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* 高銀話です(連載中)
「…えーっと」 二人きりになると銀時はバツの悪そうな曖昧な笑みを浮かべた。 「ここって所帯持ち用に改装したの?どんな造り?」 膝の下の布団をぱむぱむ叩いて確かめながら、四つん這いで畳を探り、さりげなく布団から降りていこうとする。 「待てや」 土方がそれを阻む。 「せっかく邪魔者は居ねぇんだ。事実上の初夜だぜ。たっぷり楽しむとしようや」 「な、ちょ、てめっ!」 肩を掴まれ布団に引きずり戻される。 「さっきあいつらに手は出さねェつってたじゃねーかァ!」 「手は出さねェよ。無茶もしねェ」 尻をついて足を崩した銀時を土方は膝をついて覗きこむ。 「けど俺たちゃこれから生涯を共にすんだ。最初の夜は大切にしてぇし。つもる話もありゃ、お前の話も訊きてぇ」 「つもる話って?」 銀時はわたわたと後ろへ下がる。 「そんなもんあんの?土方君て根に持つタイプ?前髪がV字なだけにやっぱりドッキリでしたとか壮大な囮調査でしたとかそんなん?」 背中が床柱にぶつかって余計あわてる。 「いまさら電気代払ってくれないとか困るんですけど」 「あいにくこいつァドッキリじゃねぇ。4日後には俺とお前の祝言だ。婚礼衣装の仮縫いもあるし、お偉方への挨拶のリハーサルもある。いや話ってなァそんなことじゃねぇよ。お前、その…つれあいになんて呼ばれたい?」 銀時の座る前に膝を詰めてくる。 「万事屋、でも坂田、でもねぇだろ?俺はお前を…俺のもんだって実感できる呼び名で呼びてぇ」 「あ、じゃあ…銀さんで」 銀時は詰めた膝の主が膝立ちになって上から被さってくる気配に狼狽する。相手の本気が真面目な話から逸れることを許さない意気込みに満ちている。 「たいていのヤツはそう呼ぶから」 「そうじゃないヤツは?」 両肩を包むように手を置かれる。 「昔からお前と親しいヤツはなんて呼ぶんだ?」 「…あ、……えっと、」 ためらうように言葉を切る。 呼ばれるのは銀ちゃんとか銀時とか白夜叉とか。 「ぎんとき」 答えられずにいると唇が耳元で囁いた。 「親しいヤツは名前で呼んでんだろ。俺はお前と一番親しくなるんだ。だからこう呼ぶ」 「あの、…なんかしっくりこねぇんだけど」 肩をすくめて耳を逸らす。 「オメーに呼ばれてる感じがしねぇ。やっぱ万事屋、がいんじゃね?おたがい無理ない感じで」 「寝床で万事屋って呼ぶのも色気ねぇだろ?」 「いや色気とか求めてねーし」 「俺とお前の関係も変わるんだ。呼び方も変えるんだよ、今までとは違うってお前の耳にまず教えてやらァ」 言いながら唇が銀時の耳たぶに軽く触れてくる。 近すぎる身体を押し戻そうと手を突っ張れば、逆に腰を引き寄せられて距離がなくなり密着する。 「んあ、…ちょ!」 耳からキスが首すじへと降りてくる。 優しくいたわられる行為は銀時を容易に火照らせる。 「ちょ、やめろって。俺まだあんま身体動かねーし」 「動く必要なんざ無ぇよ」 座った銀時に覆いかぶさっていながら土方は体重を掛けない。 「お前の身体…どこもかしこも俺の印つけるだけだ」 「…ゃ、それ痛ぇから…、まだ…待てって」 銀時は首を吸う相手のサラサラの黒髪をぎゅっと指で掴む。 「されても、デキねぇつってんだよ、あの、と、…とうさん?」 とうさん。 呼ばれて土方はピクッと動きを止める。 「…なんだ『父さん』て?」 切れ長の瞳に憤りをよぎらせて顔をあげる。 「なんで俺がお前の父親なんだよ!?タチ悪い寝言ぬかすな!」 「…ひでーなァ」 銀時は離れた分の距離をつかってぼりぼり頭を掻く。 「俺にとって親しい人間は、そいつが男なら…父親みてーな憧れ?家族愛?そういうの求めてぇって思うじゃねーか」 ぷい、と横を向く。 「オレ父親の顔、知らねーし」 「だっ、だからって、父親…!」 土方ははわはわ目を泳がせる。 「ダメだろ怪しすぎらァ。近親相姦みてぇな気分になるじゃねーか、父親呼ばわりされて抱けるか!」 「こんなの…他の野郎にも言ったことねーのに」 銀時は呟きに悲哀を滲ませて土方へ顔を向ける。 「俺、重度のファザコンだから。つれあいにはとーさん、て呼びてぇって…思ってて…こんなん、恥ずかしくて誰にも言えねぇ…お前が結婚相手だっつーから…言ったのに…、なぁ…呼ばせてくれんだろ? お前、俺の…片割れなんだからよ…?」 「………う」 土方は言葉に詰まる。
銀時は真剣だ。 「お前、十四郎だろ?」 素の声で銀時が言った。 「俺が銀さんだから、お前、十さん。これでスッキリ問題解決じゃね?」 銀時は口を押さえて、うぷぷ…と笑った。
続く
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* 高銀話です(連載中)
銀時は苦々しく尋ねる。 「俺をバカにしてんの。担架も助けも要らねぇんだよ。目ェなんか見えなくったって一人で歩けますぅ」 「アホか。知らねェ場所で行けるわきゃねぇだろ。とっとと手ぇよこせ。抱いてってやっから」 「サムライがそんなみっともない真似できっか」 銀時は警察車両の後部座席から闇雲に身を乗り出す。 「俺くれェになるとな、一度通った場所は体が覚えてんだよ。まわりの気配が肌で分かんだ。気合い入れりゃ歩けねーはずねェ」 「オイ」 「触んなつってんだろ」 土方の手を嫌がって車を降りる。 真選組屯所、中庭。 車寄せの玄関で隊士たちが見守る中、銀時は真っ直ぐ立つと深呼吸する。 目には遮光性の黒い包帯を巻いている。 「入り口、こっちだろ?」 ひとわたり包帯の顔をぐるりと巡らせてから、ひとつの方向を指さした。 たしかに通用口はそっちだ。 「ニオイで解んだよ」 感心して驚く隊士たちに得意そうに言って歩き出す。 単衣の着流しに、足元は退院のとき便宜的に用意された下駄。 カツンと鳴らして敷石を踏む。 戸口を目指したところで
「旦那ァァ!」 玄関ポーチの丸木柱に片足をぶつけてバランスを崩した。 「言わんこっちゃねぇ」 後ろから土方が隊士たちと共に受け止める。 「何年サムライやろうが無理なもんは無理なんだよ。テメーら、このまま連れてっちまえ」 「冗談じゃねェ、人に運ばれるなんてまっぴらだ、んぎゃあ!」 左右から数人で肩と腰を抱えられると体が浮いて足がつかないまま屯所の廊下をドタドタと移動させられていく。 「歩ける、歩けるっつーの!」 「素直に担架に乗っときゃよかったんだよ」 すぐ左肩に土方がいる。 「こんな慌ただしい入場があるか」 「知らねーよ、オメーらの都合なんか!」 「今から行くのはな、突貫で改装した棟なんだよ。屯所の中でも守りの固い居住区に、新たに設けられた所帯持ち用の集合住宅だ」 「集合住宅?って、棟割長屋みたいな…?」 「そんなトコだ」 庭に降りて、しばらく運ばれると新しく削られた木材のニオイがしてくる。 空気の流れが変わる。 建物の陰に入る。 と、戸口を潜って銀時は室内に降ろされた。 「…ここ?」 銀時は感触を探る。 自分が降ろされたのは布団の上だ。 新築の家の、新しい畳のニオイと噎せ返るような木の香り。 「びっくりしたでしょ?」 運んできた隊士たちが声を掛ける。 「もと厩舎を離れの道場に使ってたのを家族用の住まいにしちゃったんですよ、見る間にやっちゃうから俺たちもキツネにつままれたみたいで」 「見る間にって、どんだけ急造? 住めんのかココ!」 「茂吉っていう、江戸には凄腕の職人がいるんですよ」 「…茂吉?」
聞いたような名だ。 「もういいだろ、夜も遅ぇんだ」 後ろに立っていた土方が隊士たちを追い立てる。 「てめーらは配置についとけ。くれぐれも覗きに来んじゃねぇぞ」 「副長、ずるいですよ!旦那を独り占めする気ですか!?」 「もともとコイツは俺のモンだ」 「鬼!旦那はケガしてるってのに信じらんねェ」 「誰が怪我人相手に無茶すっかァ!俺は室内警護だ、手なんか出さねぇよ!」 「旦那、無理矢理されたら呼んでくださいね」 隊士が言い聞かせる。この声は山崎だ。 「俺たちいつでも駆けつけますから」 「あぁジミー君?」 銀時はそちらへ顔を向ける。 「ウチの神楽、どうしてる?」 「お元気ですよ。たくさん…食べてます」 山崎の間を含んだ溜息まじりの応答に、神楽がどれだけ屯所の食材を消費しているか表れている。 神楽が新八を案じて飛び出して行こうとしたのを真選組隊士が取り押さえて屯所に軟禁してるのは銀時も知らされている。 銀時が大事にしている子供たちの情報について土方が隠し立てすることはなかった。 「新八は?」 「おそらくですけど…鬼兵隊と行動を共に」 「…ふぅん」 銀時は注意深く頷く。
