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【2025/06/07 08:09 】 |
第14話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)


第14話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

 

──ああ、コイツは一部の隙もなく終わらせようとしている。毛の先ほども俺に心を開く気はねぇ。

土方は腑に落ちた。
『高杉』が会話にチラつくたび銀時の態度が硬くなる。
あるかなしかの親しみさえも消し去り、言外に土方との繋がりを否定する。

「そうだな。間違ってねぇよ。取引は岡田の件が片付くまでだ」

イライラする。
銀時の自由な魂を縛ることはできない。
だがその無力感におとなしく絶望してやるなんざ、まっぴらだ。

「ただし、それまでお前は俺のモンだ。俺の求めに逆らうことは認めねぇ」

銀時を見る。

「それがたとえ身体の関係だろうと、婚姻届への署名だろうと拒むことは許さねぇ。それだけ誓え」

「……オメー自分で何言ってんのか分かってんの」

銀時の瞳が見返してくる。

「そんなん、オメーが虚しいだけだぜ」

「虚しいかどうか、テメーとの狂言を愉しませてもらおうじゃねぇか。それともテメーが護ろうとしてるモンは身体や紙切れにゃ引き換えにできねぇほど軽いモンなのか?」

「…てめェ」

睨むように土方を見ていた瞳に、しかし侮蔑は浮かばなかった。持て余したような困惑が怒りと共に放たれる。

「いいぜ、完璧な仮面カップルを演じてやらァ。お望みどおり禁じ手はナシだ。その方が辻斬り野郎が早く現れるかもしれねーからな」

銀時の瞳が、ふと力を失って沖田を見る。

「今の、沖田君が証人な」

「わかりやした」

沖田は神妙に頷く。

「土方さんの末路をこの目で見届けますんで安心してくだせェ」

「末路たァなんだ!」

土方が声をあげる。
沖田はそれに目もくれず、銀時は沖田を向いたまま思いついたようにその肩を叩く。

「そういや、アレだ。オメー神楽と新八、呼んでくんね?」

「かまいやせんが。呼んでどうするんで?」

「あいつらに説明しなきゃならねーだろ。オレ当分帰れそうにねーから」

「旦那。気持ちは分かりやすが、あいつらにだって真相をバラされちゃ困るんでさ」

「バラさねーよ」

銀時が即答する。

「あいつらに喋ったらどこまで広まるか分からねー。偽装だの狂言だのヒヤヒヤする間もなく俺は刑務所ブチこまれるね」

「わかりやした。土方さんとの偽装婚をチャイナと眼鏡に信じこませられるかどうか、小手調べってわけですね」

「神楽と新八さえ騙せりゃあとは心配いらねーよ。なんたってあいつらメシが掛かってっかんな」

ちらりと土方を見る。

「コイツと結婚して屯所に入るって話になるんだ。今までどおり外に出て仕事させてもらえねーみたいだし。だったら万事屋は廃業ってことになんだろーが」

「そのことだけどな」

土方が挟む。

「万事屋のガキどもには当分の間、生活手当が支給されるぜ」

「…そりゃありがたいけど」

銀時の表情が、いくぶん軟化する。

「ソレって、いくらくらい?いつまで?どっから出んの?」

「金はウチに回された嫁娶促進対策費から捻出する。金額は必要最低限の生活ができる範囲だ。期間は未定だが、お前がここにいる限り支給が止まることはねぇよ」

「なんだそれ。働くより実入りがいいじゃねーか。グラッと来たよコレ。身売りも悪くねーよ、どうしてくれんだ」

「知るか、俺が」

「それって表向き、万事屋が稼働しねーからオメーらが面倒見てくれるってことだよな」

銀時が嘆息する。

「やべェ。あいつら俺を売りかねねェ。帰るつっても敷居をまたがせてくんねーぞ多分」

「そいつァご愁傷さまで」

沖田は怪訝な顔をする。
あの二人なら金より銀時を取るだろう。
なのに銀時は二人を見誤っているのか。
それとも本当に彼らは金を選ぶのか。
つきあいの浅い沖田には判然としない。

「んじゃ、そういうことで」

銀時は腰をあげるべく膝を立てる。

「俺、厠行ってくるわ。ちょっと時間かかっかもしれねーからよ。その間にあいつら呼んどいてくれよな」

「そういやまだスッキリしてなかったんですねィ」

沖田も腰を浮かせる。

「手伝いやしょか。ついでに案内しやしょう」

「いらねーよ、場所もだいたい分かるから付いてくんな」

沖田を振りきって銀時は障子戸に歩き、手をかける。

「あ、そうそう。オメーらに言っとくけど。俺が風呂と厠とアクビのノビしてるときは邪魔すんな。手ぇ出してきやがったらテメーらの届かねぇとこで最悪の報復に出るかんな」

銀髪頭が振り向いて一瞬、酷薄な視線が二人を突き通す。

「俺も治外法権なんて興味ねぇんだけどよ。どうしても行かなきゃならねーんなら背に腹は代えられねーもんな」

その突き放すような瞳に、まるで二人の眼にはそれが別人のように映る。
したたかな変幻自在。
簡単に妥協して見せる一方で、本当に許さない領域に触れたら真選組の最も望まない方法で敵に回ると、おそらくは攘夷活動に加わると──否、もっと痛烈に俗世を捨てて高杉の元へ走ると宣言しているのだろう。
銀時の出ていった障子戸がピシャリと閉められる。

「…やべェ。土方さん」

沖田が閉まった障子戸を凝視している。

「旦那も好きだけど、今のアレ調教して躾けたいでさァ」

「……あんな顔すんだな」

土方はゾクリと戦慄に唇を歪ませて笑う。

「素顔を拝めるなんざ思わなかった。アイツ…あんな顔、見せやがった」

 

続く


私信:拍手ありがとうございます!

拍手[4回]

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【2011/02/10 19:48 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(0)
第13話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)


第13話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

 


銀時は表情を動かさなかった。
その能面のような顔を沖田が痛みでも探るような眼でたっぷり観察する。
軽口の途絶えた銀時の姿を、無言の土方が仔細もらさず見つめている。

「攘夷浪士の中でもっとも過激でもっとも危険な男…」

笑いの形のまま沖田はその唇をペロリと舐める。

「…の配下、鬼兵隊の四天王とか言われてる岡田似蔵。俺たちがおびき出すのはコイツでさ」

いたずらっぽく肩を竦めて言葉をつけ足す。

「岡田は今、厄介な事件を起こしてくれてましてね。聞いたと思いやすが江戸の町に出没して手当たりしだい男を漁(あさ)ってやがる。こいつが逃げ足は早ェし、化け物みてーに強ェ。捕縛は困難で潜伏場所も掴めねェ。有力情報もねェときた。けど必ず野郎の二人連れを狙う。そして旦那を御指名だ。結婚話を使ってアンタを囮にすれば岡田は一発で食らいついてくる。そう思いやせんか?」


銀時はまだ動かない。
意向を読み取られるのを拒むように口を噤んでいる。
その黙秘は『取引』にのっとっているのだろう。
真選組との婚姻を受け入れれば何も話さなくていい、それが一方的な圧力に屈服させられた銀時のよすがだ。

「岡田の狙いは分からねぇ」

土方が口を切る。

「なぜ一般人を襲撃するのか。なんのためにお前の名を出すのか。個人的な思惑なのか、鬼兵隊のテロ計画の目逸らしか。そもそも体が変形するって情報も解せねぇ。目撃者の見間違いかもしれねぇ。あるいは新型の兵器か」

ちらと銀時を見る。
江戸湾上空で桂と高杉が武力衝突した、その場に銀時は間違いなくいたはずだ。
鬼兵隊・岡田とも居合わせたかもしれない。
おそらく銀時は岡田と面倒な因縁を抱えたのだろう。
今回の襲撃事件についても銀時は岡田に関するなんらかの事情を知っている可能性があるものと真選組上層部は考えている。
聞けるものなら聞いてみたいが、銀時が口を開かないだろうことも上層部全員が承知している。
承知の上で自分たちは銀時に取引を強いた。銀時が差し出すのは意にそまぬ婚姻。自分たちが容認するのは最初からアテにしてなかった情報の切り捨て、つまりは銀時の黙秘。
『嫌われるハズだ。横暴極まれり──いや、ただの横恋慕か』
土方は後ろめたさに視線を落とす。


「岡田の襲撃がテロ事件に化ける可能性がある以上、ことは真選組の管轄でしてね。岡田は俺たちが仕留めることになりやす。最初っから旦那には囮になってもらわなきゃならねェと思ってやしたが、旦那が真選組に協力なんて不自然でしょ?野郎に怪しまれて囮作戦がバレねェとも限らねェ。そこでバレても構わねェ方法でおびき寄せることにしやした。題して『真選組に略奪される捕らわれの花嫁』作戦でさァ。罠と分かっていても旦那が幕府権力に屈して俺らに嫁入りすると聞きゃァ間違いなく奪還しに殴りこんできやす。その頭に血ののぼったところをパパッと斬っちまえばいいんでさァ」


沖田は銀時が真選組と対峙する立場の人間として位置づけていることを隠さない。
その現実感に土方は舌を巻く。
土方は、できれば銀時が真選組に歩み寄ったように見せかけたかった。真選組の人間と心を通じ合わせ、恋に落ち、自分もそちら側に立つと決意した、その変心に激怒するあの男──という構図を描いていた。おそらくは近藤も同様だろう。
しかし沖田は銀時の本心は真選組を向くことはないと見切っている。銀時が真選組に自由な生きざまを──銀時が持つささやかな、しかし最も大事なそれを蹂躙されることにヤツが腹を立てればいいと開き直っている。その開き直りが的を射ているだけに土方は虚偽で固めようとしている己の感情(こころ)のザラつきが不快でならない。


