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相手の頭を抱きあい、唇をすりあわせ、互いの中身を吸い尽くそうと唇が禁を犯して開いていく。 ああこれで。 濡れた舌もろとも相手の熱が味わえる。 下から抱きつく形で銀時は土方の肩から後頭部を引き寄せる。 密着したまま開通させた唇の合わせめから相手の熱まみれの感触を迎え撃とうと唇から舌が出かかったとき。
廊下に面した障子戸の向こうから騒がしい小声が制止した。 「聞こえたらどうすんだよ、殺されるぞ」 「なんで副長なんだよォ~」 「代わりてェェェ!」
銀時は押しつけていた唇を離す。 熱のあいだに隙間ができる。 応じて土方も動きを止める。 「気にすんな」 「むっ、無理に決まってんだろがッ」 「お前が誰のモンか広まりゃ目的通りだ」 「おまっダレが誰のもんだ?」 小声で銀時の顔に囁きながら唇を押しつけてくる。 さすが集団生活に慣れてる奴は違う。 プライバシーなにソレ?だ。 目を伏せた土方が眉をヒクつかせているのは隊士の盗み聞きではなく銀時の気が逸れてしまったせいだ。 「放っときゃいい。どうせ誰も入って来ねぇ」 「ちょ待て」 銀時は自分たちを伺っている第三者の存在に正気を引き戻される。 自分がこの男と懇(ねんご)ろになったと知られる。 それはあまり、いやかなり不味い。 他の誰に知られたって構わない。 しかしただ一人。 笑いを含んでこちらを振り向く深くて底知れない隻眼の瞳。 あの男にだけは自分が誰かに情をかけたと思われたくない。
銀時は表情を閉ざす。 「祝言には出席すっけど肉体(からだ)はナシだ」 「…なに言いやがる」 「お前のことキライじゃねぇ。すげーキモチィ。けどヤッちまったら俺は…お天道様に胸張ってられねぇんだよ」 「………そうかよ」 潤んで土方を見ていた瞳が、今は睫毛をけぶらせて半眼に閉ざされている。 それでも銀時は土方の腕に、触れる距離にいる。 欲しいものを強奪しないヤツが居るか。 こんな好機を逃すヤツがいたらお目にかかりてぇ。 「んぅぐッ…!?」 抱いていた銀時を畳に落として押さえこんだ。 やっかいな両腕をつかんで畳に押しつけながら銀時の身体の上に乗っかかる。 ぬかりなくもっと厄介な膝を自分の下肢で念入りに封じる。 「な、っにしやがっ…!」 焦って土方を跳ねのけようとするが下からの抵抗などタカが知れている。 遠慮なくその逃げ場のない顔に顔を近づけて唇を追いかける。 逸らす顎に阻まれて捕まらなければ手近な頬を噛み、首を噛み、その襟の合わせから鼻をつっこんで肌を吸い上げる。
思いの外、抵抗できなくて戸惑っている。 全力で暴れた方がいいぜ。 俺は頭ん中で何回こうしてお前を犯したか分からねぇ。 ここは俺の部屋だ。 場所慣れしてねぇお前は不利だ。 このまんま、どんな手つかっても既成事実を作ってやる。
銀時はわめいているが、まだ怒ってはいない。 問答無用でブッ飛ばされないほどには自分はコイツとの人間関係を築いていたらしい。 ただしコイツは解ってねぇ。 俺がどんなにテメェが欲しいか。 触れた唇に一度応えられちまったものを離しちまえるほど人間できても枯れてもいねぇ。
「エッ?」 「諦められねぇんだよ!」 「えっ、ソッ、んなこと言ったってよ、」 「テメェこっち向けよ」 「向いてるだろうがァ!んでテメーにベタベタちゅーされまくってんだろがァァ!」 「そうじゃねぇよ」 「ア?」 「テメェはどこ見てんだ…誰見てんだよ」 「…どこっつわれてもなぁ、」 「いいかげんこっち見ろや…テメェはちっとも俺を見ねぇ」 「見てるよ、ウン。いま頭しか見えねーけど」 「俺が嫌いか?」 「そういう問題じゃねぇよ!」 「逆ギレすんな、そういう問題だろが」 「うるせーよ、ヤッちまおうかな?くれーにはキライじゃねーよ!」 「んじゃヤッちまやいいじゃねぇか」 「でもよしヤッちまおうってくらいには好きじゃねーんだよ!」 「んだとコラ?」 「…痛ッ!ちょあんま吸うな、跡つけんな勝手にィ!」 「うるせェ、テメェもソノ気になったくせに我慢できんのか?」 「そりゃできれば厠行きてぇけど」 「…俺より厠のがマシだってのか」 「いやそんな卑屈な売り言葉、買いたくねぇから」 「~~~ッ、クソがァ!いいから一回ヤラせろやァァ!痛くしねェからよォォォ!」 「痛くねぇワケねぇだろォォ!!あんなトコにこんなモン入れんだぞ、よっぽど好き…物好きじゃねーとできる技じゃねーんだよォォォ!」 「舐めてほぐして腰から脳天までグズグズに溶かしてやらァ、任せろテメェのなら俺ァ舌つっこめっからよ!」 「いっ…いやな図を想像させんじゃねーよッ!」 「アァ?いまので身体熱くなったぜ。考えて感じちまったんだろがァ!」 「てっ、てめッ、羞恥プレイとか冗談じゃねぇ!俺をいくつだと思ってんだ、身体に乗っかられたまま耳元でエロい声で囁かれて感じねーわけねーだろがァ!」 「だからそのままヤられちまえっつってんだァァァ!!」 「そんなワケいくかァァァ!!」
「だいたいおかしーだろうが!なんでヤんなきゃなんねーんだ?オメーらの計画ではお偉いさんを納得させるための祝言つっただろうが。ホントにヤる必要なんかねーんだよ!てかそれを強制ってテメーらソレ犯罪だろ慰謝料よこせ、ハンバーグランチにドリンク付けねぇと、あ、三人分よこせ、ガキどもも腹すかせてるんだよ、それからパフェな!」 「声がデケェんだよッ!!」 土方が叫ぶ。 「こっちだっていろいろあんだ、そう簡単に見破られちまったら意味がねぇ!付け入る隙がねぇくらい、お前がこっちに夢中だって話になってもらわねぇと、おびき出せねぇだろうがァ!いいから黙って力抜いてろや、俺がどんだけテメーに惚れてるか教えてやらァ!」
銀時の抵抗がピタリと止まる。 静かな、揺るぎない声が確認する。 「誰をおびきだすの、オメーら?」 「……あ。」 被さっていた身体がピクッと動きを止める。
土方の視線が銀時を逸れ中途半端に宙を泳いでいった。 PR |
廊下に面した障子戸が開いて、いきなり沖田がポケットに片手を突っ込んで立っていた。 部屋の中の、まだ畳に組み敷かれたままの銀時と、それに被さったままの土方を瞳だけで見下ろす。 「そこまで持ち込んでオトせねぇなんて土方さんにしか達成できない偉業でさァ。まったく旦那もこんな野暮天を引き当てちまうとは想定どおりの災難でしたね。一番隊隊長沖田総悟、心からお悔やみ申し上げまさァ」 「……テメェなにしに来やがった」 土方が視線をあげて沖田に鋭い眼光をくれる。 「出てけ。お呼びじゃねぇんだよ」 「へぇ。そうですかぃ?」 沖田はわざと意外そうな口調で銀時に尋ねる。 「旦那、まだこのヘタレに強制わいせつ受け続けますかぃ?それともチェンジで?」 「どっちもお断りだっつの」 銀時は手首の先を沖田に向けてヒラヒラ振る。 押さえこまれたままの身体は沖田の出現と同時に力を失って萎えている。 「とりあえずこの話は一旦、白紙に戻してもらうわ。基本的にはウチに帰る方向で」 「オイ、ちょッ…!」 「まあどきなさいよ」 銀時は顔をあげて、すぐ目の前の土方に無気力な、いつもの掴みところのない表情を向ける。 「も一回、詳しい話きかせてくれる?それによっては銀さん、考えないでもないからさ。オメーの立場とか。真選組の厄介事とか」 「……クッ、」 「やいテメーら今の聞いただろぃ」 詰まった土方が応えるより早く、沖田は残りの障子戸をパシンと開け放った。 仁王立ちしたまま背後に申し付ける。 「まだ万事屋の旦那は誰のもんにもなってねぇ。真選組の副長さんが権力を盾に嫌がる旦那を連れ込んで一方的に言い寄ってるだけだ。結婚式までお膳立てされちまってるから旦那が屈するのも時間の問題かもしれねーけどな。というわけで」 ちらりと後ろを窺う。 「テメーら、江戸の町にこの話バラまいてこい。最終的に旦那を土方の野郎から取り上げて表向きは貞淑な本性は俺だけにエロいMで欲しがりの美人妻に仕立てあげるのは次期副長候補沖田総悟だってことをそこらの愚民どもに分かりやすく吹聴してきなァ」
「副長、いいかげんにしろ!アンタそっから降りろォォ!」 「旦那嫌がってるぞ、嫌がるもんをヤッたらどうなる?逮捕だ!」 「婿を選び直すってことでいいんですよね?」 庭にいる数人の隊士たちが部屋の中に向かって廊下の縁から身を乗り出している。 開け放たれた障子戸から中の二人の体勢は丸見えだ。 沖田はフフンと片頬をあげたまま柱に寄っかかって見下ろしている。
