× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
![]() |
* 高銀話です(連載中)
距離は縮まらなかった。 手を伸ばしても届かない間をおいて高杉は彼の配下の鬼兵隊士に囲まれていた。 その両脇には武市とまた子が並び立っていた。
銀時は重たそうなまぶたを半眼にして高杉を見ていた。 その唇は色をなくして噤(つぐ)まれていた。 いつもの口から先に生まれてきたような銀時の軽口は聞かれなかった。 相手をイラつかせるような表情も、からかう素振りもなく、ただその瞳を高杉に向けている。 人が違ったようだ、と土方は思った。 交戦の緊張に押し黙っているのとも違う。 弱点を突かれた無力な生き物のように、銀時は身を硬め、縮こまって、相手の裁定を待っているように見える。 こんな銀時を見るのは初めてだ。 土方の気分はささくれ立った。 沈黙は銀時と高杉の、二人だけの親密な関係を裏打ちしているようなものだったからだ。
高杉が笑ったまま顎をあげて銀時を差す。 「実に意味のねぇことだ。あんな腑抜けに、テメェらなんの用がある?」 「高杉さん、しかし…」 「兵を引きな。ぶつかる必要のねぇとこで消耗するこたあるめぇよ」 「は…、はい…」 「銀時ィ」 よく通る声で、高杉は艶っぽい視線を銀時にくれる。 「ひとつ聞くぜ。テメェ、鬼籍に入る覚悟はあるか?」 「……ねェよ」 銀時の声は掠れていた。 「もう若くねェんだし。心穏やかに暮らしてーな」 「せんだっては若くもねぇヤツが対戦艦用兵器を捩じ伏せてくれたもんだ」 にやにやしながら銀時を眺める。 「傷ァ治ってねェんだろ? あんまりドタバタすんじゃねぇよ。夜中にそいつの腹の上に腹の中身ぶちまけちまうぜ?」 「お前さァ…、それってコイツと寝んなつってんの?」 銀時の頬に穏やかに笑みが浮かぶ。 「それとも、御丁寧に腹の傷を抉ってくれてるわけ?」 「テメェが誰と寝ようが俺に関係あるか。テメェの勝手にすればいいことだ」 軽い調子で答えようとしながら、高杉の声はムッとするのを抑えきれず低くなる。 「せいぜい幕府が取り繕った脆(もろ)い寧静にでもしがみついているんだな。それにゃ、その幕府の犬のお膳立てが重宝するだろうよ」 「………わざわざソレ言いに来たのかよ」 銀時の表情が閉ざされていく。 「もういいわ。わかった、わかった。俺は平和に穏やかに生きたいんだからさ。死ぬ気もねぇし、テメーの嫌味聞いてる気力もねぇ。用が済んだんならどこにでも行っちまえよ。子分つれてアジトでも墓参りでも行きゃいいだろ」 「もともと俺りゃテメェに用なんか無ェよ」 高杉は視界から銀時を外す。 「オイ」 不機嫌な隻眼が土方を見る。 「銀時はケガしてんだ。連れまわすんじゃねェ、傷つけたら殺す」 ひとすじも余裕のない必死な声が告げる。 「夜は腹に乗っけろ。コイツを組み敷いたら赦さねェ」 「…バッ、バカかテメーわァ!!」 銀時が怒鳴る。 「なに言ってんの? テメッ、こんな大勢の前でなに生々しい宣言してくれてんだァァ!」 「ククッ、テメェらの魂胆は分かってる。だがよ、コイツは昔こそ戦場で名を馳せたが、今じゃただのボンクラだ。コイツを絞り上げても何も出てこねーよ。見ての通り、俺たちとも道を違(たが)った身の上だ」 騒ぐ銀時を無視して土方に伝える。 「今日のところは銀時に免じて退いてやる。テメェらも退くんだな。そいつァ俺たちへの布陣じゃねーだろう? それとも最後の一兵が尽きるまで、この川をテメェらの血で染め上げるか?」
「聞かねぇバカだな。計算もできやしねーのか」 高杉は目を細める。 「あいにくとこっちはテメェら潰してもなんの旨味もねぇんだ。俺達に刀を交えるべき対等な敵と見做されるようになってから出直してくるんだな」 「あのぅ、高杉さん」 武市が口を挟む。 「この人の布陣というのは、やはり真選組の捕り手ですか? もしかしたら私、策を返されました?」 「気がつかねーのか。このあたり一帯、真選組で埋まってるぜ。住民もとっくに避難済みだ」 「そういえば、さっきからやけに静かっスね」 また子があたりを窺う。 「真選組の罠っスか。狙ってるつもりで私たちが誘き出されたんスか、…坂田銀時!」 銀時を振り返って睨みつける。 「アンタ、あたしらをハメたんスね!? いくら腐ってもアンタが幕府に肩入れするなんて思わなかったっス! なんスか、その男とデレデレ歩いて見せつけて、目論見どおり私らが現れたときにはアンタほくそ笑んでたんスね!」 「アホか。いつ俺がほくそ笑みましたか。そしていつ俺がコイツとデレデレ歩きましたか」 「そうだよ。バレちゃ仕方ねぇ」 土方がほくそ笑む。 「俺とコイツが歩いてりゃ、それが気に食わない野郎が引っ掛かってくると思っちゃいたが。まさかこんな大物釣り上げるたァな」 再び携帯を取り出して通話ボタンを押す。 「テメェら、獲物は高杉だ。ここを先途(せんど)と暴れやがれ、真選組の大舞台だぜ! 全隊士、すみやかに突入準備……!」
ワッ…と人声があがる。 川端から路地を入った向こうに騒ぎが起こる。 敵の声か、味方の応戦か、状況が見えないまま鬼兵隊士たちはそちらへ向き直って低く構える。 「なに…? 気の早いヤツがチャンバラ始めちゃった?」 銀時にも事態が掴めない。 高杉も編笠をあげてそちらを見ている。 「ちょっとアンタ! 幕府の指揮系統は脆弱っスね!? ちゃんと命令を聞かせるよう下っ端に徹底しろっスよ!」 「いや、また子さん。少しおかしいですね」 武市がそちらへ向かって歩を踏み出す。 「交戦というより家が壊されるような音です。真選組が我々との戦いに、わざわざ家屋を狙って壊したりはしないでしょう?」 「いや、…保証の限りじゃねぇ」 土方は額に汗を浮かべる。 「若干一名、ウチには問題児が……うぉをっ!?」 同じ方向を見ていた土方が、突如、路地から現れたものに視線をあげて目を剥く。 銀時、そして高杉も言葉を失う。 また子は思わず拳銃を持った手の甲で口を押さえる。 「なっ、なんで、こんなとこに……!?」 身の丈、3メートルにも及ぶだろうか。 鬼兵隊の男たちを蹴散らし、狭い路地の建造物を薙ぎ払い、雄叫びとともに彼らの前に躍り出てきたのは。 「………似蔵さん…?」 武市が呼びかける。 それは体中が変形し、巨大化し、カラクリめいた管や人工構造物やあらゆる凶器のたぐいを全身から生やした異形のもの───紅桜の宿主だった。
拍手ありがとうございます! PR |
![]() |
* 高銀話です(連載中)
額に巻かれた包帯。 髪型にそぐわない大作りな顔の輪郭と、手にした奇妙な形の変声器。にこりともせず平坦に銀時に語りかける。 「近ごろ巷(ちまた)を騒がす輩には我々も手を焼いていましてね。このまま放置するわけにはいかないんです」 高杉の着物を羽織った大柄な男が変声器ごしに叫ぶ。 「さあ坂田さん、悪法の芽を潰しましょう『大江戸青少年健全育成条例改正案』反対ィィィィィィ!」 「……知るかァァァ!」 キレイに揃った銀時の両足が武市の胸ぐらを突き飛ばす。 「ぐふうっ」 平坦な表情のまま武市は蹴り飛ばされていく。 「ちょっと待ってください。貴方に本気でこられたら死にます」 「死ねや」 倒れ伏した相手を銀時は踏み潰さんばかりに仁王立ちする。 「その声で喋んな。軽くトラウマ入るだろーが。なんでテメーはそんな格好でウロついてんだ。新たなテロか?」 「貴方と穏便にお話しするための方策です。いろいろ考えましたが、足止めにはこれが一番でしょう?」 「…だってさ、土方くん」 くるりと土方を振り向く。 「なんか変質者に声かけられちゃってー、ヒドい目に遭ってるんでー、パフェとかアイスとか食って忘れたいんですけどー、この先にちょうど『でにぃ~ず』あるんですけどー」 「お前、ソレ…」 土方はひきつりながら指を差す。 「そいつと知り合いなんだろ? つか、そいつ高杉配下の…」 「知りませんー。