「問題は旦那のツレ役でして。コイツは岡田に殺されかねねェ。部外者にやらせるわけにゃいかねーし、当然、隊内の誰かってことになりやすが、どのみち岡田が正気を失うくらい旦那にはソイツとイチャイチャしてもらわなきゃならねェ。だったらせめて旦那の相手くれーは旦那の好みで選ばせた方がいいだろうってことになったんでさ。俺ァ旦那が泣き喚いて嫌がってた方が効果的だから旦那の意向は無視して勝ち抜き戦で決めりゃいいって言ったんですがねィ」


「あ~…なーんか見えちゃったわ、俺」

銀時が、すると表情を解いて軽く溜息をつきながら、やる気のない眼を沖田に向けた。

「お前ら自信満々みてーだけどよ。辻斬り野郎が来なかったら、このお膳立てまったく役に立たねーだろ。オメーら自分たちの見込み違いを棚にあげて俺を無能よばわりしたあげくムカついて汚ねェもん見る眼で見下げて叩き出して終わりだよな。それも時間の問題だけど、それまで俺は従業員二人抱えて仕事放り出すわけだから。手切れ金として日当くれーは日割りで出せ。でないと出るとこ出るかんな」

「かまいませんぜ。旦那がどこへ出ようと幕府(おかみ)がそいつをウチに回してきやす。俺が受理しやしょう」

「んで、どうやってソイツおびき寄せんの?噂まいて屯所にやって来るまで待つわけ、スズメにコメ撒くみてーに」

「それが基本ですが、その他にもいろいろ。ヤツが痺れを切らして飛び出してきそうなことならなんでも採用しまさァ」

「あ~、祝言の席とか?」

「ですねぃ。そこで景気よく公開初夜とか」

「しねーよ。どこのエロ本の風習だ」

「武州の田舎じゃよくやるんで。あと上司の嫁を部下が数人がかりで前もって試して具合を見とくってのも…」

「んなもんあるかァァァ!」

土方が怒鳴る。

「どうやっておびき出すか、どういう動きを取るかは今後万事屋とも相談して臨機応変に当たんだよ。テメーは話をややこしくすんな」

「ややこしくしてんのは土方さんでさァ。旦那が屯所で隊士たちに囲まれながらストリップでもすりゃァ、天の岩戸よろしく砲門ぜんぶ開きながら鬼兵隊が戦艦ごと降りてきまさァ」


「…辻斬り野郎を捕らえて」

銀時が低く尋ねる。

「ソイツがしてきた事が解明されて二度と辻斬りが出ねーってことになれば取引は終わり。そんとき俺が俺の居場所を決めりゃいい」

半分閉じた瞳がスッと向けられる。

「…ってことで間違ってねーよな、土方?」

 

続く

 

 

私信:すみません、本文だけで時間切れになりました。
   コメントと拍手レスへのお返事はまた後日、させてください!

拍手[3回]

【2011/02/08 23:57 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(0)
第12話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)


第12話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

 

「てっとり早く済ませようぜ」

土方が退くと銀時は、のそりと身を起こした。
その場に胡座をかきながら沖田と土方に向き直る。

「テメーら、そろそろ口割れや。俺はエサなんだろ。お偉いさんの目眩ましに祝言あげるってのも方便か」

「そっちは嘘偽りありやせん」

すかさず沖田が答える。

「ウチの独身率の高さは幕府(おかみ)からバッチリ目ェつけられてるんで。どっちかっていうとソレが本命でしてね。あとのクソみてェな計画は後から取ってつけたようなもんでさァ」

「そっちが本命?」

銀時は眉を顰める。

「だったらなんで俺なんだよ。世の中にはテメーらの嫁になれそうな女があふれかえってんだろーが」

「そりゃ、あそこにいた連中は旦那に懸想してるからでさ。あとはそれぞれ自分の狙いに奔走してるんじゃねェかな」

「なに、テメーらが懸想してるから俺が連れてこられたの?んじゃ俺がテメーらの意識にのぼらなかったら来なくて済んだわけ?」

「そうかもしれやせんね」

沖田がもっともらしく肯定する。

「近藤さんと独身野郎どもが酒飲みながら嫁さん談義してて、あっさり万事屋の旦那の名前が出て、アレ嫁さんに欲しいとか、アレが女だったらとか盛り上がって。どうせこんな想いは届きっこねぇって酔っ払いどもがクダ巻いて。そしたら近藤さんが、だったらアイツを嫁さんにする合法的なやり方を考えようじゃねェか、もうこのさい誰が娶っても構わねぇ、真選組の嫁さんになってもらわね?って流れになったんでさ」

「どっからツッコンでいいのか分からねー。とりあえず嫁さん談義に俺の名前を出したバカを殴らせろ。嫁ってのは亭主と共同作業してガキ産むもんだ。俺にそんな特殊能力はねぇし。好きこのんで獲得するつもりもねぇ」

「旦那が岡惚れして熱愛カップルになれば自然とガキが欲しいって話になるでしょ。そんときウチ(真選組)には天人の性転換薬があるから、いくらでも二人を後押しできるだろって近藤さんが言ったんでさ。そしたらすっかり隊士どもに旦那の女体を抱く夢想が広がっちまいやして」

「さっきの奴らが言ってたのはソレ?」

「不愉快なモン耳に入れちまいやしたね」

「別にどうでもいいぜ。俺はテメェの体を女にしようなんざ思ってねーから」

「そいつァ残念なことで」

「けどよ」

銀時は考えをめぐらせながら沖田と土方を見る。

「祝言が本命ってことは、オメーら上への体裁をつくろいてぇんだろ。本当に辻斬り事件が終わったらウチに帰っていいんだろな?子作りがどうとか言ってるし、偽装を終わらせる気あんのか?なんだかこのままウヤムヤのうちに結婚させられてテメーらの中に取り込まれそうなんだけど」

「そこまでやる気はねぇよ。ある程度のケリがついたらオメーは自由の身だ」

「…と、土方さんはこんなこと言ってますがね」

沖田は、口を挟んできた土方を見やる。

「そんな都合よくいくわけねぇでしょう。旦那は入籍するんでさァ。公的な結婚ですぜ。そのまま屯所に閉じ込められて無理やり女にさせられて子供でも孕んじまえば逃げられねェ。しかもその相手はこのままでいくと土方さんですぜ。よく考え直しなせェ」

「………エ?」

「そっ、総悟ォォォ!」

目が点になった銀時に、沖田を一喝した土方が向き直る。

「そんな事実はねぇ!ありゃアイツのでまかせだ。勝手に入籍なんかしねぇし、オメーの意志を無視してコトを進めることもねぇ!」

「嫌がる旦那にセックスを強要しようとしていた男がなに言ってんでぃ。キレイ事はやめましょうや、土方さん。かぶき町で旦那が俺たちのところへ来たときから旦那は俺たちの捕らわれ人だ」

沖田は銀時に真顔で告げる。

「アンタ、暫定花婿の土方さんに半強制的に性行為を強いられる捕らわれの花嫁なんですぜ。暫定花婿を撤回しないと大変なことになりまさァ」

「でたらめ言うなァァ!コイツは俺を選んだオメーの決定を覆したいだけだ、耳貸すんじゃねェェェ!」

「……んなこと解ってるつーの」

銀時はダルそうな眼で土方を見る。

「だからお前を選んだんだよ。撤回なんかしねーよ。話進めていい?」

「…ア?」

土方は、沖田も銀時を見る。

「撤回しないんですかぃ?」

「…それで選んだって、どういう事だ?」

「どうって…」

銀時は目を逸らして銀髪の中へ指を差し込む。頭を掻きながら、その話題を片付けなくては先に進めないことを悟って口を開く。

「お前は俺に非道いことしねーだろ?沖田君や他の誰かが強攻策に出ても、お前だけは俺を裏切らねェ。お前はお前の武士道に背くことはねぇんだよ。それはお前と刀まじえた俺が一番よく知ってるかんな」

「…」

虚を突かれた土方は銀時を見たまま固まった。
言うべき言葉が出てこない。
銀時に見込まれている事実に身が震え、同時に哀しみが髄まで広がる。
俺は何故、コイツを得ることができねぇ。
ここまで心を差し出しておきながら、コイツはなんで裾をひるがえして遠ざかっていくのか。

「お前らが俺を逃がす気がないのは分かってた。オメーらの思惑はイマイチ読めねぇ。だったら俺はオメーの信条に縋るしかねぇだろが」

銀時は土方を見ない。

「祝言も処遇も、オメーがそうするってなら、もう逃げようがねぇ。きっとオメーは誰より考えてそうするんだろーし。俺にとってお前が選ぶ道が一番、納得しやすい理不尽なんだよ。だからお前だ。解ったか。解ったんなら次いくぞ、次」

「つまり土方さんは御(ぎょ)しやすいってことですね」

ポンと手を打って沖田が言う。

「たしかに狙い目どおりでさァ。さっそく胸を打ち抜かれてやすぜ、旦那の追いつめられた人質が誘拐犯を懐柔するような熱の入った演説に、俺ァコイツに非道いことなんかできねぇ…!って眼で決意してますぜ」

「オメーはいちいち台無しにすんじゃねーよ」

銀時は平坦に言う。

「もうちょっと押せば土方君が俺を解放してくれたかもしれねーのによ」

「だから土方さんと二人きりにするのはマズイんでさァ」

「って言いながらオメーはコイツを放っとけねーよな。そんなにコイツが俺に取られるか心配?」

「できればどっちも手に入れてぇとこなんで。いっそ三人でヤりやせんか?」

「オメーのそのあけすけなところが気に入ってるけどよ。三人とか無理だから。辞退するから二人でどーぞ、俺の見てないところで」

「見えなきゃいいんで?だったら目隠ししてやりまさァ。音だけってのも燃えますぜ」

「だから参加しねーから俺は。それよりボッキリ話の腰を折ってくれてありがとよ。再三聞いて悪りぃけど、コイツの言ってた『おびき寄せる』って誰を?どうやって?」

銀時の眼が沖田を見据える。

「オメーが入って来なきゃ土方君に洗いざらい聞けたんだよ。邪魔したんだからキッチリ吐けよな。オメーのオープンマインドを見込んで引き止めたんだからよ」

「それと土方さんにこれ以上、性交渉を迫られちゃたまらねーから第三者(オレ)が必要だったんでしょう?」

「そんな細かいところはいんだよ」

「自信なかったんですねぃ。旦那も自分の欲求に流されやすい素直な身体してやがる」

「うっせーよ!それこそどーでもいんだよッ」

「『誰をおびき寄せるか』って?そりゃァ、旦那が他の男とイチャイチャしてたら怒り狂う野郎に決まってまさ。旦那もよく知ってる、あの」

ニヤと笑った沖田の唇がその音を辿った。

「……鬼兵隊首領、高杉晋助」

 

