「幕府は白夜叉を人身御供にすることを断念しましたよ」
佐々木異三郎が高杉に告げる。
「現在の坂田銀時は白夜叉の子孫であると広く世間に浸透しました。アレを白夜叉本人と決めつけて断罪するのは幕府にとって外れの公算が大きい賭けです」
「幕府が世論を気にする日が来るたァ、言論統制もずいぶん弱まったもんだ」
高杉が笑う。
「真選組がマスコミを駆使した功績かね」
「当面、見廻組に坂田銀時の捕縛を持ちかけてくる幕臣はいないでしょう。本人が『自分が白夜叉である』とバラさない限りは」
「あのバカのことだ。いずれやりかねねェ」
「貴方からの定期的な口止めをお勧めします」
「無駄だな。アイツは困ってる奴にゃ誰にでも手を差し伸べる。真選組でも攘夷派でも誰にでも手を差し伸べる。それがアイツの生業、なんでも屋だからな。アイツにとっちゃ、どっち側もコッチ側も無ぇんだ」
「では逮捕の際には市井に生きる一般市民の生活のための正業と。そんな方向で取り調べておきましょう」
「すまねーな。今回は助かったぜ」
「いえいえ、お安いご用ですよ」
裏門をくぐって佐々木異三郎は高杉家を辞する。
「これも私にとっては貴方が見せてくれる面白いもののひとつにすぎませんから」
新八が恒道館に帰宅し、神楽が押入れに寝てしまったあと。
銀時は定春を連れて散歩に出る。
かぶき町を抜けて空き地や草むらの多い住宅地へ。
よろこんで定春は銀時を引きずりながら散歩の順路を歩いていく。
「今夜は一段と涼しくなったもんだ」
そして神社の前で出会うのだ。
定春と、定春の大好きな飼い主にとって特別な存在である高杉という男と。
「こんな日はテメーの作った鍋に限らァ」
「実家に取材拒否の料理人みたいなの取り揃えといて、なに言ってんの」
「オメーのメシにゃ敵わねェ」
間髪入れず。
「なにを置いても食いてェ味だ」
「んぇ。そ、そぉ?マジで? …んなわけねーよ!」
「おやおや。オカンムリかァ?今夜はメシにゃありつけねェか。俺りゃなにをしくじっちまったかね?」
「…肉。昼間、あんだけいいの送っといて、しくじってるわけねぇだろ。ちゃんと鍋つくったよ。今夜は鍋ですぅ!」
高杉に会うと銀時は機嫌のいい匂いを出す。
そして高杉は7枚くらい食べただけでお腹いっぱいになる素敵な肉をくれる。
定春は高杉が好きだ。
だから銀時がゆっくり歩きたい、という匂いを出しているから協力することにする。
「星がよく見えらァ」
いつもの道で高杉が夜空を仰ぐ。
「届きそうで届かねェ。昔っから俺りゃあのキラキラしたモンに焦がれてたっけ」
「高杉の星好きは異常だよなぁ」
銀時も見上げる。
「先生が『天体は方向を見失ったとき道を指し示してくれる標(しるべ)です』なんて言ったもんだからオメーとヅラがのめりこんじまって。競争で星図つくったりしてたっけ」
「俺の言ってる星はオメーだぜ?」
空へ行っていた視線が帰ってくる。
「俺がのめりこんだ星は銀時、お前だ」
「あ…ぇっ?」
「俺がいつも愛でて探してる星はオメーなんだよ。どこにいても輝く。眩しいくれェに光を放つ。夜闇にあってひときわ煌めく銀色の星。俺をこんなに惑わすモンは他にねェ」
「そッ…、そんな大変なことになってたの俺、お前の頭ン中で?」
「お前はいつだって俺に道を示してくれる。今回だって例外じゃねェ」
「俺、お前のお気に入りは北極星だと思ってた!」
銀時が彼方の星を指す。
「明るいし!どっからでも見えるし!だから新八にあのパスワードを渡したんだけどォ!」
「あぁ。たしかに受け取った」
高杉は笑んでいる。
「ありゃ受け取っちまえば即座に解けるが。それを読み取るまでが手強かったな」
吉田松陽に教えを受けていたとき。
昼の北極星を見る方法論を巡って一悶着あった。
樹木のウロを選んだ高杉たちと、空井戸から見ようとした数人の塾生たち。
見えなかった空井戸組が論を取り繕って雑誌に投稿し、それが作為的に仕立てられた偽証であると看破されて学術機関から咎められたのだ。