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第41話 気を引いても虚ろな世界(高銀) 隈無清蔵が病院を出てから、一人の男が正面玄関に踏み入れた。 真選組の隊服をまとい腰に刀を差している。 左眼は顔にかかる髪に隠れて見えないが、その右眼は意志を映したように不敵で油断がない。 一介の平隊士には見えない彼は、その気配を隠すように俯きがちに階段室へ入る。 エレベーターを使うことが多い病院の昇降で階段を選ぶのは先を急いだり、人と会うのを避けたりする場合だろう。 彼は迷うことなく駆け上がり、階段室の鉄扉を開けて目的階の廊下へ至る。 確信をもった足取りで看護師の詰所を通りすぎれば見咎める者はいない。 挙動を間違わなければ不特定多数が出入りする病院で疑われるはずもないことを、場数を踏んできた彼は承知している。 彼──真選組の隊服を着た隻眼の男は、誰あろう鬼兵隊の高杉晋助本人だったからだ。 『目論見どおり』 チラと顔をあげる。 真選組の頭脳と謳われる副長土方はこの場にはいない。 現場を任された責任者の隈無清蔵さえ外してしまえば、あとは頭の回る隊士がいないのは調べ済み。 案の定、凡庸な男が二人、銀時の病室の扉を守るように立っている。 「ごくろうさまです!」 目立つ特徴である包帯は外しているとはいえ、隊服を着ているというだけで彼らは高杉の顔を確認することもない。 このごろ真選組は急に隊士を募集し増員している。 見知らぬ者が多く混ざって新しい顔を覚えきれていないのだろう。 それも計算の内。 高杉は目を伏せがちにしたまま頷いてみせ、扉に手をかける。 銀時の病室。 薄暗いそこは照明が落とされ、非常灯と警報器のランプが緑色の光を放つだけだが、暗闇を見通すことに慣れた目には十分な光量だ。 壁際にベッドが一つあり、そこに身体を丸めて横たわる生身の気配がある。 他に潜む者はいない。 一人体勢で病室を警備していた隈無清蔵が自分と交代したのだから、この部屋には自分と銀時二人きり。 「銀時…」 後ろ手に引き戸を閉めると密やかに声を掛ける。 甘い陶酔。 ベッドまで数歩。 あの毛布の膨らみが銀時のシルエット。 ───!? 高杉は足を止める。 モゾっと膨らみが動く。 「ご苦労さまです、沖田隊長!!」 野太いくせに短兵急な声がこちらへ向かって裏返る。 「そこに忍んでこられたのは沖田隊長ですね!寝てません、寝てませんとも! 不肖神山、隊長の命を一心不乱に遂行中であります!!」 銀時とは似ても似つかぬ粉雑な男がベッドから跳ね起きる。 「隊長の命は一晩中ここで坂田銀時のフリをして寝ていろと!!欺かれた敵を引きつけて一気に叩けと!!流石っス隊長!!作戦は万全っス!!この役に自分を抜擢してくださった隊長の期待に応えるためにも、あの凶悪な辻斬り犯の魔の触手をケツに、いやアナルに、いやアヌスにブッ刺される覚悟で待機し、鋭意任務を全う中であります!!」 「テメェ…」 ギリ、と高杉は歯噛みして神山と名乗るグリグリ眼鏡の隊士を睨み据える。 手は刀の柄にある。 「銀時は何処だ」 「ややっ?お前は隊長ではない?ではいったい何番隊の」 「黙れ」 神山の声を挫く。 「銀時は何処だって訊いてる。答えねェ気か」 「ひいいぃ!」 神山はベッドの向こうへ腕を翳して後退る。 声だけで喉笛を噛み砕かれそうな威圧に神山は血の気が引く。 暗がりに相手の顔を見れば、その眼には怒りと憎悪が炎のように巣食っている。 「と、隣りに居ます。本当の病室で休んでおられます…!!」 その瞳の闇の奥深さを正視できず神山は声を震わせる。
「隣り?」 その強者がふと神山から視線を逸らして思案する。 神山がポケットの端末を握りしめ、指で異変を知らせる警報を鳴らしたのは、その与えられた一瞬の隙を得たからに他ならなかった。 途端に病棟のスピーカーからサイレンが流れ出す。 廊下で隊士たちが敵襲を知って騒ぎ出す。 その護衛たちが向かったのはこの部屋ではなく、銀時が休む隣室で。 神山は携帯端末を握りしめたまま己の死を覚悟する。 腰には刀があったが、とても抜くまで命がもつとは思えなかった。 「…そうか。そういうことか。一杯食わされたな」 隻眼の視線が戻ってくる。 その瞳は笑っている。 「土方に伝えとけ。次は外さねェ、ってな」 「……イッ、イエッサー!!伝えときます!!」 神山は泣き出しそうな顔で敬礼すると、ヘナヘナとベッドに尻餅をつく。 高杉が身を翻し、病室の扉を開けて出ていくのを息を呑んで見つめていた。
銀時は毛布を剥がれて迷惑そうに抗議する。 「誰も来てねェし、俺寝てただけだしィ!」 両腕で眼を隠す。 「ちょ、まぶしいんだけど」 「旦那、すみません電気つけさせてもらいます!」 「ぎゃあぁぁぁ!やめろ俺を殺す気ィィィ!?」 「探せ、どこかに居るぞ!」 「クッソ~、テメーら覚えとけよ!」 銀時は誰もいないことを確認されたベッドの上で懸命に毛布をかぶる。
「つまり」 現場の隊士から仔細を聞きとった土方は目を閉じたまま眉を寄せる。 「ウチのGPS受信端末の電波は乗っ取られていたってわけだ」 「…はい。そうとしか思えません」 屯所から駆けつけた隈無清蔵は銀時から受け取った屯所用携帯電話を握りしめて見下ろす。 「着信は確かに屯所からでした。私が聞いたのはカラクリを通してですが副長の声に聞こえました」 「鬼兵隊の武市が変声器を持ってたな」 土方は眉間を押さえる。 「問題はあっさり声を真似られたことより、屯所が改装中であることや隈無が厠の設備を変えたがっていたという真選組の内情をつぶさに握られていたことだ」 「アンタの配備も漏れてたぜ、土方さん」 沖田が横から指摘する。 「なんせ部屋詰めが清蔵さんだって相手に筒抜けだったんですからねィ」 「うるせえ」 土方はぎゅっと目を瞑る。 「万事屋は無事だったし隊士も無傷、病院に実害は出しちゃいねぇだろ」 「まあ囮部屋を仕掛けるってのは悪くなかったかもしれねーや」 沖田が隈無と神山を見やる。 「作戦がうまく運んだのは俺の人選のおかげだけどな」 「た、隊長ォォォ!!」 神山が沖田の前の床に這いつくばって頭を下げる。 「申し訳ありませんーッ!!敵の頭目を前に自分は白刃を交えることもできずッ!!ただ無為に隊長のお戻りをお待ちするしか能がなくッ!!」 「非常ボタンを押したろィ。お前はそれで十分役に立ったんだ」 「しかし隊長ォォォ!!自分は竦んでしまった!!畏れてしまった!!凶悪なテロリストをッ真選組随一の敵である高杉晋助を前に怯えて震えていたなんて自分で自分が許せないっ!!我慢できないっス!!」 「竦んだおかげで助かったんだ。やたらな動きをしてたら斬られてたぜィ」 「私もそう思います」 隈無清蔵が神山の肩に手をかける。 「廊下の見張り二人を、あえて隣りの病室の前に立たせる。本物の坂田さんの病室の前には誰も居ない。高杉はニセの病室を本物と思い込んで入っていく。待っていたのは神山というわけですが、その過程で死傷者が出なかったのは神山も廊下番の隊士もさして高杉を警戒しなかったことでしょう」 「どんなに周到にしても穴があく。だったら最初から穴を作っときゃいい。うまくすりゃ『岡田』が引っ掛かる。そう思っちゃいたが…高杉たァな」 ハァ、と俯く。