土方は全員に怒鳴る。 「コトは決まったんだ。コイツは俺のもんだ。万事屋がなにほざこうがコイツが俺と婚姻関係を結ぶことに変わりはねぇ!とっとと失せやがれ!」 「アレレ?たしか旦那の意志優先じゃありやせんでしたか?」 沖田がまたもや意外そうに首を傾げる。 「それを言ってたのは土方さんでしたよね?」 「そうだそうだ!祝言じゃ女体化まですんだぞ!」 「旦那の意志を無視だなんてあんたケダモノか副長ォ!」 「俺もあの人を嫁さんに欲しーよォォ!」 廊下の板敷きに這いずってこようとする隊士たちはますます音量を上げていく。 そろそろ騒ぎを聞きつけた者たちが庭の左右から姿を現してこちらを窺っている。 土方は自分の部屋の外に詰めかけている者たちに目を向ける。 銀時から手だけをゆるく離し、まだ銀時に乗ったまま上半身を起こして座敷から隊士たちを睥睨した。 「テメーら、よっぽど死にてぇらしいな」 その瞳孔の開いた眼が一瞬にして全員を、その顔と素性と実力を値踏みする。 なんの抑揚もなく響いた土方の声はその場にいる部下たちの耳朶を打った。 「たしかにコイツはまだ誰のもんでもねぇ。当然だろ。祝言の話が出たのは今日だ。これから俺たちはよりよく知り合っていくんだよ。身体も感情(こころ)もな。その過程で齟齬が出て、こぜりあいみてぇな痴話喧嘩やらかしたところでテメーらにどうこう言われる筋合いはねぇ」 「で、ですが…」 「テメーらも座敷にいたから知ってるはずだ。コイツは俺を選んだ」 土方はチラリと畳の上に伸べた銀時を見やる。 銀時は腕の束縛が解けても、やる気なく畳に倒されたまま土方と廊下の外のやりとりをボンヤリ窺っている。 「大切なのは、コイツが俺を選んだというその事実なんだよ。事実を曲げたいヤツがいるなら相手するぜ。今の俺は誰にも負ける気がしねぇからな」 言い置いて土方は沖田を見据える。 土方の剣気は充実している。 沖田は気に入らない顔でそれを見る。 銀時を得て、なるほど土方は気合い十分だ。 沖田とて簡単には勝たせてもらえないだろう。 口を結んだまま土方と銀時を交互に見ていた沖田は、おもむろに片足を上げると足元の隊士に一蹴りくれた。
沖田が言い放つ。 「当分ここに近づくな。不心得者は俺が斬ってやら。ここで見聞きしたことはテメーらの胸の内にしまっとくんだな。他の野郎どもにも内緒だ。くれぐれも愚民どもの耳に入れるんじゃねぇや」
「納得いかないッス!」 「副長のガキ孕んだらどうすんだ!」
沖田の瞳が動いて無慈悲な口調が通告する。 「命令が聞けねェならこの場で粛清するぜ」
「副長、その人に無茶しねぇでください頼んますっ」 「ひぃぃ!」 「すまねぇ旦那!命令には逆らえねぇ!」 隊士たちは口々に言い残して廊下の縁側を離れる。 バタバタ疾走していく物音が庭の向こうへ散っていく。 やがて完全に付近の庭から人の気配が消えた。
障子戸に手をかけながら沖田が二人を見て笑う。 「あとは痴話喧嘩でもなんでも御自由に。旦那がチェンジする気になったら声かけてくだせぇ」 「あー…沖田君さ、ちょっと頼みがあんだけど」 銀時がだるそうな声をかける。 引き戸を閉めようとしていた沖田の手が止まる。 「なんですかぃ?土方の息の根をとめろって話ですか」 「違ぇよ。テメー俺に殺人を依頼させる気か」 「ええ、土方なきあと旦那を殺人教唆でしょっぴいて俺じきじきに尋問する予定で」 「そんな予定は永遠にこねぇ。そうじゃなくてよ、オメーそこで張ってるつもりだろ?」 「アララ。お邪魔でした?旦那を助けたつもりが俺ァ読み違えやしたかね」 「オメーが助けたのはコイツだよな」 銀時が顔で土方を差す。 「それはどうでもいいから、そこの戸開けといてくんない?」 「閉めろ総悟」 土方が低く告げる。 「コイツと二人っきりで話がしてぇ」 「へぇ、わかりやした」 沖田は頷いて引き戸を全開にする。 そのまま廊下の板敷きに腰を下ろし、部屋の二人に向かって胡座をかいた。 「これでいいですか、旦那?」 「わかってるじゃねーか」 「旦那の気も知らねーで跨ってるボンクラとはワケが違いまさァ」 「アレ?沖田君、上司にボンクラとか言っちゃうわけ?」 「上下分け隔てないところがウチの底力なんで」 「そんなん重すぎるだろ。底が抜けるだろ」 「抜けてもこれ以上落ちようがありやせんや」 「そいつァ安心だな」 「いつでも嫁に来てくだせェ」 「…つーわけだからよ」 銀時は土方を正面から見上げる。 「そろそろ退いてくんねーか」 「………ったく、」 土方は深く嘆息する。 銀時は二人ではなく沖田を交えて話したがっている。 その意図は明白だ。
不承不承、土方は銀時の熱くてしなやかな身体の感触から自分の手足を引き剥がした。 |
土方が退くと銀時は、のそりと身を起こした。 その場に胡座をかきながら沖田と土方に向き直る。 「テメーら、そろそろ口割れや。俺はエサなんだろ。お偉いさんの目眩ましに祝言あげるってのも方便か」 「そっちは嘘偽りありやせん」 すかさず沖田が答える。 「ウチの独身率の高さは幕府(おかみ)からバッチリ目ェつけられてるんで。どっちかっていうとソレが本命でしてね。あとのクソみてェな計画は後から取ってつけたようなもんでさァ」 「そっちが本命?」 銀時は眉を顰める。 「だったらなんで俺なんだよ。世の中にはテメーらの嫁になれそうな女があふれかえってんだろーが」 「そりゃ、あそこにいた連中は旦那に懸想してるからでさ。あとはそれぞれ自分の狙いに奔走してるんじゃねェかな」 「なに、テメーらが懸想してるから俺が連れてこられたの?んじゃ俺がテメーらの意識にのぼらなかったら来なくて済んだわけ?」 「そうかもしれやせんね」 沖田がもっともらしく肯定する。 「近藤さんと独身野郎どもが酒飲みながら嫁さん談義してて、あっさり万事屋の旦那の名前が出て、アレ嫁さんに欲しいとか、アレが女だったらとか盛り上がって。どうせこんな想いは届きっこねぇって酔っ払いどもがクダ巻いて。そしたら近藤さんが、だったらアイツを嫁さんにする合法的なやり方を考えようじゃねェか、もうこのさい誰が娶っても構わねぇ、真選組の嫁さんになってもらわね?って流れになったんでさ」 「どっからツッコンでいいのか分からねー。とりあえず嫁さん談義に俺の名前を出したバカを殴らせろ。嫁ってのは亭主と共同作業してガキ産むもんだ。俺にそんな特殊能力はねぇし。好きこのんで獲得するつもりもねぇ」 「旦那が岡惚れして熱愛カップルになれば自然とガキが欲しいって話になるでしょ。そんときウチ(真選組)には天人の性転換薬があるから、いくらでも二人を後押しできるだろって近藤さんが言ったんでさ。そしたらすっかり隊士どもに旦那の女体を抱く夢想が広がっちまいやして」 「さっきの奴らが言ってたのはソレ?」 「不愉快なモン耳に入れちまいやしたね」 「別にどうでもいいぜ。俺はテメェの体を女にしようなんざ思ってねーから」 「そいつァ残念なことで」 「けどよ」 銀時は考えをめぐらせながら沖田と土方を見る。 「祝言が本命ってことは、オメーら上への体裁をつくろいてぇんだろ。本当に辻斬り事件が終わったらウチに帰っていいんだろな?子作りがどうとか言ってるし、偽装を終わらせる気あんのか?なんだかこのままウヤムヤのうちに結婚させられてテメーらの中に取り込まれそうなんだけど」 「そこまでやる気はねぇよ。ある程度のケリがついたらオメーは自由の身だ」 「…と、土方さんはこんなこと言ってますがね」 沖田は、口を挟んできた土方を見やる。 「そんな都合よくいくわけねぇでしょう。旦那は入籍するんでさァ。公的な結婚ですぜ。そのまま屯所に閉じ込められて無理やり女にさせられて子供でも孕んじまえば逃げられねェ。しかもその相手はこのままでいくと土方さんですぜ。よく考え直しなせェ」 「………エ?」 「そっ、総悟ォォォ!」 目が点になった銀時に、沖田を一喝した土方が向き直る。 「そんな事実はねぇ!ありゃアイツのでまかせだ。勝手に入籍なんかしねぇし、オメーの意志を無視してコトを進めることもねぇ!」 「嫌がる旦那にセックスを強要しようとしていた男がなに言ってんでぃ。キレイ事はやめましょうや、土方さん。