続く

拍手[7回]

【2011/02/04 20:03 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(1)
第11話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)


第11話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

 

「やれやれ。とんだヘタレもあったもんだぜぃ」

廊下に面した障子戸が開いて、いきなり沖田がポケットに片手を突っ込んで立っていた。部屋の中の、まだ畳に組み敷かれたままの銀時と、それに被さったままの土方を瞳だけで見下ろす。

「そこまで持ち込んでオトせねぇなんて土方さんにしか達成できない偉業でさァ。まったく旦那もこんな野暮天を引き当てちまうとは想定どおりの災難でしたね。一番隊隊長沖田総悟、心からお悔やみ申し上げまさァ」
「……テメェなにしに来やがった」
土方が視線をあげて沖田に鋭い眼光をくれる。
「出てけ。お呼びじゃねぇんだよ」
「へぇ。そうですかぃ?」

沖田はわざと意外そうな口調で銀時に尋ねる。

「旦那、まだこのヘタレに強制わいせつ受け続けますかぃ?それともチェンジで?」
「どっちもお断りだっつの」

銀時は手首の先を沖田に向けてヒラヒラ振る。押さえこまれたままの身体は沖田の出現と同時に力を失って萎えている。

「とりあえずこの話は一旦、白紙に戻してもらうわ。基本的にはウチに帰る方向で」
「オイ、ちょッ…!」
「まあどきなさいよ」

銀時は顔をあげて、すぐ目の前の土方に無気力な、いつもの掴みところのない表情を向ける。

「も一回、詳しい話きかせてくれる?それによっては銀さん、考えないでもないからさ。オメーの立場とか。真選組の厄介事とか」
「……クッ、」
「やいテメーら今の聞いただろぃ」

詰まった土方が応えるより早く、沖田は残りの障子戸をパシンと開け放った。仁王立ちしたまま背後に申し付ける。

「まだ万事屋の旦那は誰のもんにもなってねぇ。真選組の副長さんが権力を盾に嫌がる旦那を連れ込んで一方的に言い寄ってるだけだ。結婚式までお膳立てされちまってるから旦那が屈するのも時間の問題かもしれねーけどな。というわけで」

ちらりと後ろを窺う。

「テメーら、江戸の町にこの話バラまいてこい。最終的に旦那を土方の野郎から取り上げて表向きは貞淑な本性は俺だけにエロいMで欲しがりの美人妻に仕立てあげるのは次期副長候補沖田総悟だってことをそこらの愚民どもに分かりやすく吹聴してきなァ」

「えぇえええ!?なんで隊長だァ!」
「副長、いいかげんにしろ!アンタそっから降りろォォ!」
「旦那嫌がってるぞ、嫌がるもんをヤッたらどうなる?逮捕だ!」
「婿を選び直すってことでいいんですよね?」

庭にいる数人の隊士たちが部屋の中に向かって廊下の縁から身を乗り出している。開け放たれた障子戸から中の二人の体勢は丸見えだ。沖田はフフンと片頬をあげたまま柱に寄っかかって見下ろしている。

「うるせェェェ!」

土方は全員に怒鳴る。

「コトは決まったんだ。コイツは俺のもんだ。万事屋がなにほざこうがコイツが俺と婚姻関係を結ぶことに変わりはねぇ!とっとと失せやがれ!」

「アレレ?たしか旦那の意志優先じゃありやせんでしたか?」

沖田がまたもや意外そうに首を傾げる。

「それを言ってたのは土方さんでしたよね?」
「そうだそうだ!祝言じゃ女体化まですんだぞ!」
「旦那の意志を無視だなんてあんたケダモノか副長ォ!」
「俺もあの人を嫁さんに欲しーよォォ!」

廊下の板敷きに這いずってこようとする隊士たちは、ますます音量を上げていく。そろそろ騒ぎを聞きつけた者たちが庭の左右から姿を現してこちらを窺っている。土方は自分の部屋の外に詰めかけている者たちに目を向ける。銀時から手だけをゆるく離し、まだ銀時に乗ったまま上半身を起こして座敷から隊士たちを睥睨した。

「テメーら、よっぽど死にてぇらしいな」

その瞳孔の開いた眼が一瞬にして全員を、その顔と素性と実力を値踏みする。なんの抑揚もなく響いた土方の声はその場にいる部下たちの耳朶を打った。

「たしかにコイツはまだ誰のもんでもねぇ。当然だろ。祝言の話が出たのは今日だ。これから俺たちはよりよく知り合っていくんだよ。身体も感情(こころ)もな。その過程で齟齬が出て、こぜりあいみてぇな痴話喧嘩やらかしたところでテメーらにどうこう言われる筋合いはねぇ」
「で、ですが…」
「テメーらも座敷にいたから知ってるはずだ。コイツは俺を選んだ」

土方はチラリと畳の上に伸べた銀時を見やる。銀時は腕の束縛が解けても、やる気なく畳に倒されたまま土方と廊下の外のやりとりをボンヤリ窺っている。

「大切なのは、コイツが俺を選んだというその事実なんだよ。事実を曲げたいヤツがいるなら相手するぜ。今の俺は誰にも負ける気がしねぇからな」

言い置いて土方は沖田を見据える。土方の剣気は充実している。沖田は気に入らない顔でそれを見る。銀時を得て、なるほど土方は気合い十分だ。沖田とて簡単には勝たせてもらえないだろう。口を結んだまま土方と銀時を交互に見ていた沖田は、おもむろに片足を上げると足元の隊士に一蹴りくれた。

「退きな、テメーら。土方副長の御命令だ」

沖田が言い放つ。

「当分ここに近づくな。不心得者は俺が斬ってやら。ここで見聞きしたことはテメーらの胸の内にしまっとくんだな。他の野郎どもにも内緒だ。くれぐれも愚民どもの耳に入れるんじゃねぇや」

「だから、隊長!万事屋は嫌がって…!」
「納得いかないッス!」
「副長のガキ孕んだらどうすんだ!」

「そいつはテメーらの心配にゃ及ばねェ」
沖田の瞳が動いて無慈悲な口調が通告する。
「命令が聞けねェならこの場で粛清するぜ」

「…お、俺このあと外回りだった!」
「副長、その人に無茶しねぇでください頼んますっ」
「ひぃぃ!」
「すまねぇ旦那!命令には逆らえねぇ!」

隊士たちは口々に言い残して廊下の縁側を離れる。バタバタ疾走していく物音が庭の向こうへ散っていく。やがて完全に付近の庭から人の気配が消えた。

「それじゃ俺はこれで」
障子戸に手をかけながら沖田が二人を見て笑う。
「あとは痴話喧嘩でもなんでも御自由に。旦那がチェンジする気になったら声かけてくだせぇ」

「あー…沖田君さ、ちょっと頼みがあんだけど」

銀時がだるそうな声をかける。
引き戸を閉めようとしていた沖田の手が止まる。

「なんですかぃ?土方の息の根をとめろって話ですか」
「違ぇよ。テメー俺に殺人を依頼させる気か」
「ええ、土方なきあと旦那を殺人教唆でしょっぴいて俺じきじきに尋問する予定で」
「そんな予定は永遠にこねぇ。そうじゃなくてよ、オメーそこで張ってるつもりだろ?」
「アララ。お邪魔でした?旦那を助けたつもりが俺ァ読み違えやしたかね」
「オメーが助けたのはコイツだよな」
銀時が顔で土方を差す。
「それはどうでもいいから、そこの戸開けといてくんない?」
「閉めろ総悟」
土方が低く告げる。
「コイツと二人っきりで話がしてぇ」
「へぇ、わかりやした」
沖田は頷いて引き戸を全開にする。
そのまま廊下の板敷きに腰を下ろし、部屋の二人に向かって胡座をかいた。
「これでいいですか、旦那?」
「わかってるじゃねーか」
「旦那の気も知らねーで跨ってるボンクラとはワケが違いまさァ」
「アレ?沖田君、上司にボンクラとか言っちゃうわけ?」
「上下分け隔てないところがウチの底力なんで」
「そんなん重すぎるだろ。底が抜けるだろ」
「抜けてもこれ以上落ちようがありやせんや」
「そいつァ安心だな」
「いつでも嫁に来てくだせェ」
「…つーわけだからよ」
銀時は土方を正面から見上げる。
「そろそろ退いてくんねーか」
「………ったく、」
土方は深く嘆息する。
銀時は二人ではなく沖田を交えて話したがっている。
その意図は明白だ。
不承不承、土方は銀時の熱くてしなやかな身体の感触から自分の手足を引き剥がした。


続く

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【2011/01/31 23:39 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(1)
第十話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)


第十話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

 

「ん…、」

相手の頭を抱きあい、唇をすりあわせ、互いの中身を吸い尽くそうと唇が禁を犯して開いていく。
ああこれで。
濡れた舌もろとも相手の熱が味わえる。
下から抱きつく形で銀時は土方の肩から後頭部を引き寄せる。
密着したまま開通させた唇の合わせめから相手の熱まみれの感触を迎え撃とうと唇から舌が出かかったとき。