誰これ?」 肩越しに武市を見る。 「話したことないしィ。遠目に見たかもしれないけどォ、江戸にゃそんなヤツばっかだしなァ」 「それは無いでしょう、坂田さん。私ですよ、高杉さんの外部頭脳と言われた鬼兵隊の……ぐふっ」 立ち上がりかけた武市の腹に銀時のブーツの底がめりこむ。 「知らねーつったら知らないんだよ。ちったァ俺の立場を考えろ。警察の目の前で知り合い顔で話しかけてこられたら俺までロリコンの同類だと思われんだろーが。二度と妙なコスプレして俺に近づいてくんな」 「ロリコンじゃない、フェミニストです。ちなみにこれはコスプレじゃなくて高杉さんの着物ですよ。嗅ぎます? 脱ぎたてですからあの人のニオイが……ガフッ」 「なんでテメーが脱ぎたて着てんだァ!? アイツか、アイツがよこしたのか!? テメーらどういう関係だァァァ!」 武市の胸ぐらを掴んで頭がもげそうに振りまわす。ガクガク揺れる武市の口が切れ切れに告げる。 「包み隠さず、お話しします。我々の、潜伏しているアジトまで、御同行ください、坂田さん」 「テメ俺を陥れる気だろ、俺が邪魔だから警察の前でアジトとか同行とかイチゴパフェ食い放題とか言ってんだろォォォ!?」 「いちごパフェはありませんね。いちごワインならなんとか」 「パフェ無しィ? 見くびんな、俺がパフェ以外のモンに釣られると思ってんのか?」 「釣られたでしょ、高杉さんの着物に」 「お前なぁ…、」 笑顔が震える。 「言っとくけど、知ってたからね。知ってたよ? 高杉にしちゃテメェはデカすぎ。縦にも横にも間延びして、頭もデカイわ足も太いわ、高杉騙るにはテメェは別人すぎだァ!」 ペしっと武市の頭に乗っている変装用のカツラを叩き落とす。 「どーすんだコレェ、俺がテメェの格好に反応したとか、それが高杉の格好だったとか、もろに警察にバレちまっただろーがァ! もうダメだ、監獄行きだよ? 打首獄門だよ? テメェどうしてくれんだコレェ!」 「待ってください。我々と話したら獄門だなんて、そんなことないでしょう、ねぇアナタ、そこの人?」 「そこの人じゃねぇ。真選組副長、土方十四郎だ」 土方は刀から手を離す。武市にも、まわりの浪士たちにも殺気がないのは土方にも分かっている。 「そいつァ高杉の格好なのか。手配書きの寸法と背格好が違うから高杉たァ思わなかったが。テメェは武市変平太だな。変人謀略家と名高い、高杉配下の鬼兵隊四天王のひとり」 「真選組にまで私の名が知られてるとは光栄ですね。で、土方さん。ちょっと外してもらえませんか。今ここで事を荒立てたくはないんですよ。我々が用があるのは坂田さんだけですから」 「断る。コイツは俺の許婚(いいなずけ)だ」 土方は眼光鋭く言い放つ。 「来週、屯所で祝言を挙げるんでね。コイツは渡せねぇ。テメェら、誰のお使いだ? 高杉か? コイツに何の用だ?」 「祝言? それはまた唐突ですね」 武市はカツラの下の自前の髷(まげ)を念入りに直し始める。 「やめてくれませんか。そんなことになったら、またあの人がピリピリして我々も非常に気を使うし、話題探しにも困るし、隊士の果てまでギクシャクした空気が醸(かも)されるんです。ご存知ですよね? 坂田さんは攘夷戦争に行ったとき高杉さんとは攘夷軍に知れ渡った仲で……はがぐっ」 「お前さァ、なに言ってんの!? なに言ってるわけェ!? なんのことだかさっぱり分かんねーんだけどォ!!」 汗まみれの引き攣った笑顔で、銀時は手にしたカツラを武市の顔面に押しつける。 「オレ分かんなくなって混乱してるからさァ、もういいよね? いいよねコレ斬っちゃっても? 警察の人いるし、怖い浪人に囲まれて因縁つけられて正当防衛だよね?」 「待っとけ。まだ聞きたいことがある」 土方は武市、そして周囲をかこむ鬼兵隊士たちを見渡す。 「こんな風にこいつらと話せる機会は少ないんでね。核心にせまるこたァ口を割らねぇだろうが、用向きくれぇは聞いてもいいだろう。テメェらの万事…坂田銀時への用事は、ズバリ『岡田』か?」 「そうっスよ」 別方向から女の声がした。 「アイツには私たちも迷惑してるっス」 浪士たちの間から進みでてきたのは鬼兵隊の紅一点、来島また子。 「ちょっとアンタ、真選組ならアイツ早く捕まえてくれないっスかね。あんなの、ただのアイツの変態趣味じゃないっスか。あんな奇行で晋助様の顔に泥を塗るなんて、アイツ絶対許さないっス!」 腕組みして土方の前に立つ。 「ちょうどいいからアンタに言っとくっスけど、似蔵の起こしてる事件、鬼兵隊とはなんの関わりもないっスからね。似蔵がなんのために坂田銀時を探してるのか、私たちにはサッパリっス。この間のドンパチで行方知れずになったと思ったら、私たちになんの断りもなく辻斬り…じゃないっスね、辻強姦っスね、それを繰り返してるんで、鬼兵隊も対応に苦慮してるっスよ」 「つ、辻ゴーカンんん!?」 銀時が振り返る。 「なにアイツ、俺の名前呼んで探しながら男をゴーカンして回ってんのォ!?」 「違うんスか? 我々の情報ではそうなってんスけど」 また子が銀時を見る。 「アンタ真選組と結婚するんスね。なに晋助様を刺激してくれてんスか。早く死んでくれっス。それか似蔵の生贄になってあのホモを鎮めてほしいっス」 「ホモじゃありません、また子さん。衆道です」 「どっちでもいいっスよ、先輩。ちゃっちゃと坂田銀時を連れていかないと晋助様に知られたら事っスからね」 「あー、オレ行かねーから」 銀時が手を振る。 「パフェも無ぇようなとこ行きたくねーし」 「そんなこと言わないでください。貴方を腕づくで連れていくとなったら何人の死傷者が出ることやら」 武市がカツラを片手に耳打ちする。 「なんなら、バケツでもタライでも用意しますよ、パフェ」 「…いいのか?」 「ええ。負傷者の治療費を思えば安いもの」 「でもなァ、お前らと行ったら確実に獄門だものなァ。で、俺を連れてってどうする気?」 「それはまあ色々と」 「そんなあやふやな事でプレゼンが通ると思ってんのか。なめんな」 「この人の前では言えないことです」 「警察の前だろうが上司の誕生日前だろうが言わなきゃならないときがあんだろが。そんな怪しさ満点のミステリーツアーになんか誰も御招待されねーよ」 銀時は武市から身を離す。 「言えねェなら行かねーぜ。高杉の思惑が入ってねェなら気兼ねもねーし。どうせテメーらも人を囮にするとか、その程度だろ。もういい帰れ。モタモタしてっとお巡りさん2号をけしかけてお前らをしょっぴかせるかんな」 「誰がお巡りさん2号だァ!」 「え? だってお前、真選組のナンバー2じゃないの?」 「よーし、じゃコイツらの前に、まずテメェをしょっぴくか」 「連行される前にパフェ食いてーな」 「あとでたらふく食わせてやる。こっからは警察の仕事だ。さがって見てろ」 「やですぅ。見てたら流れ弾に当たりそうだもの」 銀色の武神を横に置いて土方は鬼兵隊士へ向き直る。 二人の構えに浪士たちの気配がザッと変わる。 「仕方ないっスね」 また子が拳銃を取り出す。 「こっちもパッパと済ませたいんで腕づくしかないっス。悪いけど当たっても勘弁っスよ」 「また子さん、ここは平和的に」 「そんなこと言ってる場合っスか。いつ真選組の応援が来るか分からないんスよ?」 「この人を相手に、この人数で足りると思ってるんですか、猪頭」 「この人数を揃えたのはアンタっスよね、武市変態」 「私は穏便に話をするための人数を揃えたんです。とてもこの兵力では」 「じゃあ引き上げるって言うんスか! なんのために危険を犯してこんな町中で布陣を敷いたんスか!?」 また子と武市のやりとりの間も浪士たちの剣気は高まってくる。きっかけがあれば抜刀して乱戦にもつれこみそうな形相だ。 「…ったく、無駄に仕掛けを潰させやがって。こっちのターゲットはテメェらじゃねぇんだがな」 土方は懐から携帯電話を取り出す。銀時を後ろに守ったまま通話ボタンを押す。 「…俺だ、配備はいいか? 不本意だが、こいつら……、ッ!?」 そのとき。 あたり一帯に奇妙な静けさが流れた。 殺気とは違う。 しかし危険な。 甘美な音楽のように強烈な。 気配、人の放つ空気としか言いようのないものが満ちて空間を支配していく。 鬼兵隊士が息を呑んでざわめく。 彼らのひと隅(すみ)が自然と分かれて道をつくる。 その只中から、人影。 編笠をかぶり、墨染の僧服姿で、錫杖を手にした一人の男。 「ずいぶんと面白そうな余興じゃねぇか。猛った血のニオイがプンプンすらァ」 ワラジを履いた白い足袋の足が、踏み出すごとに威圧感。 「江戸の町並みを血の色に染める。けっこうな見世物だ。テメェも見てみてーだろ?」 あげた編笠の下に見える、左目に包帯を巻いている。 右目はぎらりと活きている。 あたりを睥睨しながら銀時ただ一人に、その隻眼に湛えた強烈な光を注いでくる。 「腐った国には血が似合う。こんな血の祭りに招かれねーたァ、ちと寂しい気もするなァ」 携帯を懐へ突っ込んで刀に手をかける。 一部の隙もない相手に土方が抜刀をこらえる横で、フッと銀時の構えが解ける。 両腕が力なくダラリと下がる。
