* 高銀話です(連載中)
第九話 気を引いても虚ろな世界(高銀)
ふわふわした感触が唇にまとわりついていた。
背は倒れることも許されずに相手の腕に捕らわれていた。
ゆるいが確実な拘束の中で、接吻しやすいよう抱き締められては唇を噛まれ、隙間が空いてはまたその僅かな吐息の空間を埋められる、そのくりかえし。
唇の感触はなめらかだった。
触れては離れるさりげない接触も、その温度も、押しつけあうたび伝わる弾力も、いやに心臓を直撃してくるがキライじゃない。
続けたいと思うほどの楽しさもある。
いやむしろ好きかも。
直前まで吸っていた煙草の匂いが土方本人の整髪料かなにかと混ざって爽やかな男らしい香りとなるのか、脳に直接おくりこまれるソレが土方の前髪のあたりから降ってくる。
抱かれて捕らわれて、そのよどみなく鍛えられた腕の中で接吻を受ける。
そんな単純なことで身体は痺れるように熱くなる。
ハァと唇の合間に息を継ぎながら、今まで自分はこんな丁寧な扱いを受けたことがあったっけ?と頭の隅で思い返す。
浮かぶのは長いこと自然に隣りにいた相手。
いいか?の承諾もなく縺れあい、むさぼりあう衝動と発散の果てのセックス。
互い以外の一切を消したくて、だから穏やかな労りなんか邪魔だった。
その行為と相手を思い出した途端、なぜか身体をめぐる血の勢いが拍車をかけて熱くなる。
やばい。
アイツでもない相手とヤッちまうわけにいかない。
でもコイツの慎重なお誘いを、どうしよう。
やけに気持ちいいんですけど。
そう、まるで快楽に直結しないよう焦らされながらゆっくり食まれる唇は「性」を意識させることなく銀時の身体だけ溶かしていく。
この強引そうな、腕に収めたら脇目もふらずに即物行為に突入しそうな男が。
性急な動きを抑えた力の篭もった身をかがめて、努めてこちらの反応を伺いながら触れてくる。
手慣れたカンジだけど間近な息遣いに余裕はない。
これにピッタリの言葉は──そうだ、「優しい」だ。
どういうわけか自分はこの男に気遣われ、大切そうに優しく触れられている。それこそ愛されちゃってるみたいに。
「…エ?」
銀時は自分の考えにギョッとした。
アレ?俺ってコイツに愛されてんの?
だって普段コイツって人のことイライラ睨みつけてくるよね?
ああ言えばこう言うし。他の奴にはそうでもないのに俺には当たりキツイし。お前とは相容れねぇって張りあって逆ばっか向いてんじゃなかったか?
でも先刻「好きだ」とか言ってたよね?言ってたよな。軽く雰囲気で流しちゃったけどアレ俺に言ってたんだよな?なにコイツ俺のこと好きなの?
「え、マジで?」
「ア? …ンだ、なんの話だ?」
土方は銀時が唇を解いても顔をしかめも口調を荒げもしなかった。
まだ同じ体勢にいる銀時を熱っぽい切ない瞳で覗きこんでくる。
や、コイツすげー。と銀時は土方の忍耐に感心したが、その実、土方の熱が少しも陰らないのは銀時の瞳が欲を宿して土方を見上げて潤んでいるからだ。その肌が土方の指に触れられるためのように歓喜に蕩けつつあるのを土方が身をもって感じているからだ。なにか言おうとする銀時の唇、その合間から継がれる吐息、歯列、甘そうな舌が土方の目に映るたび、これがたった今自分を拒否することなく従順に口づけを受けていた、そう実感できる愛おしい対象となって土方を猛らせ、銀時が自分の腕にいること、これから自分のものにしようとしていること、その興奮になけなしの理性を苛まれる。
「どうした…なんかあんのか?」
銀時が、どうあっても捕まりそうにない相手が、腕の中で溺れたような瞳をして自分を見ている事実。もう離したくないと言わんばかりに銀時を抱く指に力が入る。それに身を揺らして反応する銀時に、ますます逃がすまいと力が篭もる。
「お前、俺のこと好きなの?」
銀時の問いかけは囁くように睦言のように土方の耳をくすぐる。
「アァ、…好きだ」
たまらず銀時の跳ねた前髪を甘噛みする。
「お前のことが気になって仕方ねぇのは、好きだからだろう?」
「アレ、お前の態度、気になるとかいうレベルの話なのかよ」
いつもなら否定の決めつけ口調で放たれる言葉も、銀時に舌足らずに問いかけられれば心地良い戯れになる。解っている答えをなぞるように問い詰められるのは恋人同士の愛の確認のようだ。
「べつに不愉快ってほどでもなかったけどよ…でも、キライじゃねぇってのは好きだっつうことにはならねーよな?」
「きらいじゃねぇなら、このまま流されちまえ」
