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その能面のような顔を沖田が痛みでも探るような眼でたっぷり観察する。 軽口の途絶えた銀時の姿を、無言の土方が仔細もらさず見つめている。
笑いの形のまま沖田はその唇をペロリと舐める。 「…の配下、鬼兵隊の四天王とか言われてる岡田似蔵。俺たちがおびき出すのはコイツでさ」 いたずらっぽく肩を竦めて言葉をつけ足す。 「岡田は今、厄介な事件を起こしてくれてましてね。聞いたと思いやすが江戸の町に出没して手当たりしだい男を漁(あさ)ってやがる。こいつが逃げ足は早ェし、化け物みてーに強ェ。捕縛は困難で潜伏場所も掴めねェ。有力情報もねェときた。けど必ず野郎の二人連れを狙う。そして旦那を御指名だ。結婚話を使ってアンタを囮にすれば岡田は一発で食らいついてくる。そう思いやせんか?」
意向を読み取られるのを拒むように口を噤んでいる。 その黙秘は『取引』にのっとっているのだろう。 真選組との婚姻を受け入れれば何も話さなくていい、それが一方的な圧力に屈服させられた銀時のよすがだ。
土方が口を切る。 「なぜ一般人を襲撃するのか。なんのためにお前の名を出すのか。個人的な思惑なのか、鬼兵隊のテロ計画の目逸らしか。そもそも体が変形するって情報も解せねぇ。目撃者の見間違いかもしれねぇ。あるいは新型の兵器か」 ちらと銀時を見る。 江戸湾上空で桂と高杉が武力衝突した、その場に銀時は間違いなくいたはずだ。 鬼兵隊・岡田とも居合わせたかもしれない。 おそらく銀時は岡田と面倒な因縁を抱えたのだろう。 今回の襲撃事件についても銀時は岡田に関するなんらかの事情を知っている可能性があるものと真選組上層部は考えている。 聞けるものなら聞いてみたいが、銀時が口を開かないだろうことも上層部全員が承知している。 承知の上で自分たちは銀時に取引を強いた。 銀時が差し出すのは意にそまぬ婚姻。 自分たちが容認するのは最初からアテにしてなかった情報の切り捨て、つまりは銀時の黙秘。 ─── 嫌われるハズだ 横暴極まれり ……いや、ただの横恋慕か 土方は後ろめたさに視線を落とす。
沖田は銀時が真選組と対峙する立場の人間として位置づけていることを隠さない。 その現実感に土方は舌を巻く。 土方は、できれば銀時が真選組に歩み寄ったように見せかけたかった。 真選組の人間と心を通じ合わせ、恋に落ち、自分もそちら側に立つと決意した、その変心に激怒するあの男 ── という構図を描いていた。 おそらくは近藤も同様だろう。 しかし沖田は銀時の本心は真選組を向くことはないと見切っている。 銀時が真選組に自由な生きざまを ── 銀時が持つささやかな、しかし最も大事なそれを蹂躙されることにヤツが腹を立てればいいと開き直っている。 その開き直りが的を射ているだけに土方は虚偽で固めようとしている己の感情(こころ)のザラつきが不快でならない。
銀時が、すると表情を解いて軽く溜息をつきながら、やる気のない眼を沖田に向けた。 「お前ら自信満々みてーだけどよ。辻斬り野郎が来なかったら、このお膳立てまったく役に立たねーだろ。オメーら自分たちの見込み違いを棚にあげて俺を無能よばわりしたあげくムカついて汚ねェもん見る眼で見下げて叩き出して終わりだよな。それも時間の問題だけど、それまで俺は従業員二人抱えて仕事放り出すわけだから。手切れ金として日当くれーは日割りで出せ。でないと出るとこ出るかんな」 「かまいませんぜ。旦那がどこへ出ようと幕府(おかみ)がそいつをウチに回してきやす。俺が受理しやしょう」 「んで、どうやってソイツおびき寄せんの?噂まいて屯所にやって来るまで待つわけ、スズメにコメ撒くみてーに」 「それが基本ですが、その他にもいろいろ。ヤツが痺れを切らして飛び出してきそうなことならなんでも採用しまさァ」 「あ~、祝言の席とか?」 「ですねぃ。そこで景気よく公開初夜とか」 「しねーよ。どこのエロ本の風習だ」 「武州の田舎じゃよくやるんで。あと上司の嫁を部下が数人がかりで前もって試して具合を見とくってのも…」 「んなもんあるかァァァ!」 土方が怒鳴る。 「どうやっておびき出すか、どういう動きを取るかは今後万事屋とも相談して臨機応変に当たんだよ。テメーは話をややこしくすんな」 「ややこしくしてんのは土方さんでさァ。旦那が屯所で隊士たちに囲まれながらストリップでもすりゃァ、天の岩戸よろしく砲門ぜんぶ開きながら鬼兵隊が戦艦ごと降りてきまさァ」
銀時が低く尋ねる。 「ソイツがしてきた事が解明されて二度と辻斬りが出ねーってことになれば取引は終わり。そんとき俺が俺の居場所を決めりゃいい」 半分閉じた瞳がスッと向けられる。
「…ってことで間違ってねーよな、土方?」 PR |
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