ぽつりと。 |
![]() |
* 高銀話です(連載中)
団子屋の店主が銀時を見て言葉に詰まる。 「女になって男前の兄ちゃんと結婚するんだって? そういうのはよォ、早めに言えよなァ…言ってくれりゃ俺だって…、」 店主は銀時の顔から体つき、腰つきを眺める。ひととおり見終えると、また銀時の顔をボンヤリ見つめる。 「お前さぁ、銀時、絶対、俺の店に来て団子食ってった方がいい。結婚しても、来いよ?」 「オイ。なに人の顔じろじろ見てんだ。俺は女になんざならねぇ」 銀時は声を低くする。団子屋の店主の頭の中で銀時がどんな風に変換されているか想像がつく。 「今日は人探ししてんだよ。人つってもウチの眼鏡だけどな。オメー、新八見なかったか?」 「見ねぇ。通ったかもしれないけど見てねぇ。テレビ見てた」 店主は銀時の横にいる黒ずくめの真選組隊士に目を走らせる。 「どうも、…見回りごくろうさんです、銀さん…いや銀時…いや銀時さんにはウチを贔屓にしてもらってます。どうぞ御贔屓に…」 「テメェ、態度違うじゃねーか。俺の顔見るたびツケ払えっつってたのにコイツには御挨拶かよ」 「ツケがあんのか?」 イラッと目を眇めた銀時の横で土方が財布を取り出す。 「俺が払う。いくらだ?」 「…いいんで? 3700円になってますけど、…気持ちオマケして3000円で」 「ちょ、なんでオメーが払うんだよ! いんだよ俺が払うから! オメーもなに値下げしてんだよ、俺んときはビタ一文まけないくせによ!」 「俺は女には値下げするんだよ。銀時、おまえ女になるって考えるとすごい美人だな。また来いよ、いくらでもツケにするからよ」 店主は銀時に言い、土方に頭をさげる。 「言ってくれればよォ、俺だってよォ…」 ぶつぶつ言っている店主に背を向け、団子屋を離れる。銀時の横を歩く土方は通りに目を配りながら、なにも言わない。 狂死郎は目を見張った。 「銀さんに女性になるとまで決意させた相手は、あなただったんですね。土方さん」 「その話はいいじゃねーの。俺は新八の行方を探しててだな、」 「そうはいきません。かぶき町はこの噂でもちきりですよ。なんたって銀さんの祝言ですから。当日は皆、式場へ詰めかけるって張り切ってます」 「とと当日って、祝言の?」 「もちろん。銀さんの晴れ姿を一目見ようとね」 「俺たちの式は屯所でささやかに挙げる。警備の関係上、招待客以外、ご遠慮願ってる。門外も外周すべて立ち入り禁止になるからよ。どっかのテレビ局が来るみてぇだから、放映されるのを茶の間で見てくれや」 「…そうですか」 狂死郎は目を伏せて嘆息する。 「しかし意外でしたね。あなたと銀さんは水と油のようなものだ。銀さんがあなたを選ぶとは。少々、妬けますよ」 「なに言ってんだ、オメーが妬けるわけねーだろ、俺たち何もないんだし」 「銀さんが女性になるとなれば話は別です。私はすべての女性を笑顔にしたい。銀さんも大切に持て成させていただきますよ。この高天ヶ原で」 クスっと笑う。 「火遊びしたくなったら、いつでもいらしてください。ヤケドを覚悟の上でね」 「たらしこんでねぇ」 「ホストクラブなんざ許さねぇ」 「許さねーとか、オメーに許されなきゃならない覚えはありませんー」 「ホストばかりじゃねぇな、…かぶき町…、いや江戸中どこへ行っても知り合いの男ばっかじゃねぇか。外はダメだ。やっぱ外出禁止だな」 「…ア?」 最初に気がついたのは銀時だった。そのあまりの信じられなさに前方を凝視し、その気配に土方が反応してそちらを見る。 ふたつ先の細い曲がり角に、派手な着流しの男が、こちらに背を向けて立っている。 「ありゃ…誰だ?」 土方は、いぶかしんで目を凝らす。高杉の手配書は回っていても、普段、高杉がどんな風体で、どんな場所に出没しているか、土方は知らないに違いない。 間違いない、あれは高杉の着物。しかし、どう振舞えばいいのか銀時は迷う。彼は自分たちの行手にいる。まさか土方と歩いているときに向こうから出向いてくるなんて。 土方との婚礼をテレビ放映で知ったのだろうか。 「オイ、なに固まってやがる。オメェの知り合いか?」 土方が尋ねてくる。銀時は返事ができない。ただ、用心深く一歩一歩、いつもと変わらぬ足取りで彼の佇む背中へ近づいていく。 「これはこれは、真選組の人間と一緒とは珍しいな」 数歩のところで、独特の笑い混じりの声が掛けられる。 「お前を待っていたんだ。どうしてもお前を外せない話があるんだよ。俺たちと一緒に来てもらいたい」 言い終わると同時に路地から、橋から、道の前後から攘夷志士が飛び出してきて二人を囲む。見覚えがある。高杉配下の鬼兵隊の面々だ。 「てめぇ…、」 銀時が身構える。木刀には手をかけぬまま、派手な着流しを睨みつける。 「どういうつもりだ?」 「友好的にしようぜ。手荒な真似は嫌いでね。だが暴れるならこっちも腕づくで連れていくことになる」 銀時は、告げた男を見つめる。横で土方が刀の柄に手をかけている。大量の攘夷志士に囲まれている以上、土方の所作は当然のものだ。 派手な着流しが、ゆっくりとこちらを振り返る。
|
![]() |
* 高銀話です(連載中)
「披露宴は来週とお聞きしましたが、もう入籍されたんですか?」 「…まだしてねぇよ」 「婚約者の坂田さんはすでに真選組屯所で副長さんの身の回りのお世話をしているんですよね。周囲からは人も羨むアツアツぶりとお聞きしていますが?」 「まわりがそう言うなら、そうなんじゃねぇか」 「電撃入籍ということですが、実は交際は長く続いていたとか。お二人の出会いはどこですか?」 「……ホ、ホテルだな。池田屋ホテルで、ばったり」 土方が銀時の顔をチラチラ見ながら答える。 「そのときテロリストの検挙中で、万事…、坂田君は爆弾処理に奔走してくれました」 「なるほど、それをきっかけに交際が始まったわけですね。デートの誘いはどちらから?」 「デートっつうか、俺がコイツを探して、町ん中で偶然見つけて、……あとは花見とか、映画とか…」 「意外にも一般的な手順を踏んでますね。どうやら副長さんの方が坂田さんを気に入ってしまったみたいですが、告白はどんなタイミングで?」 「……んなもん、ねぇな。なんだかんだで顔合わせて、だいたいコイツは真選組の扱う事件現場に居合わせて突拍子も無ぇことやってることが多いから、俺は…ハラハラして見てたけどよ」 「告白は今日でぇす」 うっすら顔を赤らめている土方の横で銀時が言い放つ。 「生活の面倒は見る、入籍してくれ、一緒に祝言あげてくれって言われてOKしましたァ」 「それはプロポーズですよね? 即答ですか!」 花野アナが食いついてくる。 「もともと坂田さんも副長さんに好意があったんですね!? プロポーズされてどんなお気持ちでしたか?」 