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* 高銀話です(連載中)
「さあ、お前らの創造主からの御命令だ! 俺と白夜叉を連れて脱出しろ、この役立たずども!」
幽霊でも見たような顔で首をもたげ、『岡田』をこわごわ見上げる。
高く高く。
続く
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* 高銀話です(連載中) 高杉の表情に、いつもの余裕ぶった笑みはない。 抑えきれない怒りに顔つきが変わっている。 藤達は抜け目なく見比べる。 鬼兵隊の兵たちと爆牙党の手勢、そして3体のネオ紅桜。 「アンタとの勝負に引けを取るとは思えないけどな」 藤達は困ったものだ、といいたげに肩を竦める。 「でもやめとくよ、危ない橋は渡らないことにしてるんだ。今日のところは退いとくさ」 チラッと高杉を探り見る。 「アンタの愛しい白夜叉をもらっていけば十分だからな」 「……なに言ってんの、コイツ」 銀時が冷めた顔を向ける。 「死にたいわけ?」 「クハッ! いいね、その言いっぷり」 藤達は銀時を惚れぼれと観賞する。 「鬼兵隊の高杉が本気で惚れてる恋しい人を、この手で組み敷いてモノにするんだ。考えるだけでゾクゾクするな。人のものを盗って性を営むのは最高のエクスタシーだよ」 「テメーのチンポ並みに粗末な願望なんざ、どーでもいいからわざわざ人に聞かせんな。ガキ共に悪い影響出たらあの世で反省させっかんな」 「君を躾けるのは楽しそうだな。知ってる、白夜叉?」 藤達は焦点のない銀時の瞳を眺める。 「真選組の目の前で君を拉致し、陵辱して思いを遂げたのは…今、君を捕らえてるその子だよ?」 「…んぇ?」 「その子はウチの門下生でな。なかなかに剣の腕が立つんだけど、みごとにネオに適合したんだ。だからそのへんのボンクラとは動きが違う。君も敵わなかったろう? 手も足も出ず、犯されて視力を奪われた」 「……」 「その子の毒液で君は全身の痛みに苦しみながら俺に抱かれることになる。当然さ、この子は紛(まが)い物じゃない。鬼兵隊の高杉が造ったオリジナルの『紅桜』の性能を、ほぼ完全に活かしたネオを装着してるんだからな」 「コイツが…あのときの、アレ?」 「そうさ。どこもかしこも可愛がってもらったろう?」 ねっとりと欲に塗れた視線を走らせる。 「この子も情念の成就に正気を失ったらしくてね。連絡が取れなくてヤキモキしたけど、今日ようやく帰ってきた。白夜叉が他の男のモノになるのを嗅ぎつけたんだろ、戦闘体勢でネオを装着したまま、ついさっき俺の元へ現れたんだからな」 「いやあの…」 「君は逃げられない。おとなしく俺のものになりな。帰ったら俺との婚礼式…そのまま床入り式だ」 「すいません、イヤです。きっぱりお断りなんで」 「そういうわけだから高杉、これで失礼するよ」 屋根の上を仰ぐ。 「貴公と物別れに終わるのは残念だけど。俺と白夜叉の子を見れば貴公も認めざるを得ないだろう。そのときは友好な関係を結べるよう期待してるさ。また、いずれ」 「あっ!」 藤達は部下たちに撤収を目配せする。 同時に『ネオ紅桜』2体へ手振りで塀の外を指す。 「あいつ逃げる気アル!」 神楽が声を立てる。 「なにやってるネ、銀ちゃん連れてかれちゃうヨ!」 「落ち着けリーダー、陰険で姑息な高杉のことだ、なにか策を講じてるハズ」 「これで無策だったら敵ながら笑えまさァ」 沖田が屋根の上を見る。 「オイ高杉ィ!真選組に隠し玉はもう無ぇぜ、テメーがなんとかしなきゃ旦那は爆牙党に持ってかれちまう、なんとかしやがれィ!」 「黙るっス、幕府のチワワがァ!」 来島また子が沖田を睨みつける。 「晋助様に気安く話しかけるんじゃないッスよ。アンタたちとは敵同士なんスからね」 「なんだとこのパンツ丸見え女。ナメた口効いてるとテメーのパンツ、シミだらけにしてやるぜ」 「フン、ガキの考えることは似たり寄ったりッスね」 「そのパンツ、シミだらけになったら脱がしてテメーの大将に拝ませてやら。せいぜい期待してなァ」 「ちょ、なんなんスか、そのドSっぷりィィ!」
妙が薙刀を構える。 「あの男が口ほどにもなかったら、銀時ちゃんの貞操の危機よ」 「待ってください、お妙さん」 狂死郎が止める。 「商売柄、私はあの高杉という人物を聞き知ってます。むざむざ恋人が目の前で連れ去られるのを許すような男ではない。銀さんの恋人にふさわしいほどに腕が立ち、頭の切れる、奇抜で柔軟な策士とか。今この目で見ても噂が誇張でないと分かる。あの男が動かないなら、我々も動くべきではない」 「そういうことだ」 近藤が不本意そうに笑い、号令する。 「真選組隊士に告ぐ! 花嫁を取り返すぞ! 爆牙党に狙いを絞れ! 狙いは塀の上の浪士だ、一人ずつ確実に捕らえろ、怪人に構うな!」 「怪人に構うなって…銀時ちゃんはどうする気ですか」 妙が咎める。 「あの毛皮なんか肩につけたビジュアル系気取りの頭領にくれてやるおつもり?」 「銀時は大丈夫だ!」 近藤が言い放つ。 「アイツは…アイツには愛情の双璧がついてるからな!」
桂も部下を動かす。 「真選組に構うな、鬼兵隊と動きを合わせろ。エリザベス、皆を率いて藤達と銀時を囲め!」
爆牙党の男たちが吠えて抜刀する。 「我らが道を塞ごうとする貴様らこそ敵だ!死ね、攘夷党ども!」 うおおおお、と書かれたプラカードを掲げてエリザベスが爆牙党に突っこむ。 塀の上で、攘夷党と爆牙党の斬り合いが始まる。
「あとは頼んだよ。適当に散って戻ってきな。帰ったら祝宴だ」 屯所の外の道路には真選組の戦車が一定間隔おきに配備され、砲口を藤達に向けている。 その一番近い戦車の砲塔から山崎がマイクで呼びかける。 「襲撃犯どもに告ぐ!君たちは包囲されている!おとなしく武器を捨てて投降しなさい!さもないと撃つぞ!」 「白夜叉もいるのに?」 藤達はせせら笑う。 「お前ら江戸のゴミは地面に這いつくばってドブさらいでもしてな。その120mm砲じゃネオの足は止められない」 道路には戦車がポツンポツンと置かれているだけで、あとは隊士の一人、パトカーの一台も見当たらない。 朝からの規制で屯所の周囲はすっかり無人となり、この騒ぎに集まる見物人も、おしかける公的機関の役人もいない。 「この調子なら戦車だけ壊せば追っ手はなさそうだ。お前ら、致命的にオツムが足りないんだよな」 藤達が唯一、姿を見せている山崎に言う。 「戦車なんか持ち出せば周囲数十メートルは発射危険エリアで生身の兵なんか置いちゃおけない。お前らは俺と花嫁の門出を黙って見ているしかないのさ。…ネオちゃん、いいから行って戦車を斬り裂いてきて?」 空身の『ネオ紅桜』2体を差し向ける。 2体は唸りをあげて外の道路へ飛び降りる。 彼らが地面に着地する、寸前に激しい電撃音がして、怪人たちの体は勢いよく弾き返された。 「なにィ!?」 1体は屯所の塀に叩きつけられ、もう1体は屯所内の庭まで飛ばされている。 藤達は怪人たちを見て、彼らが弾き返されたと思しき何もない空間に目を凝らす。 「一体、これは…?」
ガシャン、と砲塔上部の扉を開けて白ひげゴーグルの平賀源外が顔を出す。 「突貫で仕立てた戦車砲搭載型電磁波包囲装置、名づけて嫁さん奪還電磁檻作戦、俺の気分と一緒に電圧は上がりっぱなしだ、あと半日はいけるぜ、大将!」 「き、貴様…カラクリ技師!?」 藤達は度を失う。 「その戦車が、ネオを吹っ飛ばしたっていうの!?」 「難しいこと言っても素人にゃ解るめェ。加速粒子を叩き出して対象物の表面にマイナス電子を引っ張りだし瞬間的に固定してエンハンス、同時に同力価のマイナス電子をぶつけて爆発的に反発させる。まあ一言でいやぁ、人もカラクリもこの見えないエレキの檻から出られねェってこった」 「そ、そんな…!」
高杉が身をかがめて礼を尽くす。 「時間の無ぇ中、仕上げてくれて感謝するぜ。オメェの働き、カラクリの威力。まさに俺の想像以上だ」
源外は照れくさそうに紅潮する。 「あんとき、ババアの店で銀の字を取り返す算段を授けてもらってよかったよ。さもなきゃ俺りゃぁ、真選組に見当違いの特攻をかけてたとこだ」
高杉は感じ入ったように顔を伏せて笑う。 「その気性、技量…アイツに似てる。いやそりゃ、三郎がアンタから授かったものか」
堪えたように笑うと、握った手の親指を突き出す。 「この周囲四方、各戦車に搭載した電磁波同士の作用を繋ぎ合わせることで屯所は猫一匹這い出る隙間もなく反発檻で囲われた状態だ。触れる物は屯所へ向けて弾き飛ばされる。ケガしたくなきゃ檻に触れないよう気をつけな、兄ちゃんたち!」
桂が笑顔を見せる。
「爆牙党の心得違いどもを源外どのの檻へ投げつけろ。さすれば自動的に真選組どもの庭へ落ちよう。あとは奴等にどんな楽しい時間が始まろうと俺たちの知ったことではない」 にじり寄る攘夷党の志士、そして塀の下で待ち構える真選組隊士に藤達は顔を引きつらせる。 「このままじゃ捕まっちまう!」 「でもどこへ?」 爆牙党の荒くれたちも浮き足立つ。 「どうやって逃げりゃいいんですか、お頭ァ!」 「クハ、こうなりゃ白夜叉を盾にするしかない」 藤達が向き直る。 「こんな手は使いたくなかったけど仕方ない。高杉! あのジジイに言って戦車砲を止めさせろ! さもなきゃ大事な白夜叉に傷がつくよ?」
高杉が応える前に、新八が駆け出る。 「なにをしたって無意味です、貴方が高杉さんに敵うハズがない!」 「黙れ、ガキ!」 藤達は隊服を来た、眼鏡のない新八に怒りを募らせる。 「大人の話に首つっこむな! どんな躾してんだか、ろくな親じゃないだろう!」
妙が笑顔を一転させる。 「ろくな親じゃないのはテメェの方だろうが、このくされビジュアル崩れがァ!」
藤達も爆牙党の浪人たちもビビる妙の恫喝に動じることなく新八が続ける。 「僕がどうしてここにいるのか、なにもかもお話しします」 「し、新八…」 首を回して銀時は声のほうを向く。 「なにもかもって、オメー、あ、あああれだ、あんま、こっ恥ずかしい部分はナシな!」 「こっ恥ずかしい部分なんてありませんよ!」 新八は眉を立てて怒鳴る。 「アンタが定春の散歩行くとき、夜中に高杉さんと会ってるのを僕は偶然見たんです。それで確信した。銀さんが心許してくつろげるのは高杉さんの元しかない。銀さんは誰よりも高杉さんが好きなんだってね!」 「しょっぱなから、こっ恥ずかしいだろーがァ!」 「黙って聞けよ天パァ!」 「聞いてられっかァ!」 「土方さんの部屋でアンタの結婚に反対したのは、そういうわけです。アンタが高杉さん以外の人と結ばれるなんてありえない。僕は…ひそかに、二人が仲良くつきあってくれるんじゃないかって、このあいだ衝突したけど、幼馴染みなんだし、銀さんが安らげる場所を失くしてほしくない、この人のもとで安心して笑う銀さんが見たいって、そう思ってたから」 「じゃ、じゃあオメー…銀さんは俺のもの、とかなんとか言ってたのは…」 「高杉さんのものです、とは言えないでしょう。真選組の人の前で」 ジロっと睨む。 「アンタは高杉さんと結ばれる。失うことばかり多かった銀さんが大切な人と幸せになる。いつかそうなると思ってたのに、結婚なんて言い出すから、僕はあの場で決心したんです。このことを高杉さんに知らせに行こうって。銀さんに後悔しないでくださいよって言ったのは、高杉さんに顔向けできないことしないでくださいよって意味ですよ。あのあと僕は鬼兵隊の人に高杉さんに会わせてくれって頼みに行ったんです」 「なっ…そんな危ねェ真似したのかよ!?」 「危なくないですよ。埠頭に行って探しまわったらその日のうちに会えました。銀さんが連れ去られたからヘリで追う、お前も来るかって。高杉さんから声を掛けてくれて。すぐさま僕もお願いして乗せてもらいました」 「埠頭かよ。そんなとこ思いつきもしなかった」 「ヘリの中で高杉さんは僕の話を聞いてくれて…、僕の気持ちも解ってくれて。銀さんは必ず助け出すって言ってくれて…でもその前に生みだされてしまった『ネオ紅桜』を回収しなきゃならないし、真選組と結婚するって言ってる銀さんを攫うわけにもいかないから、こらえろって」 新八が意外そうに付け加える。 「高杉さんってなんでもお見通しなんですよ。真選組が銀さんに近づいたのは、おそらく見廻組とか幕府の手から銀さんを守るためだろう、そういう魂胆だろうって」 「んー…まあね、そうかもね。高杉は昔から妙にアタマが回ったからね」 「山について、危険だから高杉さんたちだけ山小屋に向かって、僕はヘリで待機してたんです。しばらくして帰ってきた高杉さんが、あそこに銀さんがいるけど連れて来なかったって言うから。どうなってるか心配になって様子を見に行こうとして…」 チラと塀の間際にいる土方を見る。 「山小屋に真選組の人たちが一杯いるのを見て、捕まると思って引き返したんです。土方さんには、鬼兵隊の人たちと行動してて悪いことしてるなって思ったんですけど…、岡田似蔵の念波が宿ってる『ネオ紅桜』の変身体をなんとかする方が先だと思って、それで鬼兵隊の皆さんのところへ連れてってもらって」 新八は詳細を明かさないよう喋る。 「そこでまたいろんな話をしたんですけど、高杉さんがどんな些細なことでもいいから銀さんの様子を全部喋れって」 「……ぁ」 「思いつく限りお話ししたら、急に高杉さんが銀さんの入院してる病院へ行くって言い出して。銀さんと直(じか)に話したかったってことですが、結局会えなかったらしくて」 「だってアイツ部屋間違えるんだもん」 「うるせぇ」 高杉が愉しげに笑う。 「そこの副長サンに一杯食わされたのさ。完敗だったぜ」 「これはもう結婚式当日に的を絞るって高杉さんが、…その、いろいろ手配して」 新八の視線が屋根の上の白い隊服の男たちを掠める。 「さっき、その人が『銀さんが大事なら狙われてるのを放置しないで手を打つはずだ』って言ってましたけど、高杉さんはいろんなところに手を回して、自分も出かけていって…僕と一緒に定春の散歩までしてくれたんですよ? ゴハンやったり毛を梳いたり…行けないときは人をやって水とエサを換えてくれて。あと、その…お登勢さんに挨拶してました」 「挨拶!? エッ? ババアに挨拶ってナニ!」 「言わなくても解るでしょう、銀さんをくださいみたいなことですよ!」 