「アイツが信州の山の中へ現れたワケが解ったぜ。奴はあの時からウチのGPS端末の受信波を自在にキャッチしてやがったんだ。万事屋の居所を端末情報で調べながらヘリで現場に急行した。そんだけの話だ」 沖田が促す。 「どうするんでィ土方さん。このメンツで一晩中ここを守れってなら詰めやすけどね。手の内はバレてんだ。囮部屋以外の、あらゆる賊の襲撃に備える別の秘策を頼みまさァ」 「………退院させる」 土方はようやく決断した。 「今から医者に掛けあってくる。明日まで待てねぇから今すぐ退院させてくれってな」 「最初からそうすりゃ良かったんでィ」 「いい御判断です。副長」 「これでまた真選組の強引なやり口に悪評が立ちますね!!深夜の横暴な退院要求!!しかし自分はそんな逆境に負けることはない!!運命共同体とも呼べる沖田隊長とともに在る限りはっ!!」 「うるせぇ。撤収の準備しとけ」 土方は両ポケットに手を入れて囮の病室を出ていく。
病院側との折衝を経て銀時の身柄を大江戸病院から屯所へ移すこととなった。
一番厄介なのは銀時の説得だと見込んでいたが意外にも銀時はすんなり了承した。 「俺もそろそろ畳の上が恋しいと思ってたから?構わねーよ全然」 こころなしか銀時の声が端々で弾んで聞こえる。
「昼間より夜のがまぶしくないしなァ」
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* 高銀話です(連載中)
銀時が声を潜める。 隈無清蔵はオヤと思う。 毛布の下で銀時は携帯を耳に押しつけて動きを止めている。 まるで相手の声を聞き漏らすまいとしているようだ。 『すまねぇな。用があるのはお前じゃねぇ。傍に隈無は居るか?』 「なんだ、俺じゃねーのかよ」 不服気に言って銀時は毛布から携帯を差し出す。 「やっぱオメーらだったろが。ええと、くまなく…サン?」 「私に?」 隈無は首を傾げる。 「もしもし。代わりました」 銀時の携帯を通じて自分に連絡が入るなど普通ではない。 なにごとかと緊張する隈無清蔵の耳に副長、土方十四郎の声が流れこんできた。 『隈無か。そっちの様子はどうだ?』 「変わりありません」 安堵する。 いつもの無愛想な土方の口ぶり。 「坂田さんはお食事を終え、安静に休まれています」 『なら話は早ぇ。隈無、お前は屯所に戻って来い。お前じゃなきゃダメなんだよ』 「どういうことですか、副長?」 『いま離れに改装業者が入ってるのは知ってるな?』 「ええ」 『水道業者も来てる。それで近藤さんがこの際だから屯所の厠革命も進めちまえって言い出したんだよ。自動水栓のカタログあるから、それ見て業者から見積もり取ってお前が交渉役に当たりゃ文句ねーだろが』 「わかりました。そういうことなら私がお役に立てるでしょう。しかし…」 隈無清蔵は毛布に籠もる銀時を見る。 「病室が手薄になります。ここの責任者は私ですので、どなたかと交代していただく必要があるでしょう」 『手配する』 土方は短く言い切る。 『ともかくお前は今すぐ屯所に向かってこい。業者を待たせている。もう帰りたがってるのを一挙に大量発注させてやるつって引き留めてんだ』 「すぐに出ます」 『そこの外警備のヤツを病室に向かわせる。今、そこは何人だ?』 「私一人です。廊下に二人体勢で、副長がお帰りになってから変わってません」 『よし。頼んだぜ』 プツリと通話が切れる。 ふと隈無清蔵は違和感を覚える。 しかしその正体を考える間もなく銀時に隊服の上着を差し出される。 まぶしがる銀時に少しでも遮光を施したくて毛布の上から掛けていた隊服の上着。 「行くんだろ?」 毛布はかぶったまま銀時に告げられる。 「コレはもう大丈夫だ。暗くなってきたせいか、あんまり目に来ねーから」 「…すみませんね」 受け取って、羽織る。 「交代の者が来ます。御用がありましたらその者にお申し付けください」 「あーそうするわ。携帯は?」 「こちらに置きます」 「ん…コレか」 シーツの上に置いたものを銀時は探り当てて握る。 ぴゅっと、手と共に携帯は毛布の中へ吸いこまれていった。 「…………」 隈無清蔵は一礼してベッドサイドを離れる。 病室の扉を開けると番兵よろしく隊士が二人、扉の両脇に立っている。 「あれ、隈無さん」 隊士たちは親しげに見上げてくる。 「厠ですか?」 「そうじゃありません。屯所に戻ります」 「えっ?」 「私の交代はすぐ来ますから」 「あ、…ハイ」 「責任者として君たちにお願いがあります」 隈無清蔵は感情のこもらない瞳で年若い隊士たちを見下ろした。
「………痛てっ」 銀時は毛布の中で携帯を閉じた。 折りたたみ式のそれを開くと猛烈なバックライトの光量が目に刺さる。 包帯も眼帯も断った。 それらが目を覆ってるだけでロクでもない場面を思い出し身体がヒヤリとするからだ。 「たかすぎぃ…」 携帯に向かって呟く。 目を閉じて横たわっているが、眠らない。
「ただいま戻りました」 屯所で隈無清蔵は水道業者の所在を求めて聞き回った。 しかし業者の居所を知ってる者はいなかった。 「おかしい。確かに…」 「清蔵さんじゃありやせんか」 離れの改築現場へ足を運んでも、そこは暗くひっそりとして人がいる気配はない。 訝しがる隈無清蔵に声を掛けたのは一番隊隊長、つまり隈無清蔵の直接の上司である沖田総悟だった。 「今日は病院詰めじゃなかったんですかィ?」 「いえ。副長に呼び戻されまして」 「土方さんに?」 沖田は首を傾げる。 「おかしいな。土方さんは近藤さんと一緒にとっつぁんのお供に行ってますぜ。こないだの『岡田』の件で関係各所から説明を求められたとかで」 「では屯所に戻るよう命じたあれは誰だったんです?」 「隊長!」 伝令の隊士が廊下を走ってくる。 「病院がッ…、万事屋の旦那の病院が襲撃を受けましたぁーッ!」 「なにッ」 二人は即座にそちらへ向き直り、腰の刀を押さえて走りだす。 「しまった、謀られたか!?」 「近藤さん土方さんに連絡は?」 「まだです、今してます!」 「一番隊は総出で病院向かう。伝令、無線室行っときな」 「はっ!」 「まさか本当に来るとは…」 「だから俺が残るって言ったんでィ」 沖田と隈無清蔵は警察車両へ走る。 警報が鳴り渡る。 出動の合図。 屯所に伝令の声が飛び交い、ドタドタ走りまわる隊士たちの出支度で騒然としていく。 「野郎…、旦那が攫われたら二度は無ぇぜ」 部下の運転する車に乗りこみ、沖田は毒づいた。
続く |
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* 高銀話です(連載中)
「聞きたいこと?あるけど」 銀時は横向けに身体を丸めて寝転がる。 「婚姻届の『夫になる人』の欄は俺?お前?」 「俺だ。決まってんだろ」 「なんで決まってんだよ」 「幕府から『嫁を娶れ』って言われてんだ。隊士が嫁になってちゃ命令違反だろーが」 「んじゃお前、真選組やめて嫁になれ。俺が隊士になってやっから」 「アホか。通用するわきゃねーだろ」 「目さえ治りゃ通用する。だってお前に務まるもの、俺に務まらねーはずないし」 「この仕事はそんな甘くねぇんだよ。第一お前、目は治るかどうか解らねぇんだろ」 「あ。やっぱ無理だって?」 銀時は合点がいったように問う。 「俺にはなんも言わなかったんだよね、どの医者も」 「……言う段階じゃねーからだろ。急に治るかもしれねぇんだ」 「なぁ、お前…いいの?」 毛布の端から手が出てきて毛布を握る。 「こんな見えないヤツ、祝言とか無理じゃね?」 「式のことなら心配ねェ。目はケガをしたつって包帯したまま進行するよう上には手を回しておく」 「そうじゃねーよ。お前は厄介者を抱え込むことになるつってんだよ。前に出ることはもちろん、後ろでテメーの世話するのだってままならねェ。文字通り飲んで食って寝てるからな。まあ俺にとっちゃおあつらえ向きの話だけどね!」 「…………お前に言っとく。俺がお前と婚姻を結ぶのはお前を何かに使うためじゃねェ。お前は傍に居りゃいい。お前が目を病んだのは元はといえば俺が賊を止められなかったからだ。もしお前が失明したら、俺は一生をもって償う」 「なんつー重い話してくれてんの、テメーは」 銀時の声が、しかし笑いを含む。 「まあいいや、どのみちオメーには世話になることになりそうだしな」 「…任せとけ」 「あ、そうだ。もうひとつ聞きてェ」 毛布の下で銀時が身じろぐ。 「先刻の客が言ってた『紅桜ネオ』だけどよ。お前ら、その情報は掴んでたわけ?」 「鬼兵隊の武器が流出した話は聞いていた」 銀時は源外との会話を土方たちが盗聴していたという前提で話している。 「しかしその噂と電脳幹違法コピーと辻斬り似蔵の結びつきまでは把握してなかった」 「その手の稼業か、闇に身を置く連中には当たり前みてーな話だったけどな」 「そっち方面にはどうしても弱ぇ」 「へぇ、認めるんだ。素直じゃねーか」 「今後、改めるさ。…万事屋、退院までこいつを持ってろ」 土方はポケットから携帯器機を取り出す。 「できりゃ肌身離さずな」 「これって…」 渡されて銀時は形を確かめる。 「携帯電話?」 「これがオメーの居場所を教えてくれたからな」 使い古された黒いGPS受信機。 「こないだ貸したのと同じ型だ」 「これって掛けられんの?掛けてもいい?」 「構わねぇが、内容は全部録音してるぜ。相手の場所や番号もな」 「んだよ。公開羞恥プレイかよ」 「副長」 室内警備の隈無清蔵が進言する。 「そろそろ行かれませんと局長の指定された時間に間に合いませんよ」 「そうだった」 土方は思い出したように顎を上げる。 「じゃあな。明日迎えに来る。ゆっくり寝とけ」 「なに。まだお仕事?」 銀時は呆れたように握った携帯を振る。 「商売繁盛で結構だなコノヤロー」 「残業手当なんざ出ねぇんだよ」 後ろに手を振って土方は出ていく。