「マジかよ?って思いましたが、まあ仕方ねーかなって」 「『仕方ない』とは?」 「あ、なんかすごく愛されちゃってるみたいなんで。断ったらエライことになりそうなんで」 「それだけ本気の副長さんに応えたわけですね。最終的に結婚を決意した理由は? 副長さんのどんなところがお好きですか?」 「…ええと、どんなって、…性格? バカで物騒で刀振りまわしてるところとかね」 「それは副長さんにベタ惚れってことですね? さっそくお惚気ですか?」 「そうです。惚気けてます」 「噂どおり目も当てられない熱愛カップルですね」 土方がツッこむ。銀時はカメラに向かってダルそうにVサインしている。花野アナはクルッとテレビカメラに向き直る。 「今後、坂田さんは性転換して完全に女性になり、真選組屯所で土方副長と幸せな家庭を築かれるそうです。お二人のお子さんの誕生が楽しみですね。大江戸テレビ独占スクープ、江戸湾13号地から花野がお伝えしました」 んあ!?と血相を変える銀時をよそに、テレビクルーは放映を終え、録画を終了して撤収にかかる。 「ちょっと待て、俺がいつ女になるつったよ!?」 「いつって、そう聞いてますけど。真選組広報担当の方から」 花野アナはなんの疑問もなく答える。 「真選組ではそういうお薬があるそうなので、現実にはなかなか表に出てこない性転換の密着取材を大江戸テレビが独占取材させてもらうことになってるんですよ。結婚式の中継もしますから」 「なにそれ。俺は性転換なんかしねーから」 「ちょくちょくお邪魔しますんで楽しみにしててくださいよ?」 「オイちょっと待てェェェ!!」 銀時が叫ぶも、彼らは砂浜から引き上げていってしまう。呆然と見送る銀時を、土方は気の毒そうに見やる。話の出どころは真選組の広報。テレビ局とのタイアップも想定通り。高杉は、そして岡田似蔵は銀時のこの映像を見るだろう。 ───さあ、早く殺しにやって来い。俺を 土方は海のつながる埠頭を見る。そこにポツポツと戦艦が停泊している。表向きは商艦だが、中には攘夷派の持ち物もあるだろう。公安の捜査が及ばないよう巧みに手を回してカムフラージュしているテロリストの中に、あの男もいるはずだ。 「…念のため聞くけどよ」 銀時が青ざめた顔で笑いかける。 「近藤が、性別は俺の意志を尊重するっつってたよな?」 「言ったけど。お前は俺の求めを拒めねぇ、禁じ手は無しってことになった」 「ちょ、待て! おまえ本気で俺を女にする気かよ!?」 「…それもいいかもしれねぇな」 笑って追い詰める。余裕のない銀時は悪趣味と言われようが愛おしい。 「そのままのオメェもいいが、女になったらなったで都合いいこともあるんじゃねぇか」 「……オメェさ、なんで俺が海に降りようつったか分かってる?」 銀時がやる気のない死んだ魚のような目を土方を向ける。 「ここ二人っきりだし。俺のがオメーより速いし。逃げて行方をくらますことだってできるんだぜ?」 「そうしたら、向こう岸からこっちを見てるテロリストどもがオメェを拾いに来るだろうな」 土方は静かに笑う。 「逃げるなら海は基本だからな。なにか企んでるのは知ってた。けど、オメェは行かねぇよ。行くときゃわざわざ俺に宣言してかねぇだろうからな」 「…わからねーぞ、そんなの。逃げないと見せかけて逃げるかもしれねーし。俺、裏かくの得意だから。心理戦とかしつこくやる方だからね」 「逃げる逃げる言ってるうちゃ逃げねぇよ。大抵のヤツがそうだ」 「じゃ逃げない」 「助かる」 土方は銀時に手を差し出す。 「もうここはいいだろ? メガネ探しに行こうや。オメェは今は逃げるより、俺たち真選組の手の内で動いていた方が有利なはずだ。メガネのことにしても、それ以外にしても」 行動をともにしようと、差し出された土方の手は銀時が誘われるのを待っている。 「オメェが逃げるときは、俺が逃がしてやらァ」 「………言っとくけど」 銀時は土方の方へ足を踏み出す。 「俺はテメーに借りなんか作らねーよ。……たぶん」
|
![]() |
* 高銀話です(連載中)
江戸湾13号地は、庶民の憩いの海岸エリア。 頑張れば、かぶき町から歩いていけるデートスポットだ。 ここは寺門通親衛隊の集会場所で、新八もよく来ている。 「…いねーな」 特徴的な大江戸テレビ局の建物を背景に、海辺からすぐの陸地側には新開発された街並みが広がっている。道沿いに車を停めると銀時は土方と連れ立って道路から浜辺を見渡した。 幼児を連れた家族や散策のお年寄りがポツポツいる他は、ランニングの若者が砂を蹴り上げて走ってるだけだ。銀時は目に映る限り、すみから隅まで砂浜を探す。いつもはバカやってる知り合いの一人くらい居るのだが、こんな日に限って声をかけて挨拶できそうな気晴らしの相手も見つからない。 「…メガネはオメーに恋慕してんだよな」 土方が、眼下の海辺を見たまま尋ねる。 「婚儀を認めねぇつもりらしいが、…正直、なにかしでかすと思うか?」 「見かけによらず行動派なんだよ、アイツ」 銀時は苦笑とも自慢ともつかない笑みを口元に浮かべる。 「考えがあるつって走ってったんだ。やるときゃやるだろーな。けど、アイツに他人を傷つけるような真似はできねェ。そこは信用していいぜ」 「…わかんねぇモンだな」 「あ? なにが」 「まさかメガネが長いことオメェの元で想いを募らせていたとはな」 「俺だって初めて聞いたっつーの」 銀時が心外とでもいうように鼻を鳴らす。 「ぱっつぁんのことは嫌いじゃねーよ。けどま、弟みたいなもんだし。考えたことねーし。今も考えらんねーな」 だよな、と土方は思う。銀時に絡みつく影はいくつか感知してきたが、新八が銀時を恋い慕っているとはカケラも連想しなかった。銀時側にもそういう秋波はなかったように思う。じゃあ俺は? 銀時は少しは俺のことを性愛の相手に連想したことがあるんだろうか。 「…次、探すか」 土方は浮かんだ疑問を飲みこんで銀時を促す。新八を心配する銀時に余計な質問はNGだ。 「メガネがどんな手に出るか解れば場所も割りやすいんだがな」 「…あのさぁ」 踵を返そうとする土方。その横で銀時は髪も、着物の袖も、裾も、風に浮かされて、美しくなびかせていた。 「ちょっと寄ってかない? 海」 「構わねぇが。なんか思い当たることでもあったのか?」 「そうじゃねーよ。今、二人きりだろ。…デートくれぇしようや」 銀時は自然体で誘う。 「俺たち籍入れるんだぜ。祝言あげる前に恋人みてーなことしとかねーと、あとで後悔してもアレだし?」 「…願ってもねぇな」 土方は予想外の申し出に素直に応じた。 銀時はフイと前を歩き、砂浜への階段を降りていく。 照れたように見えるが、銀時は照れるようなタマではない。コイツ、なにか企んでる。土方は感づいたが気づかないフリをして銀時のあとに続く。 「お。でけぇ貝殻」 細かい砂を踏んでいくと足元には陸地では見ない珍しいものが散らばっている。それを覗きこみながら銀時は指を差して土方に見ろと言わんばかりだ。打ち上げられた海の生き物や、異国からの漂流物は、はっきり言ってただの残骸なのだが、砂浜の上に銀時と一緒に見つけながら歩くと、ただのゴミを見る作業が楽しい発見の歓びに変わるから不思議だ。 「ガラスみっけ」 どんな意図があろうと銀時とのデートを棒に振る手はないだろう。波に揉まれて角がとれた丸い物体を、銀時は拾って手の中に転がしている。見ていると銀時は土方の興味を確認し、ハイ、とそれを土方に手渡した。 「…ありがとよ」 そのとき少し銀時が笑った気がして、土方はやけに心が燥(はしゃ)ぐ。どうってことないガラスのカケラ。不透明な濃い緑のそれを掌の中に囲う。 銀時が得意そうにに注釈する。 「ソレ、売れるんだぜ。金に困ったら俺たちゃここに来て集めんだ」 「こんな…ガラクタが売れんのか?」 「アクセサリーとか、壁に埋め込んで装飾にとか、需要あんだよ」 物知らずに呆れたように言ってから、海を振り返る。 