「ななな、なんだとォ、なにしてくれてんの高杉テメェ! そんなの、そんなんアリかよォォ!」 ジタバタ暴れたあと、高杉に尋ねる。 「それで…、ババアなんつってた?」 「二人、元気に生きろとよ」 高杉が薄笑いを浮かべる。 「祝福してくれたぜ?」 「…そう、……そうか。…ちょ、やべ。しばらく顔合わせらんねェ…」 「それで僕は」 コホン、と新八が咳払いして続ける。 「鬼兵隊の声明文をもって真選組に来たんです。『婚礼当日に推参する。当方の不手際により野放図に跋扈するに至ったネオ紅桜なるカラクリ兵器をこの手で一掃いたしたし。ついてはこの者を守り手として加えていただければ幸い、叶わねば恩情をもって斟酌されたし』ってね」 「お、恩情をもってシンシャク…?」 「鬼兵隊と一緒にいた僕を、事情を汲んでお咎めなしに放免してくださいってことですよ、恥ずかしいな、もう!」 新八は汗ばんだ自分の額を擦る。 「あとは見ての通りです。近藤さんは僕を隊士として処遇してくれて、この数日は隊士の皆さんの部屋に寝泊まりして号令の訓練したり、道場稽古したり。あと今日の作戦について詳しいところまで教えてもらいました」 「あ。だからヘンテコな銃もってたわけか。お前のコンタクトも眼球カバーなの?」 「いや普通のコンタクトですけど」 新八は低く答え、藤達を見上げる。 「とにかく!僕が見てきた限り、高杉さんは銀さんのために考えつく限りのことをしてきました。『ネオ紅桜』で銀さんを危険な目に遭わせ、いきなり来て銀さんを無理やり連れて行こうとする天堂さん、貴方は武士として御自分が不甲斐ないと思いませんか!?」 「なんなんだ、このガキ!」 イラッと藤達は新八を見下げる。 「お前なんかお呼びじゃないんだ、すっこんでな!」 「貴方なんかに銀さんは渡しません、なにがあっても貴方の恋人にはなりません! すみやかにおひきとりください!」 「こわっぱが、調子に乗りやがって!」 藤達は眼の色を変えて激高する。 「だったら証明してやろうじゃないか、白夜叉は俺のモノだってね。ネオの薬液には催淫剤もあるんだ、お前らの可憐な英雄がどうされるか解るだろ?」 思わせぶりに高杉を見る。 「俺の愛撫にあられもない姿を晒して初めての部分を貫通されるんだ。結婚式の初夜に男に捧げるはずの処女を今ここで俺に差し出すんだよ、お前ら全員で白夜叉の破瓜を見届けるがいい!」 「ちょ、やめて」 銀時は身を捩ろうとする。 「立ったままとか駅弁とか、オレ無理だから。こんな塀の上で富士ビタイ相手にできるほど器用じゃないからね!」 「ネオちゃん、触手から白夜叉を気持ちヨクさせるお薬を注いであげて?」 藤達が己の股間をまさぐる。 「そしたら腰をこちらへあげさせて。着物の裾を開けるように…クハッ、心配しなくても極上の快楽で男を教えてあげるよ」 「ちょ、やだって、やめてください、」 触手が伸びて銀時の身体に巻きつこうとする。 「本気でやめろっつってんだよ、後悔するよ、オメーッ!」
高杉が叫ぶ。 形相が変わっている。
屋根を蹴り、庭を数歩で跳んで塀に駆けあがり、一瞬で斬りつけることができるはず。 なのに高杉は動かない。 堪えるように拳を握って塀の上を睨みつけている。 「高杉さん、なぜ…!?」 新八は焦燥を浮かべて高杉を見る。 鬼兵隊、そして真選組隊士までもが高杉を窺う。 それでも高杉は部下を従えたまま屋根に立ち尽くしていた。
続く
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* 高銀話です(連載中)
「高杉…テメェ、なにしにきやがった…」 土方が高杉を振り向く。 藤達への構えは揺るがない、なのに高杉を見る眼には失意が浮かぶ。 「テメェらに立ち入りを許可した覚えは無ぇんだがな…」 「なァに、ちとそこの御仁に用があったモンでね」 高杉の視線は土方を通り過ぎる。 たどり着いたのは天堂藤達。 ネオ紅桜を駆使していまだ長塀の上に陣取る爆牙党の首魁だった。 「天堂。俺たちが流しちまったスクラップを糸目をつけず買い回ったんだって? ずいぶんと派手な手間をかけさせちまったようだな」 「クハッ…、それほどでもないさ」 「おまけにソイツを弄って『ネオ紅桜』なるものを売り出したとか。さぞ何も知らない連中が、こぞって金を出したことだろうよ」 「アンタに話を通そうにもツテがなかった。こんなところなのが残念だけど話ができただけでも幸運、ってな。鬼兵隊の高杉とお近づきになれて恐悦至極だよ」 藤達は上目遣いに笑う。 「今度、席を設けさせるから話しをしよう。売り上げ金や配当の。俺はアンタを敵に回す気はない。アンタに喜んでもらいたいし、爆牙党を盟友としてほしいからな」 「フン…、その話の前に片付けなきゃならねェ案件があるだろ?」 高杉の目つきが変わる。 「ソイツを離しな。二度とふざけた真似するんじゃねェ。そうすりゃ今回のおイタは不問に付してやる」 「エッ…?」 藤達は高杉を見て、キョロキョロする。 突然の風向きの変化。 目の前の『岡田』に捕らわれている銀時を見て、ようやく息を呑む。 「そういえば白夜叉はアンタと恋仲だったって…? でも確か自然消滅したんだよな。そんな今更な話、持ち出されても……フハッ、それは本気なの?」 藤達は油断なく高杉を探る。 「アンタがネオを快く思ってないのは解ったさ。俺が出過ぎた真似したのをこの白夜叉と引き換えにチャラにするって意向だね。だがその価値があるのかな?」 勢いよく銀時を指差す。 「白夜叉は真選組の土方に惚れたんだ、女になって嫁ごうとしてるものを俺がどうしようとアンタには関係ないよな? ただ単に俺に嫌がらせしたいだけじゃないか?」 にんまりと口角を釣り上げる。 「アンタは自分が紅桜に失敗したからネオで名を上げようとする俺が気に食わないんだ。それとも俺にも渡したくないほど、まだ白夜叉に未練があるっての? 鬼兵隊の高杉晋助さん?」 「て、テメッ! 高杉にヘンなこと訊いてんじゃねーよ! 殺すぞこの富士ビタイぃぃ!」 『岡田』の腕に捕らわれ、両手を捻じあげられたまま銀時がジタバタする。 「アイツが俺なんか、未練なわけねーだろ! とっくに終わってんの! てか、手軽にデキて面倒がなかっただけだから俺はアイツにとって! アイツが一番大事なのは、もうこの世にいねー人だし、そのために戦ってんの! 俺はアイツ以外ヤダったけどね!」 「可哀想に、白夜叉の片想い?」 余裕に体を揺らして藤達が笑う。 「もとはといえばネオが白夜叉を付け狙うのも部下の岡田似蔵の遺留情念で極めて危険な状態なのに、なに手を打つわけでもなく放置だろ? 白夜叉が大切なら真っ先に安全策を講じると思うけどな」 「うるせーよバカ。そんなの解ってんだよ!」 「似蔵は白夜叉を愛していた、と同時に自分の主人との一体化を望んでいた。主人に同化し白夜叉を獲得するために夜な夜な坂田銀時を求めてネオは彷徨ったのさ。苦労したんだけど、あの回路だけはどうやっても中枢幹から外せなくてな」 「あのなァ、花粉症野郎が惚れてたのは高杉だっつってんだろ。アレのどこが色恋? データになってまで俺を殺そうとしやがって、見当違いの嫉妬向けんじゃねーよ! 俺と高杉はなんもないっつーの!」 「見当違いじゃねェよ」 高杉の視線が銀時に向いてくる。 「俺がすべて投げ打ち、この身を捧げて乞うのはお前の存在だけだ。銀時」 「…あぇ?」 「お前を愛してる」 「ん…ぇえっ!?」 「愛してる」 「う…ウソ、もういっぺん言って…?」 「お前を愛してる」 「…ぅ、…も、もういっぺん…」 「愛してるぜ」 「……もういっぺん」 「愛してる、銀時ィ…」 「たっ…高杉ぃ、」 「愛してる」 「…んぁ、…も、もういっぺ…」 「いい加減にせんかァ!」 捕獲剤で地面に固めこまれた桂が遮る。 「そんなの十年前から分かりきったことだ、貴様らの茶番には付き合いきれん。さっさと銀時…いやアレを連れていけ。だいたい貴様がまごまごしてるからこんなことになったのだ」 「ご挨拶だな、ヅラ」 高杉がムッとする。 「俺りゃ機が熟すのを待ってただけだ。出際は心得てるつもりだぜ?」 「そうじゃない。貴様は手配中の身でありながら銀時と逢引していたな。なぜそのとき今のやりとりをしなかった。銀時に幕府の手が伸びると思わなんだか?」 「……」 「俺は貴様がキライだ。銀時を踏みにじるような貴様のやり方は断じて許せん。銀時の平穏を脅やかすことしかできんのなら、いつでも俺が銀時を貰いうける」 「ちょ、ヅラ。なに言ってんの」 「だが残念なことに銀時はお前を好いている。肉欲の捌け口として無体の限りを尽くし、愛情をそそぐことも省みることもない身勝手なお前を、なんの見返りも求めることなく銀時は昔から…そして今もだ」 キッと高杉を睨む。 「貴様は銀時になにをしてもいいと思っているだろう? 銀時が痛みを感じないと、傷つかないとでも思ってるのか? もし今回も口先だけで銀時を弄するつもりなら腹を切れ。介錯は俺が努めてやる」 「…余計な気を回すんじゃねェよ」 高杉は俯き、そして顔をあげる。 「こんな場所で言う気もなかったが、ちょうどいい機会かもしれねェな。…オイ、銀時。俺がお前を敵陣に置き去りにしたのを覚えてるかァ?」 「…覚えてるけど。それが…なに?」 「一度や二度じゃねェ。お前を庇うのは白夜叉の名を汚す冒涜だと思ってた。俺が武神であるお前におこがましい真似なんざできるか、ってな」 「……」 「あんとき俺の目は他を向いていた。護るべき連中もいたし、奪還すべき人もいた。ひたすら進むべき一本の道を邁進して、行き詰まるとあたりまえのようにお前に感情をぶつけ、気が晴れるまで当たり散らしちゃお前に不安と欲求を処理させていたんだ。まるで大いなる者に甘える駄々っ子のようにな」 険しく眉を寄せる。 「お前は強いから、なにをしても許されると思っていた。許される、許されないの次元であるかどうかすら考えなかった。お前が俺を支えるのは当然のことだった」 「……ん、」 「お前にも人としての処理できない感情があると、自分こそお前を支えなければならないことをてんで解っちゃいなかった。今も俺は十分に解っちゃいねェだろうが、ちったァ解ったことがある」 高杉の表情が和らいで銀時を見る。 「死んだ人間への感傷より、生きてるヤツを失わないために、あらゆる努力をすべきだってな」 「あ…、なんっ…?」 「死んでしまった人の無念を晴らすのは大事だ。しかし無念が晴れたかどうか知足するのはテメェの自己満足に過ぎねェ」 視線があがって空を向く。 「故人は俺を抱きしめちゃくれねェ。あんなにも自分を投げ打って情熱を傾けたところで、あの人と話すことも触れることもできやしねェ。そうこうしてるうちに俺はまだ生きて触れるヤツを失って、また触れることもできなくなったと悔やむんじゃねェか。そう思ったら銀時…テメェの生きて在ることが法外な衝撃すぎて寒気がした」 ふと銀時に笑いかける。 「お前がいなくなったら俺りゃ死ぬ。お前なしじゃ生きていけねェ。どんなにお前が最愛のものか、消息が知れなくなって初めて知れた。同時に問うた。俺がお前に何をしてきたか、お前を大切にしないで何を成すのか、とな」 「じゃっ…じゃあなんで、腑抜けだのナマクラだの言ったんだよ!?」 銀時の怒りが解けて出る。 「幕府と契って野垂れ死ねつっただろうが! それってこないだだよな? 一週間も経ってないんだけど、お前は最愛のヤツにバカだのツラ見せたら斬るだの誰と寝ようが勝手にしろだの言うわけェ!」 「そりゃテメェが土方を選ぶっつったからだ」 唇を引き結ぶ。 「あんとき、俺をきっぱり拒んだろうが」 「どんとき? いつ? それなに!?」 銀時は羽交い締めのまま身を乗り出す。 「俺、お前に誰を選ぶだの拒むだの言ってねーよな!?」 「『鬼籍に入る覚悟はあるか』って聞いたぜ。そうしたらお前は『ねェ』って答えた。てことは俺と死線をくぐる気なんざねェってことだろうが」 「は……、はぁ!?」 「『心穏やかに暮らしてェ』ってのは真選組との安穏とした生き方をするって意思表示でしかあるめーよ」 「な、なに言ってんのォ!? お、俺はだな…、う……っ、うぎゃっ、」 銀時は一旦絶句して顔を赤く染めていく。 「俺は、『幕府側にまわって殺される覚悟はあんのか?』って聞かれたと思って、お、おま、おまえの敵になんかならねーって…、できりゃお前と二人、のんびり暮らしてーよって、俺にとっては精一杯のお誘いだったんだけどォォォ!」 頬をふくらませ気味に騒ぐ。 「だからそれ蹴られたと思うだろ!?勝手にしろ、幕府にでもしがみついてろっつわれたんだからさァ! あんときだってなんで急にテメェが現れたんだか解らねーよ、いきなり乗っかってきやがって、待てつってんのに出し入れして、テメェは昔っからなんにも変わってませんんん!」 「黙れ。テメェを攫ってった野郎は真選組の手にゃ負えねェ。アレを止められるのは俺だけだ。テメェを助けられるのが俺だけなら、行かないわけにゃいくめーよ」 高杉も心外、とばかりに目を怒らせる。 「なのになんだテメェは。俺だと十分解っちゃいながら騙されねェとか、俺と思わせてるだけで俺じゃねェとか散々ほざきやがって…そんなに俺が嫌だったってのか」 「あああ、あれはっ…、」 銀時はピタっと動きを止める。 ぐっと詰まり、視線を逸らしてさらに顔を赤くする。 「こ、こんなトコで言えるかァァ! あんな醜態さらしてんのをテメェに見られてどんだけ肩身狭くて死にそうだったかテメェに解るかァ! 解んねーだろうボケがァ!」 「…アァ?」 「ただでさえテメーにはのうのうと暮らしてるとか蔑まれてんのに、カラクリ装着してるとはいえちょっと剣術噛ったくらいの鈍臭い素人に、あんなとこまで持ちこまれて、まるで俺が股関節ゆるいみたいじゃねーかァ!」 「……」 「だから俺は思いついたね。あ。そうだ。コイツ高杉じゃねーよ。だから高杉に見られたことにはならねェから大丈夫。って必死でテメェじゃねェって思いこもうとしてたんだぞ、ゴラァ!」 「なんのために?」 「んあ?」 「なんのために俺じゃねェって思いこもうとしてたんだ?」 「そりゃお前、助けにくるはずない高杉が助けにきて、躯も間違いなく高杉でキモチいのに、でもやっぱり違ってましたァ別人でしたァっつわれたら、崩れちまうんだよ。俺の心が」 銀時は薄く笑みを浮かべる。 「あの状況で崩れたら立ち上がれねェ。助かる保証はなかったし、まだ自力で脱出する気でいたからな」 「…ククッ。あいかわらず助けをアテにしねぇ野郎だな」 高杉が呆れたように見下ろす。 「だがテメェにそういうクセをつけさせたのは俺だ。テメェをさんざんな目に遭わせた。嫉妬し、蹂躙し、束縛して放置する。毎日がそんなだった」 「いや、そこまでひどくは…」 「テメェに犯しちまった悪行を謝りてぇ」 切ない瞳で問いかける。 「すまなかった。銀時」 「…ぇ、…なんでお前が謝んの?」 「できりゃ、償いてェ。今日は、テメェの気持ちを確かめに来た」 「ま、…マジで?」 「紛らわしい聞き方はすれ違いの元だ、単刀直入に訊くぜ」 「ん、お、…おぅ、」 「俺はお前と共に生きたい。離したくねェ、愛してる。お前も俺と一緒にいたいと思っちゃくれねェか?」 「そっ…そりゃもちろ」