長谷川はホストクラブ高天原の店頭で本城狂死郎に話しかけた。 「銀さんが大変なことになってるんだけど、知ってる?」 「御婚儀を控えてらっしゃるのですから大変なのは言うまでもないでしょう」 狂死郎は客の迎えに出てきていた。 「すみません、長谷川さん。後にしてもらえませんか」 「あっ、ちょっと待ってよ!」 女性をエスコートして店内へ姿を消そうとする狂死郎に長谷川は声を張り上げた。 「銀さんさ、目が見えなくなっちゃったんだよ! しかもあの結婚、なんか含みがありそうなんだよね。銀さん困ってて助けてやった方がいいんじゃないかな?」 「……どういうことですか?」 ぴたり、狂死郎は足を止める。 「銀さんは幸福の絶頂を迎えようとしているんじゃないんですか」 「普通さぁ、結婚しようってヤツは盛り上がってない? しかも急に決まったっぽいし、なおさらだよね。なのに銀さんその話は避けるしイライラしてる。もしかして仕事がらみでお芝居してるのか、あるいは面倒事に巻き込まれちゃったっぽいよ?」 「分かりました。店内に席を用意します。2時間後、もう一度来ていただけませんか」 「構わないけど」 長谷川は眉を下げて笑う。 「この格好でいい?」 「ええ。どうぞ」 狂死郎は如才なく女性を連れて扉の向こうへ踏み入れていく。 「その話を聞きたいという銀さんの御友人でもいらっしゃったら、一緒にお連れ下さい」
ころころと笑う笑顔に、しなを作った片手を添えてキャバ嬢が声を掛ける。 「その斬新的ないでたちでお店の前に座り込まないでくださる?営業妨害で警察を呼びますよ」 「妙ちゃん…」 グラサンの顔をキャバ嬢に向ける。 「銀さんと新八君の話、聞いた?」
ティッシュを配りながら大声を振り立てる。 「はいはいそこのお兄さん、1時間5000円ポッキリだよ。いい子つけるよ。ワンドリンクサービスだよ」 「ヅラっち、相談に乗ってよ」 長谷川は横で手を叩きながらエリザベスと一緒に店の看板を担ぐ。 「銀さんがヤバイことになってるみたい。ヅラっちだったらどうしたらいいか言ってくれそうだし」 「銀時がヤバイのはいつものことだ。とくにあのアタマ。天パがヤバい」 「今週末、結婚するって知ってる?」 「ははっ、めでたいではないか。そうか、ついに決めたか。恥知らずどもめが」 「真選組の副長さんと」 「そうか、真選組の……なに?」 喧騒の中、桂は呼び込みを止めて長谷川を見る。 「いくら頭髪並みに頭の中身が捩じ曲っても、それだけは無いだろう」 言って、目を細める。 「罠かな」
布団の上には隈無清蔵が隊服の上着を掛けてくれていた。 消灯時間には2時間以上、間があった。 頭の横に置いた携帯電話が鳴ったのはそんな時だった。 「…んだよ、これ。誰あて?」 銀時は携帯を掴んで隈無清蔵へ突き出す。 「これオメーらの仕事の用事だろ。早く出ろ」 「いいえ。これは貴方に貸し出されたものです。通話は貴方あてです」 受け取って隈無清蔵は発信者を確認する。 「屯所からですね。おそらく副長でしょう。どうします、私が出てもよろしいですが」 「そうしてくれ」 「どうせ貴方に代わることになりますよ」 「面倒くせーなぁ、もう」 銀時は手招きして返された携帯を毛布の中へ引き込む。 「もしもし。なんだよ?」 『………』 「オイ、なに?」 『………』 「聞こえてるぅ?もしもしィィイ!」 『………』 「切れちまったよコレ! どんだけ気が短いのアイツ!?」 銀時が携帯を耳から外して毛布の外へ突っ返そうとしたとき。 『……………銀時?』 携帯から聞こえた低いイントネーションを耳が拾いあげた。
あけましておめでとうございます! |
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* 高銀話です(連載中)
土方は監視カメラのモニターを睨んでいた。 「コピーであの性能だろ。高杉はとんでもねェ兵器を作り上げたもんだぜ」 「高杉よりも厄介なのはそれをバラ撒いてる攘夷一味でさ。なんの鍛錬もなくあんだけの力を手に入れる。そそのかされたバカなガキが良いように利用されて使い捨てにされかねねェ」 沖田は、エネルギー補給系のゼリー飲料に吸いつきながら横目に画面を眺めている。 「まさかメガネがそんな物に頼るほど旦那に惚れてたたぁな。気の毒だが御禁制アイテムを所持使用していた咎は見逃せねェ。今度『岡田』を見かけたら補導だな」 「どうやって?」 土方が困惑の汗を浮かべる。 「簡単に補導できると思ってんのか、あんなもん」 「そこは…ほら、強力電磁波砲かなんかで四方を囲ってパパっと」 「そんな便利な大砲は無ぇ」 「巨大スタンガンかなにかで」 「お前がそいつをヤツに押しつけて通電できんだな?」 「旦那を盾にして」 「もっかい攫われんのがオチだろーが」 「いっそ源外さんに開発を頼みやしょう、一撃で効きそうなヤツ」 「ありゃお尋ね者だってんだよ!そんな取引できるかァ!」 土方と沖田は銀時のすぐ隣りの病室にいた。 同じ特別室の造りでベッドがありソファがありテーブルがある。 そこへ器材を持ち込み、真選組隊士が交代で詰めて銀時の部屋の様子を監視しながら警備している。 銀時が退院するまでの間、真選組がこの部屋を借り受けることを病院側に交渉してあった。 「でもね、土方さん。もしかしたら生身の人間が『紅桜ネオ』に付け入る隙があるかもしれませんぜ。ずばり、変身を解いたあとしばらく変身できねぇの法則でさァ」 「…根拠は?」 「『岡田』以外の人間が旦那に中出ししたことです」 「ぶっ!」 「俺の予想じゃ『岡田』は旦那とヤるために電脳幹を解除して人間に戻ったんでさ。でも旦那は犯人を役立たず呼ばわりしてたから旦那をヤッたのは他の誰かだ。『岡田』が旦那を譲るわけがないから、『岡田』はその誰かと戦って負けたってことになる。つまり」 沖田は飲料のフタを締めて机の上に投げる。 「変身を解除しちまうとすぐには再変身できねェってことになりやせんか。もしそいつが『岡田』に変身して戦ってたら生身の人間にゃ負けねェでしょう」 「その誰かが仲間だったら?」 土方は座ったまま腕組みする。 「もしくはその誰かも『紅桜ネオ』を所持して使っていたら。『岡田』が身を引いてもおかしくはねぇぜ」 「使わないでしょ」 沖田は廊下に繋がる扉を見る。 「おそらくその成人した地球人男性ってのは…」 「失礼しますっ!」 ノックもそこそこに息せき切った隊士が病室へ駆け込んでくる。 「山崎さんから応援要請ですっ、チャイナ娘が暴れて…っ!」 ぜんぶを聞かずに沖田は刀を掴んで立ち上がる。 想像はつく。山崎から新八の話を聞いた神楽が荒れているのだろう。 「ちょっと行ってきまさァ」 場所は分かっている、ラウンジの横の面会室。 「あの小娘、俺たちの仕事の邪魔になるなら一度くれぇ補導して檻にブチ込んでやらねーとな」 言いながら沖田の身体は扉をすり抜けていく。 沖田に任せておけば神楽は押さえられる。 それより先決なのは『紅桜ネオ』の情報。 土方はここで隣室の会話から聞き取れる攻略のヒントに耳を傾ける。 「副長」 インカムをつけた監察の一人が監視器機を操作しながら尋ねてくる。 「話が終わったら平賀源外と長谷川泰三を押さえますか」 「万事屋との約束だ、そういうわけにゃいかねーよ」 土方は視線を監視モニターの画面へ戻す。 「丁重にお帰り願え。監視はつけなくていい」 「はっ」
