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廊下に面した障子戸が開いて、いきなり沖田がポケットに片手を突っ込んで立っていた。 部屋の中の、まだ畳に組み敷かれたままの銀時と、それに被さったままの土方を瞳だけで見下ろす。 「そこまで持ち込んでオトせねぇなんて土方さんにしか達成できない偉業でさァ。まったく旦那もこんな野暮天を引き当てちまうとは想定どおりの災難でしたね。一番隊隊長沖田総悟、心からお悔やみ申し上げまさァ」 「……テメェなにしに来やがった」 土方が視線をあげて沖田に鋭い眼光をくれる。 「出てけ。お呼びじゃねぇんだよ」 「へぇ。そうですかぃ?」 沖田はわざと意外そうな口調で銀時に尋ねる。 「旦那、まだこのヘタレに強制わいせつ受け続けますかぃ?それともチェンジで?」 「どっちもお断りだっつの」 銀時は手首の先を沖田に向けてヒラヒラ振る。 押さえこまれたままの身体は沖田の出現と同時に力を失って萎えている。 「とりあえずこの話は一旦、白紙に戻してもらうわ。基本的にはウチに帰る方向で」 「オイ、ちょッ…!」 「まあどきなさいよ」 銀時は顔をあげて、すぐ目の前の土方に無気力な、いつもの掴みところのない表情を向ける。 「も一回、詳しい話きかせてくれる?それによっては銀さん、考えないでもないからさ。オメーの立場とか。真選組の厄介事とか」 「……クッ、」 「やいテメーら今の聞いただろぃ」 詰まった土方が応えるより早く、沖田は残りの障子戸をパシンと開け放った。 仁王立ちしたまま背後に申し付ける。 「まだ万事屋の旦那は誰のもんにもなってねぇ。真選組の副長さんが権力を盾に嫌がる旦那を連れ込んで一方的に言い寄ってるだけだ。結婚式までお膳立てされちまってるから旦那が屈するのも時間の問題かもしれねーけどな。というわけで」 ちらりと後ろを窺う。 「テメーら、江戸の町にこの話バラまいてこい。最終的に旦那を土方の野郎から取り上げて表向きは貞淑な本性は俺だけにエロいMで欲しがりの美人妻に仕立てあげるのは次期副長候補沖田総悟だってことをそこらの愚民どもに分かりやすく吹聴してきなァ」
「副長、いいかげんにしろ!アンタそっから降りろォォ!」 「旦那嫌がってるぞ、嫌がるもんをヤッたらどうなる?逮捕だ!」 「婿を選び直すってことでいいんですよね?」 庭にいる数人の隊士たちが部屋の中に向かって廊下の縁から身を乗り出している。 開け放たれた障子戸から中の二人の体勢は丸見えだ。 沖田はフフンと片頬をあげたまま柱に寄っかかって見下ろしている。
土方は全員に怒鳴る。 「コトは決まったんだ。コイツは俺のもんだ。万事屋がなにほざこうがコイツが俺と婚姻関係を結ぶことに変わりはねぇ!とっとと失せやがれ!」 「アレレ?たしか旦那の意志優先じゃありやせんでしたか?」 沖田がまたもや意外そうに首を傾げる。 「それを言ってたのは土方さんでしたよね?」 「そうだそうだ!祝言じゃ女体化まですんだぞ!」 「旦那の意志を無視だなんてあんたケダモノか副長ォ!」 「俺もあの人を嫁さんに欲しーよォォ!」 廊下の板敷きに這いずってこようとする隊士たちはますます音量を上げていく。 そろそろ騒ぎを聞きつけた者たちが庭の左右から姿を現してこちらを窺っている。 土方は自分の部屋の外に詰めかけている者たちに目を向ける。 銀時から手だけをゆるく離し、まだ銀時に乗ったまま上半身を起こして座敷から隊士たちを睥睨した。 「テメーら、よっぽど死にてぇらしいな」 その瞳孔の開いた眼が一瞬にして全員を、その顔と素性と実力を値踏みする。 なんの抑揚もなく響いた土方の声はその場にいる部下たちの耳朶を打った。 