かぶき町で旦那が俺たちのところへ来たときから旦那は俺たちの捕らわれ人だ」 沖田は銀時に真顔で告げる。 「アンタ、暫定花婿の土方さんに半強制的に性行為を強いられる捕らわれの花嫁なんですぜ。暫定花婿を撤回しないと大変なことになりまさァ」 「でたらめ言うなァァ!コイツは俺を選んだオメーの決定を覆したいだけだ、耳貸すんじゃねェェェ!」 「……んなこと解ってるつーの」 銀時はダルそうな眼で土方を見る。 「だからお前を選んだんだよ。撤回なんかしねーよ。話進めていい?」 「…ア?」 土方は、沖田も銀時を見る。 「撤回しないんですかぃ?」 「…それで選んだって、どういう事だ?」 「どうって…」 銀時は目を逸らして銀髪の中へ指を差し込む。 頭を掻きながら、その話題を片付けなくては先に進めないことを悟って口を開く。 「お前は俺に非道いことしねーだろ?沖田君や他の誰かが強攻策に出ても、お前だけは俺を裏切らねェ。お前はお前の武士道に背くことはねぇんだよ。それはお前と刀まじえた俺が一番よく知ってるかんな」 「…」 虚を突かれた土方は銀時を見たまま固まった。 言うべき言葉が出てこない。 銀時に見込まれている事実に身が震え、同時に哀しみが髄まで広がる。 俺は何故、コイツを得ることができねぇ。 ここまで心を差し出しておきながら、コイツはなんで裾をひるがえして遠ざかっていくのか。 「お前らが俺を逃がす気がないのは分かってた。オメーらの思惑はイマイチ読めねぇ。だったら俺はオメーの信条に縋るしかねぇだろが」 銀時は土方を見ない。 「祝言も処遇も、オメーがそうするってなら、もう逃げようがねぇ。きっとオメーは誰より考えてそうするんだろーし。俺にとってお前が選ぶ道が一番、納得しやすい理不尽なんだよ。だからお前だ。解ったか。解ったんなら次いくぞ、次」 「つまり土方さんは御(ぎょ)しやすいってことですね」 ポンと手を打って沖田が言う。 「たしかに狙い目どおりでさァ。人質が誘拐犯を懐柔するような熱の入った演説に『俺ァコイツに非道いことなんかできねぇ…!』って、さっそく胸を打ち抜かれてやすぜ」 「オメーはいちいち台無しにすんじゃねーよ」 銀時は平坦に言う。 「もうちょっと押せば土方君が俺を解放してくれたかもしれねーのによ」 「だから土方さんと二人きりにするのはマズイんでさァ」 「って言いながらオメーはコイツを放っとけねーよな。そんなにコイツが俺に取られるか心配?」 「できればどっちも手に入れてぇとこなんで。いっそ三人でヤりやせんか?」 「オメーのそのあけすけなところが気に入ってるけどよ。三人とか無理だから。辞退するから二人でどーぞ、俺の見てないところで」 「見えなきゃいいんで?だったら目隠ししてやりまさァ。音だけってのも燃えますぜ」 「だから参加しねーから俺は。それよりボッキリ話の腰を折ってくれてありがとよ。再三聞いて悪りぃけど、コイツの言ってた『おびき寄せる』って誰を?どうやって?」 銀時の眼が沖田を見据える。 「オメーが入って来なきゃ土方君に洗いざらい聞けたんだよ。邪魔したんだからキッチリ吐けよな。オメーのオープンマインドを見込んで引き止めたんだからよ」 「それと土方さんにこれ以上、性交渉を迫られちゃたまらねーから第三者(オレ)が必要だったんでしょう?」 「そんな細かいところはいんだよ」 「自信なかったんですねぃ。旦那も自分の欲求に流されやすい素直な身体してやがる」 「うっせーよ!それこそどーでもいんだよッ」 「『誰をおびき寄せるか』って?そりゃァ、旦那が他の男とイチャイチャしてたら怒り狂う野郎に決まってまさ。旦那もよく知ってる、あの」 ニヤと笑った沖田の唇がその音を辿った。
「……鬼兵隊首領、高杉晋助」 |
その能面のような顔を沖田が痛みでも探るような眼でたっぷり観察する。 軽口の途絶えた銀時の姿を、無言の土方が仔細もらさず見つめている。
笑いの形のまま沖田はその唇をペロリと舐める。 「…の配下、鬼兵隊の四天王とか言われてる岡田似蔵。俺たちがおびき出すのはコイツでさ」 いたずらっぽく肩を竦めて言葉をつけ足す。 「岡田は今、厄介な事件を起こしてくれてましてね。聞いたと思いやすが江戸の町に出没して手当たりしだい男を漁(あさ)ってやがる。こいつが逃げ足は早ェし、化け物みてーに強ェ。捕縛は困難で潜伏場所も掴めねェ。有力情報もねェときた。けど必ず野郎の二人連れを狙う。そして旦那を御指名だ。結婚話を使ってアンタを囮にすれば岡田は一発で食らいついてくる。そう思いやせんか?」
意向を読み取られるのを拒むように口を噤んでいる。 その黙秘は『取引』にのっとっているのだろう。 真選組との婚姻を受け入れれば何も話さなくていい、それが一方的な圧力に屈服させられた銀時のよすがだ。
土方が口を切る。 「なぜ一般人を襲撃するのか。なんのためにお前の名を出すのか。個人的な思惑なのか、鬼兵隊のテロ計画の目逸らしか。そもそも体が変形するって情報も解せねぇ。目撃者の見間違いかもしれねぇ。あるいは新型の兵器か」 ちらと銀時を見る。 江戸湾上空で桂と高杉が武力衝突した、その場に銀時は間違いなくいたはずだ。 鬼兵隊・岡田とも居合わせたかもしれない。 おそらく銀時は岡田と面倒な因縁を抱えたのだろう。 今回の襲撃事件についても銀時は岡田に関するなんらかの事情を知っている可能性があるものと真選組上層部は考えている。 聞けるものなら聞いてみたいが、銀時が口を開かないだろうことも上層部全員が承知している。 承知の上で自分たちは銀時に取引を強いた。 銀時が差し出すのは意にそまぬ婚姻。 自分たちが容認するのは最初からアテにしてなかった情報の切り捨て、つまりは銀時の黙秘。 ─── 嫌われるハズだ 横暴極まれり ……いや、ただの横恋慕か 土方は後ろめたさに視線を落とす。
沖田は銀時が真選組と対峙する立場の人間として位置づけていることを隠さない。 その現実感に土方は舌を巻く。 土方は、できれば銀時が真選組に歩み寄ったように見せかけたかった。 真選組の人間と心を通じ合わせ、恋に落ち、自分もそちら側に立つと決意した、その変心に激怒するあの男 ── という構図を描いていた。 おそらくは近藤も同様だろう。 しかし沖田は銀時の本心は真選組を向くことはないと見切っている。 銀時が真選組に自由な生きざまを ── 銀時が持つささやかな、しかし最も大事なそれを蹂躙されることにヤツが腹を立てればいいと開き直っている。 その開き直りが的を射ているだけに土方は虚偽で固めようとしている己の感情(こころ)のザラつきが不快でならない。
銀時が、すると表情を解いて軽く溜息をつきながら、やる気のない眼を沖田に向けた。 「お前ら自信満々みてーだけどよ。辻斬り野郎が来なかったら、このお膳立てまったく役に立たねーだろ。オメーら自分たちの見込み違いを棚にあげて俺を無能よばわりしたあげくムカついて汚ねェもん見る眼で見下げて叩き出して終わりだよな。それも時間の問題だけど、それまで俺は従業員二人抱えて仕事放り出すわけだから。手切れ金として日当くれーは日割りで出せ。でないと出るとこ出るかんな」 「かまいませんぜ。旦那がどこへ出ようと幕府(おかみ)がそいつをウチに回してきやす。俺が受理しやしょう」 「んで、どうやってソイツおびき寄せんの?噂まいて屯所にやって来るまで待つわけ、スズメにコメ撒くみてーに」 「それが基本ですが、その他にもいろいろ。ヤツが痺れを切らして飛び出してきそうなことならなんでも採用しまさァ」 「あ~、祝言の席とか?」 「ですねぃ。そこで景気よく公開初夜とか」 「しねーよ。どこのエロ本の風習だ」 「武州の田舎じゃよくやるんで。あと上司の嫁を部下が数人がかりで前もって試して具合を見とくってのも…」 「んなもんあるかァァァ!」 土方が怒鳴る。 「どうやっておびき出すか、どういう動きを取るかは今後万事屋とも相談して臨機応変に当たんだよ。テメーは話をややこしくすんな」 「ややこしくしてんのは土方さんでさァ。旦那が屯所で隊士たちに囲まれながらストリップでもすりゃァ、天の岩戸よろしく砲門ぜんぶ開きながら鬼兵隊が戦艦ごと降りてきまさァ」
銀時が低く尋ねる。 「ソイツがしてきた事が解明されて二度と辻斬りが出ねーってことになれば取引は終わり。そんとき俺が俺の居場所を決めりゃいい」 半分閉じた瞳がスッと向けられる。