銀時が億劫そうに毛布を引き寄せながら尋ねる。 「なーんか、また現れそうな気がすんだよね。あれで終わりってこたねーだろうし」 毛布ごしに源外を向く。 「じーさん、なんか知ってんだろ。『紅桜ネオ』との戦い方とか。バカ正直に戦らなくても勝てる方法とか。裏でサラサラ流れてる噂話の数々を教えろや」 「そんなもんあってたまるけぇ。三十六計逃げるに如かず、戦ったヤツの話なんざ聞くかねーよ」 「ちょっとちょっと、なに言ってんの。俺それ聞きたくて呼んだんだよ」 「あ~、一人いたな。ネオじゃなくてオリジナルの方だったがぁ…正面から戦って『紅桜』の刀身ブチ折ったってぇ話が」 「それたぶん俺ェ!なんの参考にもならねーよッ」 銀時が肩をいからせる。 「そうじゃなくて、あんなシンドいのと向き合わなくても済むような方法ねーのかよっ、一言でいってアレの壊し方だよっ、大砲ブッ放すとかさァ、チョークの粉で爆発させるとか、磁石のデカイのにくっつけて動きを止めるとか」 「そんなのは効かねーな、アレの動きを止めりゃなんとかなるかもしれねーがぁ……あ、そうだあれだ銀の字、抵抗しねぇで身を任せると手足はしばらく動かねーが生命までは取られねーで済むとか…」 「ソレも俺ェェェーッ」 毛布のまま顔を突き出す。 「おまけに目もやられちまったんだけどッ、これナニ? なんの呪い? それともカラクリの理屈でなんとかなるわけ? 治せよ、治すカラクリ持ってこいよ、300円しかねーけどォ!」 「あぁそりゃ無理だ」 源外は即答する。 「カラクリでも呪いでもねェ、そいつぁ毒だよ」 「ど、毒ぅ!?」 「『紅桜ネオ』は生物兵器も搭載しているって話だ。人間の身体に影響を及ぼす数種の薬液を調合して放射注入できるってよ。中でも原始的な深海生物から抽出した神経毒は百発百中で失明させる威力なんだと」 「失明?」 銀時の声が上擦る。 「ちょ、なにサラっと言ってくれちゃってんの。失明だよ、失明。もっと本人に配慮するとかさぁ、ショックを受けないようにそれとなく遠まわしにとか、ちったぁ気ィ遣えよ!」 「う~ん…俺りゃ思うんだけどよォ」 源外は声を落とす。 「オメー、真選組の兄ちゃんと添うんだろ? ちょうどいい潮時なんじゃねーか。これを機にドンパチから足を洗って幕臣の端くれとして真選組の奥深くに潜りこみ、雲隠れしちまったらどうよ?」 「それは失明と関係ねーだろ!」 「戦わねぇなら目なんか見えなくても生きていけるだろうよ」 源外は溜息まじりに笑う。 「攘夷戦争は遠くなったんだ。オメーもいつまでも過去を引き摺ってるより、好いたヤツとその仲間に囲まれて安穏と暮らしてもバチは当たらねーよ」 「…じーさん」 「俺にゃその目は治せねーし、治し方も皆目見当がつかねェ。だが…もしかしたら、鬼兵隊の大将は知ってるかもな」 ぴょんと椅子から降りる。 「俺りゃこれで帰るぜ。おしゃべりが過ぎちまった。どーせ会話は筒抜けだろうが…俺が耳にした噂話ばっかだ、支障あるめぇ」 「俺も帰るよ」 長谷川が席を立つ。 「また用事があれば呼んでくれよな?いつでも待ってるから」 「あ……、うん、ありがと、長谷川さん…」 「なんだよ、元気ないじゃねーか。銀さんらしくない」 笑って長谷川は銀時の両肩にポンと手を置くフリをして耳元に囁く。 『俺が鬼兵隊の人に伝言してやろうか?』 「……墨くれる?」 銀時は毛布の中から手を差し出す。 隈無清蔵が音もなく動いて銀時の手に筆を渡す。 「長谷川さん、こっちこっち」 手招きでダンボール着衣を近寄らせると、もう墨の隙間もなく塗りつぶされた紙面の上に筆を走らせる。 「銀さん、なんて書いてあるのか読めないよ、それじゃ」 「読めんだろ」 銀時は感情のない乾いた声を出した。 「『祝儀よこせ』だ」
すっかり日も暮れた病室は、数種の警報器の小さいランプだけが点いている他は暗がりに輪郭だけが浮かび上がる異様な空間となって静まっている。 「万事屋」 そのただ中にベッドに座る銀時がいる。 「俺は屯所に戻る。ここには寝ずの番をつける。明日、退院だ。なにか足りないものはあるか。具合はどうだ?」 「あいつら…帰してくれたろうな」 「約束だからな」 「神楽は? それから…新八」 「チャイナはメガネの捜索に行くといって聞かねぇんで屯所で保護している。メガネの足取りは…はっきりしねぇ」 「ん、…そうか」 銀時は座った姿勢から横になる。 「じゃメシ食って寝るわ。神楽にも腹一杯メシ食っとけって言っといてくれ」 「あぁ…、言っとく」 「オメーもおつかれさん」 毛布の中から手がヒラヒラ振られる。 銀時の声が押し殺されたように空虚なのを土方も感じ取っている。 「聞きてェことはそれだけか」 つい土方は口を滑らせ、銀時にそう尋ねた。
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毛布ごしに身ぶるいする銀時を宥める。 「まだそうと決まったわけじゃあるめぇ。『紅桜ネオ』を試す人間は少なくねぇみてぇだ。坊主が適合させたたぁ思えねェよ。おめぇが遭遇したのは間違いなく別人だ」 「銀さん、話が見えないんだけど」 やりとりを聞いていた長谷川が口を挟む。 「新八君、超兵器を使ったヤバイ事件に巻き込まれてんの?」 「このごろ江戸の町に、また辻斬りが出とるだろう。ありゃ、電脳幹を使って変身した『紅桜ネオ』の使い手よ。坊主はその電脳幹のコピーを弄っとった。事実はそれだけで、それ以上のこたぁ無ぇ」 「それで銀さんは辻斬りが新八君じゃないかって話? だって20~30代の男ばっか狙って襲うんだろ? ありえないよ!」 「………新八は俺に懸想してんだよ」 銀時は頭を俯けたまま言った。 「こないだそう言われた。俺ァ全然気づかなくてよ。…新八のヤツ、俺を本気にさせようとあんなもんに『変身』しちまったんだろ…」 「坊主が言ったのか。おめぇに惚れてるって」 源外が尋ねると銀時は毛布の向こうで、こくと頭を縦に振る。 「やっぱおめぇだったか。それで『紅桜ネオ』を使っておめぇを攫い、坊主が腕づくで思いを遂げようとしたと、おめぇはそう言いてぇんだな?」 「か、顔は?」 長谷川が焦ったように問う。 「銀さん、新八君の顔見たの? それ本当に新八君だったの?」 「顔は……違った」 銀時が答える。 「声も。ガタイも新八とは似ても似つかねぇ。仰ぎ見るくれぇタッパがあった」 「だったら…」 「顔や体格が別人でも、それで坊主じゃねェという保証にはならねぇがな」 源外が諭す。 「電脳幹は人間の細胞配列も変えちまう。アレは人間を、顔も身体もまったく別人に作り変えちまうんだ。だがな銀の字、そりゃ別人だぜ。誓って坊主じゃ無ぇ。なぜなら素人がカラクリ技師無しで『紅桜』みてぇな変身できるはず無ぇんだよ」 「…アンタ、新八を手伝ってやったんじゃねーのか」 「手伝うもんかよ。俺りゃ場所と道具を貸しただけだ。坊主があんまり夢中になってたからよ、他でやられるよりゃ良いかってな。だが断じて手出しはしてねぇ。成功させるわけにはいかなかったから、遠目に様子を見ちゃあいたがな」 「じゃあ新八が、アンタの知らないところで…カラクリ技師の世話んなってたとしたら?」 鬼兵隊の高杉晋助だ、と土方は言った。 新八は反社会組織に踏み込もうとしている、と。 ならもう、新八は高杉の抱えるカラクリ技師の助力を得ているのではないか。 「……アイツ、あの野郎。ドンピシャ俺を狙ってきた」 あぐらをかいた銀時が毛布の向こうで顔を背ける。 「身体から触手みてーなの生やしてよ、まともに自分の言葉喋ることもできねーで…あんなんでアイツ大丈夫なのか。今、どこでどんな思いしてんだか…」 声が毛布にこもる。 「俺がもっと早くアイツの気持ちに気づいてやってりゃ、こんなことには…」 「あ、…あのさ、銀さん」 長谷川がとりなす。 「源外さんも言ってるじゃない、新八君じゃないって。