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* 高銀話です(連載中)
距離は縮まらなかった。 手を伸ばしても届かない間をおいて高杉は彼の配下の鬼兵隊士に囲まれていた。 その両脇には武市とまた子が並び立っていた。
銀時は重たそうなまぶたを半眼にして高杉を見ていた。 その唇は色をなくして噤(つぐ)まれていた。 いつもの口から先に生まれてきたような銀時の軽口は聞かれなかった。 相手をイラつかせるような表情も、からかう素振りもなく、ただその瞳を高杉に向けている。 人が違ったようだ、と土方は思った。 交戦の緊張に押し黙っているのとも違う。 弱点を突かれた無力な生き物のように、銀時は身を硬め、縮こまって、相手の裁定を待っているように見える。 こんな銀時を見るのは初めてだ。 土方の気分はささくれ立った。 沈黙は銀時と高杉の、二人だけの親密な関係を裏打ちしているようなものだったからだ。
高杉が笑ったまま顎をあげて銀時を差す。 「実に意味のねぇことだ。あんな腑抜けに、テメェらなんの用がある?」 「高杉さん、しかし…」 「兵を引きな。ぶつかる必要のねぇとこで消耗するこたあるめぇよ」 「は…、はい…」 「銀時ィ」 よく通る声で、高杉は艶っぽい視線を銀時にくれる。 「ひとつ聞くぜ。テメェ、鬼籍に入る覚悟はあるか?」 「……ねェよ」 銀時の声は掠れていた。 「もう若くねェんだし。心穏やかに暮らしてーな」 「せんだっては若くもねぇヤツが対戦艦用兵器を捩じ伏せてくれたもんだ」 にやにやしながら銀時を眺める。 「傷ァ治ってねェんだろ? あんまりドタバタすんじゃねぇよ。夜中にそいつの腹の上に腹の中身ぶちまけちまうぜ?」 「お前さァ…、それってコイツと寝んなつってんの?」 銀時の頬に穏やかに笑みが浮かぶ。 「それとも、御丁寧に腹の傷を抉ってくれてるわけ?」 「テメェが誰と寝ようが俺に関係あるか。テメェの勝手にすればいいことだ」 軽い調子で答えようとしながら、高杉の声はムッとするのを抑えきれず低くなる。 「せいぜい幕府が取り繕った脆(もろ)い寧静にでもしがみついているんだな。それにゃ、その幕府の犬のお膳立てが重宝するだろうよ」 「………わざわざソレ言いに来たのかよ」 銀時の表情が閉ざされていく。 「もういいわ。わかった、わかった。俺は平和に穏やかに生きたいんだからさ。死ぬ気もねぇし、テメーの嫌味聞いてる気力もねぇ。用が済んだんならどこにでも行っちまえよ。子分つれてアジトでも墓参りでも行きゃいいだろ」 「もともと俺りゃテメェに用なんか無ェよ」 高杉は視界から銀時を外す。 「オイ」 不機嫌な隻眼が土方を見る。 「銀時はケガしてんだ。連れまわすんじゃねェ、傷つけたら殺す」 ひとすじも余裕のない必死な声が告げる。 「夜は腹に乗っけろ。コイツを組み敷いたら赦さねェ」 「…バッ、バカかテメーわァ!!」 銀時が怒鳴る。 「なに言ってんの? テメッ、こんな大勢の前でなに生々しい宣言してくれてんだァァ!」 「ククッ、テメェらの魂胆は分かってる。だがよ、コイツは昔こそ戦場で名を馳せたが、今じゃただのボンクラだ。コイツを絞り上げても何も出てこねーよ。見ての通り、俺たちとも道を違(たが)った身の上だ」 騒ぐ銀時を無視して土方に伝える。 「今日のところは銀時に免じて退いてやる。テメェらも退くんだな。そいつァ俺たちへの布陣じゃねーだろう? それとも最後の一兵が尽きるまで、この川をテメェらの血で染め上げるか?」
「聞かねぇバカだな。計算もできやしねーのか」 高杉は目を細める。 「あいにくとこっちはテメェら潰してもなんの旨味もねぇんだ。俺達に刀を交えるべき対等な敵と見做されるようになってから出直してくるんだな」 「あのぅ、高杉さん」 武市が口を挟む。 「この人の布陣というのは、やはり真選組の捕り手ですか? もしかしたら私、策を返されました?」 「気がつかねーのか。このあたり一帯、真選組で埋まってるぜ。住民もとっくに避難済みだ」 「そういえば、さっきからやけに静かっスね」 また子があたりを窺う。 「真選組の罠っスか。狙ってるつもりで私たちが誘き出されたんスか、…坂田銀時!」 銀時を振り返って睨みつける。 「アンタ、あたしらをハメたんスね!? いくら腐ってもアンタが幕府に肩入れするなんて思わなかったっス! なんスか、その男とデレデレ歩いて見せつけて、目論見どおり私らが現れたときにはアンタほくそ笑んでたんスね!」 「アホか。いつ俺がほくそ笑みましたか。そしていつ俺がコイツとデレデレ歩きましたか」 「そうだよ。バレちゃ仕方ねぇ」 土方がほくそ笑む。 「俺とコイツが歩いてりゃ、それが気に食わない野郎が引っ掛かってくると思っちゃいたが。まさかこんな大物釣り上げるたァな」 再び携帯を取り出して通話ボタンを押す。 「テメェら、獲物は高杉だ。ここを先途(せんど)と暴れやがれ、真選組の大舞台だぜ! 全隊士、すみやかに突入準備……!」
ワッ…と人声があがる。 川端から路地を入った向こうに騒ぎが起こる。 敵の声か、味方の応戦か、状況が見えないまま鬼兵隊士たちはそちらへ向き直って低く構える。 「なに…? 気の早いヤツがチャンバラ始めちゃった?」 銀時にも事態が掴めない。 高杉も編笠をあげてそちらを見ている。 「ちょっとアンタ! 幕府の指揮系統は脆弱っスね!? ちゃんと命令を聞かせるよう下っ端に徹底しろっスよ!」 「いや、また子さん。少しおかしいですね」 武市がそちらへ向かって歩を踏み出す。 「交戦というより家が壊されるような音です。真選組が我々との戦いに、わざわざ家屋を狙って壊したりはしないでしょう?」 「いや、…保証の限りじゃねぇ」 土方は額に汗を浮かべる。 「若干一名、ウチには問題児が……うぉをっ!?」 同じ方向を見ていた土方が、突如、路地から現れたものに視線をあげて目を剥く。 銀時、そして高杉も言葉を失う。 また子は思わず拳銃を持った手の甲で口を押さえる。 「なっ、なんで、こんなとこに……!?」 身の丈、3メートルにも及ぶだろうか。 鬼兵隊の男たちを蹴散らし、狭い路地の建造物を薙ぎ払い、雄叫びとともに彼らの前に躍り出てきたのは。 「………似蔵さん…?」 武市が呼びかける。 それは体中が変形し、巨大化し、カラクリめいた管や人工構造物やあらゆる凶器のたぐいを全身から生やした異形のもの───紅桜の宿主だった。
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