一点、来島また子。 「ちょっとアンタ、真選組ならアイツ早く捕まえてくれないっスかね。あんなの、ただのアイツの変態趣味じゃないっスか。あんな奇行で晋助様の顔に泥を塗るなんて、アイツ絶対許さないっス!」 腕組みして土方の前に立つ。 「ちょうどいいからアンタに言っとくっスけど、似蔵の起こしてる事件、鬼兵隊とはなんの関わりもないっスからね。似蔵がなんのために坂田銀時を探してるのか、私たちにはサッパリっス。この間のドンパチで行方知れずになったと思ったら私たちになんの断りもなく辻斬り…じゃないっスね、辻強姦っスね、それを繰り返してるんで、鬼兵隊も対応に苦慮してるっスよ」 「つ、辻ゴーカンんん!?」 銀時が振り返る。 「なにアイツ、俺の名前呼んで探しながら男をゴーカンして回ってんのォ!?」 「違うんスか? 我々の情報ではそうなってんスけど」 また子が銀時を見る。 「アンタ真選組と結婚するんスね。なに晋助様を刺激してくれてんスか。早く死んでくれっス。それか似蔵の生贄になってあのホモを鎮めてほしいっス」 「ホモじゃありません、また子さん。衆道です」 「どっちでもいいっスよ、先輩。ちゃっちゃと坂田銀時を連れていかないと晋助様に知られたら事っスからね」 「あー、オレ行かねーから」 銀時が手を振る。 「パフェも無ぇようなとこ行きたくねーし」 「そんなこと言わないでください。貴方を腕づくで連れていくとなったら何人の死傷者が出ることやら」 武市がカツラを片手に耳打ちする。 「なんなら、バケツでもタライでも用意しますよ、パフェ」 「…いいのか?」 「ええ。負傷者の治療費を思えば安いもの」 「でもなァ、お前らと行ったら確実に獄門だものなァ。で、俺を連れてってどうする気?」 「それはまあ色々と」 「そんなあやふやな事でプレゼンが通ると思ってんのか。なめんな」 「この人の前では言えないことです」 「警察の前だろうが上司の誕生日前だろうが言わなきゃならないときがあんだろが。そんな怪しさ満点のミステリーツアーになんか誰も御招待されねーよ」 銀時は武市から身を離す。 「言えねェなら行かねーぜ。高杉の思惑が入ってねェなら気兼ねもねーし。どうせテメーらも人を囮にするとか、その程度だろ。もういい帰れ。モタモタしてっとお巡りさん2号をけしかけてお前らをしょっぴかせるかんな」 「誰がお巡りさん2号だァ!」 「え? だってお前、真選組のナンバー2じゃないの?」 「よーし、じゃコイツらの前に、まずテメェをしょっぴくか」 「連行される前にパフェ食いてーな」 「あとでたらふく食わせてやる。こっからは警察の仕事だ。さがって見てろ」 「やですぅ。見てたら流れ弾に当たりそうだもの」 腰に差したままの木刀を左手で押さえながら、銀時は土方の傍らに立ち戻る。 銀色の武神を横に置いて土方は鬼兵隊士へ向き直る。 二人の構えに浪士たちの気配がザッと変わる。 「仕方ないっスね」 また子が拳銃を取り出す。 「こっちもパッパと済ませたいんで腕づくしかないっス。悪いけど当たっても勘弁っスよ」 「また子さん、ここは平和的に」 「そんなこと言ってる場合っスか。いつ真選組の応援が来るか分からないんスよ?」 「この人を相手に、この人数で足りると思ってるんですか、猪頭」 「この人数を揃えたのはアンタっスよね、武市変態」 「私は穏便に話をするための人数を揃えたんです。とてもこの兵力では」 「じゃあ引き上げるって言うんスか! なんのために危険を犯してこんな町中で布陣を敷いたんスか!?」 また子と武市のやりとりの間も浪士たちの剣気は高まってくる。 きっかけがあれば抜刀して乱戦にもつれこみそうな形相だ。 「…ったく、無駄に仕掛けを潰させやがって。こっちのターゲットはテメェらじゃねぇんだがな」 土方は懐から携帯電話を取り出す。 銀時を後ろに守ったまま通話ボタンを押す。 「…俺だ、配備はいいか? 不本意だが、こいつら……、ッ!?」 そのとき。 あたり一帯に奇妙な静けさが流れた。 殺気とは違う。 しかし危険な。 甘美な音楽のように強烈な。 気配、人の放つ空気としか言いようのないものが満ちて空間を支配していく。 鬼兵隊士が息を呑んでざわめく。 彼らのひと隅(すみ)が自然と分かれて道をつくる。 その只中から、人影。 編笠をかぶり墨染の僧服姿で錫杖を手にした一人の男。 「ずいぶんと面白そうな余興じゃねぇか。猛った血のニオイがプンプンすらァ」 ワラジを履いた白い足袋の足が、踏み出すごとに威圧感。 「江戸の町並みを血の色に染める。けっこうな見世物だ。テメェも見てみてーだろ?」 あげた編笠の下に見える、左目に包帯を巻いている。 右目はぎらりと活きている。 あたりを睥睨しながら銀時ただ一人に、その隻眼に湛えた強烈な光を注いでくる。 「腐った国には血が似合う。こんな血の祭りに招かれねーたァ、ちと寂しい気もするなァ」
携帯を懐へ突っ込んで刀に手をかける。 一部の隙もない相手に土方が抜刀をこらえる横で、フッと銀時の構えが解ける。 両腕が力なくダラリと下がる。
ぽつりと。
銀時の唇が呟いた。 PR |
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