絶対違う、別人だって。だからさ、まずは新八君に会って話を聞いてみた…」 「別人なら、俺を狙う理由なんか無ぇだろうがッ!」 銀時は声を荒らげた。 「辻斬りの被害者は俺に似た野郎ばっかなんだと。俺の名を呼びながら探し回ってヤッてたってさ。新八じゃなかったら、あれがトチ狂った新八じゃなかったら、他の誰が俺似の男探してそんな真似するってんだよっ」 「いやだけどさ、」 「確かに電脳幹使ってる人間は他にいるかもしれねぇよ?けどな、そういうヤツは俺に用なんざ無ぇんだよ。辻斬りが俺を狙うのがそいつが新八だっていう何よりの証拠なんだ」 「だからってお前、あの新八君がそんなことすると思うわけェ!」 「じゃあ長谷川さん、あれが新八じゃないとして、俺を狙う理由はナンだよ?」 たんたん、と銀時は自分の膝を叩く。 「アイツ、俺とヤリてぇって。ガキだと思ってたのに道具まで揃えて準備してたらしい。思春期の男なんだよなァ、アイツも。ちゃんと汲みとってそれなりの対応をしてやりゃ良かった」 「それなりの対応って?」 「一人前の男と認めて、ガキ扱いしねーで話しあう。オメーとそういうことはできねぇから他を当たれってキッパリ言い渡す」 「言っちゃうの!?」 「だってデキるわけねーだろ、そんなん。お妙になにされっか解らねーし」 「どっちにしろ辻斬りに走ったんじゃないのソレ!」 「アイツがそんなバァッカなわけねーだろ。悟りと諦めの早いヤツなんだよ。どこまでも泣きながら走ってって強引に煩悩の火を消しちまう童貞思考のニルバーナ君なんだよ」 「ニルバーナ君て何!?」 「『涅槃』という意味ですね」 それまで離れたところに佇み、けして会話に入ってこなかった隈無清蔵が両腕を背中に回した直立姿勢で告げる。 「悩みや束縛から脱した安楽。一言でいうと悟りの境地です」 「…あ、ども」 長谷川がぺこと頭を下げ、銀時に顔を戻す。 「とにかくさぁ、銀さんだって分かってんじゃん、新八君が悪いことするわけないって。銀さんが信じてやらなくてどーするのよ」 「ん、…まぁそうだけどよ」 はぁ、と大きくため息をつく。 「じゃあ新八のヤツ、あいつ何やってんだよ。反社会組織に祝言ぶち壊す手伝いしてもらってるってのか…」 ───アンタがそんなつもりなら僕にも考えがあります。 銀さんが土方さんと結婚するなんて絶対イヤだ!絶対阻止してやる! 実力行使でアンタの目を覚まさせてやる!後悔しないでくださいよ、銀さんッ! 新八の声を思い出すと、なにをどう判断していいのか考えが止まってしまう。 源外は、こほんと咳払いして話を切り出す。 「まぁおめぇの言うとおりかもしれねぇよ? あれが坊主じゃ無ぇとは言い切れねェ。だがもしそうなら一刻も早く坊主を電脳幹から切り離さねーとならねぇだろうよ」 源外の方へ無言で顔を向ける銀時に、源外は頭を掻く。 「『紅桜ネオ』は使ってるうちに気が変になって、だんだん錯乱して廃人になっちまうってぇ噂だ。電脳幹が人間の脳や身体を侵蝕していくんだろうなあ」 「切り離せるのか」 即座に銀時が尋ねる。 「どうやって?」 「そいつぁなんとも。ありゃ本人の意志でオンオフするもんだ。本人が意識を失えば、とりあえず外れるんじゃねーか?」 「あれを意識失わせるって、無理だろ。無理ムリ!」 銀時はぱたぱた手を振る。コテージで相対した『岡田』は生身で手向かいできるような状態ではなかった。 「…水とか?」 長谷川が源外と銀時を見る。 「電動のカラクリなら普通に水かけりゃショートすんじゃない?」 「オメー、なかなかいいこと言うなぁ。でもダメだな。電脳幹は完全なる防水仕様だ。水は無効だ」 「でもさ、海水に浸かったら故障したんでしょ?」 「通電中は対塵、対圧、対熱、対水、対衝撃の防御が完璧に施される。使用中に物理的に壊すのは不可能に近ぇ。通電してねェときは、その限りじゃねぇがな」 「じゃあ電気の供給を止めちゃう、ってのは?」 「もともと機動兵器『紅桜』を考案したのは鬼兵隊の大将と、大将に見込まれた稀代のカラクリ技師だ。エレキテルの遮断がなによりの弱点だってのは重々承知してたろう。『紅桜』のバッテリーは超小型で過酷な使用に耐える脅威の高性能、引火防爆機能付きの寿命知らずってぇ永久機関とも噂された、『紅桜』の肝(キモ)だ。詳しい構造は知らんが外部からどうこうできるようなもんじゃないことは確かだ」 「じゃあ他人が強制的に電脳幹を解除できないってこと?」 「そうとも言える」 がはは、と源外が笑う。 「俺の息子が担いだ大将だ、そんなヘマはしねーよう!」 得意気な源外、脱力する長谷川。 彼らの声を聞きながら銀時は、ふと思考を逸らす。 そういえば『紅桜』はもともと高杉と村田鉄矢が生み出したカラクリだ。 ああ、だから高杉が出ばってきてたのか。 『紅桜』の残骸を他人に拾われていいように使われるなんて、アイツ我慢できないだろう。 いっそ、きれいさっぱり殲滅されちまってた方が高杉もせいせいしたろうに。 ヅラの面当てか。 いやヅラはそんな気の利いた真似できねェ。
毛布をかぶって誰からも見えないのをいいことに想いを馳せる。 新八が、高杉のもとへ行った。 アイツは新八から受け取るだろうか? 悪戯の仕掛けの成果を待つように、銀時は満足気に目を細めた。
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ダンボールを洋服に仕立てたサングラスの男が入室した。 「見舞いのバナナとかカップ麺とかあったらくれない? お腹へってるんだよねぇ」 「まだ! まだだから長谷川さん! 本人かどうか調べてからだからっ!」 銀時が突っ伏したままベッドから両手を出して指をわしゃわしゃ動かしている。 「ここ! こっち来て、しゃがんで! 顔を確認すんだよ!」 「えぇ!? どうしたの、お前? なんで布団の中に入ってんの?!」 「眼が見えなくてまぶしいのッ! 光入れんな! ……んー、この手触り。やっぱ長谷川さんかなァ…?」 銀時の両手で顔に触れられて、長谷川はうっすら頬を赤らめる。 迷いなくサングラスを奪うと銀時はそれを執拗に指先で弄りまわし、全身で安堵の息を吐いた。 「やっぱ長谷川さんだ。来てくれて助かったよ…」 「いやそれサングラスだから! 俺じゃないから!」 「さっそくだが、誰にもツケられてねーだろうな、長谷川さん?」 「いやツケてはいるけど。ツケられてはいないと思う。もうどこもツケにしてくんないんだよねェ…このままじゃ飢え死にしちゃうよ、ホント」 「飲み屋のオヤジとの攻防なんざ誰も聞いてねぇんだよ」 銀時が布団の中から低い声を出す。 「解ってんの? アンタは俺の頼みの綱として来てもらったんだよ。いわば最後の砦みたいな? それがそんな意識の低いことじゃ困んだよ」 「最後の砦はいいけどさ、報酬は?なんか奢ってくれる?」 「そのへんにあるバナナ食っていいよ俺のだけど特別に報酬だから渡したから」 「これ? この給食の残り的に上んとこ切られて一本だけ転がってるこれ?」 「嫌なら俺が食う。よこせ」 「いただく、もらうってば!」 長谷川は急いでバナナを剥いてモシャモシャ食べ始める。 「うまいなァ…、ひさしぶりのマトモな食い物だ…、そういやぁ銀さん、アツアツの彼氏とどうなった?」 「な、ななななに言ってんの、長谷川さん、」 「妬けるくらい俺を放ったらかしにしてソイツと逢引してたろ? あぁつまり彼氏とツナギをつけてくれってことね。いいよ銀さん動けないんだろ? 真選組にパクられるなんて何やったのよ?」 「ちょ黙っ、俺こんど結婚すんだよ!知らねーの!?」 「え、そうなの? …誰と?」 「テレビでやってたろ」 「だって俺テレビ持ってないし。ラジオならあるけど」 「テレビくれーさぁ、家電屋で立ち見できねェ?」 「警備員がうるさくてさぁ、すぐ外へ出されちゃうんだよね」