「あんとき捏造(ねつぞう)って言葉初めて覚えた」
銀時が唇を尖らせる。
「意味は『ウソのストーリィをでっちあげること』。オメーに祝言は本心じゃねぇ芝居だから乗せられんなって伝えるには、うってつけだと思ってよ」
「申し分のねぇ選択だ」
「…だろ?」
銀時の尖っていた唇が平らになる。
「俺もさぁ、アレ思いついたときは天才じゃね?って思ったね。どっからともなくスーッと言葉が降りてきたからね」
「あぁ、天才だな。テメーにゃ誰も敵わねーよ」
「やっぱりィ?」
唇の端が気分よさそうに上がっていく。
「まぁね。高杉も星を見ながら俺を思い出してたんだろ? これから星を見るたび高杉のこと思い出しそうじゃね?星を見上げて切ない顔してるオメーの横顔をよォ、ぷぷぷっ」
「そいつァいい」
高杉が目を伏せて笑う。
「星を見るたびオメーは俺を思い出すわけだ。悪い気はしねェな」
「んぁ…、」
銀時はチラッと高杉を見る。
なにを言っても否定されない。
そろそろ気恥ずかしい。
「あ~…あ、そうそう。鍋さぁ、すげー気合い入れて作ったから!」
突っこみどころを用意してみる。
「肉が来てから材料買いに行って、夕方4時から作り始めたんだぜ!?も~白菜なんかオメー好みに煮えてっから!鶏とか十分下処理してっから臭みとか全然ないしッ!」
「オメーがそんだけ自信もってんだ。さぞ良い出来だろうよ」
お前は俺の味の好みを知ってんのか、とか。
素人が気張ったって、たかが知れてるだろうよ、とか。
そんな返しを予想してたのに高杉は機嫌のよさそうな声で応えるだけだ。
「あ、あのォ…たかすぎ、くん?」
「見ろよ、銀時」
こいつどうかしちゃったの?と顔色を窺おうとしたとき。
高杉は、いつか銀時が肝を冷やした集合住宅を見上げる。
「あの左から2番目の部屋。先だってから一向に人が入らねェ」
「…エ?」
「その上の上の階も空室じゃねェか」
「あ…、まぁそうだけど」
示された部屋は入居者がいないためカーテンが開いている。
窓からガランとした暗い室内が透けて見える。
「俺りゃよォ、考えたんだが」
高杉が声を押さえて耳打ちする。
「あの2番目ってェのは…位置が悪いんじゃねェか」
「位置?なんの位置?」
「だから…具合が悪いんだろうよ。縁起的な意味で」
「縁起的って、それは、」
銀時の両足が思わず爪先立つ。
「もも、もしや、夏に聞くと涼しくなるよーなカンジの?」
「『出る』んじゃねェか?」
真顔で言う。
「でなけりゃあの場所だけ人が寄り付かねェのは説明がつかねェ」
「なな、ななななッ…!!」
高杉の観察眼は突拍子のないことでも正確に言い当てる。
「なんてこと聞かせやがるぅ、俺は毎晩ここ通っ…ぅッ、うッぎゃぁああーッ!」
勝手に身体が駆け出す。
定春の引き綱を持って全力で。
一目散に騒がしい繁華街めざす。
「…テメーがあんまり可愛いんで呆れるぜ」
逃げていく銀時の後を高杉はノンビリ歩いていく。
「ひとつの部屋を挟んだ上階と下階に人が入らねェってことは、その部屋が並以上に騒音を立てるから人が居着かねェって相場が決まってら」
高杉の声が届く。
「あんなところに恐ろしげな因縁でもあると思ったのかァ?」
「んだとォーッ!」
銀時は息を切らして振り向く。
「てっ…、テテテテメッ、知ってたよ、分かってたからね!誰も怖がってねーぞゴラァ!」
「…ぶっ」
目の色を変えて果敢に肩を突っぱる銀時を見て、思わず吹く。
こんな瞬間をくれるのは銀時だけだ。
「んあッ、笑ってんじゃねーよ!」
「ククッ…すまねーな」
「ちょ、お前、俺のことバカにしてね!?生身で戦艦に突っこんでくバカとか陰口叩いてねぇ!?」
「言ってねェ」
「ウソつくんじゃねェ、チラッチラ聞こえてたからね!ヅラとゴチャゴチャ言ってたの!」
「そりゃ違うな。聞き間違いだろ」
「どう違うんだよ、言い逃れすんじゃねーよ、単行本ひっぱり出して確かめるかんな!」
「好きにすりゃいい。俺りゃ法螺は吹かねェ」
このごろ夜中に散歩すると高杉と会う。