「…ってことで間違ってねーよな、土方?」 |
土方は腑に落ちた。 『高杉』が会話にチラつくたび銀時の態度が硬くなる。 あるかなしかの親しみさえも消し去り、言外に土方との繋がりを否定する。 「そうだな。間違ってねぇよ。取引は岡田の件が片付くまでだ」 イライラする。 銀時の自由な魂を縛ることはできない。 だがその無力感におとなしく絶望してやるなんざ、まっぴらだ。 「ただし、それまでお前は俺のモンだ。俺の求めに逆らうことは認めねぇ」 銀時を見る。 「それがたとえ身体の関係だろうと、婚姻届への署名だろうと拒むことは許さねぇ。それだけ誓え」 「……オメー自分で何言ってんのか分かってんの」 銀時の瞳が見返してくる。 「そんなん、オメーが虚しいだけだぜ」 「虚しいかどうか、テメーとの狂言を愉しませてもらおうじゃねぇか。それともテメーが護ろうとしてるモンは身体や紙切れにゃ引き換えにできねぇほど軽いモンなのか?」 「…てめェ」 睨むように土方を見ていた瞳に、しかし侮蔑は浮かばなかった。 持て余したような困惑が怒りと共に放たれる。 「いいぜ、完璧な仮面カップルを演じてやらァ。お望みどおり禁じ手はナシだ。その方が辻斬り野郎が早く現れるかもしれねーからな」 銀時の瞳が、ふと力を失って沖田を見る。 「今の、沖田君が証人な」 「わかりやした」 沖田は神妙に頷く。 「土方さんの末路をこの目で見届けますんで安心してくだせェ」 「末路たァなんだ!」 土方が声をあげる。 沖田はそれに目もくれない。 銀時は思いついたように沖田の肩を叩く。 「そういや、アレだ。オメー神楽と新八、呼んでくんね?」 「かまいやせんが。呼んでどうするんで?」 「あいつらに説明しなきゃならねーだろ。オレ当分帰れそうにねーから」 「旦那。気持ちは分かりやすが、あいつらにだって真相をバラされちゃ困るんでさ」 「バラさねーよ」 銀時が即答する。 「あいつらに喋ったらどこまで広まるか分からねー。偽装だの狂言だのヒヤヒヤする間もなく俺は刑務所ブチこまれるね」 「わかりやした。土方さんとの偽装婚をチャイナと眼鏡に信じこませられるかどうか、小手調べってわけですね」 「神楽と新八さえ騙せりゃあとは心配いらねーよ。なんたってあいつらメシが掛かってっかんな」 ちらりと土方を見る。 「コイツと結婚して屯所に入るって話になるんだ。今までどおり外に出て仕事させてもらえねーみたいだし。だったら万事屋は廃業ってことになんだろーが」 「そのことだけどな」 土方が挟む。 「万事屋のガキどもには当分の間、生活手当が支給されるぜ」 「…そりゃありがたいけど」 銀時の表情が、いくぶん軟化する。 「ソレって、いくらくらい?いつまで?どっから出んの?」 「金はウチに回された嫁娶促進対策費から捻出する。金額は必要最低限の生活ができる範囲だ。期間は未定だが、お前がここにいる限り支給が止まることはねぇよ」 「なんだそれ。働くより実入りがいいじゃねーか。グラッと来たよコレ。身売りも悪くねーよ、どうしてくれんだ」 「知るか、俺が」 「それって表向き、万事屋が稼働しねーからオメーらが面倒見てくれるってことだよな」 銀時が嘆息する。 「やべェ。あいつら俺を売りかねねェ。帰るつっても敷居をまたがせてくんねーぞ多分」 「そいつァご愁傷さまで」 沖田は怪訝な顔をする。 あの二人なら金より銀時を取るだろう。 なのに銀時は二人を見誤っているのか。 それとも本当に彼らは金を選ぶのか。 つきあいの浅い沖田には判然としない。 「んじゃ、そういうことで」 銀時は腰をあげるべく膝を立てる。 「俺、厠行ってくるわ。ちょっと時間かかっかもしれねーからよ。その間にあいつら呼んどいてくれよな」 「そういやまだスッキリしてなかったんですねィ」 沖田も腰を浮かせる。 「手伝いやしょか。ついでに案内しやしょう」 「いらねーよ、場所もだいたい分かるから付いてくんな」 沖田を振りきって銀時は障子戸に歩き、手をかける。 「あ、そうそう。オメーらに言っとくけど。俺が風呂と厠とアクビのノビしてるときは邪魔すんな。手ぇ出してきやがったらテメーらの届かねぇとこで最悪の報復に出るかんな」 銀髪頭が振り向いて一瞬、酷薄な視線が二人を突き通す。 「俺も治外法権なんて興味ねぇんだけどよ。どうしても行かなきゃならねーんなら背に腹は代えられねーもんな」 その突き放すような瞳に、まるで二人の眼にはそれが別人のように映る。 したたかな変幻自在。 簡単に妥協して見せる一方で、本当に許さない領域に触れたら真選組の最も望まない方法で敵に回ると、おそらくは攘夷活動に加わると ── 否。もっと痛烈に、俗世を捨てて高杉の元へ走ると宣言しているのだろう。 銀時の出ていった障子戸がピシャリと閉められる。 「…やべェ。土方さん」 沖田が閉まった障子戸を凝視している。 「旦那も好きだけど、今のアレ調教して躾けたいでさァ」 「……あんな顔すんだな」 土方はゾクリと戦慄に唇を歪ませて笑う。
「素顔を拝めるなんざ思わなかった。アイツ…あんな顔、見せやがった」 |
置き石を踏んで斜面を駆ける。 目当てのせせらぎは草の中、赤茶けた地面を這うように流れている。 「冷て」 腰をかがめて水の流れに両手をつっこむ。 そのまま地面を撫でるように浅い流れで手を清める。 「もーッ…臭ぇったらねぇよ、汚ねぇつーかこのまんまじゃ病気んなるだろコレ」 ゴッシゴッシ手をこする。 指の間のぬめりが落ちなくて桶からすり取った手拭いを水の中に浸す。 布を爪のまわり、指の両側、関節の皺や手首のぐるりにこすりつけて、そこらにこびりついたまま乾いてしまった汚れを剥がそうとする。 気分は上々。 メシは食った。 あいつも居る。 早く行きてェ、それだけ。 「ふん、ふん」 鼻唄も出る。 汚れは落ちていく。 手が綺麗になったら白い単衣をパパッと脱ぐ。 桶にためた水に頭をつっこんで髪を掻き回す。 ついでに顔も洗う。 冷たいのは気にならない。 なかなか汚れが落ちなくて手間取る作業がもどかしい。 やっと気の済むまで髪を流して、あとは体を水拭きするだけ。 髪から水滴をボタボタ垂らしながら銀時は絞った手拭いで何度も身体を拭う。 合間に頭を振り回して、手拭いで掻き上げているうちに髪から水が垂れなくなってくる。 「ハイハイ、上出来~」 気になるところを念入りに洗った。 ようやく綺麗に仕上げると、下帯はつけず、単衣だけ羽織い直して草履をつっかけた。 今度は坂を駆け上がる。 桶と手拭いを抱えて石や根っこを足がかりに館に戻る。 さっき解いた具足の脇に桶を放り、一目散に戸を潜って暗い屋内へ飛び込んでいく。 「た~か~す~ぎ~ィィィィィ!!」 踏み段をあがって板敷きの廊下へ足をかける。 そのときには今、自分がもっとも必要としている男を各部屋のすみずみまで視線が探し、抑えきれない欲求をこめて喉が館中に呼ばわっている。 バタバタバタ、と板を踏みならして駆け回る、そんな銀時を咎める者も今更驚く者もいない。 白夜叉の好物は、むしゃぶりついて食らいたいモノは、いつだって変わらない。 「なあなあ、高杉はッ?」 居そうなところの襖をズズッと開けては首をつっこむ。 ゴロ寝して寛いでる仲間たちが笑い顔で首を振る。 「高の字は、まだ仕事なんじゃねーのかァ」 「終わってるつーの。さっき見たんだよ」 「じゃあ寝てんだろ。けっこうオレらキツかったから今日」 「んん、ありがと!」 「他の野郎とシケこんでたらどうする?」 「んぁ~?」 銀時はからかいに面倒くさそうに眉を寄せる。 「ソイツ蹴り出してオレが食う。ありえないケド!」 言い掛けのまま駆けだし、最後の方は廊下のかなたから聞こえてきた。 年の近い仲間たちは不機嫌な白夜叉の拗ねた口調に腹を抱えて笑う。 「たかすぎッ!オレの、オレだけのオマエェェェ!!」 バィィン、と襖を開いた。 そこに目当ての男がいた。 布団に寝転がっている。 寝転がってはいるが寝てはいない。 無駄に冴え渡った瞳がこちらを見ている。 一人きりで、簡素な単衣で、その裾から足を見せたまま、半分起きあがって銀時を迎えている。 そのはだけた襟からのぞく胸、肩、腕の、高杉の裸体を着物の下でつなぐラインを紅い瞳が補完する。 もう視界は高杉だけで一杯になる。 