パタン、と土方は特別室の扉を閉める。 様子を伺っていたが不毛な会話は終わりそうもない。 「どうでした土方さん。旦那がイの一番に呼び寄せた内通者は」 「あぁ…、いまバナナ食ってる」 「ありゃ、よく通報のある公園の路上生活者でしょ。もと入管の長谷川泰三」 「幕府からの切腹命令を嫌って逃げた逆臣だ。お尋ね者っちゃぁお尋ね者だな」 「でもわざわざ捕まえてお上に差し出すほどじゃねーや。さすが旦那、いい人選だ」 「あれのどこが企業秘密なんだ。ただのグラサンじゃねぇか」 「そうアンタに思わせることのできる優秀な人材でさァ…おっと、」 沖田は扉を見上げる。 引き戸が開いて中から長谷川が出てくる。 着衣のダンボールは真新しい墨で汚れている。 長谷川は微妙な顔をして二人の前を通り過ぎ、特別室から去っていく。 沖田は土方と顔を見合わせた。 「旦那、…見ないで書いたにしちゃ達筆だ」 「まんまじゃねーか!」 ダンボールには『しんぱち』『でんのー中すぅかん』『じょーほーくれ』などの字がのたくっていた。他にもいろいろ書かれていたが落書き以下の出来栄えだった。 「旦那が筆を欲しがってたのはああいうことだったんですかぃ」 「いったい誰に宛てたんだ…?」 エレベーターに乗り込む長谷川を見送る。 「あの人、あのまま町を歩く気みてーですが」 「他に無ぇだろ。他に着るもんなさそうだし」 「あれじゃ歩く広告塔だ。不特定多数の目に入らァ。旦那、まさかそこまで計算して…」 「そんな頭アイツにゃねぇよ。…ま、あれ見てグラサンに接触する人物がいたら全員身辺調査させてもらうがな」
戻ってきた長谷川は廊下で待ち構えていた土方と沖田に気安く会釈した。 「こちら、銀さんの頼みで連れてきた助っ人で…、へへっ」 彼は年配の小柄な男性を連れていた。 胡散臭いゴーグルを掛け、白い顎鬚をたくわえ、深々と頭巾をかぶったチャキチャキしたオヤジ。 「がっはは! そういうわけだ! お手柔らかにな、兄(アン)ちゃんたち!」 軍手をはめた手を振り、ガラガラ扉を開けて銀時の個室へ入っていく。 歯の欠けたオヤジには見覚えがあった。 「どうやらこっちが本命らしいな」 「旦那も意外なお人と繋がってますね。万事屋の伝(つて)もバカにならねぇや」 ピシャリと扉が閉められると二人は足早に隣室に向かう。
「容態はどうだ? おめぇ、ずいぶんとエレぇ目に遭ったみてぇじゃねーか」 頭巾をとった見舞い客、平賀源外はベッドの傍の椅子に腰を下ろした。 「『紅桜』の亡霊とやりあったってェ? おめぇも無茶するなぁ、銀の字よぉ。…解ってんだろ? ありゃとんでもねぇ代物だ。生身の人間の手に負えるもんじゃねェよ」 「俺のことはアレだけども…、新八のこと聞きてぇんだ」 毛布を頭からすっぽり被ったまま、銀時はベッドにあぐらをかいて座っている。 「あいつ、闇市で出回ってるカラクリを持ってたって話だが、そりゃアンタんとこで仕入れた物なんじゃねーのか。アンタこないだ会ったとき言ってたよな、新八のこと。ジーサン、なんか知ってんなら教えてくれ」(2話参照) 「ああ、たしかにメガネの坊主はワシの仕事場をチョロチョロしてたともよ。熱心にカラクリ弄りまわしてるんで訊いたらよォ『正面から向き合ってほしい人がいるんです』だとよ。ありゃ惚れてる目だったな」 うわはは、と笑う。 「それにしちゃ坊主の弄りまわしてるブツが違法コピーされた電脳幹でよ、何に使うんだって訊いたら 『あの人が僕に本気になるには、僕はこれくらいしないと…いつまでも僕を子供だと思ってるし、第一あの人はそういうのに積極的じゃないから。僕が強くなって仕掛けていかないと。そのための準備です』 だとよ」 「ちょい待った」 銀時が毛布から片手を挙手する。 「違法コピーされた電脳幹?それを惚れたヤツに…本気にさせるために使う? どうやって? …てか電脳幹って使えるの?電脳幹つかうって何?」 「なんだ銀の字、知らねェのか。電脳幹ってのはカラクリ家政婦の人工知能だけじゃねェ。人間が自立型のカラクリを操作するときカラクリに指令を伝達し実行させるコントロール装置の主幹として使われるんだよ。いろんなカラクリに仕込まれてるもんだ」 「はぁ、そうなの」 「合法的な家電に組み込まれてる電脳幹なんかは素人が弄ってもどうこうなるもんじゃねェ。だがな、複雑なカラクリを違法に動かす電脳幹てのもある。そいつを取り出してテメーの身体に馴染むようカスタマイズすりゃ、電脳幹に備わった機能を自在に使役できるってわけだ」 「新八はそんなヤバイもんに手ェ出してたのかよ」 「話によると、物体の理屈をねじまげて人間の細胞配列や器物の原子組成を組み替える代物まであるらしいな。恐ろしく賢い人工電脳は使った者のデータを蓄積して自己改良していき、そいつを人体や器物に忠実に再現するってェとてつもない現象を引き起こす。うまく使やぁ凡人が一瞬で超人になる。いわゆる『変身』ってヤツよ」 「……、」 「知ってるたァ思うがぁ、こないだ鬼兵隊の戦艦が内紛で墜とされただろ。その艦にしこたま積んであった紅桜が、紅桜に仕込まれてた電脳幹もろともゴッソリ海へ流出したんだと。まあ海の藻屑なわけだが、そういうのを回収して売るヤツがいるんだよ」 「『紅桜』に…電脳中枢幹なんてあったのかよ」 「ありゃ電魄(でんぱく)ってぇ人工知能を持った対戦艦用カラクリ機動兵器だ。電魄は電脳幹で紅桜に組み込む。まぁ潮に浸かっちまったからな、どいつもこいつもポンコツな不良品なわけだが、そいつを修理して新たな機動兵器『紅桜ネオ』を作っちまおうってぇ安易な輩が現れてな。そいつらは鬼兵隊なんかとは一線を画す攘夷組織集団なんだと。闇市で出回ってた紅桜の電脳幹は、ほぼそいつらが買い占めたって話だ」 「…新八が持ってた違法コピーってのは」 「おう、その『紅桜ネオ』の電魄をコピーした電脳幹よ。数少ないオリジナルは奴等が一手に握っているから市場には出回らねぇ。逆にコピーは大量に販売されている。売り上げは組織の資金源になる。若い連中の間ではちょっとしたブームみてェだな。坊主が持ってたのもそんなブツだろうよ」 「なんでそいつらはそんなもん市場に流してんだ。独占するつもりならコピーだって門外不出だろうが」 「そりゃおめぇ、あの電魄は人を廃人にするからな。組織にとっちゃ、実験体は多いにこしたことねぇんだろよ」 源外は空虚に笑う。 「力を欲しがる若者、世間に不満のあるやつら、…そんな連中を相手に電脳幹をバラまいて、うまく適合した人間を組織へスカウトする。あの『紅桜』を装着した兵が一個小隊いてみろ。なんの力も金もない組織が、一夜で天下とれらぁ」 「…てことは、ナニか。新八は、その電脳幹を使って…」 まさか。 「まさか、まさかアレが…………新八、だったってのか…!?」
その半日後、銀時の前に現れたカラクリ兵器『紅桜』の亡霊。 自棄になった新八が違法な品に手を出したのだとしたら、タイミングは合う。 信州の現場に居たというのも、アレが新八だったなら電脳幹を解除したあとを目撃されたということになる。 「そんな…、そんなの、嘘だッ」 銀時を連れ去り、身体を開かせ、性の愛撫の手管を尽くした歪な男。 新八の真っ直ぐな瞳。 あれが同じ魂なのか。 「あんなの、新八じゃねぇぇッ…!!」 銀時は拳を握って歯噛みした。
続く |
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* 高銀話です(連載中)