藤達が銀時の口元を手で遮る。 「伝説の恋の成就を目の当たりにできるのは胸踊るけど、白夜叉を手に入れるのを俺はずっと夢見てきたんだ」 「あぇ…?」 銀時はボンヤリ藤達を見る。 まるで他の世界から戻ってきたように。 「なにお前。なんでここに居んの?」 「クハ、可愛いことを…すぐに俺しか見えなくなるのにな」
「アイツ、めげねーな」 沖田が囁く。 「見なせェ、土方さんなんか圧倒的な勢いで観客を黙らせての告白合戦に、みごとに肩おとしてぼっきり心折れてまさァ。ありゃしばらく立ち直れねーな」 「あの程度でめげてどうする」 桂が鼻を鳴らす。 「攘夷者など、昔から自分の主張をするだけの集団だ。言ったもん勝ちだからな、藤達は引かんぞ」 「アイツ邪魔アル」 神楽が憤慨する。 「銀ちゃん、あの高杉のヤバイ匂いにめろめろしてるのに、なんで銀ちゃん離さないアルカ?」 「戦力に自信があるのだ」 桂が言う。 「ヤツはまだ『ネオ紅桜』を3体、保有している。高杉の兵力が未知数とはいえ強気に出るには十分な手駒だろう」
「銀さん…!」 新八は捕獲銃の点検をしてもらいながら長塀を見上げている。 妙、そして狂四郎たちも高杉と銀時、藤達を不安そうに見やる。 花野アナは鬼兵隊や爆牙党、隊士たちの動きを見てはいるが一言もない。 近藤は複雑な表情で銀時と土方を見ていた。
高杉の声がものものしい響きを帯びる。 「さもなきゃテメェはここで終わりだ。無様を晒したくなきゃ消えろ」 「クハッ、吠えるのは結構だけどな」 藤達は笑いながら試すように高杉に挑む。 「それだけのコトを俺に指図する武力を今ここに鬼兵隊は持ってるの?」
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*高銀旅小説『高銀の話』7月3日更新 http://blog.livedoor.jp/rumoihide/
土方が、部下から銃器を受け取り、ゆっくり藤達の方へ歩いていく。 「御禁制品の所持改造、闇ルートでの販売、一般人への不正使用。『ネオ紅桜』事件の首謀者として貴様とその一味を逮捕する。神妙にお縄につけ」
藤達は肩を竦める。 「白夜叉はお前らみたいな町民あがりの手には負えないよ。武勲の刻まれた神々しいその身をすみからすみまで愛でるのは真の武士にこそ許された栄冠」 声を張り上げる。 「真選組を皆殺しにしてその血を白夜叉に捧げろッ、岡田似蔵の執念が生み出した化け物ども、せっかく飼ってやってんだ、最高に面白い見世物を見せなッ」
銀時が不快そうに口を押さえる。 「厨二病こじらせてるみたいなんだけど」 「仕方あるまい。ヤツには戦争の体験などない。年長者から聞いて特殊な夢を描いているだけだ」 「んだよ、あれ実はガキなの? オッサンなのは見かけだけ?」 「見かけだけじゃなく俺たちより年上だ。大事にされすぎて戦争に参加できなかった劣等感があるらしい。戦場を馳せた白夜叉という英雄像で自分のふがいない履歴をすりかえたいのだろう」
藤達は桂へと視線を下げる。 「貴公も真選組から白夜叉を奪還しに来たんだな。攘夷党と共闘できるなんて皆から羨ましがられるだろうさ」
桂が告げる。 「銀時…いや白夜叉、…いやアレをおかしな男と添わせる気はないのでな。真選組に渡す気もないが、貴様がふさわしいとも思えん」 「オイなんだそれ。お前は俺のお父さんか」 「今すぐ手を引けば今回のことは目を瞑ろう。だがこれ以上、悪さするつもりなら貴様は攘夷党を敵に回すことになる」
藤達が意気揚々と宣言する。 「貴公が切り捨てた『紅桜』がどんなに有意義であるか、その特等席で御覧になるといい。ついでに貴公の窮地もお救い申し上げるよ、そのあかつきには攘夷党ごと我が傘下に降(くだ)っていただこう」
桂は真選組と対峙している部下たちに言い放つ。 「藤達の蛮行を許すな。攘夷の徒といえど、俺たちと志を異にする者たちだ。今は真選組にかかずらってる場合ではない。市民の敵、攘夷の敵を一人残らず撃退しろ」
藤達は目を剥く。 「ならば捻りつぶすまでだ。攘夷党を殲滅し、爆牙党の実力を世間に知らしめてやる。皆、松陽の弟子は強力な旗印だ、白夜叉と貴公子だけ生け捕りにして。あとは、…ヤッちまいな!」
攘夷党、そして真選組を威圧しながら仕掛ける隙を狙う。 「ぎ、銀さんっ…!」 新八は銀時を後ろに置いて構える。 「そのまま真っ直ぐ下がれば傘ですからッ」 「了解~」 「メガネ、お前も傘に入れ」 土方が煙草を取り出す。 ライターで火をつけると深く一服する。 「テメーら。チャイナを先に溶かしな」 捕縛剤の一塊に溶剤をかけている隊士たちに命じる。 「早いとこ傘ん中へ放り込め」 「土方さん…!」 「できりゃテメーらの友人も…って言いてぇとこだが、そんくらいで定員オーバーだからな」 「僕らだけ逃げるなんて、そんなことできませんよ!」 「標的が居なくなりゃ敵さんも退くしかねぇ。そのほうが俺たちも助かんだよ」 「だったら銀さんだけ隠せばいいでしょう!?」 「なにかあったときはオメーらが最後の守りだ」 土方は銃器を担ぐ。 「銀時を頼んだぜ」 「なにアルカー?」 神楽は目をきょろつかせる。 「オマエらなんの話してんだヨ、傘ってなにヨ?」
近藤が下半身の捕縛剤を溶かしながら叫ぶ。 「対器物衝撃砲、発砲許可ァー! お妙さんッ下がって! かぶき町の皆さん、全員池から離れろォ!」
屯所の屋根を遥かに超える高さから銀時めざして降下してくる。 「一番隊、前へーッ」 土方が号令する。 神山ほか特殊な銃器を構えた隊士たちがバラバラと集まってくる。 銃器の後ろからは太いコードが伸びて母屋に繋がっている。 そのコードを絡ませないよう苦心して場所取りすると片膝ついて銃器を担ぐ。 「構えーッ」 土方は立ったまま照準を合わせる。 飛び込んでくる『岡田』は一体だけ。 そのことに眉を顰める。 「やれやれ…こいつァ本当は総悟の仕事だったんだがな」 息を止めフィルターを噛んで銃器を構える。 「撃てーッ」
屯所の庭のいたるところ、居合わせた人間たちの肌身に小波のように圧迫が押し寄せる。 狙いの中心にいた『岡田』は見えない力に押し戻され、空中で姿勢を崩す。 『グハァ…!』 そのまま見えない銃弾で押され、『岡田』は着地点に届かず池の中央に飛沫をあげて落下した。 「よしゃーッ!」 近藤が拳を握る。 「その調子だッ、お前ら上手だな!」 『グハ…ゴホッ…ガァァァァ…!』 ざんぶりと池に浸かった『岡田』は立つこともできずに暴れている。
藤達は気がかりそうに池に落ちた『岡田』の様子を窺っている。 「なんの武器だか知らないが、たかが水の中に落ちだだけだろ。そのネオは無傷さ、戦いにもなっちゃいない。なのになんでバカみたいに喜んでんだよ?」
不敵に睨みをきかせて笑う土方。 「こいよ。次はどいつだ?」
花野アナが密やかに実況する。 「池に落ちた怪人があがってきません。苦しそうにバタバタと手足を動かしています。真選組は怪人の無力化に成功したんでしょうか? でもまた4体の怪人と爆牙党襲撃の脅威が続いています!」
「…クハッ!そんなのコケ威しに決まってるだろ、ちゃんと戦えよ、この役立たず!」 藤達は池の中の『岡田』に怒鳴る。 『岡田』は突いた手をブルブル震わせては何度も水の中へ倒れこんでいる。 「水に濡れたくらいで使えなくなるようなヤワなはずがないんだよ、甘えんなダメ野郎! オレに恥かかせたらどうなるか解ってるな?」 「やめろ、天堂!」 近藤が真顔で制止する。 「あの池は生き物の動きを止める仕掛けがしてあるんだ。アイツは甘えてるわけじゃない、動きたくても動けないんだ!」 「なんだって?」 藤達は身構える。 土方は額を押さえる。 「なんでわざわざ教えんだよ、近藤さん」 「いや、あんまりアイツが理不尽なこと言うからさぁ、」 「もう遅いでさァ」 沖田があさっての方を見る。 「池を改造して有害電波で満たし、一度浸かった者は自力じゃ上がれねェ。そんな仕組みだってこと、敵に気づかれちまいやしたぜ」 「解説すんなァ!」 「有害電波?そんなものでネオを止められると思ったの?」 藤達は無理にせせら笑う。 「鬼兵隊が開発した『紅桜』はあらゆる障害をはねのけて作動するし、とりわけ電磁波なんて無効中の無効だよ」 「『紅桜』は関係ないでさァ。あの有害電波は生きてる部分に効くんで」 顎で池の方をしゃくる。 「見なせェ、長谷川さんを。まだプカプカ浮いてるでしょ」 「あっ!」 近藤が焦る。 「助けてなかったの!?」 「山崎にスイッチ切りに行かせたが、敵襲で電源切れなかったんだろ」 土方は煙草を噛む。 「んで山崎は戻ってねぇのか。あいつまたミントンかよ」
桂が解釈する。 「つまり、あの池の水は『ネオ紅桜』だけではなく普通の人間にも危険な罠だな。ハマったら最後だ」 「殺すほどの威力はねぇんで、最後ってほどじゃねぇぜ」 「捕らわれれば最後だろう」 「それを言うなら、始まりでさァ。楽しい時間のな」
「なら、池に注意すればいいわけだな。解ってしまえば恐るるに足らず」 屋根や電柱にいる怪人たちに檄を飛ばす。 「行け、お前ら! 真選組を殺せ、あの二人を奪え!」
衝撃銃の狙いを向けるが素早い動きで隊士を撹乱する。 「クッ、散開!」 土方が砲手を散らし、多方向からの砲撃を指示する。 見えない衝撃波を掻い潜って二体の『岡田』が隊士たちに襲いかかる。
近藤が屋根の上の白い隊服の男たちに怒鳴る。 「味方ごとで構わん、捕獲銃で止めろ!」
主だった男が応えてくる。 「そちらの砲撃を止めていただかないと」
新八が悲鳴のように叫ぶ。 「来ましたよ、銀さん! もう傘で逃げてください、アンタだけでも!」 「んあ? なにが来たの?」 「『岡田』の変身体ですよ、皆、手が塞がってるんで、僕らだけガラ空きだから…!」 様子を窺っていた三体目の『岡田』が銀時と新八のもとへやってくる。 遮るものもなく二人は『岡田』の目の前に立たされる。 「危ない銀ちゃん!」 「銀時!」 「なにやってんだぃ、土方コノヤローッ」 一番近い三人が捕獲剤の中で騒ぐ。 溶剤をかける隊士たちも身を低くして逃げていく。 「あわ、あわわわ…!」 新八は手持ちの捕獲銃を構える。 正面に来た敵に必死で引き金を引くが、カシャカシャと虚しい音が響くのみ。 「なんで出ないんだよ!?」 「どけ。新八」 銀時が後ろから新八をよけさせる。 「木刀よこせ」 「ありません、刀ならここに…! でもっ、」 「貸しな。オメーが抜くよりマシだろ」 「どっ、どういう意味ですかそれ!?」 「お前が目になれ」 新八から隊士用の刀を手渡されると銀時はスラリとそれを抜く。 「ヤツの攻撃の左右を教えろ」 「銀さん!」 『グォォォォォッ…サカタッ…サカタサカタサカタァァァァァ!』 両腕が上から覆いかぶさってくる。 新八は震える口でなんとか声を出す。 「上から二本、腕がきますッ!」 「あ、そう」 銀時は刀を構えたまま微動だにしない。 触手と刀の生えた腕が銀時に掴みかかる。 と見えた瞬間、銀時の身体が『岡田』の腕を駆け上がり、怪異の頭髪を握ってその肩に立っていた。 「銀さん!?」 怪異が大きくのけぞる。 銀時の刀の柄が『岡田』のこめかみを殴打する。 『アガァ!』 一声叫んで『岡田』は頭を抱える。 どう身体を使ったのか新八には見えなかった。 しかし銀時は既に『岡田』の腰を蹴って地面に着地している。 その姿は掛下の着物に帯を締めただけの身軽なもので。 「動きずれーな、これ」 綿帽子を掴んで脱ぎ捨てる。 崩れた『岡田』がドサリと膝を突く。 白い化粧に赤い唇、印象的な双の瞳。 新八が思わず見とれていると、真っ白な打ち掛けが袖を広げて玉砂利の上に舞い降りてきた。 「ぎ、ぎ、銀さん、これ…?」 「んだよ」 露わになった少し長めの銀髪が陽の光を煌めかせている。 新八は気恥ずかしさに目を逸らし、うずくまる怪異に銃口を向ける。 「これは『岡田』の変身体じゃなかったんですか?なんでこんな呆気ないんでしょう?」 「そりゃオメー、あれだよ。コイツがド素人だからだよ」 銀時はこともなく答える。 「いくらカラクリを装備しようと、それを使うのは中身の野郎だからね」 「あっ…『ネオ紅桜』の中枢幹を使ってる人!」 「動いてねーし分かってねーし、コイツ実戦どころか普段あんま身体動かしてねぇんじゃね?」 「そ…、そうなんですか?」 「トドメは刺してねーからよ、早いとこ池ん中ブチこめや。でないと止まんねーぞ」 「エッ?」
『グガッ!』 『岡田』の眼球の色が変わっている。 新八にも憤慨が見てとれる。 この中身は、武道にも縁がない一般の人間なんだろうか。 「危ないッ」 立ち上がりざま伸ばしてきた触手を。 あでやかに薙ぎ払ったのは駆け込んできた狂死郎と妙だった。 「大丈夫ですか、銀さん。新八君」 「きょ、狂死郎さん…!」 「ここまで弱体化していれば我々の手にも負えます。目の見えない銀さんがここまでやってくれたんだ、あとは私たちに任せてください」 「そうよ。近藤さんたちも白い液まみれでよくやってるじゃないの。ここは花嫁のためにも、私たちが踏ん張らなきゃね」 「姉上っ…!」 「これ、全国中継なんでしょう? 恒道館道場の名を知らしめる絶好のチャンスよ」 妙が新八に耳打ちする。 「銀時ちゃんの神技にあこがれて入門したがる女の子がいるかもしれないわ。ブライダル護身術として売りだせばアッという間に希望者が集まって道場を再建できるわよ」 「そんな再建でいいんですか…?」