「ちょ、おまえらダメだって!」

廊下に面した障子戸の向こうから騒がしい小声が制止した。

「聞こえたらどうすんだよ、殺されるぞ」
「ウソだ俺のあの人が…」
「なんで副長なんだよォ~」
「代わりてェェェ!」

複数の恨みや嘆きがヒソヒソしている。
廊下に面した庭に隊士たちが聞き耳を立てているらしい。
銀時は押しつけていた唇を離す。
熱のあいだに隙間ができる。
応じて土方も動きを止める。

「気にすんな」
「むっ、無理に決まってんだろがッ」
「お前が誰のモンか広まりゃ目的通りだ」
「おまっダレが誰のもんだ?」

小声で銀時の顔に囁きながら唇を押しつけてくる。
さすが集団生活に慣れてる奴は違う。
プライバシーなにソレ?だ。
目を伏せた土方が眉をヒクつかせているのは隊士の盗み聞きではなく銀時の気が逸れてしまったせいだ。

「放っときゃいい。どうせ誰も入って来ねぇ」
「ちょ待て」

銀時は自分たちを伺っている第三者の存在に正気を引き戻される。
自分がこの男と懇(ねんご)ろになったと知られる。
それはあまり、いやかなり不味い。
他の誰に知られたって構わない。
しかしただ一人。
笑いを含んでこちらを振り向く深くて底知れない隻眼の瞳。
あの男にだけは自分が誰かに情をかけたと思われたくない。

「…やっぱナシ」

銀時は表情を閉ざす。

「祝言には出席すっけど肉体(からだ)はナシだ」
「…なに言いやがる」
「お前のことキライじゃねぇ。すげーキモチィ。けどヤッちまったら俺は…お天道様に胸張ってられねぇんだよ」
「………そうかよ」

土方は黙りこむ。
潤んで自分を見ていた瞳が、今は睫毛をけぶらせて半眼に閉ざされている。
それでもこの状況が格段に恵まれたものであることは変わらない。
通常なら自分は銀時に触れることも穏やかに会話することも望めない。
いま銀時が見せているのはいつもの眼だ。
土方を見ず、己を閉ざし、踏み込むことをやんわり躱す。
だがそんなのは大した問題ではない。
銀時は自分の腕に、触れる距離にいる。
欲しいものを強奪しないヤツが居るか。
こんな好機を逃すヤツがいたらお目にかかりてぇ。

「んぅぐッ…!?」

抱いていた銀時を畳に落として押さえこんだ。
やっかいな両腕をつかんで畳に押しつけながら銀時の身体の上に乗っかかる。ぬかりなくもっと厄介な膝を自分の下肢で念入りに封じる。

「な、っにしやがっ…!」

焦って土方を跳ねのけようとするが下からの抵抗などタカが知れている。遠慮なくその逃げ場のない顔に顔を近づけて唇を追いかける。逸らす顎に阻まれて捕まらなければ手近な頬を噛み、首を噛み、その襟の合わせから鼻をつっこんで肌を吸い上げる。

「ちょ、なにコレ!なにしてんのお前ッ」

思いの外、抵抗できなくて戸惑っている。
全力で暴れた方がいいぜ。
俺は頭ん中で何回こうしてお前を犯したか分からねぇ。
ここは俺の部屋だ。
場所慣れしてねぇお前は不利だ。
このまんま、どんな手つかっても既成事実を作ってやる。

「黙ってモクモクと一人でコトを進めんなァ!」

銀時はわめいているが、まだ怒ってはいない。
問答無用でブッ飛ばされないほどには自分はコイツとの人間関係を築いていたらしい。
ただしコイツは解ってねぇ。
俺がどんなにテメェが欲しいか。
触れた唇に一度応えられちまったものを離しちまえるほど人間できても枯れてもいねぇ。

「ッ、…れねぇ」
「エッ?」
「諦められねぇんだよ!」
「えっ、ソッ、んなこと言ったってよ、」
「テメェこっち向けよ」
「向いてるだろうがァ!んでテメーにベタベタちゅーされまくってんだろがァァ!」
「そうじゃねぇよ」
「ア?」
「テメェはどこ見てんだ…誰見てんだよ」
「…どこっつわれてもなぁ、」
「いいかげんこっち見ろや…テメェはちっとも俺を見ねぇ」
「見てるよ、ウン。いま頭しか見えねーけど」
「俺が嫌いか?」
「そういう問題じゃねぇよ!」
「逆ギレすんな、そういう問題だろが」
「うるせーよ、ヤッちまおうかな?くれーにはキライじゃねーよ!」
「んじゃヤッちまやいいじゃねぇか」
「でもよしヤッちまおうってくらいには好きじゃねーんだよ!」
「んだとコラ?」
「…痛ッ!ちょあんま吸うな、跡つけんな勝手にィ!」
「うるせェ、テメェもソノ気になったくせに我慢できんのか?」
「そりゃできれば厠行きてぇけど」
「…俺より厠のがマシだってのか」
「いやそんな卑屈な売り言葉、買いたくねぇから」
「~~~ッ、クソがァ!いいから一回ヤラせろやァァ!痛くしねェからよォォォ!」
「痛くねぇワケねぇだろォォ!!あんなトコにこんなモン入れんだぞ、よっぽど好き…物好きじゃねーとできる技じゃねーんだよォォォ!」
「舐めてほぐして腰から脳天までグズグズに溶かしてやらァ、任せろテメェのなら俺ァ舌つっこめっからよ!」
「いっ…いやな図を想像させんじゃねーよッ!」
「アァ?いまので身体熱くなったぜ。考えて感じちまったんだろがァ!」
「てっ、てめッ、羞恥プレイとか冗談じゃねぇ!俺をいくつだと思ってんだ、身体に乗っかられたまま耳元でエロい声で囁かれて感じねーわけねーだろがァ!」
「だからそのままヤられちまえっつってんだァァァ!!」
「そんなワケいくかァァァ!!」

四つ這いで自分にまたがる土方を押し戻し、近づけられる顔に顔を突きあわせながら銀時はついに大声を上げる。

「だいたいおかしーだろうが!なんでヤんなきゃなんねーんだ?オメーらの計画ではお偉いさんを納得させるための祝言つっただろうが。ホントにヤる必要なんかねーんだよ!てかそれを強制ってテメーらソレ犯罪だろ慰謝料よこせ、ハンバーグランチにドリンク付けねぇと、あ、三人分よこせ、ガキどもも腹すかせてるんだよ、それからパフェな!」

「声がデケェんだよッ!!」

土方が叫ぶ。

「こっちだっていろいろあんだ、そう簡単に見破られちまったら意味がねぇ!付け入る隙がねぇくらい、お前がこっちに夢中だって話になってもらわねぇと、おびき出せねぇだろうがァ!いいから黙って力抜いてろや、俺がどんだけテメーに惚れてるか教えてやらァ!」

「………おびき出すって?」

銀時の抵抗がピタリと止まる。
静かな、揺るぎない声が確認する。

「誰をおびきだすの、オメーら?」

「……あ。」

被さっていた身体がピクッと動きを止める。
土方の視線が銀時を逸れ中途半端に宙を泳いでいった。

 

続く

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【2011/01/29 16:54 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(0)
第九話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)

第九話 気を引いても虚ろな世界(高銀)



ふわふわした感触が唇にまとわりついていた。
背は倒れることも許されずに相手の腕に捕らわれていた。
ゆるいが確実な拘束の中で、接吻しやすいよう抱き締められては唇を噛まれ、隙間が空いてはまたその僅かな吐息の空間を埋められる、そのくりかえし。
唇の感触はなめらかだった。
触れては離れるさりげない接触も、その温度も、押しつけあうたび伝わる弾力も、いやに心臓を直撃してくるがキライじゃない。
続けたいと思うほどの楽しさもある。
いやむしろ好きかも。
直前まで吸っていた煙草の匂いが土方本人の整髪料かなにかと混ざって爽やかな男らしい香りとなるのか、脳に直接おくりこまれるソレが土方の前髪のあたりから降ってくる。
抱かれて捕らわれて、そのよどみなく鍛えられた腕の中で接吻を受ける。
そんな単純なことで身体は痺れるように熱くなる。
ハァと唇の合間に息を継ぎながら、今まで自分はこんな丁寧な扱いを受けたことがあったっけ?と頭の隅で思い返す。
浮かぶのは長いこと自然に隣りにいた相手。
いいか?の承諾もなく縺れあい、むさぼりあう衝動と発散の果てのセックス。
互い以外の一切を消したくて、だから穏やかな労りなんか邪魔だった。
その行為と相手を思い出した途端、なぜか身体をめぐる血の勢いが拍車をかけて熱くなる。
やばい。
アイツでもない相手とヤッちまうわけにいかない。
でもコイツの慎重なお誘いを、どうしよう。
やけに気持ちいいんですけど。
そう、まるで快楽に直結しないよう焦らされながらゆっくり食まれる唇は「性」を意識させることなく銀時の身体だけ溶かしていく。
この強引そうな、腕に収めたら脇目もふらずに即物行為に突入しそうな男が。
性急な動きを抑えた力の篭もった身をかがめて、努めてこちらの反応を伺いながら触れてくる。
手慣れたカンジだけど間近な息遣いに余裕はない。
これにピッタリの言葉は──そうだ、「優しい」だ。
どういうわけか自分はこの男に気遣われ、大切そうに優しく触れられている。それこそ愛されちゃってるみたいに。

「…エ?」

銀時は自分の考えにギョッとした。
アレ?俺ってコイツに愛されてんの?
だって普段コイツって人のことイライラ睨みつけてくるよね?
ああ言えばこう言うし。他の奴にはそうでもないのに俺には当たりキツイし。お前とは相容れねぇって張りあって逆ばっか向いてんじゃなかったか?
でも先刻「好きだ」とか言ってたよね?言ってたよな。軽く雰囲気で流しちゃったけどアレ俺に言ってたんだよな?なにコイツ俺のこと好きなの?