他に何組か、布団や畳の上で欲を絡めあい、肉を交えて喘いでいる知った顔がいたが、大部屋の寝床ではいつもこんな風に昼寝したり抱き合ったりしていたから、彼らは一瞬で銀時の意識から消えた。 「たかすぎッたかすぎッたかすぎッ!!」 「銀時、てめェッ…」 鋭い両眼で睨まれた。 高杉が腕を引いて倒したのか、銀時からその腕に飛び込んでいったのか判然としなかった。 いずれにしろ二人は次の瞬間には抱き合い、足を絡めあい、布団の上に転がって相手の肩から着物を剥ぎ取っていた。 「ん…、ふあッ…、ぁあんんっ…!」 「…うッ、んん…」 唇を合わせるより、相手の口を思う存分吸い上げようと、口と口とが競争する。 キスより早く舌先が絡み、開けたままの口の間で相手の味をレロレロ舐め合う。 銀時がそれに夢中になってる間に体勢をキメられ布団に押しつけられた。 高杉の拳が銀髪を握り込んで乱暴に顔を上向かせる。 「んがぁ…っ、たかす…っ…!」 「なにしてんだ、テメェ」 銀時のしっとりした首すじに歯を立てる。 同時に手は、銀時の剥きだしにされた胸の上を滑り、捕らえた乳首をやわらかく揉みこむ。 「ジらして俺を殺す気か?」 「は、ァッ…ッ、んッ!」 「テメェのせいで俺りゃもうこんなだ。今すぐ責任とってもらうぜ」 成長して硬くなったものを銀時の下肢に押しつけ、腰を突き動かす。 「あっ…、」 熱く立ちあがる存在感に銀時の熱も一気に上がる。 コレが自分のキモチいいのを、もっとキモチよくしてくれる。 身体の中から甘く蕩かせて、強烈な最高潮の歓喜まで肉の快感を突き上げてくれる。 「欲しッ、たかすぎ…っ、」 自分から足を開いて高杉の身体をギュッと掴んで引き寄せる。 その中心で息づく銀時の男性器を無造作に握りこまれる。 「んぁああっ…!」 先端を高杉の親指がグリグリ捏ね、なんの容赦もない爪が尿道口を割り開く。 「い、痛ァァ、…やっ、…はぁっ、」 「遅せぇ」 爪を立てて何度も先端をえぐられる。 とろっ…と熱い雫が、先端に盛り上がる。 「俺りゃもうとっくにテメェん中に入りてぇんだ」 丁寧に裏筋をしごかれ、珠を鷲掴みにされながら乳首を吸われ、銀時はうまく息が継げないまま高杉の手で次々と快楽を送り込まれていく。 「さっさとその気んなれよ銀時ィ…」 「あっ…、あぁぅっ…!」 立てた膝をさらに割り開かれ、後ろに指の腹が触れて性急に押し込まれる。 透明な液が先端からとろとろと零れ落ちる。 高杉の指が根本まで入る。 異物感と痛み。 犯される恐怖に身体が固まる。 そんなことを高杉が気に留めるはずもなくて。 ただ自身をそこへ収めることしか考えてない眼はギラついて。 怖ろしいはずなのに自分の体内はどんどん熱く痺れていって。 指で中を掻き回されるときには、もう腰がそれに合わせて揺れていて。 「あっ、あっ、……は、ぅああッ…!」 覚えられた一点を掬われ、高杉の指で弾くように押し込まれる。 それだけで全身に力が入り、性器から白濁がダラダラあふれ出す。 頭の中が真っ白になって腰がとろけて砕けそうになる。 「銀時ィ…ホラ、言えよ」 高杉の魅惑的な瞳が笑いかける。 「テメェの欲しいものはなんだ?」 指が抜かれる。 熱い、硬い、反り返ったモノが、ヒクついて欲しがる部分に押し当てられる。 「どこに、なにが欲しい?」 視界一杯になった高杉の唇が目の前で動く。 言ってみろ。 そう告げて身をかがめ、キスを下へ這わせて乳首を唇で弄ぶ。 銀時に言わせようとしながら、それ以上に高杉が眼の色を変えて欲情している。 高杉が、銀時(じぶん)を欲しがってねだっている。 それに満足して唇が笑う。 「んっ…、」 教えこまれた快楽の部分に疼きが絶え間なく、甘いうねりとなって流れ込む。 腰の揺れがとまらない。 「…っ、くぅ…ッ!」 声がためらう。 けどコレさえ言えば、ひとつになって二人だけの快楽へ同時に弾け飛べる。 「たっ…、かすぎが…、オレん中に、欲しっ…あッ、…ぅあぁアァーッ!」 なかまで、奧の奧まで。 高杉で、いっぱい。 「はっ、ぁっ……、キモチいっ…!」 こらえるように切ない高杉の顔を気分よく眺めながら。 我慢できない腰の揺れを高杉の肉棒に任せて。 さんざ助走をためこんで、高く高く飛べる踏みきりのときを身体でまさぐって。 「たかすぎッ…もう、いくっ…!」 「出せよ銀時。コイツをテメェの中に、たっぷり注いでやらァ」 耳元で汗まみれの高杉が囁く。 囁いた高杉の声が別の男のそれに変わる。 「このまま俺の腕の中で溶けちまえばいいだろ?オメェは俺の、真選組のモンだ。誰にもやらねぇ…」 その声は自分を愛おしそうに抱き締めながら万事屋、と呼びかけた。
「………エ?」 銀時は白濁をトイレットペーパーで受け止めたまま顔をあげた。 急速に熱の下がっていく身体。 なんだ今の。 最後になんかすり替わった。 「あ~……」 手早く処理してトイレの中へ水と一緒に流す。 ヘンなの出てきた。 勝手に誰かが頭ん中の映像を編集しやがった。 ボリボリと頭の後ろを掻きながら個室を出る。 「んじゃァ…戻るか。仕方ねぇ」 厠の中にも外にも人の気配はない。
着流しのあわせを軽く直しながら銀時は屯所の一室へ足を向けた。 |
土方は銀時の膝枕で安らかに身を横たえ、仮眠している。 太もも、それも体幹に近い低くなった部分を提供している銀時は、部屋の柱に寄りかかりながら土方に借りた週刊マガジンをのんびり捲っている。 部屋の中央には人数分の昼食が一膳ずつ並べられている。 炊飯器三台、ポットに茶道具、汁のおかわりの鍋や予備の料理が盛られた皿まで準備されていた。 そこへ。 廊下から慌ただしい足音と息せき切った子供たちの騒ぎ声を引き連れて沖田が訪室する。 「入りやすぜ、土方さん」 ガラリと開けられる障子戸。 反射的に土方は銀時の膝から頭を浮かせ、来客を確認すると覚醒しきらぬ目をきつく瞑って腕を軽く伸ばす。 銀時は土方にぶつからぬようマガジンをどかし、足は動かさず顔だけあげて子供たちを迎えた。 「遅ぇよオメーら。メシが冷めちまうよ」 素っ気なく言いながら閉じた雑誌を脇に置く。 体勢を解いたとはいえ銀時が土方を膝枕で寝かせていたのは明白、子供たちは近すぎる二人の距離を目の当たりにする。 「……銀ちゃん!オマエなにしてるアルか!?」 「どっ、どういうことですか銀さんっ!」 「どーもこうも、『すべて』をお前らに聞いてもらうために呼んだんだよ」 銀時は起き上がろうとする土方の肩を支えながら、な?土方君、と呼びかける。 土方は予想以上に深く眠ってしまった頭を強く振り、その合間になんとか銀時に相槌を打つ。 「わざわざ来てもらってすまねぇな。とりあえず座って…一緒にメシでも食おうや」 「…いただくアル」 むすっとしたまま神楽は膳の前にドスンと腰を落とす。 気をきかせた沖田がポットから茶を入れはじめ、銀時が積まれた茶碗を取って炊飯器の米飯を盛りはじめる。 傍らで土方が飯茶碗を受け取り、ひょいひょいと各自の膳に乗せていく。 新八だけが遠慮がちに視線を走らせ、障子戸を静かに閉めると、自分の場所とおぼしきところへようやく着席した。 「あ、あのぅ…それで銀さん、『すべて』って…?」 「んん?」 いただきます、の掛け声とともに箸を取り、味噌汁やら焼肉やら米飯やらを口の中へ掻っ込み、皿に盛られた食料をはち切れるまで腹に継ぎ足そうとしている、そんなとき。 食事を口に運びながら気がかりの消えない新八が、おそるおそる銀時に尋ねた。 「僕らがここに呼ばれて、土方さんの部屋で…そのっ、…お、お昼をいただくことになった、そのワケを教えてもらえるんですよね?」 「ああ。俺ら、結婚することにしたから」 銀時が土方を膝枕していた理由は?とはどうしても聞けなかった新八の耳に、銀時の常と変わらない声がサラッと告げてきた。 「さっき、土方君にプロポーズされてよォ、断ったんだけど有り得ねーくれぇ熱烈に口説かれちまって。生活も保障する、オメーらの面倒も見るって言われてグラッと来てからは、もうコイツしか居ないんじゃね?って今を逃したら二度と手に入らねぇバーゲン品の争奪戦みてーな気分になっちまって、気がついたら祝言に出るって返事しちゃってたんだよね」 「銀ちゃんもマヨラー警官も救いようのない馬鹿アルな。オマエたち二人とも男ネ。男同士で結婚できないヨ」 平然と料理を口に放りこみながら、気がつかなかったアルか?と神楽が蔑みの視線をそれぞれに送る。 