「たしかにコイツはまだ誰のもんでもねぇ。当然だろ。祝言の話が出たのは今日だ。これから俺たちはよりよく知り合っていくんだよ。身体も感情(こころ)もな。その過程で齟齬が出て、こぜりあいみてぇな痴話喧嘩やらかしたところでテメーらにどうこう言われる筋合いはねぇ」 「で、ですが…」 「テメーらも座敷にいたから知ってるはずだ。コイツは俺を選んだ」 土方はチラリと畳の上に伸べた銀時を見やる。 銀時は腕の束縛が解けても、やる気なく畳に倒されたまま土方と廊下の外のやりとりをボンヤリ窺っている。 「大切なのは、コイツが俺を選んだというその事実なんだよ。事実を曲げたいヤツがいるなら相手するぜ。今の俺は誰にも負ける気がしねぇからな」 言い置いて土方は沖田を見据える。 土方の剣気は充実している。 沖田は気に入らない顔でそれを見る。 銀時を得て、なるほど土方は気合い十分だ。 沖田とて簡単には勝たせてもらえないだろう。 口を結んだまま土方と銀時を交互に見ていた沖田は、おもむろに片足を上げると足元の隊士に一蹴りくれた。
沖田が言い放つ。 「当分ここに近づくな。不心得者は俺が斬ってやら。ここで見聞きしたことはテメーらの胸の内にしまっとくんだな。他の野郎どもにも内緒だ。くれぐれも愚民どもの耳に入れるんじゃねぇや」
「納得いかないッス!」 「副長のガキ孕んだらどうすんだ!」
沖田の瞳が動いて無慈悲な口調が通告する。 「命令が聞けねェならこの場で粛清するぜ」
「副長、その人に無茶しねぇでください頼んますっ」 「ひぃぃ!」 「すまねぇ旦那!命令には逆らえねぇ!」 隊士たちは口々に言い残して廊下の縁側を離れる。 バタバタ疾走していく物音が庭の向こうへ散っていく。 やがて完全に付近の庭から人の気配が消えた。
障子戸に手をかけながら沖田が二人を見て笑う。 「あとは痴話喧嘩でもなんでも御自由に。旦那がチェンジする気になったら声かけてくだせぇ」 「あー…沖田君さ、ちょっと頼みがあんだけど」 銀時がだるそうな声をかける。 引き戸を閉めようとしていた沖田の手が止まる。 「なんですかぃ?土方の息の根をとめろって話ですか」 「違ぇよ。テメー俺に殺人を依頼させる気か」 「ええ、土方なきあと旦那を殺人教唆でしょっぴいて俺じきじきに尋問する予定で」 「そんな予定は永遠にこねぇ。そうじゃなくてよ、オメーそこで張ってるつもりだろ?」 「アララ。お邪魔でした?旦那を助けたつもりが俺ァ読み違えやしたかね」 「オメーが助けたのはコイツだよな」 銀時が顔で土方を差す。 「それはどうでもいいから、そこの戸開けといてくんない?」 「閉めろ総悟」 土方が低く告げる。 「コイツと二人っきりで話がしてぇ」 「へぇ、わかりやした」 沖田は頷いて引き戸を全開にする。 そのまま廊下の板敷きに腰を下ろし、部屋の二人に向かって胡座をかいた。 「これでいいですか、旦那?」 「わかってるじゃねーか」 「旦那の気も知らねーで跨ってるボンクラとはワケが違いまさァ」 「アレ?沖田君、上司にボンクラとか言っちゃうわけ?」 「上下分け隔てないところがウチの底力なんで」 「そんなん重すぎるだろ。底が抜けるだろ」 「抜けてもこれ以上落ちようがありやせんや」 「そいつァ安心だな」 「いつでも嫁に来てくだせェ」 「…つーわけだからよ」 銀時は土方を正面から見上げる。 「そろそろ退いてくんねーか」 「………ったく、」 土方は深く嘆息する。 銀時は二人ではなく沖田を交えて話したがっている。 その意図は明白だ。
不承不承、土方は銀時の熱くてしなやかな身体の感触から自分の手足を引き剥がした。 PR |
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