「え、マジで?」
「ア? …ンだ、なんの話だ?」

土方は銀時が唇を解いても顔をしかめも口調を荒げもしなかった。
まだ同じ体勢にいる銀時を熱っぽい切ない瞳で覗きこんでくる。
や、コイツすげー。と銀時は土方の忍耐に感心したが、その実、土方の熱が少しも陰らないのは銀時の瞳が欲を宿して土方を見上げて潤んでいるからだ。その肌が土方の指に触れられるためのように歓喜に蕩けつつあるのを土方が身をもって感じているからだ。なにか言おうとする銀時の唇、その合間から継がれる吐息、歯列、甘そうな舌が土方の目に映るたび、これがたった今自分を拒否することなく従順に口づけを受けていた、そう実感できる愛おしい対象となって土方を猛らせ、銀時が自分の腕にいること、これから自分のものにしようとしていること、その興奮になけなしの理性を苛まれる。

「どうした…なんかあんのか?」

銀時が、どうあっても捕まりそうにない相手が、腕の中で溺れたような瞳をして自分を見ている事実。もう離したくないと言わんばかりに銀時を抱く指に力が入る。それに身を揺らして反応する銀時に、ますます逃がすまいと力が篭もる。

「お前、俺のこと好きなの?」

銀時の問いかけは囁くように睦言のように土方の耳をくすぐる。

「アァ、…好きだ」

たまらず銀時の跳ねた前髪を甘噛みする。

「お前のことが気になって仕方ねぇのは、好きだからだろう?」
「アレ、お前の態度、気になるとかいうレベルの話なのかよ」

いつもなら否定の決めつけ口調で放たれる言葉も、銀時に舌足らずに問いかけられれば心地良い戯れになる。解っている答えをなぞるように問い詰められるのは恋人同士の愛の確認のようだ。

「べつに不愉快ってほどでもなかったけどよ…でも、キライじゃねぇってのは好きだっつうことにはならねーよな?」
「きらいじゃねぇなら、このまま流されちまえ」

腕の中の銀時に口元を緩めてみせる。
目を細めて、想いを言葉に乗せて、銀時の存在すべてに言い聞かせる。

「俺とイケナイ遊びすんのはキモチイイぜ?」
「……ん、」
「最高にヨクしてやらァ」
「…それホント?」
「じゃなきゃオメーにこんなこと言わねぇよ」
「…ンなこと言われたら悩むだろーが」
「もうお前に触りてぇよ」
「ん、でもよ…」
「嫌れぇか、キモチイイのは?」
「…きらいじゃねェよ」

銀時は観念したように感じ入ったような溜息をつく。

「お前…キスしようつったのは、こーゆーことだろ?」
「……どういうことだと?」
「お前の唇キモチヨすぎ。キスしたら…ゼッテーその気になっちまう」
「その気になったんなら責任とってヤッから安心しろ」
「あぁ、でもなァ…」

銀時は瞳をさまよわせる。

「これ、ヤベェかもしんねぇ…」
「なにが」
「お前とそーゆうことになっちまうの」
「構わねぇよ」
「なんでだよ」
「俺はとっくに腹決めてる」
「そりゃお前はいいよ?でもよ…」

眉を寄せて土方に尋ねる。

「俺ってオメーのこと好きなのかな?」

純粋な疑問を浮かべる銀時に土方は言葉を失う。そして直後、静かに笑う。これまで土方など眼中になかった銀時が、自分はコイツをどう思っているのかと検討するまでになったのだ。銀時の意識に食い込むことができた成果は大きい。

「嫌いなのか?」

好きだろ?と聞きたいのをこらえて反対で聞く。銀時の気まぐれは読めている。下手に押し付けると逃げていく。この問答を恙無く進められるのも今までの銀時との不毛な積み重ねがあってこそだ。

「んー…わからねー」
「じゃあよ、」

ゆっくりと提案の形をとって銀時に望む。

「わかるまでこうしていねぇか?」

銀時の鼻先に自分のそれを近づける。

「俺はお前にキモチイイことする。お前はただキモチヨくなってりゃいい。面倒なことが起こったらそれは俺の責任だ。ぜんぶ俺が負ってやらァ。だからオメーはなんにも考えず俺の腕ん中に居りゃァいい」
「ちょ、ダメだろそれ反則だろ。んなキレイなツラで、んなこと言われて口説かれたらグラッとくんだろが」
「グラッときて足元くずされて俺んとこまで墜ちてきちまえ」
「なにこれ口説かれまくってね?」

銀時は笑って土方の頬ずりを受ける。

「なんだか気分イイし。お前真剣だし。匂い好きだし。なにより…身体キモチぃんだよな」

土方の首の後ろに手をまわす。

「流されちまいてぇ。オメーとキモチイぃことしながら日がな一日のんびりしてみてぇ。なんも考えないで頭カラッポにして寝ていてぇ」
「万事屋…、」
「でもよ。アレがあんだろ。アレが」

愛撫に酔った銀時の口が、ついでのように告げる。

「『辻斬り』?」
「……」
「なんか聞いたような名前の奴だよな。そいつのこと解決したらコレってどうなるわけ?」
「どうにもならねぇよ」

土方は一瞬だけ眉を歪める。

「お前に選択権がある。俺のもとにとどまるか、他へ行くか。そんときお前が決めるんだ」
「あ。そうなの?」

銀時の意外そうな声。

「ウチ帰っていいの?そりゃ助かるけどよ、つーか辻斬り片付いたら取引も終わりだろうな?」
「今んとこ、そーいう話だ」

当然ながら帰る気満々らしい銀時に胸のあたりが重くなる。

「よほど事情が変わったら分からねぇけど」

たとえば、お前が俺に絆されるとか。
土方はそれは言わずに銀時に頷いてみせる。

「辻斬り事件が思わぬ大物を釣り上げでもしたら延長要請するかもしれねぇ」
「どうせ拒否権はねぇんだろ?」

銀時は不服そうに口にする。

「お前はどう思ってるか知らねぇけどさ、お前らのコレ強制だしなんだかんだ言って。一般人を権力で言いなりにしてるって解ってるよな?俺がここに居んのはお前らに捕まったからで。お前を選んでケッコン?婚姻?させられるのも脅されたからで。お前に迫られてこんなことになってんのも祝言の偽装のためで。俺がなんの権限もない被害者で弁護士も拒否権も確保されずにこんな目に遭ってるんだってこと、誰かに知られたらお前らヤバくね?でもこれ俺には完璧に責任なくね?…つーか」

まわした手で土方を引き寄せながら、その指に触れる黒髪の手触りを楽しむ。

「俺の咎(とが)つったら、このままキモチヨくお前に流されちまいてぇって思ってることぐらいじゃね?」

つい、と銀時の顔が近づき土方の唇の中に柔らかな自分のそれを押しつけた。

 

続く

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【2011/01/28 20:44 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(1)
第八話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)


第八話 気を引いても虚ろな世界(高銀)