キリ、とハチマキを締めたキャバ嬢の集団が槍や薙刀を構えて弱った『岡田』を取り囲んでいく。 「袋叩きにしちゃおうよ」 仕切りなおしたホストたちが進み出てくる。 狂四郎が言い渡す。 「池へ落とせ。命まで取る必要はない、動きを止めればあとは真選組が引き受けてくれる」
「大丈夫です。つついて水へ追い込むだけですから」 「オメーらが危ないつってんだよ」 「その心配はないでしょう」 狂四郎が銀時に応える。 「アナタの一撃が効いて、あの男はロクに動けませんよ」
ワァワァと追い立てる威勢のいい男女に行き場をなくして池へ転げこむ。 大江戸テレビはその様子を華々しく写しだした。
花野アナが興奮気味に解説する。 「池の仕掛けといい、セメント作戦といい、真選組、よく持ちこたえています! しかも信じがたいことですが、あの怪人を相手に見事な立ち回りをみせた花嫁は、実は目が治っていなくて見えていないという情報が入ってます! 真選組一丸となって敵を迎え撃っております!」
「ンハッ、このまま済むわけないのにな」 藤達が焦れた形相で背後の『岡田』に命じる。 「あいつら、てんで期待外れだ。次はお前が行け。うまくやれよ、これ以上爆牙党の名を汚すことは許さないからな」 並ならぬ力量を匂わせる最後の一体。 それが藤達の前から飛び去ると、近藤に挑みかかる。 「うおぉッ!?」 近藤は手にした刀で受け止めるのが精一杯だった。 しかもまだ足は地面に固めこまれている。 『やべえな、コイツ…』 近藤が顔つきを変える。 次の一撃に備えて構えると、しかし『岡田』はクルリと背を向けて別方向をめざす。 「あっ、オイ!」 拍子抜けした近藤は、しかし目を見開く。 「トシィィィィィ!」 『岡田』は土方を狙っている。 土方は先の二体に翻弄され、隊士を率いて戦っている。 ガシィ…と怪腕が土方を斬る。 「うぐッ、」 土方は担いでいた銃器で『岡田』の剣を止める。 『岡田』は薄笑いを浮かべて嬲る。
二撃、三撃あたりで銃器は盾にもならなくなる。 「副長ォォォ!」 「…い、いいから撃てッ」 片腕を不利な体勢で受け止める。 「かまわず池へブチこめッ!」 「イエッサー、副長!」 グリグリ眼鏡の神山が敬礼すると、おもむろに鍔迫り合う二人に衝撃砲を向ける。 「隊長からの教えでは、撃つときはためらわずに撃てと!それがたとえ副長でも、むしろ副長と一緒に敵を葬り去れと!」 「御託はいいからとっとと撃てやァ!」 「イエッサー副長!」 神山が生真面目に引き金を引く。 サッと身を躱して『岡田』は土方に背を向ける。 「待ちやがれ、オイ!」 売られた喧嘩。 土方は気を立てたままその背中を追う。 衝撃砲は誰にも当たらず空へ吸いこまれていく。
見ていた沖田が呟く。 「やっぱりアイツは狙いが悪ぃぜ」
「あれ、新ぱ……、ッ!?」 なにもない空間を手探りしていた銀時の身体が、咄嗟に反応した。 迫る敵に身構える。 しかしどこに飛びのくこともできず、背後に飛び降りてきた『岡田』に振り向きざま抜刀して振り抜く。 『グギギギギギ…』 怪人は笑ったようだった。 少し顎をそらし見下すように。 「…くッ、」 大刀を握った手首が掴まれ、捻じあげられる。 銀時の顔が苦痛に歪む。 このまま捻じられれば手首が砕ける。 「銀時ィィィ!」 近藤、桂、そして神楽と新八。 「銀ちゃぁん!」 「銀さんっ」 「テメェッ、」 土方が走ってくる。 「そいつを離せェェェーッ!」
銀時の指から柄が離れる。 ガシャ、と大刀が落ちる。 すかさず『岡田』は銀時の両手を上でひとつかみに纏める。 背中から片腕を回して帯ごと抱きとると、斬りつける土方を躱して跳躍した。
騒ぐ者、走る者、武器を取る者が数人いたが、主には茫然と見ているしかなかった。 隊士も、ホストも、キャバ嬢も。 白い隊服の男たちも。 神楽や新八まで、非情な光景に動けないでいる。 花野アナのせわしない声が非常事態を告げている。 どこかで銀時は守りきれると思っていた。 安全圏にいるような気がした。
「クハハハハハッ! ほらね、俺の勝ちだろ?」 銀時を捕らえて戻ってきた『岡田』に、してやったりと藤達は目を細める。 「他のコピー品はともかく、この子のは回収した本物の『紅桜』をベースに使ってるんだ。白夜叉だろうが真選組だろうが赤子の手をひねるようなものさ」
「テメェ、藤達ゥゥゥッ!」 爆牙党のたむろする塀の下へ土方は走っていく。 「銀時を返せッ返しやがれッ!」
銀時の白い頬を指の背で撫でる。 「聞けば女になったとか。ますます愛でる価値があるというもの。たっぷり可愛がらせてもらうよ、すぐに俺の子を孕むだろう」
銀時は顔をそむける。 「生きてることが嫌になるから」
藤達は池に落ちた二体と地面に縫い止められた一体を一瞥すると、真選組と組み合っている二体の『岡田』を呼び寄せる。 「お前たちも引き上げるよ。こんなところ長居は無用」 口の両側をつりあげて土方を見下ろす。 「バイバイ、真選組さん。せいぜい花嫁を寝取られたマヌケ面でも世間に晒せばいい」
よく通る低い声が藤達の動きを止める。 「こんなところまでノコノコやってきたお前たちに帰る途なんか無いぜ」 「誰!?」 藤達は声のする方を振り向く。 屯所の母屋の正面、一番高い屋根。 さきほどまで誰も居なかったそこに。 「罠にかかったとも知らずに素で花嫁強奪を決行するたァ」 ククッ…と笑って隻眼が見下ろす。 「テメェはとんだ三文役者だよ」
被っていた笠を取ると左目の包帯が誰の目にも見える。 背後には武市変平太、来島また子、その他の鬼兵隊隊士が控えている。
藤達の足元がよろめいて蹈鞴(たたら)を踏む。 「鬼兵隊の、高杉晋助…!」
庭に居た者たち、大江戸テレビのカメラも屋根の上を注視する。 奇妙な静けさがあたりを支配した。
拍手ありがとうございます!
のちほど拍手へのお返事をさせていただきますね!
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* 高銀話です(連載中) 銀時は真近な少年の顔面を掴む。 「本体どこだ、新八の本体!?」 「この忙しいのに、そのボケやらないと気が済まないんですかっ!?」 「だって大事なところだろ?新八かどうか。もしかしたら別人かもしれねーし」 「僕ですよ。コンタクトレンズで変装してたんです。近藤さんに頼んで、ここに潜り込むためにね」 「コンタクトレンズぅ? そんなの眼鏡掛け器ですらねぇじゃねーか! 認めないよ、俺はお前が新八だなんて!」 「すいません、今そのボケにかまってるヒマないんで」 「お前、どこにいたの? 何してたの? んでどっから出てきたんだよ!?」 「詳しい話はあとにしましょう」 「あとにしましょう、じゃねーよ! 勝手なことして行方不明になっちまうからどんだけの人間が心配したと思ってんだ!」 「もとはといえば銀さんが悪いんでしょう、こんな結婚するなんて言い出すから!」 「おまっ、ふざけんな! お前をアレにさせたのは俺なんじゃねーかってさんざん思いつめたんだからな、今ここでハッキリ聞かせてもらいますぅ!」 「そんなこと言ってる場合ですか、目の前に『岡田似蔵』の変身体がいるんですよ!?」 「この期に及んでウヤムヤにする気は無ぇ! 新八、お前、俺の結婚話を潰すためにアレに変身したのか? すべては俺にそういう欲求をぶつけるためだったのかよ!?」 「違いますよ! たしかに結婚には反対しましたけど、なんで僕がアンタにそういう欲求ぶつけなきゃならないんですか!」 「え、だってお前…俺に惚れてるんじゃないの?」 「僕のはそういうんじゃありません! 『ネオ紅桜』の中枢幹は弄ってましたけど、それは鍛錬に使えないかと思っただけで、変身なんかするわけないでしょう!」 「鍛錬? んじゃあ、あれ、お前じゃねーの!? 俺にいろいろしてきたのって…ま、まさか…」 「僕が変身してやったと思ったんですか。目の前で『紅桜』の最期を見届けた僕が『ネオ紅桜』なんかに手を出しませんよ!」 新八が言い切る。 「僕は『ネオ紅桜』で変身したことはありません。だいたい、専門家でもない限り普通の人間に変身なんて無理ですよ」 「そう…か。アレ、お前じゃなかったんだ」 銀時は深く息を吐く。 「んじゃ、後悔させてやるとか、道具を用意してたとか言ってたのは?」 「オモリとか竿とか、家で自主トレする道具です。こないだ銀さんが『紅桜』に本気になってたの見て、あのレベルで特訓すればアンタに本気になってもらえるかなって『ネオ紅桜』も手に入れましたけど、結局なんにも使えなかった」 新八は照れた声で告げる。 「僕はアンタに剣の稽古をつけてほしかったんです。身の程知らずなのは解ってるけど、一度くらい…パワー全開の銀さんと戦ってみたかったから」 「そっ…、」 銀時は瞑った目に力を入れる。 「それでこの騒ぎィ!? ちょ、おま。そーいうのはクチで言やいいだろーがぁ!」 「クチで言ったってアンタ特訓とか絶対してくれなかったじゃないかぁ!」 「とにもかくにも、あの泣けるインポ野郎はオメーじゃなかったんだな!?」 「なんですかその不名誉な称号ォ!」 新八が目を吊り上げる。
「なんのことか知らないけどッ、アンタのただれた交友関係を僕に当てはめないでくださいよ!」 妙が柵のもとから呼びかけてくる。 「自分の弟とはいえ眼鏡がないとイマイチ誰だか解らないわ。いつのまに真選組に居たの? 近藤さんも御承知だったんなら、志村家に連絡のひとつもないってどういうことかしら?」 「すみません、姉上」 新八が声を張り上げる。 「僕から近藤さんに頼みこんだんです、姉上にも内緒にして欲しいって」 「あら。それなら私がこんなところに乗りこんでくる必要は無かったってこと?」 ころころと妙は笑う。 「そんな勘違いをした覚えはありませんよ。かくなる上は新ちゃんが嘘を本当にしてしまえばいいのよ」 「あ、姉上!?」 「新ちゃん、銀時ちゃんを志村家の嫁として連れてきなさい。それなら家の敷居をまたがせてあげても良いわ」 「そんなの無理に決まってんでしょう! 銀さんはね、…うわあっと!」 怪異が近藤と土方を掻い潜って触手を突き刺してくる。
間一髪、新八は銀時もろともそれを避ける。 花野アナがマイクに叫ぶ。
「狙いは花嫁のようです! あの禍々しいカラクリまみれの巨大な男が、花嫁をどうしようというのでしょうか!? 真選組との戦闘が続いていますっ!」 『岡田』の動きを押さえている近藤が振り返る。 「俺ごとで構わん、こいつを撃て!」 「近藤さん!」 「トシは最後まで銀時を守れ、いいな!?」 「しかし…!」 「コイツを足止めせんことには、どうにもならないんだ! こいっ、新八君!」 「………わかりました!」 新八が意気込みを見せる。 背中に担いでいた銃器を下ろして構える。 気配に、銀時は新八から距離をとって下がる。 「あ。…なぁ新八…、手が空いてたらでいいんだけど…オマエやっぱ…、アイツんとこ居たの?」 「アイツって誰のことですか?」 「…うぐ、」 「ウソですよ」 「て、てて、てめっ!」 「『岡田似蔵』の変身体を仕留めたら全部お話しします」 「今話せ。どうせクチは空いてんだろ」 「銀さん、緊張感なさすぎですよ」 「だってなんにも見えないんだもの」 「見えなくたって、アンタ狙って触手向かってきてんですよ?!」 「なんで俺なんか狙ってんだよ。やっぱ生きてたのか、生きてたんだな、あの花粉症リーゼント野郎」 「岡田似蔵…のことですよね?」 「ああ。アレがトチ狂った新八じゃねーなら、ピンポイントで俺を標的にしてくんのは野郎しか居ねーだろ」 「いやそれは…、危ない近藤さんっ!」 業を煮やした怪人が近藤に触手を向ける。 構えた銃の狙いを迷っていた新八は、迷う猶予もなく援護の引き金を引く。 ボシュッ…と低い音がして粘調性の白い捕獲弾が発射される。 『グワハァァァァァ…!』 狙い損じることなく捕獲弾は怪人の片足に絡みつく。 「っ、撃てーっ!たたみかけろ、動きをとめろォ!」 近藤が屋根の上の狙撃手たちに命令する。 怪人の上半身がグラリと揺らぐ。 怪人めがけて飛び交う捕獲弾、被弾を避けろと近藤に押しのけられる土方、怪人を足止めしてもろともに捕獲弾をかぶる近藤、銃を降ろし傘の元で銀時を護ったまま身震いする新八。 『グォ…グハァァァ…、』 白い弾が撃ちこまれる。 怪人は着弾ごとに身動きが取れなくなっていく。 キャバ嬢もホストも長谷川も、まだ逃げずにいる者たちが物陰から捕縛劇に息を呑んでいる。 観衆の言葉にならない声援が結実したように『岡田』は蜘蛛の巣に絡めとられた昆虫さながら地面に手を突き、ついに四つん這いの格好でその場に固めこまれた。 「やったァ!」 沖田らと地面に固まっている神楽が勝ちどきをあげる。 「銀ちゃんに酷いコトした犯人を捕まえたアル!」
銀時は新八の腕から踏み出す。 「んじゃもう俺はお役御免てこと?」 「え?どういうことですか、銀さん」 「どうもこうも、俺りゃ最初っから辻斬り捕まえるまで協力…いや、そんなことよりどうなんのコレ? まだやんの、結婚式?」 「できりゃ続けてぇな」 銀時の傍らに、どうやら無傷の土方が歩んでくる。 「オメーの心がどっち向いてるにしろ、俺りゃ何度でも求婚すっからよ」 「…祝言には出るわ。オメーらの体面もあるだろーから」 「そいつァありがてぇ」 「でもさ…これって、ものすごい惨状なんじゃね? 見えなくても解るんだけど」 銀時が中庭全体へ顔を巡らせる。 ベチャベチャの地面、縫いとめられた怪人、負傷した身動きとれない隊士たちに、一塊となった神楽、沖田、桂。 屯所の長塀にはエリザベス率いる攘夷党の志士が桂を救出しようと真選組の隊士に小競り合いをしかけている。 「ぐお、ちょ、くっついちゃった!くっついちゃったよォ!」 近藤の下半身が粘着弾に巻きこまれている。 「まあカワイイ。庭にゴリラ型の灯籠を置くなんて、現代式庭園の最先端ね」 妙が、にこやかに笑う。 「もう一生ここに置いといてくださいね。剥がす必要ありませんから」
「お…お妙さァーんっ!」 桂が嘆息する。 「まあいい。これを早くなんとかしてくれ。ネバネバを取る方法があるのだろう?」 「あるにはあるが、こんな大量の捕獲剤を溶かすほど解除液があったような無かったような」 「なんだと?パクられるのはともかく、貴様とリーダーを背中に乗せて暮らすのはいくら俺だとて御免被るぞ」 「俺もケツの下にテメーがいちゃ落ち着かねーや。オイ早くなんとかしてくれィ」 「ワタシ平気アル」 神楽が唯一動く足先をバタバタさせる。