その隣りで皆と昼食を共にしていた沖田が馬鹿はオメーでィ、とコメントする。 「男でも『女体化予定』って書いとけばキョウビ婚姻届は受理されるんですぜ。知らなかったのかチャイナ」 「嘘ヨ。そんな話聞いたことないヨ」 「だったら役所行って婚姻届もらってきたらどーでィ。性別の下にちゃあんとそういう欄があって丸つけるだけになってら」 「なら女同士でもありアルか?ワタシと姉御で結婚できるアルか?」 「女同士は無理だよ、神楽ちゃん」 新八が困り顔で、自分たちの馴染んだ風習を説明する。 「昔からこの国には女の人と結婚するのと同じくらい、男の人同士で縁を結ぶならわしがあって、それは男女の結婚と同じように正式なものなんだ。天人の文化の台頭で公にそういうのは敬遠されるようになっちゃったけど、ちゃんと逃げ道があって『いずれ女の人になります』ってことにしとけば認められることになってるんだよ」 「じゃあ銀ちゃん、女になるアルか?」 飯粒を飛ばす勢いで一気に尋ねる。 「マヨラーの奥さんになって胸ユサユサのボンキュッボンで赤ちゃん産んでマミーになるアルか?」 「ならねーよ」 ひときわ低い声で銀時が答える。 「義務じゃねーし。そもそも性転換は天人の胡散臭い技術で可能ってのが建前の方便だし。女になったかどうか追求されるわけじゃねーし、ならなくたって罰則はねェ」 「…それでなんでわざわざこの不良警官にしたアルか?」 神楽は首を傾げる。 「コイツにしなくても銀ちゃんはモテるアル。早まらなくていいネ、仕事ない上に治療費かかってヤケになるのは分かるけど、そんなんで自分を安売りすんなヨ」 「そうやって理想ばっか追っかけてると、いつまでたっても家ん中かたづかねーんだよ。物にはなんでも売りどきってもんがあんだ」 銀時は食べる手を止めずに会話する。 「安いかな~?くらいがあとあと面倒がねェの。どーせ安く買われたんだからこれ以上損することもねーな、くれーの気楽さが喧嘩と婿入りのコツなんだよ」 「不良警官にプロポーズされてそれで満足アルか?コイツに遠慮して小っちゃくまとまる銀ちゃんなんて見たくないヨ。一生、ゴハンにマヨネーズだヨ。考えなおしてヨ!」 土方は神楽の発言を一言一句聞き漏らさず、それでも眉を寄せ目を伏せてマヨネーズをたっぷり乗せた米飯を手を止めずに掻きこみつつ無視を決め込んでいる。 「銀ちゃんは結婚しても男のままなんでショ?なんのために結婚するアル?しなくてもいいネ!赤ちゃん生まれないなら今までどおり、万事屋と不良警官で、たまに会って喧嘩して、なにも変わらないヨ、結婚しなくても一緒ヨ!」 「一緒じゃねーだろ」 沖田が遮る。 「結婚しちまえば旦那は土方さんのモノだ。他の野郎との不用意な接触は許されねェ。腐っても幕臣の身内だ。貞節な伴侶となって土方さんに操を捧げてもらわねーと」 「そんなの束縛されるだけアル!なんの得にもならないヨ」 神楽は銀時に向き直る。 「銀ちゃんはマヨラーと結婚なんて無理ヨ!ふわふわ漂ってる頭の毛みたいに気の向くままにあっち向いたりこっち向いたり、いろんな人に会って、万事屋やって、やっと自堕落に生きてるネ。それがなかったら窒息してしまうヨ!」 「あ~…その万事屋なんだけどよ」 ヘラっと銀時が笑う。 「当分、休業な?俺、土方君のためにいろいろしなきゃならねーし、さしあたって屯所で暮らすから」 「……え?」 新八が目を剥く。 「なに言ってるアルか、銀ちゃん!」
神楽が悲痛な叫びをあげた。 |
異を唱える神楽と新八を呆れたように見やる。 「土方君はメチャクチャ忙しいんだよ。朝のお世話、昼のお世話、3時のオヤツ、夜のお世話とくっついてなきゃなんねーの。まァ秘書みたいな?真選組に入隊ってワケじゃねーけど総務部長の肩書きくれるってさ」 「無理アル」 「本気で言ってるんですか、銀さん」 総務だから真選組の万事係だよな、と自分で納得する銀時に二人が冷たい視線を送る。 「銀ちゃんは人の世話なんかできないヨ」 「だいたい朝、起きられるんですか。真選組って朝早いんでしょ? いっつも昼まで寝てるじゃないですか。お金が入ると飲み屋で飲んだくれて午前様だし。土方さんの世話どころか二日酔いの介抱してもらわなきゃならないのはアンタだし。真選組は幕府の機関ですよ。アンタみたいな不真面目な人間に務まるわけないです」 「なに。お前ら銀さんが結婚しちゃうのがイヤって、そういうこと?」 探るような眼で二人を見ながら、銀時は嬉しそうに頬を緩める。 「だいじょーぶだって。新婚カップルに早起きしろなんて野暮なこと言うヤツはいないから。…な、土方君?」 銀時は隣りに座る土方の肩に身を寄せて、思いきり凭れかかる。 いきなり近距離で銀時に問われて、土方はもれなくマヨ飯に噎(む)せそうになる。 「ぐはっゲホッ、んア…あぁ、そりゃ…そうだろ、」 嘘でも銀時の口から『新婚』なんて言葉が出ると、土方の頭の中でそればかり反響してしまう。 「その、…オメー朝が弱いのか?なら徐々に慣れてきゃいい。最初ッから張り切るこたねぇよ」 「ホラな~?」 銀時はいつものヤル気のない瞳を二人に向ける。 「俺、どうやら愛されちゃってんだよ。本当は仕事も続けてーんだけどよ、コイツが屯所から出るな、俺の側から離れるなっつーもんだから」 ブハッと土方が吹き出しそうになるのを堪えるのを横目に、銀時が続ける。 「最初は俺の仕事を軽く見てんのかと思ったんだけどよ、仕事できなくなる分、お前たちに給料を渡すって言うし、ちゃんと生活に必要な金額らしいし、コイツも万事屋の価値をちゃーんと解ってんだなって思ったら、なんだか心洗われる気分がして前向きになれた」 「きゅ、給料ォォォォォォォ!?」 神楽が飯粒を噴き出しながら立ち上がる。 「給料出るアルか、マジでか!」 拳を握りしめて仁王立ちする神楽に追い立てられるように土方が頷く。 「オメーらの大将をもらうんだ。それっくれーすんのは当たり前だろ」 「酢昆布か!それは酢昆布なのかッ?」 「いや…現金だけど」 「銀ちゃぁぁぁぁぁぁんんん!!良かったナ!文金高島田!惚れられてお嫁にいくのか一番だってここのゴリラも言ってたヨ!」 「だよなァ。やっと解ったか。その調子で祝福たのむわ。ちなみに嫁入りじゃなくて婿入りな」 「任せるアル。反対するヤツがいたら分かるまでワタシの拳が火を噴くヨ」 「おぅ任せたわ、来月から現金支給娘」 キリッと銀時を見る神楽の肩をポンっと叩いて銀時は目と眉を胡散臭く近づける。 「アンタら、なに現金収入に目が眩んでんだよ」 新八がツッコむ。 「まさか金めあてじゃないでしょうね。それで結婚とか言い出したんなら軽蔑しますよ、銀さん」 「バッ、声がデケぇ!」 銀時は振り向きざま目を血走らせ、新八の隣りへ突進して新八の肩を抱き込むと思いきり小声で囁く。 「俺と結婚しても、たいして金はかからねーって思い込ませてんだよ。お前オレが何ヶ月家賃滞納してっか知ってんの?明日のコメどころか電気ガマの電気代もヤベェの知ってんの?」 「それ騙してるってことじゃないですか。ってかアンタ、あれ全部土方さんに払わせる気じゃないでしょうね?」 「当然だろ、アイツ万事屋を休業する経費負担するってんだから。あそこ引き払う気はねーし。家賃も払ってもらう」 「詐欺ですよ、そんなの!」 新八が目を吊り上げる。 「万事屋の金銭的価値なんて無いも同然でしょ!給料もらうのは嬉しいけど、騙したお金なんて僕はもらいたくありませんからね!」 「ちょ、聞こえる!聞こえるって新八君!」 「ちゃんと土方さんに言いましょう!」 「破談になったらどーすんだコラ!」 「なった方がいいじゃないですか、土方さんだって」 「テメ、余計なことすんな新八ィ!」 「ごまかしたって良いことありませんよ」 新八はキッと銀時を睨みつける。 「一生の問題なんですよ、アンタそれでいいんですか?」 「…う、」 「こんなの、誰も幸せになんかなれない、そうでしょう?」 「いや、騙されたいって男心もあんだろ。騙してやるのが幸せなんだよ、この場合」 「そんな幸せは気のせいです」 新八は譲らない。 「金めあてに土方さんと結ばれる、それがアンタの魂に恥じない行動だって言うんですか。見損ないましたよ銀さん!」 「か、金目当てって…」 銀時が顔を顰める。 「お前ね、いくら金に困ってても、ソレだけで結婚なんてできねーよ。