「脅しじゃねぇよ。そんなもんでお前を動かせたら俺たちこんな苦労してません!」
近藤が白々しさを通り越した親しみの眼差しを銀時に向ける。
「お前を動かすことができるのはお前の意志だけだ。だから本当は取引もしたくねぇ。お前の中から自然に出てきた心情だけで俺たちに手ぇ貸してほしいんだ」
「ならはじめからそう言えって」
銀時は大きく肩を下げて嘆息する。
「おどかすなよ。要は依頼ってことじゃねーか。予算組んでバッチリ出すもの出せや。そうすりゃいくらでも俺の身体から労働意欲と義務感が最優秀演技賞なみの演技力とともに湧いてくるからよ」
「銀時。その方がお前が俺たちに協力する理由を自分につけられる、ってのは分かってる。だがな、俺はそれじゃ嫌なんだよ」
近藤が困ったように笑う。
「できりゃ本気で嫁に来てほしい。お前のことを大好きなヤツと穏やかな時間を過ごして、お前がそいつと本気で情を交わして、ここに居たいと思う気持ちから俺たちの輪に加わってほしいんだ」
「そいつぁストーカーの発想だな」
銀時は歓迎しない招致に苦笑する。
「頼まれたって居たくねぇところには居らんねーし。好きでもねぇヤツとどうこうなるはずもねぇ。薬使われよーが、痛めつけられよーが、俺の心は揺るぎゃしねーよ」
「だから形から入ることにする」
近藤が宣言する。
「いいか、お前はトシと両想いだ。屯所の中でも外でもラブラブのイチャイチャでやってもらう。若い恋人同士だ、あけっぴろげに行為に及んでくれて構わん。むしろ無いと不自然だからしっかり頼むぞ!とにかく隊士たちにもお偉いさんにもバレないように。バレたら即刻、留置所行きだから。それで昔の悪業とか引っ張り出されたら目も当てられねぇ、見せしめに磔(はりつけ)にして公開処刑もありだから気をつけてな!」
「ちょ待て。そんな強制取引はゴメンだ。いいから依頼にしろ。ひとことそう言や、おおむねテメーらの望みどおりにやっからよ」
「依頼ってのはお前の権限で解除できるだろ?」
近藤は笑って却下する。
「こいつァあくまでもお前の意志を尊重した取引だ。お前の自由意志で俺たちのところへ嫁に来る。そうすりゃお前は俺たちの身内だ。身内に拷問してまで鬼兵隊や高杉との関わりを吐かせろって話はねぇだろ?俺たちの嫁さんが真選組に不利な情報隠しとくわけがねぇからな。話さねぇのは本当に知らねぇってことになる。だからお前が嫁に来てくれるなら俺たちはお前に何も聞かねぇ。話したくねぇことは話さなくていい。現在のことも、過去のことも。それがお前と俺たちとの間で交わす取引だ」
黙って聞いている銀時を見ながら近藤が続ける。
「お前の自由意志から発生したものとして『取引』の形態を取ってることは内緒だ。契約書も作らん。証拠が残らんよう口頭で済ませる。ただしお前がこれに反したときは相応の罰則を伴うことだけは確かだけどな」
「お前らは?」
銀時が仏頂面で聞き返す。
「お前らが違反したらどうしてくれんの?」
「そうだな。なにを以てして違反となるのか曖昧なところだが」
近藤はまるで迷いのない眼を向ける。
「そんときゃ俺の首、お前にやるよ」
「……いらねーよ、そんなん」
銀時が鼻を鳴らす。
ハハッと近藤も笑う。
「そうだな!俺だってオメーの磔刑(たっけい)なんざいらねぇ。ま、お互いそうならねぇよう、よろしくな!」
近藤の話はそこまでだった。
彼はなかなかに忙しいらしく時間を思い出したとたんに立ち上がり足早に土方の部屋を出ていく。
「あ、オイちょ待て!」
「俺もう行かなきゃ、あとの細かいことはトシに聞いてくれ」
「こいつとここに二人で残されたくねぇんだよ、テメーと意味のねぇ問答してた方がまだマシなんだよ、察しろやゴリラァ!」
「そんだけ意識してりゃ十分だ。お似合いだぞ、お前ら!」
ピシャリと障子が閉められる。
ドスドスと廊下を鳴らして近藤は歩き去ってしまう。
「行った…行っちまいやがった。ちょ、やだコレこの状況」
ガクッと首を垂れ、畳に両手をついてうなだれる。斜め横でカチッと音がし、たちどころに重苦い煙草の匂いが漂ってくる。眼だけでそちらを見ると土方が、澄ました顔して白い紙巻きタバコを咥えている。
「…ま、そういうわけだ」
その唇の間からフーッと煙が吐き出される。
「今から俺たちゃ婚前カップルだからよ。よろしく頼まァ」
「素朴な質問していーか」
「なんだ。浮気は許さねーぞ」
「うわ、浮気ィ?」
声が上擦る。
「て、テメッ、意外と縛りつけるタイプぅ?俺そういうの重くてダメなんだよね!」
「俺は惚れたモンには全力でそいつだけだ。よそ見なんかしねぇ。誰かがオメーに触ろうもんならブッた斬る。お前がそいつに走ろうもんなら」
土方は言葉を切る。眉をしかめながら強く煙草の煙を吸い込み、同じくらいの時間をかけて横向きにそれを吐き出す。
「俺は…オメーになにするか分からねぇよ」
「怖ぇよ。マジんなるなって」
銀時は小さく息をつく。
「どうせアレだろ。辻斬り事件が解決すれば俺はお役御免だろ。それまで仮面カップルってことだ。俺りゃアレだ、今の今まで誰かに懸想してそいつに繋がれるなんて経験はねぇからよ。お前もありもしねぇ恋情にふりまわされることになったら正真正銘、無駄な労力だからよ。そんなことになんないよう最初に言っとくわ」
「なにをだ」
「エ?」
「なにを最初に言っとくんだ」
「…だから本気にならないようにって」
「そうかよ。それじゃァ、キスでもしてみっか」
「ア?」
銀時はそちらに顔をあげる。あまりに呆気なく言われたのでなんのことか理解してなかった。文机の灰皿へ土方は慣れたように煙草を置き、身を返して銀時に乗り出して顔を近づけ。
「ちょ待ッ」
土方の意図を知って身を引いた銀時の腕を掴み。逃げないように反対の肩を押さえ。アッというまに目前に端正な黒い瞳が迫ってくる。
「こっ、こんなんしてられるかァァァ!やめっ、テメッ、」
土方の顔を掴んで押し戻す。
「結婚てのはフリだろうがよ、なんでだ、やめとけやァ!」
「こんな身体ギクシャクさせてなに言ってんだ」
土方は立ち膝で銀時に被さってくる。
「そんな熱愛カップルなんざ聞いたことねぇんだよ」
「人前ではうまくやるってんだよ、テメーの部屋でまでイチャこけるかっての!」
「テメー近藤さんが言ったの聞いてなかったのか」
銀時の抵抗に土方は後ろの銀髪ごと後頭部を掴んで上向きに固定する。
「不自然にならねーよう、行為もしっかりヤれって言われたろうが」
「だからそりゃ観客がいるときの話で、」
「隊士にもバレんなつってただろ。ここは部屋で何してんだか外から聞こえんだよ。さっきからフリだの演技だの言いやがって。そんなもん、要らねぇし」
「や…、やだって、」
半端な抵抗を続ける銀時を器用に押さえこみ、手が出ないよう、身体を痛めないよう、息がつまるくらい強く抱きすくめ。
「うそ、…ま、待て、待てぇ!」
なおも銀時は距離をとろうと土方の腕の中で後ずさる。
「俺、声の演技も得意だから!なんなら台本書く二人で?ほ、ほんと、こういうのダメだから頼むから300円やっからァァ!」
「いるかァァァ!!」
土方は律儀にツッコンだあと、フッと銀時に破顔する。
「心配すんな。台本はいらねぇ。唇あわせて身体あわせて嘘を本当にしてやらァ」
「んっ、やめっ…んぁ…っ…、!」
そっと唇が、こわばる唇に触れる。その柔らかさに反射的に驚き、そしてどこか安堵する。それでも土方の肩を掴んだ腕は、いつ相手を突き放そうか力をこめて惑っている。我慢して食べないようにしていた甘味を、ついうっかり口にしてしまったような幸福感とチラホラ掠める罪悪感に、どうにかなりそうになってそんな自分が情けなくて泣きたくなる。
「好きだ」
耳に囁かれる。
「お前を俺だけのものにしちまいてぇ」
低い声は腰にクる。
しばらくぶりの他人の腕の甘い拘束は神経を酔わせる。
銀時はひとつ息をつく。
身体から力が抜け、その身が土方の腕に支えられて少しずつ崩れていった。


続く

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【2011/01/15 16:25 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(0)
第七話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)

第七話 気を引いても虚ろな世界(高銀)