「お腹すいたヨ、とりあえずメシもってくるヨロシ!」 長谷川が和傘のもとへ駆け寄ってくる。 「真選組に居たの!?まー、ヤバいことになってなくて良かったけどね」 「長谷川さん」 新八はその長身を見上げる。 「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」 「いや、いいよ。俺なにもしてないし。君の活躍で事件も解決したみたいだしね」 安堵して長谷川は土方の傍らの銀時に向く。 「銀さん、見えてなかったの?」 「そうだよ。見えてるカンジでいこうと思ったんだよ」 「また無茶して~…てか、オマエ…」 長谷川が綿帽子の中へグラサン面を寄せる。 「思ったとおりオンナになったら可愛いね。男のときより桁違いにハクいわ。これ嫁にするなんて副長さんが羨まし…ばふっ!」 「テメエッ!人をコケにしやがって、許さねーぞコラァ!」 白無垢の袖から手が出たと思ったら長谷川の両襟を掴み、肘と腰を使って長谷川の体を跳ね上げ、きれいに長谷川を放り投げる。 銀時の拗ねたような表情、赤い唇、こちらを睨む目つきが色っぽい、なんて喜んでいたら長谷川は頭から池に突っこんでいた。 「ぶは、ボシャァーッ!」 水の中で長谷川が手足を、大袈裟なほどバタつかせる。 「誰がハクいスケだ。バックシャンだ。オレは前も可愛いですぅー!」 「あ、あぶっ…! テメ、やりすぎだろ銀時!」 土方が不自然に慌てて長谷川の救出を部下に命じる。 「オイ、4~5人でかかれ。スイッチを切ってからな」 「はっ!」 部下が頭を下げる。 山崎がどこかへ走っていく。 それほど深い池でもないのに長谷川は足がかりを探せないのか全身が水に浸かったまま、もがいている。 新八は恐れをなして銀時に耳打ちする。 「ホントに見えてないんですか、銀さん…?」 「見えてねーよ。なんで?」 「いえ。見事な投げ技だったんで」 「そんくれー、お前だって目ぇ瞑ってできるだろ?」
「無理です」 花野アナが晴れやかに叫ぶ。 キャバ嬢やホストの喝采も響いている。 「花嫁は無事ですっ! 最後まで花婿が護りきりました! しかし大勢の隊士の方が負傷しておられます! 局長さんと何人かの方がセメントのようなもので固まってしまいましたが、あっ…いま隊士の方たちが局長さんをセメントの中から救出しようとしていますっ」 庭の様子を中継していく。 撒き散らされた捕縛弾、くっついて動けない近藤や桂たち、打撲や骨折に座りこむ隊士たち。 写真撮影するはずだった池のほとりは乱雑に踏み荒らされている。 「晴れの日に、こんな強烈な出来事を体験して花嫁はどのようなお気持ちでしょうか。恐ろしい事件でしたが、お二人の絆はますます深まったのではないかと思います。花嫁にとって一生忘れられない結婚式になりそうです!」 カメラが人物を写しながらスパンしていく。 攘夷党の志士たちと真選組の小競り合いへレンズが向いたとき。 『それ』が写った。 「エッ?」 カメラマンが最初に見つける。 ADも気づいて声をあげる。 「あれッ!?」 「見てください、あっち!」 集音係が、また別の方を指差す。 きゃああああッ…と金切り声があがる。 妙が不安そうに見上げる。 「あれは…!?」 狂死郎が庭を囲む屯所の塀や建物を見回す。 屋根の上、塀の上、屯所の外の電柱など、この場所を見下ろすことのできる場所に『それ』たちは凝然と立っていた。 多少の背格好の違いはあるものの、刀とカラクリを腕に生やしたサングラスにリーゼント、皆一様に鼻を鳴らして屯所の匂いを嗅いでいる。 四体いた。 『ネオ紅桜』で変身した『岡田』たち。 それが今まさに触手を生やして庭へ飛びこんでこようとしている。
新八が銀時を後ろにして八方へ構える。 土方は唇を噛む。 戦力となる隊士はほとんどいない。 民間人を逃がすのが精一杯だ。
「クハッ!…ずいぶん顔色が悪いじゃないの、真選組さんよ」 そのとき、長塀から新たな攘夷志士たちの集団が現れた。 頭目は長い総髪を後ろに流した機敏な身ごなしの男。 ガラの悪い荒くれ者の中で、ひときわ洒落た着物で毛皮をアクセントに肩から掛けている。 「こんにちは、白夜叉。迎えに来たよ?」 男ながらに手入れされた眉毛、生え際に入ったソリコミ、爬虫類系の目鼻を歪ませて銀時に笑いかける。 「真選組と結婚なんて許さないさ。貴方にはそれなりの相応しい男が必要だ。そう、例えば俺のような?」
「むむっ、貴様ら」 同じ塀にいた攘夷党の志士たちが現れた者たちを敵視する。 「『爆牙党』一派かっ!?」
「…ヅラ、あれダレ?」 銀時が尋ねる。 「『ばくがとう』ってなに?俺をディスってんの?『糖分』への挑戦?」 「過激派攘夷集団『爆牙(ばくが)党』、彼らは義のない戦いぶりに眉を顰められる新興の一派だ」 桂が地面にくっついたまま答える。 「大声で貴様に恥ずかしい告白をしてるのが天堂藤達(てんどうとうたつ)。六角事件で死んだ創界党の天堂紅達(てんどうこうたつ)の従兄弟だ」 「藤達?六角?知らねーよ、そんなん」 「だろうな。ヤツは昔日(せきじつ)の白夜叉を崇拝していてな。過激な白夜叉ファンクラブの会長といったところか」 「で。あいつなにしに来たわけ?」 「お前の略奪だろう。なんせ、あの藤達はな…、」
桂が言い終わらないうち藤達の背後からヌッと『岡田』が進み出る。他の4体と比べても充実して馬力のある警戒すべき個体。 「『ネオ紅桜』って知ってるかな? そうそう、オリジナルの岡田似蔵の情念が強すぎて皆、白夜叉を犯しに行っちまうヤツラのこと。今日は白夜叉の白装束を嗅ぎつけたのか全員集合してるな」 藤達は屯所を見渡す。 合計5体の『岡田』がヨダレを垂らして狂気を宿している。
「適合したのが意外にもこれだけだったけどな、江戸を手に入れるには十分さ。あとは白夜叉、貴方が俺の手に堕ちてくればいい。松陽の弟子、攘夷の鬼神が我が手にあれば皆、さすがに解るだろ。俺に逆らう大義なんか無いってな」 桂が付け足す。 「アイツが辻斬り暴行事件の黒幕だ」 「………」
銀時は藤達の居る方向をむいている。 藤達が冷淡な笑いで命令する。 「さあ、皆。俺の愛しい白夜叉サマをここまで連れてきて?」
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* 高銀話です(連載中)
花野アナが桂たちのいる塀めがけて移動する。 「あのうざったい長髪…桂です! 幕府から指名手配されている桂小太郎が、いったいなんのためにこの結婚式に現れたのでしょうか!?」 大江戸テレビの番組取材で真選組もろとも爆弾に巻き込まれた花野アナは桂たちに肉薄し、怒りの声を震わせる。 「ちょっと桂さん!非常識じゃありませんッ?敵とはいえ神聖な結婚式の最中ですよ、ここには一般市民の方たちだってたくさんいらっしゃるんです、弱きを助け強きを挫くラストサムライとして無関係な方たちを危険に曝すテロ行為に正当性があるとお考えですか!?」 「ラストサムライじゃない桂だ」 桂は塀の下へやってきた花野アナを見る。 「花野アナ殿ではないか。先だっては俺のせいでおぬしたちジャーナリストにまで怪我を負わせ、すまなんだな。テレビを見て猛省したぞ」 「本当に反省したんですか!?」 「うむ。ゆえに今日は炸薬は持ち合わせん」 「炸薬…えっ、それって爆弾持ってこなかったってことですよね?」 「そうだ。飛び道具は思わぬ者たちまで傷つける。その点を踏まえ、本日はこうして武士の魂のみ携えてきた」 腰の刀の柄に左手を乗せる。 「というか。このあたりは道路がすべて封鎖されてしまってな。車載するような重火器は運びこめなかったのだ。人力で検問をすりぬけ朝早くからこの地区へ侵入して今まで外でスタンバッていた。思ったより早く始まってくれて助かったぞ」 「いえ、まだ始まったわけでは…」 「おお、あのときのキャメラマンも居るのか。ならば覚えていよう、俺たち攘夷志士になくてはならん男…共に戦う運命をもった重要人物のことを」 「重要人物って、アンタが玄関に頭つっこんで、んまい棒チョコバー強奪されてた万事屋さんのことですか?」 「そうだ。坂田銀時こそ俺たちの命運を握る男。その銀時を真選組は…」 首を捻って近藤たちを見る。 「キャメラが来ているなら丁度いい、貴様ら真選組の卑劣なやり方を全国に向けて暴いてやる」 「おい桂…、やめろ」 近藤が顔色を変える。 「そんなことしたらアイツが…!」 「聞いて驚け! 恥知らずな真選組は純情な銀時をたぶらかして恋をしかけ、武士にあるまじき方法で俺たちを出し抜いて距離を縮め求婚したあげく銀時に『ウン』と言わせたのだァ!」 桂が大声で告発する。 「副長土方、ヤツが銀時と婚姻関係を結ぶにあたり銀時を攘夷党に迎える機会は永遠に失われた。銀時という貴重な人材を真選組に奪われたのだ。この落胆が解るか?」 花野アナを見る。 「なんとしても銀時を取り戻さねばならん。それが俺たち志士の悲願であり、本日の襲撃に俺たちを突き動かす原動力なのだ」 「そうなんですか!? あっ、もしかして…」 花野アナが声を上げる。 「朝から複数の攘夷グループが真選組に戦闘を仕掛けていたのはそういうことだったんでしょうか? 花嫁である坂田銀時さんを連れ去ろうとしていた、そう考えていいんですねっ!?」 「他の連中も来ていたのか。…ま、目的はひとつだろうな」 「そんな…彼らの目的が坂田さんだったなんて!」 花野アナの目が真剣になる。 「真選組と攘夷集団が坂田さんを巡って争っていたというのが事実なら、この結婚はなんらかの意図をもって仕組まれたものと考えることもできるわけですよねっ!?」 「もちろんだ」 桂が断言する。 「奴等が意図的に銀時を俺たちから取り上げたのは火を見るより明らかだからな」 「坂田さんは攘夷活動になくてはならない人物ということですが、いったい坂田さんとは攘夷浪士たちにとってどんな存在なんでしょう?」 「そうだな。銀時は頼りになるが暴れると怖くて逆らえない…ま、オカンだな」 「オカン!?お母さんっ!?」 「そのとおり。あれほど兵の士気を高められる人物を他に知らん」 「兵の士気を…!? 一体、坂田さんはどうやって…!?」 「フッ…知りたいか」 桂は得意気に笑う。 「これは知る人ぞ知る裏事情だから公言したくはないが。銀時は…いいか、これは秘密だぞ?かつて戦場で名を馳せた地球ルールUNOの名手なのだ。戦闘前は通常の3倍速でUNOを行う。冷静と情熱の間で兵の士気はどこまでも高まり、命知らずの働きにその身を投じて戦える、まさに攘夷の武神というわけだ」 「う…UNOですか?」 「うむ。血気にはやる武士(もののふ)たち相手に、勝利に必要な物はなにか、己を妨げるものはなにかといった思考を徹底的に引き出していく。あんなUNOが打てるのは銀時しかいない」 「…はぁ」 「銀時を獲得した真選組は出撃前のUNOで大変な戦果をあげることになる。俺たちは大切なUNO名人を奪われたのだ、これが幕府の陰謀でなくてなんだ!?」 「桂さん、それ陰謀でもなんでもないんじゃ…?」 花野アナは嫌そうに詰まる。 「たしかに士気を高めるのかもしれませんけど、攘夷活動になくてはならないというほどでは…」 「副長土方は真選組の頭脳と謳われる男。俺たちの戦力を削ぐため、あえて銀時に近づいたのだ。俺が銀時の説得にじっくり時間をかけてる隙に…許せん!」 「桂さんのあれは説得というより眼中になかった気もしますけど。坂田さんはUNOとか攘夷とか関係なく副長さんと結ばれた、そう考えることはできないでしょうか?」 「そこを突かれると痛い」 腕組みして目を伏せる。 「銀時が真選組なぞと結婚するハズがない。となるとアレは銀時ではないのかもしれない。アレは俺の知ってる銀時と見た目からして別人だからな」 桂は白い花嫁姿を眺める。 「たぶんアレ=伝説の白夜叉=銀時だと思うのだが…ちょっと自信ない。もしかして銀時じゃないかも」 「そんな良い加減なことで乗りこんできたんかい!?」 「真選組が往年のUNO名人、白夜叉を娶ると情報があったものでな。デマだったかな~?」 「てめ帰れ!」 向こうから銀時がドヤしつける。 「なにしに来てんの?邪魔と妨害ばっかしてんじゃねーよ!」 「結婚式に誰も乗りこまんのでは寂しいだろ?」 桂が笑みを含む。 「せめて俺だけでも祝儀をと思ってな。襲撃は俺からの心尽くしだ」
いつの間にか沖田が隊士を率いて桂と同じ長塀の上にあがっている。 「テレビ局もたまには使えるじゃねーか。時間稼ぎ、感謝しやす。民間人を安全な場所に誘導してコッチの体勢も整えたぜィ」 「沖田さん!」 花野アナが朗らかに振り向く。 庭にいたキャバ嬢やホストは建物や通路の陰に誘導され、そこかしこに武装した隊士が迎撃態勢をとっている。 樹木や岩陰に捕具を手にして待機する者、庭に面した建物の屋根から銃火器を構える者、塀の外の道路には装甲戦車まで押し寄せてくる。 真っ先に建物内へ立ち去ってしかるべき白無垢の花嫁は、しかし何故か花婿とともにその場にとどまり、池の端の和傘のもとで隈無をはじめとする護衛隊に手厚く守られている。 妙と神楽、長谷川は母屋に入るよう指示されながらも柵から身を乗り出して近藤の背中に押しとどめられている。 指差し叫ぼうとする彼らの声は近藤の必死の制止によって黙殺されていた。 「アンタも撮影隊も避難してくだせェ。こっから先は危険だ」 「あっ…はい!」 思わず飛び出した自分たちのジャーナリスト魂が功を奏したらしい。 しかしこれ以上の取材は生命にも関わる。 桂と沖田、両方を複雑な表情で見上げながら花野アナは撮影クルーとともに両者の激突を取材できる一番良い場所へと退いていく。
「貴様は」 桂が向き直る。 「真選組の…えーと誰だろう?どこかで見た覚えがあるのだが。まあいいや、わざわざこんなところまで倒されに来るとは殊勝なことだ」 「そいつはこっちの台詞でィ。まさかホントに此処から攻めてくるなんて、オメーらの脳味噌は土方さん以下でさァ」 「なんだと?しまった謀られたか! いやいや、お前らのみえみえの作戦など無視しても良かったのだがな。せっかく襲撃しやすい場所を用意してくれたのだ、誘いに乗ってやるのが情けというもの」 「負け惜しみは捕まってから好きなだけ吐きな」 「フン。減らず口は首が繋がっているうちに叩いておけ。勝負はなんにする?んまい棒早食いか?屯所猫の肉球ハントか?それともUNOを打つか?俺はUNO強いぞ~?」 「ずいぶんと舐められたもんですねィ。屯所の猫はオメーらなんかにハントされねェし、こんだけの人数でUNOなんか…たるくてやってらんねーやッ!」