「もうここへ来て拾うこともなくなんのかな…」 それは万事屋三人の思い出なのだろう。感傷に浸るような銀時の様子に思わず土方は否定する。 「別に終わりじゃねぇよ。また来りゃいいだろが、メガネとチャイナ連れて」 「…え?」 「ガキとの外出くれぇ、止めねぇよ。いくらでもここへ来て拾やいい」 「……なに?オメーは俺に海でガキと一緒にガラクタ拾えってか?小遣いくんねーの?」 「エ?」 「拾いたくないんですけど、別に」 「………」 「………」 銀時は軽く怒りを浮かべ、いっそ蔑んだ目をしている。 土方は気遣いが裏目に出てバツが悪いことこの上ない。刺さる銀時の視線が痛くて握った拳を震わせる。 「…ま、」 「『ま』?」 「紛らわしい真似すんなァァァ!テメェが寂しそうにしてっから情けをかけてやりゃァ…!」 「アレ?寂しそうに見えた?」 銀時は、へらっと笑う。 「それは土方君の罪悪感だよ。人は負い目があるとき、周りの人間の行動に意味を付け加えます」 「うるっせーッ!」 銀時の胸ぐらを掴みあげようと腕を伸ばす。ひらりと躱して銀時は2、3歩うしろへ飛び退く。 「図星ィ? 大丈夫だって、銀さんどんな環境にも慣れんの早いから。それより腹さぐりあって、いつまでも暗い顔つきあわせて罪悪感おしつけられてんのキツいから。だからさァ」 からかうように、本気ともとれる言葉を投げて銀時は身をひるがえす。 「追いかけて捕まえてみろや。捕まったら本気でセックスしてやっから」 はればれと宣言する。 「けど捕まんなかったら初夜はナシな? 欲しいモンは自分で確保しろよな」 「ぬかしやがって。上等じゃねーか」 土方はムキになって怒鳴る。 「言ったかんな、忘れんなよテメェ!」 「オメー警察官だろ、一応? アハハハハ、捕まえてごらんなさぁい!」 ひらひら袖をひるがえして逃げていく。すぐに追いついてその袖を掴むことはたやすく思えた。しかし銀時はすんでのところで土方の手を擦り抜ける。 「待て、テメェ」 銀時が加減して走っているのだと、本気を出せばすぐに差が開いて銀時がつまらないのだと、ものの数秒で分かったが、悔しさより銀時の油断を見すまして捕まえる方が先だ。 「こちとら伊達に砂浜でメシのタネ拾ってるわけじゃねーんだよ。アスファルトが恋しい? それとも車の座席ィ?」 土方の手を躱しながら銀時も笑顔で息を荒らげていく。その顔が自分に向けられている限り、翻弄されてることなど甘い甘いもどかしさでしかない。 「なめんなコラァ!」 土方がジャンプ一番、銀時の着流しに飛びかかろうと砂を踏み切ったとき。
マイクを持ったテレビでおなじみの女性レポーターが、カメラマンや音声、撮影スタッフを引き連れて海岸道路の方から砂浜めがけて走ってきた。 「……え?」 ぎくりと二人はそちらを見る。あきらかに撮影が始まっている。カメラの横には大江戸テレビのマーク。そうか、この海岸は大江戸テレビから丸見えだ。というより、いつから自分たちは撮影されていたんだ? 「いま、副長さんの熱愛が巷で話題沸騰しています! 来週予定されています結婚式にむけて、お二人の抱負をお聞かせください!」 ものすごい勢いで喋り迫ってくる花野アナ。 全国のお茶の間へ通じる穴のような黒いレンズを凝視して、ひくりと二人は頬を引きつらせた。
続く |
![]() |
本日の更新 * 高銀第19話更新(ここ)1件
「んー、…海。江戸湾13号地の砂浜」 新八の行き先を聞かれて銀時はダルそうに答える。 「お通の楽屋。コンビニの溜まり場。電気街。あとは恒道館とかぶき町だな」 「広い範囲を回ることになりそうだな。…乗れや」 土方は一台のパトカーの助手席を開けて銀時に促す。銀時は土方の顔を見る。 「なに。これに乗るの?」 「嫌か」 「目立ちすぎんだろーが」 「人探しにゃ便利だぜ。追跡にもな」 「オメーが運転すんの?」 「せっかくのドライブだ。運転手は要らねぇだろ。二人っきりでデートと洒落こもうや」 「…マジでか?」 銀時のやる気のない瞳が、うんざりしてパトカーを眺める。土方はドアを開けたまま銀時の腕を掴み、銀時を見つめる表情は甘やかなまま顔を近づけて、銀時の耳元に囁く。 「ウソでも笑いやがれ。隊士どもの前だ。ちったァ喜んで見せねぇか」 「……う、ぁ…あっ、デ、デートだよね、コレ!」 銀時の声が不自然に裏返る。腕を掴まれたまま、なんとか身を引いて、及び腰になりながら土方に向き直る。 「ウソ、マジで? 運転してくれんの副長さんが? そんな車に俺、乗っちゃっていいわけ?」 「オメェに運転なんかさせられねぇ。これからは俺がどこにでも連れてってやらァ」 「う、嬉しぃ…嬉しいよ、ウン。嬉しいってば!」 銀時は腕を突っ張る。土方の手を振りほどこうとして、手首を本格的に土方に掴みなおされてしまい、動きを止める。土方の咎めるような瞳を見て思い出す。そういえば熱愛カップルを演じなければならない。 「でもさぁ、…ちょっと落ち着かなくね? デートってより連行されてるみてーじゃね? 俺としちゃ、こんな無粋なモンより普通の車に乗りてーなぁ、なんて…、」 「あいにくウチにゃこんな無粋なツートンしかねぇんだよ。乗りな」 「えぇえー、初デートがパトカーとか何ソレ、トラウマ植えつける気ぃ!」 銀時は不服そうに土方に瞳を向ける。 「だったらいっそ歩きで行こうぜ。新八だって公共交通機関しか使ってねーんだからよ」 「…なんだ。そんなに車ん中でイチャイチャしたかったのか?」 薄ら笑いを浮かべながら土方が銀時の身体を引き寄せる。中途半端な抵抗しかできずにタタラを踏んでいる銀時を自分の胸板に密着するほど抱き寄せ、銀時の背中から尻にかけて引き締まる手触りのいい腰に両腕をまわして銀時を腕の中に収める。 「公用車だろうが気兼ねするこたァねぇよ。俺たちの血も汗も泥も染み込んでる車だ。キレイな使い方はしちゃいねぇ」 「あ、ぁ、…ッ──そ、そうなの?」 「屯所より景色のいい場所で初手合わせといくか?」 「んぁ!? なに言ってんの、おまえ……じゃねーよ、そーだな、そんじゃ竹刀でも持ってく? お稽古好きだねェ土方くん、手合わせはお初じゃねーけど、コテンパンにノシてあげるぅ~」 「竹刀はいらねぇだろ。自前の道具で事足りらァ」 こめかみに怒りを溜めたイラッとした笑いを銀時に向けてくる。 「それより他の道具準備しねーと。人気のねぇところじゃ店もねぇし」 「やだぁ、土方くんのエッチ~…ふぐっ、」 人目を気にしながら、のらりくらり返答していた銀時は、至近からいきなり唇を塞がれた。唇を柔らかく押しつぶされる感触。驚いて相手を見れば目の前に土方の切れ長の瞳があって、睨みつけてくる。 「あ、…ぁん、…ぅく、…ぁむ、…、ん…、」 触れるだけのキスだと思ったら、しっかり舌を差し込まれて、舌を吸われた。腰を引き寄せられていても顔を背けるのは簡単だ。しかしまわりから視線が来ている。真選組屯所の正面門の内側、外の道に面した半分公共の広い場所。隊士たちの注目は逸れようもなく自分たち二人に突き刺さってくる。 「はぐ、…んぐ、…っ、ぁ、…らめらって、」 銀時のこめかみにも怒りが浮かぶ。土方の首に手を這わすフリをして、グググっと後ろ髪をつかみ、キスを引き剥がす方向で徐々に指に力をこめて引っ張る。銀時の瞳も土方のそれを睨み返し、離せや、と眼力に意志をこめる。 「恥ずかしいのか?見かけによらずウブだな」 ニヤッと瞳が笑い、土方は唇をつけたままそんなことを周りに聞こえるように言う。 「てっ、てっ、てっ、てめっ! …んあぅ、…うっ、んむっ…──んっ…、んぅーっ…」 銀時の視線が周りを窺って、あせあせと泳ぐ。熱愛の演技をするのは承知したが、土方は人目がある限り自分たちは恋仲であるとアピールするつもりだ。そして自分はそれを人前では拒めない流れではないか。他人がいることは、銀時にとって行為を続けさせられるための枷になる。 