「すまねーな、待たせて」
近藤はこの部屋ではいつもそこに座るのだろう、土方より奥に陣取ってドカリと腰を下ろした。
「どうだ。話は進んでるか?」
「まあな」
銀時は土方から目を逸らし、近藤にも向かぬまま答える。
「とりあえずオメーが来ないことには話にならねぇってとこまで進んだ」
「なんだ、全然進んでないじゃん!ありえなくね?」
銀時と土方を交互に見る。
「もう寝床で一戦終わって痴話喧嘩でも始まってる頃かと思ったのに!」
「そっちのがありえねぇだろ」
土方が嫌そうに近藤に視線を向ける。
「俺からはまだ何も話してねぇよ」
「なに。土方君ていつもそうなの?」
銀時が腕組みして近藤に向き直る。
「部屋に連れ込んだら超特急で終点突破して、もう車庫でメンテナンスしちゃってるカンジ?」
「そうそう。トシは口説く手間も脱がす時間もかからないから。皆、勝手にトシに熱あげちゃうからなァ、会って5分でベッドインなんてザラだと思う」
「てことはだ。俺がこの部屋に来て10分くれぇだから、5分で床入りしてたとしてオメーがもう一戦終わってると判断したということは、土方君てばラストスパートまで6分かからねーってこと?」
「トシは早射ちだからな」
「そんなせわしない早射ち、見たことねぇ。ちゃんと的に当たってんのか?」
「狙いも正確だぞ。そのうちトシ似の子供たちが集まってサッカーチーム作ると思う」
「てめぇらいい加減にしねぇか!」
こめかみに青筋たてた土方が大声で遮った。
「部屋に連れ込んだ覚えも無責任に手ぇ出した覚えもねぇ。人聞きの悪いネタで盛り上がんな!」
「ほー、珍しいじゃないか」
近藤が感心したように土方を見る。
「こんなの、いつもなら聞き流すだろ?」
「酒の席ならな。ありもしねぇ妄言で騒いでる酔っ払いなんざ相手にしねぇよ」
「そうか。わかった」
近藤は真顔でうなずく。
「銀時、お前グッジョブだ。俺からも頼む。トシをよろしくな!」
「よろしくって、お前。本気でコイツと結婚させる気?」
銀時は目を眇めて近藤を見る。
「お前言っただろ、一人選べってよォ。そろそろ本題に入ろうぜ。テメーら、なんのつもりでんなことやってんだ?」
「…うむ、それだがな」
近藤の顔つきが変わる。
「近頃、我が真選組の結婚率の低さが話題になった。お上からのお達しで立場上、俺も動かざるをえなくなった。そこでまず隊内の現状を把握しようと独身者を集めてざっくばらんに話し合った結果がコレだ」
「ええと、途中から聞いてなかった。聞く必要もねーだろ。帰らせてもらうから足代包め。それで昼飯食うことにするわファミレスで」
「待て待て、こっからが本筋だって!」
立ち上がろうとする銀時の腕を近藤が引き止める。
「皆が所帯持たないのはテメェが死んだとき嫁さんどうするって話なんだよ。それから仕事中、嫁さんに気ぃ取られて呆けてたら死ぬだろって話だ。だったら強くて美人で、テメェら守ってくれるくれぇ腕の立つ別嬪さんなら文句ねぇだろ。それが同じ職場にいりゃ心置きなく戦えんだろ、ってことになって」
「じゃ、そういうオンナ探してこいって依頼か」
「その条件にピッタリなのが、オマエ」
銀時の言葉を無視して近藤は銀時を、はったと見据えた。
「お上に言われて何もしなかった、なんてことになりゃ俺たちクビ飛んじゃうからね、一組でも祝言あげればちゃんと隊内で取り組んだ成果だって認めてもらえるからさぁ、もう招待状も用意したし。挙式は来週の土曜日だし。それまでに離れを新婚部屋に改装するから。いつ抜き打ちの見回りが来てもいいようにそこで生活してくれ。明日から改装業者が入るからな!」
「だいたい理解したと思うけどよ」
銀時は生気のない眼で近藤を見る。
「聞きたいことは二つだ。まず、俺の意志はどーしてくれんだ。二つ、俺ァ男だから結婚ムリ。お前らの前提おかしいだろ。そこんとこどーなってんのか説明しろ」
「うーん、そうだな。心苦しいが…すまん銀時!」
近藤は顔の前で両手を合わせて拝む。
「実はお前を婚姻相手としてお上に申請したら、テメーらみてぇなムサイ連中に嫁に来てくれる気のいいヤツは、そうはいねぇ。絶対に離すなって厳命が下って。お前の意志は二の次になっちまったんだ。もうお前、この話受けないと犯罪者だから」
「テ、テメッ!俺を申請!?なに勝手なことしてくれてんだァ!んなもん承諾した覚えはねーよッ」
「いわゆる事後承諾ってヤツだな」
「しねぇぞ、そんなもん!お偉いさんの集まった席で暴れてやる。テメェらの魂胆暴露してやる!」
「そりゃ困る」
近藤が笑う。
「なんとか協力してもらいたい」
「だから俺は男だから祝言ムリだし!それともなに?コイツが花嫁衣裳着んの?」
苛立たしげに土方を指す。
「だいたい俺には仕事があんだよ。従業員もいるし。ドッキリとしては面白かったけどナイから。現実にはナイから!」
「じゃ、こっから取引だな」
近藤が楽しげに言う。
「最近、江戸に辻斬りが出るのは聞いてるだろう。その人相風体の証言から高杉晋助率いる鬼兵隊配下の岡田似蔵と断定された」
「………」
銀時は近藤に顔を向ける。銀時に言葉はない。その反応を、表情を土方はジッと伺っていたが銀時の瞳には何の変化も見られない。
「いつぞやまでは岡田は実際に人を斬っていた。だが…そうだな、高杉率いる鬼兵隊と桂小太郎の攘夷党が江戸湾上空で武装戦艦を衝突させた内部抗争事件を境に岡田は人を殺さなくなった」
銀時は動かない。
呼吸すら留めているように見える。
「岡田が鬼兵隊の指示で動いているのか、だとしたら狙いはなんなのか、すべて不明だ。ただ、襲撃を受けた者たちは皆、同じことを言っている」
紅桜をその身に宿し。
銀時の一閃で散っていったその姿が銀時の脳裏に翻る。
「『坂田銀時はどこだぃ?』」
近藤の声が、岡田似蔵の言い回しと重なって銀時の耳にすべりこんでくる。
「終始、そんなことを言いながら被害者を嬲る、とな。最初は人の形をしているが、次第に腕や身体が膨れ上がってイビツな化物に変形していくそうだ。抜身の刀を持っていて、片腕だけは最後まで刀らしき原型をとどめているが、いずれにしろ全身から管(くだ)のようなものが出て被害者を絡めとり気が済むまで暴行を加える。皆、命は取りとめちゃいるが全治一ヶ月以上の重傷だ」
「狙われんのが全員、オメーと同じくれぇの年齢の、似たような背格好の男なんだよ」
土方が挟む。
「それも必ず二人連れで歩いてるヤツを襲う。一人を一撃で昏倒させたあと、もう一人を標的にする。テメェによく似た方をな」
「……で?」
銀時は低い声を出す。
「どのへんが取引?」
「お前と岡田似蔵の関係を俺たちに残らず話してもらう必要がある」
近藤が告げる。
「もちろん、鬼兵隊や高杉との関わりもな。残念だが今の時点でお前は限りなく黒に近けぇ」
近藤の眼光が銀時を捕らえる。
「お前が俺たちに素直に話すとは思えねぇ。だが手荒な真似はしたくねぇ。お前は拷問したって口割るタマじゃねぇし、なにより俺たちも今までのお前との関わりがある。できりゃ穏便に済ませてぇんだ」
微動だにしない銀時に、近藤が問う。
「銀時。あの内部抗争でお前が果たした役割はなんだ?岡田はなぜお前を狙う?奴らとモメたのか?なにが原因で決裂した?天人との取引か?新型の武器か?その現物はどこにある?お前、知ってるのか?」
「結婚云々は後付けか」
銀時は近藤から目を離さず、平坦に発する。
「どうせこっちの話が本命だろ」
「それだけじゃねぇよ」
近藤がフッと、すまなさそうに笑う。
「結婚話も今回の騒動の一環でな。お前が事情を話せばテロ事件の容疑者として捕縛。話さなければ公務妨害で捕縛。どちらにせよお前は俺たちに協力を『強要』されることになる」
「どっちもゴメンだ。弁護士呼べっつったら?」
「お前の自由意志はなくなる。ってことになる」
言いたくなさそうに、しかしあえて軽い口調で言う。
「必要なことしか喋らなくなって、おとなしく部屋に閉じこもって、ついでに身体も非力な女にしちまう。そんな便利な薬が天人の技術じゃいくらでも作られてるし、俺たちのところまでダブついてる」
「脅しだな。取引じゃねぇ」
銀時は血の気のなくなった顔でうっすら笑った。それを見て土方は上着のポケットの中に煙草とライターを握りしめたまま、銀時から逸らすように俯けた瞳を静かに伏せた。


続く

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【2011/01/14 23:49 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(0)
第六話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)


第六話 気を引いても虚ろな世界(高銀)



「土方君の部屋ってこうなってんの」
銀時は不躾に眺めまわす。
土方はここに私物を持ち込んでいない。
使った物はこまめに片付ける性格だ。
部屋は整然としている。
しかし初めて招いた客──銀時に、プライベートを明かす面映さと、招いた理由の微妙さに、土方は何気ない風を装いながら銀時の視線の向かう先や、そのとき銀時の顔に浮かぶ表情をひとつももらさず伺っている。
「……なんもねーのな」
銀時も感想を言いあぐねたようだ。各所点検の末、床の間に向けた顔を静止させて呟く。その瞳は床の間に置かれた土方の刀を見ている。刀置きに掛けられた大刀は普段土方が持ち歩いている刀とは別の拵えだ。
「あれ、中身入ってんの?」
「入れてなきゃ意味ねぇだろ」
「見ていい?」
「構わねぇけど、その前に聞きてぇ」
「聞きたいのは俺だっつーの」
銀時は刀へ向けていた注意を土方に集める。
「真選組(オメー)ら、どんな情報掴んだの。んで、どんな作戦立てたわけ?」
「そいつァ近藤さんが来てから話す」
土方は向い合って座る銀時を、やりにくそうに見つめる。
「……なんで俺を選んだんだ」
「あぁ?いまさら苦情か。誰でもいいつっただろが」
「苦情じゃねぇよ」
土方は誤解を恐れて即座に改める。
「テメーが誰を名指ししようが問題なかった。ただ、テメーの魂胆を知っときたいだけだ」
サラッと自分の口が嘘をつく。とんだ綺麗事だ。銀時が誰かを選んでいたら大問題だ。その選ばれた隊士と今まで通りの関係を保てた自信もない。その一点をとってみても銀時が自分を選んでくれて感謝している。
「魂胆ねぇ…」
銀時は白けた眼をあさっての方向へむける。
「テメーらの魂胆は明かさねェくせに俺にだけ喋らせようっての?これだから役人ってのは食えねェんだよなァ」
打ち解けた雰囲気が銀時から消える。急に土方は銀時から弾きとばされたような遮蔽感を覚える。この流れはまずい。真選組の副長としても、土方個人としても。
「魂胆とか、言葉が悪かったな。俺ァそんな深い話してねぇよ」
平静を装って食い下がる。
「オメーが俺を選んだ理由が知りてぇ、ただそんだけだ」
「…マジで?聞きてーの?」
銀時は意外そうな瞳をして土方を見直す。
「なんでオメー分かんねェの?そっちのが俺わかんねェ」
「ア?」
土方は銀時と目を合わせる。
「俺を選んだ理由ってのは、わざわざ口に出すまでもねェくらい一般的な事だってのか」
「そうだよ」
銀時の眼がやる気なさそうに半分閉じる。
「言うまでもなく当然、てレベルの理由だよ」
「…分からねぇな」
土方は本気で思いめぐらせる。銀時に、まがりなりにも婚姻の相手として名指される理由。考えるうちに体躯が熱くなってきた。冷静な思考は言っている。銀時は今後の展開を考えて真選組副長を選んだのだ。銀時の知り合いの女を追いかけている組織の長よりも。暴走しかねない腕だけは立つ幼い青年よりも。動きやすさ、情報の入りやすさ、隊内の権限などのトータルバランスがいいとでも思ったのだろう。だが、決め手はない。銀時が『副長』だけでなく自分という人間をどう捉えて下した結論なのか。たとえば『副長』が自分以外の人間であっても銀時は『副長』を選んだのか。
「やっぱハッキリ言えや。理由を聞かねぇとオメーが『どれ』のことを言ってんのか定まらねぇ」
「…言わせんのかよ」
信じられない、といいたげに土方に瞳を見開く。まぶたが数度、まばたく。土方に寄越される銀時の瞳。
「んー、ええと…ど、どうしよっかなァァァ!」
銀時は言いにくそうにしている。『婚姻相手』などと言われても一向に動じず、むしろ余裕で計略を軽んじていたように見えたが、ここにきて銀時が平静でもなんでもなく頬に赤味を浮かべ、しかもそれを次第に濃くしているのが顕わになる。一方の土方も銀時がそんな様子であると見るや対峙している自分の顔がおかしなことになっているような気がして焦りだす。身体が熱いばかりではない。首から上がのぼせたように熱くて、まさかコレ顔が赤くなってんじゃねぇだろな。照れてねぇぞ、俺は照れてねぇ!と誰に向かってともなく心の中に大声で言い訳を響かせる。そうしているうち銀時がキュッと唇を結んで顔をあげる。思いきりを見せつけるようにその柔らかな唇をゆるゆる開き、
「じゃ、…言うぞ!あ…あのよォ、」
「お…オゥ」
自分はこんなの平気だから。なにも躊躇ってないから、と表面を懸命に装う銀時の追い詰められ感を十分に感知していながら、今はそれをあげつらって揶揄する余裕も表情ひとつ変える心の寛ぎもない。土方は観念する。自分も銀時と同じくらい顔を赤く、身体を熱くしている。こちらを見る銀時の瞳が、潤んでいく透明な輝きが、たまらなく土方の鼓動を煽り立てているのを、もうどうしようもなく開き直って認めるしかなかった。
銀時が好きだ。
興味がある。
他のヤツが自分より銀時と親しいなどと、そんなことを、自分は受け入れることができない。
触りたい。
その身体に、綺麗な肌に、自分は触れることを許され、そして銀時も同じ心地で自分に触れてくる、その指先を、まなざしを自分は欲している。
「…背が同じだから」
銀時は告げた。
「そのォ、俺よりデカくないし。顔見えるし。ちょうどいいし。だから」
言いながら銀時は赤くなった顔をうつむけてしまう。見るからに『言っちまった!』ノリ。言わせた自分を恨むように怒りの視線を向けてくるが、頬を染めてそれをされても欲を刺激されるだけだ。
「………エ?」
それはいい。それはいいのだが。
背ってなに?
「背って…背丈?」
「そうだよッ」
睨んでから目をそらし、ハァ~と嘆息する。
「同じ身長のヤツ、オメー以外に見当たらねーだろが」
「……いや」
土方は自分の声が答えてるのを遠くに聞く。
「調べてみりゃ何人かは居るかもしれねぇ」
「要らねーし、そんなん」
ぼそっと銀時が呟く。
「こいつマジか?マジで分かんない?もー分かんねェのはこっちだよ。つか、もういい。分かるまで放置してやる。たっぷり悩め、悩みぬけッ」
「………オィ」
「んだよ!?」
「聞こえてんだけど」
「……あ、」
バツの悪そうな顔が半端に動いて笑う。
「そ…そう、んじゃ、ひとつ……言っとくけど」
「…なんだ?」
「俺がお前を選んだのは、お前と同じ理由だから。……たぶん」
「…!」
今度こそ銀時は赤くなり、今度こそ土方の心臓は止まりそうになった。