桂も腰の刀に手を掛ける。 同じタイミングで二人の身体は宙に跳ぶ。 振り下ろし、薙ぎ払うその刀が撃ち込んだのは、互いの骨肉でも刀身でもなく、
庭の死角の屋根から銀時めがけて飛びこんできた異形の巨体、そのカラクリ仕掛けの両腕に桂と沖田の剣がめりこんだ。 『グォォォォォォォッ…サカタ………ギントキ…ィィィィ……!!』
退避させられたキャバ嬢がどこからか舞い降りた怪異に耳を押さえて叫びまくる。 ホストたちも硬直したまま腰が引けている。 花野アナはリポートを忘れて目の前の光景に見入り、スタッフは夢中でカメラを回している。 対照的に隊士たちは心得たように怪異を包囲し、ぬかりなく捕具を侵入者に向ける。 侵入者は一跳びで銀時まであと数メートルのところに迫っている。 近くにいる隊士たちが走りこんできて銀時の守りを厚くし、その最前で桂と沖田が敵の進攻を阻んでいた。
沖田が怪異の腕を受け止めた刀身をググ…と押し返す。 「こんな大仕掛けな舞台こさえてテメーが来なかったらどうしようと思ってやしたぜっ」
桂は怪異の腕に生えた刃の付け根を狙って押していく。 「それもこれも何もかもすべて高杉が悪い」
咆哮をあげて怪異は銀時のもとへ突き進もうとする。 させず桂と沖田が怪腕を封じて押しとどめる。 巨体が払いのけようと身をよじる。 銀時は和傘のもと、土方に抱きしめられたまま怪異に虚ろな眼を向けている。
近藤の号令が響き渡る。 その後ろで長谷川が声を張る。 「ヅラッち、それ新八君だから!電脳中枢幹で変身してるだけだから腕とか切らないでやって!」 「やめて、やめてぇぇぇ!」 妙が怪異に駆け寄っていこうとして近藤にとどめられている。 「新ちゃんを助けて、酷いことしないで!」 「お妙さん、落ち着いてください、ここは俺たちに任せて!」 「どうしちゃったの、何があったの新ちゃん!?そんな格好になっちゃって…なんで帰ってこないのよォ!」 「アネゴ、ワタシが行くヨ」 神楽が近藤の制止をすり抜ける。 「強いショックを与えれば新八きっと元に戻るネ。あのデカブツになって新八きっと苦しんでるアル。男は誰でもタマ蹴り上げれば変身なんか解けるって銀ちゃんが言ってたヨ」 「神楽ちゃん…!」 「やめろチャイナ娘!」 近藤は飛び出していく神楽と怪異、押さえて踏みとどまる沖田たちを一瞥する。 「捕獲銃、発射許可だッ!撃てーッ!」
いやに白い濃いペンキのような塊が怪異を狙い撃つ。 粘調性のゲル状物質はベチャリとへばりつくとそのまま固化して標的の動きをとめる。 沖田は銃の性質を前もって知っている。 桂は一瞬遅れて理解する。 ぎりぎりまで獲物を足止めして狙撃とともに飛び退く。 怪異は捕獲銃の弾道に残る。 命中、と思いきや両腕の邪魔が外れた怪異は超人的な脚力で銀時の頭上へ跳躍する。 「ほぁちゃーーーーーッ!」 銀時の目前へと跳び移ろうとした『岡田』に、しかし神楽の跳び蹴りが飛んだ。 「ぶふっ…!!」 「ぐはっ、リーダーっ!」 避けた桂と沖田めがけて巨体が跳ね飛ぶ。 その上に捕獲銃の粘調弾が降ってくる。 「新八ィ!正気に返るネ!」 委細かまわず神楽は『岡田』に馬乗りになって殴りかかろうとする。 『岡田』は驚異の腹筋で跳ね起きると、神楽をかわして銃弾を擦り抜ける。 「なっ…、」 長谷川、狂死郎、そして花野アナらは呆気にとられる。 見ていた誰もが愕然とする。 沖田、桂、そして神楽が捕獲弾の粘りに捕らわれて転がり、一塊となっていた。 「ちょ、お前ら邪魔ネ!」 神楽がもがく。 もがけばもがくほど自由がきかなくなっていく。 「こっち寄んな、早くこれ外してヨ!」 「やったぜ桂捕まえたぜ」 沖田は足をバタつかせる。 「このネバネバはそう簡単に取れやしねェ、桂ァ神妙にしなァ。ちょ、チャイナも動かないで」 「最新技術を妄信したか」 桂は二人の下敷きになっている。 「それを使うのは人間だということを失念しおって。……っ銀時!」 ハッと顔を起こす。 怪異は和傘のもとにいる銀時に迫っている。 隊士たちを薙ぎ払い、邪魔者をどかして笑いながら銀時に腕を伸ばす。 再び周り中から悲鳴が起こる。 捕獲銃は味方の巻きこみを危惧して撃ちあぐねている。 「お妙さん、ここにいてくださいッ」 近藤が羽織を脱いで妙に渡す。 「新八くんは絶対に大丈夫ですから!」 「で、でも…どうする気なんです?」 妙は羽織を受け取り、銀時を襲う怪人を見てうろたえる。 腰に刀を差して近藤は走っていく。 「体を張ってでも、アイツは俺が止めます!」
最後の護りの隈無も弾きとばされたとき。 「オイ。あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ」 ガキィ…と金属が金属を打ちつける音がして『岡田』の前に新郎が立ちはだかった。 銀時を後ろに置いて抜刀した土方が『岡田』の腕刀を阻んでいる。 「テメェは銀時に近づくな。指一本触らせねぇ。テメェが銀時を見ることも許さねぇ」 土方の低い声は感情がこもらない。 それだけに彼の激怒が伝わる。 「こいつはテメェの手の届く奴じゃねぇんだよ。連続辻斬り暴行犯、御禁制の闇商品保持および使用のかどで逮捕する。手向かえばこの場でテメェの命、もらいうける」 『グガ……ググ…』 「トシィィィィ!」 近藤が走りこんでくる。 振り上げられたもう片方の腕が土方に掴みかかる前に、近藤の剣がその腕を叩き伏せる。 『グギャァァァァァ…!』 再び両腕を押さえられた巨体が焦れてのけぞる。 その眼が届く距離の銀時を見下ろす。 『グゥ…、』 シュルシュルっと首の後ろから触手が滑り出る。 それが一斉に銀時に向かって伸びていく。
「無理だ近藤さん、銀時は…」 土方が叫ぶ。 銀時の周りにまともに立っている隊士はいない。 「銀時の眼は何も見えちゃいねぇんだ、遮光コンタクトでどうにか目ぇ開けてるだけなんだよ!」 「なんだと!?」 近藤が首を回して銀時をうかがう。 「クスリつかって治ったんじゃなかったのか!?」 「そこまで都合よくいかなかった、コンタクトは装着すると透明になって瞳が見える優れモンだ、見えるフリして眼ぇ動かしてただけだ!」 「そんな…、おまっ、じゃこの状況は」 近藤が引きつる。 「非常にまずくねーか…?」 「…クソがァ!」 土方は腕を弾きあげようとする。 『岡田』の腕は鉄の塊のようだ。 「ちょ…、傘ってドコ?」 銀時が周りの空間を手探る。 「なにも触んないんだけど!」 シュルル…と触手が迫る。 銀時は後ろへ下がろうとして漆塗りの椅子に蹴つまずく。 「んぁぁぁぁっ…!」 足をとられて後ろ向きによろめく。 宙に浮いた手首に触手が巻きつく。 「銀さん!」 銀時の身体を抱き取り、触手を素手で打ち払った者がいた。 横手から馳せ参じた黒い隊服の隊士。 自分の身体で銀時を庇い、触手を避けながら傘の下へと運びこむ。 「大丈夫ですか、銀さん?」 銀時の耳に、よく知る声が流れこんでくる。 「もう二度とあんなヤツにアンタを渡したりしませんからね!」 「し…新八!?」 銀時は声の方を振り見る。 それは息切れして上擦った新八の声だった。
続く
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* 高銀話です(連載中) 銀時は気怠く言い返す。 「正確に言うと、フってる暇なんかありませんでしたァ。銀さんは僕のもの宣言したあと後悔すんなつって走り去ってっちまったんだからよ」 「なんですって。それじゃまるで新ちゃんが勝手に告白して玉砕したみたいじゃないの」 「その通りだけど」 「ますます認められないわ。新ちゃんの片想いの挙句、勘違いからのストーキング宣言だなんて。銀さん、新ちゃんのどこがダメだったんです?」 「どこがって。新八は弟みてーなモンだ。そういう関係にゃなれねーよ」 「新ちゃんはダメで、土方さんは良かったわけ?」 「…お前なァ。俺と新八が結ばれても良かったの?」 「あらいやだ。もォ、そんなの絶対ダメに決まってるでしょう」 ホホっと妙は口を押さえる。 「あんな目と眉の離れた稼ぎの悪いダメ侍なんてお断りよ。でも銀さんが女の子になってまで他の人とくっついて新ちゃんをフるなんて、そっちのがダメに決まってんだろーが」 妙の機嫌の悪い目つきが殺気走る。 土方と隈無が身構える。 得物をブン回すべく妙が握り手を変えたとき。 「アネゴー!!」 母屋の縁側から身軽い人影が飛び跳ねてきた。 「いらっしゃいマセヨ~!来てくれて嬉しいアル!」 「まああ、神楽ちゃん!」 妙は走りこんできた少女に声を弾ませる。 「おめかししたのね。とっても似合ってるわ、素敵よ」 「えへへ~!」 神楽は妙の腕にぶら下がってご満悦の体になる。 金銀の縫い取りをした薄桃色のチャイナ服に髪飾り。
神楽も祝いの席に加わる絢爛な身支度をしていた。 「おぅ、チャイナ。化けたじゃねーかィ」 沖田がわざわざ歩み寄ってきて声を掛ける。 「めでてェときの菓子みてーなナリしやがって。うまそうなんで食っていいですかィ」 「オマエに食わせるもんなんかひとつもないアル」 「なんでぃケチ」 カシャ、と音がして沖田が差し出した携帯カメラに神楽の姿が収まる。 「まあいいや、これでメシ3杯はいける。タダでいいオカズが手に入ったぜぃ」 「ちょっと、タダってなにアルカ。ワタシにもゴハンとタクアン回せヨ!」 「あらあら神楽ちゃん、タダでセクハラされてるの? ダメよ、男子は振り回すくらいでないと」 「お妙さん!俺はいつでも貴女に振り回されてますっ!」 「半径2メートル以内に入ってきたら振り回しますよ?」 「うごおおおッ!」 歩き出しながらお妙は薙刀を振り回す。 足取り軽く神楽がそれに続き、沖田も歩調を合わせる。 彼らが場所を空けたことで、ようやく本日の主役の進路が確保される。 銀時は土方に伴われ、隈無に先導されてゆったり柵から中庭へ進み出てくる。 隊士たちは彼らを押し包むように写真撮影の池の前へ移動していく。 「銀さん」 その目前を遮ったのは本城狂死郎と八郎率いるホストたちだった。 「それがアナタの覚悟なんですね」 「…店長」 「しかと見届けました。アナタの愛の作法を。そうまでして貫こうとしているものを私には止めることなどできない」 「いや止めらんないとかじゃなくて。ソコは止めようよ。止めてください」 「アナタにこんな格好をさせているのはこの人なんですね」 狂死郎は隣りに立つ土方へ視線を移す。 「なんて罪作りな男なんだ。貴男には一生、敵いそうにない」 「そいつァどーも」 土方は軽く鼻で笑う。 「どんな形であれ祝いに来てくれたのは有り難てぇ。当分コイツはオメーらの顔見にいくことは無ぇからよ」 「それはどうでしょう?」 「ホストクラブでくだらねぇ火遊びなんざさせねぇつってんだ。コイツの幸せを守んのは俺だからな」 聞いて狂死郎の後ろのホストたちが色めき立つ。 土方の挑発に拳を握りガンを飛ばす者もある。 「…まあまあ」 含み笑いで両者を抑えたのは当の狂死郎だった。 「それは銀さん次第でしょうから。とりあえず貴男の銀さんへの愛は重々承知しました。我々が余計な手出しをするのは野暮というもの」 「おめーらホント何しに来たの?」 銀時は不満を露わにする。 「祝言ぶち壊しに来たとかじゃねーの?暴れるんならさァ、さっさとやれってんだよ。やらないんなら帰ってくんない?」 「カンベンしてくださいよ旦那ァ…、いや姐さん」 山崎が走りこんでくる。 「これから写真撮って、ウチウチの挨拶して、軽く乾杯するんですから。この人たちはブチ壊すより一緒に写真に入ってもらったらどうですか?」 「入んのかよ、こんな大人数」 「なんとかなります」 「典型的な迷路写真じゃねーか。自分の顔探すのが嫌んなるから却下」 「旦那は探さないでしょ? 真ん中なんですから」
「はい、こちらリポーターの花野です!」 中庭でカメラに向かって解説する。 「これから写真撮影が行われる模様です。ですが人が多くて花嫁花婿にまったく近づけません!」 庭の中でも人が立ち入れるスペースは限られている。 花野アナの背後には参拝を待つ初詣客のような喧騒が映しだされている。 「さきほどから、なんとかお二人の姿を捉えようとしているのですが…御覧いただけますでしょうか? 婚約者の方は無事に性転換を終え、本当に可愛らしい花嫁となって副長さんの隣りに寄り添っています! まさにお似合いの二人ですっ!」
池の前にしつらえた和傘の元に新郎新婦が佇んでいる。 その両側にズラリと紋付や隊服の男たちが並ぶ。 局長、各隊の隊長たち、役付きの者、監察方、伝令方、技術班、平隊士…と真選組の序列はこの上なく明確だ。 花嫁の綿帽子は彼らの肩より下にあるものの、姿勢のいいガッチリした男たちの真ん中にあって白い姿は強靱な輝かしい存在感を放ち、少しも見劣りすることはない。 「それじゃ撮りますよ~」 山崎は撮影会の世話役らしい。 三脚を立てた本格的な写真機を手慣れたしぐさで操作している。 「まずは俺たちだけで何枚か撮ります。そのあと御友人たちに入ってもらいますんで」 おのおの隊士たちはグッと顎を引き、胸を張ってカメラレンズを睨めつける。 銀時は袖から覗く指先を着物の前で揃え、うつむきがちに口を噤んで視線を落としている。 土方は片手に扇子を握りこみ、もう片手は皆から見えないよう、そっと銀時を支えるように添えている。 「こっち見てくださ~い、笑って笑って~」 山崎がケーブル状のシャッターボタンのスイッチを手の中で押しこむ。 「はい、チーズ!」 カシャと慎ましい音がして、この瞬間が平面に記録される。 「まだもう一枚いきます。今度は俺も入るんで」 皆が姿勢を崩さないでいると山崎はカメラを覗きこんでタイマーを仕掛けている。
「いつもは強面(こわもて)な隊士の方々が、まるで七五三のようですね!」 キャバ嬢やホストが撮影の様子を眺めている。 その間を縫って花野アナがようやく見物人たちの最前列に至る。 「このあと我々のカメラがお二人に密着し、至高の花嫁となった坂田銀時さんの変身を上から下まで詳しくお伝えしていきま~す!」
「あれ、誰アルか?」 撮影を見守っていた人々に混じって神楽が屯所の屋根の陰を指す。 「あんなところから見下ろすなんてお行儀が悪いネ。しかもあの仮装。いやな気分アル」 「えっ、仮装?」 近くにいた長谷川が首を曲げてそちらを見上げる。 屯所の切妻屋根の合間に居たのは。