「ちょ、どこ触って、ぁう、…んぁあっ、…ぁく、…ん…、」 土方と二人きりで部屋にいたときは拒めたものが、拒めない。副長が人目もはばからず白昼堂々、想い人を腕の中に閉じこめ、長いキスを愉しんでいるのも、その恋人の身体を服の上から探り回して、びくっと身を強ばらせる部分を指先で弄りまわしているのも、隊士たちには格好の見世物でしかなく、当然ながら咎める者も、中断するよう諌める者もいない。 「あっ、ァッ、──ッ、いっ、…いいかげん、やめてください、…っく、…んぁ、…ぉ、願いしますぅぅう…!」 土方のキスが、服の上から乳首に吸いつこうと降りてきたところで、銀時は土方の額をグググっと掌底で押し剥がした。それでも土方は目的の箇所を正確に見つけて優しく唇に挟みこむ。 「~~~っ、!!!」 銀時は声を噛み殺し、思いがけず感じてしまった自分の身体になかんずく失望しながら、両手を土方の肩に突っ張って、腰を容赦なく引いて後ずさる。 「…仕方ねぇな」 人目に配慮して、なるべく穏便に土方を押しのけたつもりだった。土方が続けようと思えば突破できるくらいの抵抗、しかし土方は銀時の吐息に潜む怒りを感じたらしい。しぶしぶと顔をしかめて、悔し紛れのように銀時の耳たぶにキスを押しつけ、一回ギュッと噛んでから上体を離す。 「続きは海に着いてからな。…あと、これ持っとけ」 苦笑の中に甘い視線を混ぜて銀時を覗きこむ。その一連の動作の中で土方はポケットから取り出したものを銀時に握らせた。 「…携帯電話?」 見ればそれは黒塗りの、使いこまれた携帯電話。一瞬で銀時は、ああ、と思う。自分の居所の確認だ。彼らは銀時の首に鈴をつけるつもりなのだ。 「屯所の連絡用だ。どのキーでも長押しすりゃ屯所に繋がる。サイドキーでもな。つながったらバイブで震えるからよ、いちいち取り出さなくても使えるって寸法だ」 「へぇ。…間違えて押しちゃったらどうすんの?」 「そのつど確認が入る。誤報はよくあることだ。気にすんな」 命の危険に晒される彼らは、こんなものまで装備しているらしい。銀時は手の中の物体を眺め、そのまま懐の合わせへ突っ込んだ。 「副長、いってらっしゃい」 なにげない、しかし下世話な笑いを向けられる。二人の親密度や行為の具合を探れないか、自分も一枚噛めないか、くらいの勢いで隊士たちの視線が食らいついてくる。 「てめぇらキッチリ仕事しろ。指示は出しといたかんな」 土方は言い捨てて銀時を車に押し込め、運転席に座る。なかなか副長職というのは忙しいらしく、急に銀時と出かけることになったため、部屋を出る前に、こまごまとした指示の変更を部下たちに残していた。
銀時は土方と反対側の窓に肘をついて窓の外を見る。 『よく、戦況にらんじゃ、噛んで含めるように現場に指示してたっけ』 滅多に声を荒げることはなかった。いつも余裕の笑みを浮かべて、自分の身を顧みない方法ばかり取っていた。余裕がなくなったのは自分と二人きりのとき。すべての感情をぶつけるように銀時の生身には容赦がなく、銀時の体内では暴君を極めていた。 ───高杉…… 考えると、他のことが耳に入らなくなって、高杉のことばかり考えてしまう。高杉とは、単なる旧友の間柄。戦況の悪化とともに自分たちの接触は薄れ、戦の終結とともに情交する関係は自然に消滅した。そのあとは、交わした約束があるわけでも、言外の絆の証があるわけでもない。昔寝てた相手、それだけだ。会えば口くらいは利く。迷惑をかけられれば文句を言う。その程度。 ただ、このごろ夜中に出会うようになった。犬の散歩に途中から加わってしばらく歩く。なにということもなく喋る。大通りに出る前にアイツは身を翻して去っていく。 ───べつに誰かと籍入れたって、アイツには関係ねーんだよな 銀時は空を見たまま目を眇める。 車は屯所を離れ、首都高速に入って江戸湾へ向かった。
続く |
![]() |
* 高銀話です(連載中) 「オイ、コイツどうしたヨ?ついに頭にマヨネーズまわったアルか?」 「ついにもクソも最初っから土方さんの頭の中はマヨネーズが材料だぜ。すっかり旦那に夢中になっちまって痛々しいばかりでさァ。うわゴト聞かされるこっちの身にもなれってんだ」 「本気で銀ちゃん嫁にもらうつもりらしいアルな。銀ちゃんの溜めた分を自分が払うって、どうやら奴らの関係はそれに尽きるアル。一言でいって、金(カネ)ヨ」 「まるで身受けされる芸者だぜィ。もう万事屋に返さないって悪徳高利貸の親父みてェなことぬかしやがる。いいのかチャイナ?」 「銀ちゃんの好きにさせるアル」 神楽は沖田に顔を近づけたまま銀時を盗み見る。 「こう見えて銀ちゃんは金銭感覚も社会適応力もまるでない無気力を絵に描いたような男アル。マヨラーがあんなに結婚したがってるなら銀ちゃんの言うとおり今が売りどきアル」 「いいのか?旦那は土方さんに夜の方も強要されるんだぜ」 「そんなの本人の自己責任ネ」 「じゃァどーでィ、ついでにお前も屯所に嫁に来ねーか。夜の生活もセットで俺の幼妻(おさなづま)として」 「お断りヨ」 神楽はピシャリと言って沖田から離れる。 「ワタシは銀ちゃんと違って安売りはしないアル」 一連の、皆によく聞き取れる内緒話を終えると神楽は銀時と土方に向き直る。 「わかったアル。金めあてでもカラダめあてでもどーでもいいヨ。二人で決めたことを、ちゃあんと守るアル。そうすればワタシは銀ちゃんのやることに文句言わないアル」 神楽の眼が眇められる。 「カネの払いが滞ったら銀ちゃん迎えに来るからナ。ちゃんと給料払うヨロシ」 「言われるまでもねぇよ」 答えながら土方は意外そうに神楽を見る。銀時を親か兄のように慕っている神楽は、そう簡単には納得してくれないだろうと予想していたのだ。 「あ…なに、もしかしてコレうまくいった?」 暴れられたら無傷ではすまないだろうと覚悟していた銀時も拍子抜けしたように尋ねる。 「俺が結婚して万事屋休業して土方君と暮らすってことで異議なし?」 「そういうことアルナ」 「お断りします」 頷く神楽の横で。拳を膝の上に握りしめていた新八が、その顔を上げる。 「僕は認めませんよ。そんなの納得できますか、駄目でしょう、こんなの。お金は要りません、だから万事屋へ帰りましょう、銀さん!」 「…へ?」 銀時は勢いに押されて、立ち上がった新八を見上げる。 「や、だから俺は土方君と結婚…」 「駄目です!」 「ダメつっても、いまさら取り消せねーし、俺もう土方君の命令で屯所から出られな…」 「定春だってアンタの家族でしょ!」 銀時の前に踏み出していく。 「エサ代はともかく、散歩だって行かなきゃならない。夜中に銀さん行ってたじゃないですか、あんな物騒なとこ神楽ちゃんや僕には無理ですよ!」 「なにも夜中に行かなくたっていーだろ、夕方の早い時間にオメーらで行ってくれりゃ事足りるだろ」 「定春のトイレ事情考えてくださいよ、夜中に一回行っておいた方が体にだって良いでしょう!」 「知らねーつうの」 銀時は目元に苛立ちを乗せる。 「夜中に定春の散歩してる時間があったらここで土方君と布団にくるまって暑苦しい運動してる方がマシなんだよ」 「ほっ本気で言ってるんですかッ!?」 「土方君がいない夜は井戸の底で水ゴリでもして土方君の無事を祈るの。その体験をもとにギャグのひとつもヒネってジャンプ放送局に投稿して次のレースで優勝めざすんだから放っとけや」 「そん、なっ…」 新八は顔を歪めて哀願するような瞳を銀時に向ける。 「土方さん」 ゴクンとひとつ、新八は息を飲み込む。 「銀さんは渡しませんよ。悪いけど、二人の仲は認められない。貴方は知らないでしょうけど、銀さんは…銀さんは、僕のものです!」 エッ?と場にいる全員が新八を見上げる。 「僕がどんなに銀さんを思ってるか、アンタに思い知らせてやる!」 最後は銀時に向けて新八が叫ぶ。 「あっ、新八ィ!」 神楽が思わず立ち上がる。 「待つネ!ここは黙って銀ちゃんを祝福してやろうヨ!