腕の中の銀時に口元を緩めてみせる。
目を細めて、想いを言葉に乗せて、銀時の存在すべてに言い聞かせる。
「俺とイケナイ遊びすんのはキモチイイぜ?」
「……ん、」
「最高にヨクしてやらァ」
「…それホント?」
「じゃなきゃオメーにこんなこと言わねぇよ」
「…ンなこと言われたら悩むだろーが」
「もうお前に触りてぇよ」
「ん、でもよ…」
「嫌れぇか、キモチイイのは?」
「…きらいじゃねェよ」
銀時は観念したように感じ入ったような溜息をつく。
「お前…キスしようつったのは、こーゆーことだろ?」
「……どういうことだと?」
「お前の唇キモチヨすぎ。キスしたら…ゼッテーその気になっちまう」
「その気になったんなら責任とってヤッから安心しろ」
「あぁ、でもなァ…」
銀時は瞳をさまよわせる。
「これ、ヤベェかもしんねぇ…」
「なにが」
「お前とそーゆうことになっちまうの」
「構わねぇよ」
「なんでだよ」
「俺はとっくに腹決めてる」
「そりゃお前はいいよ?でもよ…」
眉を寄せて土方に尋ねる。
「俺ってオメーのこと好きなのかな?」
純粋な疑問を浮かべる銀時に土方は言葉を失う。そして直後、静かに笑う。これまで土方など眼中になかった銀時が、自分はコイツをどう思っているのかと検討するまでになったのだ。銀時の意識に食い込むことができた成果は大きい。
「嫌いなのか?」
好きだろ?と聞きたいのをこらえて反対で聞く。銀時の気まぐれは読めている。下手に押し付けると逃げていく。この問答を恙無く進められるのも今までの銀時との不毛な積み重ねがあってこそだ。
「んー…わからねー」
「じゃあよ、」
ゆっくりと提案の形をとって銀時に望む。
「わかるまでこうしていねぇか?」
銀時の鼻先に自分のそれを近づける。
「俺はお前にキモチイイことする。お前はただキモチヨくなってりゃいい。面倒なことが起こったらそれは俺の責任だ。ぜんぶ俺が負ってやらァ。だからオメーはなんにも考えず俺の腕ん中に居りゃァいい」
「ちょ、ダメだろそれ反則だろ。んなキレイなツラで、んなこと言われて口説かれたらグラッとくんだろが」
「グラッときて足元くずされて俺んとこまで墜ちてきちまえ」
「なにこれ口説かれまくってね?」
銀時は笑って土方の頬ずりを受ける。
「なんだか気分イイし。お前真剣だし。匂い好きだし。なにより…身体キモチぃんだよな」
土方の首の後ろに手をまわす。
「流されちまいてぇ。オメーとキモチイぃことしながら日がな一日のんびりしてみてぇ。なんも考えないで頭カラッポにして寝ていてぇ」
「万事屋…、」
「でもよ。アレがあんだろ。アレが」
愛撫に酔った銀時の口が、ついでのように告げる。
「『辻斬り』?」
「……」
「なんか聞いたような名前の奴だよな。そいつのこと解決したらコレってどうなるわけ?」
「どうにもならねぇよ」
土方は一瞬だけ眉を歪める。
「お前に選択権がある。俺のもとにとどまるか、他へ行くか。そんときお前が決めるんだ」
「あ。そうなの?」
銀時の意外そうな声。
「ウチ帰っていいの?そりゃ助かるけどよ、つーか辻斬り片付いたら取引も終わりだろうな?」
「今んとこ、そーいう話だ」
当然ながら帰る気満々らしい銀時に胸のあたりが重くなる。
「よほど事情が変わったら分からねぇけど」
たとえば、お前が俺に絆されるとか。
土方はそれは言わずに銀時に頷いてみせる。
「辻斬り事件が思わぬ大物を釣り上げでもしたら延長要請するかもしれねぇ」
「どうせ拒否権はねぇんだろ?」
銀時は不服そうに口にする。
「お前はどう思ってるか知らねぇけどさ、お前らのコレ強制だしなんだかんだ言って。一般人を権力で言いなりにしてるって解ってるよな?俺がここに居んのはお前らに捕まったからで。お前を選んでケッコン?婚姻?させられるのも脅されたからで。お前に迫られてこんなことになってんのも祝言の偽装のためで。俺がなんの権限もない被害者で弁護士も拒否権も確保されずにこんな目に遭ってるんだってこと、誰かに知られたらお前らヤバくね?でもこれ俺には完璧に責任なくね?…つーか」
まわした手で土方を引き寄せながら、その指に触れる黒髪の手触りを楽しむ。
「俺の咎(とが)つったら、このままキモチヨくお前に流されちまいてぇって思ってることぐらいじゃね?」
つい、と銀時の顔が近づき土方の唇の中に柔らかな自分のそれを押しつけた。
続く
[3回]
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