続く

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【2011/01/12 01:05 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(1)
第五話 気を引いても虚ろな世界(高銀)

*  高銀話です(連載中)


第五話 気を引いても虚ろな世界(高銀)


広い座敷いっぱいに真選組の隊服を着た隊士が詰まっている。全員こちらを、つまり銀時を向いて座っている。
「……」
「……」
皆、口をグッと引き結んでその眼にありたけの力をこめ、念力でもこめてるような勢いで銀時を見据えている。銀時は彼らを見渡し、横に座る近藤と土方を見やり、ムンムンと男臭い空気の立ちのぼる天井を仰ぎ、そしてまた男たちに視線を戻す。それをいくら繰り返しても、何分経っても誰も声を発さず、なんらかの動きを見せる者もない。
「……オイ、ちょっと」
「決まったのか銀時!」
銀時が声をかけると近藤は胸の前で組んでいた両腕を解き、銀時を向いて待ってましたとばかりに問いを発した。
「で、誰にするんだ。ここに居るのはお前のことが好きなヤツばっかりだ。誰でも構わん、遠慮するな!」
「いや俺が構う。遠慮してくれお前らが。だいたいさァ、」
銀時は座敷にギュウ詰めの隊士たちを指す。
「これ、どうして俺がこいつらとツラ付きあわせて息苦しい思いしなきゃならねーの。これ、なに?なんでこんなことになってんの?30字以内で説明してくんない?」
「アレ?聞かなかった、トシに」
近藤の視線が土方に移り、土方が面倒臭そうな顔で首を振るのを見ると近藤はもう一度あらためて銀時に頷く。
「これはアレだ、見合いだ。一人選んでくれ。それがお前の相手だ」
「だからなんの相手だ。決闘か、喧嘩売ってんのかテメーら」
「なにって…結婚の相手に決まってんだろ」
けろっとした顔で近藤が言う。
「お前、独身なんだろ?だから真選組の一人と婚姻関係を結んでここで生活してもらう。部屋は用意する。職業性別の選択はお前に一任する。以上だけど?」
「『以上だけど?』じゃねェェェ!!」
銀時は握った拳を震わせて、それでも思い紛れずダンッと畳にそれを叩きつける。
「なんで俺が独身だとお前らと縁組しなきゃならないわけ?バカ?お前らバカ?俺の選択は『テメーらみてェなバカと付き合いきれません』だ、それ以外にあるかァ!考えてもみろ、道歩いてたらパトカー乗っけられて、この中の一人と結婚してもらいます。ってどんなバトルロワイヤル?あ、バトルじゃねェか。いやある意味バトルだな、夜の。いやいやいや、帰るからね!しないから結婚とか!こんなとこまで連れてきて話がそれだけなら俺はこれで帰らせてもらう!」
「あぁ銀時、これ、お上にも話が通ってるから」
サラッと近藤が言った。
「もうさァ、お前個人がイヤだの良いだの言っていい世界じゃないからね。警察全体…ひいては幕府の政策みたいなもんだから、お前がここに来ることは。ヘタに出てったら指名手配かけられて検問はられて市民に通報されて容疑者扱いでお縄にしなきゃならないレベルだから、出ていくなよな」
「なにソレ」
銀時は不快をあらわに眉を立てる。
「なんでそんなことになってんの。てか、そんなことあるわけねーだろ。デタラメ言ってんじゃねぇよ。騙されねェから諦めろ。そんなことより俺に話があんじゃねーのか。…別件で」
「ふぅん。聞く気になったか」
近藤は銀時を見ながら、口元に笑みを浮かべる。銀時はイラッと身構え、否、警戒して反射的に身を引く。近藤の眼は笑っていない。両の眼は獲物を狩る雄のそれ。
「てめェ…」
「そうやってると、お前は毛ェ逆立てた猫そのものだな」
近藤は笑い、スッといつもの柔和な顔つきに戻る。
「詳しい話が聞きてェなら、ひとまずお前の気に入りを一人選べ。誰にでも聞かせる話じゃねェ。お前と、お前の選んだ野郎だけが知ることだ」
近藤が公然とそう言い放ったとき。
隊士たちの中から、人を掻き分けて這いでてくる者がいた。
「あのォ旦那、俺なんかどうでしょうかね?」
頬を紅潮させ、恥ずかしげな、しかし得意げな瞳でまっすぐ銀時を見上げてくる。銀時の見知った顔で、人に圧迫感を抱かせない、しかしそれだけにある意味、銀時にとっては警戒しなきゃならない真選組の監察、山崎退。
「俺ならコトの詳細は掴んでますし、旦那とはヒトカタならぬ馴染みもありますし、俺なら旦那も安心でしょう?」
「ぬっ、ぬけがけだぁ!!」
すかさず他の隊士たちが立ち上がり、騒ぎ出す。
「山崎てめェ、自分からは名乗りをあげない取り決めだろーが!」
「純粋に万事屋に決めさせるはずだ!だから平等に全員にチャンスがあるんだ、売り込みはナシだ、ひっこんでろ山崎ィ!」
前に這いでた山崎を、その隊服を掴んで隊士の群れへ引き戻す。
のみならず何人かはドサクサまぎれに山崎をボコる。
「あきれた。オメーら本当にチャンスは平等だと思ってんのかぃ」
隊士たちに混じって座っていた沖田が後ろを睥睨してほくそ笑む。
「冷静に考えてみなせェ。旦那が選ぶのはどう考えたって一番の野郎だ。一番、顔を合わせる回数の多い喧嘩相手とか。一番権限のある局長とか。一番強いヤツとか。一番若いヤツとか。一番隊隊長とか。あ、やっぱ俺だ」
ズッと沖田が立ち上がる。
「というわけで万事屋の旦那。呼びにくいんで銀時って呼びますんで。それでいいですかねィ?」
座る銀時の前に進みでて片手を『よろしく』の形に差し出した沖田に、銀時が彼の顔を見上げる形で返答しかけたとき。
「ちょっと待て。そうはさせねェよ」
沖田の手から銀時を遮るように土方が二人の間に入る。
「お前これで万事屋が呼び名のことで承諾したら、『万事屋が選ぶのは俺だ、ってことでいいですかねって意味で聞いたんだ』って話をすり替える手だろうが。答えんな、こんな手に乗るこたァねぇ」
「なんでわかったんですかィ。邪魔すんなよ土方コノヤロー、もう少しで旦那が頷いたのに」
「コトがコトだけに万事屋の意志優先だ。姑息な真似すんな。いいから座ってろ」
「…なんだかんだ言いながら」
沖田は冷たい笑いで土方を見下ろす。
「アンタがここに居んのはどうしてなんでぃ?自分も万事屋の旦那の争奪戦に加わってる気ですかィ?え?選ばれると思ってる?土方さんが?旦那に選ばれる気でいる?うわ、痛たたたッ!」
「うるせぇ!放っとけや!」
グサグサ沖田の言葉に突き刺されながら土方はグッと堪える。いつもなら売り言葉に買い言葉で沖田のからかいを全否定して回る。しかし今回は否定するわけにはいかない。銀時のいる目の前で心にもない逃げを打つことは自分の首を締めることになる。おそらく沖田もそれを狙っている。それだけに土方は口を噤む。
「コイツにします」
だから、銀時から目の前に指を突きつけられたとき、土方は一瞬判断が遅れた。
「…えっ?」
土方が顔をあげると銀時がこちらを見ていた。ジッと正面から真面目な表情で、その深い色の瞳がふたつ、土方に真っ直ぐ注がれている。
───ああ、綺麗だな
目が勝手に銀時の顔の造作から輪郭のラインを辿っていく。分かりにくい輝きをたたえた瞳。なめらかそうな頬、バランスのいい鼻すじと、よく動くけれど今は禁欲的に閉ざされた唇。
「一人選べってんなら俺はオメーを選ぶ」
その唇が動いて自分の名を呼ぶ。
「よろしくな。ひじかたくん」
まわりの状況も、隊士たちのざわめきも、なにもかも土方のまわりから遠ざかっていく。近藤が別室に来るよう声をかけても、その声すら土方の耳を素通りしていった。


続く

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【2011/01/07 23:32 】 | 気を引いても虚ろな世界(高銀) | 有り難いご意見(0)
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