「あー…なに? 目ぇ痛いんだけど」 ベッドからくぐもった声が返される。 個室の中は薄暗かった。カーテンは閉められ、電気は点いておらず、ベッドのまわりに光を遮るように衝立(ついた)てが並んでいる。 それを分けて踏み入っていくとベッドの傍らに護衛の真選組隊士が一人、立っている。その隊士の上着を頭からすっぽり被ってベッドに突っ伏し、上着から銀髪の端をはみ出させている銀時が見えた。 「具合はどうだ?」 近藤が口を切る。 「少し話を聞きたいんだが、話せるか銀時?」 「…なに…なんの話? 俺が辻斬り野郎にヤラれた話? いいけど別に。なに聞きてーの…?」 「ヤツの化け物になる前の平時の素顔を見たか?」 「見ねぇよ」 銀時は上着の下から、もぞりとも動かず答えてくる。 「川んとこでヤツに捕られたあとブン回されて…気がついたら目の前まっくらで何も見えなかった」 「そうか。ならば銀時、ヤツはお前の知っている人物だと思うか?」 「………知らない野郎だった」 間を取り、声が沈む。 「俺は…あんなヤツ知らねー…」 「ヤツと話したか?」 近藤は眉を顰めながら問いを重ねる。 「声は聞こえたろ? ヤツはお前になんて言っていた?」 「…なんかいろいろ言ってたけど覚えちゃいねェ」 銀時は思い返すのを拒否するようにおざなりに答える。 「お前のモンは俺のモンだとか、伝説になりたいとか、なんかそんなんゴチャゴチャ言ってたな…」 「ヤツはお前に何した?」 近藤は簡潔に聞いた。 「ヤツの特定に繋がるような特徴的な行為があったら教えてくれ」 「…触手いっぱい生やしてた」 銀時は被った上着の端を掴んで握り、ことさら軽妙な口調で言い飛ばす。 「けどまァ肝心な生身のアナログ触手が役に立たねーんだからアイツ物笑いの種以外のなにものでもねーけどな!」 「役に立たなかったのか? アレ、でもお前…」 近藤は土方たちを振り返る。 自分の勘違いかと目で二人に問う。 土方は訝しげに銀時を凝視している。 銀時の言う『役に立たない』は犯人が挿入するに至る男性機能を持ち合わせなかった、という主旨だと受け取れる。しかし。 「旦那、完遂されてケツに中出しされてましたぜ」 沖田がシャラッと告げる。 「土方さんの指揮で現場に踏み込んだ野郎どもは全員見やした。それが地球人の成人男性のナニから出た精液であることも確認してありやす。旦那は強制わいせつと暴行罪の被害者でさァ」 「………はあ~」 沈黙が凍る前に銀時が大きくため息を吐いた。 「そんなの覚えてないっての。なんかされたってんなら、お前らの方がよくご存知なんじゃね? 俺は気ィついたら目に殺人光線刺さってきて、アイツに犯られたことなんかどーでもいい。…ってか、身体中に触手まきついてきて穴という穴に入りこんでマッサージされましたァ、それ以上でも以下でもねェよ」 「ヤツはどうなったんだ。岡田は?」 土方が銀時の様子から、ひとつの辻褄が合う線を閃かせる。 「お前を触手で弄りまわして、役に立たなくて…そのあとヤツはどうなった? なんでヤツは逃げ出したんだ?」 「…、知りませんんん~」 ふてくされたように銀時は答える。 「身体動かねーし、目は見えねーし、薬キメられてたみたいで、なんつーの?キモチいしかなかったし?それ以外なんも分かんなかったし…イッたんじゃね?ってくれーで……ってか、これ取り調べェェ?! なんでこんな恥ずかしいこと言わされてんだコラァ!」 がばっと銀時は上着を投げ捨てて身を起こす。 「んぎゃぁぁああ!」 近藤たちに向き直ろうとして、途端に両眼を隠して元の体勢に突っ伏すとバタバタ布団へもぐりこむ。 「目が、目がぁ~!」 「……なら、ひとつネタをくれてやるよ」 土方が、箱座りして丸くなる銀時に告げる。 「お前が岡田に連れていかれたのは信州の山ん中だ。俺たちでも追跡はたやすくなかった。そこに、お前んとこのメガネが居たぜ」 「…、」 「メガネは俺たち真選組を見て逃げ出した。追っかけたらな、妙なカラクリを落としていったよ。どうやら電脳中枢幹、ってヤツらしくてな。ヤバイ代物らしい。いま調べちゃいるが、カラクリが精巧すぎて手が出ねェ。闇市レベルの取引品らしいな」 土方は毛布にくるまっている銀時を見る。 「メガネがどっからそんなブツ仕入れたか、裏は取れちゃいねェ。だがメガネをそんな山ん中へ連れてって、また俺たちの前から逃走させた野郎の顔は見たぜ。テメェと深い仲だったっていう…鬼兵隊の高杉晋助だ」 「…!」 もぞ、と毛布が動く。 依然として銀時の身体は伏せられたままだ。 「メガネは反社会組織に踏み込もうとしてんだ、テメェが覚えてること話しやがれ。なにか手がかりが掴めるかもしれねェ」 「…知らねぇ、俺は何も覚えちゃいねェ!」 「ざけんなテメっ!」 「副長」 そのとき、銀時に上着を貸していた長身の隊士が止めに入る。 「それがこの人から効果的に話を聞き出す手段ですか。違います。貴方は御自分の疑念を持て余しているだけだ。結果、貴方はなんの成果もあげられずにこの人との関係を悪くするだけです」 「うるせぇ、ひっこんでろ!」 「いいえ、引っ込みません。私はこの方の護衛を命じられました。副長が相手であっても、この人の病状を悪化させるような行動は謹んでもらいます」 「なに自分はそっち側ですみてーな顔してんだ!? そもそも、なんでテメーはコイツに上着貸してんだよ! 所属はどこの隊だコラ!」 「俺んトコです、土方さん」 沖田が挟む。 「一番隊に配属された厠のスペシャリスト、隈無清蔵(くまなく せいぞう)さんでさァ」 ニヤリと笑って進み出る。 「清蔵さんの上着はアンタみてーに雑菌ついてませんからね。旦那の癒しが必要な身体には清蔵さんの鉄壁の清潔観念がもっとも効きやす」 「ぐぬぬ…、」 「真選組に、この人以上に清潔な人はいませんや。病人の世話するならこの人が適任でしょ?」
隈無は毛布の下に丸くなった銀時に自分の上着を丁寧に掛け直している。 「頼んだぜィ清蔵さん。旦那にとってバイ菌でしかない土方さんを撃退するのは清潔第一の清蔵さんしか居ねェよ」 「バイ菌ってなんだよ? なんで俺がバイ菌んん!?」 「おまかせください、隊長」 「…トシ、ここは清蔵さんに任せよう」 近藤がポン、と土方の肩を掴む。 「銀時。悪かったな。とんだ目に遭わせた」 そのままベッドの銀時に声を掛ける。 「お前をこんな事に巻き込むつもりじゃなかったんだが。…岡田は捕まえなくちゃならねぇ」 配慮しつつも淡々と申し渡す。 「祝言もあげなきゃならねぇ。お前はここを出て屯所の離れでトシと婚前生活するんだ。真選組はお前を手放すつもりはねぇからな」 「近藤さん、」 思わず責めるような視線を向けた土方を、近藤は片手で下がらせる。 「新八君のことも。俺たちのこの話がなければ彼が鬼兵隊に駆け込むことはなかったはずだ。彼を見つけ、なんとか説得して連れ戻すことに専念する。申し訳ない…!」 「…祝言」 銀時が毛布の下から問いかける。 「俺が土方君と結婚すんなら俺の罪状は問わねー…っつったよな?」 「ああ、言った」 「だったら…俺がここに見舞いに来てほしいヤツ呼んでも不問に処されるよな? 呼んでもらおうじゃねーか。俺をソイツと二人っきりにしろ」 「…誰を呼ぶつもりだ?」 銀時の目的が見えない。 まさか、鬼兵隊の高杉晋助その人を呼び出すとでもいうのだろうか。 「てめぇらに万事屋の諜報網もらすわけねぇだろ、企業秘密だ」 毛布の下で銀時が精一杯、吠えているのが分かる。 「いいから俺の言った通りに連れてこい。ソイツとの会話は誰も聞くな、ソイツを詮索もするな。婿入りする俺が真選組に不利なことするはずねーだろ、見舞い客との面会は自由にさせてもらうからな!」 「高杉はダメだぞ、銀時!」 近藤が先手を打つ。 「ヤツが来たら、いくらなんでも俺たちは見過ごすわけにはいかん!」 「誰があんなヤツ呼ぶっつったァ!? お前ら耳悪ぃの!? いいからとっとと俺のマブ友達(ダチ)連れてこいやァァァ!」 毛布を被ったまま、姿を隠した怯えた猫みたいにシャーシャー言いながら銀時は面会の希望を繰り返す。
銀時が会いたがっているのは闇世界の住人や指名手配犯かもしれない。 「好きにしろ、ただし面会人には手ぇ出すな」 銀時が毛布の下で背中をふるふるさせる。 「……あ。土方君いる?」 探すような声が聞いてくる。 土方は眉を顰める。なんで居ないと思うのか分からない。 「居るぞ」 「筆、貸してくんない?」 毛布の中から、片手だけスススと伸ばされる。 「…墨は?」 「墨も」 携帯用の毛筆セットを用立てて、ベッドの横におかれた台の上に据える。 「ここに置いとく。使うときゃウチの隊士に言え。握らせてやる」 「ん、どーも」 ひらひらと片手が振られる。 土方はその手を見て、プイと顔を背ける。 握るのも叩くのも違うと思う。 こんなとき、銀時はどうされたいのか。 なにを求めて手を伸ばしてきたのか、知りたいと土方は思う。 しかし、それを十分知り得る時間も状況も得られないまま、数十分後。 銀時が示した条件の男を真選組隊士がパトカーに乗せて病院へ連れてきた。 エレベーターを昇り、特別室の並ぶ廊下へ踏み入り、銀時の部屋の前へやってくるまで、案内の隊士たちはその男を横目でチラチラ眺めていた。
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