「ワハハハハハ!真選組諸君、この程度でこの桂の足を止められると思ったら大間違いだ!」 まったく瞬間を同じくして。 庭の正面、一般道路に面した長塀の上に。 長谷川が食い入るように見ているモノとは真逆の方向から、高らかな笑いと共に腕組みした桂、お供のエリザベスが現れ、決起した攘夷党の武装志士たちがワラワラと梯子を掛けて登ってくる。 「貴様らのような幕府の犬が、白夜叉と呼ばれ夷狄に立ち向かった最後の攘夷志士(もののふ)、我らの最強の武神を捕らえ娶ろうなどとは笑止千万。こんな縁組は絶対に認めん。よって桂小太郎、ならびに我と志を同じくする攘夷党有志はこの祝言を問答無用で阻止し、貴様ら真選組に天誅をくだす!」 ビシッと近藤に人差し指を向けて宣言する。 そのまま身を乗り出してキョロキョロする。 「銀時!迎えにきたぞ。どこにいる?」 「ここだ、ここ」 真選組の黒ずくめの中央で銀時が応える。 「お前、目ェ悪いの?真ん中でこんな格好してんのに見えないわけ?」 「おおそこに居たのか。ちんまいので気がつかなかった。…ん? き、貴様、なんという格好だっ」 桂は顔を赤らめて片手で目を覆いながら銀時を睨む。 「おなごのような格好で副長土方と並び立つとは、まるで心身ともにその男のものになろうと宣言してるようではないか、破廉恥なッ!」 「だからそうなの」 銀時は半眼を桂に向ける。 「これはそういう宣言のセレモニーなの。結婚式なんだからよ」 「なんだと?考えなおせ。貴様は若いんだ、十分やりなおせる」 桂は覆いを外して正視する。 「というか本当に縮んでないか? ははァん、さては若返ったな? 道理で見たことあると思った」 我が意を得たりと笑みを浮かべる。
「貴様はアレだ、俺と一緒にヤンチャ坊主に就任してた往年の白夜叉そのものだ」 「白夜叉…!」 「あなたを幕府には渡すまいッ」 腹にたまった怒りが彼らの腕をブルリと震わせる。 対する真選組も満を持して応戦する。 着物の者は襷をかけて用意の愛刀を携える。 「二人とも下がってろ。トシ、銀時を頼むぞ」
「アァ。解ってる」 長谷川は慌てふためいて言葉が出てこない。 意味不明な単語を発しながら辺りを見回して伝えるべき相手を探す。 周りは攘夷党の襲撃に気を取られている。 「し、…新八君…!」 長谷川は小声で叫ぶ。 「ダメだよ、来ちゃ…!」 「新ちゃん?」 妙が長谷川を振り見る。 「今、長谷川さん、新ちゃんって…」 長谷川の視線を辿ってそちらを見る。 『それ』が目に入る。 短く息を飲む。 「あれが!? う、嘘よ!あれが新ちゃんのわけ…!」 「新八…?」 神楽は首を傾げる。 だらりと垂れた腕、3メートルにも及ぶ巨体、崩れかけたリーゼント。 ヨダレを垂らし、焦点をなくし、カラクリめいた管を全身に生やした異形の者。 真選組屯所の屋根の陰から庭を見下ろしていたのは。
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* 高銀話です(連載中) 「万事屋の旦……、ぎっ…銀時さん…っ!」 柵から乗り出した隊士たちが絶句し、目をギョロつかせて白い花嫁姿を眺めている。 息をするのを拒むようにムッと口を引き結び、決死の形相で視線を銀時のあちこちに這わせている。 その数瞬のち、呼吸が崩れるように思い思いの動きを展開させる。 「愛してますっ…姐さん!」 「オレのこと覚えてますか…!?」 「なんでも俺に言いつけてください!」 「いや俺に!」 「こいつダメですよ、オレ俺!」 「貴方の為なら死ねるっ、いや死にますマジで!」 銀時に向かって騒ぐ者もいれば、携帯画面を見つめてシャッターを切ったり、一目見て離れていく者もいる。 「オレ姐さん付きがいい!何番隊になれば姐さん付きになれますか!?」 「俺が護るんだァァァ!!」 「いやオレだァ!」 「これでやっと銀時姐さんになるわけだよ、長かったなぁ」 「副長の嫁さんなら万事屋の姐さんだろ?」 「もう真選組の人だから真選組の姐さんだよ!」 「これからは毎日屯所に居るなんて…死ぬ、死ねるぅーッ!」 騒ぎ立てる同僚に苦笑したり、一心不乱にメールを打ったり、離れた岩に登ってなんとか見ようとする者や、どこかへ走っていく者もある。 「副長死ねーッ!」 「そうだ死ね、副長ぉ~!!」 「押すなーっ、柵が、壊れる、保たねぇーっ!」 「メキメキいってるぞ、押すなって!」 「触ったら斬首、覗いたら切腹ってマジすか副長、アンタぁ!」 「チョコパフェ毎日届けます…!」 「その人と居るとマヨ菌が移りますよ、離れてっ!」 柵が撓(たわ)む。 隊士の重みを支えきれずに壊れ始める。 先導の隈無清蔵は後ろへ片手を差し伸べて花婿たちの足を止めている。 苦々しい顔で隊士たちを睨んでいる土方と、立ち止まったまま俯いている白無垢の銀時。 庭と屋敷を隔てる唯一の柵が倒れれば勢いのまま隊士たちが花嫁の銀時に殺到するのは分かりきっている。 いやな音を立てて柵が倒されていく。 「う、おぉォー!」 傾いた柵を乗り越えて隊士たちがついに屋敷の域に踏み込んでくる。 思わず土方は銀時の前に立ち、その身を抱いて自分の後ろへ隠す。 隊士たちに悪気が無いのは解っている。 しかし彼らの決死の形相に土方は殺気寸前まで緊張を漲らせる。 「感心しませんな」 闇雲に馳せる隊士たちの前に立ちはだかったのは、穏やかな、しかし有無を言わせぬ物腰の護衛、隈無清蔵だった。 「その勢いで詰めかけては花嫁の衣装に泥が飛びます。屯所で執りおこなう栄えある第一回目の祝言に、そんな汚点を許せますか?よごれた衣装のままこの人を幕閣たちの笑いものにしたいという人が、この中に居るのでしょうか?」 高らかに呼びかける隈無の声に隊士たちの足が鈍る。 「それでも己の欲望のまま花嫁に接近したいという者は来るといいでしょう。その不届き者には、もれなく…」 バシュッ、バシュッと隊士たちの足元に何かが撃ちこまれる。 声をあげてそれを避けようと飛び跳ねる。 被弾した地面には毒々しい紫の塗料が弾けている。 撃ちこまれたのはペイント弾、撃ったのは頭上の屋根にいた白い隊服の一団だった。 「この『今月の給料から不届き料さっぴき弾』をお見舞いします。一ヶ月ほど着色は取れませんので、各自どんな目に遭うかはご想像ください」 少し。 いやかなり隊士たちは正気に返る。 目の前には彼らの愛おしい憧れの人、しかしその隣りで怒りの眼を吊り上げているのは。 「や…やべ…!」 「いや、待ってくれ副長、」 「オレたちは何も…、……すいませんした、」 それが隊士たち一流の祝福であることも。 銀時の清淑な花嫁姿に血迷っての悪乗りとも、土方は解っているだろう。 しかしその紫の塗料がこびりついた一ヶ月は会うたび殴られること必至。 バツが悪そうに、未練タラタラ、けれども最終的に隊士たちは乗り越えてきた柵の向こうへ、てんでに引き上げていった。 「やっと道が開けました」 見届けて隈無は二人に前を指し示す。 「どうぞ、お進みください」 地面に炸裂した塗料を避けて、何事もなかったように隈無が先導を再開する。 土方が気がかりそうに銀時を見る。 「歩けるか?」 「ん…、」 小さく頷いて銀時は土方の袖に手をかける。 その指先を掬い取るように腕に引き受けて土方は自分の花嫁とともに前へ踏み出す。 飛び石をひとつひとつ確かめるように銀時は草履で踏んで越えていく。 銀時は俯き、土方も花嫁の足元に注意を払っている。 「銀さん」 隊士たちが歪めた柵から庭へ出ようとしたとき。 「…おめでとう。とってもキレイだよ…!」 グスッと鼻を啜る長谷川の声。 「なんてお似合いなんだ…!こんな良い野郎に想われて、銀さんもそいつを信頼してんだな。見てりゃ解るよ…」 「長谷川さん…」 銀時はそちらを見る。 しっとりと嫋(たお)やかな花嫁の面差しが長谷川に向けられる。 「なんでこんなとこ来たの?」 「なんで、って…た、助けに? ってか、アレ?なんでだろ?」 「俺、長谷川さんに助けに来てって言ったっけ?」 「い、いやぁ…、」 「まあいいや。祝儀もってきたよな?」 「え、祝儀って?」 「式に祝いに来るなら用意してくんだろ?社会人なんだからよ」 「す、すいません」 咲き誇ろうとほころびかけた純真な花、なのに唇が開いて可憐な声で告げるのは長谷川がよく知る銀髪の友人が述べる口上そのもので。 長谷川の鼻のグズつきが止まる。 「あの…銀さん、目、良くなったの?」 「あ。すっごい良くなった」 こともなく銀時は潤んだ瞳を瞬(またた)かせる。 「それより祝儀。ツケにしといてやるからあとでちゃんと持ってこいよな」 「は、ハイ…」 「俺、長谷川さんに書いたよね。祝儀よこせって。なんで祝儀も無しに来てんだよ」 「なんでじゃありませんよ。それが苦労して乗りこんできた人間に言う台詞ですか」 妙が銀時の前に立ちはだかる。 「自分こそ、私たちにこんな手間を掛けさせておいて、なんでそんな格好になってるんです?」 きつく見下げる際どい笑顔で言い渡す。 「だいたい天パのくせに私より可愛いなんて許せない。殺しますよ?」 「ちょっ…!」 土方が焦って妙を遮ろうとしたとき。 銀時が両手でそれをとどめさせる。 「オメーもなにしに来たの?俺のツラ見にきたってわけじゃねーだろ。ぞろぞろ大勢いるとこ見ると、さしずめ暴れに来たのか」 「新ちゃんのことを聞きに来たの。銀さん、新ちゃんをフッたんですって?」
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* 『高銀の話(旅小説その5)』 http://blog.livedoor.jp/rumoihide/ 更新(一件) 花野アナはマイクを握ったまま最前列に混じっていた。 「え~、真選組は人々を受け入れ、事態の収拾に当たる模様です! 我々は彼らに同行し、その様子をしっかりと伝えたいと思います!」 妙、長谷川、狂死郎を先頭とする一団が撮影クルーと共に一番隊に率いられていく。 彼らが誘導するのは屋外だ。 建物には入らず、ちょっとした隙間を抜けながら土の地面をそのまま歩いて裏へ裏へと回りこんでいく。
「ずいぶん歩くのね」 妙は付かず離れず当然のように妙のそばを同行している近藤に笑顔で尋ねる。 「道順を解らなくしてケムにまこうったってそうはいきませんよ」 「いや、そんなことはありませんよ!ちょっと入り組んでますけど、これは警備上の問題でね!ガッハッハッハ!」 「同じようなとこ何回も通ってる気がするけど、違うのかな?」 長谷川は来た方を振り返る。 「皆ちゃんと付いてきてる?通路が狭くて一人二人ずつしか通れないから最後尾が見えなくなっちゃった」 「大勢を一気に攻めこませないための造りですね。ここが砦となる真選組の本陣であれば当然の備えでしょう」 狂死郎が前後を見回す。 「それにしても長い。まるで迷路だ。味方はすっかり縦長一列に引き伸ばされてしまったが…」 「真選組の屯所ってさ、そんなに広大無辺じゃないよね。普通の武家屋敷くらいの規模だよね?これじゃまるでターミナルの地下動力部くらいの勢いなんだけど。なんでこんな広いわけ?オレたち異次元に迷いこんだ?」 「ちっぽけな孤島に大渓谷が横たわり、空を圧する絶壁が押し続き、果ても知らぬ大森林が打ち続く…」 前を歩いていた沖田がバズーカごと振り返って長谷川の呟きに応える。 「『パノラマ島奇談』て大作がありやしてね、それに出てくるのと同じ仕掛けでさァ。俺たちは屯所を堅固な要塞に造り替え、ついにパノラマ島にすることに成功したんで」 「パノラマ島?じゃ、じゃあ俺たち、全裸で鬼ごっこのアダムとイブにされちゃうわけェ!?」 「そんなワイセツ物の陳列はしてねーです」 沖田は、両側の建物が迫った細い通路から、やっとひらけた場所へ一同を連れて踏み出していく。 「ここに陳列されるのはもっと卑猥なもんでさァ。花婿の土方さんと、すっかり変わっちまった万事屋の旦那」 若いながらも風情よく整えられた立ち木、適所に配された庭石。 ちょっとした岩山から流れこむ滝を受けて水音と波紋を広げる涼やかな池。 艶やかな曲線を形づくる鮮やかな緑の濃淡に陽光が降り注いでいる。 「ここは…、」 池の手前に大きな日よけの和傘がひとつ、立てられている。 ゴミひとつなく掃き清められた玉砂利に赤い毛氈が敷かれ、漆塗りの腰掛けが設置され、そこに立つ主役を待ち構えている。 「結婚式場!?」 通路から出てきた者たちは目を瞬かせる。 あとからあとからやってきて、通路付近にキャバ嬢とホストが溜まっていく。 玉砂利の緋毛氈の周りには真選組の隊士が紋付を着けてたむろし、手持ち無沙汰に、しかしソワソワと談笑している。 彼らが気にしているのは庭に面した家屋の廊下。 視線はその一方向へチラチラと向けられている。 「どうしたんですか局長、沖田隊長」 大切な瞬間を見逃すまいと待ち構えながらも、彼らの上司の到来には気づいていて隊士たちは次々にペコリと会釈する。 彼らが連れてきた派手かつ武装した民間人にはどうしたものかと顔を見合わせていたが、その中から抜け出てきたのは監察役の山崎退だった。 「どうしたもこうしたも、お妙さんが話があるって訪ねてきてくれたんだ。お通ししないわけにいかないだろう?」 近藤はキリッと締まった表情で山崎に説明する。 「いっそ挙式に参列してもらえば夫婦みたいで格好がつくしな!」 「誰が夫婦?」 後ろから妙に薙刀の柄で尻を突かれる。 「聞こえなかったのかしら。私は新ちゃんの手がかりが欲しいの。銀さんに新ちゃんのことを聞こうと思って」 「でも局長、もうすぐ副長たちが出て来る時間ですし」 山崎は遠慮がちに引きつり笑う。 「一般人がいたら、マズイのでは?」 「挙式の前に、銀さんと我々で話をさせてください」 狂死郎が近藤、山崎のやりとりに割って入る。 「30分の立ち入りを許可されています。その間の我々の行動は容認されますよね?」 「あ~、局長が許可したんですか…」 山崎は頭を掻く。彼も正装だ。 「まいったな、これから写真撮影なんですよ」 「写真撮影?挙式は…!?」 「ええ、午後からの挙式ですけど、そのときはお偉いさんが一杯ですからね。幕閣のお歴々を待たせて俺たちだけでワイワイ内輪の記念撮影なんてできないでしょ?」 池を背景にしたセッティングを振り返る。 役番のない隊士たちが慣れぬ正装にかしこまって陽気につどっている。 「だからお客さんが来る前にここで好きなだけ写そうと思いまして。副長も万事屋の旦那もすっかり準備を整えて式に出る格好ですし、式の前のリハーサルにはちょうどいいかなって」 「そう。それならこちらも都合がいいわ」 妙が笑顔のまま薙刀を斜めに持って進み出る。 「写真撮影の前にあのダメ侍を討つ。新ちゃんの仇、足腰立たなくなるまで叩き潰してあげなくちゃね」 「その前に銀さんの気持ちを確かめましょう」 狂死郎が念を押す。 「どういうつもりで性転換や結婚を承諾したのか。不本意ななりゆきではないのか。もしそうだとしたら、お妙さん。貴女の仇討ちを看過するわけにはいかない」 「そういや銀さん、もう性転換したの?」 長谷川がキョロキョロし、皆の見ている建物の縁側廊下へグラサンを向ける。 「銀さんがバイトでオカマバーの女装してたの見たけどさぁ、あんな感じかね。タッパがあって肩幅広くてドスドス歩く感じの…」