銀ちゃんだって人には言えない下半身事情があって、きっとそれにマヨラーがぴったりなんだヨ!察してやれヨ!」 「神楽ちゃんには分からないよ!」 新八は障子戸を開けて廊下へ飛び出す。 「僕はずっと銀さんを見てきた。銀さんだけを見てきたんだ!」 「だから何ヨ?」 「銀さんが土方さんと結婚するなんて絶対イヤだ!絶対阻止してやる!」 「新八、オマエ本当に銀ちゃんに惚れてたアルか。オマエが銀ちゃん嫁に欲しかったアルか?」 「……そうだよッ!」 新八は眼鏡の奥の瞳を潤ませて銀時を睨む。 「いつか、そうなるんだって…そうなれるって、思って、憧れてきたのに。アンタは他の男の物になるんですね。もういいです!こうなったら実力行使でアンタの目を覚まさせてやる!後悔しないでくださいよ、銀さんッ!」 「いや、ちょ、」 銀時は半端にあげた片手で新八を引き止める。 「何。え。そうなの?新八君、俺のこと、そういうカンジだったわけ?」 「…侍が、侍の元へ弟子入りして衣食を共にするのに、他に理由がありますか」 「弟子入り!?」 銀時が聞き返す。 「え、そうだったの?」 「銀さんがいつか指南してくれるんじゃないかって。でもあんまり銀さんがそういうのに積極的じゃないんなら、僕から仕掛けてった方がいいかなって。最近悩んでて。いろいろ準備もしてたんです」 「準備!?って、その…、お道具的な?」 「ええ、道具ですよ。他に何があるんです?」 じろりと新八は銀時を睨む。 「この間、僕は悟ったんです。この人には全身がんじがらめで手足の自由を奪って視覚も奪って、それでようやく僕に本気になれるって」 「いいいッいや、イヤイヤイヤ、そんなの要らないからッ!普通でいいから!ソレで十分燃えるから!」 「なんの話だ?」 不愉快そうに土方が口を挟んでくる。 「なんでィ、メガネが同好の士たァ知らなかった。お道具ならいいのが揃ってますぜ。通販も確かな店教えまさァ」 「とにかく、アンタがそんなつもりなら僕にも考えがあります。土方さんも、せいぜい夜道に気をつけてくださいね!」 障子戸を乱暴に閉めたて、反動で戸が跳ね返る。 「なに考えてるアルか!?馬鹿なことするなヨ!だからオマエは新八だって言われんダヨ!」 神楽の声がけたたましい足音と共に遠ざかっていく。 「早まるのよくないネ!オマエ侍だろ?泣くなよ鼻水たれてるヨ!」 「泣いてないよ!誰が鼻水だよッ!」 新八が声を響かせる。 「僕、当分万事屋行かない!定春の面倒頼むよ、神楽ちゃん!」 「どこ行くつもりアルか、新八ィ!」 次第に声が聞こえなくなる。 「アイツら疑うってことを知らないんですかぃ。信じこませるまでもなく頭ッから信じてやしたね、旦那の結婚話。要らねェ嫉妬までしちまうほど本気で」 「ガキは単純だからなァ」 銀時はボンヤリ応える。 「行かなくていいのか」 土方が煙を吸い込みながら銀時に尋ねる。 「ヤケになって無茶するかもしれねぇぞ」 「行っていいわけ?」 逆に銀時が尋ねる。 「あの分だと屯所を出てったんじゃねーか。こっから出ちゃいけないんだろ?」 「…俺と一緒なら問題ねぇ」 つけたばかりの煙草を、せわしなく吸いこむ。 「メガネを保護すんのは警察としても保護者としても当然のことだ。俺がお前を外へ連れてってやらァ」
続く |
![]() |
本日の更新
「結婚したら俺が土方君の世話すんの当たり前だろーが」 異を唱える神楽と新八を呆れたように見やる。 「土方君はメチャクチャ忙しいんだよ。朝のお世話、昼のお世話、3時のオヤツ、夜のお世話とくっついてなきゃなんねーの。まァ秘書みたいな?真選組に入隊ってワケじゃねーけど総務部長の肩書きくれるってさ」 「無理アル」 「本気で言ってるんですか、銀さん」 総務だから真選組の万事係だよな、と自分で納得する銀時に二人が冷たい視線を送る。 「銀ちゃんは人の世話なんかできないヨ」 「だいたい朝、起きられるんですか。真選組って朝早いんでしょ? いっつも昼まで寝てるじゃないですか。お金が入ると飲み屋で飲んだくれて午前様だし。土方さんの世話どころか二日酔いの介抱してもらわなきゃならないのはアンタだし。真選組は幕府の機関ですよ。アンタみたいな不真面目な人間に務まるわけないです」 「なに。お前ら銀さんが結婚しちゃうのがイヤって、そういうこと?」 探るような眼で二人を見ながら、銀時は嬉しそうに頬を緩める。 「だいじょーぶだって。新婚カップルに早起きしろなんて野暮なこと言うヤツはいないから。…な、土方君?」 銀時は隣りに座る土方の肩に身を寄せて、思いきり凭れかかる。いきなり近距離で銀時に問われて、土方はもれなくマヨ飯に噎(む)せそうになる。 「ぐはっゲホッ、んア…あぁ、そりゃ…そうだろ、」 嘘でも銀時の口から『新婚』なんて言葉が出ると、土方の頭の中でそればかり反響してしまう。 「その、…オメー朝が弱いのか?なら徐々に慣れてきゃいい。最初ッから張り切るこたねぇよ」 「ホラな~?」 銀時はいつものヤル気のない瞳を二人に向ける。 「俺、どうやら愛されちゃってんだよ。本当は仕事も続けてーんだけどよ、コイツが屯所から出るな、俺の側から離れるなっつーもんだから」 ブハッと土方が吹き出しそうになるのを堪えるのを横目に、銀時が続ける。 「最初は俺の仕事を軽く見てんのかと思ったんだけどよ、仕事できなくなる分、お前たちに給料を渡すって言うし、ちゃんと生活に必要な金額らしいし、コイツも万事屋の価値をちゃーんと解ってんだなって思ったら、なんだか心洗われる気分がして前向きになれた」 「きゅ、給料ォォォォォォォ!?」 神楽が飯粒を噴き出しながら立ち上がる。 「給料出るアルか、マジでか!」 拳を握りしめて仁王立ちする神楽に追い立てられるように土方が頷く。 「オメーらの大将をもらうんだ。それっくれーすんのは当たり前だろ」 「酢昆布か!それは酢昆布なのかッ?」 「いや…現金だけど」 「銀ちゃぁぁぁぁぁぁんんん!!良かったナ!文金高島田!惚れられてお嫁にいくのか一番だってここのゴリラも言ってたヨ!」 「だよなァ。やっと解ったか。その調子で祝福たのむわ。ちなみに嫁入りじゃなくて婿入りな」 「任せるアル。反対するヤツがいたら分かるまでワタシの拳が火を噴くヨ」 「おぅ任せたわ、来月から現金支給娘」 キリッと銀時を見る神楽の肩をポンっと叩いて銀時は目と眉を胡散臭く近づける。 「アンタら、なに現金収入に目が眩んでんだよ」 新八がツッコむ。 「まさか金めあてじゃないでしょうね。それで結婚とか言い出したんなら軽蔑しますよ、銀さん」 「バッ、声がデケぇ!」 銀時は振り向きざま目を血走らせ、新八の隣りへ突進して新八の肩を抱き込むと思いきり小声で囁く。 「俺と結婚しても、たいして金はかからねーって思い込ませてんだよ。お前オレが何ヶ月家賃滞納してっか知ってんの?明日のコメどころか電気ガマの電気代もヤベェの知ってんの?」 「それ騙してるってことじゃないですか。ってかアンタ、あれ全部土方さんに払わせる気じゃないでしょうね?」 「当然だろ、アイツ万事屋を休業する経費負担するってんだから。あそこ引き払う気はねーし。家賃も払ってもらう」 「詐欺ですよ、そんなの!」 新八が目を吊り上げる。 「万事屋の金銭的価値なんて無いも同然でしょ!給料もらうのは嬉しいけど、騙したお金なんて僕はもらいたくありませんからね!」 「ちょ、聞こえる!聞こえるって新八君!」 「ちゃんと土方さんに言いましょう!」 「破談になったらどーすんだコラ!」 「なった方がいいじゃないですか、土方さんだって」 「テメ、余計なことすんな新八ィ!」 「ごまかしたって良いことありませんよ」 新八はキッと銀時を睨みつける。 「一生の問題なんですよ、アンタそれでいいんですか?」 「…う、」 「こんなの、誰も幸せになんかなれない、そうでしょう?」 「いや、騙されたいって男心もあんだろ。騙してやるのが幸せなんだよ、この場合」 「そんな幸せは気のせいです」 新八は譲らない。 