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「銀さん、見舞いにきてって言われたから来たんだけど」 ダンボールを洋服に仕立てたサングラスの男が入室した。 「見舞いのバナナとかカップ麺とかあったらくれない? お腹へってるんだよねぇ」 「まだ! まだだから長谷川さん! 本人かどうか調べてからだからっ!」 銀時が突っ伏したままベッドから両手を出して指をわしゃわしゃ動かしている。 「ここ! こっち来て、しゃがんで! 顔を確認すんだよ!」 「えぇ!? どうしたの、お前? なんで布団の中に入ってんの?!」 「眼が見えなくてまぶしいのッ! 光入れんな! ……んー、この手触り。やっぱ長谷川さんかなァ…?」 銀時の両手で顔に触れられて、長谷川はうっすら頬を赤らめる。 迷いなくサングラスを奪うと銀時はそれを執拗に指先で弄りまわし、全身で安堵の息を吐いた。 「やっぱ長谷川さんだ。来てくれて助かったよ…」 「いやそれサングラスだから! 俺じゃないから!」 「さっそくだが、誰にもツケられてねーだろうな、長谷川さん?」 「いやツケてはいるけど。ツケられてはいないと思う。もうどこもツケにしてくんないんだよねェ…このままじゃ飢え死にしちゃうよ、ホント」 「飲み屋のオヤジとの攻防なんざ誰も聞いてねぇんだよ」 銀時が布団の中から低い声を出す。 「解ってんの? アンタは俺の頼みの綱として来てもらったんだよ。いわば最後の砦みたいな? それがそんな意識の低いことじゃ困んだよ」 「最後の砦はいいけどさ、報酬は?なんか奢ってくれる?」 「そのへんにあるバナナ食っていいよ俺のだけど特別に報酬だから渡したから」 「これ? この給食の残り的に上んとこ切られて一本だけ転がってるこれ?」 「嫌なら俺が食う。よこせ」 「いただく、もらうってば!」 長谷川は急いでバナナを剥いてモシャモシャ食べ始める。 「うまいなァ…、ひさしぶりのマトモな食い物だ…、そういやぁ銀さん、アツアツの彼氏とどうなった?」 「な、ななななに言ってんの、長谷川さん、」 「妬けるくらい俺を放ったらかしにしてソイツと逢引してたろ? あぁつまり彼氏とツナギをつけてくれってことね。いいよ銀さん動けないんだろ? 真選組にパクられるなんて何やったのよ?」 「ちょ黙っ、俺こんど結婚すんだよ!知らねーの!?」 「え、そうなの? …誰と?」 「テレビでやってたろ」 「だって俺テレビ持ってないし。ラジオならあるけど」 「テレビくれーさぁ、家電屋で立ち見できねェ?」 「警備員がうるさくてさぁ、すぐ外へ出されちゃうんだよね」
パタン、と土方は特別室の扉を閉める。 様子を伺っていたが不毛な会話は終わりそうもない。 「どうでした土方さん。旦那がイの一番に呼び寄せた内通者は」 「あぁ…、いまバナナ食ってる」 「ありゃ、よく通報のある公園の路上生活者でしょ。もと入管の長谷川泰三」 「幕府からの切腹命令を嫌って逃げた逆臣だ。お尋ね者っちゃぁお尋ね者だな」 「でもわざわざ捕まえてお上に差し出すほどじゃねーや。さすが旦那、いい人選だ」 「あれのどこが企業秘密なんだ。ただのグラサンじゃねぇか」 「そうアンタに思わせることのできる優秀な人材でさァ…おっと、」 沖田は扉を見上げる。 引き戸が開いて中から長谷川が出てくる。 着衣のダンボールは真新しい墨で汚れている。 長谷川は微妙な顔をして二人の前を通り過ぎ、特別室から去っていく。 沖田は土方と顔を見合わせた。 「旦那、…見ないで書いたにしちゃ達筆だ」 「まんまじゃねーか!」 ダンボールには『しんぱち』『でんのー中すぅかん』『じょーほーくれ』などの字がのたくっていた。他にもいろいろ書かれていたが落書き以下の出来栄えだった。 「旦那が筆を欲しがってたのはああいうことだったんですかぃ」 「いったい誰に宛てたんだ…?」 エレベーターに乗り込む長谷川を見送る。 「あの人、あのまま町を歩く気みてーですが」 「他に無ぇだろ。他に着るもんなさそうだし」 「あれじゃ歩く広告塔だ。不特定多数の目に入らァ。旦那、まさかそこまで計算して…」 「そんな頭アイツにゃねぇよ。…ま、あれ見てグラサンに接触する人物がいたら全員身辺調査させてもらうがな」
戻ってきた長谷川は廊下で待ち構えていた土方と沖田に気安く会釈した。 「こちら、銀さんの頼みで連れてきた助っ人で…、へへっ」 彼は年配の小柄な男性を連れていた。 胡散臭いゴーグルを掛け、白い顎鬚をたくわえ、深々と頭巾をかぶったチャキチャキしたオヤジ。 「がっはは! そういうわけだ! お手柔らかにな、兄(アン)ちゃんたち!」 軍手をはめた手を振り、ガラガラ扉を開けて銀時の個室へ入っていく。 歯の欠けたオヤジには見覚えがあった。 「どうやらこっちが本命らしいな」 「旦那も意外なお人と繋がってますね。万事屋の伝(つて)もバカにならねぇや」 ピシャリと扉が閉められると二人は足早に隣室に向かう。