犬の散歩に途中から加わってそぞろ歩き、なにということもなく喋る。
以前と違うのは高杉が途中で身を翻して行ってしまわないことだ。
今は二人で万事屋へ、同じ場所に向かって一緒に帰る。
「俺とお前の組み合わせってさぁ、マズイんじゃねーの?」
銀時が後ろに尋ねる。
「過激派テロリストとプロパ…プロパン……そのォ、旗頭な俺がいたら目ぇつけられんだろ?」
「お前は白夜叉じゃねェ、その孫だ」
高杉が銀時に続いて階段を登る。
「白夜叉が使ったのは元に戻れねェ薬だし、一度時間を超えたら帰ってこれねェことになっている。男のオメーがここにいるはずねーんだ」
「そーだけど」
定春の引き綱を外す。
「孫っていうより、まるっきり本人なんですけど」
「世間は白夜叉の悲恋が今生で成就することを歓迎している。幕府もおいそれと手出しはできねェのさ」
引き戸を開けて定春を入れる。
銀時は手探りで電灯のスイッチを探す。
「オメーが苦労して勝ち得たのは、お前が自由に想いを遂げる権利ってわけだ」
「オレ、やっちまったよなぁ」
玄関を入る。
「まさかこうなるとは思わないものなァ。…あ、高杉。おかえり」
「ただいま」
引き戸が音を立ててピシャリと閉じる。
電気が点く。
話し声と物音が部屋へ移っていく。
部屋を満たした温かい色の光が万事屋の窓から漏れ出した。
終わり
読了ありがとうございました。
これまで拍手、コメントをくださった方に深く感謝いたします。
右下に拍手レスと後書きがあります。
ちせさん
コメントありがとうございます!
延々と書いてきた締めくくりに嫌というほど高杉と銀ちゃんにイチャイチャしてもらいたくて、一途な高杉様と純愛銀ちゃん!(そう言っていただけて嬉しいです)を書かせていただきました。お仕事の休憩に役立つホットコーヒー…いえホットココアみたいになれてたら私はものすごく満足です。
『銀ちゃんは護る事ばかりで護られる事に慣れていない』、まさにおっしゃるとおりだと思います。原作の銀ちゃんがそれに尽きる(あとはエロくて可愛くて気怠くて…etc)ので、銀受二次を書いているときはいつも銀ちゃんが安らぎの場を得られたらいいなと思っていました。
主人公って必要とあらば誰でも護っちゃうので、その主人公を護る人はいないのかな?って思っちゃうんですよね。その大役にピッタリなのが高杉かなぁと。そうですよね、あのレベルの男前が全力を出せば愛にシャイな銀ちゃんもデレデレに甘やかされちゃうんじゃないでしょうか。ちせさんのご意見に大賛成です!
副長には申し訳ない役回りをしてもらっちゃいましたが、高杉を抜かして語れば、土方さんは最高に男前だと思います。原作で、銀ちゃんと出会う時期がもうちょっと早かったら、話は違ってたかもしれませんが、やはり銀ちゃんにとって高杉の存在は大きいので、どちらにせよ土方さんは不利だと思います。でも原作で銀ちゃんに会う回数は土方さんのが多いので高杉はヤキモキしてるといいですね!?
いろんなキャラを書けて楽しかったです。第2話に出した顔ぶれでなんとか話は進むんじゃないかと思ってましたが、そんなにハッキリ決めていたわけではなかったので、まあ出せたらいいや、くらいに考えてました。結局この人たちが最後まで関わってきたので自分でもビックリでした。褒めていただいて嬉しいです。
金木犀、いい香りですよね。香っているとどこにあるか探してしまいます。紅葉はあの透明でいて暗い赤の葉の色が見飽きなくて大好きです。こちらではまだヒマワリとコスモスが一緒に咲いています。暑いです。(笑) ちせさんの方も爽やかな季節が訪れているものと思います。ちょっと涼しそうで羨ましい。
ラストのタイミングでコメントをいただいて、偶然かもしれませんが、もしかしたら何かを察してお言葉をくださったのかなと嬉しくなりました。ちせさんの応援、すごくウキウキしました。ちせさんもお元気でいらしてくださいね。
高銀『気を~』にお付き合い下さいまして、お力添えをいただきまして、本当にありがとうございました!