財布もカラダもひとつんなるんだからよ」 「ちょっ…!」 新八が顔を赤らめざま土方に目を走らせる。 「だったらなおさらでしょう!本当に土方さんが好きなんですか、心の底から世界中に誓えますか?」 「……、い、言えるか、そんなの。オメーに関係ねーだろが」 「とにかく、僕はアンタと土方さんなんてウソくさい取り合わせは御免ですからね」 「オ、…オイッ!」 「土方さん、お話があります」 ほぼ丸聞こえの会話を繰り広げたあと、新八は銀時の制止を振りきって土方に向き直る。 「銀さんと一緒になるのは止めてください。この人、家賃も溜めてて僕らへの給料の支払いも滞ってて光熱費だって滞納してて、それぜんぶ土方さんに払わせる気でいるんです。従業員の僕が言うのもなんだけど、土方さんが銀さんのどこを気に入ったか分からないし、言いにくいんですけど、とにかくお金だけはたくさんかかる、この人はそれを隠したまま結婚しようとしてるんです!そんなの許せますか?」 一気に言いきったあとも新八は息を詰めて土方を窺っている。 そんな新八を沖田と土方は目を丸くして見つめる。 「驚いた。土方さんにケチつけるんじゃなく旦那にダメ出しとは」 「あの、あのう土方君!?」 銀時が土方と新八を交互に見ながらなんとか取り繕おうと早口で捲し立てる。 「いくら俺でも、そこまで払わせようとは思ってねーから!できればこれまでの光熱費と今後の給料と、あと家賃、それだけ面倒みてくれねーかなって…!!」 「オイ、メガネ」 食器を置き、土方は新八を見て薄く笑う。 「あきれるくれぇ真っ直ぐだな。この機に万事屋が滞納してる金返させて精算させちまおう、くれぇの悪知恵働かせねぇのかよ」 「あいにく僕は銀さんが間違った結婚するのを黙ってられるほど器用な生き方できないものですから」 「間違った結婚?」 土方が聞き返す。 「どこが間違いだってんだ?」 「銀さんは貴方じゃなくお金めあてなんです。そんなの間違ってるでしょう?」 「それでも構わねぇから結婚してぇって俺が言ったら?」 「…エ?」 「もう指を咥えて見てんのは飽き飽きなんだよ。アイツが承諾するんなら俺と一緒になる理由なんかどうでもいい。離すつもりはねぇし。誰にもやらねぇ」 唇をキュッと噛んで言葉を失った新八、それから一人で食事を続けている神楽を土方は等分に見る。 「この際だからオメーらに言っとく。コイツは俺がもらう。もう万事屋には帰さねぇ。真選組の副長のツレ合いとして俺を助け、俺と真選組のために働いてもらう。そのかわり、今までコイツが溜めてきたモン、払うべきモンは俺が肩代わりして精算する。オメーらの養育費もだ」 顔つきを強ばらせた新八、挑むように大きな瞳を向けている神楽、二人に土方は諭すように告げる。
「俺が結ぼうとしてる婚姻はコイツを縛るだけのもんじゃねぇ。俺にもそれなりの義務が発生すんだ。お前らが生活するために必要な家賃や費用を払うのは俺の義務であり、誰にも譲れねぇ権利なんだよ」 |
「オイ、コイツどうしたヨ?ついに頭にマヨネーズまわったアルか?」 「ついにもクソも最初っから土方さんの頭の中はマヨネーズが材料だぜ。すっかり旦那に夢中になっちまって痛々しいばかりでさァ。うわゴト聞かされるこっちの身にもなれってんだ」 「本気で銀ちゃん嫁にもらうつもりらしいアルな。銀ちゃんの溜めた分を自分が払うって、どうやら奴らの関係はそれに尽きるアル。一言でいって、金(カネ)ヨ」 「まるで身受けされる芸者だぜィ。もう万事屋に返さないって悪徳高利貸の親父みてェなことぬかしやがる。いいのかチャイナ?」 「銀ちゃんの好きにさせるアル」 神楽は沖田に顔を近づけたまま銀時を盗み見る。 「こう見えて銀ちゃんは金銭感覚も社会適応力もまるでない無気力を絵に描いたような男アル。マヨラーがあんなに結婚したがってるなら銀ちゃんの言うとおり今が売りどきアル」 「いいのか?旦那は土方さんに夜の方も強要されるんだぜ」 「そんなの本人の自己責任ネ」 「じゃァどーでィ、ついでにお前も屯所に嫁に来ねーか。夜の生活もセットで俺の幼妻(おさなづま)として」 「お断りヨ」 神楽はピシャリと言って沖田から離れる。 「ワタシは銀ちゃんと違って安売りはしないアル」 一連の、皆によく聞き取れる内緒話を終えると神楽は銀時と土方に向き直る。 「わかったアル。金めあてでもカラダめあてでもどーでもいいヨ。二人で決めたことを、ちゃあんと守るアル。そうすればワタシは銀ちゃんのやることに文句言わないアル」 神楽の眼が眇められる。 「カネの払いが滞ったら銀ちゃん迎えに来るからナ。ちゃんと給料払うヨロシ」 「言われるまでもねぇよ」 答えながら土方は意外そうに神楽を見る。 銀時を親か兄のように慕っている神楽は、そう簡単には納得してくれないだろうと予想していたのだ。 「あ…なに、もしかしてコレうまくいった?」 暴れられたら無傷ではすまないだろうと覚悟していた銀時も拍子抜けしたように尋ねる。 「俺が結婚して万事屋休業して土方君と暮らすってことで異議なし?」 「そういうことアルナ」 「お断りします」 頷く神楽の横で。 拳を膝の上に握りしめていた新八が、その顔を上げる。 「僕は認めませんよ。そんなの納得できますか、駄目でしょう、こんなの。お金は要りません、だから万事屋へ帰りましょう、銀さん!」 「…へ?」 銀時は勢いに押されて、立ち上がった新八を見上げる。 「や、だから俺は土方君と結婚…」 「駄目です!」 「ダメつっても、いまさら取り消せねーし、俺もう屯所から出られな…」 「定春だってアンタの家族でしょ!」 銀時の前に踏み出していく。 「エサ代はともかく、散歩だって行かなきゃならない。夜中に銀さん行ってたじゃないですか、あんな物騒なとこ神楽ちゃんや僕には無理ですよ!」 「なにも夜中に行かなくたっていーだろ、夕方の早い時間にオメーらで行ってくれりゃ事足りるだろ」 「定春のトイレ事情考えてくださいよ、夜中に一回行っておいた方が体にだって良いでしょう!」 「知らねーつうの」 銀時は目元に苛立ちを乗せる。 「夜中に定春の散歩してる時間があったらここで土方君と布団にくるまって暑苦しい運動してる方がマシなんだよ」 「ほっ本気で言ってるんですかッ!?」 「土方君がいない夜は井戸の底で水ゴリでもして土方君の無事を祈るの。その体験をもとにギャグのひとつもヒネってジャンプ放送局に投稿して次のレースで優勝めざすんだから放っとけや」 「そん、なっ…」 新八は顔を歪めて哀願するような瞳を銀時に向ける。 銀時は見ないフリをして横を向き、取り合わない。 「土方さん」 ゴクンとひとつ、新八は息を飲み込む。 「銀さんは渡しませんよ。悪いけど、二人の仲は認められない。貴方は知らないでしょうけど、銀さんは…銀さんは、僕のものです!」 エッ?と場にいる全員が新八を見上げる。 「僕がどんなに銀さんを思ってるか、アンタに思い知らせてやる!」 最後は銀時に向けて新八が叫ぶ。 誰かが何を言うより早く、新八は身をひるがえす。 「あっ、新八ィ!」 神楽が思わず立ち上がる。 「待つネ!ここは黙って銀ちゃんを祝福してやろうヨ!銀ちゃんだって人には言えない下半身事情があって、きっとそれにマヨラーがぴったりなんだヨ!察してやれヨ!」 「神楽ちゃんには分からないよ!」 新八は障子戸を開けて廊下へ飛び出す。 「僕はずっと銀さんを見てきた。銀さんだけを見てきたんだ!」 「だから何ヨ?」 「銀さんが土方さんと結婚するなんて絶対イヤだ!絶対阻止してやる!」 「新八、オマエ本当に銀ちゃんに惚れてたアルか。オマエが銀ちゃん嫁に欲しかったアルか?」 「……そうだよッ!」 新八は眼鏡の奥の瞳を潤ませて銀時を睨む。 「いつか、そうなるんだって…そうなれるって、思って、憧れてきたのに。アンタは他の男の物になるんですね。もういいです!こうなったら実力行使でアンタの目を覚まさせてやる!後悔しないでくださいよ、銀さんッ!」 「いや、ちょ、」 銀時は半端にあげた片手で新八を引き止める。 「何。え。そうなの?新八君、俺のこと、そういうカンジだったわけ?」 「…侍が、侍の元へ弟子入りして衣食を共にするのに、他に理由がありますか」 「弟子入り!?」 銀時が聞き返す。 「え、そうだったの?」 「銀さんがいつか指南してくれるんじゃないかって。でもあんまり銀さんがそういうのに積極的じゃないんなら、僕から仕掛けてった方がいいかなって。