「容態はどうだ? おめぇ、ずいぶんとエレぇ目に遭ったみてぇじゃねーか」 頭巾をとった見舞い客、平賀源外はベッドの傍の椅子に腰を下ろした。 「『紅桜』の亡霊とやりあったってェ? おめぇも無茶するなぁ、銀の字よぉ。…解ってんだろ? ありゃとんでもねぇ代物だ。生身の人間の手に負えるもんじゃねェよ」 「俺のことはアレだけども…、新八のこと聞きてぇんだ」 毛布を頭からすっぽり被ったまま、銀時はベッドにあぐらをかいて座っている。 「あいつ、闇市で出回ってるカラクリを持ってたって話だが、そりゃアンタんとこで仕入れた物なんじゃねーのか。アンタこないだ会ったとき言ってたよな、新八のこと。ジーサン、なんか知ってんなら教えてくれ」(2話参照) 「ああ、たしかにメガネの坊主はワシの仕事場をチョロチョロしてたともよ。熱心にカラクリ弄りまわしてるんで訊いたらよォ『正面から向き合ってほしい人がいるんです』だとよ。ありゃ惚れてる目だったな」 うわはは、と笑う。 「それにしちゃ坊主の弄りまわしてるブツが違法コピーされた電脳幹でよ、何に使うんだって訊いたら 『あの人が僕に本気になるには、僕はこれくらいしないと…いつまでも僕を子供だと思ってるし、第一あの人はそういうのに積極的じゃないから。僕が強くなって仕掛けていかないと。そのための準備です』 だとよ」 「ちょい待った」 銀時が毛布から片手を挙手する。 「違法コピーされた電脳幹?それを惚れたヤツに…本気にさせるために使う? どうやって? …てか電脳幹って使えるの?電脳幹つかうって何?」 「なんだ銀の字、知らねェのか。電脳幹ってのはカラクリ家政婦の人工知能だけじゃねェ。人間が自立型のカラクリを操作するときカラクリに指令を伝達し実行させるコントロール装置の主幹として使われるんだよ。いろんなカラクリに仕込まれてるもんだ」 「はぁ、そうなの」 「合法的な家電に組み込まれてる電脳幹なんかは素人が弄ってもどうこうなるもんじゃねェ。だがな、複雑なカラクリを違法に動かす電脳幹てのもある。そいつを取り出してテメーの身体に馴染むようカスタマイズすりゃ、電脳幹に備わった機能を自在に使役できるってわけだ」 「新八はそんなヤバイもんに手ェ出してたのかよ」 「話によると、物体の理屈をねじまげて人間の細胞配列や器物の原子組成を組み替える代物まであるらしいな。恐ろしく賢い人工電脳は使った者のデータを蓄積して自己改良していき、そいつを人体や器物に忠実に再現するってェとてつもない現象を引き起こす。うまく使やぁ凡人が一瞬で超人になる。いわゆる『変身』ってヤツよ」 「……、」 「知ってるたァ思うがぁ、こないだ鬼兵隊の戦艦が内紛で墜とされただろ。その艦にしこたま積んであった紅桜が、紅桜に仕込まれてた電脳幹もろともゴッソリ海へ流出したんだと。まあ海の藻屑なわけだが、そういうのを回収して売るヤツがいるんだよ」 「『紅桜』に…電脳中枢幹なんてあったのかよ」 「ありゃ電魄(でんぱく)ってぇ人工知能を持った対戦艦用カラクリ機動兵器だ。電魄は電脳幹で紅桜に組み込む。まぁ潮に浸かっちまったからな、どいつもこいつもポンコツな不良品なわけだが、そいつを修理して新たな機動兵器『紅桜ネオ』を作っちまおうってぇ安易な輩が現れてな。そいつらは鬼兵隊なんかとは一線を画す攘夷組織集団なんだと。闇市で出回ってた紅桜の電脳幹は、ほぼそいつらが買い占めたって話だ」 「…新八が持ってた違法コピーってのは」 「おう、その『紅桜ネオ』の電魄をコピーした電脳幹よ。数少ないオリジナルは奴等が一手に握っているから市場には出回らねぇ。逆にコピーは大量に販売されている。売り上げは組織の資金源になる。若い連中の間ではちょっとしたブームみてェだな。坊主が持ってたのもそんなブツだろうよ」 「なんでそいつらはそんなもん市場に流してんだ。独占するつもりならコピーだって門外不出だろうが」 「そりゃおめぇ、あの電魄は人を廃人にするからな。組織にとっちゃ、実験体は多いにこしたことねぇんだろよ」 源外は空虚に笑う。 「力を欲しがる若者、世間に不満のあるやつら、…そんな連中を相手に電脳幹をバラまいて、うまく適合した人間を組織へスカウトする。あの『紅桜』を装着した兵が一個小隊いてみろ。なんの力も金もない組織が、一夜で天下とれらぁ」 「…てことは、ナニか。新八は、その電脳幹を使って…」 まさか。 「まさか、まさかアレが…………新八、だったってのか…!?」
その半日後、銀時の前に現れたカラクリ兵器『紅桜』の亡霊。 自棄になった新八が違法な品に手を出したのだとしたら、タイミングは合う。 信州の現場に居たというのも、アレが新八だったなら電脳幹を解除したあとを目撃されたということになる。 「そんな…、そんなの、嘘だッ」 銀時を連れ去り、身体を開かせ、性の愛撫の手管を尽くした歪な男。 新八の真っ直ぐな瞳。 あれが同じ魂なのか。 「あんなの、新八じゃねぇぇッ…!!」
銀時は拳を握って歯噛みした。 PR |
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