後書き
読んでくださってありがとうございました。
トレンドで読んでくださった方は長い間おつきあいくださいまして本当にありがとうございます。
2年かからず完結できて良かったです。
自分でも頑張ったと思います。
ひとつの話を完結させるのって大変ですね。
折り返しからはキツかったです。
なにを書き漏らしているのか自分でも分からなくなってくるのです。
もうこれで場面移っちゃっていいのか、伏線は十分か、とか。
物事が始まってしまえば早いのですが、そこへ移行する繋ぎの場面に苦心しました。
一番苦しかったのは式が始まる前あたりです。
あとは、その週のキャラのセリフが出てこなくて書き始められなかったり。
週一更新なのに文章が短かったり、場面が進まなかったりしてたのは、そんな理由です。
最初は20話くらいで終わる予定でした。
辻斬りが出る→銀ちゃんが解決に乗り出す→捕まらなくて式でおびき寄せる→ハッピーエンド
決めてたのはこのくらいでした。
大まかな流れは決まっていたものの細かい動きやセリフ、場面や展開は行き当たりばったりなので。
毎週、更新すると「フゥ…!」って汗を拭って、次の週、また「続きどうしよう…」って考えるのです。
だから触手プレイとかその後遺症とか、ほんとに突発的に始まったことです。
原作銀魂はいつもキレイに落ちがつくので、銀魂キャラが動くとおりに書けば、そして私のヤオイパッションをもってすれば、たぶんハッピーエンドになるだろうと思ってましたが結果はご覧のとおりです。
などと偉そうに書きましたが、少数精鋭の読み手さんにガッチリ支えられて完走できたようなものです。
正直、需要のない話でした。
いろいろとヘコむことも多い創作でしたが、やっぱり読んでくださる方の痕跡(拍手とかコメントとかカウンターとか)を励みに前へ進むことができました。
読みに来てくださる方の「頑張れ!」という応援の気持ちは無言でも伝わりましたし、拍手やコメントをくださる方の御厚意は絶大な推進力になりました。
週末、拍手やコメントやカウンターを眺めながら書き出すんです。
多いときは嬉しかったですし、減衰の一途をたどったときは辛かったです。
もう自己満足でも最後まで書こう、一人でも読みに来てくださる方がいたら書こう。
そう思ってましたが、土曜日の更新と同時に来てくださる方、夕飯後頃に来てくださる方、その深夜に来てくださる方、日曜日に来てくださる方、月曜日、火曜日…と私の心の常連さんが居てくださったので、その方たちに胸を張れるようなものを書こうと思いました。
拍手には、どなたが拍手してくださったか分かる機能はついていないのですが、だいたいいつも同じ方がしてくれていたんじゃないかと思います。
出来の悪いときにも、優しく拍手くださって、温かかったです。
土曜日に切羽詰まってUPするので、次の週に必ず手を入れて書き直していました。
ホントは最初にこの「書き直し後」を更新できたら良いのにと何度も思いましたが、できませんでした、すみません。
とにかく、読んでくださる方がいらっしゃったからこそ、私は続けていられました。
なんかもう一方的に親近感をもってしまっていて、終わったらお別れかと思うと寂しいです。
面倒をみてもらって、導いていただいた気分です。
お世話になりました。
原作銀魂は毎週毎週ツボで銀ちゃんが可愛くて、たまんないです。
更新で一杯一杯で全然感想書けてないし。
今後は原作の銀魂を楽しませていただきながら空知先生を応援していくつもりです。
余市日夏の銀魂二次はこれにて絶筆です。
といって他ジャンルに移るわけじゃなく銀魂だけ応援しています。
2年近く走ってきたのでしばらくお休みします。
今はとっても清々しいです。
一緒に走ってきてくださった方、ありがとうございました。
貴方さまの楽しい銀魂ライフ、充実した高銀ライフを心よりお祈りさせていただきます。
余市日夏
平成24年10月16日
[30回]
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