「やっと追いつきました、…あっ!ここはあの、秘密の中庭ですね!」 キャバ嬢やホストをこまめに取材してコメントを取っていた花野アナが、ようやく撮影クルーとともにやってきた。 「通常は隊士の方々も立入禁止という特別な場所だそうですが、今日は皆さん、特別におめかしして揃ってらっしゃいます。一般隊士の皆さんに副長さんの結婚式をどのような思いで迎えているのか、少しお話を伺ってみましょう!」 「ちょ、困るよ! この通路、全部撮ったんじゃないだろうね!? ここ、企業秘密だからね!」 「来るときはカメラ回しっぱなしだと思いますけど」 慌てる近藤に花野アナが答える。 「でも我々は抗議者の声をお聞きしていたので、人物以外の写しちゃ悪いものは撮ってませんよ?」 「カットしといてくれよなっ!」 近藤が撮影クルーに言い放つ。 「編集とか、お茶の間に流す前にやるよね!?そんとき背景をモザイク処理できるんだよね!?」 「これ、生中継です」 カメラ脇のAD(アシスタントディレクター)がダメ、の手を振る。 近藤は衝撃を受けて強張った表情のまま立ち尽くす。 「そんなことより、いつになったら来るんですか」 妙が焦れる。 「支度の場へ乗りこんでいってもいいのだけど」 「まさか体調を崩したとか」 狂死郎が案じる。 「邪道なクスリで意識を失うこともあると聞きます」 「お化粧に手間取ってるんじゃないの~?」 長谷川はニヤニヤ笑いで廊下を眺めている。 「女はさァ、出掛けに突拍子もないところで引っかかって嘘だろ?ってほど時間かかるからさ」
そのとき。 家屋の一番近いところで、庭と建物を仕切る柵に身を乗り出していた隊士が叫んだ。 「き、きた! きたきた、きたぁ~っ!!」 「え?来た?来たんですか?」 花野アナが隊士たちの中で振り返る。 「どこですか、どんな…? きゃ、きゃああああ!」 うぉおおおおーッ という地面から響くような雄叫びとともに、隊士たちが仕切りの柵めざして殺到する。 花野アナと撮影クルーは隊士の勢いにもみくちゃにされて踏鞴(たたら)を踏む。 妙、狂死郎、彼らの加勢の者たちと長谷川も、つられて隊士たちの後ろへ踏み出し、しまいに駆け足になる。 近藤は誇らしげにそちらを見守り、頭の後ろに両腕を組んだ沖田は無関心を装って横を向いている。
先導は長身の隊士、護衛の隈無清蔵。 後ろに雄々しい花婿、勇壮ですらある黒の紋付を着けた土方が続いている。 その横に、白く可憐な存在。 綿帽子をすっぽりかぶって顔は見えない。 うつむいた銀色の前髪だけが見え隠れする。 小柄な肩に真っ白な打ち掛けを羽織り、背は花婿の肩ほどまでしかなく、華奢な身体は掛下の着物も帯も足袋も、帯に挟んだ懐剣の柄飾りまで全て白一色に包まれ統一されている。 花婿に寄り添われ、手を引かれ、一歩一歩慎重に歩くさまは、とても武人の銀時と同じ人物とは思えない。 なにより背格好が違う。 線の細い少女のような。 「ぎ、ぎ、ぎ………銀さん、…?」 一同、目を疑う。 気遣われ、いたわられながら踏み石を降り、段差に戸惑いながら花婿に支えられて白い草履をはき、袖から覗いた白い手で着物の裾を持ち上げて庭へやってきた清楚な花嫁。 呼びかけに、ぴくっと足を止める。 中庭に出る柵の手前。 皆が柵にすずなりになって凝視する。 「おまえら…」 そろそろと綿帽子の頭があがる。 「なんでこんなとこに居んの?」 高い鳥のさえずりのような微かな声。 友人たちを見る、綿帽子の下に現れたしっかりと見据える両の瞳。 世人の視線を惹きつけてやまない整った顔立ち、危ういほどに細い首すじ。 化粧を施されたその肌はみずみずしい透明感に光を放つ。 ほんのり彩りを加えられた目元と頬、ぷっくりした紅い唇は扇情的ですらあって。 あどけない子供のような柔らかな輪郭、丸っこい目尻のラインは人懐っこさを滲ませる。
まちがいない。
続く |
* 高銀話です(連載中)
※『◯◯化あり閲覧注意』などの説明書きを必要とする方はお読みにならないで下さい。
花野アナは息を切らして走っている。 「なんとか挙式の取材に間に合いそうです!」 大江戸テレビ局に引き返した撮影クルーは中継車で屯所に向かった。 目的地一帯の道路は真選組に封鎖されていた。 歩行者は立ち入りを制限されていなかったため、彼らは撮影機材を担ぐと自分たちの足で走り始めた。 「このっ…右手に続いている塀が、もう屯所の塀なんです、結婚式はまさにこの向こうで執り行われるわけですっ! …あっ、あれはなんでしょう!?」 花野アナは行く手に群がる人垣を指す。 カメラがその光景を写しだす。 真選組屯所の正門には数十人の男女が押しかけて門衛と向かい合っていた。 「お連れできないって、どういうことかしら?」 にこにこと笑みを浮かべた人物が中心にいる。 ハチマキを締め、タスキ袴で薙刀を携え、すっかり戦闘態勢を整えた志村妙。 「新ちゃんのことで銀さんに聞きたいことがあるの。さっさと銀さんを呼んできてくださいな。今日は土方さんとの結婚式なんでしょう?新ちゃんを凶悪テロリスト集団に追いやったまま自分だけ幸せになろうなんて許せないわ」 ずい、と一歩、門へ踏み出す。 「銀さんが出てこないならこちらから行きます。どいてちょうだい」 「こっ、困ります、姐さん」 真選組の門衛たちが弱りはてる。 「誰も入れるなって命令なんで…!」 「あら。そんな命令、誰が出しているのかしら?近藤さん?」 妙は笑んだまま首をかしげる。 「だったらあのゴリラも潰す。まとめて潰すわ。よくも新ちゃんを犯罪者ふぜいの仲間入りさせてくれたわね。新ちゃんの口から聞くまでは信じませんよ。あのダメ侍に失恋して世をはかなんでテロに走ったなんて」 ブンっ、と薙刀が空を切る。 とっさに隊士たちは腰の刀を掴む。 妙の眼の色が変わる。 「やんのかコラ?」 「い…いえっ、滅相もありませんッ!」 隊士たちが平伏せんばかりに頭を下げる。
「大変なことが発覚しました、どうやら三角関係のようですっ」 花野アナがカメラを振り向く。
「婚約者の方に恋人がいたということでしょうか、結婚式当日に波乱含みの展開です! 引き続き我々は真相を確かめるため、この場に留まりたいと思いますっ!」 「なにをやってんだ、お前ら」 そのとき。 騒ぎを嗅ぎつけたのか、どこからともなく一人の男がやってきた。 「もうそろそろ時間だぞ、悪いが地域住民の方々にはお引き取り願わんと…、あっ、お妙さんッ!」 紋付袴に帯刀した正装の近藤は嬉しそうに眼を輝かせる。 「まさか貴女が俺を訪ねてくれるなんて、今日はなんて良い日だ!俺は幸せな男です…!」 眼を潤ませて敬礼する。 「お妙さん、まぶしいほど美しいですねッ!その薙刀、本当にお似合いですッ! で、どうしたんですか?こんなに大勢引き連れて。もしかしてトシと銀時の祝言に合わせて俺とダブル挙式をやっちゃおうとか!? ぐふっ!」 「誰がゴリラの世話係に就任するって言いました?」 薙刀の柄の先を近藤の腹に突きこむ。 大柄な男が腹から二つ折りになる。 「私の用件はただひとつ。新ちゃんを取り戻したいの。それにはあのダメ侍と話をつけなきゃならないわ。新ちゃんをフッて土方さんに愛を囁かれようだなんて。覚悟はできてるんでしょうね、あの天パ」 にっこり笑いながら指の骨をバキバキ鳴らす。 「今すぐここへ連れてきてくださる?」 妙の後ろには彼女に加勢する数十人のキャバ嬢が立ち並んでいる。 近藤は腹を押さえながら汗を浮かべる。 「いや、銀時は…今日は、表に出すわけにはいかなくてな、」 「そうなんですか。ならこちらから行くわ。お構いなく」 「ちょ、ちょちょちょ、待っ…!」 すれ違って門に踏み入れた妙を押しとどめる。 「挙式は幕府の重鎮たちの名代が居並ぶ予定でして、一般の方はお妙さんのお知り合いといえど、お招きするわけには…!」 「それは無いんじゃないの、近藤っち~」 横からザラついた男の声が軽く挟んでくる。 「俺たちさ、ずっと銀さんに会わせてくれって毎日ここへ来てたよね? おたくら、まったく会わせてくれなかったじゃん。そのまま結婚式を敢行しようなんて、そんなのおとなしくハイそうですかって引き下がれると思う?」 いつもの短い上着と膝までのズボン。 グラサンの鼻あてをずり上げながら長谷川泰三がキャバ嬢の後ろから歩き出てくる。 「どうも臭いんだよね、陰謀のニオイがぷんぷんする」 キャバ嬢たちが長谷川の異臭を追いやろうと顔を顰めて手を振る。 少し泣きそうになりながら彼は袴を押さえる。 「俺はアンタらのこともキライじゃないし。できれば波風立てたくないんだけどさ」 気を取り直して門の背後に広がる青空を見上げる。 「ダチが困ってるなら話は別だ。アイツが女になってまで野郎との結婚を望んでるなんて到底思えねェ。本人から直接事情を聞くまでは引き下がらないよ。腕づくでもここを通らせてもらう」 屯所の空は、今は機影ひとつない。 招かれざる者たちが一掃されたそこには晴れやかな静けさが広がっている。 「長谷川さん…、」 近藤は苦し気な顔をする。 「だったら俺たちは、アンタを逮捕しなきゃならなくなる」 「では我々も参戦しましょう」 逆方向からザッと、華美な装飾を身につけた男たちの一団が進み出る。 「私も納得のいかない者の一人です。なぜ友人である我々が銀さんと会って真意を聞くことができないのか。いやがる銀さんを女性として妻に娶るなど許されるはずがない」 フワフワの襟も美々しいナンバーワンホスト、本城狂死郎。 後ろにはアフロ頭の八郎も控えている。 「女性のために犯罪者の汚名を着るのはホストにとって栄誉ある勲章に等しい。手加減なくいかせてもらいますよ、近藤さん」 「ちょっ店長、銀さんは女性じゃないからね。れっきとした野郎だからね」 「もう性転換させられてるでしょう。この人たちの手によってね」 「なんかテンションあがってない? まあ、中身が銀さんであれだけの美形だからね。気だるい瞳でつまんなそうに赤い唇とがらせてシッシッて追い払われたらオレ速攻で猛獣になれるわ、解るよ」 「いや解らないです。貴方とは違うんで」 「正直、銀さんが他の野郎に処女散らされるとこ考えると興奮して夜も…いや、俺が言いたいのはね、本人が嫌がってる結婚なんか認めないって、ホントそれだけだよ」 「もういいわ。男の妄想という汚物を垂れ流さないでくださいな」 妙が長谷川に肘鉄をくれる。 「それよりどうするつもりですか、近藤さん。これだけの人数を相手に、これから結婚式という場所で一戦交える騒動をお望みかしら?幕府の偉い人たちも居るんでしょう、真選組の不始末になりますよ」 「できれば皆さんには、お妙さんだけ残して穏便に引き上げてもらいたいんですが!」 「そうはいきません。ここまで気合い入れて準備して手ぶらで帰るなんて冗談じゃないわ」 「いやだから、お妙さんだけは残ってくださって結構です! 式が終わったあと銀時にでもなんでも会わせますから!」 「式が終わった後じゃ意味がない」 狂死郎が実戦の気合いを露わにする。 「私たちの目的は銀さんの救出です。意にそまない結婚なんてさせません」 「銀さんを取り返しにきた。ぶっちゃけ、そういうことだから」 長谷川も武器を取り出す。 モップのようなデッキブラシのような掃除道具を構え持つ。 「頼むから穏当に銀さんに会わせてくれよ。事情があるのは解ってるし事と次第によっちゃオレは引き下がるつもりだからさ」
「お聞きになりましたでしょうか?ここへ集まった人々は結婚式の中止を求めていますっ!」 花野アナが声を潜める。 「婚約者の方を強奪しに来たと公言してはばかりません!現場は緊迫しています!」
「う~む…」 腕組みして近藤は考えを巡らせる。 その体躯に皆の視線が集まる。 局長の号令と同時に行動を起こせるよう隊士たちは戦闘体勢を取る。 対するホストやキャバ嬢も各々の得物を握りこむ。 「よし、わかった!」 皆が固唾を飲んで近藤の顔を見つめる。 「今から30分だけ屯所への立ち入りを許可します! だが全員、式が始まる前に御退出いただくぞ! そこはこちらも譲れない一線だ、なんとしても厳守でお願いしたいッ!」 ワッと歓声があがる。 「人数を確認させてください、ズルはしないように! こちらも逮捕者を出したくは、…ちょ、聞いてる!?」 正門に一気に押し寄せる人の勢いに押されて近藤が後退る。 「待って、まだだって、そんなに押したら…危ねーっ!」 気勢を上げて正門を突破するキャバ嬢たち、それに続く勇み足のホストたちに押し切られ、近藤と門衛たちは敷地の内側へ流されていく。 車寄せの広いスペースと、正面のいかつい建物、立ち並ぶ植木。 一般市民とはいえ武装した彼らが屯所内へなだれこみ、各自の直感を働かせてあちこち散らばっていこうとしたとき。 「待ちなせえ」 ヒュウゥゥ…と飛来音。続いて腹にズシンと響く振動、同時に足元の地面が炸裂する。 「そんな格好でウロチョロされちゃかなわねーや」 土煙、耳閉感、げほげほしながら悲鳴をあげて逃げ出す人々を一箇所に集めるよう第二弾、第三弾が浴びせられる。 「どこ行くつもりでィ。屯所内を勝手に歩くのは禁止ですぜ。一匹たりとも逃さないんで、ついてきなせェ」 煙の薄れた向こうにバズーカ砲を担いで立つ一人の青年。 「狙いは土方さんの首でしょ。解ってまさァ、案内するぜぃ」 青年の周りには十数人の武装隊士が控えている。
屯所の護りを担う真選組の一番隊だった。 |