「金めあてに土方さんと結ばれる、それがアンタの魂に恥じない行動だって言うんですか。見損ないましたよ銀さん!」 「か、金目当てって…」 銀時が顔を顰める。 「お前ね、いくら金に困ってても、ソレだけで結婚なんてできねーよ。財布もカラダもひとつんなるんだからよ」 「ちょっ…!」 新八が顔を赤らめざま土方に目を走らせる。 「だったらなおさらでしょう!本当に土方さんが好きなんですか、心の底から世界中に誓えますか?」 「……、い、言えるか、そんなの。オメーに関係ねーだろが」 「とにかく、僕はアンタと土方さんなんてウソくさい取り合わせは御免ですからね」 「オ、…オイッ!」 「土方さん、お話があります」 ほぼ丸聞こえの会話を繰り広げたあと、新八は銀時の制止を振りきって土方に向き直る。 「銀さんと一緒になるのは止めてください。この人、家賃も溜めてて僕らへの給料の支払いも滞ってて光熱費だって滞納してて、それぜんぶ土方さんに払わせる気でいるんです。従業員の僕が言うのもなんだけど、土方さんが銀さんのどこを気に入ったか分からないし、言いにくいんですけど、とにかくお金だけはたくさんかかる、この人はそれを隠したまま結婚しようとしてるんです!そんなの許せますか?」 一気に言いきったあとも新八は息を詰めて土方を窺っている。そんな新八を沖田と土方は目を丸くして見つめる。 「驚いた。土方さんにケチつけるんじゃなく旦那にダメ出しとは」 「あの、あのう土方君!?」 銀時が土方と新八を交互に見ながらなんとか取り繕おうと早口で捲し立てる。 「いくら俺でも、そこまで払わせようとは思ってねーから!できればこれまでの光熱費と今後の給料と、あと家賃、それだけ面倒みてくれねーかなって…!!」 「オイ、メガネ」 食器を置き、土方は新八を見て薄く笑う。 「あきれるくれぇ真っ直ぐだな。この機に万事屋が滞納してる金返させて精算させちまおう、くれぇの悪知恵働かせねぇのかよ」 「あいにく僕は銀さんが間違った結婚するのを黙ってられるほど器用な生き方できないものですから」 「間違った結婚?」 土方が聞き返す。 「どこが間違いだってんだ?」 「銀さんは貴方じゃなくお金めあてなんです。そんなの間違ってるでしょう?」 「それでも構わねぇから結婚してぇって俺が言ったら?」 「…エ?」 「もう指を咥えて見てんのは飽き飽きなんだよ。アイツが承諾するんなら俺と一緒になる理由なんかどうでもいい。離すつもりはねぇし。誰にもやらねぇ」 唇をキュッと噛んで言葉を失った新八、それから一人で食事を続けている神楽を土方は等分に見る。 「この際だからオメーらに言っとく。コイツは俺がもらう。もう万事屋には帰さねぇ。真選組の副長のツレ合いとして俺を助け、俺と真選組のために働いてもらう。そのかわり、今までコイツが溜めてきたモン、払うべきモンは俺が肩代わりして精算する。オメーらの養育費もだ」 顔つきを強ばらせた新八、挑むように大きな瞳を向けている神楽、二人に土方は諭すように告げる。 「俺が結ぼうとしてる婚姻はコイツを縛るだけのもんじゃねぇ。俺にもそれなりの義務が発生すんだ。お前らが生活するために必要な家賃や費用を払うのは俺の義務であり、誰にも譲れねぇ権利なんだよ」 |
![]() |
* 高銀話です(連載中)
先刻から土方の部屋に規則正しい寝息が響いている。 「入りやすぜ、土方さん」 ガラリと開けられる障子戸。 「遅ぇよオメーら。メシが冷めちまうよ」 素っ気なく言いながら閉じた雑誌を脇に置く。体勢を解いたとはいえ銀時が土方を膝枕で寝かせていたのは明白、子供たちは近すぎる二人の距離を目の当たりにする。 「……銀ちゃん!オマエなにしてるアルか!?」 銀時は起き上がろうとする土方の肩を支えながら、な?土方君、と呼びかける。土方は予想以上に深く眠ってしまった頭を強く振り、その合間になんとか銀時に相槌を打つ。 「わざわざ来てもらってすまねぇな。とりあえず座って…一緒にメシでも食おうや」 むすっとしたまま神楽は膳の前にドスンと腰を落とす。 「あ、あのぅ…それで銀さん、『すべて』って…?」 いただきます、の掛け声とともに箸を取り、味噌汁やら焼肉やら米飯やらを口の中へ掻っ込み、思うさま噛み締めて空腹を癒そうと、まだまだ足りない調理済みの食料をはち切れるまで腹に継ぎ足そうと次の目標を視認している、そんなとき。食事を口に運びながら気がかりの消えない新八が、おそるおそる銀時に尋ねた。 「僕らがここに呼ばれて、土方さんの部屋で…そのっ、…お、お昼をいただくことになった、そのワケを教えてもらえるんですよね?」 銀時が土方を膝枕していた理由は?とはどうしても聞けなかった新八の耳に、銀時の常と変わらない声がサラッと告げてきた。 「さっき、土方君にプロポーズされてよォ、断ったんだけど有り得ねーくれぇ熱烈に口説かれちまって。生活も保障する、オメーらの面倒も見るって言われてグラッと来てからは、もうコイツしか居ないんじゃね?って今を逃したら二度と手に入らねぇ誰にも譲りたくねぇバーゲン品の争奪戦みてーな気分になっちまって、気がついたら祝言に出るって返事しちゃってたんだよね」 平然と料理を口に放りこみながら、気がつかなかったアルか?と神楽が蔑みの視線をそれぞれに送る。すかさず、その隣りで皆と昼食を共にしていた沖田が馬鹿はオメーでィ、と神楽を見もせずコメントする。 「男でも『女体化予定』って書いとけばキョウビ婚姻届は受理されるんですぜ。知らなかったのかチャイナ」 新八が困り顔で、自分たちの馴染んだ風習を説明する。 「昔からこの国には女の人と結婚するのと同じくらい、男の人同士で縁を結ぶならわしがあって、それは男女の結婚と同じように正式なものなんだ。天人の文化の台頭で公にそういうのは敬遠されるようになっちゃったけど、ちゃんと逃げ道があって『いずれ女の人になります』ってことにしとけば認められることになってるんだよ」 飯粒を飛ばす勢いで一気に尋ねる。 「マヨラーの奥さんになって胸ユサユサのボンキュッボンで赤ちゃん産んでマミーになるアルか?」 ひときわ低い声で銀時が答える。 「義務じゃねーし。そもそも性転換は天人の胡散臭い技術で可能ってのが建前の方便だし。女になったかどうか追求されるわけじゃねーし、ならなくたって罰則はねェ」 神楽は首を傾げる。 「コイツにしなくても銀ちゃんはモテるアル。早まらなくていいネ、仕事ない上に治療費かかってヤケになるのは分かるけど、そんなんで自分を安売りすんなヨ」 銀時は食べる手を止めずに会話する。 「安いかな~?くらいがあとあと面倒がねェの。どーせ安く買われたんだからこれ以上損することもねーな、くれーの気楽さが喧嘩と婿入りのコツなんだよ」 土方は神楽の発言を一言一句聞き漏らさず、それでも眉を寄せ目を伏せてマヨネーズをたっぷり乗せた米飯を手を止めずに掻きこみつつ無視を決め込んでいる。 「銀ちゃんは結婚しても男のままなんでショ?なんのために結婚するアル?しなくてもいいネ!赤ちゃん生まれないなら今までどおり、万事屋と不良警官で、たまに会って喧嘩して、なにも変わらないヨ、結婚しなくても一緒ヨ!」 沖田が遮る。 「結婚しちまえば旦那は土方さんのモノだ。他の野郎との不用意な接触は許されねェ。腐っても幕臣の身内だ。貞節な伴侶となって土方さんに操を捧げてもらわねーと」 神楽は銀時に向き直る。 「銀ちゃんはマヨラーと結婚なんて無理ヨ!ふわふわ漂ってる頭の毛みたいに気の向くままにあっち向いたりこっち向いたり、いろんな人に会って、万事屋やって、やっと自堕落に生きてるネ。それがなかったら窒息してしまうヨ!」 ヘラっと銀時が笑う。 「当分、休業な?俺、土方君のためにいろいろしなきゃならねーし、さしあたって屯所で暮らすから」 新八が目を剥く。 「なに言ってるアルか、銀ちゃん!」 神楽が悲痛な叫びをあげた。
続く |
![]() |
* 高銀話です(連載中)
続く |
![]() |