最近悩んでて。いろいろ準備もしてたんです」 「準備!?って、その…、お道具的な?」 「ええ、道具ですよ。他に何があるんです?」 じろりと新八は銀時を睨む。 「この間、僕は悟ったんです。この人には全身がんじがらめで手足の自由を奪って視覚も奪って、それでようやく僕に本気になれるって」 「いいいッいや、イヤイヤイヤ、そんなの要らないからッ!普通でいいから!ソレで十分燃えるから!」 「なんの話だ?」 不愉快そうに土方が口を挟んでくる。 沖田はきょとんと新八を見上げる。 「なんでィ、メガネが同好の士たァ知らなかった。お道具ならいいのが揃ってますぜ。通販も確かな店教えまさァ」 「とにかく、アンタがそんなつもりなら僕にも考えがあります。土方さんも、せいぜい夜道に気をつけてくださいね!」 障子戸を乱暴に閉めたて、反動で戸が跳ね返る。 間髪入れず追った神楽がその戸を掴んで開け放ち、廊下へ飛び出していく。 「なに考えてるアルか!?馬鹿なことするなヨ!だからオマエは新八だって言われんダヨ!」 神楽の声がけたたましい足音と共に遠ざかっていく。 「早まるのよくないネ!オマエ侍だろ?泣くなよ鼻水たれてるヨ!」 「泣いてないよ!誰が鼻水だよッ!」 新八が声を響かせる。 「僕、当分万事屋行かない!定春の面倒頼むよ、神楽ちゃん!」 「どこ行くつもりアルか、新八ィ!」 次第に声が聞こえなくなる。 銀時はジッと子供らの気配を窺っている。 土方は机の上から煙草を取り上げる。 沖田は、そんな彼らを見て肩をすくめる。 「アイツら疑うってことを知らないんですかぃ。信じこませるまでもなく頭ッから信じてやしたね、旦那の結婚話。要らねェ嫉妬までしちまうほど本気で」 「ガキは単純だからなァ」 銀時はボンヤリ応える。 そう言いつつ、嘘にまみれた言葉で二人を騙したことに、銀時は濃い疲労を浮かべている。 「行かなくていいのか」 土方が煙を吸い込みながら銀時に尋ねる。 「ヤケになって無茶するかもしれねぇぞ」 「行っていいわけ?」 逆に銀時が尋ねる。 「あの分だと屯所を出てったんじゃねーか。こっから出ちゃいけないんだろ?」 「…俺と一緒なら問題ねぇ」 つけたばかりの煙草を、せわしなく吸いこむ。
「メガネを保護すんのは警察としても保護者としても当然のことだ。俺がお前を外へ連れてってやらァ」 |
「んー、…海。江戸湾13号地の砂浜」 新八の行き先を聞かれて銀時はダルそうに答える。 「お通の楽屋。コンビニの溜まり場。電気街。あとは恒道館とかぶき町だな」 「広い範囲を回ることになりそうだな。…乗れや」 土方は一台のパトカーの助手席を開けて銀時に促す。 銀時は土方の顔を見る。 「なに。コレに乗るの?」 「嫌か」 「目立ちすぎんだろーが」 「人探しにゃ便利だぜ。追跡にもな」 「まさか、オメーがコレ運転すんの?」 「せっかくのドライブだ。運転手は要らねぇだろ。二人っきりでデートと洒落(しゃれ)こもうや」 「…マジかよ」 銀時のやる気のない瞳がウンザリしてパトカーを眺める。 土方はドアを開けたまま銀時の腕を掴む。 うざったそうに土方の手をほどこうとして、さりげなく手首を掴みなおされる。 「ウソでも笑いやがれ。隊士どもの前だ。ちったァ喜んで見せねぇか」 甘やかな表情で銀時の耳に囁く。 「……う、ぁ…!」 慌てて銀時は土方に向き直る。 土方の咎めるような瞳を見て思い出す。 「う…、うん。嬉しい。嬉しいよ、たぶん!」 そういえば熱愛カップルを演じなければならないのだった。 「でもさぁ、…ちょっと落ち着かなくね? デートってより連行されてるみてーじゃね? こんな物騒なモンより普通の車に乗りてーなぁ、ウン、乗りてぇ!」 「あいにくウチにゃこんな無粋なツートンしかねぇんだよ。乗りな」 「ちょ、初デートがパトカーとかふざけんな。トラウマ植えつける気かよ」 銀時は土方に平坦な瞳を向ける。 「だったら歩きで行こうぜ。新八だって公共交通機関しか使ってねーんだからよ」 「なんだ。そんなに車ん中でイチャイチャしたかったのか?」 銀時の首をラリアット気味に引き寄せる。 「公用車だろうが気兼ねするこたァねぇよ。屯所より景色のいい場所で初手合わせといくか?」 「そんじゃ竹刀でも持ってくぅ? お稽古好きだねぇ土方くん。銀さんがコテンパンにノシてあげるぅ~」 「竹刀はいらねぇだろ。自前の道具で事足りらァ」 こめかみに怒りを溜めた笑いを銀時に向けてくる。 「それより他の道具準備しねーと。人気のねぇところじゃ店もねぇし」 「やだぁ、土方くんのエッチ~…ふぐっ!」 のらりくらり返答していた銀時は至近からいきなり唇を塞がれた。 唇が押しつぶされる感触。 驚いて相手を見れば目の前に土方の切れ長の瞳があって睨みつけてくる。 「あ、…ぁむ、…っは、」 触れるだけのキスだと思ったら、しっかり舌を差し込まれた。 屯所の正面門の内側、外の道に面した半分公共の広い場所。 隊士たちの視線は自分たちに注がれている。 「…んぐっ、ぁっ、…らめらって、」 土方の首に手を這わすフリをしてグググっと後ろ髪をつかみ、徐々にキスを引き剥がす。 銀時のキツイ瞳が、離せや、と警告する。 「恥ずかしいのか?見かけによらずウブだな」 ニヤッと瞳が笑い、土方は唇をつけたままそんなことを周りに聞こえるように言う。 「ててて、てめぇっ! ちょ、どこ触って、いっ、…いいかげん、やめろって、…ぉ、願いしますぅぅう…!」 両手を相手の肩に突っ張って後ずさる。 土方は銀時の耳たぶにキスを押しつけ、ギュッと抱き締めてから恋人を離す。 「仕方ねぇな、続きは海に着いてからにしようや。…あと、これ持っとけ」 土方はポケットから取り出したものを銀時に握らせる。 「…携帯電話?」 見ればそれは黒塗りの、使いこまれた携帯電話。 銀時は、あぁ、と思う。 自分の居所の確認だ。 彼らは銀時の首に鈴をつけるつもりなのだ。 「屯所の連絡用だ。どのキーでも長押しすりゃ屯所に繋がる。サイドキーでもな。つながったらバイブで震えるからよ、いちいち取り出さなくても使えるって寸法だ」 「へぇ。…間違えて押しちゃったらどうすんの?」 「そのつど確認が入る。誤報はよくあることだ。気にすんな」 命の危険に晒される彼らはこんなものまで装備しているらしい。 銀時は手の中の物体を眺め、そのまま懐の合わせへ突っ込んだ。 「副長、いってらっしゃい」 隊士たちが敬礼する。 物言いたげな視線があちこちから飛んでくる。 「指示は出しといた。てめぇらキッチリ仕事しろ」 土方は銀時を車に押しこめて運転席に座る。 なかなか副長職というのは忙しいらしい。 急に銀時と出かけることになったため、こまごまとした指示を部下たちに残していた。
銀時は土方と反対側の窓に肘をついて窓の外を見る。 『よく戦況にらんじゃ、噛んで含めるように現場に指示してたっけ』 滅多に声を荒げることはなかった。 いつも余裕の笑みを浮かべて自分の身を顧みない方法ばかり取っていた。 余裕がなくなったのは自分と二人きりのとき。 すべての感情をぶつけるように銀時の生身には容赦がなく、銀時の体内では暴君を極めていた。 ─── 高杉…… 考えると、他のことが耳に入らなくなって、高杉のことばかり考えてしまう。 高杉とは、単なる旧友の間柄。 戦況の悪化とともに自分たちの接触は薄れ、戦の終結とともに情交する関係は自然に消滅した。 そのあとは交わした約束があるわけでもない。 昔寝てた相手、それだけだ。 会えば口くらいは利く。 迷惑をかけられれば文句を言う。 その程度。 ただ、このごろ夜中に出会うようになった。 犬の散歩に途中から加わってしばらく歩く。 なにということもなく喋る。 大通りに出る前にアイツは身を翻して去っていく。 ─── べつに誰かと籍入れたってアイツには関係ねーんだよな 銀時は空を見たまま目を眇める。 車の中、土方と二人きりの空間。 銀時は口を噤み、土方を見ない。 土方も考えごとにまでは干渉してこない。 こうしていると大抵、なにボンヤリしてるんだ?と、いろんな人間に問われる。 自分はそんな顔つきをしているらしい。 しかし土方は銀時が何を考えているのか、おおかた察しているのだろう。
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